上条当麻SIDE
とっくの昔に夏を終えたはずだった.既に気温は下がり始め幻想郷でも徐々に冬に対する備えが始まりつつある
しかしこの場にいる少年と少女――すなわち上条当麻と霧雨魔理沙は額から季節に似合わぬ汗を流している
「ふ,不幸だ…!元から不幸だったがその不幸が幻想郷に来てから極まってるんじゃないか!?」
上条当麻の額から来る汗は純粋な生理現象から来るそれであった.上条当麻の発汗の原因は―無邪気な笑みを浮かべた少女が振るう剣『レーヴァテイン』から放たれる超高熱だ.
「当麻,悪いが無駄口を叩いていると舌を噛むんじゃなく舌を焼く羽目になるぜ!しっかり避けるか右手を使え!!」
もう一人の額から汗を流した人物は霧雨魔理沙,普通の魔法使いその人だ.もっとも彼女の額から流れる汗は暑さからの物と言うより―――冷や汗に近い
そして最後の人物,いや吸血鬼.二人の人間に季節と似合わぬ汗をかかせている張本人は汗など流す事も無く玩具を使った遊戯を楽しんでいる
「スゴイスゴイ!私のレーヴァテインがすぐに消えちゃうなんて……お兄さんの右手はどうなってるの?」
少女の名は『フランドール・スカーレット』,紅魔館に住まう吸血鬼姉妹の妹だが実力は姉にも劣らないと幻想郷の実力者達は考えている.尤もフランドールにはそんな事は瑣末な事,今の彼女を支配しているのは―――
「まっ,何でも良いよ.お兄さんを壊した後に咲夜かパチェに解剖してもらうから.だからせめて……生きている間は私をたーくさん愉しませてね!!」
容姿は幼子とは言え彼女は紛れもない吸血鬼―――オマケに破壊と殺戮に取り憑かれ逆にそれらの衝動を糧にする程の怪物だ
「あぁ悪かったよ反省してますよ!上条さん自身がお前の機嫌を損ねちまった事を言い訳するつもりもないし悪いと思ってる!!ただ解剖はやりすぎだろ!解剖した所でこの右手の事は何も分からないぞ!!」
フランドールがレーヴァテインを真横に一閃,ぬいぐるみや本棚が早くも塵と化した.勿論彼女が塵にしたいのはぬいぐるみでも本棚でもなく目の前の少年,真一文字の一閃は塵にすべき対象へと襲いかかる
「それにこんな燃え盛る大剣で切断されたら解剖の前に炭化するって理科の先生に習わなかったか?」
が,上条当麻も大人しく炭化させられる程マゾヒストではない.薙ぎ払われた一閃に冷静に右手を突き出しレーヴァテインの一撃を打ち消した
(……あの時…!あの時上条さんが焦らなきゃこうはならなかったんだよなぁ…)
霧雨魔理沙SIDE
少し話を過去に戻そう,時間軸は当麻と魔理沙が妹紅やレミリア達と離れてからしばらく経過した辺りだ
「妹紅,あのメイドさんに勝つと良いんだけどな.霧雨はどっちが勝つと思うんだ?」
「殺し合いなら間違いなく妹紅だって断言出来るが弾幕ごっこならどうだろうなー…弾幕ごっこの性質上,人間とそれ以外が対等になるのはお前も知ってるだろ?」
「あぁ,幻想郷に来たばかりの頃に教わった.…でも妹紅が勝つとは断言出来ないのか…上条さんも気合を入れないとな!!」
「あんまり張り切り過ぎるのもどうかと思うが,それでも前向きは悪くないぜ!それはそうと…お前の右手の話,聞かせてくれないか?」
二人は紅魔館内の紅い廊下をあてもなくぶらぶらと歩きながら話し込んでいた.ある時は上条当麻の幻想殺しについて,またある時は霧雨魔理沙流の弾幕ごっこでのグレイズの稼ぎ方について…等々と会話内容はぶっ飛んでいるが年頃が近い少年少女なりにある程度仲良くはなっただろう
そして話が尽き始めた辺りで当麻がふと訪ねた
「………そう言えば俺達,いつ妹紅とメイドさんの弾幕ごっこが終わったか分からないんじゃないか?」
「あっ……完璧に忘れてた.仕方ないな,今から戻って私が覗き見て来るぜ!それなら勝負が付いていなくても邪魔にならないし大丈夫だ」
「それが妥当だよな,じゃあ霧雨.さっきのホールへの道案内を頼む」
「…?私は帰り道なんて知らないぜ,大図書館へ魔道書を盗みに来る時は咲夜やパチュリーに捕まらないように壁をぶち抜いて進むからな.私はてっきりお前がサクサクと進んでいくから妹紅か鈴仙に紅魔館の間取りを教わったとばかりに思ったんだけどな」
「今素直に盗むって認めたな?認めたよね?……悪いが俺も知らないんだ,仮に間取りを聞いた所で上条さんはこんな複雑な道を覚えられる程記憶力は良くないんでせう」
『盗むんじゃなくて借りるんだぜ,死ぬまでな』と適当にはぐらかしておきながら私は今更事の重大さを理解した
この紅魔館はただでさえ広い上に似たような道が多過ぎる,以前に小悪魔も迷子になりかけたと愚痴った程だ.そんな魔境も顔面蒼白の迷路に人間が二人……不味いな,皆の元に辿りつける気がしない
「よし,仕方ないから私のマスタースパークで邪魔な壁を全てぶち抜く!!」
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!や,止めろ!!これ以上家屋破損で上条さんの負担を増やしてたまるか!第一こんな西洋風の小洒落た屋敷の壁を吹っ飛ばしたら修繕費に加えて余分な絵画の賠償金まで発生するかもしれないだろ!分かる分かりますよ今日の上条さんは不幸察知センサーが冴えてます!!」
不思議と魔理沙が次に取るであろう行動に既視感を抱く当麻だった
慌てて当麻の右手が私の手に触れる,すると―――
(…確かに魔力を練るどころか感じる事すら出来ない,当麻の右手はやっぱりデマじゃないな)
何か毒の類を射たれたようには思えない,かと言って催眠術をかけるような素振りも見せなかった
「こりゃあの永遠亭の面子が気を惹かれるのも分からないでも無いな,特に引き篭りがちのお姫様や死にたがりの妹紅からすれば願ってもないイレギュラー…か」
「……お,おーい霧雨?何か思考モードに入ってるとこ悪いがこれから本当にどうするんだ?頼むからまともな手段で戻ろうぜ」
「んっ…悪い悪い,当麻の右手についてちょっとな.それと私の手段がまともじゃないなんて言い方は無いだろ?此処は幻想郷,外界の非常識が常識に代わる理想郷だぜ」
「そんな理想郷あってたまるかよ…少なくとも相手の落ち度で家屋を破壊されるような理想郷が許されていいもんかね.とにかく今は下手に動き回るより二人固まって妖精メイド辺りを見つけるのが確実だと俺は思うぞ」
「賛成だ,幸い紅魔館は使用人はたくさん雇ってる筈だからすぐに出会えると思うぜ」
そうして一応の指針を固めた二人は勘に…勿論魔理沙の勘を頼って再度紅魔館の中をさ迷い始めた
魔理沙自身紅魔館内で迷子になること等何も怖くない,むしろ探検気分に浸れて良い刺激になっただろう.だがもう一人はそうは問屋が降ろさない,もし勝負が当麻の番に回ってきたら…二人にはその責任感が徐々に重みを増してきていたのだ
「はぁ…不幸だ…これだけ歩いても誰一人会えないなんて…」
「お,おかしいな…!妖精メイドに出会えないのもおかしいがこれだけ歩けば少しは見覚えのある通路に当たっても良いはずなんだが…当麻の右手は本当に厄介なんだぜ」
「い,言うなー!上条さんだって理解した上で頑張ってんだからな!!」
焦り,不安が募った当麻は全ての元凶である右手を握り締め壁に向けて振り下ろす
もし殴って壁にキズでも付いたら大変だぞ,と私が口を開こうとした時だった.おかしい,何かがおかしい……何だ?何の違和感なんだぜ?これは?
何の違和感なのかも分からず,かと言って無視することも叶わず.最初に魔理沙が違和感を抱いたのは当麻が殴ろうとした壁に目をやった時だ,別に侵入する度に壁一つ一つを観察している訳では無いが少なくとも今見ている壁には何か違和感がある
(…そう言えば今日は紅魔館に来てから違和感をよく感じたな…例えば咲夜より先にレミリアが当麻達を出迎えた事とかだ.普通なら主よりまず従者が出迎えるんじゃないか?ましてや不審者なら尚更だ,しかも咲夜は主を館内で待ち構えていた…もしかして来客の相手を主に任せる程の何か仕事をしていた…?)
それにレミリアが漏らした『フランならお前達を皆殺しにする』と言う言葉.確かにフランは気が触れているが紅霧異変後は徐々に落ち着いていると聞いてるし,私もフランと弾幕ごっこで遊んだ事があるがルールも弁えず殺しにかかってくる事は無かった.
『パリン』
「…?何だこれ…?今俺の右手が何かを打ち消したような…?」
「打ち消した?壊したの間違いじゃないのか?」
「いや,何もない壁を殴ったしガラスが割れるような音がしただろ?だから異能の力だと思うぞ」
確かに見る限りでは何かが壊れたようには見えないしガラスが割れるような音も聞こえたな.……待て,落ち着け私!私が感じた違和感を一から整理しろ
・何故か主を館でただ待っていたアイツの二つ名に似合わぬ咲夜
・見た目は普通の壁だが違和感を感じる壁
・フランの狂気を匂わせるレミリアの発言
・当麻が殴った壁から聞こえた異能を打ち消す音
………まさか,まさか…な?考え過ぎだ,幾ら何でも話が飛躍し過ぎだぜ.証拠は何もない……けれど
「っ!まさかっ!!この壁に隠された異能を打ち消せば新しい道が現れるんじゃないか!?こんな感じのRPGなら上条さんも学園都市でやった事があるぜ!」
「待て当麻!!何を言っているかサッパリだがもしかするとお前が打ち消したのはそこに存在した何かを隠す為のじゅつし」
『バリンッ!!!!』
二度目の当麻の拳が振り下ろされた時『ソレ』は現れた
それまで壁として成り立っていたソレは幻想殺しにより効力を失い消滅,代わりに現れたのは―――地下へと続く階段だった
「えっ,ちょ…うわぁぁぁぁぁ!?な,何でいきなり壁が消えて階段が出てくるんだよ!?」
「だから待てって言ったんだぜ…!!あぁもう今日の私は本当にツいて無いんだぜ!!」
足を踏み出して右ストレートを放った当麻は突如消え失せた壁の所為でバランスを崩し階段を転げ落ちる.
それを見た魔理沙はすぐさま握っていた箒に飛び乗り当麻を追いかける
(クソ!もっと早くに気付くべきだったぜ…!いや気付かなくても何か対策が取れた筈だ…!!もし,もし…私の当たって欲しくもない勘が当たっているのならこの階段を降りた先に居るのは…!)
「フラン,フランドール・スカーレット…!それも以前程では無いにしろ気が触れて誰彼構わず『壊す』フランだ!」
少年の悲鳴,少女の後悔…それらが耳に届いた『
フランドール・スカーレットSIDE
「壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい…!!」
陽の光が微塵も差し込まない紅い部屋の中で少女,即ちフランは必死に己の衝動を抑え込もうと足掻いていた.
(ダメ,絶対にダメ…!ようやく私も落ち着いてきたんだから抑えないと……でも,壊したい….壊してグチャグチャにして二人の顔をたくさん眺めてみたいなぁ…!)
声の主の内,一人はハッキリと魔理沙だと分かる.ただもう一人は…知らないから壊しても良いのかな?
「金持ちだからってすぐに物を壊すのはお財布にも環境にも良くないぞ,上条さんならぬいぐるみは20回は補修した後に当て布は床の埃を取る為に保管しておくし中の綿だって枕替わりに使うんだ!貧乏人の努力を見習え金持ち吸血鬼!!」
「ねぇねぇ何を言ってるの?フラン,お兄さんの事詳しく知らないから一方通行で話されても分かんないや.だから壊しても良い?」
「結局それか!?上条さんにしても霧雨にしても命は金じゃ変えないんだからな!!軽々しくそんな事口走るもんじゃありません!」
上条…って名前のお兄さんは中々特殊な人みたい,妖力や魔力を感じないから本当に普通の人間だとは思うけど右手でフランの技を全て打ち消してしまうんだよね
灼熱の大剣と右手,それに加えて色鮮やかな魔法がぶつかり合う.最早フランの部屋は部屋としての機能も形状も残してはいなかった
それなら――とフランは破壊衝動に呑まれゆく中で思考を働かせる.中途半端に衝動を抑える位ならいっそ開放してしまおう,と.魔理沙の実力は折り紙付きだしもう一人も弱くはない,だったら日頃溜まったストレスを発散する相手に2人を選ぶのは――ハズレではないだろう
「フラン!あんまり悪戯が過ぎると咲夜やレミリアに叱られるぜ!それは嫌だろ?私だって御免被る!」
「あははっ!大丈夫!魔理沙もお姉様も咲夜も邪魔するなら皆グチャグチャに壊すだけだもん!!」
「こりゃもう言葉での説得は無理だな…!分かった,久しぶりに魔理沙さんと当麻が直々に叩き潰してやるから腹を括れよ!!」
「勝手に俺も加えてくれてありがとな霧雨!!お陰様で短い寿命が更に短くなりそうじゃねぇか!!」
ここまではボクシングで喩えるならば『ジャブ』の時間だ,それはこの場の三人とも理解していた
フランに然り魔理沙に然り,まだまだ彼女達は本気とも言える能力やスペカを使用していない.あくまで相手の間合いやタイミングを確認する意味合いがあってこそのジャブの時間だ
ではジャブの後に来るパンチは何か?
「全力,本気のパンチだよなッ!!」
守りに集中していた当麻が一変自身から駆け出しフランへと距離を詰める
縦一文字の一閃をサイドステップで回避,そこから派生する横薙は焦ることなく右手で打ち消しレーヴァテインが消えた隙を狙ってフランに肉薄する
「う〜ん…こんな近くで素早く動かれるとレーヴァテインを当てるのは難しいな〜.これは魔理沙の入れ知恵かな」
「上条さんの弛まぬ努力の結晶だよ,幸い炎は専門分野の知り合いが居るからな!!」
視線はフランの両手へと向けて警戒を持ち続けたまま牽制の
が,大人しく当麻の
「ゲッ!?お前この距離じゃ振り回すのは難しいって言ってただろ!!」
「難しいだけでやらないとは言ってないよ!それにレーヴァテインは振り回さなくても貫くって選択肢もあるし!!」
「ちっ……!間に合え!!」
「また右手?でも右手だけなんだよね?私の攻撃が消えちゃうのは!」
私がレーヴァテインの名を唱えるのが早いかお兄さんが右手を突き出すのが早いか―――まぁどっちでも変わりは無いんだけどねッ!!
咄嗟に右手を突き出す当麻に対しフランは真逆,レーヴァテイン召喚までの速度は一瞬だったがその後は寧ろ当麻の右手を待っているかのようであった
それもその筈,フランは――
(どうせ滅茶苦茶に振り回しても打ち消されるなら意表を突いて突き出された右手が届かない場所にレーヴァテインを突き刺せば勝てる…!)
冷静にレーヴァテインを捌いていく当麻も大概に化物だが化物具合で言うならフランの方が数段上手だった…としか言いようがない
タイミングを間違えば単なる出遅れた一撃にしかならない所を生まれ持った戦闘センスでチャンスに変える…最強生物の呼び名に違わぬ吸血鬼の思考だった
「間に合え,間に合え…!!!!」
「間に合え霧雨ッ!!」
「…ッ!?しまった,魔理沙の牽制もしないと…!!」
「遅いぜ!魔力の充填完了…!」
ただ一つ,
レーヴァテインの熱のせいで発生した陽炎の向こうで魔理沙が八卦路を腰だめに構える
偶然か必然か…霧雨魔理沙と上条当麻はどこか似ていたのだろう,本人達にそれを問えば間違いなく否定するだろうが.とにかくこの一撃はそんな偶然とも必然とも取れる彼らの一致が巡り合わせた一撃
八卦路に光が灯り形状が変化していく中でフランは当麻へのトドメを諦めレーヴァテインを大剣上に展開しガードを試みる
「さぁ
「『ファイナルスパーク』!!」
レーヴァテインの柄をギリリと音を立てて握り締めるフランの不気味な笑みは―――――鮮やかな閃光の中に消え去った
インフルエンザなう