とある幻想郷の幻想殺し   作:愛鈴@けねもこ推し

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Sister's noise〜姉の叫び声〜【後編】

垣根帝督SIDE

 

 

 

 

 

 

フランがレミリアに王手を掛ける…少しばかり前に時間は遡る。

返り血も殺気も飛び交わない争いがここでは繰り広げられていた。

 

「ハッ―――笑わせんなよ、レミリアが死ぬ気だ?言っただろうが、レミリアは信じねぇってな。もっと言うなら俺は紅魔館の連中…メイド妖精やあのイカれた妹様に至るまで誰一人信じてない、無論お前もだ」

 

「別に信じろ、とは言っていないわ。貴方が私達を嫌悪しようが不信感を抱いたままだろうと退いてくれさえすれば構わないの、それが貴方の仲間を救う最善策だから提案したまで。――レミィはね、死でしか己への贖罪を見出せないでいる。私はそれを親友として見過ごせないわ」

 

話の筋は大体掴めた、大方当麻の説教食らって改心した妹が自分との過去を吹っ切る為に自分を殺させる…ってとこだろ

(確かに、コイツの言う事も分からないでもない。俺に対して手を抜いていたのはこの時の為に魔力を温存するため、弾切れを起こした俺が牙を剥いた所でそれは無駄骨に違いないしな…俺だって利益の無い争いを好む程戦闘狂のベクトル間違えてねぇよ)

 

「OKOK、お前の言い分とお前達の事情は把握した。今この場で自分の家族の負い目晒してまでお前が俺に不意打ちをする必要も無いしよ、不信感はともかく仲間の為にも戦略的撤退を―――」

 

首を回す

 

骨の隙間に溜まった酸素が弾けて音が響く

 

肩から力を抜く

 

唐突に流れ込んできた疲労感に自然と苦笑が漏れる

 

―――ふざけんな

 

漏れ出た苦笑を踏み潰し魔法使いを睨む

 

「なんて言うと思ったか、俺達を虚仮にすんのも大概にしろってんだ!お前もレミリアもそんなだからフランドールの野郎と確執が生まれんだよ!当麻が重症だから戦略的撤退?笑わせんな、アイツは自分の命も省みず相手とぶつかったからこそフランドールを変えられたんじゃねぇか!」

 

分かってる、今俺が宣ってる事がリーダー失格の戯言だって事も。

うどんげが門番に負けそうになったあの時、俺はルールを無視してでも乱入して助ける…そう決めていた。それが仲間を一番に考えた最善手だと信じていた

 

(違うだろうが!!俺は独りよがりに仲間を護るだ何だと格好つけて自分の体裁を守ってただけじゃねぇか!――アイツ達の仲間なら、リーダーなら…!)

 

「アイツが白旗も挙げない内に撤退なんてしてみろ!それは今まで戦ってきた俺の仲間達に対する最低最悪の侮辱だ!…リーダーなら、仲間の勝利を信じて待つのも大事…なんて台詞は俺よか当麻の柄だがな」

 

「――前言撤回、貴方はあの面子を纏めるどころか破滅に追いやっている…リーダー失格ね。まぁ良いわ、『退かない』なら『退かせる』まで――」

 

「寝言は寝てから言えよ、輝夜第2号(ひきニート)――停戦解除だ」

 

「当麻ッ!!お前が紅魔館の連中の幻想を…じゃなくて!幻想の殺し方を教えてやれ!絶対に退くんじゃねぇぞ!!」

 

自身の声が届いたかどうか、そんなことは彼にはどうでも良かった。

…疑うまでもない、だって仲間だから。

 

これは綺麗事、でも今は綺麗事で十分だ。こんな甘ったるい綺麗事でも、目の前の弾幕を鼻で笑える程度には気付けになる。

 

 

 

 

爆炎と爆風が支配した玄関ホールの中で静かな、しかし仲間と親友を想う二人の死闘が再開された

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条当麻SIDE

 

 

 

 

 

 

 

 

声が、聞こえた気がした。

誰の声かまではハッキリとはしない、でも……俺はその声の主の想いに応えたかった。ソイツから信じ託された事がすごく嬉しかった

 

「…ッてて…意識を失ってたのか…?く、そ…!垣根…!」

 

すぐに辺りを見回してみたが身体が動かない…そうだ…!あの時俺はレミリアのグングニルに貫かれて…!

 

当麻の身体を貫いたグングニルは未だに健在、だが幸いにもそのグングニルが血管を塞ぐ役割を果たしたのか大量出血は起きていない。

だが無理矢理にでも引き抜けばその瞬間出血性ショック死でめでたくあの世逝きだ

流石にこの程度は俺でも分かる、オマケにこの状態を維持し続けてもどの道あの世逝きに変わりは無いはず

 

今まで死を覚悟したことは何度もあったし右手に限れば肩の辺りまで消え去った経験もある。ただ今回が一番死に近い体験だ…大量出血は避けたとはいえ確実に血は流れ出てる…ハハッ、永琳さんや鈴仙が見たら怒るだろうな…

 

「…俺、死ぬのか」

 

「…今のままじゃ、確実にな。だが私はそのつもりは更々無い、既に手は打ってある。」

 

俺を取り囲む妹紅や鈴仙、それに霧雨。そっか…応急処置に来てくれたんだ…

 

「は、ははっ…悪いな…妹紅…あれだけ啖呵切ってこれ、じゃあ…笑えねぇよ…」

 

「あぁ、そうだな」

 

「オマケに、垣根に全部投げちまった…フランドールとの約束も…果たせなかった…」

 

「あぁ…そうだな」

 

妹紅はそれ以上は何も言わない、俺もただただ俯いて言葉と血を零すだけだ。ただ鈴仙と霧雨だけが俺の止血に動いてくれていた

 

「…妹紅、もう良いわ。当麻も黙りなさい、師匠が到着するまでなら私でも大丈夫よ」

 

「…でも、さ…多分だけど垣根の声が聞こえたんだ――諦めんなって。…俺、すごく嬉しかったんだよ」

 

「俺達が傷付く事を何より嫌うアイツが…さ…、こんな死にかけの俺に諦めんなって…!!」

 

「…あァ、そォだな」

 

もう力なんて残っていない、気持ち悪い程に冷たく感じる脇腹は間違いなくヤバい筈だ

でも、こんな状況を改めて認識した今でさえ…!俺の信念は変わらない…いや、変えたくないと思わせてくれた…!!

 

「…諦め、たくない…!垣根の信頼に応える事もフランドールとの約束も…!」

 

「馬鹿言わないでよ…魔理沙、妹紅!アンタ達もこの馬鹿に感化されてないでしょうね!?」

 

言うまでもないがこの場で正論を述べているのは間違いなく鈴仙だ。骨折や火傷ならいざ知らず脇腹を貫かれ今にも死にそうな人間を手放しで送り出せる方がどうかしている、それこそ狂っているに違いない

 

しかし、この時妹紅や魔理沙は――鈴仙に至るまで。例え僅かでも、上条当麻の強さを垣間見た者なら解る…解ってしまう

 

(この人間は…)

 

(この種類の人間は…)

 

(『死』では…止まらねェンだ)

 

「…だったらどォする、今のお前に何が出来ンだ?そもそもフランドールの野郎はお前を殺られかけた報復で戦ってンだぞ、止める義理なンざどこにある」

 

「…フランドールを、止める。あのままじゃ間違いなくフランドールはレミリアを殺しちまうだろ…?…俺の友達に姉殺しの十字架は背負わせない、レミリアに死んで逃げるなんて真似はさせない。それが上条当麻なりの信頼の応え方で…戦い方だ」

 

「―――二分以内、一撃入れるだけ。二分を待たずとも私が無理だと判断したらレミリアを焼き殺してでも当麻を引き離す、当麻が被弾しそォになった時も同じだ。……その条件が呑めンなら、お前の背中を押してやンよ」

 

「妹紅…自分が何を言ってるか分かってるの!?当麻に死んでこい、って言ってるのと何も変わりないのよ!?当麻は兵隊でも不死身でもないのに…!」

 

今、当麻が抱く感情はただただ感謝…それだけだ。送り出すと言ってくれた妹紅も、あんなにも心配して怒ってくれる鈴仙も…こんなに自身を想ってくれる仲間がいる事はどんな事よりも幸せに違いない

 

2分…2分で俺が死なずにレミリアを倒す…しかも一撃KO…

右拳を軽く握ってみる、骨は軋むが脱臼も筋も筋も痛めちゃいない…

 

「2分以内にレミリアを一撃KO、退際も全て妹紅に任せる…どうせ2分耐えられるかも怪しいところだからな…!」

 

「当麻、くどい!医者見習いの私がドクターストップを掛けてるのよ!!」

 

…やっぱり鈴仙は許しちゃくれないか。…強引に押し通る?ダメだ、鈴仙は俺を想ってくれてるんだ…その想いを俺が無視するのはナシ…だよな

 

「…鈴仙、俺は―――」

 

「…なぁ鈴仙、私からも頼むぜ。こうなったら当麻はテコでも動かん、それに私だって…フランが…吸血鬼が十字架を背負うなんてつまらん洒落は見たくないからな」

 

「魔理沙まで…!」

 

「…但し当麻…約束しろよ、お前はレミリアに勝ち逃げは許さないって言ったよな?それならお前も同じだ、私の友達だからには死んで誰かを救うなんて安い三文小説の真似事は御免なんだぜ」

 

「…垣根にしても、霧雨にしても…上条さんに対する注文が厳し過ぎるんですよーっと……良いぜ」

 

「俺は感動の幕引き(エンディング)なんて興味無い…俺は…!俺は端から皆が笑っていられる幕引き(ハッピーエンド)を目指して戦ってるんだ…!!」

 

まずは俺を磔にしているグングニルをどうにかしないといけない、勿論引き抜くなんて論外だ。……解決策はきっと妹紅に……ある…よな…?

 

そんな彼の視界の端では掴んだ何かを振り上げる挙動の妹紅、数瞬遅れて日本刀を投影する様に形成される焔を見て当麻は全てを悟る

 

――彼女らしい…それは実にリスキーで、実に理に適った方法。焔の刀で当麻の脇腹に刺さった箇所以外の槍の無駄な部位を斬り落とす…!

 

「やれ、妹紅…!」

 

「言わずもがな…ってなァ!!」

 

上段からの振り下ろし一閃――――壁に食い込むグングニルの穂先と胴体を切断

 

すぐさま手首のスナップを効かせ刀を跳ね上げる、間髪入れずに振り下ろした二閃目――――

 

コトン、カラカラカラ――――

 

………床を転がったもの、それは…魔力で形成された紅い槍の中腹から根本に至るまで。

すなわち、切断成功だ

 

「アンタ…達ね…!!それで傷口が更に開いた本当に即死よ!?」

 

「……鈴仙の、お叱りが聞こえるって事はまだ俺は死んでないのか。」

 

「ったりめェだ、グングニル程度の細い棒なら力加減の工夫で衝撃無しに斬れるっての」

 

「さっすが…俺の指導教員だ、よな…!」

 

「私を無視しない!あと妹紅もドヤ顔決め込んで納刀のモーションはしなくて良い!」

 

は、ははっ…本当に鈴仙は元気だよな…こんな時に変わらず活を入れてくれるなんてさ。傷口に響くのはこの際黙っとこう、それが良い

 

ゆっくりと、なるべく傷口がある脇腹に負荷が掛からないように立ち上がる。霧雨が肩を貸してくれたがそこは断っておいた、気持ちは嬉しいけど今気を抜いたら気絶しそうで怖い…

 

「悪い悪い…無視する気は無かったんだ。……流石の上条さんもビックリしてさ…。鈴仙…やっぱりまだ俺が動くのは…許してくれない…んでせう…?」

 

「…当たり前じゃない、これで送り出したんなら私は医者見習い失格よ。戦場の衛生兵なら軍法会議減給左遷銃殺刑待った無し…なんだけどね…。――でも私は衛生兵じゃない、医者見習いではあるけれどその前に……当麻、貴方の仲間なんだから…!」

 

「だからもう、止めない。早く行って…それであの吸血鬼を倒して本来の目的も達成してきなさい、リミットは2分――ウルトラマンも真っ青の制限時間なんだからね」

 

…鈴仙は折ってくれたんだ…永琳さんから学んだ医術の知識と心意気を、過去に刻み込んだ自分の信念までも

 

(恵まれ、たな…本当に俺は…こんな俺には勿体無いくらいだよ…)

 

どうやら鈴仙が折れた事は余程意外だったらしい。妹紅と魔理沙は数秒間は固まっていたのだ、だが先程までの猛反発を知っていればそれは自然な反応だろう

 

何か…伝えないと。ありがとう、でもいいからとにかく動き出す前に鈴仙に何かを伝えないといけないんだ。

 

思考の鈍る頭に鞭打つこと数秒、言葉は至極簡単に見つかった。彼自身が使い慣れた――使い古したその言葉

 

「――鈴仙も、妹紅も、霧雨も、そして垣根やフランドールも…俺はこの短時間で何度頭を下げても足りないくらい助けて貰った。

それを今この瞬間だけに限って、全礼になるとしたら…これしか見つからなかったよ…」

 

「皆が不安を抱くのは当たり前だ、俺だって内心不安でビクついてる…

―――だから、皆が今抱いている不安(げんそう)を…皆の優しさとこの右手でぶち殺す…!」

 

「…あァ」

 

「分かったわよ…えぇ…!」

 

「本当の意味での最終局面開始だ!皆で迎えるんだぜ、ハッピーエンドをな!!」

 

 

それを待ち構えていたかのように幕開けの合図とはお世辞にも言い難い音が皮肉にも鳴り響く。―――フランがレミリアを下へと叩き落としたのだ

 

 

そう、ここからが本当の最終局面

生か死か、笑顔か、涙か……

 

 

『…良い訳、ないだろ…! こんな終り方…俺は絶対にさせ、ない…』

 

俺だって、譲れない幕引きがあるんだよ…!

 

 

 

 

 

 

レミリア・スカーレットSIDE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…待て、待て待て…!この際幻想殺し(さいじゃく)が何故生きているか?なんてどうだって良い…!

 

「何故お前が立っていられる…!何故お前がまた私の前に立ち塞がる!!」

 

「…もう俺だって、限界なんてとっくに迎えてんだよ…!それでも退けないのはお互い様じゃねぇのか…?」

 

先程までは死を受け入れた―――そんな表情のレミリアは一変、当麻を睨む瞳は瞳孔が縦に細く長く開いている

さながら爬虫類科の生物の如く、と言えるだろうか

 

だが悠長にお喋りに使う時間は当麻にはもうない、それにこのままレミリアが動けない状態で説得したって何も意味がないのだから

 

「フランドール……たの、む…レミリアの拘束を解いてくれ…」

 

「…どうして?此奴はお兄さんを、私の友達を殺そうとした。長年の怨みだってある…まさかここまで来てまだ此奴との和解を目指す気…?」

 

「……そのまさかだよ、少なくともフランドールが本心からそれを願ってないんだから尚更だ」

 

「ッ…な、何を…今更そんな…ッ」

 

「…レミリア、俺を睨むんなら先にフランドールを見つめろよ…それが第一歩だ…お前なら、運命を視てきたお前なら能力なんて使わなくたって…。全て視えるはずだぜ…!」

 

案外彼の出番は来ずに2人で仲直りしてくれるかもしれない、そんな希望的観測を切に願いながら当麻は右手をフランドールのレーヴァテインへ

 

聞き慣れた…若しくは聞き飽きた幻想殺し発動の音、そしてレミリアが身体を起こす

 

まず私の手に触れたのは床に零れた何かの液体…そう言えばやたらとフランが汗を掻いていたな…

 

「…最期まで品の無い、血を啜る吸血鬼が体液を撒き散らす……ッ…!」

 

「…涙だよ、ずっとフランドールは泣いてたんだ。無意識かもしれないけどさ……大嫌いな奴を殺せるってのに、お前の妹は泣いたんだ」

 

 

「笑い泣きじゃない、フランドールは悲しくて泣いてんだよ…レーヴァテインの焔でも蒸発させきれない位…!

―――フランドール、もしお前が…本心からレミリアを殺して過去を振り切れるって言うんならお前を止める事を躊躇ったかもしれない。…でもダメだ、自分の心と家族を殺してまで過去を振り切るな、少なくとも俺はフランドールにそうして得た未来を歩んで欲しくない」

 

「じゃあ…どうするって言うの!?私の495年の哀しみは!?ようやく掴んだ友達を壊されかけた怨みは!?…私を壊す吸血鬼(お姉様)と愛してくれた家族(お姉ちゃん)の両方の記憶の残像に締め付けられる苦しみは…!もう殺さない事には収まりなんて付く訳が無いじゃない!」

 

「―――俺はまだ生きている、これからもな…495年間降り積もった憎悪があるんなら…!俺と霧雨が…そんなものを鼻で笑える位の楽しい思い出をこれから作ってやる!…でも、記憶の残像だけは。…その幻想だけは俺には殺せないし間違っても殺しちゃダメだ――」

 

「だってそれは、フランドールとレミリアだけが唯一共有する家族の記憶だろ!!…だからフランドール、レミリアは殺しちゃダメなんだ…!お前、の…ためにも…」

 

人間(さいじゃく)はそこで倒れた。ようやく超えた限界に追いつかれたんだろう

 

でもそんなことは私にはどうだって良い。

フランが…泣いていた

 

私を想って…?私を殺すのが苦しい?

 

成程確かに、幻想殺しを抱え呼びかけるフランの頬には涙の軌跡が見て取れる。……フランにはまだあったのか…あれだけ私に壊され虐げられたお前にさえ…お姉ちゃんと呼んでくれた単なる姉妹(かぞく)で居られた記憶が…

私には未だあるだろうか?いやあっただろうか?

 

「…私は愚かだ。否…最早愚か者にすら成れもしない…ハハッ…ハハハッ……フラン、煩わせて悪かった。…確かにお前の為とは建前に結局私は怖かったのかもしれないな、自身の罪と向き合うことが。」

 

「…今更そんな事言わないで。…確かにお姉様を粛清(こわ)す事は苦しかったし怖かった。今この瞬間もお姉様の優しい笑顔が思い出せる…でもそれ以上に貴女には恐怖がある…!」

 

私の罪は計り知れない、さぞや閻魔もご立腹だろう。

…この娘に、妹に…消えない傷を深々と刻み込んでしまった。…だから、幻想殺し(にんげん)…フランの事を頼む

 

「ありがとう、こんな私との記憶の残像を忘れずいてくれて。…お前は本当に優しい…優しい…私の(フラン)だ、不出来な(わたし)には不釣り合いにも程がある」

 

残る全ての魔力を右手の中に―――幻想殺しを越える威力もフランと殺り合う為の力も必要ない

ただ私の息の根を確実に止められる…それだけがあれば構わない

 

再びレミリアの掌の中へ顕現した神槍『グングニル』

 

凡そその丈は1.5M、小柄なレミリアを貫くにはほど良い長さだ

…吸血鬼の最期を飾る獲物が神の槍とは皮肉ったものである。

 

「…最期までフランを血飛沫で汚す必要はない…か。じゃあな、フラン…幻想殺しに『すまない』とだけ…言付けておいてくれ」

 

最期はどこで迎えようか?フランの瞳に映らない場所なら何処だろうと構わないが…

最期に俯くフランに言葉を託して背を向ける、味気ない別れだが私達にはこれくらいが丁度良い

 

「…待って、今更死んで逃げる気なの…!」

 

「まぁ…な。言い方は悪いがフランだって当初は私の死を望んでいただろ?」

 

「死んで逃げろなんて言ってないッ!私は…私はただお姉様に…!」

 

「…許せよ、フラン。私は逃げる事しか知らないんでな」

 

グングニルを脇に抱えたままレミリアは徐々にフランから離れていく。

1歩…また1歩…

レミリアは啜り泣くフランの声を背中で受け止めていた

 

「…無理を言ってるのは分かってる、どれだけ酷い事を言ってるかも分かってる」

 

―――なんでッ

 

「でも…!お兄さんにやって欲しい事があるの―――ううん、これはお兄さんにしか出来ない事…!!私じゃ…!私じゃ何も…!何一つ変えられない…から」

 

―――なんで私は…こんなにも弱い?

 

「貴方に助けて貰って、その上貴方の優しさを裏切った私だけど…!」

 

―――紅魔館の主?ツェペシュの末裔?

―――幻想郷に2人しか居ない吸血鬼?

 

「もう貴方を裏切らないから…!今度は私が助けられるように強くなるから…!」

 

何も出来ないじゃないかッ――――

泣き崩れる妹を抱き締めることも、選べた筈の贖罪の道を選ぶ事も

 

「……1度だけ、この1度だけで良いから…!!」

 

「ッ……ハッ……」

 

「『お姉ちゃん』を助けて…ッ」

 

此奴の様に、立ち上がる事さえ――――

 

「…分か……った、任せろ…フランドールの、言葉は……すげぇ…響いた…」

 

…私はまだフランに背を向けている。だが…振り返るまでもなく分かる――

 

まだコイツは死んでいない

 

まだコイツは諦めていない…!

 

「何なんだよ…!何なんだよお前は!!もう良いだろ!?頼むからもう許してくれ!どう罵られても構わない、だから逃げて幕引きにさせてくれよ…!!」

 

「…許す、許さねぇ…じゃ、ない……お前なら解る、だろ…?家族が、自分の所為で傷付く事がどれだけ辛いかなんて…!それがどんな痛みよりも心を抉ることをレミリアは誰よりも知ってるはずだ…!」

 

「何より…レミリアだって今まで苦しかった辛かったんだろ…!?それが後少しで変わるかもしれないのに…!お前は何で手を伸ばさねぇんだよ…!!」

 

「違う…!違うんだよ…!私は死んで咎めを受けるべきなんだ、それで当然の醜い吸血鬼だ…!今更どんな顔をしてフランとやり直せる!?分かりきったような台詞を吐くなッ…!」

 

「…だったら」

 

そこからは…まるで咲夜の能力を可視化したように緩やかに時が流れていく

 

振り向いた私は見栄えもなく涙を流しながらグングニルを突き出し

 

立ち上がった幻想殺しは脇腹を庇う事もなくグングニルを踏み込みからの裏拳で打ち消して

 

「吸血鬼じゃなく、姉妹としてフランドールとやり直せ…俺が…お前を吸血鬼として縛る枷を……外…すから…!」

 

――――経験したことの無い痛み

 

嗚呼、私は殴り飛ばされたのか。

 

 

レミリアは派手に吹き飛んだ。

―――それはきっと…身軽になれたから




何とかここまで漕ぎ着けた感満載の話になりましたね、お疲れ様でした。

ちなみにラストシーンで上条さんがレミリアを殴るか殴らないかは本当に最後の最後まで迷ってました、えぇ。正直後書きを書いている時も『やっぱり変更しようかな…』とか思ってましたからね

やっぱり『お前の幻想をぶち殺さねぇ!』って上条さんが宣言しちゃってる以上殴るのはおかしくね?ってなりました
…でもとあるシリーズ好きの一個人のファンとして私は『上条さんが幻想を殺す=右ストレート』は成り立たないと思うんです。やっぱり言い訳がましいかな

そんな訳(?)でこれで紅魔館編は8割方終わった訳です。……8割方、ね

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