とある幻想郷の幻想殺し   作:愛鈴@けねもこ推し

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後を飾る者達

レミリア・スカーレットSIDE

 

 

 

 

 

妙な夢を見た

 

私はあろう事かあの人間(さいじゃく)に説教を受けあまつさえ敗北する…そんな夢だ

 

悪夢にしては質が悪いにも程がある、やはりアイツは私が直にこの手で――――

 

「…ッ…!…こ、ここは…」

 

「お目覚めですか、お嬢様。ここはお嬢様の私室…お嬢様が気絶なされてから半日程が過ぎております」

 

「咲夜…か」

 

先程まで…まだ現と幻の最中を漂っていた時には確実に部屋の中に居なかった人間。

今は…ベッドの側で私の覚醒を待つ人間。

そう、十六夜咲夜。私の従者だ

 

(レミリア)従者(咲夜)から温められたタオルを受け取り顔を拭った。

湿気の篭った、しかし悪くない質感が私の素肌を走る感覚に合わせてようやく意識がハッキリしてくる。

 

「咲夜、私は気絶したと言ったな?…私は負けたのか?それともあの人間だけは殺したのか?」

 

「―――あの勝負はそれまでとは勝手が違います故、あの混乱の中で甲乙は付け難いかと」

 

「分かった。なら言い方を変えよう。私…レミリア・スカーレットは上条当麻に敗北したのか?」

 

沈黙、咲夜は押し黙る。

だが、レミリアは彼女を急かそうとはしなかった。

1分が過ぎたかはたまた10分が過ぎたか…咲夜の懐中時計があれば尋ねるまでもないだろうが生憎懐中時計は彼女のポケットの中。レミリアが求める答えもまた然り

 

「えぇ…お二人の戦いの軍配はどう見積もってもあの少年に上がりますわ」

 

「そうか…そうか、分かった」

 

沈黙を守る中感じていた右頬の痛みと熱が次第に引いていく。もしかすると知らず知らずの内に昂っていたのかもしれないな

 

(悪夢が正夢になったか…いや、あの悪夢は私がアイツに負けて気絶した後に見た夢。正夢も何もあったものじゃない)

 

「悪かったな、まさか私まで無様を晒すとは思わなかったよ」

 

「…はて?私は確かに彼の少年に軍配が上がった…とは申しましたが――とてもお嬢様が無様だったとは微塵も感じませんでしたよ」

 

「寧ろ今の御顔の方が以前より…お嬢様本来の御顔に近いかと」

 

「どういう意味だ、咲夜…珍しく吠えるじゃないか」

 

「これは従者如きが出過ぎた真似を――お許しください。それと妹様からお目覚めになられたら玄関ホールに向かうように、と言付かっております」

 

「私を呼び出すとは……やれやれ、困った――」

 

…困った、困った…?

 

思わず言葉に詰まる

 

仮にも紅魔館に住まう者、(あるじ)に要件があるなら自分から出向くべきだ

…以前なら開口一番そう怒鳴っていただろう

 

…ならば困った同族?

 

違う、流石にそこまで切り離した捨て台詞は無いだろう

 

では……困った…身内?

 

いやまぁこれで間違ってはいない。事実だからな…だが釈然としない

そんな折、ふと咲夜から目を離し窓の外を見つめたその瞬間――

 

「お嬢様―――貴女の(フラン)様がお待ちですよ」

 

「ッ…!咲夜お前!!」

 

アイツは、咲夜は…よりにもよって私の耳元で息を吹き掛ける様に言葉を残して消えていた

 

時を止めて消える直前の咲夜の表情が見蕩れる様な微笑を浮かべていなければ首を撥ねていたところだぞ…!まったく調子づきおって!

 

…まぁ、私が探していた答えにワインボトルとグラスを置き土産に残していったんだ。勘弁してやるか

 

「さっ―――妹のお呼びだ、姉が出向かん訳にはいかないな。……待っていろよ、私の妹(フラン)

 

 

 

 

 

 

 

 

フランドール・スカーレットSIDE

 

 

 

 

 

 

 

来るのかな?いや、流石にこれで無視されたらお姉様の人格以前に生物としての適正を疑うよ本当に。

 

そんな最悪のシチュエーションを首を左右に振って振り払いながら改めて暗い玄関ホールを見渡してみた

 

咲夜とメイド妖精達によってかなりは片付いたものの隅にはガラスの破片と焼けた床や木片が小さな山になっている。…小さな山、と言うのはあくまで差し込んだ月光が照らして見える範囲だけで…ってこと。多分私が暴れる前からガラスに関しては割れていたと思うんだけど

 

「皆元通りにするのに幾らかかるのかなぁ…どうせお姉様が私財を投げ払うかパチェが純金を錬成するんだろうけど」

 

「全て元通り…とはいかんな。ここまで派手に壊されたら全て新調だ、年間予算の1/4は食われるだろう。それに私の私財は人間にくれてやるにはかなり惜しい物ばかりなんだよ」

 

「まーだ人間を見下してるの?折れないブレないね…流石お姉様」

 

…来た来た、しかもワインとワイングラスなんて持ってきて。でもワインは咲夜が気を利かせてくれたんだろうね、そうに違いない

 

とは言えレミリアを呼び出したのは他でもないフラン当人、赤絨毯が被った埃を手で祓い腰を下ろす位置をずらす。

 

「んっ、咲夜からの差し入れだ。フランも飲むだろ?」

 

「…そこはさ、嘘でも『適当にお前の為に見繕った』位は言いなよ。…勿論私もワインは好きだから頂くね」

 

「私にそんな気配りが出来ると思うか?私のふてぶてしさはフランが誰よりも理解してくれていると思うんだがなぁ」

 

「…魔理沙や当麻なら出来るもん、と言うか出来ないって方が少ないよ」

 

「ははっ、あの泥棒が?これはいよいよ私もお先真っ暗か………いや待てフラン。当麻……あの幻想殺し(にんげん)の事か?私の記憶が正しいならフランはアイツをお兄さん、と呼んでいたはず…」

 

…何でそんなに瞳孔開いてるんだろ?別に普通に友達の名前を呼んだだけなのに…

 

瞳孔が開く、それは人間も吸血鬼も感情が昂った際に起こる生理現象。だがフランが分からないのはレミリアの瞳孔が開いた原因そのものだ

 

あぁ、でも…あの後バタバタしててお姉様は成り行きを知らないんだ。そもそも気絶してた訳で…

丁度会話の潤滑剤にうってつけのワインもある、咲夜の選んでくれたワインなら吸血鬼がほろ酔いに浸れる程度のアルコール度数の筈。

『何故だ…何故だ…』と頭を抱える姉を横目に紅い爪をコルクに突き刺し軽く跳ねあげる、キュポン!と何処か癖になる音を響かせてコルクは暗闇の中へ

 

「何処から話そうかな…ちなみにお姉様は何処まで覚えてるの?」

 

「そうだな…幻想殺しとその仲間が永遠亭に搬送された辺りまでだ」

 

「やっぱり当麻に殴られた辺りから記憶飛んでるんだね、分かった!そこから中立的に話してみるよ」

 

「フラン!私の話を聞いてるのか!?」

 

「だってお姉様のウソは丸分かりだからね、そもそも当麻達は紅魔館の一室でパチェと魔理沙の治癒魔法を受けてるよ」

 

「パチェェ…!よりにもよって私を裏切るか…!!」

 

本当に分かり易い、これがあのレミリア・スカーレット…なんて誰が信じるのかな?

 

「それも嘘、そもそも私は2人を一番近くで見ていたんだから。あれを受けて気絶しない方がおかしいよ、ちょっとお姉様を揶揄いたくなったから…ね」

 

「っ…まぁ許そう。大敗の後に大きく出られる程面の皮は厚くない、だから教えてくれ…フラン」

 

滴が跳ねぬ様にフランがワインを注ぐ。普段から注がれる側の人間…もとい吸血鬼の二人、風味を損なわぬ開栓の仕方など知る由もない。

そうして注がれたワインを先に口に含んだのはレミリアだった。普段からワインに限らずアルコールの類は幅広く嗜むレミリアにあの注ぎ方は不味かったか?フランの脳裏に澱んだ僅かな不安―――

 

「…?どうした、フラン?お前も飲まないのか?それとも酔いが回る前に話終えるつもりなら悪いな、私が早計だったよ」

 

「え、あ、あぁ…ごめんなさい。普通に注いだからワインの風味が無くなって怒られるかな…って」

 

「風味…も考え物でな、無論あるに越した事はない。だが敢えて風味が無い、味気無いワインも愉しめる時がある。今なんてまさにそれだ、酒類はあくまでメインを盛り立てる脇役――ようやく2人で気楽に話が出来るんだ。ワインが勝ってしまっては…な」

 

「そっか…そうなんだ」

 

多分これがお姉様の譲歩…なんだろう。不器用なりに頑張って、でも未だ意地っ張りな所があって。でも張った意地よりも張った『モノ』があるから余計に不格好で……すごく懐かしくて、嬉しくて――

 

お姉様曰く風味の無いワインを飲み干してみる。

酸味が喉に下地を敷いてその上を果実の甘味が通り抜ける、ワインは滅多に飲まないけどこれは美味しいと断言出来るよ

 

「お姉様を倒した直後、当麻はまた気絶したのか崩れ落ちたの。でも当麻の脇腹にはまだグングニルの断片が残ってたでしょ?だからそのまま脇腹を床に打ちつけようものなら流石に危なかった…あの場で白髪の怖いお姉さんが真っ先に手を伸ばしたけど間に合う距離じゃないし、私だってすぐには動けなかったんだ」

 

「それもそうだろう、アイツは超えた限界に1度追い付かれそしてまた限界を超えた…今頃舟渡(しにがみ)と顔を合わせていない方がおかしな位だ。―――大方、咲夜だろ?フフッ、あの程度の応急処置なら咲夜は難なくこなす。」

 

「あの程度って…でも正解、私が必死に手を伸ばした次の瞬間には当麻を受け止めて止血を始めた咲夜が居たの。その後すぐに永遠亭のお医者様に引き継いだから今頃は永遠亭の病室で寝息をたてているんじゃないかな」

 

早くもほろ酔い…とまではいかないけれど、当麻が崩れ落ちた時の絶望感を気楽に思い出せる程度には私の身体にはアルコールが効いていた

 

『咲夜…!何で…!?それよりお兄さんは大丈夫なの!?』

 

『はい、勿論。僭越ながらこの十六夜咲夜、過ぎた真似と理解した上で動く事をお許しください。ですがご安心を、人間の臓器に関して診る事は慣れております。永遠亭の薬師には足元にも及びませんが外科医の真似事も昔齧りましたから――鈴仙、手伝いなさい。アンタの所為で永遠亭から救えなかった患者は出したくないわよね?』

 

『咲夜!?アンタ何で私にだけ風当たりが強い…!あぁもう分かったわよ!』

 

――その後の咲夜は凄かった。いや何時だって咲夜は凄いけどあの時は際立っていた。どう低く見積もっても齧った程度では得られないスキルを次から次へと披露してみせては兎さんへの指示も怠らない。勿論当麻の右手がある以上時止めは一切使えない…と言うのに

 

「いやぁ、ほんと咲夜って完璧超人だよね。と言うか化粧箱を持ってきたと思ったら中身は医療器具ばっかり…咲夜って医者を志してたの?」

 

「――それは秘密だが咲夜の過去はいつかフランにも教えよう。ただヒントを一つだけなら教えんでもないぞ?」

 

「…?ヒント?」

 

「咲夜のスペルカード、その中に答えはある。またパチェにでも頼んで世界史の本を齧ってみると良い」

 

「…咲夜の…スペルカード?」

 

……う〜ん、咲夜には悪いけど流石に他人のスペカを丸暗記は出来ない。何かあったかな…?それに世界史…?

 

(おっと…!いけないいけない、つい話が逸れちゃった…まだ続きがあるんだから忘れちゃいけないよね)

 

「えっと…まぁ結論として咲夜の活躍で何とか誰も死人は出なかったから良かったよ。」

 

「そうか、ならば良かった。…で、だ…フラン?肝心の話がまだだぞ」

 

うっ…やっぱりそう、来るよね…。何となく気まずくて迂回してたけど避けられそうにない、いや…避けるなんて問題外だけどさ

 

いざ事を目前に控えてみると身体は動かない、そんな事を痛感しつつもフランは何とか切り出そうと『あー…』や『う〜…』なんて口に出してみるがそれでは会話が成り立たない。

今更昔の古傷がどうのこうのではない、ただ……まだ心の何処かに『どうせ和解(わか)りあえない』という不安があるのだ

それを和らげる為のワインだったのだがどうやらアルコール度数が弱かったか――――

 

「何を躊躇っている?早く聞かせてくれ…!」

 

「う、うん!勿論分かってるよ?ただお互いにこの話は結構グレーゾーンだからさ…!」

 

「グレーゾーンだと…?待て待て…!私が気絶している間にフランとアイツに何があった!?」

 

…うん?私と『アイツ』の…間…?何を言っているんだろうかこのお姉様は

 

「だから…!フランがアイツの事を名前で呼ぶ様になった経緯だよ!」

 

「……はい?」

 

「大事な事じゃないか!しかもアイツが気絶している間であるにも関わらず親しくなるなど…!」

 

気付けばフランは二人の間に置いていたワインボトルを握りレミリアの頭に振り下ろしていた。…無意識な破壊衝動の芽生えである

 

しかしレミリアもレミリアで背後からの一撃を手で受け止めてフランに向き直る

 

「良いから答えるんだフラン!今の私の最優先事項はフランとアイツの事実関係を把握することのみなんだからな!!」

 

「うるさいッ!ちょっとでも迷い悩んでた自分が馬鹿みたいじゃない!第一私が友達を名字で呼ぼうが名前で呼ぼうが自由でしょ!?」

 

「男……しかもあの忌々しい幻想殺しと来れば話は別だ!それともあれか!?私に詮索されると不味い事でもあるんじゃないだろうな!?」

 

「だーかーら!何で呼び方云々で熱くなるのかな…!えぇい面倒臭い…!」

 

別に何て事無い、永遠亭の人達や咲夜が当麻に搬送出来る程度の処置を施して皆が去り際の話。

 

永遠亭サイドはすぐに去って残るは私に魔理沙、パチェ、咲夜…と気絶したお姉様。

そうそう、今日一日で目まぐるしく事態が急転し過ぎたから忘れがちだったけど。玄関ホールのこの惨状の4割はパチェとあの金髪のお兄さんの死闘が原因だったりする。パチェ曰く『白黒は付かなかった』らしい、ここまで破壊を極めたならもう行くとこまで行けば?と思わないでもないがそこはパチェ。私やお姉様と違ってスイッチのON/OFFはあるんだよね。

そんな訳でパチェはすぐに退いたし、お姉様は気絶中。咲夜はその介抱…膝枕で。ちょっぴり羨ましかったのは言わぬが華って事。

 

「…ま、まぁパチェとあの金髪の事は流そう。引き分けたのは意外だがな――で、魔理沙か…フランに余計な事を吹き込んだのは」

 

「うん止めようねー、さらっとグングニルを持出すのは。グングニルは今日の私にとっては地雷だから、後間違って人里に掠りでもしたら白髪の怖いお姉さんが襲って来るよ」

 

「チッ…藤原妹紅との死合は臨む所だがな」

 

その人が技術を叩き込んだ人間にさっき負けたじゃない、なんて毒吐く程フランは空気の読めない吸血鬼ではない。

 

(あぁまただ、また話が逸れちゃった…えっと魔理沙との件からだよね)

 

『ん、じゃあなフラン。また遊びにも()りにも来るぜ』

 

『私は突っ込まないから。………それと魔理沙、今日は本当にありがとう。お兄さんだけじゃなくて魔理沙も居なかったら私はまだ地下室で壊れてたよ』

 

『そうそうそれだ!皆当麻当麻って…この魔理沙さんもちゃんと活躍したってのにさ。影の功労者なんてやるもんじゃないな…ただまぁ。そればっかりは礼を言われる筋合いは無いぜ?』

 

『私も当麻もそうだ、結果としてはフランを救う事になったがあくまで自分の信念のため。…だからさ、そんなに堅苦しく礼なんてしてくれるな。当麻をお兄さん、なんて間の空いた呼び方をするな―――それが友達ってもんだぜ』

 

『べ、別に間を置いている訳じゃ…!でも…私は、私達スカーレット家はあの人に救われた。しかも私は克服した筈の感情に呑まれてお兄さんの優しさを踏み躙りかけた……改めて冷静に考えると気作な関係には成れないんじゃないか?って…』

 

自分でもお姉様と似て面倒な性格をしていると思う。

 

命を賭けてまで私に手を伸ばしてくれた人がそんな事を兎や角言う訳が無い

 

分かっていても…やっぱり億劫になる。それが私、フランドール・スカーレット―――何でも壊せる癖に何を壊すにしても内心は震えている、自身を化物だと卑下する癖に救済を望んでいる。

――お姉様の言う通り私は悲劇のヒロインを気取っているのだろう

 

『じゃあ…そのままで良いんじゃないか?フランがまだ迷ってるなら無理に自分を誤魔化す必要無いんだぜ。誰だって傷付くのも傷付けるのも嫌に決まってる、強がる奴は内の自分を殺してるだけだ。救済だって望んで当たり前だろ?マゾヒストじゃない限りな』

 

『…ッ、私の心を勝手に読まないでよ。』

 

『スマンスマン、でもまぁ聞けよ。フランがそう感じたんならそれは嘘偽り無い本心だ、それを殺してまで無理に当麻と距離を詰めればそれは上辺だけの関係…虚しいもんだ。だから不安ならまだお兄さんって呼び方でも良い、その程度じゃ私達の関係はどうにもならんさ』

 

『まぁ何が言いたいか、って言うとだな。お前も、レミリアも―――らしくあれば良いんだぜ。吸血鬼の末裔、破壊衝動…どれも友達付き合いには無用の長物だ。深く考えなくてもその時が来れば天下の名脇役、霧雨魔理沙様がキッチリと(わだかま)りが解ける様に動いてやるんだぜ!』

 

天下の名脇役って…自分で言ってれば台無しだよ全く…!でも、この名脇役…ううん。大切な友達のおかげで―――また私は救われた

 

『そっか…そっかそっか、でも名脇役の活躍は見れないんじゃない?』

 

『お、おいおいフラン…中々キツい毒を吐くのは卑怯だぜ。魔理沙さんも今日は結構疲れて耐性がだな?』

 

『アハハッ!元気が売りの魔理沙が悄げちゃダメだよ。―――疲れてるなら早く帰った方が良いよ、紅魔館に泊めてあげたいけど今日は皆大忙しだからベッドを貸すだけになっちゃうし』

 

『ちぇ…咲夜の手料理を摘み食い出来ると思ったんだけどな。まぁ良いさ…じゃあな、フラン。何だかんだ言いつつ私も楽しかったんだ、今度は勝負事抜きの3人で遊ぼうや』

 

『勿論、でもその前に!…当麻のお見舞いにいかないとね?』

 

『――――ったく。フランと言い当麻と言い…何でそうも私の見せ場を無くしていくんだか。まっ…それも纏めて受け入れるのが脇役の務め、ってな。さて、明日は脇役らしい主賓を損なわない当麻への差し入れについて考えるかな』

 

『駄目だよ魔理沙、そんな面倒な事を考えずに付き合えるのが私達――――友達でしょ?』

 

 

 

 

 

長話を終えて乾いたフランの喉を白ワインが駆け抜ける。ボトルを振り上げた以上、既に香りも味も無いのだが―――

 

「つまりはお姉様の勘違いってこと…!下の名前で呼んだから私達の関係を疑うなんて古臭い考え、小説の中の設定だと思ってたよ…」

 

「…仕方ないだろ?疑いもすれば不安にもなるさ、魔理沙がやってのけた事も…幻想殺し(イマジンブレイカー)が成し得た事も。どちらも私が500年間で見向きもしなかった事だ、いや例え目を向けても姉である私には適わなかっただろう」

 

「お姉様は血の繋がった家族だからね、どんなに頑張っても友達には成れないよ」

 

「それもそうだ。―――血の繋がりは難しいものだな、絆の繋がりがお前達を縛らないのに対して血の繋がりはそうは問屋が卸さない」

 

血の繋がり

 

それはレミリアに当主以外の在り方を許さなかった不可視の鎖。

 

それは今の様に酒の勢い程度では触れる事も適わない不可視の枷。

 

「…違うな」

 

「…?どうしたの?」

 

「その気になれば私は何時だってつまらない鎖や肩書きを引きちぎってお前を抱き締められた、でも私はそれが出来なかった。……単純に怖かったのさ、そうして抱き締めたフランに突き放される事が」

 

血は争えない、果たしてその意味が今この時のお姉様に適用されるかは分からない。ただ私達はやっぱり姉妹だ……お互いに分かっていても恐怖で足が竦んでしまう。柵の先に自分が望む景色が広がっていても柵に掛けられた有刺鉄線が見えてしまえばすぐに引き返す

 

(だから今日この日まで私達は逃げる事しか出来なかった。―――私も、お姉様も逃げ続けたから)

 

「だから…今この瞬間からやり直そう、お姉様。大丈夫、友達が私の背中を押してくれたからね」

 

「…フランはどうすればやり直せると思う?それにこれまでの私の所業を全て水に流せるか?」

 

「どうだろう…無理なんじゃないかな。痛いものは痛いし流石に私の友達二人でも495年間降り積もったものを半日じゃ消せないよ」

 

「ハハハッ、それはそうだ。そんなに簡単なら苦労はしないからな」

 

「でも、私はやり直したい。これまでの痛みや苦しみを隠さずに…私が魔理沙や当麻と全てを曝け出して友達をしているみたいにね。…そうすればきっと何時か…何時かまたお姉様を……」

 

記憶の最下層、たった十数年しか続かなかった永遠に色褪せない黄金の記憶。

 

それは降り積もった憎悪よりも鮮明で私が完全に化物に堕ちる事を防いでくれた

 

まだ私達が――――何者でもない、家族だった頃の話

 

「――――お姉ちゃん、そう呼べる気がするんだ」

 

たったこの一言、この思いを、この願いを伝える為にどれだけの時間をかけただろう。

何とか言い切った今でさえ震える私の手。そんな震える手でワイングラスを掴み取るも中身は空っぽ、でも私はそれを飲みきる真似をする。

 

「な、何か言ってくれないと私は結構困―――――」

 

空のグラスを奪われて、震える私の手は暖かい感触に包まれる。

この温もりを――私が忘れる訳がない…!

 

「嗚呼、フラン…!フラン…!!」

 

「いやちょっと待って!?幾ら何でも状況が飲み込めないんだけど!?」

 

「うるさい、状況なんてどうでも良い…!フランのおかげで私は生きて罪を償える…!こんな素晴らしい事があると言うのにフランを抱き締めずにはいられるかッ!」

 

「だからってお姉様の本気の腕力で抱かれるとかなり痛いって言うか…!嗚呼もう後は野となれ山となれ!でもお姉様…!私が白目を剥く前に一つだけ言わせて…!」

 

数秒前の感動を返せ、フランの目は暗にそう語っている。人と非常に似通った体付きの吸血鬼だが身体能力は全く異なるもの、同族のフランと言えどもノーマーク…しかもほろ酔いの状態からレミリアに本気の抱擁を受けるのはちょっと……いやかなり辛い物があるのだ

 

とりあえず…!とりあえず私が気絶する前に伝えなきゃいけない事があるんだよね…!

 

「お、お姉様が私を幽閉した事に罪悪感を感じているのは知ってるし償いの気持ちを否定はしないけど…!そんな物を挟み込んじゃったら本当の姉妹の関係にはなれない…!だから私にはお姉様が歩み寄ってくれる事が贖罪になるの!」

 

「―――良いのか?それは結局、私の所業を水に流す事に繋がるかもしれないんだぞ?」

 

「ハァハァ…!よ、ようやく解放された…!……大体、そんな卑怯な真似が出来ないから死んで私を救おうとしたんじゃない?不器用にも程があるよ」

 

酸素が恋しいなんて滅多に感じれる事じゃない。どれ程酸素を吸いこんでも満足しない自身の肺にこれでもか!と酸素を送り込みつつフランは言葉を紡ぎ続ける

 

「だから…さ。不器用なら不器用なりにぶつかってみれば良いんだよ、喧嘩して仲直りして…また喧嘩して。それが私達が忘れていた本来の家族の在り方なんじゃないかなー…なんて」

 

「そうだな……あぁ、きっとそうだ。でも、でもなフラン…!そんな…在り方が許されるのか私には眩し過ぎて分からないんだ…!またフランに『お姉ちゃん』と呼ばれる日が…!」

 

「来るよ、必ず。憎悪を受け入れた私なら、後悔を乗り越えたお姉様なら――絶対に」

 

負の感情も正の感情も曝け出せる

 

それがフラン流の友達の、家族の在り方だから

 

暗い過去を支えにして、眩しい過去をライトにして

 

―――姉妹の止まった時間が動き出す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八意永琳SIDE

 

 

 

 

 

 

 

件の緊急手術から3週間が経過した。しかし緊急手術とは言え上条当麻の脇腹からグングニルを取り除き血管の縫合と損傷した臓器の補完程度のもの、他ならいざ知らず永遠亭の薬師を追い詰める程のオペではない。

 

「それに、アレがある以上大概のオペは――」

 

彼女が口にした『アレ』、それは永遠亭の最終手段であり一番の禁忌。

 

禁忌…ね、使用に罪悪感を感じぬ禁忌など聞いて呆れる。しかし私は薬師で彼等は患者、私がその程度で治療を放棄しては話にならない

何より済んだ事だ、臨床実験もありとあらゆる角度・パターンから何千回と繰り返した。そう八意永琳は割り切って処理すべき事務書類に目を通す

 

「失礼するわよ。…あら…お仕事中だったかしら?」

 

「正門から入ってこない珍客の相手よりは優先順位の高い仕事よ、何時もの化粧水なら受付で購入出来るから」

 

「その受付に誰も居なかったから罷り通ったのよ。そうお堅いことを言わずに相手をして頂戴」

 

「はぁ…またてゐがサボっているのね、やはり受付はうどんげか上条君にしか務まらないみたい」

 

さぁ職務怠慢の罰は何が良いだろうか?てゐのへそくりの人参の硬度をセラミックス並に変えてみるのも斬新で面白いかもしれない

 

自然と浮かぶ黒い微笑をかき消した永琳はスキマから顔を覗かせた八雲紫に向き直る

 

「――暫く幻想郷に居なかったそうね?学園都市でまた御用聞きでもしていたのかしら」

 

「言葉の端々に感じる棘はこの際受け流しますわ、それに御用聞きではなくてよ」

 

「それは兎も角、私が居ない間に幻想殺し一派が派手に紅魔館とやり合ったそうじゃない。だから貴女への事情聴取を敢行しようかと」

 

「あぁ…件の1件ね、あれは成り行きよ成り行き。事実死者は誰も出ていないし紅魔館からの苦情も無かったはずなのだけど」

 

「成り行きって貴女ねぇ、どこの世界の成り行きに任せれば薬の訪問販売が死闘に成り果てるのよ」

 

「先手はレミリア・スカーレットからだと聞いているわ、わざわざ分かりきった事を聞く位なら仕事に専念させてくれない?」

 

そもそも八雲紫が事の成り行きを把握していない訳がない。いや……それ以前に、ここまでの運びすら全て彼女の掌の上なのではないか?そんな考えさえこのスキマ妖怪の怪しげな雰囲気の前では不思議と頷けてしまう

 

「まぁ…良いでしょう。ただ私が気にしているのは幻想殺しの容態ですわ、又聞きの限りでも瀕死の重症を負ったそうね」

 

「そうね、他の医療機関なら匙を投げるわ。第一肝臓が3割程消え失せた(壊死)んですもの、臓器移植の概念が存在しない幻想郷の医師達では成す術無しじゃないかしら」

 

「でも貴女は幻想殺しを救った。―――彼の壊死した臓器の代替品、誰の物を使ったのかしらね」

 

「妹紅、若しくは姫様の物を。その解答で今日は引き下がってくれない?」

 

「…有り得ませんわ、彼等は蓬莱人形。種の枠が異なる上に彼等を不死者足らしめている蓬莱の薬は肝臓に蓄積すると聞きました。拒絶反応で死亡するか第3の禁忌が生まれるか―――とても貴女が選ぶ二択ではないもの」

 

確かにそんな二択など選びたくもない。ならば――選ばなければ良いだけのこと

 

扇子で紫は口元を隠している。

しかしその下はさぞ警戒心に染まっている事だろう。無論誤魔化しは通用しない、しかし真実を素直に話せばこの賢者様は黙っていない筈だ。

 

月の賢者(八意永琳)妖怪の賢者(八雲紫)、化かし合いに腹の探り合い。先に仕掛けたのは―――――

 

「…貴女、使ったのね。不在金属(シャドウメタル)と蓬莱の薬の混合物を」

 

紫だ。

 

「えぇ。分かっていたのなら聞くまでもないじゃない」

 

不在金属(シャドウメタル)……それは強大な能力同士がぶつかり合った際に発生する謎の物質。理論上では存在すると仮定されているがその性質上存在は確認されていない

 

―――筈だった

 

「アレはあくまでも1分1秒を争う重症患者を救う為の最後の切り札…そういう約束で渡した筈よ。まかり間違っても臓器移植程度の代わりに使われたのではたまったものじゃありませんわ」

 

「正確には垣根君の身体を再生させるために、ね。ただ使用の判断を下すのは私自身、上条君への投与は私が必要だと感じたから行ったまでよ」

 

永琳が使用した不在金属(シャドウメタル)は上条当麻、御坂美琴、削板軍覇の異能がとある事件でぶつかり合って生まれた物。

この不在金属(シャドウメタル)を永琳は『能力同士がぶつかり合う際に生まれた飽和水溶液のような物質』と定義。それならば飽和水溶液たる不在金属(シャドウメタル)には溶けきれなかった分の異能が実体として含まれているのではないか?

 

「貴女の予想は見事的中、他の異能が混じった事による不純物や異能の効力を保っているのか否か等の不安要素は有れど貴女は無事…蓬莱の薬と主成分が幻想殺しの異能の不在金属を混合させた不死性を伴わない万能治療薬を完成させた」

 

「あの不在金属が幻想殺し(上条君)が主軸となって産まれた物である以上主成分は絶対に幻想殺しの異能に決まっている、だから後は蓬莱の薬に不在金属を混ぜ続け効能諸共不死性を打ち消し続けた―――久しぶりに気の抜けない研究が出来た事は感謝しないとね」

 

「巫山戯るのも大概になさい…。貴女ならそれを使わずとも幻想殺しを救う方法は持ち合わせている筈ですわ」

 

「――――無かったのよ、脆い人間相手に後遺症を残さない治療方法が。私の知り得る医術は全て強靭な肉体を持つ月人や人外を救うもの、だからアレを彼には投与した…まだ何か聞き足りない?」

 

2人は睨み合う、それこそぶつかり合う視線の中で新たな物質が産まれてしまいそうな程に。

 

八雲紫は何も気紛れに不在金属を学園都市から盗み去った訳では無い、あのまま学園都市サイドのとある筋に回収されると後々面倒な事になるから回収しそれを有効活用出来る永琳に託したのだ。結果的には永琳は活用法を見出しその実用化に成功した

 

沈黙を守ること数分、今度は先に永琳が沈黙を破る

 

「貴女だって『連中』に悪用されるよりはリスクを覚悟で私に不在金属を預ける方がメリットがある、そう判断したからこその行動でしょう?」

 

「……えぇ。えぇ確かに、今回のようなリスクを負ってでも『連中』に悪用されるよりは貴女に預けた方がマシですもの。それに蓬莱の薬に関して負い目がある貴女が下手を打つとも思えませんしこの話は水に流しましょう。今日貴女を訪ねたのはもう1つ頼まれて欲しいからよ」

 

「何とでも言いなさい―――それで。今度は何の厄介事を持ち込んでくれたのやら、前持って断っておくとあの薬の大量生産は無理よ。そもそも不在金属自体数が限られて―――」

 

「違いますわ、頼みたいのは健康診断。人間4名のね」

 

―――何を言い出すかと思えば気の抜ける。

これまでの重苦しい話とは打って変わって健康診断?いやまぁ……構わないと言えば一向に構わないのだけど

 

「先週ウチから4人が抜けたと思ったらまた4人追加…あぁでも健康診断程度なら日帰りで済むわよね」

 

妹紅や鈴仙は兎も角垣根と当麻は食べ盛り真っ只中。表面には出さないが出費が度重なる現状で食費が嵩む事は永琳の悩みの種であった

 

「あら、また出ていきましたの?確か紅魔館に薬を言い値で買わせて荒稼ぎしたと聞きましたわよ、しかしそれで足りないとなると……次はどこに向かったのかしら?」

 

「…色々あるのよ色々。そうして彼等の次なる目的地は――――地霊殿、今度は地底の主に二日酔いの薬を買わせるみたい」

 

「…まさかまた死闘の果てに……なんて事にはならないでしょうね?これ以上のトラブルは御免被りますわ」

 

「まさか…4人には半日程の説教で釘を刺したから大丈夫。それで、私が診る4人と言うのは?」

 

「嗚呼そうそう、つい話が逸れてしまいました」

 

眼球が蠢くスキマの中は見慣れるものじゃない――そんな見慣れたくもないスキマから3人の少女と1人の少年が文字通り落ちてきた

 

見る限り外傷は無いが意識も無い、紫が気絶させたのだろう

 

「削板軍覇、ミサカ10046号、御坂美琴、食蜂操祈…あぁ、双子に見える2人は軍用ゴーグルを付けている方が10046号で片割れが御坂美琴。後は消去法ですわね」

 

「特に10046号はクローン、だそうよ。クローンの勝手は分かりませんから貴女に任せたいのだけど」

 

……また、幻想に新たな科学が交差する。

 

 




紅魔館編、これにて無事解決!そしてさらっと次の地霊殿編の予告も完了!我ながら良い仕事したぜ!
そんな訳で年内最後の後書きでございます。今年は半年間は休んでた訳ですがその間色々あった分楽しかったですよ〜

ちなみに今回のフランによる和解は紅魔館編を書く前からの大前提でした。あくまで上条さんはレミリアに説教をするだけでそげぶを放つかも未定……結末しか決めていなかった紅魔館編が完結出来て本当に良かった……

さて、次話は1月の半ばに投稿出来たらなーと。まぁこれを読んでいる皆様の画面には既に次の話の欄があるはずなんですがね
では皆様の2017年が良き幕開けとなることをお祈りして本年の〆と変えさせて頂きます、今年も1年間ありがとうございました!


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