クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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天使降臨

アンジュはジルに連れられ、ある場所へと向かっていた。

 

意識を戻したアンジュはジルに嘆願書のことを尋ねるが、それらはすべて受け取りを拒否され、さらにミスルギ皇国はなくなったと聞かされた。

 

国が、故郷がなくなったと聞き、その地にいるはずの家族や友人のことも分からない。本当にすべてを喪ってしまったアンジュは失意のなか、ジルに見せたいものがあると連れ出され、もはやなにもかもがどうでもよくなっていた。

 

だが、その度に過ぎるのは自分と同じ顔の少女――まるで問い掛けるように過ぎるセラの顔がアンジュの中に迷いを生む。どれだけ、そうしていたのか…やがて、アンジュの耳に何かが聞こえてきた。

 

「え………」

 

耳に聞こえた旋律は、覚えがあるものだった。不意に立ち止まり、もう一度耳を澄ませる。まだ遠いものの、それは『歌』だった。

 

「これは…この歌は―――」

 

「どうした?」

 

立ち止まったアンジュに問い掛けるジルだが、それに応えず、アンジュは聞こえてくる歌に走り出す。徐々に明瞭になってくる歌は、聞き間違えるはずもない。

 

(これは、『永遠語り』――! どうして…誰が歌ってるの?)

 

聞こえてくる歌はミスルギ皇国の皇家のみに伝えられる『永遠語り』だった。だが、それがこんな場所で聞こえるはずもない。この歌を知っているのはミスルギ皇室の人間のみ。次々に浮かぶ疑問を抱えながら、アンジュはひたすらに通路を歩く。暗い通路はまるで今の自分の心を表しているようであり、聞こえる歌が導きのように思える。

 

やがて、出口と思しき光が前方に見え、アンジュはその中に飛び込んだ。光に一瞬眼を閉じるも、すぐに視界が慣れる。

 

そこはアルゼナルの一画だった。無数に並ぶ大小様々な形の墓石の前で佇む少女――背を向ける少女の銀の髪が風に揺れ、僅かに降る小雨のなか、傘も差さずに歌う。

 

それは、セラだった――歌うセラの背中を呆然と見つめるアンジュに、声が掛けられた。

 

「いい歌だろう、皇女殿下」

 

ハッと振り返ると、傘を差したジャスミンが佇んでいた。

 

「あいつは…セラはね、時々ここで歌うのさ――まるで、鎮魂歌のようにね」

 

慈しむように見やる眼差しに、アンジュは亡き母の面影を垣間見る。アンジュは歌うセラの背中を見続ける。

 

そこへジルも現われ、歌うセラを見つける。その姿に眉を顰め、ジルはジャスミンに問い掛ける。

 

「ジャスミン――この歌…お前が教えたのか?」

 

「いんや――いつ覚えたのか、どこで覚えたのか、あたしは知らないね。あいつも、何も言わないからね」

 

どこか自嘲気味に肩を竦めるジャスミンだが、アンジュは次々と浮かぶ疑問に思わず歩み寄っていく。

 

「あなたは……誰…………?」

 

その声が聞こえたのか、それとも歌い終わったのか――セラはゆっくりと振り返る。自分と同じ顔に見つめられ、アンジュは呆然と佇む。

 

暫し、無言で見つめていたが、歩み寄ってきたジルとジャスミンが、セラの前にある墓石に気づく。

 

「そうかい、その子達の墓はあんたが建てたんだっけ」

 

セラの前にある墓石には、『ミリアリア・フィーナ』、『エリス・クロフォード』と刻まれている。この二人は、セラとナオミが初めて出た飛行訓練で死んだライダーだった。

 

さして親しかったわけではない。だが、セラは二人の墓を建てた。

 

「何なのですか、ここは……?」

 

戸惑うアンジュにセラが墓地を見やり、静かに呟く。

 

「ここは、ドラゴンと戦って死んだ…いえ、『人間』のために犠牲にされたノーマ達の墓標――」

 

セラの声に微かに秘められるのは、『怒り』だった。その声に圧倒され、息を呑む。

 

「アルゼナルでは、生き残った奴が死んだ連中の墓を建ててやるのさ……そいつらの死を背負ってな」

 

タバコを咥え、噴かすジルの言葉にもどこか自虐のようなものが混じっている。

 

「アルゼナルの子達はね、死んだ時に初めて親がくれた『真実(ほんとう)の名』を取り戻せるのさ――セラ、あんたも『真実(ほんとう)』の自分を知りたいのかい?」

 

アンジュはそこで初めて気づく。このセラという少女のことを、自分は何も知らない――何故自分と同じ顔をしているのか、何故『永遠語り』を知っているのか………彼女の『真実(ほんとう)』の名――それが、関係しているのではないのか。

 

セラはジャスミンの問い掛けに無言だったが、やがて肩を竦める。

 

「――興味ない」

 

切って捨てるように告げるセラにアンジュは眉を顰める。

 

「戻れない『過去』も――そして、あるはずもない『未来』もね」

 

名前も過去も、なにもかも奪われてこの地獄へとやって来るノーマ――ドラゴンと死ぬまで戦うことしか赦されない生き方……死んで名が戻って、それが何になる。

 

「自分が何だったのかどうか、『現在』(いま)には何の関係もないこと。それがこの地獄で生きるということなのよ、アンジュ」

 

真っ直ぐに見つめるセラの視線に耐えられず、顔を逸らす。

 

「私は…私は、これからどうすればよいのですか……?」

 

「戦ってドラゴンを倒す――死ぬまでな」

 

無情に告げるジルにアンジュは先日の戦いの恐怖が蘇り、顔が強張る。

 

「何なのですか、ドラゴンとは? どうして、私があんなものと!」

 

「それが『ノーマ』という烙印を押された我々の役割だからさ。ドラゴンと戦う兵器――それが『ノーマ』に赦される生き方だ」

 

拒むアンジュにジルが冷たく言い放ち、眼を見開く。追い打ちをかけるようにジャスミンが不敵に笑う。

 

「皇女殿下としては本望じゃないのかい? 世界の平和のために戦えるんだからねぇ」

 

揶揄するような言葉に、思わず反芻する。

 

「世界の、平和……」

 

「『マナ』によって紛争も、差別も、格差もない――人類が夢見た理想郷……それが、あんた達の世界だったわね」

 

セラの言葉は、以前アンジュ自身がココに語ったものだった。

 

「その世界の裏側で、ドラゴンによる侵攻があり、『平和』を守るためにノーマが使われる。『人間』のための道具としてね」

 

吐き捨てるセラは今一度墓標を見やる。

 

「分かる? 忌み嫌う『人間』のくだらない平和のために戦わされ、感謝されることも顧みられることもない――何故ドラゴンはこの世界に現われ、何故襲うのか――それすらも知らされず、何も分からないまま戦わされて、最後に死ぬ……死んだから何? ただ地獄が変わるだけ――死んでも、それは現実の続きでしかない」

 

守るものからは忌み嫌われ、襲ってくる相手のことは何も分からない。体のいい使い捨ての道具――こんな理不尽なことがあるか。

 

死んで名前が戻る? それのどこか救いなのか? 死者は何も応えない、死者は何も語らない、死者は何も望めない――

 

その言葉にジルの表情が僅かに変わるも、セラは気づかずにアンジュに告げる。

 

「でもそれが、『ノーマ』に赦された生き方――戦うために生まれ、生きるために戦う……アンジュ、その役目が今度はあんたに回ってきたのよ」

 

「そんな…今だけ、ほんの一時、マナが使えないだけではないですかっ、それだけでこんな、地獄みたいな所に突き落とされるなんて、余りにも理不尽です!」

 

涙を流しながら叫ぶアンジュにセラは冷淡に突き返す。

 

「その理不尽なルールを、この世界の歪みをつくったのは、あんた達『人間』じゃない。アンジュ、あんたが一番よく分かってるんじゃないの? ノーマは『化け物』――以前、あんたが言っていたことよ」

 

その言葉に、アンジュは洗礼の儀の前日、ノーマの赤ん坊を庇う母親に向けて言った自身の言葉を思い出す。

 

『ノーマは本能のみで生きる、暴力的で反社会的な化け物。今すぐこの世界から隔離しなければなりません!』

 

「あ、ああ……」

 

打ちのめされ、泣き崩れるアンジュ。

 

「泣いたところで、なにも変わらない。けど、あんたは今生きている――この地獄で、ノーマとして」

 

「私は…ノーマでは……っっ」

 

うわ言のように現実から逃避するアンジュにセラは平手打ちを放ち、衝撃でアンジュは倒れる。

 

倒れたアンジュの胸倉を掴み、自分の方へ掴み起こす。

 

「いつまでそうやって逃げるの!? なら、あんたは誰なの! アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ? ノーマのアンジュ? それとも…名前さえもない、ただの人形なの?」

 

真っ直ぐに見るセラに、アンジュは何も言い返せず、顔を逸らすことしかできなかった。

 

その時、ローブを纏ったサリアが現れた。

 

「司令、ドラゴン発見しました」

 

「分かった。セラ、アンジュ、出撃だ」

 

ジルの命令に、セラは頷き返すも、アンジュは黙り込んだままだ。

 

「アンジュ、いつまで呆けているつもりだ。この世界は不平等で理不尽だ。だから殺すか死ぬか、その2つしかない。死んでいった連中の分もドラゴンを殺せ! 人間の世界を守るためにな、それができないなら死ね!」

 

「では、殺してください…こんなの辛過ぎます………」

 

現実を受け入れることができず、最悪の願望を口にするアンジュの額に、セラの額が押し付けられる。

 

「え……?」

 

思考を遮られたアンジュに、顔を上げたセラが意思のこもった瞳を向ける。

 

「――それは口にしないで。ノーマは戦うことでしか生きれない――たとえその先にあるのが、死という運命だとしても、抗わなきゃいけない。生きて、生き抜くことが、この世界の歪みに対するノーマの、私達にできる反逆なのだから」

 

自身に言い聞かせるようにも聞こえるセラの言葉に、アンジュはなにか後ろめたさのようなものを憶える。

 

「無理です…私は、あなたのようには――」

 

「もし本当に死にたいと思うなら…生きる意味さえ見失うなら、その時は――殺してあげる………」

 

顔を近づけ、耳元で小さく囁く。息を呑むアンジュの手を取り、立ち上がらせるとセラはジルに頷き返し、意図を察したジルも頷いた。

 

「司令、アンジュのパラメイルはまだ修理が」

 

不時着時に大破した機体の内、セラのパラメイルの修理が優先されたため、アンジュの機体はまだ修理が終わっていなかった。懸念するサリアがそう訊ねると、ジルは不敵な笑みを浮かべる。

 

「あるじゃないか? あの機体が……」

 

ジルの意図を理解し、ジャスミンもどこか小さく笑うも、サリアは眼を見開く。

 

「まさか……?」

 

「ついて来い」

 

サリアを一瞥し、ジルはセラとアンジュを促し、その後に続く。サリアは慌てて後を追い、残ったジャスミンはバルカンの頭を撫でながら、呟く。

 

「さて…あの機体、あの皇女殿下に使いこなせるかね――それとも………」

 

どこか憂いを見せるようにジャスミンは未だ止まぬ雨空を見上げた。

 

 

 

ジルが案内したのは、工廠内の奥の格納庫だった。まるで長く閉じられていたようにゲートが開放される。

 

「ホントにあの機体を出すの?」

 

この場にはメイも同行しており、ジルの指示にどこか半信半疑な様子だ。ジルは頷き返すだけで、メイはアンジュを見やる。

 

「じゃあ、アレが――」

 

「不満か?」

 

どこか納得できないといった面持ちのメイに問い返すと、メイは首を振る。

 

「ううん、命令なら従うよ」

 

答えつつも、その視線が一瞬、アンジュの横を歩くセラに向けられたことを見逃さなかったが、それを訊かず、ジルは目的のものについて尋ねる。

 

「メイ、起動は可能か?」

 

「もちのろん! 20分もあれば!」

 

やがて、辿り着いた先には、布で覆われた一体のパラメイルが鎮座していた。ライトが灯り、暗闇の中にその機体を浮かび上がらせる。

 

「これが、アンジュ、お前の機体だ」

 

ところどころ薄汚れた装甲に朽ちたようなフレーム――明らかに旧式を思わせる状態だ。

 

「かなり旧い機体でな。老朽化したエンジン、制御の難しい出力系統、錆びた装甲――いつ落ちるか分からないポンコツだ。死にたい奴には、おあつらえ向きだろう?」

 

揶揄するジルだったが、その声色にどこか自嘲が混じっているのに気づいた者はいなかった。

 

「名は――『ヴィルキス』」

 

(ヴィルキス――)

 

ジルの呼んだ機体名を反芻しながら、セラは微かな引っ掛かりを憶えた。だが、それが分からず、単なる気の迷いだと切り捨てる。

 

そして、アンジュはフラフラとした足取りで、与えられた機体へと歩み寄っていく。

 

「死ねるのですね、これで…アンジュリーゼに、戻れるのですね……」

 

うわ言のように呟きながら、ヴィルキスへと向かうアンジュの背中を見ていたサリアが問い詰めるようにジルに寄る。

 

「ジル、どうして? この機体は、私に……」

 

「司令官の命令だ」

 

どこか縋るサリアに冷静に切って捨てると、サリアも口を噤む。

 

「さあ、出撃だ。隊長としての初陣、期待している……サリア」

 

笑い、肩を叩くジルに納得できないながらもサリアは頷いた。

 

「イエス・マム……」

 

小さく応えながら、サリアはセラを見やった。

 

「セラ、あなたは怪我をしているから、今回は待機――」

 

「出る」

 

言葉を遮るように短く応えた。

 

「でも、その怪我じゃ……」

 

「戦うことが生きること――それが私の、ノーマとしての矜持よ」

 

告げるセラの意思のこもった瞳に圧倒されるように息を呑む。

 

「いいだろう。見せてみろ、貴様の矜持とやらをな」

 

「イエス・マム」

 

不敵に告げるジルにまるで挑むように応え、セラは額の包帯を剥ぎ取った。

 

 

 

 

 

数分後、サリア隊と名称を変えた第1中隊のパラメイルがフライトデッキに集結していた。出撃体制が整い、甲板要員が退避すると同時に管制からのサインが飛ぶ。

 

【進路クリア、サリア隊、発進どうぞ!】

 

「サリア隊、発進します!!」

 

サリアのアーキバスが先陣を切って出撃し、残りのメンバーも次々と出撃していく。ココは命令違反の処分のため、出撃できないが、ナオミとミランダは機体を発進させる。

 

「サリア隊、セラ機、出る!」

 

修理を終えたグレイブに乗り、セラの機体が発進する。最後にアンジュの乗ったヴィルキスが発進する。浮かび上がる第一中隊の編成のなか、最後尾につくアンジュに気づいたロザリーとクリスがあからさまに不満を見せる。

 

「なんであいつもいんだよ! お姉様をあんな姿にした奴と一緒に出撃だなんて……!」

 

「死ね死ね、死にさらせ」

 

「落ち着けよ、二人共。別にあたしらがやる必要はねえよ――死ぬつもりらしいぜ、アイツ」

 

宥めるヒルダの言葉にロザリーとクリスは怪訝そうになり、ヒルダは大仰に鼻を鳴らす。

 

「はっ、見せてもらおうじゃないか、イタ姫様の最期ってやつをさあ!」

 

これから始まるショーを楽しむように笑うヒルダだったが、当のアンジュはやはり機体の操作に苦戦しているのか、それとも機体の出力が安定しないのか、飛行もフラフラとしている。

 

ヴィルキスを見たヴィヴィアンは何故か興奮し、興味津々に声を上げる。。

 

「おおーなんじゃあのパラメイルは! サリア、サリア! アンジュのパラメイル、ドッキドキするよー、ねえサリアってば!」

 

小さく唇を噛み、こめかみに血管を浮かべながら、サリアはヴィヴィアンを嗜める。

 

「もうすぐ戦闘宙域よ、集中しなさい!」

 

「はーい!」

 

拗ねるように頷くヴィヴィアンにサリアは余計に気が重たくなる。後方で布陣するセラ達は今回も後方支援が主となる。とはいえ、確認できるのはガレオン級一体のみ。

 

迂闊な援護は誤射にも繋がりかねないため、下手に動けない。

 

どう動くか――とセラは思考を巡らせながら、不意に右手を見やる。マギーから痛み止めは打ってもらったが、それでもまだ思うようには動かせない。

 

「セラ、今回は無茶しないでね」

 

並走するナオミが不安げに見るも、セラは応えずに口を噤む。

 

その様子にナオミは不安を隠せなかった。伊達に付き合いが長いわけではない。セラがこういった態度を取るときは決まって何か無茶をする時だ。

 

一抹の不安を感じながら、不意に後方のアンジュを見やると、ミランダが口を開いた。

 

「ねぇ、アンジュ本気で死ぬつもりなの?」

 

サリアから経緯を聞いていたミランダはどこか疑うように問い掛ける。ココやゾーラの件もあり、ミランダもアンジュに対してはやはりいい感情は持てずにいた。

 

「分からないよ」

 

ナオミも首を振るだけだ。

 

(でも――)

 

もしアンジュが死のうとするなら――必ずセラが動く。何の根拠もないが、ナオミはどこかでそれを確信していた。先を飛ぶセラの機体を見つめていると、管制からの報告が飛び込む。

 

【ドラゴン確認、会敵まで30】

 

「来るわよ!」

 

水中を進む巨大な影が海面を割り、飛沫を上げながら海中に潜んでいたガレオン級が姿を現わし、空中に舞い上がる。その胴体には先の戦闘で受けた凍結バレットによる氷結が残っているも、ドラゴンの響かせる咆哮はそんなダメージなど意にも返していないような気迫を見せる。

 

だが、セラはその様子に違和感を憶える。

 

(おかしい? 何故わざわざ姿を見せる?)

 

パラメイルは水中に対して対応できるように設計されていない。対潜装備もないなか、潜行できるなら水中から仕掛けた方が有利だ。いくら知能が多少あるとはいえ、そこまでの思考力はないのかとセラは訝しむ。

 

「で…どうすんのさ、隊長?」

 

「奴は瀕死よ。このまま一気にトドメを刺す! 全機、駆逐形態! 凍結バレット装填!」

 

『イエス、マム!!』

 

手負いの状態と判断したサリアは短期決戦を選択し、第一中隊のパラメイルが駆逐形態へと変形する。

 

「陣形、密集突撃! 攻撃開始!」

 

サリアの指示に応じ、アンジュを除いた全機が凍結バレットを装填し、陣形を組んで突撃する。多重攻撃で一気に殲滅する方法は確かに弱体化した相手を効率的に仕留める手段だろう。

 

だが、ドラゴンはそんな考えを嘲笑うように覆す。

 

ガレオン級の咆哮と共に魔法陣が展開され、それに呼応するように海面に巨大な魔法陣がドラゴンを中心に展開される。それに気づいたセラが叫ぶ。

 

「ナオミ、ミランダ! 止まって!」

 

突然のことに反射的にブレーキをかけた瞬間、魔法陣から無数の光弾が撃ち出される。

 

だが、既に先行してガレオン級に接近していたサリア達は反応が遅れる。

 

「サリア、下!」

 

唯一ヴィヴィアンだけがそれに気づき、声を掛けるも既に遅かった。

 

「下? っ!」

 

ようやく気づいたサリアやヒルダ、ヴィヴィアンはなんとか回避するも、砲撃機のため、機体が鈍重なロザリーやクリスは、操縦技量も加わって回避しきれず、光弾に機体を被弾させられる。

 

「くそっ」

 

「た、助けてっ」

 

慄く二人に光弾は容赦なく襲い掛かるも、そこへセラが割り込み、ライフルで光弾を打ち消す。

 

「お、お前……」

 

「ナオミ、ミランダ! 二人を連れて下がって!」

 

「分かった!」

 

「了解!」

 

呆気に取られる二人を横にセラはドラゴンの攻撃の中を掻い潜りながら突撃する。だが、展開される魔法陣の大きさも相まり、光弾の数は一向に衰えない。

 

「罠張るなんて、こしゃくなー!」

 

回避し、応戦するヴィヴィアンは軽口を叩くも、今のサリアにはそんな余裕すらなかった。

 

「こんな攻撃、過去のデータには無い……」

 

初めて見るドラゴンの攻撃に動揺し、混乱するサリアの横で、光弾を避けきれず、ヒルダとエルシャも被弾する。

 

「きゃあ! サリアちゃん、どうするの!? このままじゃ危険よ!」

 

「指示? 指示、次の――ど、どうしたらいいの? ゾーラ隊長……」

 

経験不足ゆえか、それとも知識だけに偏ったのか、今のサリアには冷静な判断ができる状況になかった。ただ必死にゾーラならどうするかを考えるも、所詮他人とは考え方が違うため、打開策など出るはずもない。

 

固まるサリア達だったが、光弾が包囲するように飛び交い、追い詰められていく。

 

「固まるなっ! 狙い撃ちされる!」

 

そこへ接近してきたセラからの通信が響き、光弾が四方八方から一斉に襲い掛かり、サリアは慌てて叫ぶ。

 

「さ、散開!」

 

反射的に離れるも、光弾はお互いを避けて分裂し、追尾してくる。後方から迫る光弾に気を取られすぎていたため、サリアは前方に注意をまったく払っておらず、セラが叫ぶ。

 

「サリア! 前!」

 

「前? あ――きゃぁぁっ」

 

前方から突進してきたガレオン級が視界に入った瞬間、サリアの機体はガレオン級に捕獲されてしまった。

 

「サリア!」

 

「サリアちゃん!!」

 

衝撃に呻くサリアにヴィヴィアンとエルシャが叫ぶ。サリアは操縦桿を動かしてどうにか離脱しようとするも、完全に掴まれてしまい、まったく解けない。歯噛みし、コックピット内に持ち込んでいたマシンガンを持ち、ハッチを開放する。

 

機外に身を晒し、ガレオン級の頭部目掛けて発射する。だが、さして効果もなく、また眼前で吼えるドラゴンに慄き、まともな狙いもつけられない。

 

死を感じ、恐怖するサリアを助けようとセラがガレオン級に攻撃しようとした瞬間、前方に別の機影が割り込む。

 

「アンジュ!?」

 

フラフラと飛ぶヴィルキスに気づいたガレオン級は狙いを彼女に変え、迫る。

 

「もうすぐ…もうすぐよ……もうすぐ、死ねるのよ、アンジュリーゼ―――」

 

うわ言のように呟きながら、それでも震える手で操縦するアンジュはただ真っ直ぐにガレオン級に向かう。ヴィルキスに向かい、身体を大きく振って、尻尾を薙ぐ。アンジュは悲鳴を上げ、反射的に機体を回避させるも、完全にかわせず、掠められ、体勢を崩す。

 

衝撃で呻きながらも、操縦桿とギアを踏み込んで機体を立て直す。

 

「ダ、ダメ――死ななくちゃ……もう一度…」

 

自分に言い聞かせるようにヴィルキスを再びガレオン級に向かわせる。ドラゴンは全身に光を走らせ、光弾を発射する。迫る光の渦に眼を閉じ、回避する。

 

だが、スラスターの制御を切ったため、失速していく。寸でのところでなんとかスラスターを噴射させ、機体を立て直すも、明らかにおかしい様子にガレオン級が標的に絞り、追いかける。

 

「あいつ、何やってるんだ?」

 

ヒルダは不可解な行動に戸惑うも、セラは眼を細める。

 

「死にたくない――それがあんたの本音でしょ、アンジュ」

 

どれだけ死にたいと口にしても、『死』は生命が本能的に怖れるものだ。アンジュは確かに死のうとしている、だが、寸前に迫る死に心が拒絶し、思い止まらせる。

 

それは、彼女の願いを表していた。だが、あんな不安定な状態ではいつかやられてしまう。セラは意思を固め、機体を加速させる。

 

「ダメじゃない…ちゃんと、死ななきゃ――死ななきゃ、いけないのに……」

 

アンジュは涙を流しながら、自身の行動に嫌悪していた。その時、頭上からガレオン級が迫り、両翼の手を広げ、ヴィルキスを掴む。

 

捕縛された衝撃で頭をぶつけ、アンジュの左手の包帯が解け、その下から指輪が露出する。額から血が流れ、痛みに呻くアンジュの眼前に喰らうように顔を近づけるドラゴンが迫り、声を引き攣らせる。

 

恐怖に失禁し、慄くアンジュは眼を閉じる。口を開き、牙を向けようとした瞬間、そこへ別の機影が割り込んだ。

 

いつまでも来ない現実にアンジュが恐る恐る眼を開けると、そこにはヴィルキスの前でガレオン級の口を両腕と両足を使って押さえるセラのグレイブがいた。

 

「ぐっ、くくっ」

 

なんとか耐えるセラと立ちはだかるその背中にアンジュは焦がれるように呟く。

 

「セ…ラ………」

 

「アンジュ! あんたはどうしたいの!? 死にたいの? それとも――生きたいの!?」

 

その叫びに息を呑んだ瞬間、ガレオン級は首を大きく振ってグレイブを弾き飛ばす。吹き飛ぶグレイブに向かい、ガレオン級は魔法陣を展開し、光弾を一斉射する。

 

体勢を立て直そうとするグレイブに光弾が迫り、回避が間に合わず、セラの瞳に映った瞬間、光弾は吸い込まれるようにグレイブに着弾し、機体を爆発に包む。

 

「セラ―――!!」

 

その光景にナオミが叫び、サリア達も呆然と見入り、アンジュは信じられずに掠れた声を漏らす。

 

「あ、ああ………」

 

激しい喪失感がアンジュを襲い、先程のセラの言葉が木霊する。その答えを求めるように手を伸ばす。爆発の煙が晴れ、その中から影が姿を見せる。

 

「あいつ――!」

 

「セラ!」

 

ナオミが涙眼で叫ぶ。

 

爆発でコックピット回りの装甲をほぼ喪い、かろうじて四肢を保つセラのグレイブ。

 

「ぐっ、がはっごほっ」

 

露出したコックピットのなか、セラは全身を己の血で真っ赤に染め、口から吐血する。思った以上にやられたのか、全身から痛みを感じる。

 

だが、ドラゴンの攻撃は容赦なく迫り、セラは機体を操作して回避する。ドラゴンに向かいながら、アンジュに叫ぶ。

 

「生きたいなら…生きる意思があるなら――戦えっ! アンジュ――――!」

 

刹那、セラの額から流れた血がペンダントに落ち、宝石を光らせる。その光がまるで導くように、魂に響くようなセラの叫びが、アンジュの記憶を呼び起こす。

 

 

 

―――生きるのです、アンジュリーゼ

 

 

 

母――ソフィアの最期の言葉が蘇り、セラの言葉と重なる。

 

「いやあああああああああああああああああああっ!!!!」

 

アンジュの額から落ちた血が指輪を染めた瞬間、それに応えるようにヴィルキスが白銀の輝きを放つ。その輝きに怯んだガレオン級はヴィルキスを放してしまい、同時にサリアのアーキバスをも解放する。

 

「この光は――」

 

セラの前でヴィルキスを覆っていた錆や汚れは剥がれる様に落ちて四散していく。仮初の装甲を捨てた後からは眩い光が弾け、鮮やかな鎧が姿を見せる。

 

その光景に戸惑っていたアンジュだが、弾かれるように操縦桿を握り、ヴィルキスをアサルトモードに変形する。姿を現わすヴィルキスは純白の穢れなき鎧を纏い、蒼穹の翼が開く。関節部に走る金色のコーティングは秘める気高さを象徴するかのようであった。

 

真紅のバイザーを光らせ、頭部に天使のモニュメントが燦然と輝くヴィルキスの姿は、まるで裁きを下すために舞い降りた天使のようであった。

 

「これが、ヴィルキスの真の姿―――――っ」

 

その姿を見たセラの脳裏に何かが過ぎる。

 

 

 

 

――――紅蓮の炎が舞い上がる世界

 

――――降臨する7つの黒い影

 

 

 

 

「っ……ラグナ…メイル――――」

 

頭を押さえるセラは無意識に走った言葉と映像が消え、ハッと気づく。

 

ペンダントが光り、ヴィルキスに共鳴するように輝いている。セラは操縦桿を握り、機体を加速させる。

 

ヴィルキスのコックピットで息を切らすアンジュは迫るガレオン級に気づく。

 

「死にたくない、死にたくない……っ!」

 

アンジュは叫ぶとガレオン級に向かってアサルトライフルを撃つ。ライフルの銃弾に魔法陣が打ち消され、怯むガレオン級が尻尾を薙ぐも、ヴィルキスをフライトモードに変形させ、距離をとる。加速力も機動力も見違えるようになったヴィルキスは旋回して加速する。

 

「死にたくない―――!」

 

ガレオン級は光弾を放ち、無数の光弾が迫るも、アンジュはそれを驚異的な機動力で回避し、駆逐形態に変形して、巨大な剣『ラツィーエル』を抜き、打ち消していく。

 

それでもガレオン級は光弾の密度を増し、落とそうと必死になる。光弾に追い立てられるヴィルキスだったが、そこへセラのグレイブが援護に入り、両手に持ったライフルとソードで光弾を打ち消していく。

 

アンジュが息を呑むなか、セラは小さく頷くと、そのまま加速し、ガレオン級に迫る。その後を追うヴィルキス――セラのグレイブが凍結バレットを装填し、最後の力を振り絞って発射する。

 

放たれたアンカーがガレオン級の頭部に着弾し、氷結する。混乱するガレオン級にアンジュが真っ直ぐに迫る。

 

「死なない――お、お前が…!」

 

眼を見開き、突撃するヴィルキスがラツィーエルをガレオン級の頭部へ深く突き刺す。素早く手放し、離れるとヴィルキスを追尾していた光弾がガレオン級の胴体に直撃する。既に頭をやられ、死に体となったドラゴンにヴィルキスが反転する。

 

「お前が死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

 

振りかぶるヴィルキスが凍結バレットをガレオン級の心臓に打ち込み、同時に頭部に刺さったままのラツィーエルを回収すると、素早く離脱する。刹那、弾けたバレットが身体を凍らせ、完全に息の根を止めた。

 

命を奪われたドラゴンはそのまま海中に落下し、海をドラゴンの墓標へと変えるのだった。

 

サリア達は眼の前の光景に呆然となっていたが、アンジュはグチャグチャな感情に戸惑っていた。

 

「は、ははは……なに、この気持ち――」

 

自身が生きていることへの喜びとは違う――それは、間違いなく『高陽』だった。だが、アンジュは首を振る。

 

「違うっ、こんなの私じゃないっ。殺しても生きたいだなんて、そんな汚くて浅ましく、身勝手な――私は……」

 

「それが、生きるということよ」

 

自虐的になるアンジュの耳に届く優しげな声――顔を上げると、ヴィルキスの前にセラのグレイブが佇んでいる。装甲を喪い、露出したコックピットの向こうでこちらを見ながら、静かに語りかける。

 

「結局、生きるってことは何かを犠牲にしなきゃいけない。だけど、それがノーマの――ううん、生命の本質なのよ。生きるために殺す……だけど、忘れないで。その業を背負っていく覚悟を」

 

たとえドラゴンであろうとも――命を絶つことは、その業を背負うということ。それを忘れてしまったら、それは狂気でしかない。

 

醜くとも、それがこの歪んだ世界での生き方なのだから―――

 

「……よくやったわね、アンジュ」

 

ただ今は――道に迷い、泣く少女に優しげに声を掛けた。その言葉にアンジュは泣き崩れる。

 

「う、うあぁぁぁぁぁ」

 

泣きじゃくるアンジュの声が遠くなる。セラは視界が霞み、小さく声を漏らした瞬間、操縦桿を握っていた手が落ちた。制御を失ったグレイブのスラスターが止まり、グレイブは後方へとゆっくり倒れていく。

 

「セ、ラ……?」

 

その様子に気づいたアンジュの前で、グレイブは真っ直ぐに落下していく。

 

「セラ!」

 

アンジュは弾かれたようにヴィルキスを動かし、後を追う。サリアやナオミ達も突然ことに動けず、動揺する。すぐに追いつき、グレイブを捕まえ、空中で支える。

 

「セラ! セラ! セ、ラ……」

 

必死に呼び掛けるアンジュの眼に飛び込んできたのは、破損したコックピットで血化粧を施したセラの姿。紅く斑模様に描くコックピット回りと、流れる血が非現実的な美しさを醸し出す。

 

だが、その美しさと引き換えに命の灯火が消えるかのごとく、セラの顔は蒼白くなっていた。その姿が、母親の最期と重なる。

 

「いや…いやぁ………」

 

喪う恐怖がアンジュを支配する。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ」

 

 

 

 

 

 

アンジュの悲痛な叫びが陽の沈む空に響き渡った。




3話の終わりまでいけなかった――長くなったのでここで切りましたが、
ようやくヴィルキスの覚醒まで書けました。

しかし、セラはボロボロからズタボロになってしまいました。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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