クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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駆け抜ける嵐

シンギュラーから出現したドラゴンの一撃によって負傷したセラは苦悶の顔で呻く。

 

「ぐっ…ううっ」

 

「セラ! セラ、大丈夫!?」

 

ナオミが必死に呼びかけるなか、セラは苦しげな顔のまま応える。

 

「だい、じょうぶ――掠っただけだから」

 

「で、でも……」

 

軽い怪我などではないのは一目で分かる。だが、セラは首を振る。

 

「いいからっ! ココのフォローに回って!」

 

「う、うん!」

 

後ろ髪を引かれながらも、ナオミはセラの気迫に頷き、呆然となっているココをサポートするため、離れていく。それを一瞥し、セラは右腕を見やる。

 

(右腕は…もう使えないか)

 

溢れるように流れる血が真っ赤に腕を染め、感覚がほとんどない。激痛だけが伝わるも、こんな状態では止血もままならない。

 

機体を己の血で紅く染め、滴り落ちる様に呆然となっていたアンジュは怖れるように顔を引き攣らせる。

 

「バカ! 前を見なさいっ」

 

苦しげな顔で叫ぶセラにアンジュがようやく視線を前に向けた瞬間、姿を現わしたネイビーブルーの皮膚を持ち、闇夜に同化するような巨大なドラゴンが咆哮を上げて真っ直ぐに向かってくる。

 

「ひぃ……っ」

 

「ちっ!」

 

アンジュは恐怖に慄きながら反射的に操縦桿を切り、セラも歯噛みしながら旋回した。頭上を過ぎるドラゴンの起こす突風が機体を振動させる。

 

エネルギーがスパークするシンギュラーの穴から続いて現れるスクーナー級。そして、さらに絶望を齎すように二匹目の巨大なドラゴンが姿を現わした。

 

【ドラゴンを確認! スクーナー級30、ガレオン級2!】

 

オペレーターからの報告が、眼の前の光景が現実だということを伝える。

 

「ガレオン級が2匹!?」

 

「そんな……」

 

報告される敵数にロザリーが驚愕し、クリスは戦慄する。

 

「ちっ、1匹でも厄介だってのに、2匹もいやがんのか」

 

悪態を衝きながらヒルダがドラゴンを睨みつける。大型種は通常1匹の出現がほとんどだ。2匹も現れることが滅多にないため、ゾーラも舌打ちする。

 

『総員聞け! 新兵教育は中止! まずはカトンボを殲滅し、航空優勢を確保する! 全機、駆逐形態! 陣形、空間方陣!』

 

『イエス! マム!』

 

ゾーラの指示に応じ、各パラメイルはフライトモードから『デストロイヤーモード』と呼ばれる駆逐形態へと変形する。

 

後衛を担当する砲撃兵のエルシャ、ロザリー、クリスのパラメイルから火線が迸り、スクーナー級に襲い掛かる。

 

陣形が崩れたところへ突撃兵であるヴィヴィアン、ヒルダのパラメイルが突撃し、ゾーラもまた自機『アーキバス』を駆り、戦場へと踊り込む。

 

「ゾーラ隊長、命令違反の処分は?」

 

『後にしろ』

 

「……イエス・マム」

 

アンジュに対して一瞥すると、サリアは機体を変形させ、仲間の元へと合流する。

 

『新兵ども! 何とかして生き残りな! ドラゴンはアタシらが引きつける!!』

 

ゾーラの指示にセラは小さく頷く。この傷では回避するので手一杯になる。下手に出ては足手纏いだ。セラは左手で操縦桿を動かし、機体を後退させる。

 

「ココ!」

 

「ミ、ミランダ……」

 

ナオミに誘導されてどうにか後方へと戻ったココは近くに来たミランダを怯えるように見やる。

 

「この、バカ! 勝手なことしてっ、心配…したんだからっ」

 

涙を浮かべ、震える声で叱咤するミランダにココはいたたまれなくなり、沈痛に俯く。そんなつもりではなかった……ただ、憧れた夢に手が届きそうになったが故の行動だった。

 

だが、結果として自らの身を危険に晒しただけでなく、ミランダに心配をかけ、セラに傷を負わせてしまった。

 

「私……」

 

「ココ、反省するのは後だよ」

 

俯くココにナオミが声を掛ける。

 

「まだ戦闘は終わってないんだよ。ゾーラ隊長も言ってた……まずは生き残らないと」

 

そう言って奮い立たせるように顔を上げるナオミ――前線ではドラゴンの大群を相手に第一中隊が奮戦しているが、如何せん数が多く、またガレオン級2匹を相手にしているため、苦戦している。そしてその包囲網を抜けて迫るスクーナー級が向かってくる。

 

「ええっ」

 

「ひっ」

 

ミランダが眼を見開き、ココは恐怖に引き攣るも、ナオミは表情を引き締め、グレイブを駆逐形態に変形させ、ライフルで狙撃する。弾幕にスクーナー級が怯み、距離を取る。

 

「ココ、ミランダ! 今は生き延びることだけ考えてっ、とにかく離れずに行動してっ!」

 

「わ、分かったわ! ココ!」

 

「う、うん!」

 

ナオミの言葉に頷き、ココとミランダも機体を駆逐形態に変形させ、銃を構える。ゾーラ達の攻撃の中を潜り抜けてきたスクーナー級が襲い掛かり、慄きながらも必死にトリガーを引く。

 

ドラゴンを相手にするなか、ナオミはセラの姿が見えないことに気づいた。

 

「セラ――!?」

 

セラの機体を捜して視線を走らせると、離れた位置でスクーナー級の攻撃を回避しながら応戦しているのを見つける。だが、セラは負傷しているせいか、動きに生彩がない。

 

素早くナオミは表情を引き締め、機体を翻す。その動きにミランダが驚くも、迫るドラゴンによって遮られる。

 

数分前――後退しようとするセラの前でアンジュの機体が横切り、通信を繋ぐ。

 

「アンジュ! どこへ行く気!?」

 

「帰ります! 私は、ミスルギ皇国へ!」

 

ガタガタと震える口調で叫ぶアンジュにセラは苛立つ。

 

「いい加減にしなさい! あんたは分かってないの!? パラメイルには出撃一回分の燃料しかないのよっ」

 

戦闘におけるライダーの逃亡を防止するため、パラメイルには最低限の燃料しか積載されない。せいぜい動けるのは十数分程度。そんな量では、この空域から離脱できたとしても、海に墜落する。

 

その言葉にアンジュは眼を一瞬、瞬くも首を振って振り払う。

 

「構いません! 行けるところまで行って……あそこに戻らずに済むのであれば!」

 

アンジュの中に芽生えた恐怖――ドラゴンの犇めく戦場への忌避感が感覚を麻痺させ、判断を鈍らせる。

 

今のアンジュにはここから逃げることしか頭になかった。その様子にセラは舌打ちする。

 

完全に回りが見えていない――このままいけば、間違いなくドラゴンにやられるか、自滅のどちらかだ。どうにか止めようと機体を反転させるが、そこへドラゴンが飛来し、襲い掛かる。

 

「くっ」

 

片手の操作でなんとかかわし、機体を駆逐形態にし、ライフルで応戦する。後方での爆発にアンジュが一瞬注意を逸らされるが、そこへドラゴンが狙いを定めて襲って来た。

 

「ひぃっ! い、いやああああああああああああ!」

 

恐怖に慄き、アンジュは錯乱して回避する。だが、そんなアンジュに複数のドラゴンが襲い掛かる。逃げる敵を追いかける習性を持つスクーナー級の執拗な攻撃に滅茶苦茶な機動でかわしながら、離脱していく。

 

「っ、まずいっ」

 

アンジュの逃げる先はゾーラ達がいる空域だ。錯乱したアンジュが乱入すれば、混乱が起こる。

 

「こうなったら――っ」

 

最後の手段――アンジュの機体を撃ち、行動不能にさせるべくライフルを身構えるも、それを阻むようにスクーナー級がまとわりつく。

 

「邪魔をするなぁぁぁぁっっ」

 

襲い掛かるドラゴンにソードで斬り払い、囲いを逃れようとするも、右からの攻撃に反応が遅れる。歯噛みするセラだったが、銃弾が横殴りに撃ちこまれ、ドラゴンが断末魔の悲鳴を上げて落下していく。

 

「セラ!」

 

ナオミのグレイブがセラの横につき、不安げに見やる。

 

「大丈夫?」

 

「なんとか…助かった」

 

だが、安心したのも束の間-―次なる脅威が迫る。

 

【ガレオン級一体! セラ機、ナオミ機に接近!】

 

「!!?」

 

通信越しに聞こえる管制の言葉に驚愕すると同時に、セラとナオミの頭上から、雄叫びを上げてガレオン級が迫って来た。二人はすぐさま左右に分かれ、突進をかわすも、ガレオン級はその体躯からは予想できないほどの俊敏さで反転し、再度咆哮を上げる。

 

「っ!?」

 

真っ直ぐに標的にされたセラは機体をフライトモードに変形させて離脱する。逃げるセラの後を追いかけるように飛ぶドラゴンにセラは眉を顰める。

 

(私を…狙ってる………?)

 

近くにナオミの機体があるにも関わらず、明らかにセラだけを狙っているかのような動きだ。だが、その疑念を中断するように追随するガレオン級は全身に光を纏い、それが無数の弾頭となって弾かれるように飛ぶ。

 

「くっ」

 

機体を高速で追跡する光弾に機体を旋回させながら回避するも、フライトモードでは対処しきれない。機体を駆逐形態に戻すも、片手だけの操作では限界があり、ギアを切り替えながらスラスターとバーニアを小刻みに動かし、感激を縫うように回避しながらライフルで光弾を掻き消す。

 

だが、ガレオン級が頭上に回り込み、翼を振り下ろす。それを紙一重でかわすも、巻き起こる突風に機体を煽られ、吹き飛ばされ、振動に呻く。

 

「ゾーラ隊長! もう一匹のガレオン級が!」

 

もう片方のガレオン級を第一中隊総出で連携しながら応戦するなか、支援していたエルシャが離れた位置で戦うセラに気づき、声を上げる。

 

ガレオン級と距離を取りながらモニターで確認すると、ガレオン級相手に回避するセラの機体が映り、驚愕する。

 

「あいつ、たった一機で…!」

 

「無茶よ! セラ、怪我してるのに――!」

 

サリアは先程のアンジュの逃亡でセラが負傷したのを見た。あの怪我では操縦するのもままならないはずだ。だが、セラは防戦一方とはいえ、ガレオン級相手に立ち回っている。

 

その操縦技量には驚くも、パラメイルの稼働時間が限定されている以上、長くは保たない。

 

「オマエら、早いとここいつらを片付けるよ!」

 

『イエス・マム!』

 

まだ周囲にはガレオン級とスクーナー級が展開している。こちらを片付けなければ援護にも向かえない。第一中隊は連携を強め、ドラゴンに向かっていく。

 

(やはり、一筋縄ではいかないかっ)

 

ガレオン級と戦うのは初めてだが、その攻撃力、俊敏さ、即応性、体躯…どれをとっても、小型種とは一線を画している。生半可な攻撃では致命傷にはならない。

 

(せめて、右手が使えたら――っ)

 

機体の強化した機動力でなんとか立ち回れているが、片腕の操作では対応しきれない。だが、このままでは稼働時間が尽きるのが早い――セラはそこまで考えて、ある方法を思いつく。

 

「こうなったら、凍結バレットを奴に……っ」

 

『凍結バレット』――パラメイルの左腕に装備された対ドラゴン用の装備。それを撃ち込めば、勝機はある。だが、それも急所を外せば、効果は半減する。

 

ドラゴンの心臓目掛けて一撃で決めなければ、やられるのはこちらだ。そこまで考えた瞬間、セラは視界が微かにブレ、ガクッと身体が重くなり、立ち眩みを憶える。

 

失念していたが、右腕からは未だ血が流れており、大量の失血で意識が朦朧としかけていた。

 

(こんな時に……っ)

 

反応が鈍り、ドラゴンが魔法陣を展開する。だが、視界の焦点が定まらないため、回避もままならない。

 

「セラ―――!」

 

頭上からナオミのグレイブがライフルを斉射して突撃し、ガレオン級の注意を逸らす。だが、魔法陣を打ち消すには至らず、逆にドラゴンはナオミに照準を変え、魔法陣から光線を放つ。

 

「きゃぁっ」

 

放たれる熱量に悲鳴を上げながら機体を回転させ、回避するも、ドラゴンはなお追撃を仕掛けようとする。セラは朦朧とする視界のなか、バイザーを首を振って落とし、歯を食いしばり、顔を大きく振り、頭を強くモニターに叩きつけた。

 

鈍い音と小さな呻き、額から血が流れるも、衝撃で視界がわずかに戻った。そのままトリガーを引き、ライフルの銃弾が魔法陣を打ち消す。

 

「ナオミ!」

 

「セラ、大丈夫!?」

 

危ないのはナオミの方だというのに……だが、このままでは二人ともやられてしまう。一瞬、逡巡するも、すぐに意を決し、ナオミへと叫ぶ。

 

「ナオミ、凍結バレットを!」

 

「え?」

 

「私が隙をつくる! ドラゴンの心臓に打ち込め!」

 

叫ぶやいなや、ドラゴンの光弾が降りかかり、二人は回避行動に移る。だが、ナオミはセラの言葉に怖気づく。

 

「む、無理だよっ私、まだ……」

 

「甘えるなっ」

 

臆するナオミにセラの一喝が響く。

 

「あんたはメイルライダーになったんだっ、なら弱音を吐くなっ! 逃げてばかりいても、なにも変わらない! 今、ドラゴンを倒せるのはナオミ、あんただけなのよっ」

 

回避しながら、セラは必死にライフルでドラゴンの注意を逸らそうと撃つも、それを意にも返さず迫る。その光景にナオミは息を呑み、眼を見開く。

 

やがて、硬った面持ちながら操縦桿を強く握り締め、自身を奮い立たせるように先程ココとミランダにかけた言葉を自分へと叫ぶ。

 

「分かった――! やってみるよっ」

 

ナオミの決意にセラも小さく笑い、すぐさま表情を引き締め、ガレオン級に対峙する。

 

ライフルを構え、迫るドラゴンに向かってトリガーを引き、魔法陣を集中砲火する。掻き消すには火力が足りないが、注意を引き付けるには充分だ。

 

セラに突進してくるドラゴンをかわし、舞い上がると同時に光弾を展開し、それを放つ。無数の光弾が意思を持っているように襲い掛かるが、セラはフライトモードに変形し、その間隙を縫う。追尾してくる光弾を背に真っ直ぐにドラゴンに向かい、咆哮を上げる

 

ドラゴンの頭部目掛けてライフルの残弾をすべて叩き込む。

 

魔法陣に遮られるも、それは密度を増していたため、魔法陣が打ち消された。その隙を逃さず。駆逐形態になり、ソードを投擲した。鋭く飛ぶソードがガレオン級の右眼に突き刺さり、激痛に悶えるドラゴンの集中力が途切れる。

 

「はぁぁぁぁっっ」

 

左腕に装着された凍結バレットのアンカーをガレオン級に打ち込む。空いた胴体に突き刺さったバレットが弾け、身体を氷漬けにするも、致命傷ではない。刹那、セラは機体を急上昇させる。次の瞬間、追尾していた光弾がガレオン級に着弾し、ドラゴンは体勢を崩す。

 

「ナオミ!」

 

今しかないと、セラが叫ぶ。

 

「うわぁぁぁぁっっっ」

 

弾かれるようにナオミのグレイブがフルスロットルで加速し、左手に凍結バレットを装填し、一気に懐に飛び込む。

 

左の心臓目掛けて振りかぶった左手を叩きつける。刹那、打ち込まれたバレットが体内から侵食し、氷の結晶が弾ける。ナオミは素早く離脱し、結晶化が始まり、心臓が急激に凍結されたドラゴンは断末魔の悲鳴を上げ、やがて力尽きて落下する。

 

海へ墜落すると同時に海面は瞬時に氷原と化し、その光景を見ていたナオミは激しい動悸に襲われていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……や、やったよっ」

 

それは生まれて初めて感じるものだった――泣いているのか、笑っているのかどうかも分からないグシャグシャの顔だが、ハッキリと感じているのは、『高揚』だった。

 

次に感じたのは実感のないものだったが、安堵のためか、手元が震えている。

 

「セラ! 私、やったよ――!」

 

セラに振り向くが、セラは応えない。気づけば、セラの姿はなかった。ナオミがどこにいるのかと視線を動かすと、セラの機体が真っ直ぐにゾーラ達の方へと向かっていく光景だった。

 

ガレオン級が墜ちたのを確認するとともにセラはアンジュの姿を探した。そして、未だスクーナー級に追われているのを見つけ、急ぎ後を追うも、錯乱しているためかアンジュの動きは滅茶苦茶だった。

 

そして、セラの予想が最悪のものとなることを見せつけるように、アンジュはゾーラ達のいる空域へと突入した。

 

 

 

 

数分前――周囲に展開していたスクーナー級をほぼ殲滅した第一中隊は攻撃をガレオン級に集中させていた。

 

「隊長、ガレオン級が――!」

 

「あいつら、マジでやりやがった――!」

 

「信じられない……」

 

セラ達の方へと迫ったガレオン級が墜ち、氷漬けとなるのを確認し、サリア達は驚愕する。ルーキー二人でガレオン級を仕留めるなど、前代未聞だ。その操縦技術にロザリーやクリスは驚きを隠せない。

 

「ちっ、マジで『天才』ってやつかよっ」

 

「おおっ、セラとナオミ、すごーい!」

 

ヒルダだけは面白くなさそうに舌打ちし、ヴィヴィアンは興奮を隠せないのか、テンションが上がる。

 

「フッ、ルーキーばかりに活躍されたんじゃ立つ瀬ないね! オマエら、こっちも仕留めるよ!」

 

『イエス・マム!』

 

ゾーラの号令に応じ、攻撃をガレオン級へと集中させる。集中砲火にさしものガレオン級も怯み、頃合かとゾーラがニヤリと笑う。

 

「総員、凍結バレット装填! 突撃する!」

 

アーキバスが左手に凍結バレットを装填し、それに続くように他の面々も装填する。そして、一斉に突撃を仕掛ける。だが、ガレオン級も反撃に転じ、全身に纏う光弾を一斉に放出する。

 

縦横無尽に飛び交う光弾のなか、ヴィヴィアンのレイザーが軽快な動きで潜り抜け、一番槍を打ち込む。身体が凍結するも、怯まずに吼えるドラゴンに対し、ヒルダやサリアが次々とアンカーを打ち込んでいく。

 

連続して打ち込まれるアンカーに全身の体温が一気に下がり、ガレオン級は動きを鈍らせる。

 

「よしっ、トドメ――」

 

『いやぁぁぁぁぁっっ』

 

仕留めにかかろうとするゾーラだったが、突然聞こえた悲鳴に注意が逸れた瞬間、スクーナー級に追い立てられていたアンジュのグレイブがゾーラの機体にしがみついた。

 

『た、助けてください!』

 

錯乱するアンジュが必死に叫ぶも、掴まれてしまい、動きが抑えられたゾーラも戸惑う。

 

「アンジュ!? 何をする、離れろ!」

 

『いやぁぁぁ、助けてっ』

 

アンジュは泣き叫ぶだけで二機は縺れながら動きを止めてしまい、ガレオン級の前でそれは致命的になった。トドメを刺すために接近しすぎていたのがアダとなったのか、ガレオン級は二機に向かって翼を振りかぶる。

 

「隊長!」

 

「ゾーラ―――!」

 

ゾーラが気づくも、既に遅く、サリアやヒルダの悲鳴が響くなか、強く振り下ろされた一撃は二機を捉え、衝撃で海へと落とされていく。

 

「お姉さま!」

 

「隊長!」

 

その光景に第一中隊の面々が叫ぶも、もはやどうにもならない。だが、ヴィヴィアンはその時、落下する二機に向かっていく機影を捉えた。

 

「おっ、アレは―――!」

 

ヴィヴィアンの反応に全員が気づく。

 

「セラ!?」

 

ナオミが驚くなか、セラはグレイブのスラスターを全力で噴かし、二機を追っていた。操縦桿を目一杯引き、機器が焼き切れる寸前まで加速したグレイブは落下する二機に急接近する。

 

もつれ合ったまま落ちるなか、アンジュのグレイブが腕を突き出している。

 

「こんな時だけ、頼るなっ!」

 

思わず毒づきながら、グレイブの手を伸ばし、アンジュの機体の手を掴む。刹那、操縦桿を全力で押した。

 

「あがれぇぇぇぇぇっっ!」

 

バーニアが逆噴射され、急ブレーキをかけるも、スピードは落ちず、圧しかかる重力に機体が悲鳴を上げる。

 

いくら強化されているとはいえ、パラメイル一機で落下スピードの加わった二機もの重量を支えきれず、制動するどころか引っ張られていく。

 

掴むセラのグレイブの関節が軋み、音を上げる。なにより、片腕での操作ではこれ以上無理だった。

 

「ぐっくぅぅぅぅ、このぉぉぉぉぉ」

 

セラは右足を振り上げ、操縦桿を足で押した。

 

強引に押し込まれ、右のバーニアが力を増すも、安定せずに軌道が乱雑に振れ、やがて海面が目前に迫る。だが、その噴射に限界が来たのか、片方のバーニアが爆発し、軌道が大きく逸れた。

 

衝撃で大きくブレ、三機はそのまま少し離れた先程できた氷原へと落ちていく。眼前に迫り、セラは歯を食いしばって身構える。

 

半ば回転しながら氷原に落ち、衝撃で手を離したセラのグレイブは吹き飛び、氷原を抉りながら不時着する。

 

衝撃が機体を大きく揺さぶり、身体がシェイクされる。やがて、動きを止めると、セラは痛みに呻きながら背をシートに預ける。

 

「ぐっ、うぁ…はぁ、はぁ、はぁ………っ」

 

呼吸が荒れ、意識が朦朧とするなか、激しい痛みが右腕に走り、顔を歪める。足元には、真っ赤な血が拡がっており、誰が見ても失血死してもおかしくない量だった。

 

呻きながらも、止血しようとするセラのもとに通信が開く。

 

「セラ、セラ!」

 

「ナオミ……」

 

「大丈夫!? 無事?」

 

「無事とは言い難いけど…生きてはいる……」

 

もはや自嘲しか出てこない――唯一の救いは直前で氷原へと落ちたことか。これが海に落ちていたら、機密性のないパラメイルごと海の藻屑となっていただろう。

 

セラのグレイブの傍にナオミとサリアの機体が降下し、ゆっくりと抱え起こす。

 

「無茶しすぎよ――でも、おかげで最悪の事態は避けられたみたい」

 

嗜めるサリアの言葉にセラは問い掛ける。

 

「二人は無事なの?」

 

「分からない――バイタルはなんとか確認できるけど、機体も大破してるから、一度アルゼナルに戻るわ」

 

降下してきた第一中隊の面々が離れた位置で大破しているアンジュとゾーラの機体を回収し、抱えながら牽引していく。

 

「セラ、いくよ」

 

セラの機体をナオミが肩を貸して抱え、ゆっくりと上昇していく。霞む視界のなか、セラはライダースーツの切れ端で右腕を縛り、先を強く引き、腕を止血する。

 

どうにか落ち着いたが、それでも疲労は隠せなかった。

 

「――サリア、ガレオン級は?」

 

「逃げられたわ――深手を負ってるから、そう遠くにはいかないと思うけど、今は戻りましょう」

 

アンジュとゾーラを弾き飛ばした後、ガレオン級は受けた凍結バレットによるダメージを抱えたまま離脱してしまったようだが、この状態ではどの道追撃は不可能だ。

 

一度アルゼナルに帰還し、機体の整備と補給を受け、ジルの指示を仰がねばならない。

 

(アンジュ――)

 

前方でエルシャとヴィヴィアンに運ばれるアンジュの機体を見つめながら、セラは怒りなのか、憐れみなのか、呆れなのか、形容しがたい感情のまま、身体をシートに預けた。

 

 

 

 

 

 

アルゼナルに帰還して半日――収容されたアンジュとゾーラ、そして意識はあるものの重傷だったセラは医務室へとすぐさま運ばれた。

 

どうにか回復したセラだったが、右腕は包帯で巻かれ、頭にも包帯があった。だが、表情は険しいまま、他の面々も沈痛な面持ちで佇んでいる。

 

ベッドには、ゾーラが全身包帯だらけで酸素マスクを取り付けられて寝かされている。微かに曇る呼吸器と心電図の音だけが、かろうじて生きていることを伝える痛々しいものだった。

 

それを悔しげに見やり、その横に向ける視線は怒りや憎しみに満ちたものだった。

 

ゾーラの横のベッドには、こちらも包帯で全身を巻かれたアンジュが寝かされており、意識はあったため、逃げられないよう手足には拘束具が付けられていた。

 

当のアンジュは先程から呆然とした面持ちで天井を見上げており、ヒルダ達は今にも掴みかかりそうな状況だった。一触即発のなか、エマと報告のために出向いていたサリアを伴い、ジルが入室してきた。

 

全員が敬礼するなか、マギーの傍まで寄り、彼女に問い掛ける。

 

「マギー、状況は?」

 

「そうねぇ…ゾーラ隊長は全身打撲に、墜落時に頭を強く打ったみたいでね、意識が戻らない。いつ戻るかどうかは神のみぞってとこかい」

 

その言葉に絶望するロザリーとクリス、サリアやヒルダ達もショックを隠せずにいた。

 

「そっちの皇女殿下はそれ程大したことないね。ま、半日もすれば動けるようになるさ」

 

今度は逆に睨みつけるも、待ったをかけるようにマギーが言葉を続けた。

 

「ま、でも――そこのお嬢ちゃんが頑張ってくれたおかげでその程度で済んだんだ。あのまま墜ちてたら、二人とも仲良くあの世逝きだったよ」

 

複雑な面持ちで一同はセラを見やる。あの時、誰よりも早く対応できたのは彼女だけだったとはいえ、セラがあそこで二人を助けに入らねば、最悪の事態になっていただろう。

 

「で、お嬢ちゃんも軽いとはいえないね。出血多量に打撲、かなりの重傷ね。しかし無茶するね…右腕の裂傷は下手したら、誰かさんみたいに右腕を落とさなきゃいけないところだったわよ」

 

小さく笑いながら脅かすマギーに対し、セラは憮然としたままだ。

 

その報告を聞きながら、ジルは呆然としているアンジュに冷淡に告げる。

 

「パラメイル二機大破。メイルライダー一名、意識不明の重傷。一名負傷…ドラゴンも撃ち漏らした。これがお前の敵前逃亡がもたらした戦果だ。どんな気分だ、皇女殿下?」

 

皮肉るジルに対し、アンジュは顔を逸らし、その態度が限界にきたのか、ロザリーが怒鳴る。

 

「何とか言えよ、おい!」

 

「手を出すなよ、これでも一応、負傷者なんだからさ」

 

激昂するロザリーをマギーが宥める。

 

「私は…私は、国へ…ミスルギ皇国へ帰ろうとしただけです。何も悪いことはしてません」

 

か細い声だっだが、出た内容はあまりに理不尽なものだった。

 

「何言ってやがる! お前がお姉様をこんな風にしたんだぞ!!」

 

「お姉様を、私達の隊長を返して! この人でなし!」

 

ロザリーとクリスの言葉にも、アンジュは顔を逸らしたまま、唇を噛む。

 

「ノーマは……っ、ノーマがどうなろうと――私には関係ありません」

 

アンジュの暴言に周囲は絶句し、後ろで聞いていたココもショックを受けている。

 

「このっ!」

 

我慢の限界がきたのか、激昂したヒルダがアンジュの傷に踵落としを振り下ろす。

 

「あ、がっ……」

 

傷から走る痛みに苦痛を上げるアンジュだが、拘束されているため、動けない。それでもヒルダの怒りは収まらないのか、さらに二発目を放とうとし、アンジュが恐怖に引き攣る。

 

「ひっ、や、やめ……」

 

アンジュのことなど、知ったことかとばかりに振り下ろそうとするヒルダの足が、直前で差し出された腕に受け止められる。

 

「――てめぇ、何のつもりだっ」

 

邪魔をした相手――セラに喰ってかかるが、セラは応えない。

 

「てめえの傷だってこのイタ姫のせいだろうっ、それともなにか――自分と同じ顔が痛めつけられるのはやっぱり嫌なのかい?」

 

嘲笑するヒルダにセラは無表情のまま、静かにアンジュを見下ろす。

 

「少なくとも、彼女を痛めつけてもゾーラ隊長が眼を覚ますわけじゃない。なにより、そんな価値すらないでしょ――自分の責任から逃げてばかりいるような意気地なしに」

 

向けられる視線は冷たく、まるで『モノ』を見ているような視線だった。その視線にアンジュは怯え、痛みも伴い、意識を手放した。

 

ヒルダは舌打ちして足を引っ込め、ジルが全員に向き直る。

 

「ゾーラが動けん以上、サリア、お前が今から第一中隊の隊長だ。副隊長はヒルダでいく」

 

突然の指名に虚を衝かれるも、すぐに背筋をただす。

 

「ココ、お前の命令違反の処分はこの戦いが終わってから通達する」

 

「は、はい……」

 

ココは沈痛な面持ちのまま、静かに頷いた。

 

「ドラゴンが見つかり次第再出撃、総員かかれ!」

 

『イエス・マム!』

 

敬礼とともに医務室から一行が退室して行く。セラは今一度、アンジュを一瞥し、部屋を後にした。

 

通路を歩くなか、サリアは後方を歩くココに告げる。

 

「ココ、あなたは命令違反で次の出撃には外れてもらうわ」

 

「はい……」

 

俯いたまま応えるココにロザリーやクリスが悪態を衝く。

 

「あんな女に付いていこうとしやがって」

 

「最低」

 

その言葉にますます沈痛な面持ちになるも、ココには反論する余地はなかった。ミランダが思わず口を挟もうとするが、その肩をナオミが掴み、首を振る。その態度にミランダは歯痒いような気持ちで手を強く握る。

 

「サリア~この前のクイズの答…みんな生き残ったねえ~」

 

横を歩くヴィヴィアンが楽しげに告げるも、その態度が今は癪に障る。

 

「……ちょっと黙っててくれる?」

 

「ちぇ、はーい」

 

事の重大さを理解していないのか、呑気に返すヴィヴィアンにサリアは苛立つも、それよりもこれからのことだった。果たして自分に『隊長』などという役割が務まるのか――不安が拡がるなか、ヒルダが大仰に話し掛ける。

 

「へっ、で…どうするんですか、隊長?」

 

これからの方針を訊くにしても、その口調が苛立ちを煽るも、それを抑え込んで告げる。

 

「ドラゴンが発見されるまでは各自待機――いつでも出られるよう、ライダースーツには着替えておいて」

 

それだけ指示すると、無言のまま歩みを速めるサリアに続くなか、ナオミは不意にセラの姿が見えないことに気づき、動きを止める。

 

「セラ……?」

 

さっきまで隣にいたはずなのに、姿が見えないことにナオミは不安を憶えた。

 

 




フラグの回収も終えました。
しかし、主人公ボロボロ--セラはだいたいこんな感じです。

次回あたりでようやく出せるか。




次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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