上条当麻SIDE
今、目の前で何が起こっているのかがよく分からない。そう言うしか無いほど俺は硬直していた、咄嗟に妹紅の地面への衝突を回避出来たのが不幸中の幸いだったのかもしれない
「何でいきなり…!?いや、それよりも妹紅っ!!大丈夫か!?」
「……ゲホッ…臓器を貫かれた人間にそれは無いだろ、当麻…いや、死なないけど…」
軽口叩いてる場合か!?いくら不死身とは言ってもこんな腹に風穴を空けられたら痛みで辛いだろ!?
「デケェな、つーかいきなりこんなのが出てくるなんてさすが幻想郷…やっぱ永琳の言った通り物騒な所もあるのな。つか軽々しく人の仲間の脇腹を貫いてんじゃねぇよ、俺の先輩だぞ」
「…っ…垣根!とにかく今は妹紅の介抱が先だ!早く撤退しよう!」
妹紅は即死とまではいかなくとも重症、既に回復は始まっているけど…どうやら俺の右手がそれを邪魔して回復速度を遅らせているらしい。そんな状況になっても垣根は冷静に妖怪を睨んでいた
「どうするの、垣根…まさかいきなりここで暴れる気なの?」
「……悪い、うどんげは当麻と妹紅のカバーに入ってくれ。当麻が妹紅に触れていたんじゃ回復に時間がかかる
それで持ってこのデカブツは俺が仕留める、とりあえず碌な死に方させねぇのは確定だ」
そう言うや否や、垣根帝督は手近な石を手に取り妖怪を見つめる。その視線には言葉とは裏腹に殺気や怒気が一切込められていない、その様はまるで今から的当てをする子供である
垣根の様子を疑問に思いながら俺は左手一本で妹紅を支えながら垣根に呼びかける
「おい、垣根!少しは周りを見ろよ!退くって手段もまだあるはずだ!聞こえてるのか!?」
垣根は俺がいくら呼びかけても見向きもしないし、懐のホルダーから拳銃を抜こうともしない。いくらあの能力があるからって…!
「本当に不器用ね…少しは表情に出しなさいよ。全く…それと当麻、垣根への疑問は分かるけど今は妹紅の消毒が先よ。傷口はすぐに塞がるとは思うけどこのままだと雑菌が入って炎症を起こすわ、勿論蓬莱の薬は雑菌程度問題にはならないけどこのまま指をくわえて待っているのも、ね」
すぐに鈴仙がこちらへと駆け寄ってきて妹紅を抱える、医術を学んでいない俺は鈴仙を手伝う事も垣根に呼びかけ続ける事も出来ないまま木影で寝かされている妹紅に声をかけ続けるしか出来る事は無かった
(クソッ…!俺が迂闊だった…!もっとちゃんと注意しておけば…)
だが、後悔した所で今更現実は変わらない。あくまでも俺が殺せるのは幻想だけだ
「鈴仙、傷口の消毒は一人でも行えるのか?」
「もちろん可能よ、これくらい出来ないと師匠にウサギ鍋にされるじゃない。それがどうしたの?」
鈴仙は気丈に答えながら額に汗を浮かべている、それだけ消毒というのは時間との勝負なのだろう
俺はこの場にいても役に立てない、じゃあどうするか?…それも含めてこの一週間で鍛えたんだ。するべき事は分かりきっている
「俺は垣根の援護に入る、あのままだと垣根の奴怒りに任せて暴れるだろ?暴走はありえないとしてもいきなり体力を使う必要は無いからな、仕方ないから上条さんは自分の役割を果たすさ」
「…あの妖怪、危険よ?多分、妖怪になってからそれなりに歳を重ねているわ。弾幕ごっことは違って命の保証も飛び道具もないのに正気?」
「今までもご丁寧に命を保証してくれた奴はいなかったし飛び道具をくれた奴もいなかったから平気ですのことよ、それにこんな所で黙って待ってたらリザレクションを終えた妹紅に怒られる…『当麻!垣根が戦っているのに黙って待つなんて私と輝夜との訓練で何を覚えたんだ!』ってな。それに俺だからこそ出来る対妖怪の戦術は妹紅から教えて貰った、案外役立たずじゃないかもしれないぞ?」
「はぁ…垣根が冷静に撤退を選んでいたらここまで頭を悩ませる必要も無かったのに…でも、仲間を傷つけられたのに反撃も無しなんて永遠亭の名が廃るわ!私も妹紅が落ち着いたらすぐに加勢するから先に倒さないでね?」
「それはどっちかと言うと垣根に言ってくれ…じゃあ言ってくる!」
鈴仙は妹紅に任せよう、俺がいても邪魔になるのは分かりきっているし何より今妹紅と鈴仙に向けるべき感情は心配じゃなくて信頼だ。そのための一週間でもあったんだからな。
鈴仙に頼む!とだけ伝えて俺は先程の場所に向かって走り出しながら妹紅に教えられた対妖怪の戦術についての会話を思い出していた
『良いか、当麻。妖怪って言うのは大なり小なりはあるけど身体の一部を"妖力"っていう特殊な異能の力で構成しているんだ、もちろん触れる事が出来れば当麻の右手は有効打になりうるだろうね』
『じゃあとりあえず妖怪に遭遇したらどこでも殴れば良いのか?上条さんはこの前の飲酒に引き続き不良への道まっしぐらで悲しいんですのよ』
『お願いだから私の話を聞いてくれ…勿論ただ殴っても妖怪はびくともしないよ。第一当麻の右手が触れただけで妖力が根こそぎ破壊されるような奴なら近付いてもこないだろ』
『出来ればそれが一番助かるんだよなぁ…でも、ただ殴っても意味が無いならどうすれば良いんだよ?』
『妖怪の身体を構成する妖力、それは具体的に身体のどこに存在するのか?それとも有形なのか?私自身何十年かは妖怪退治を生業にしていたけど今となってもそれははっきりと分からないんだ。ただ1つ…あくまで私の推測なんだけど、それは――――』
分かる、どうすれば良いのか。視える、この先のことも
「さて…人間からの反撃だ、仲間を傷つけられたとあったら上条さんは少々バイオレンスになっちまうぞッ!!」
出会ったばかりのシスターを救うため、実力に雲泥の差がある魔術師を殴り飛ばし、またある時は友達の妹を助ける為にLEVEL5の第一位《さいきょう》に立ち向かった上条当麻が――今度は妖怪に立ち向かう
垣根帝督SIDE
右上からの振り下ろされた妖怪の爪をバックステップで回避、続けて身体に物を言わせた突進をギリギリまで岩に引き付けてから受身を取りつつ視線は妖怪に向けたまま前転で回避
これが先程から垣根帝督が行っている回避行動の一部であった
対する彼の反撃と言えば未元物質により硬化させた石を投げつけるというらしくもない原始的な攻撃に限っている
「つーかよ、今更なんだが差があり過ぎやしねぇか?体格差もとにかくヤバイが何より破壊力が人間とは比較にならねぇぞ」
バラバラ、ドシャ――そんな音を立てながら妖怪が真正面からぶつかった岩は原型を少しも残さずに小石に変わり果てていた。勿論、妖怪は無傷で垣根に再び狙いを定めている
「小癪な若造が……ちょこまかと」
「あ、お前会話出来るのかよ?なら都合が良い、自然は大切にしやがれ。少なくともお前の命よりかは価値があるぜ?」
見た目がバリバリで人外なだけに話せるって選択肢が無かったんだよな。いや、今はそんな事はどうでもいい。大事な事はこのデカブツをどう葬るか…だろうが、俺には俺なりの責任がある
「言い得て妙だな、貴様のような若造は岩も自然の一つに数えるのか?…全くを持って愚かな者よ」
「うるせぇ、黙れ。少なくとも俺の仲間の腹をぶち抜いた斬れ味がかなり悪そうなその爪で俺の首を撥ねようとしている妖怪に愚か者扱いは受けたくねぇな」
(ただ……このままグダグダと話す余裕はねぇよな?妹紅の命は無事としても雑菌の消毒は…いや、それよりも俺達はこんなデカブツと戯れる為だけに永遠亭を飛び出した訳じゃねぇ)
そんな事を俺に考えさせる暇も与えずに目の前のデカブツは再び俺に向かって爪を振り上げる。懐のトカレフは……違うだろ、これは…。この銃はこんな外道を撃ち殺す為の銃じゃない、そんな安い目的の為にトカレフにはセーフティが無いんじゃない。
とにかく今は振り下ろされた爪をどうにかしないと話になる前に俺の切り身が出来上がる。そんな末路は御免だぞ
「おっと危ない!ちょっとは考えさせろデカブツ!っても、そんな短調な振り回しじゃ俺は殺せねぇよ」
前転で回避するには少し妖怪と垣根との距離は短過ぎた。ならばどうするか?答えは1つ
「チッ……俺の股の下を滑り抜けるとは。実に小癪な若造らしい」
どんな攻撃にも必ず隙と回避スペースは存在する、だっけか?俺にそんな事を教えてくれた薬師と軍人の弾幕には隙が全く無かったけどな
ここで勝負を決める、俺はそんな決意を固めて全身の筋肉を強化する物質をイメージして、それが現実になるよう……現実を捻じ曲げ(つくり)だす
「とりあえずデカブツには俺特製の強化石礫を至近距離からおみまいしてやるよ!! 」
全てはこの一撃で決まる、はずだった
「甘いな若造…単なる石礫…だけでは無いようだが所詮はやはり石礫、俺の身体にはかすり傷をつけるのが限界に過ぎん――――散れ」
俺がデカブツの股の下を滑り抜けて石礫を握り、石礫と自身の筋肉を強化、そして振りかぶるまでにかかった時間は数秒だったはず。だが…妖怪がその動きに反応して振り向いてから俺に爪を振り下ろすまでの動作はそれ以上に早かった
(しまっ…!?やべぇ、このデカブツのスピードをなめてかかった…!?)
だが今となってはまさに形成逆転、既に妖怪は垣根の頚動脈に向けて爪を振り下ろした状態である。
この時点で勝敗は妖怪の勝ちか、万に一つの可能性にでも垣根が石礫を投擲して妖怪の皮膚を貫通し致命傷を与えるも垣根自身も切り裂かれて絶命、の引き分けで終わるかのどちらかであった
「パリィンッ!!」
ただしその勝利の可能性が…『幻想』であった場合、その勝利(げんそう)はいとも簡単に殺(こわ)される
「危ないぞ、垣根!妹紅の事で怒っているのは俺も同じだ…でもな、無策で突っ込むのもどうかと上条さんは思うんですのことよ?」
……何をやってやがるんだこいつは…?
それが俺の素直な感想だ。だって当麻はまさかの丸腰で妖怪の……そう、傷口に右ストレートを叩き込んでやがる。俺が偉そうに言えた義理じゃねぇがこんな体格差のある相手に殴り合いを挑むか普通?
だが俺が分からねぇのはそこじゃねぇよ……
「アガッ…!ゲホッ…!?き、貴様…な…にを…したァ……!?」
「…悪いな、この世界じゃ法律も無いし何より妖怪は人間を襲うのが当たり前なんだろ?…でもお前がさっき傷付けた人は俺達の友達なんだ、その人を殺されかけたって言うのにさ……そんなつまらねぇ幻想を!妖怪だって言うだけで人間を踏みにじって良いって言うふざけた幻想をッ!!俺が殺さない訳にはいかないんだ!!」
(何で当麻は妖怪に説教をかましてんだよ…?と言うより…当麻がデカブツの傷口を殴っただけで…!何でデカブツは固まってやがる…!?)
この時上条当麻は何か特別な急所を突いた訳でもない、毒物を用いた訳でもない
いや、正確には『急所を突いた』という表現が近いのかもしれない。そもそもこの戦法は藤原妹紅が上条当麻に提案した可能性と言うにはあまりに儚い、推論から始まっているのだ
『妖怪の身体を構成する妖力、それは具体的に身体のどこに存在するのか?それとも有形なのか?私自身何十年かは妖怪退治を生業にしていたけど今となってもそれははっきりと分からないんだ。ただ1つ…あくまで私の推測なんだけど、それは――――多分妖力は『妖怪の血液中』に多量に存在していると考えている。妖力は妖怪の不思議な術や腕力・脚力…その他様々な人間とは一線を画した力を振るう為に必要な物なんだけど、それを上手く用いるには血液中に巡らせておいた方が何かと効率が良いんだよ。分かりやすく言うなら人間が血液中の物質に酸素を運ばせているのと似たような物さ、だから当麻…もし妖怪に1人で遭遇して逃げ切れない時は――――』
「傷口を………殴るっ!!」
傷口から右手を離し、軽く拳を握ってから振りかぶり……殴(こわ)す
「ガァァァァァ!?き、貴様ァァァァ!!!!な、何を!?何故俺の妖力がァァァァ!!」
当麻の2発目の右ストレートを傷口に受けた時点でデカブツはパニック状態に陥り、たまらず俺達から距離を取った
「…まっ、先に単独で突っ込んだ事は謝るぜ。ただ無策じゃ無かったし怒り狂ってもない、あのままじゃ全員危なかったからな。俺には当麻達をこんな厄介毎に巻き込んだ垣根帝督(せきにんしゃ)としての責任がある、だから真っ先にカバーに入っただけの話だ。だがあのデカブツ野郎に何をしたんだよ?随分な慌てっぷりじゃねぇか」
「相変わらず強情だな、垣根は…まぁ気にしませんよーっと。あの場で誰かが引き付ける必要があったのも事実だからな…。ちなみに何をしたかって聞かれると…妖怪の力の源を破壊したんだ、どの程度破壊出来るかは妖怪の実力や傷口の大きさにもよるらしいが少なくともこの妖怪には効果的みたいだぞ?」
それは見りゃ分かるっての。このデカブツ、今ようやくパニックから復帰して……ってこれは不味いな。眼球が充血して殺気がダダ漏れになってやがる、多分なりふり構わず殺すっ!って展開が俺には見えるぜ
「はぁ……ダサい所を当麻に見られるはデカブツは激昂するは……やべー、不幸だー」
「貴様等ッ…!殺す…っ…生きたまま切り裂く…!!」
「それは上条さんの物真似なのか、垣根?あとあの妖怪…早目に何とかしないと危ないな…!」
「一応そのつもりだったんだが、あまりにも似てないもんだから我ながらちょっと恥ずかしかったぜ。ここは俺がどうにかするから他言無用で頼む」
隣の当麻は「やれやれ…」みたいな顔をしてやがるが俺は気にしない。それよりも今は…このデカブツにトドメを刺さねぇとな
まずは自身の筋力を強化する物質を頭でイメージし、創り出す。次に徐々にその量を増やす…すると垣根帝督の背中に6枚の天使の翼が現れる
「よぉ、デカブツ!本来なら頭が疲れるからこの翼は出したくはねぇが…お前は殺すより殴り飛ばした方が良さそうだ。だから安心しろ、激痛で済むんだからな」
…当麻がいる前で、仮に妖怪だとしても…殺しは見せたくねぇ
ただそれだけの理由で俺はこのデカブツを葬る事を諦めた、何て言うか…俺の中で勝手に当麻みたいな人種に殺しを見せるのは御法度だ、ってなってんだ
「殺す殺す殺すッ!!コロスコロスコロス…!!」
「もうそれしか言えねぇかよ?まぁ力の源を殴って壊されるなんて体験初めてだろうからパニックになるのも分からんでもないが……お前が始めた争いだ。外道なら外道らしく自分のケツは自分で拭きやがれ!!」
それを合図に俺は飛び上がりデカブツに向かって急接近を開始、対するデカブツは最早聞き取れない言語で何かを呟きながら両手の爪を振り上げながら突っ込んでくる。多分あれはコロス!とかほざいてやがるんだろうな
妖怪と垣根が激突するまであと3秒、2秒……その時点で先に仕掛けたのは垣根であった。ブォン!という風切り音を立てて6枚の翼の内、左右の一枚ずつが妖怪の爪目掛けて突き刺さる。だが妖怪は痛みを気にも止めていないのかはたまた怒りで痛覚を忘れているのか何にせよ垣根が動きを封じる為に起こした行動は無駄となってしまった
「コrgyスxyowpatス!!」
それどころか自らの爪に突き刺さった翼を自分から深く食い込ませて垣根を引き寄せたのである、いくら能力で筋力を強化したとは言えまさか人間が妖怪との力比べに、それも踏ん張りの効かない空中で敵う訳がない
そう、「力比べ」ならば
「俺を引き寄せたのがそんなに嬉しいかよ?勝手に喜んでやがれデカブツ、そんな翼で良けりゃくれてやる」
「tikvfdl…!?」
だが人間にも知恵がある、そして垣根帝督の能力は言わば知識と頭の演算能力によって発動している。つまりどういうことかと言うと――力比べで勝てないなら頭を働かせれば良い、そして頭の勝負に関してならば垣根帝督の右に出る者など早々存在しない
デカブツの動きを封じる為に突き刺した翼は逆に俺が引き寄せられる結果となってしまった、ならどうするか?
(簡単過ぎるんだよ、こんなのはあの一週間に比べりゃぬるま湯代わりにもなりはしねぇ!)
俺はギリギリのタイミングで翼を打ち消し、勢いを失ってデカブツの爪に飛び乗る。少し足を捻ったか?まぁ…この間合いなら外さねぇ!
「今から女相手に背後から不意打ちなんて三下な真似をする野郎にお似合いの末路をくれてやる!俺の仲間に用があるならこの俺にまず話を…通すのが筋ってもんだろうがッ!」
未元物質により強化された筋肉、加えて永遠亭での訓練、それら全てが合わさったアッパーカットが垣根帝督の右腕から放たれ妖怪の顎を打ち抜く。妖怪はゴキッ、という生々しい音を辺りに響かせてから身体を痙攣させつつ地面に倒れ込み口から泡を吹いている
「……次はねぇ、聴こえてんのかは分からねぇがそれだけは言っておくぞ」
妖怪が倒れるより先に地面に着地していた垣根はそれだけを呟きその場を立ち去る。
かくして妹紅を突如襲った巨大な体躯と爪を持つ名も無き妖怪は1人のLEVEL5と1人のLEVEL0の逆鱗に触れて敗北したのであった
今回は前書きを書かずに投稿したのですが如何でしょう?何分どうでも良いところが気になってしまいまして前書きでもかなり時間を食うんですよ。それで投稿頻度が下がるのもあれなのでしばらくは前書きを省きたいと思います。
ちなみにあのブチギレた名も無き妖怪君のあの言語は某最強の第一位とは微塵も縁がなく如何なる連想を読者の方がなさったとしても当方は知らぬ存ぜぬを貫かせて頂きます