とある幻想郷の幻想殺し   作:愛鈴@けねもこ推し

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既に一週間以上も前の話ですがこの『とある幻想郷の幻想殺し』の連載が始まって一年が経過致しました
ここまで私のような継続性も計画性もない人間が連載を続けられたのはひとえに応援してくださった皆様のおかげです、ありがとうございます


悪魔の狂気、英雄の狂気

上条当麻SIDE

 

 

 

 

 

魔理沙から放たれたファイナルスパークが当麻の視界を覆い尽くすまでには1秒とかからなかった、それ程までに刹那の出来事だったのだ

 

「…やった、か?」

 

「少なくとも回避されてないのは確かだな、フランなら回避すれば即座に反撃してくるだろ」

 

「じゃあ…命中はしたんだな」

 

「あぁ、『命中』はしたぜ」

 

そう、命中はしたんだ。でも……イコールそれがトドメになったとは限らない、多分霧雨はそう言いたいんだろう

あの至近距離からあの威力を喰らって耐えられるとは俺は思わない、いや思いたくない。出来る事なら倒れていて欲しい、上条さんはこの後も戦わなきゃならないんだからな

 

巻き起こった煙を手で払いながら当麻は右手に、魔理沙は八卦炉に力を込めた。もし―――悪魔(フラン)が健在でも戦えるようにだ

 

「痛いなぁ…酷いよ、魔理沙ァ…指が数本消し飛んじゃったよ。これはお返しに魔理沙の指も引きちぎらないとダメじゃない…」

 

「悪かったな、ただフランとは違って人間は指がまた生えるように作られていないんだ。…代わりに戦いの続きと行こうぜ?」

 

吸血鬼、健在。先が消し飛んだ指から血を滴らせながらもレーヴァテインは手放す事はなく…ただ笑っていた

 

「しかしどうやってあの威力に耐えたんだよ?指が吹き飛んだなら流石の吸血鬼でも余裕だったって訳じゃないんだろ?せめて指が再生する間くらい上条さんに教えてくれよ」

 

「ん〜…確かに重い一撃だったし回避も難しいタイミングだったからね…なるべくレーヴァテインの横幅を広くして少しだけ右に傾けたんだ。あれくらいの一撃なら跳ね返すのが無理でも向きを逸らす程度は簡単だよ、柄を握っていた指が犠牲になったけど…」

 

霧雨のあの攻撃を…あれくらい、ってどれだけ強いんだよ吸血鬼?いや最初から馬鹿にしてた訳じゃないけどさ…上条さんなら右手以外は塵に変わってたぞ

 

フランが喋り終えるのを待つ…までもなく彼女の指は再生していた。再び狂気に満たされた瞳が陽炎の中で輝き始める

 

「次は私の番かなァ?魔理沙にも速く指のお返しをしたいけど勢いづくお兄さんの死に様も見てみたいし…迷うなぁ…どっちから壊そうか…ッ!」

 

「悪いな!上条さんは急いでるし目の前で霧雨の指が切り落とされるのを見てる訳にもいかないから続けて攻めるぞ!」

 

そんな陽炎を切り裂くように当麻は駆け出し素早くレーヴァテインの間合いの内側に入り込む

 

「良いぞ当麻!長刀使いは間合いの内側に入られると途端に勢いを失う!!ただ火傷と私の弾幕には気を付けるんだぜ!!」

 

「何で味方の弾幕まで注意しないといけないんだ!?あとこの大剣に触れたら火傷じゃ済まないんですけどッ!」

 

「アハハッ!!凄い凄いッ!!まだ闘志が無くならないんだ?魔理沙はともかくお兄さんも大概狂ってるよ!」

 

当麻は常にレーヴァテインが自身の身体の右側で振り回されるよう位置取りを行っていた、単純過ぎてすぐに見抜かれるが逆にこの位置取りであればレーヴァテインには触れるだけで対処出来る

逆に魔理沙はフランの間合いの外から弾幕を張り続けた、近接戦を繰り返すフランと当麻に近付き過ぎない為だ。魔理沙は本来魔法使い、近接戦は不得手な上に近距離から弾幕を連発したのでは本当に当麻に弾幕が当たったり右手で打ち消されかねない

 

(後は…やっぱり魔理沙とお兄さんは連携に慣れてないんだろうね、若干動きが噛み合ってない場面が見えるよ!)

 

バレたか、と魔理沙は心の中で口ずさむ。連携が噛み合わないのはこの際仕方ない、寧ろさっきのファイナルスパークにまで漕ぎ着けた連携は奇跡と言っても良い。だから…私は今から全力で当麻の動きに合わせるんだぜ!

 

前提としてレーヴァテインによる攻撃の殆どは当麻が対処する、連携の出来ない状態で魔理沙がカバーに入っても無意味だからだ。代わりに魔理沙はフランに向けてではなくその周囲に弾幕を張る事でフランの動きをなるべく釘付けにする。これによりフランは周囲を飛び交う弾幕と当麻の右手の二つを同時に警戒する羽目になる

 

(そして…このまま膠着状態を続けるのは上条さんとしても霧雨も、そしてフランドール…お前も望んでないんだろ?)

 

(例え僅かでも私の弾幕や当麻のパンチで体勢を崩せば…!均衡は崩せるぜ!)

 

(だから私はその瞬間が来る前に鬱陶しいお兄さんの攻撃か周囲の魔理沙の弾幕のどちらかを崩さなきゃだよね?でも片方を崩す為に片方に意識を向ければ…その瞬間に意識を逸らした片方から攻撃を受けるのは確実……あぁ…!どうして…!!)

 

「あぁどうして二人はこんなに私を大興奮させてくれるのかなァ!?楽しい、楽しいよ最高にタノシイ!!」

 

「っ…フランドール!!こんな互いを傷つけ合う為だけの無駄な戦闘が本当に楽しいのか!」

 

「アタリマエじゃない!お姉様を壊してもこんなには興奮出来ないよ!!二人は最高、ダイスキだよ!!」

 

「…フランドール、分かったよ。お前が弾幕ごっこ以外の血を流す闘いに魅入られたんなら…!」

 

「お兄さんや魔理沙みたいな人間風情がチマチマした技術くらいで吸血鬼(わたし)を倒せるなんて幻想を抱いてるのなら…!」

 

「お前のその惨めな狂気(げんそう)をぶち殺すッ!」

 

「二人のその愚かな幻想(きぼう)を跡形もなくぶっ壊すッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

霧雨魔理沙SIDE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の上条当麻と霧雨魔理沙コンビのフランとの戦闘は更に激化の一途を見せた。当麻がフランに限界まで肉薄し意識を刈り取るべくパンチを繰り出せば、フランは臆す事なくある時は躱しある時は片手でパンチの応酬に応じる。もしこの時フランが片手ではなく両手が使えていたなら人間と吸血鬼の身体能力差がある以上当麻は瞬殺されていただろう、ではなぜフランは片手のみでパンチの応酬に応えたのか?理由は簡単

 

「フラン!男からの熱血アプローチに夢中になるのは構わないが魔理沙さんからの弾幕アプローチをシカトするのは頂けないな!!」

 

「チッ…わざわざ私がお兄さんに攻め込もうとしたタイミングを見計らって魔力弾を撃ち込んでくる癖に良く言うよ。そんなにフランにゾッコンなら壊してからお部屋に飾ってあげる」

 

「それなら私の知り合いに人形遣いがいるから私そっくりの人形を頼んでおいてやるよ!この闘いが終わったら二人で頼みに行こうぜ!」

 

私は踏み込み過ぎること無く援護要員としてフランを釘付けにし、時には当麻とフランの距離を考慮した上で魔力弾も放つ。こんな似合わない地味なスタンスを私が取る理由は二つ

 

(…フランなら能力なんて使わなくても私を瞬殺出来る、踏み込み過ぎるのはハイリスクのノーリターンなんだ。実際嫌らしい位にフランは時折隙を見せて私に攻撃を誘ってくる…アレに乗っていたらどうなっていたか分からないぜ…!)

 

魔理沙は絶対に口や表情には出さないが妖怪と人間の力量差は痛い程分かっている、弾幕ごっこならまだしも普通の戦闘で博麗の巫女以外の人間が吸血鬼を相手取るなど自殺行為そのものだ

 

「…妖怪と人間の間には絶対的な壁が存在する、か」

 

「霧雨ッ!頼むから唐突に思案モードに入るのは止めてくれ!上条さんが焼死体に変わっちまうぞ!?」

 

「悪い悪い!ただ相手は幼女なんだからもう少しシンプルに落ち着いて戦っても悪くないと思うんだぜ」

 

「もう、二人共!私を抜きにして話をするのなら二人共愉快なオブジェに変えて部屋に飾るよ?」

 

「ほら見ろこれが幼女の言う台詞か!?上条さんは知ってるからな、フランドールの年齢が余裕で上条さんの30倍以上上回ってる事を!」

 

殺意と闘気と狂気が入り乱れるこの部屋には更に高温の炎や弾幕までもが暴れ回っている、普通の人間ならば逃げ出すことも適わず怯える事しか出来ないだろう

それでも、それでも―――

 

フランドールは笑っていた

久しぶりに壊せない物(つよさ)を見つけたから。そしてその壊せない物(つよさ)は全力で挑めば全力で襲い掛かって来たから

 

上条当麻は怯まず、壊れず

――ある意味ではこの場で最も狂っているのは幻想殺し(さいじゃく)なのかもしれない…何故なら彼には単なる生命のやり取り以上に譲れない物(しんねん)があったから

 

そして…

 

少女も、霧雨魔理沙もまた笑っていた

生命を賭けてみて改めて突き付けられた力量差(かべ)――それは余りに大き過ぎる物で絶望するよりも笑うしか無かったからだ。しかしそれ以上に魔理沙の笑いを誘ったのは目の前の少年の姿だった、異能を殺す右手があるとは言え所詮人間…儚く散るちっぽけな生命。だが今の上条当麻からは劣等感も恐怖も感じられない、ただただ己の信念に従いちっぽけな生命を全力で燃やし続ける

 

その姿が何と美しいことか!熱い言葉を掛けられるまでもなく魔理沙は心の中に漂っていた妖怪への劣等感を踏み潰した

 

(ほんと…馬鹿らしくなってくるぜ!私の抱いたつまらない感情も当麻の馬鹿さ加減も!)

 

これが私が無理に攻め込み過ぎない二つ目の理由だった

もしかすると当麻なら、私の感じた力量差(かべ)を壊すかもしれない。正直何も確信も証拠も無かった、でも…私は限りなくゼロに近い確率で訪れだろう『ソレ』を見たかったんだ。

私の親友が…霊夢が。かつて妖怪と人間の間にある力量差を何食わぬ顔で踏み越えたように、目の前に居るコイツは…!

 

「なぁ当麻!お前、本気で吸血鬼に勝てると思ってるのか?」

 

「いきなりどうした、ってかお願いだから今は止めて!ホントに上条さん死んじゃう!!」

 

「良いから答えろ!私はジリ貧の勝負は嫌いなんだ!男なら私に博打をさせる決心をさせてみたらどうだっ!!」

 

霊夢以上に泥臭く、霊夢以下に弱々しく、霊夢と同じ位に…

 

「…そんな事分からない、今からフランドールが呆気なく逆転する可能性の方が圧倒的に高いかもしれない。でも俺は…見たくないんだ、霧雨がフランドールに殺される瞬間も―――フランドールが霧雨を殺して壊れる瞬間もな」

 

それと同時に……フランのレーヴァテインを振るう動作が止まる

そして当麻も握り締めていた拳を開き目線の高さをフランに合わせるように腰を下げた

 

「お兄さん…頭がおかしいの?それともここに来て同情を誘うつもり?ガッカリだよ、そんな小物だったなんて…」

 

「そりゃフランドールから見れば俺なんて小物だろうさ、でもな。上条さんは気も触れていないしお情けで見逃して貰うつもりもないんだ、だってフランドール…お前、本当は誰も壊したくないし殺したくは無いんだろ?」

 

あぁやっぱりだ、コイツは…霊夢と同じ位に―――英雄(ヒーロー)だぜ

 

フランは眉一つ動かさず当麻を見つめ続けた、右手で振り上げたレーヴァテインもまた眉同様にピクリとも動かない

魔理沙は―――人間が吸血鬼を説き伏せるなどという全くもって馬鹿げた、しかしどこか懐かしい既視感を抱かせる光景をボンヤリと眺めながら張った弾幕を消し去る

 

「だってそうだろ、もしフランドールが本心から皆を壊したいだけの化物なら危険を犯してまで紅魔館の住人がお前を軟禁しておくのか?違うだろっ!紅魔館の誰もがフランドールを『破壊衝動に取り憑かれた化物』じゃなくて『破壊衝動に苦しめられる家族』として思っているから!でもフランドールを破壊衝動から救える言葉や行動が分からなくて苦悩の末にお前が誰も傷付けなくて済むように軟禁した…上条さんにはそんな風に――ッ!!」

 

「分かったような口を聞かないでよ、イライラするなァ。私は人妖問わず壊して殺して返り血を浴びれば満たされる化物なの。それをたかだか人間の子供の分際で……綺麗事を並べ立てれば私が号泣すると思った?馬鹿も1周回ると恐ろしいね」

 

当麻が喋り終えるのを待つまでもなくフランの靴先が当麻の脇腹を捉え、呆気なく当麻の身体を家具類の残骸に埋もれさせる

 

「大体アイツ達が私を家族と思っていた?苦悩の末に軟禁した?……フンッ、紅魔館の主であるアイツがそんな人間じみた思考に浸ると思う?口を開けばやれ『吸血鬼の誇り』だの何だの…聞いててコッチが呆れるよ、アイツはそんな大層な理由で私を軟禁したんじゃなくて単に私と正面から闘う事を恐れて渋々軟禁を選んだだけ。確かに私に同情する紅魔館のメンバーはいたかもしれないけど所詮同情程度、私の本性を知れば皆がアイツに賛同するに決まってるんだから」

 

フランは淡々と語り終え静かに目を伏せた、恐らく自身が一番思い出したくもないであろう過去を…だ

 

私は残骸に埋もれたままピクリとも動かない当麻を一瞥してからフランに向き直る

 

(立って、みせろよ当麻(ヒーロー)。今ここで立ち上がってまだフランに怯まず説教が出来たなら…例えフランが能力を使っても、最期まで姿を見届けてやるんだぜ)

 

「確かに、レミリアの奴は誇りや何かで人間を見下すキライがあるのは私も否定しないし私だって当麻と歳が大差ない人間だぜ。だからフランやレミリアの過去もそこで二人の間に生まれた溝も何一つ知らないな」

 

「当たり前だよ、アイツが昔話を人間にする訳ないじゃない。それより良いの、お兄さんを助けなくて?一瞬の感触だからハッキリしないけどアレは肋骨が数本逝ってるはず、私は不意打ちの破壊は趣味じゃないから安心して助けに行って」

 

「…当麻は立つぞ、絶対にな。あのタイプの人間はある意味ではフランより狂気だぜ、もっと小さい頃から同類の人間の背中を追い掛けて来たから当麻の事を知らなくても勘で解るぜ」

 

「それよりフラン、戦いを再開する前に二つだけ聞かせてくれ。…もし当麻のフランの軟禁に関する考えが間違っていた前提で、――――何でお前はまだ咲夜が作ってくれた人形を大事に部屋に飾ってる?何で咲夜や妖精メイド達は必要もないフランの人形を直したりするんだ?軟禁するだけなら水と食料だけで充分だろ…家具類だってそうだ」

 

「…さぁ、咲夜達がこの人形を編んだのも私が柄にもなく人形を大切にするのも…お互いに同情した結果じゃない?私から言わせれば咲夜はアイツに仕えて可哀想だと思うよ、だから同情して手間を掛けないであげてるの」

 

私は改めて部屋を見渡した、気付けば部屋は火事こそ起こっていないにしろ焦げ臭い匂いが充満しアチコチにヒビが入りぬいぐるみに至っては全てが燃え尽きている。私の所為でもあるが今人形を大事に…何て言っても現実味が無いんだぜ

 

「そうか、じゃあ最期に一つだけ質問だ。何で…あの一撃で当麻を殺さなかった?何で当麻を蹴り飛ばしてすぐに私を殺さなかったんだ…そもそもお前の能力を使えば私達はあっという間に愉快なオブジェに早変わりだぜ?フランは戦闘狂じゃなくて破壊と殺戮に愉悦を感じるんだから別にもっと闘いたかった、って訳でもないはずだぜ」

 

「ッ……そ、それは…」

 

「なぁフラン…もしかしてフランが感じている衝動は、殺意は、レミリアに対する感情は……偽物なんじゃないか?」

 

「黙れッ!!人間如きがちょっと手加減してあげただけで調子に乗って五月蝿いなァ!!魔理沙もあのお兄さんも目障り耳障りなのよ!!そんなにお望みなら今すぐ魔理沙とお兄さんの心臓を破壊してあげる…!!」

 

瞳の毛細血管を血走らせ私を睨んだフランの表情は……何故かとても哀しげだった。どうやら当麻、お前の考えは満更ハズレでもないみたいだぜ?

 

そのままフランは左手を魔理沙へと伸ばし何かを掴むように手を徐々に握りしめる、自身の能力である『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』を発動するためだ

 

「だ、そうだぜ――当麻、白旗は必要か?」

 

「必要、ないな…上条さんはま、だ…負けてないし負ける気もない。待たせたな、フランドール…!」

 

これには流石のフランも動揺を隠せず血走った瞳が大きく開かれる、それもそのはずで……立ち上がったのだ。吸血鬼(さいきょう)が蹴り飛ばした人間(さいじゃく)が―――恐らくは肋骨に最低でもヒビが入っているにも関わらず痛みどころか快活な笑みを浮かべているのだから。フランが今まで浮かべていた壊れた笑みでも絶望に支配され笑う事しか出来なくなった際の笑みでもなく、ただただ普段彼が友達や知り合いに向けるような明るい笑み

当麻の復活を予想していた魔理沙でさえ、これは予想外だった。だからこそ魔理沙とフランは問いかける

 

「なぁ当麻……」

 

「本当に…本当に人間、なの?」

 

「…瓦礫に吹っ飛ばした次は精神攻撃でせうか、しかも霧雨もグルになって…上条さんは痛みより悲しみの方が強くなって来ましたよーっと…」

 

脇腹を抑えながら、顔をしかめながら、それでも当麻は1歩また1歩とフランへと近づいて行く

 

「勿論俺は人間だ――なぁ、フランドール…お前に蹴り飛ばされてから痛みが落ち着くまで上条さんは上条さんなりに考えてみたんだ。それでもやっぱり俺の考えは変わらなかったよ、むしろ霧雨のぬいぐるみの話を聞いて確信が深まったな」

 

「…しつこいよ、お兄さん。黙らないと今度は肋骨じゃなくて首を折るよ」

 

「…でも、さ…俺のこの考えは証拠も何もない憶測に過ぎない。確かに俺はフランドールに都合の良い綺麗事を押し付けようとしただけかもな……だからさ、俺に本当の事を確かめるチャンスをくれないか?」

 

フランまで後数mというところで当麻は歩みを止めた。

 

そこは完全にフラン『だけ』の間合いだ、当麻には飛び道具もこの間合いを一瞬で埋める術もない。でもフランはレーヴァテインは数mの間合いならコンマ数秒で詰められるどころかその距離ですら間合いの範囲内…完全に詰んでるんだぜ、当麻。それとも後数mを埋める程の体力も残ってないのか…?

 

「俺と俺の仲間は今訳あって紅魔館のメンバーと総当り戦で戦ってるんだ、多分…まだ俺の順番も回ってきていないと信じたい。だから俺はその順番でレミリア・スカーレットと戦えるように仲間に頼んでみる、それで勝てば…」

 

「…私の軟禁の真実を吐かせる?アイツに?」

 

「あぁ、レミリアはプライドは異様に高いからもし上条さんが勝てば約束は守るだろうさ。とにかく俺とフランドールの考え…どちらが正しいかはそれでハッキリするだろ?」

 

「…それをアイツが呑む確証はあるの?それにアイツに勝つってどうやって?瀕死の人間がラッキーパンチで勝てる程アイツは弱くないし第一そんな事を知ったところで私は何も変わらないよ」

 

「構わない、フランドールが変わるかどうかはお前の自由だから上条さんが干渉することじゃない。でも……もし、上条さんの考えが合ってるのなら…例え元の家族のように戻れなくてもすれ違いを抱えたままなんて哀しい結末(バッドエンド)を見過ごせないだろ!どんな未来をこれからフランドールやレミリアが描くにしても!姉妹ですれ違ったままなんてふざけた関係じゃなくたって良いはずだ、もっと違う始まり方(スタート)があってもいいはずだ」

 

フランには今の当麻はどう映ってるんだろうな、と私は思う。少なくとも私には、ヒーローに見えるな…だってそうじゃないか

 

(…どうやったら自分を破壊しようと襲い掛かった吸血鬼に新しいスタートを示そうと思えるんだよ?そんな真似…ヒーロー以外に誰が出来るんだぜ?)

 

もうこの時、魔理沙は二人の結末を見届ける事しか出来なかった。後に魔理沙は知人の人形使いにこう語ったそうだ

 

『あんな二人の間に…私の入る余地なんて少なくともあの時は絶対に無かったぜ、でも後悔はない。久しぶりに絵に描いたような物語を誰よりも近くで見る事が出来たからな』

 

 

 

 

 

 

フランドール・スカーレットSIDE

 

 

 

 

 

 

 

 

自身にとって一番理想の間合いを維持しているにも関わらずフランは未だにレーヴァテインを振り下ろせないでいた、何故ならフランは忘れかけていた感覚を取り戻した事に戸惑っていたからだ

 

狂気と殺意を浴びせられ、幾つかの火傷を負いトドメに肋骨を折られて尚目の前の人間は…私に遥か昔に消え去った道を示すと言う

 

「…信じる、か…そんな感情が僅かでも思い浮かぶなんてビックリ…てっきりもう495年前に喪ったと思ったよ」

 

「ん…やっぱり俺の何十倍も年上なんだなフランドールは、見た目の印象があるせいで上条さんは若干半信半疑だったんでせう。それで……じゃあフランドールは上条さんを信じてくれるのか?」

 

「………勝手に話を進めないでよ、お兄さん。私はそんな感情を『思い出した』だけなんだからね―――本音を言うならお兄さんが信じられないんじゃなくて理解が出来ない、多分お兄さんは私に限らず誰かに嘘がつけるタイプじゃないよね。アイツを倒して軟禁について真実を聞き出す事も本気で言ってるんだと思う…でもだからこそお兄さんが理解出来ないな」

 

言うまでもなく私は二人を殺そうとした、能力は使わなかったとは言え何度も生命を壊しにかかったし危ない場面も数回じゃない。そんな相手に、しかも見返りもなく世話を焼くなんて聖人君子様でも顔を顰めるような事を何でこのお兄さんはやろうとするの?名誉の為?紅魔館に恩を売りたいから…?だとしてもやっぱり割に合わない気がする

 

「あぁ何だそんなことか…こんな事を言ったらまたフランドールの機嫌を逆撫でするかもしれないけどさ、正直理由なんて要らないんだ。別に綺麗事だ何だと罵られても仕方ないとは思う、でも…やっぱり俺は俺自身が決めた信念を曲げたくない。だから結局は自分の自己満足かもしれないな」

 

「自己満足で人間が吸血鬼に勝負を仕掛けるんだ、やっぱり外の世界は面白いや……良いよ、分かった。今から私がお兄さんに一つ質問するね、その結果次第でお兄さんにチャンスを上げるよ」

 

「…質問?あんまり難しい話や哲学の話は上条さんには分からないぞ」

 

「哲学は私もサッパリだよ、でも大丈夫…すごく簡単な二択だから」

 

そう言って静かに私は火力が下がり始めたレーヴァテインに魔力を注ぎ、空いた右手を魔理沙に向ける

 

そう、これは二択…考えるまでもなく答えは出るんだよ。お兄さん

 

「一応聞くよ、お兄さんは私の能力については何処まで知ってるの?」

 

「あらゆる物を破壊する能力、確か…物体の弱点の目をフランドールの手の中に移動させてそれで握りつぶすんだよな?」

 

「大正解、誰かから聞いたんだね。じゃあ…今私が魔理沙の心臓を破壊しようとしている事も理解出来るかな」

 

「ッ……本気、だよな」

 

「勿論、でもただ魔理沙を壊す訳じゃない。ねぇお兄さん――今から私がこのレーヴァテインをお兄さんの頭に向けて振り下ろす、でも右手を使ったり回避したら私は魔理沙を壊すよ。でもお兄さんがちゃんと私のレーヴァテインを受け止めてくれたなら魔理沙は殺さないって約束するね」

 

「…私を助けたいなら当麻が犠牲に、フランに真実を確かめさせたいなら私が犠牲に、か……敵ながらお前は天晴れだよフラン。姉に負けず劣らずもう充分に悪魔をやってるぜ」

 

魔理沙は……やはり動かなかった、フランに手を向けられた時点で逃亡が無駄な事を悟っていたのだろうか。何にせよ魔理沙は怯えることなくフランと当麻から一時も目を離さない

 

肝心の当麻は―――魔理沙を見つめフランとレーヴァテインを見つめてから口を開く

 

「分かった…上条さんは回避も右手も使わない。でも霧雨に手を出さない事は約束してくれ」

 

「結局…そうだよね、やっぱり誰も犠牲にしないで何かを得るなんて例えお兄さん程狂っていても無理なんだ。約束は絶対に守るよ、お兄さんが壊れたのをこの目で確認したら魔理沙は解放して部屋から出してあげる」

 

振り上げたレーヴァテインは序盤よりも更に火力を増し、轟々と音を立てる。そんな中フランは頭の中を魔法で凍結させられたような妙な感覚に陥っていた

 

そう、失望だ。最もそれを招いたのは他でもないフラン自身なのだが。

でも…、とフランは脳裏で呟いた

 

(もしかすればお兄さんなら…いや、私の勝手な思い込み…だよね。むしろお兄さんはよく頑張った方だよ)

 

魔理沙のファイナルスパークをガードした時よりも横幅は太く、刃先から柄尻までの長さはゆうに十mは超えているだろうソレをフランは振り下ろした

 

「残念だよ、でもそれ以上に感謝はしてる。お兄さんと魔理沙との戦いは弾幕ごっこにはないものが色々あった…でも何より学んだのはどんな人であろうと何かを得るためには何かを犠牲にしなくちゃいけないってこと!分かりたくもないのにアイツの気持ちが少し分かったよ!!」

 

火の粉と熱風を巻き散らしながらもレーヴァテインは上条当麻へと確実に近づいて行く、秒速で…確実に

 

「…俺もフランドールとの戦いで学んだ事は多かったし感謝もしてる、でも…そんな事を学ばせちまったんだとしたら…俺は大馬鹿野郎だ…!」

 

後一mでレーヴァテインが上条当麻を焼き尽くす…ところで事態が動く

上条当麻は回避するでも、幻想殺し(イマジンブレイカー)を使うでもなく…レーヴァテインに踏み込みから入った蹴り上げを放ったのだ。当然蹴り上げ程度ではレーヴァテインは消え去るどころかむしろ当麻の足の方が焼け落ちる、だが…消えたのは当麻の蹴り上げにより靴底が触れたレーヴァテインの中腹とその先だった

 

「ッ!?何で…!何でレーヴァテインが…!」

 

「解説は後だ…まずは約束通り霧雨を解放してもらうぞ!」

 

刀身の凡そ三割を失ったレーヴァテインは当麻を真っ二つにするには長さが足りない、何より振るうフラン自身が驚愕のあまり固まってしまっている

その数秒で当麻は間合いを一気に詰め右手でフランが握り締めようと翳していた右手をしっかりと握った

 

「…約束通り、俺は回避しなかったし右手も使わなかった。霧雨には手も出さず上条さんをぶった斬るのも止めてくれるか?」

 

「………分かったよ、でも…さっきの種明かしは聞かせて。まさか靴にまでおかしな力が付与されてるの?」

 

今更再生したレーヴァテインを使ったり吸血鬼の腕力でねじ伏せるなんて真似はしない、フランが当麻に約束を守らせたようにフランもまた無用な追撃はしないのだ

 

右手を離したお兄さんが指し示したのは靴底、やっぱり靴自体に何か仕掛けが…?

 

「言ったろ?知り合いに高火力の炎を専門に扱う奴がいるって、その人から非常時に役立つかは分からないけど一応持っておけって数枚渡されたんだ。五百年掛けて鍛えた超高温の炎を無効化する御札だってさ、流石に上条さんの右手で触れるとアウトだから気を付けて左手を使ったんだがあれは疲れた…フランドールに蹴飛ばされてから瓦礫に埋もれてる間に靴底に貼り付けたんだが見えなかったか?」

 

確かにお兄さんの靴底をスキマなく白い和紙に朱色の墨で描かれた御札が貼り付けてあった、確かにこれならレーヴァテインにもキックで対応出来るね

成程、とフランが感心している途中で当麻が再び口を開いた

 

「…これもあくまで俺の綺麗事かもしれないけどさ、やっぱり何かを手に入れる為に何かを…ましてや生命を犠牲にするなんて俺は許されるべきじゃないと思う。綺麗事と言われても犠牲を払った方が楽に片付いたとしても――俺や霧雨、フランドールにしたって他の皆も対価を得る為の踏み台の生命なんて認めちゃ絶対にダメなんだ」

 

「だからフランドールがさっき、何かを得る為には何かを犠牲にする必要がある事が分かった…って言っただろ?こんな説教してる上条さんがフランドールにそんな事を教えかけてたなんて大馬鹿野郎だと思った訳だよ」

 

………この人は本当に不思議な人だと思う。余りに不思議な箇所が多過ぎる、だから…もう少しこのお兄さんの事を見てみよう

 

「フラン、お説教は嫌いだなぁ…それより早くその対決場所に戻らなくて良いの?時間が押してるんでしょ」

 

「……あ…そう言えば…」

 

 

「不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ってぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!脇腹が痛い、叫んだら脇腹が裂けるように痛いんでせう…!!」

 

 

不思議だね、本当に…私はこんなドジを踏む人に負けてしまったんだから。でも……こんなスッキリとした敗北は初めてだよ

 




2度目になりますが改めて『とある幻想郷の幻想殺し』を今まで投稿する気力をくださった皆様にありがとう、を伝えたいと思います
思えば中々に難産な話もありましたが…何故か今回とその前はスラスラと執筆出来た気がします。やはり節目が近かった所為でしょうか?

話は変わりますが私事ながらに皆様にこの小説の連載について報告すべき事がございます、お暇な方は覗いてやってください。あぁ、勿論連載停止では無いですよ?

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