クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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スパイラル

皇居内の中庭を、一台のオープンカーが走っている。

 

運転席にて操作するエンブリヲの横の助手席にアンジュが険しい面持ちで睨むように座っている。その後ろの席でセラが片肘をついて眼を閉じて沈黙している。そのセラの空いているもう片方の腕に絡ませるように己の腕を寄り添わせるナオミ。

 

アンジュはナオミの態度に、どこか落ち着かなさ気だ。

 

「ナオミ、あなたどうしてこの男に?」

 

当人が横に居るのに、無視してアンジュは背中越しに問い掛けた。その問い掛けに、ナオミもビクッと顔を強ばらせるも、絡める腕に力を込める。

 

「私は、セラのためだよ―――司令の下でも、人間の世界でも、セラのためにはならない。だから、私は『ここ』にいるの」

 

ハッキリとした口調で告げる内容は、以前のナオミには感じなかった狂気のようなものを覚え、思わず気圧される。

 

困惑した面持ちでセラを見やるも、セラは冷めたような表情だ。

 

「あなた、ナオミに何を言ったの? それに、何処へ連れて行くつもり?」

 

詰め寄るアンジュにエンブリヲはそのやり取りを愉しんでいるのか、口を開かなかった。その態度に苛立つも、やがて運転する車は止まった。

 

不意打ちに一瞬怯み、顔を上げると、その前には聳え立つ暁ノ御柱が佇んでいる。アンジュは複雑そうにそれを見上げる。

 

幼い頃からずっと見ていたモノ―――だが、今は不思議と嫌悪に近い感情を抱く。そして、先程のアンジュの問いには答えず、むしろ眼前の光景が『答』だと言わんばかりに車を降りたエンブリヲはそのまま歩き出す。

 

慇懃な態度を崩さぬまま、アンジュは苛立つ。セラは暁ノ御柱を不審そうに見上げる。サラマンディーネ達の世界で見た『ドラグニウム』の制御タワーとそう変わらぬデザイン―――アレを踏襲しているのは、何か意味があるのかと、ここに連れてこられた時に引っ掛かった。

 

(マナを制御する――なら、ここならサラ達と連絡が取れるか……?)

 

憶測の域はまだ出ていないが、これがもし『マナ』――『ドラグニウム』の制御に関するなら、次元を超えた通信手段の手があるかもしれない。

 

「セラ? どうかしたの?」

 

逡巡して黙り込むセラに、ナオミが問い掛けると、思考を一旦中断する。

 

「なんでもない」

 

「そう、エンブリヲが待ってるから早く行こう」

 

噯にも出さない様子にナオミはそれ以上追求せず、先を促す。だが、それにアンジュが口を挟んだ。

 

「ナオミ、あなたもサリア達と同じなの? あんな男のために戦ってるの?」

 

咎めるような口調で詰め寄るアンジュだったが、ナオミはセラに向けていたいつもの顔に僅かに険を寄せる。

 

「私がエンブリヲの下で戦うのはセラのためだよ。アンジュには関係ない」

 

先程と同じ内容を、剣呑な口調で睨むナオミに、アンジュは息を呑み、動揺する。まるで、『敵』を見るかのような眼は、アルゼナルで見たことがなかった。

 

たじろぐアンジュを横に、ナオミは歩き出し、その背中を困惑した面持ちで見つめていると、セラがアンジュの肩を叩いた。

 

ハッと我に返ると、セラは気遣うように顎で促す。それに少しは落ち着いたのか、アンジュとセラは引き締めた面持ちで後に続いた。

 

柱内は、薄暗く人の気配もない。エンブリヲはそんな中を悠然と進み、セラ達は警戒しながら続く。やがて、一行は柱の最奥部へと続く扉を潜る。

 

アンジュも怪訝そうに周囲を見渡す。この国でずっと育ったが、暁ノ御柱の中へは数える程しか入ったことはなく、またこんな奥があるのも知らなかった。

 

唐突にエンブリヲが立ち止まり、微かに眉を顰めながら同じく歩みを止めると、エンブリヲは空中にウィンドウを出現させる。

 

『マナ』で作り出したパネルを叩くと、次の瞬間セラ達の足元が揺れる。身構えると、彼らが立っていた部分を中心に円形の土台が浮き上がり、そのままゆっくりと飛行する。

 

一行を乗せた土台は真っ直ぐに進み、ほどなくして前方に明るい光が差し込んでくる。

 

その中に飛び込んだ瞬間、視界に大きく縦に空間が広がる。暁ノ御柱の中をまるでくり抜いたようにそれは高く、そして深く続いていた。

 

そして、その広大な空間の中心には、さらに覆ったような容器が聳えていた。遠目から見ても分かるぐらいに、巨大な影がその容物の中に浮かんでいた。

 

「アレは…っ!?」

 

アンジュが思わず声を上げ、セラも表情を強ばらせる。

 

溶液で満たされた容物の中には、まるで標本のように閉じ込められている一体の巨大なドラゴンの姿があった。

 

(間違いない――アレは)

 

セラも確信した。それを肯定するように、エンブリヲが口を開いた。

 

「そう……これが、『アウラ』だよ」

 

一行の乗った台座はアウラが入った容物の周囲を遊覧するように降下していく。その間にも、エンブリヲはまるで語るように話を続けた。

 

「神聖にして原初のドラゴン。ドラグニウムによって滅びた地球を再生するために自らをドラゴンへと変貌させたモノ―――そして、リィザやドラゴン達が探し求めてやまないものだよ」

 

エンブリヲの話を横に、セラ達はアウラの肉体の至る場所に杭のようなものが打ち込まれているのを確認する。 

 

「アレが『ドラグニウム』だよ」

 

その疑問を察したのか、あっさりと告げる。そして、杭内に詰められている物質がアウラの中へと挿入されると、アウラの身体の表面から光り輝く物質が次々と止まることなく放出されていく。

 

それが放出される度に、アウラは微かな気泡を溶液内に発生させる。まるで、苦悶を漏らすように―――

 

「――アレが『マナ』ってやつ? 人間に喰わせる()―――」

 

皮肉るように毒づくと、エンブリヲはフッと薄く笑う。

 

「この世界におけるマナのエネルギーは、アウラがドラグニウムを喰らうことで生み出している」

 

「神聖なドラゴンであるアウラを、あなたはただの発電機にしたのね!」

 

悪びれないエンブリヲの態度にアンジュが思わず問い詰めるが、エンブリヲは些かの動揺も見せず、肩を竦める。

 

「人間達を路頭に迷わせるわけにはいかないだろう?」

 

さも当然のように告げ、逆に己の所業を誇るかのような態度にアンジュは歯噛みする。だが、セラはその物言いに僅かな引っ掛かりを覚えた。

 

「―――それ、本心?」

 

思わずそんな言葉が出た。

 

「ああ、勿論だよ」

 

だが、エンブリヲは温和な笑みを浮かべたまま頷いたが、その表情があまりに胡散臭く、セラは眉を顰める。

 

「リィザの情報のおかげでドラゴンの待ち伏せは成功し、大量のドラグニウムが手に入った。これで計画を進められ――」

 

エンブリヲの口が不意に止まる。

 

アンジュが後頭部に銃口を押し付けていた。

 

「アンジュ!」

 

ナオミが動揺し、制するように叫ぶも、アンジュは無視し、エンブリヲの背中越しに威圧する。

 

「アウラを解放しなさい、今すぐ!」

 

「おやおや…ドラゴンの味方だったのかね、君は?」

 

銃口を押し付けられているというのに、余裕の態度を崩さない様子にアンジュが逆に苛立つ。

 

「違うわ、貴方の敵よ!」

 

ノーマを排斥した存在、マナの歪んだ世界を創った存在、サラマンディーネ達の世界を滅ぼした存在――理由はあるが、この男がいる限り、それらが解放されることはない。

 

「断る――と言ったら?」

 

まるで挑発するような態度にアンジュは腹を括る。

 

「そう…」

 

相手への最期の言葉とともに、一切の躊躇なく引き金を弾いた。

 

「ぐおっ!」

 

乾いた音とともに、後頭部から額を貫通した弾丸が飛び出し、噴き出す血と共にエンブリヲは断末魔の悲鳴を上げ、ゆっくりと崩れ落ちる。

 

「エンブリヲっ!」

 

ナオミが顔を青ざめさせ、駆け寄ろうとした瞬間、アンジュは間髪入れずナオミの背後に回り、銃のグリップでナオミの首筋を殴打した。

 

「うぁ……」

 

咄嗟のことで防げず、意識を昏倒させ、ナオミはその場に倒れ伏した。

 

「――やったか」

 

瞬く間に繰り広げられた一部始終にセラは嘆息し、思わず額に手を当てて肩を落とす。相変わらず、考えるより先に身体が動くアンジュの短慮には呆れるが、セラは不審気にエンブリヲを見やる。

 

(あっけなさすぎる―――)

 

あれだけノーマとドラゴンを掻き回し、ジルに呆れるほどの復讐心を持たせた相手にしては、あまりに呆気なさすぎる。

 

だが、流れている血も紛れもなく、後頭部を撃ち抜かれた以上、即死なのは間違いない。それがセラは逆に腑に落ちず、眉を顰める。

 

「大きいわね…ねえセラ、ヴィルキスとかなら運び出せるかしら――?」

 

アンジュは自身の凶行の事などそっちのけで、アウラを見上げながら頭を捻る。それにつられてセラも視線をカプセルへと向ける。

 

エンブリヲの事は気になるが、今はアウラのことだ。確かにこの巨体をどうにかしてこの場所から連れ出す必要がある。

 

そのためには、まず機体を取り返さなくては……そこまで思考が動いた瞬間―――

 

「気が済んだかい?」

 

唐突に遮るように掛けられた声に、セラとアンジュは緊張した面持ちで振り返った。背後には、今しがた確かに射殺したエンブリヲが悠然と佇んでいた。

 

しかも、撃ち抜かれた額の傷跡などなく、まるで撃たれる前と変わらぬ姿のままだった。

 

「嘘……」

 

「っ!?」

 

アンジュが信じられないように眼を見開き、セラは視線を足元に向けると、そこに倒れていたはずのエンブリヲの遺体は消えていた。まるで、最初から存在しなかったように。

 

「っ、なら――っ」

 

驚きに呆然となっていたアンジュは、再度銃を構える。そして、今度は正面からエンブリヲに向けて発泡した。

 

「ぐおっ……」

 

今度は額から脳天を撃ち抜き、先程と同じく苦悶を漏らしながら倒れ伏す。

 

「無駄なことは止めたまえ」

 

だが、すぐさま背後から声が掛かり、アンジュがハッと振り返る。そこには、無傷のエンブリヲが悠然と佇んでいる。

 

「あ、貴方、一体……」

 

銃を構えて威嚇しながらも、アンジュは困惑と動揺を隠せなかった。間違いなく殺したはずの相手が即座に生き返ってくるのだから、当然だ。

 

それに遅れてセラも強ばった面持ちで振り返る。

 

(こいつ―――どういうこと?)

 

今しがた見た――倒れ伏したエンブリヲの身体がまるで煙のように消えたのを。それこそ流れたはずの血までも拭き取ったように掻き消えた。

 

これがもし、死体が残っていたなら、クローンといった可能性も考えられた。だが、死体そのものが消え、まったくの無傷で現れるのだから、さしものセラも混乱を隠せない。

 

(不死身? いや、そんバカな)

 

己の考えを打ち消すも、困惑を隠せない反応に気をよくしたのか、エンブリヲは小さく笑う。

 

「アレクトラから聞いているのだろう?」

 

その言葉に、以前のジルとの会話で出た単語を思い出す。

 

「神…様?」

 

その言葉にエンブリヲは些か、不満気になる。

 

「チープで低俗な表現で好きじゃないな―――『調律者』だよ、私は」

 

「調律者?」

 

反芻するアンジュに、鼻を鳴らす。

 

「そうだよ。世界の音を整える、ね」

 

徐に指を鳴らすと、瞬時に光景が切り替わる。

 

アウラの巨大なカプセルも、傍で倒れていたナオミの姿も消え、セラとアンジュの身体は、庭園のような場所へと移動していた。

 

「なによ、ここっ?」

 

死なない男に、今度は周囲の風景まで切り替わったことにアンジュは混乱が大きくなる。

 

(ホログラフ? いや、違う――テレポート?)

 

アンジュほどではないにしても、セラも混乱する思考をなんとか冷静に保つために苦心していた。立体映像かと思ったが、周囲から感じる感覚が明らかに先程の場所とは違う。

 

客観的に見れば、間違いなくこの場所へと転移したことに他ならない。セラの冷静な思考がそれを現実だと伝えていた。

 

そしてようやく確信した―――この男は、確かに『ノーマ』や『人間』といった括りの外にいる存在だということを。

 

「君は――君達は、私を殺してどうするつもりだね?」

 

ふたりの様子を観察しながら、エンブリヲは背中越しに訊ねる。無防備な背を晒しているというのに、それが無意味だと分かっているが、アンジュはそれでも睨みつける。

 

「世界を壊すわ! この腐った世界を壊して、ノーマを解放するわ!」

 

内心の動揺を押し殺しながら、臆することなく叫ぶアンジュに、エンブリヲは首を傾げる。

 

「どうしてだね?」

 

「どうして!?」

 

思わぬ返しに、アンジュは歯噛みする。だが、アンジュの反論を封じるようにエンブリヲは言葉を重ねる。

 

「ノーマは、本当に解放されたがっているのかね?」

 

見透かしたように告げるエンブリヲの言葉に、アンジュの内で不安が脈打つ。

 

「確かに、マナが使えない彼女達の居場所は、この世界にはない―――だが代わりに、ドラゴンと戦う役割が与えられている。居場所や役割を与えられれば、それだけで人は満足し、安心できるものだ。自分で考えて、自分で生きる。それは人間にとって、大変な苦痛だからね―――」

 

「な、何を言って……」

 

エンブリヲが語りかけるごとに、アンジュは自身の感覚がひどく曖昧になっていくのを感じた。動機が乱れ、鼓動は大きく脈打つ。

 

そして、内に不安が大きく膨れ上がりそうになる。

 

(な、何なの――……)

 

自身のことなのに、分からない変調を必死に堪えながら、アンジュは銃を構える。

 

「君の破壊衝動は、不安から来ているのかね?」

 

「っ!?」

 

唐突に突きつけられ言葉に、己を見透かされたようで、アンジュは眼を剥く。

 

「奪われ、騙され、裏切られ続けてきた――何処に行くのかも分からない―――」

 

聞くな――と、必死に締め出そうとするも、エンブリヲの言葉は止まることなく侵食してくる。

 

「だから恐れて牙を剥く――実に傷ましい。私が解放してあげよう、その不安から―――」

 

エンブリヲの言葉がアンジュの中に浸透し、熱を帯びて瞳からハイライトが消え、手が触れようとした瞬間―――

 

 

 

「ぐわぁぁぁっっ」

 

 

 

甲高い悲鳴が周囲に響き渡った。

 

同じタイミングで飛び散る赤い飛沫が宙を舞う。

 

「ああああ――……っ」

 

激しく狼狽しながら後ずさるエンブリヲは己の右腕を確かめるように見やるも、右手首の先はキレイに切り落とされ、完全に喪失していた。

 

その切り口からとめどなく流れ出す己の鮮血に慄く。

 

そして、エンブリヲによる影響が消えたのか、アンジュは侵されていた意識を手放し、身体がフラつく。倒れそうになる身体をセラが受け止める。

 

「姉さんを誑かさないでくれる? 後が面倒だから」

 

侮蔑するセラの手には、エンブリヲの右手首を斬り落とした雛菊が握られていた。セラは足元に無残に落ちた手首と流れる血に慄くエンブリヲを交互に見やり、己の考察を確信する。

 

「フーン――死にはしないけど、痛みはしっかり感じるみたいね」

 

その言葉にエンブリヲは先程までの余裕を見せていた顔ではなく、明らかに顔色を悪くしていた。不死身の理由はまだ分からないが、殺さなければ痛みを与えることはできる。

 

それは間違いなく、相手が『理解の及ばない存在』などではなく、『生きている人間』だと示していた。

 

「あんたの手品、死なないと効果がないみたいね。腕を落とされた気分はどうかしら、調律者さん?」

 

超然とした先程までの言葉を皮肉るように嘲笑すると、エンブリヲは脂汗を浮かべ、苦々しげになる。だが、同時に不可解といった感情もあった。

 

「ぐっ、成程――君はやはり『特別』ということか」

 

その言葉の意味は分からなかったが、エンブリヲは左手を翳し、警戒するセラの前でマナの光が満ち、エンブリヲの前に意識を失って手放し、地面に転がるアンジュの銃がコピーされて現れる―――銃口をエンブリヲに向けて。

 

その意図を察した瞬間、銃声が轟き、弾丸がエンブリヲの眉間を貫く。銃が制御を失い、地面に落ちるとともにエンブリヲの身体も仰向けに倒れる。

 

「やれやれ―――君は過激だな」

 

舌打ちするセラの前で倒れるエンブリヲの姿が掻き消え、背後から聞こえた声に振り返る。柱の陰から無傷のエンブリヲが姿を見せ、苦笑を浮かべながら肩を竦める。

 

「取り繕っても、今の狼狽えようは誤魔化せないわよ、ペテン師が」

 

アンジュに対して何を仕掛けたのかは分からないが、ロクでもないことは察せられた。雛菊の鋒を向けて対峙するセラに、エンブリヲはやや表情を強ばらせる。

 

「君は何故そうまでして戦う――セラ、君は聡明だ。ドラゴンの抵抗も、ましてや『リベルタス』に殉じることもない。何故私を拒絶する?」

 

不可解といった面持ちで問うエンブリヲに、セラは無言を返す。確かに、セラは主義主張で戦う性質ではない。

 

「簡単よ―――あんたが気に入らないから」

 

結局それではないか―――少なくとも、セラが生きようとする道を阻む相手だ。だが、エンブリヲは戸惑いを浮かべる。

 

「それは残念だ。では、どうすれば気に入ってもらえるのかな? 君が望むのなら、何でも与えよう――君も本来なら享受できるはずだった皇女としての暮らしでもね。セラフィーナ・斑鳩・ミスルギ」

 

それはエンブリヲからすれば、当然の施しだったかもしれないが、セラの不快感をさらに煽るものだった。

 

「餌をぶら下げれば、尻尾を振るような女だと思うの? 生憎、そんな窮屈な生活願い下げよ」

 

他人の物差しで測れるものではない。なにより、セラの矜持が赦さない。だが、エンブリヲには理解ができないのか、戸惑うばかりだ。

 

「そうか、君は知らないのか? 成程、だからそれ程頑なになる」

 

その言葉に眉を顰める。それに意を得たりとエンブリヲは口を開いた。

 

「君を――君の両親にアルゼナルへと君を捨てるように唆したのは、他でもない…『アウラ』だよ」

 

「っ」

 

その事実に一瞬息を呑む。だが、すぐに呑み込んで自制する。ただのハッタリかと逡巡するが、それを察したようにエンブリヲは話を続けた。

 

「事実だよ。君とアンジュの両親――ジュライ皇帝とソフィア皇后はアウラの存在を知っていた。二人は君達を共に手元に置くつもりだったが、アウラが君をアルゼナルへ送るように二人に唆し、二人はそれに従った―――随分酷いものじゃないか」

 

嘲笑し、愉悦を漏らす。

 

「両親にとって、実の娘よりアウラの言葉が大事だということだ。そんな、君を地獄へと送り込んだ存在を助けるのかい?」

 

アドバンテージを握り返したと思ったのか、エンブリヲは先程までの余裕を取り戻していた。だが、セラはさして動揺はなかった。

 

混乱がなかったと言えば嘘になるが―――今更だ。

 

「―――だから? むしろ感謝してるわよ……『セラ』()として生きる道を与えてくれたんだからね」

 

マナのようなクソみたいな世界に染まらずに済んだのだから。だが、エンブリヲは意外そうに首を捻る。

 

「アルゼナルのような地獄がいいと? 終わりなき闘争と血みどろの世界など、君には似合わないよ。私が君に与えるのはそんなものとは無縁のものだよ。マナの人間達よりもより天国のような楽園をね」

 

エンブリヲは口説くような仕草で恭しく誘うも、セラは呆れたように肩を竦め―――

 

 

 

「プッククク――アハハハハハハっっ」

 

 

 

盛大に哂ってやった。

 

「最高の冗談ね――楽園? 天国? はっ、私には一番縁のない場所だわ」

 

反吐が出る。そんなものなど、とうの昔に捨てた。赦されるはずのない業を抱える存在――その罰は、必ず最期に受ける。それは『セラ』の覚悟だ。

 

「痛み? 苦しみ? 結構じゃない―――それが『生きて』るってことでしょ! 少なくとも、私はそう生きる!」

 

『生きる』ということは奇麗事だけではない。それに眼を背けたら、セラは己を赦せなくなる。セラが己の覚悟を叫び、雛菊をエンブリヲに向けて投擲した。鋭く飛ぶ小太刀がエンブリヲの心臓を貫き、短い苦悶を上げてエンブリヲは倒れる。

 

「何度やっても同じだよ――私を殺すことなどできないよ」

 

だが、新たなエンブリヲが背後に現れ、聞き分けのない幼子をあやす様に告げるも、セラは鼻を鳴らす。 

 

「でも、生きてるんでしょ? 痛みがあるんだから……神様だろうが、化け物だろうが、生きているなら――――」

 

 

 

 

 

――――殺してやるわ

 

 

 

 

 

それは、セラのエンブリヲに向けた宣告だった。己の生き方と相容れない敵に対しての―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃―――海中を航行するアウローラ内では、ジルの怒号が響いていた。 

 

「よく救助要請など出せたものだな!」

 

アウローラの独房に収監されたタスクの胸ぐらを掴み上げ、強引に引っ張り寄せる。それに対して、タスクは悔しげに歯噛みする。

 

反論しないのは、それが事実だからだ。

 

「タスク殿!」

 

隣の独房には、両腕に手枷を填められて拘束されているリーファが案じるように叫ぶ。その中には、ヴィヴィアンとミスティ、そしてココとミランダの姿もあった。

 

アウローラを飛び出した直後にサリア達に強襲を受け、撃墜された彼らは、海へと叩き落とされた。なんとか着水したものの、機体は損壊、もはや飛ぶどころか、海の藻屑になるかという窮地だった。

 

一行は、なんとか近場の岩場に退避したものの、セラとアンジュは機体ごと連れ去られてしまい、手の打ちようがなく、仕方なく離脱してまだ近海にいると思しきアウローラに向けて救難信号を出すしか手はなかった。

 

そして救助されたのが、陽も落ちた先程――正直、救助に来てくれるかどうかは半々だったが、背に代えられなかった。

 

タスクの飛行艇をはじめ、黄龍號やレイザー、そしてグレイブは酷い状態だった。そして、一行はそのまま保安部に連行され、独房に入れられた。

 

「お前のおかげでセラやアンジュは逃走し、我々はヴィルキスやアイオーンを失った!」

 

独房に放り込まれてほどなくして、ジルが主要メンバーを引き連れ、やって来た。そして、セラやアンジュが連れ去られた事実を聞き、怒りを爆発させた。

 

「お前がリベルタスを終わらせたんだ! ヴィルキスの騎士であるお前が!」

 

義腕で胸ぐらを締め上げながら、仇のように責め見るジルにタスクは怯むも、反論する。

 

「セラやアンジュは君の道具じゃない! ドラゴンだって、利用する道具じゃない!」

 

この期に及んでなおもジルの考えを否定するタスクに、ジルは反射的に左手を振り上げ、タスクはジルに殴られてすぐ背中の壁に吹っ飛んだ。

 

義手の方で殴られなかったのは、まだジルがかろうじて自制してくれたからか――とはいえ、それでも鈍い音が響き、独房の外で静観していたヒルダ達は思わず顔を顰め、リーファやはヴィヴィアンはタスクを案じるように唇を噛む。

 

殴られて腫れる頬を拭いながら顔を上げるタスクの眼に、ジルは小さく舌打ちする。

 

「ヴィルキス――『ラグナメイル』がなければ、エンブリヲは倒せない。そう教えてくれたのは、お前の父親だった!」

 

そう指摘され、タスクも一瞬言葉を失う。

 

「それを台無しにするとは、大した孝行息子じゃないか!」

 

「くっ!」

 

返す言葉はないのかタスクが苦く唇を噛み、眼を逸らす。ジルも忌々しげに肩を落とす。場が緊張に包まれる中、ヒルダが口を開いた。

 

「リベルタス――まだ終わっていませんよ」

 

唐突にそう告げたヒルダに、ジルやタスクだけでなく、その場にいた全員が顔を向ける。

 

「ヒルダの言う通りだ―――司令、確かにあいつらの行動は褒められないが、それでもまだ諦めるには早いはずだ」

 

それに同調し、ゾーラも口を挟む。

 

「セラやアンジュを助けに行くべきです」

 

リベルタスの要である二人は捕らえられただけ――確実に死んだわけではない。なら、二人を救出すれば、まだ可能性はある。

 

だが、その進言をジルは鼻で笑う。

 

「逃げ回るだけで手一杯の戦力でか?」

 

「それは……」

 

痛いところを衝かれ、ヒルダは口ごもった。現状、動けるのはヒルダとロザリー、ゾーラのみ。新兵達3人はまだ戦力には数えられない。

 

ヴィヴィアンやココ達の機体も損傷が大きく、すぐには動けない。現状、戦力と呼ぶにはあまりにお粗末なものだ。これでミスルギ皇国に攻めても、返り討ちが関の山だ。

 

「だったら、ドラゴンとの共闘――もう一度考えてみるべきなんじゃないですか?」

 

ゾーラが隣の独房のリーファを見やる。だが、先のジルの暴走を知るだけに、顔を顰める。その案にジルは、鼻を鳴らして一蹴する。

 

「仮に奴らを助け出したところで無駄だ。奴らはもう、私の命令には従わん」

 

まるで拗ねるような口調で吐き捨てる。

 

セラやアンジュは袂を別った。命令を聞かない相手を抱え込むことへの不快感からか――それとも、ジルの個人的な感情か―――どちらにしろ、ジルの言葉に一同の顔には差異はあれど、不審感が浮かんでいた。

 

空気が重くなるなか、ジルは煙草を取り出し、咥えこむ。

 

「進路をアルゼナルに。今後の作戦は補給後に通達する。以上だ」

 

『イエス・マム!』

 

どちらにしろ、このまま無為に航行するのは得策ではない。セラ達を捕えた今、こちらへの注意は無くなるだろう。なら、一度アルゼナルで機体の整備を兼ねて寄港するのがベターだ。

 

ジルの指示に反論はないのか、一同は応じ、ジルは不機嫌な面持ちのままその場を後にする。その去っていく背中をヒルダとゾーラの二人がやや懐疑的な眼差しを向けていた。

 

二人の思考は、数時間前の出来事を思い出していた。

 

 

 

数時間前―――ジルの手当を終え、休ませるため一度解散した。

 

そして、ヒルダがロザリーにセラ達の奪還を話し、それを含めての今後の行動を一度話し合おうとジルの部屋を訪れた時だった。

 

「ゾーラ」

 

「ヒルダ――お前も司令に用か?」

 

ジルの私室の前で鉢合わせた二人はやや驚きに眼を見張る。だが、お互いに目的が同じと察し、揃ってドアの前に立った。

 

そして、ゾーラがドアをノックした。

 

「司令、ゾーラ及びヒルダです。今後の作戦行動についてお話がしたいのですが」

 

ドアに向かって問い掛けるも、返答はなかった。手当てのため、マギーはジルに鎮静剤を投与していた。それでまだ寝ているのかと肩を落とす。

 

どうしたものかとゾーラが腕を組んで逡巡するが、ヒルダが再度ドアをノックした。

 

「司令、お話が―――」

 

ヒルダがドアに声を発した瞬間――― 

 

「う、ううっ……うぁ」

 

ドアの向こう側から、微かな呻き声のような苦悶が聞こえてきた。ヒルダとゾーラは眉を顰め、怪訝そうになる。声色からしてジルだとは思うが、少なくとも呼び掛けに反応したような様子はない。

 

二人はお互いに頷き、ドアに耳を押し当てて聞き耳を立てる。呻き声は止むことなく断続的に続いており、二人は顔を見合わせ、音を立てぬように、ドアを僅かに開け、中を覗き込む。

 

薄暗い部屋の奥――ベッドに眠るジルは、夢に魘されていた。シーツの中で身を捩り、そして表情に苦悶を浮かべるジルは、普段の気丈な面からは予想もできないほど、弱々しい。

 

思わぬ光景に茫然となる二人の耳に、ジルの呻き声に混じって、言葉が混じってきた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい………」

 

懇願するような謝罪――それは、ジルが視ている夢がそうさせているのだろうか。だが、いったいどんな夢を見ているのか、もっと内容を拾おうと耳をそば立て、神経を集中させる。

 

「ごめんなさい…エンブリヲ、様……」

 

「「!!!?」」

 

ジルの呟きに出た予想を遥かに超える名前に、ヒルダとゾーラは思わず声を上げそうになり、反射的に口を手に当て、なんとか抑え込む。

 

だが、驚愕と動揺は隠せず、混乱が二人を包む。何故、ジルの夢にエンブリヲが出てくるのか、そして、どうして縋るような謝罪を呟くのか―――

 

 

 

 

思考が反芻を終え、ヒルダとゾーラはジルに対する不安と不審感を抱き始めていた。

 

いったい、ジルとエンブリヲとの間にどのような過去があるのか。そして、こんな状態でジルにこのまま従って良いのか、疑問を抱かずにはいられない。

 

「ヒルダ」

 

ゾーラの呼び掛けにハッと思考を戻し、振り返る。

 

「あとで話がある――私の部屋に来てくれ」

 

「分かった」

 

どちらにしろ、今はまだ動けない。だが、最悪の事態を想定しておくべきかもしれない。

 

真剣な面持ちで話すゾーラにヒルダも頷く。そのやり取りを傍で見ていたロザリーが顔を赤くして勘違いしたのはご愛嬌だった。




半年ぶりの更新です。
遅れてしまい、申し訳ございません。

いろいろ生活面で大変なのと、モチベがなかなか上がらず、次回もどちらかと言えば、プロットは粗方できていますが、またかかるかもしれません。

楽しんでいただければ、幸いです。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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