クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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死神の輪舞曲

食堂を後にしたセラはどこか不機嫌気味に歩き、その後をナオミが追い縋る。

 

「セラってば」

 

呼び掛けにも応えないセラの横につき、覗き込む。

 

「どうかしたの?」

 

「――別に」

 

素っ気なく応えるも、ナオミは食い下がるように話し掛ける。

 

「さっき、エルシャに言われたこと?」

 

図星を指されたのか、セラの表情が硬くなる。事実、エルシャに言われたことはセラの内に引っ掛かっていた。だが、肝心のセラ自身にもよく分かっていないため、苛立ちを隠せない。

 

ナオミもそれ以上は訊こうとせず、暫し無言が続いていたが、やがて口を開く。

 

「セラ、これからどうするの?」

 

今日の訓練は終了のため、自由時間となる。明らかに話題を逸らしてきたが、その気遣いが今はありがたく、小さく肩を竦める。

 

「後で工廠の方にいく。グレイブの改修が終わったらしいから、調整も兼ねてね」

 

先日、ジャスミン・モールで手に入れた強化パーツのグレイブへの取り付け作業が終わったと、メイから連絡が来ていた。最終調整をしたいから、一度工廠の方に顔を出してくれとのことだったので、今から向かおうと思っていた。

 

「へぇ、そうなんだ――もう強化に入ってるんだね」

 

驚きとどこか羨ましげに感嘆するナオミに、首を傾げる。

 

「ナオミも前回ドラゴンを落としたんでしょ?」

 

後から聞いた話だが、ナオミもあの時の初陣でドラゴンを2匹落としたらしい。なら、少ないながらも報酬が出たはずだ。その疑問に対し、ナオミは一瞬表情を固まらせ、引き攣った笑みを浮かべる。

 

その挙動不審さに首を傾げていると、ナオミが落ち込んだ表情で話し始める。

 

「実は――前回壊しちゃったパラメイルの修理代に取られちゃって……それでも足りなくて」

 

前回の戦闘でナオミの機体は大破してしまい、その修理費用にかなりの額が必要となってしまった。そのため、前回落としたドラゴンの報酬もなくなり、それでもまだ足りないぐらいだった。

 

「ううう…せっかくメイルライダーになったのに、いきなり借金だよ~~」

 

肩を落とすナオミにセラもどう声を掛けていいか戸惑い、頭を掻く。

 

パラメイルの戦闘における破損及び消耗はすべてライダー自身が賄わなければならない。武器弾薬、エネルギー、そして被弾箇所の修理に至るまで、すべてライダーの負担となる。

 

命を賭けて戦うライダーにすれば、たまったものではないが、それがここのルールだ。ゆえに、キャッシュを稼ぎやすい前衛は撃墜の可能性が高く、また損耗率も高い。逆に後方支援は比較的それらのリスクが軽減されるも、大物を狙えないため、稼ぎが少ない。

 

パイロットの技量がそのまま問われるため、なかなかに難題だ。

 

「実際どれぐらいなの?」

 

「え、と…――ぐらい」

 

小さい声で恥ずかしげに耳元で囁き、金額を聞いたセラは頭の中で比較し、答えを導き出す。

 

「それぐらいだったら、大物を一匹でも落とせば大丈夫じゃない」

 

「む、無理無理! まだあんなの相手にできる勇気ないよ~~」

 

前回だって無我夢中だったのだ。実戦を経験したといっても、まだまだ経験の浅い新兵と一緒なのだ。小型種ならまだしも、大型種は未だ映像でしか見ていないが、あんなのを相手に対峙できる気概はまだまだナオミには無理なことだった。

 

「う~できるだけ少しずつ返していくよ」

 

今はそれしかない。少しずつ稼いで返済に充てていくため、気持ちを引き締めるナオミに苦笑する。

 

やがて居住区画に入ると、見知った顔が前から歩いてきた。

 

「あ、ココにミランダ」

 

「セラにナオミ」

 

「こんにちは」

 

並んで歩いてきたココとミランダにナオミが手を振る。セラは別のクラスだったが、この三人は幼年学校のメイルライダーの養成科の同期だったらしい。

 

暫し談笑していたが、やがてナオミはココが妙に上機嫌なのに気づいた。

 

「そう言えば、ココ随分機嫌いいね? なにかあったの?」

 

「エヘヘ…///」

 

嬉しそうにはにかむココに隣のミランダが呆れたように肩を竦める。

 

「この子ったら、憧れのアンジュにプリン渡せて舞い上がってるみたいなの」

 

舞い上がっている妹を微笑ましく見つめる姉のような口調で話すと、ココが緩んだ顔のまま抗議する。

 

「もうっ、お姉さんぶらないでよ~」

 

「そうなんだ…プリン好きのココがプリンをあげるなんて、よっぽどだね」

 

ココのプリン好きは相当なもので、食事で出されるプリンを食べずに数日取っておくことも珍しくない。

 

「うん、アンジュリーゼ様、手渡したら笑いかけてくれて…もう本当に綺麗で」

 

(あのアンジュが…ねぇ)

 

ノーマへの偏見が強いあのアンジュが自分を慕っているとはいえ、ノーマからものを受け取った上に感謝するなど、想像ができない。嬉しそうに語るココに水を差すのもなんなので、口には出さないが。

 

「アンジュリーゼ様、本当に昔絵本で読んだお姫様みたいで――それに、魔法の国って本当にあるんだって嬉しくなっちゃって」

 

「魔法の国?」

 

興奮した面持ちで語るココの言葉に傍で聞いていたセラが反芻すると、ココがアンジュから聞いた内容をそのまま話してくれた。

 

『マナ』という力によって暴力も差別も格差ない…望めば得られぬものなどないという、人類が望んだ『平和』な世界――だが、内容を聞くセラは内心、冷めたものだった。

 

(『マナ』によって堕落した世界、か――滑稽ね)

 

内心に向かって吐き捨てる。

 

光があれば影がある―――人間の世界の裏で切り捨てられるノーマ……ノーマを犠牲にして成り立つ世界の歪みにセラは嫌悪した。

 

そもそも、その『マナ』自体が何なのか、分かっているのだろうか。使えないノーマには分からないが、それはどこから生まれ、そして何のためにあるのか―――『マナ』に依存し、『マナ』によって成り立ち、『マナ』に支配される社会の胡散臭さにセラは考え込む。

 

「セラ?」

 

「――何?」

 

「怖い顔してるけど、どうかした?」

 

思わず思考が沈んでしまったようだ。気を取り直し、首を振る。

 

「なんでもない」

 

「あ、そう言えばちゃんと話すの初めてね。私、ミランダ。よろしく」

 

「あ、ココです」

 

「セラ――よろしく」

 

訓練やらアンジュの件やらで、隊内にもしばしゴタゴタが続いていたので、ゆっくり話す機会もなかった。といっても、セラの容姿から話すタイミングを逃していたのが一番の理由だが。

 

「でも、セラってホントアンジュに似てるね」

 

ミランダの一言にセラは顔を顰め、ナオミが慌てて口を挟む。

 

「ミ、ミランダ、その話題、セラはダメなんだ」

 

「あ、そうなんだ」

 

ナオミのジェスチャーで地雷を踏んだとミランダは内心で頭を抱えるが、ココが前のめりになるようにセラに話し掛ける。

 

「でも、セラさんも素敵です! アンジュリーゼ様と並ぶと、皇子様って感じで!」

 

(ココ…それ、火に油だよ……)

 

悪気はないのだが、ミランダはココの言葉に頭痛を憶える。

 

「そんなの、ガラじゃないけどね」

 

「でも、セラって結構年下の子達に人気あるんだよ」

 

クール然としているが、その佇まいが年下を中心に人気があるらしい――セラにとっては勘弁してほしいのが本音だ。

 

「そ、それじゃ、私達そろそろいくね! ほら、いくよ、ココ!」

 

「わっ、ひ、引っ張らないで~~」

 

これ以上余計なことを言わせないため、ココを連れていこうとするミランダにナオミが思い出したように声を掛けた。

 

「あ、そう言えばアンジュは?」

 

「さっきレターセット買って、部屋に戻るって!」

 

背中越しに話しながら、二人はそのまま離れていった。それを見送ると、セラは小さく溜め息をついた。

 

「皇子様――ね」

 

先程のココの言葉を反芻し、肩を竦めながら自嘲する。自分はそんなご大層な存在でもない。生きるためには殺すという禁忌すら厭わない――そんな浅ましく汚れた存在だ。

 

別に後悔するつもりもない。かといって誇るつもりもないだけ―――だが、そんなセラにナオミが笑いかける。

 

「でも、私にとっては皇子様だったよ――助けてもらったし」

 

セラは否定するが、ナオミにとってはココの表現はあながち間違っていなかった。幼年の頃、うまく馴染めなかったナオミは複数のノーマからイジメられた。それを助けてくれたのがセラだった。

 

セラ本人にとっては大したことではなかったのだが、ナオミにとってはその姿がまさに憧れになった。

 

嬉しそうに笑うナオミにバツが悪そうに頭を掻くセラだったが、誤魔化すように歩き出し、その隣を楽しそうに追った。

 

 

 

 

ナオミと分かれた後、セラは一度自室へと戻った。

 

セラの入室に気づかないのか、無視しているのか、アンジュは窓枠に広げた便箋に何かを書いている。周囲には、書き損じたと思しき紙屑が落ちており、セラは溜め息をつきながら一つを拾う。

 

クシャクシャに丸められた中に記された内容が見え、広げて皺の入った内容に眼を通す。

 

「呆れた――こんなもの、本気で通ると思ってるの?」

 

「いきなり何ですかっ!?」

 

手紙には、『アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギのアルゼナルからの解放及び、皇族特権の復活、さらにはミスルギ皇室への復帰』が事細かに記されていた。

 

読んでいたセラはその内容に呆れ果て、アンジュは真っ赤になりながら反論する。

 

「こんな要望、どこも受け入れてくれないわよ」

 

「そんなことあるはずありませんっ、この嘆願書を各国の上層部に出せば、必ず通るはずです!」

 

あくまで拘るアンジュにセラは深々と溜め息をつく。いったいその根拠はどこから出てくるのか――浅知恵といえばそれまでだが。

 

一般市民のみならず、政治家達の選民思想は強烈だ。それこそ、一度『ノーマ』という烙印を押された者がアルゼナルから出られるはずもない。

 

「とにかく、私がノーマだというのは何かの間違いだと訴えます! 邪魔をしないでくださいっ」

 

悪態を衝くと再び書き始めるアンジュに肩を落とす。

 

どうせ徒労になると分かってはいるが、未だ悪足掻きをする諦めの悪さには辟易してしまう。セラは紙屑を拾い集めてゴミ箱に入れようとした瞬間、中に落ちているものに気づき、手を伸ばす。

 

拾い上げたそれは、プリンだった。脳裏に、先程のココとの会話が過ぎり、視線を向けずアンジュに問いかける。

 

「アンジュ…これ、ココからもらったものじゃないの」

 

心なしか、声が低くなるが、アンジュは気づかず投げやりに返す。

 

「ええ、そうです。あのノーマの子から貰ったものですが、受け取ってあげただけです。ノーマから貰うなんて、私のプライドが赦しません。ましてや、そんな不味そうなもの――きゃぁっ」

 

言葉は最後まで続かず、次の瞬間、アンジュは腕を引っ張られ、頬に痛みと熱が走った。そのまま床に倒れ、身を強か打ちつける。

 

「~~っ…な、なにをするのですか!?」

 

痛みに呻き、声を荒げる。今、アンジュは殴られたのだ――セラに…平手打ちなどではなく、強く握りしめた拳の一撃だっただけに、アンジュの右頬は赤くなっている。

 

セラは軽蔑するように見下ろしているが、それは余計にアンジュの怒りを煽る。

 

「私を殴るなんて――お母様にだってぶたれたことなんてないのにっ」

 

涙眼で見上げるアンジュの言葉にセラは、小さく鼻を鳴らす。

 

「そう…あんたの母親は相当甘やかして育てたみたいね――それとも、皇女様だからなにをしても赦される? あの子の――ココの気持ちを踏みにじったんだからね」

 

「ノーマがなんだというんですかっ、私はミスルギ皇国の皇女! ノーマとは住む世界が違いますっ」

 

この期に及んでまだそこに拘るのか――そこまでして戻って、いったい何になる。

 

「なら訊くわ――仮にミスルギ皇国に戻れて、どうするつもり?」

 

「な、何を……」

 

低く問うセラにアンジュは息を呑む。

 

「司令からあんたの資料を見せてもらったわ。自分の兄にノーマだってバラされたんでしょ…そして、あんたを庇って母親は死んだ。国中の人間はあんたに騙されたと手を返した……ハッキリ言うわ。戻ったところで、あんたは死ぬだけよ」

 

その言葉にアンジュの脳裏にあの日の出来事が甦る。

 

 

 

 

自分を『ノーマ』だと蔑む兄…

 

拘束される父……

 

ショックで倒れる妹………

 

憎しみを向ける学友や国民………

 

 

 

 

そして……自分を庇い、死んだ母親の最期……………―――

 

 

 

それらが一気に過ぎり、アンジュはガタガタと震えだす。

 

「『今』のあんたには、この世界のどこにも居場所はない…けど、自分の居場所は―――」

 

「……ですか」

 

セラの言葉を遮るように俯いていたアンジュが囁くように言葉を発し、口を噤む。そして、顔を上げたアンジュの瞳には涙が浮かんでいた。

 

「あなたみたいなノーマに! 私の何が分かるというのですかっ」

 

刹那、立ち上がったアンジュは突進するようにセラに掴みかかり、予想外のことにセラも勢いを止められず、もつれ合ったままベッドの上に背中を打ちつける。

 

衝撃に顔を顰めるセラに向かい、アンジュはなおも叫び続けた。

 

「兄に裏切られっ、母に死なれっ、みんなに嫌われてっ! それでも、私にはあの場所しかないんですっ! 私と同じ顔でっ私を否定し―いで………」

 

叫び続けていたアンジュの声が急に絞み、セラは眉を顰める。アンジュの視線は自分の胸元へと向いていた。気づけば、今ので制服の胸元が肌蹴け、下に入れていたペンダントが露出していた。

 

「その、ペンダントは――」

 

「っ」

 

アンジュが何かを言う前にセラは強引にアンジュを振り払った。

 

逆にベッドに倒れるアンジュを気にも留めず、セラはそのまま離れていく。一瞥することなく、セラは部屋を後にし、残されたアンジュはどこか呆然となったままだった。

 

部屋を出たセラは、離れた場所で苛立ちをぶつけるように壁に手を叩きつけた。

 

 

 

 

(なんで、あんなことを言ったんだろ……)

 

セラは内心、先程のアンジュとのやり取りを思い出し、自分の行動に対して理由がつかず、戸惑っていた。ココのプリンを捨てたことに対してアンジュに失望を憶えたのは確かだ。だが、ノーマを差別しているアンジュなら当然と最初から考えてもいた。

 

なのに、アンジュに対して手を挙げてしまい、そのまま説教じみたことまでしてしまった。何故そこまでしてしまったのか、未だ分からず、セラは内心に困惑していた。

 

「セラ、何やってんの? ちゃんと見てよ」

 

唐突に掛けられた声にハッと我に返る。

 

メイが首を傾げながら見ており、ようやく今の自分の状況を思い出す。

 

「すまない――」

 

謝りながらセラは操縦桿を動かし、グレイブの動きを確認する。連動してスラスターやバーニアノズルが動き、電装系がうまく繋がっていることを示す。

 

「電装系等問題なし――稼働範囲もいい」

 

「当然だよっ」

 

胸を張るメイに小さく頷きながら改修が完璧であることを理解し、セラも小さく肩を落とす。

 

「でも、セラの機体随分バックパックを増設したね」

 

作業を見ていたナオミがそう告げる。セラのグレイブには、通常のスラスターが取り外され、代わりに新しく大型化したスラスターが2枚、さらにバーニアがバックパックと脚部に増設されている。

 

これだけでまったく別の機体に見えてしまう。

 

「出力は多分倍近く出ると思うし、かなり細かな動きにも対応してくれると思うよ」

 

メイが太鼓判を押すが、あとは実際に動かしてみて様子を見るしかない。

 

「でもよくこんなパーツ買えたね、これって結構値が張るよ」

 

調整をしながら見上げるメイは感嘆するように声を上げる。パラメイルの改修をする上でいつでも対応できるように、ジャスミンからは定期的に仕入れた強化パーツや装備類のリストはもらっており、今回搬入されたパーツに最初は驚いたものだ。

 

「んー…カードで勝って半値にしてもらったから」

 

軽く伸びをして気だるげに返すセラにナオミが驚く。

 

「え? カードってもしかして…ジャスミン・ポーカー!?」

 

頷くセラにますます驚かされる。

 

「え、だって―誰も勝てたことないって……」

 

ナオミもジャスミンのカード勝負のルールについては知っていたが、実際にしたことはなく、またジャスミンに勝てたという話を聞いたことがなかった。

 

「まあ、その辺は賭けね――確実に勝てるっていう保障はなかったわけだし」

 

あっけらかんと言っているが、それがどんなに凄いことなのか、理解しているのだろうか――呆気に取られているナオミにセラが苦笑する。

 

「カード勝負もだけど、ドラゴンとの戦闘も同じよ。生き残れるかどうか――運命を手繰り寄せられるかどうかだと思うけどね」

 

結局はそれに集約される。どんなベテランライダーだろうと、ルーキーだろうと、戦場では『生』と『死』が等しく降りかかる。どちらを手繰り寄せられるかは、自分自身を信じるだけだろう。

 

小さく肩を竦める拍子に胸元のペンダントが揺れ、ナオミが眼を瞬いた。

 

「あれ、珍しいね。セラがペンダント外に出してるなんて」

 

そう指摘され、セラはようやくさっきのアンジュとの諍いでペンダントが露出したことを思い出した。普段なら、制服の下に入れて他人には見せないようにしていた。首からぶら下げていると、眼をつけた連中に絡まれることもあったのだが、それを忘れるぐらいさっきのアンジュとの一件が尾を引いていたのかと、自己嫌悪する。

 

なんとはなしにペンダントを持ち上げる。セラがアルゼナルにて唯一最初から持っていたもの――顔も知らない両親が持たせたのか、それは分からない。ジャスミンは大事にしろとしか言わなかったが、セラはずっと持ち続けた。

 

エメラルドグリーンに輝く宝石――アクセサリーにしては妙に仰々しいのだが、ずっと身につけている。

 

(そういえば、アンジュこれを見てなにか驚いてたような……)

 

さっきは気づかなかったが、アンジュはこのペンダントに注意がそれたようだった。

 

そこまで考えて、悩みには結局アンジュが絡むのか、と―――だが、本人はまだここから出ることを、ミスルギ皇国へ帰ることを諦めていない。

 

(なにか、無茶をやらかさなきゃいいけど……)

 

一抹の不安が過ぎるなか、それを助長するように警報が鳴り響いた。

 

【エマージェンシー! 第一種攻勢警報発令!】

 

警報に続いて発せられるのは、戦闘準備の指示――間違いない。

 

「セラ!」

 

「ドラゴンね――メイ、私達はライダースーツに着替えるっ」

 

「うん、分かった!」

 

メイはすぐさま全パラメイルの戦闘準備を進めるべく整備班を招集し、セラとナオミはライダースーツに着替えるため、ロッカーに走った。

 

ほどなくして、格納庫内は喧騒に包まれる。

 

「全電源接続! 各機、ブレードエンジン始動! 弾薬装填を急げ!」

 

メイの指示に従い、第一中隊の各パラメイルがフライトデッキへと移動し、出撃体制に移行する。

 

セラとナオミが駆けつけると、そこには既に第一中隊のメンバーが揃い、戸惑うアンジュを見かけるが、こちらをどこか畏れるように顔を逸らし、セラも敢えて見ようとはしなかった。

 

「アンジュ、あなたは後列一番左の機体に乗って」

 

サリアはそれだけ告げると、自身の機体の許へと向かい、セラとナオミも自身の機体へと向かい、乗り込んでいく。

 

それらを見ながら、アンジュは戸惑ったまま、自身に充てがわれた機体へと向かう。

 

【パラメイル第一中隊は各自準備完了次第発進、対応せよ!】

 

「了解! いくぞ!」

 

ゾーラの号令に応じ、第一中隊のメンバーが各々の機体に乗り込んでいく。セラは改修されたばかりのグレイブに乗り、プリナムチャンバーを接続する。すぐさま操縦桿を握り、機体をアップさせる。

 

発進準備を終えるなか、ゾーラからの通信が響く。

 

「生娘共、初陣だ! 二人は違うが、それでもあたしから見ればひよっこだ。いいか、訓練通りにやれば死なずに済む。お前達は最後列から援護、隊列を乱さぬよう落ち着いて状況に対処しろ!」

 

その指示にココとミランダは緊張した面持ちのまま、上擦った声で応じる。

 

「セラ、ナオミ」

 

突然呼ばれたことに顔を上げる。

 

「お前らは経験済みだ。新兵どもをまとめろ、いいな?」

 

「イ、イエス、マム!」

 

「イエス、マム」

 

セラとナオミは頷き、バイザーを下ろし、意識を集中させるなか、アンジュは一人、初めて搭乗するパラメイルの操作に戸惑っていた。

 

【全機発進準備完了! 誘導員が発進デッキより離脱次第発進どうぞ!】

 

管制からの指示に従い、ゾーラが先陣を切るように発進する。

 

「よし! ゾーラ隊出撃!」

 

フライトデッキより誘導員が離脱したと同時にラインが灯り、電磁パネルが点灯する。機体を離脱させ、出撃すると同時に他のメンバーが次々と離脱していく。

 

「ゾーラ隊、セラ機、出る!」

 

【セラ機、リフトオフ!】

 

固定具が解除され、機体が浮遊感に包まれる。離脱するとともにギアを踏み込み、機体を加速させる。誘導灯に導かれ、一気に機首を持ち上げる。同時に急上昇して闇夜の空へと舞い上がった。

 

ナオミも二度目のため、危なげなく上昇し、ココ、ミランダ、アンジュは初めての搭乗のため、不安定な操縦で浮上する。

 

『おおっ、なになに!? セラの機体ちょーカッコいいっ!』

 

後方に布陣するグレイブの中で一際目立つスラスターを装備したセラの機体に目敏くヴィヴィアンが歓声を上げる。

 

『配属早々カスタマイズなんて、デキるルーキーさんは違うねぇ』

 

続いて聞こえるヒルダの嫌味を雑音のように聞き流し、セラは機体の操作を確認しながら感覚に馴染ませる。

 

(出力は上がってる――これならっ)

 

メイの確かな仕事ぶりに感謝しつつ、機体を加速させる。

 

気流の渦が夜の冷たい空気を誘い、ライダースーツ越しに肌を刺す。雲の切れ目の中を隊列を組んで航行する第一中隊は、ゾーラを中心に戦闘空域へと向かう。

 

『モノホンのパラメイルはどうだ? 振り落とされるんじゃないよ!』

 

緊張をほぐすようなゾーラの言葉にココとミランダが応じ、セラはゾーラの気遣いに感心する。

 

(成る程――隊長は伊達じゃないってことか)

 

ヒルダ達を含め、クセのあるメンバーを纏めているのだ。なら、今はゾーラの指示通り、後方を固めるのみ。

 

【シンギュラーまで距離一万!】

 

『全機、高度1200を維持!』

 

『よーし! 各機、戦闘態勢! フォーメーションを組め!』

 

『イエス! マム!』

 

管制からのデータを確認したゾーラは各機に指示を出す。それに従い、隊列を組み替えていく。

 

『セラ、ナオミ、みんなを位置に付かせて』

 

「了解、各機――」

 

サリアからの指示に従い、セラは後方へと下がろうとした瞬間、アンジュは突如機体を反転させた。

 

【アンジュ機、離脱!】

 

外に出ていることに気づいたアンジュが逃亡を図り、すぐ近くにいたサリアは舌打ちして後を追う。

 

(アンジュ――あのバカ……っ)

 

その様子にセラは毒づく。嫌な予感というものは当たるが、よりにもよってこのタイミングで――シンギュラーがどこから開くか分からない以上、迂闊に動けば、やられてしまう。

 

「戻って! もうすぐ戦闘区域なのよ!?」

 

追いかけるサリアが呼びかけるも、アンジュは応えず、痺れを切らして叫ぶ。

 

「アンジュ!」

 

その名で呼ばれることに嫌悪し、アンジュは呼びかけを拒む。

 

「私の名前はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギです! 私は私のいるべき世界…ミスルギ皇国へと帰ります!」

 

通信越しに聞こえる内容に、セラは失望を深くせずにはいられない。

 

(こんな状況で自分勝手な――!)

 

「言ったはずよ! 命令違反は重罪だって……すぐに戻りなさい! でないと、ここであなたを―――!」

 

サリアがアンジュの横につき、銃を抜いて脅しかけるも、アンジュは意に返さない。サリアが牽制に引き金を引こうとした瞬間、予想もしない事態が起こった。

 

「アンジュリーゼ様! 私も、私も連れて行って下さい!」

 

突然ココがアンジュの後を追って離脱したのだ。この状況にミランダやナオミだけでなく、セラも驚愕する。

 

「な、何を言ってるの、ココ!?」

 

「ココ、戻って!」

 

ミランダやナオミの呼びかけも通じず、舞い上がったココはスピードを上げてアンジュの機体に並走する。

 

「っ、ナオミ――!」

 

「っ? う、うん――!」

 

一瞬、眼を瞬くもセラの意図を察し、頷くと同時にセラは機体を旋回させ、アンジュ達を追う。ナオミも遅れながら後に続いた。

 

その間にもココはアンジュの機体へと追いついていく。憧れが暴走し、状況判断を鈍らせる。こんな状況でドラゴンと会敵したら――そこまで考えた瞬間、セラの頭に先日の戦闘で感じた時と同じ痛みが走る。

 

「ぐっ」

 

頭を押さえるセラは徐々に沸き上がる不快感をオペレーターからの通信で確信した。

 

【シンギュラー、開きます!】

 

刹那、周囲に電撃のようなエネルギーがスパークし、アンジュ達の頭上の空間が歪んでいく。それを視認した瞬間、セラはギアを切り替え、操縦桿を引いて急加速した。

 

「私も魔法の国に―――きゃぁっ!」

 

アンジュの横に並び、眼を輝かせながら懇願するココにアンジュも思わず動きを止め、頭上に走る赤い稲妻に気づかない。そこへ割り込むように飛び込んだセラの機体にココの機体が横へと弾き飛ばされる。

 

強引に割り込んだため、アンジュも危うくバランスを崩しかける。

 

「あなた、何を――――っ」

 

次の瞬間―――頭上より飛来した光がセラの右側を掠める。ギリギリでかわしたものの、その熱がライダースーツを融かし、セラの右腕に紅い一閃が走る。

 

「うあぁぁぁぁぁっっ」

 

噴き出す鮮血とセラの苦悶―――飛び散る血がアンジュにも降りかかり、顔に付着する。

 

「セラ―――――――!」

 

その姿に呆然となるアンジュ、そして驚愕に眼を見開くサリアとココ。ナオミの悲痛な叫びが夜空に木霊する。

 

だが、そんな彼女らの頭上に開いた空間の歪みから巨大な影が姿を見せる。

 

【ドラゴン・コンタクト!】

 

歪んだ穴から姿を見せるドラゴンの群れ―――その光景にアンジュは恐怖に顔を引き攣らせる。

 

「…な、なに―――なんなの…これ………?」

 

雄叫びを上げるドラゴンの群れにアンジュは怯えるように見入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――死神が姿を見せる…さあ、輪舞曲を踊ろう………『生』か『死』の運命を賭けて…………………




ココの死亡フラグ折りました。

代わりにセラが負傷--ミランダとゾーラはどうなるか……もうすぐあの機体も登場です。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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