クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月 作:MIDNIGHT
主人公なんですが、まだキャラが明確に定まっていない分、なかなか難しいですが、クール系のキャラでいきたいなと思ってます。
活動報告でアンケートもやっていますので、よろしければご回答ください。
第一中隊で一悶着が起こっている頃、医務室ではジルがアルゼナル唯一の軍医であるマギーに右腕を診てもらっていた。
「あらまあ、こんなにも真っ赤に腫れ上がっちゃってさ。ジュクジュクになってるわよ」
過去に右腕を喪ったジルはほぼ肩の近くまでを義腕に変えていた。その接続部は昨夜の一件で無理をしたため、かなり爛れていた。
消毒をするマギーの手が動くと、痛みが走り、涼しげだったジルの顔が歪む。
「っ!」
「あら、痛い? 痛い? 痛いわよねえ~」
苦悶するジルを見ながら恍惚とした笑みを浮かべるマギーは、血を見ると興奮するという性があるため、治療を受けにくるノーマに別の意味で恐れられていた。
先日怪我をしたナオミも引きながら治療を受けていたため、あまりお世話になりたくないと感じたのは余談だ。
「酒臭いよ、マギー!」
「あいたっ」
少しばかり腹が立ったジルはもう片方の手で頭を叩き、衝撃に呻くマギーを一瞥すると、傍らのもう一人に声を掛ける。
「ジャスミン、そっちは?」
「外側のボルトが全部イカレちまってるねえ。ミスルギ皇国製の物に変えておくから少し値が張るよ」
ジルの義手の調整をしながら、人を喰ったように笑うジャスミンに投げやりに返す。
「司令部にツケときな」
「ヒヒヒ、まいどど~も」
喰ったような笑いをしながら頷く。金銭に関しては煩いが、品物の品質とアフターフォローに関してはぬかりない――それがジャスミンの信条だった。アルゼナル司令に請求できるのも彼女ぐらいだろう。
「よしっ、これでいいよ――ほら、マギー」
「はいはい」
調整を終えた義手をマギーに渡す。受け取ったマギーはそれをジルの右腕に装着するのだった。それが終わると、ジルは右手を動かしながら感覚を確かめる。
「しっかし、もうちょっとデリケートに扱えないのかねえ…ソイツはアンタほど頑丈にはできちゃいないんだから」
それを見ながら苦言を呈するジャスミンに肩を竦め、ジルはタバコを取り出し、咥える。
「悪いね、じゃじゃ馬が暴れてさ」
一服するジルの言葉に二人はその相手を思い浮かべた。
「例の皇女殿下かい? いいのかねえ、第一中隊なんかにぶっこんじゃってさ」
マギーの言はなにか含むものがあるが、ジルはそれに対して不敵に笑う。
「ダメなら死ぬ。それだけさ」
その態度にマギーは肩を竦め、ジャスミンはやれやれと頭を掻く。
「ま、セラも一緒なんだ。うまくフォローはしてくれるさ――なんだかんだで面倒見はいい奴だからね」
そう言いながら調整に使った器具を片付けるジャスミンにジルは今一度一服すると、軽く煙を吐く。
「――ジャスミン、あのセラという奴…何があるんだ?」
霧散する煙のなか、そう問い掛ける。
「はて? 何のことだい?」
「オマエが面倒を見てたんだろ」
「ああ、そうさ…手もかからず、面倒見はいいんだが、昔から可愛げはなかったねぇ」
嘆くように肩を落とすジャスミンの中では、先日カードで負かされた時の憂鬱が残っているのか、大げさにぼやく。
とにかくなんでも冷静に――言い方を変えれば、ひねくれた物言いで話し、遠慮せずに振舞うので幼年の頃は気に入らないと敵も多かった。無論、そんな連中に負けることも屈することもなかったわけだが。むしろ、やられたらやり返す――それこそ徹底的に。それを自ら実践するような性格だった。
だが、少なくとも自分から仕掛けたことは一度もなかった。降りかかる火の粉を払う――もしくは、弱いものが苛められていたら、庇って仕掛けることが大多数だった。そのせいか、イジメられっ子や年下の子には随分慕われていた。
最近はナリを潜めたが、それでも狡猾さと無茶をやるのには磨きが掛かっているように思える。
子供の成長に複雑な心境を抱く親のような気分で眉を顰めるジャスミン。だが、ジルの本音はそこではなく、はぐらかされたことにもう一歩踏み込む。
「――何かあるんじゃないのか、あのセラというノーマにも」
どこか確信じみたジルの問いに、眼を細めるジャスミンだが、やがて片付けを終え、工具箱を持って立ち上がる。
「それじゃ、あたしは失礼するよ。店をいつまでも留守にできないからね」
話を切るように席を立つジャスミンの態度に『黙秘』――はっきり言えば『拒絶』を示されたジルは微かに眉を顰める。
退出しようとドアに手をかけた瞬間、その動きが止まる。
「ジル――オマエさんが求めるものは分かってるつもりだよ。でもね、セラにしろ例の皇女様にしろ、早まるような真似だけはするんじゃないよ」
低く告げるジャスミンがこちらを振り向く。その視線は有無を言わせぬものであり、口を噤むジルを一瞥すると、今度こそ医務室を後にした。
残されたジルは咥えていたタバコを右手で握り潰す。
(それでも私は、止まるわけにはいかない―――)
内に向かって叫ぶジルは己の葛藤を隠しきれず、右手が震えている。それに対してマギーも無言で見ないフリをするのであった。
同じ頃、セラ達はパラメイルのシミュレーター訓練に取り組んでいた。
筐体の中に入ったセラはシミュレーターにライダースーツのプリナムチャンバーを接続する。これによって感覚がダイレクトに伝わり、現実さながらのシミュレーションが可能となる。
既に何度もやっているため、手順に無駄はない。
「プリナムチャンバー接続完了、アレスティングギアクリア――準備完了」
筐体の中がクリアな視界となり、擬似空間の世界が表示される。
《セラ、ナオミ――あなた達はもう慣れてると思うけど、油断しちゃダメよ》
「イエス、マム」
シミュレーションとはいえ、疎かにするつもりもない。
(それより問題は――)
不意にセラは隣の筐体を見やる。そこにはアンジュが搭乗しており、サリアからシステムの説明を受けている。
《何なのですか、これは?》
《パラメイル――私達の棺桶よ》
説明を聞いても要領を得ていないのか、アンジュは先程から戸惑ったままだった。
筐体の通信は全機チャンネルオープンのため、その声はこちらにも聞こえていたが、サリアも説明するよりやらせた方が早いと踏んだのだろう。
《準備はいい?》
《ナオミ機、コンフォームド!》
隣のナオミが準備を終え、それに続くようにココとミランダがうわずった声で応える。二人はこれが初めてのシミュレーションだ。
緊張を隠せないのが分かる。
「セラ機、コンフォームド」
静かに応えながらグリップを握り締め、ギアをスロットルさせる。
《アンジュ、最初からできるとは思ってないから…とにかく、まずは操作に慣れて》
《何をさせるつもりですか、この私に?》
未だ置いてけぼりをくらい、戸惑っているアンジュを無視し、サリアはシステムを起動させた。
《コンフォームド。ミッション07、スタート!》
刹那――弾けるような感覚が全身を襲う。気づけばモニターはアルゼナルの上空へと変わり、激しい気流の渦が機体を襲い、振動が身体を大きく揺さぶる。
セラはその感覚に身を委ねる。仮想現実とはいえ、感じる空の浮遊感は同じだった。だが、初めての感覚にアンジュやココ、ミランダは悲鳴を上げる。
《旋回!》
サリアがそう指示すると、セラは自動操縦ではなくマニュアルで機体を操作し、機体を旋回させる。ナオミもさすがに経験しているせいか、なんとかそれに追随してくる。
だが、急に機体の向きを変えられ、それについていけずココの機体が気流に流されてしまう。アンジュは掛かるGに歯噛みしながら耐える。
《しっかりしなさいっ、実戦はこんなもんじゃないわよ!》
サリアの叱咤になんとか機体の重心を戻そうとするアンジュは何かに気づいたように感覚が研ぎ澄まされる。
《急降下訓練!》
刹那、地表に向かってセラは一気に機体を降下させる。それを見たアンジュは睨みつけ、後を追うように降下させた。
地表スレスレで機首を持ち上げ、機体を急上昇させるセラ――それを見やりながら、アンジュは改めて自分の状況を思い出す。
《アンジュ、機首を上げて! 早く!》
シミュレーターとはいえ、地表への激突はかなりの衝撃を伴う。サリアは素早く緊急停止用のボタンを準備するが、アンジュは後下していく感覚のなか、それが徐々に実感を得てくる。
顔を強ばらせたまま、操縦桿を引いた。
「やぁぁぁぁぁぁぁっ」
強引に機首を持ち上げ、機体がそれに伴って急上昇する。
(やっぱり! これは……エアリア!)
エアバイクを用いて行うスポーツ競技――かつて、皇女時代に鳳凰院のエアリア部でキャプテンを務め、チームを優勝に導いたこともある彼女にとって、パラメイルの操縦はエアリアのエアバイクの操縦の感覚に近いものだった。
やがて感覚を掴んだのか、思うままに飛ぶ彼女の様子にセラはモニター越しに感嘆の声を漏らす。
(バカとは思ってたけど――少しは芯がある、か)
こちらも見とれていられないとセラも操縦桿を操作し、機体を操作する。
「な、なんなの? この子達……」
操縦技術と表示されるスコアにサリアは唖然となる。
とても新兵の成績ではない。最終的にはやはり一日の長か、トップはセラだったが、それでもアンジュも新兵では考えられないようなスコアを出した。
それには及ばないものの、ナオミもそこそこのスコアを出したが、今回が初となるココとミランダは操作するのもままならず、機体に振り回されてしまい、結果は散々なものだった。
訓練を終えた第一中隊のメンバーはシャワールームで汗を流していた。
初めてのシミュレーターで酔ったのか、ココは先程からバケツに向かって青い顔で嘔吐し、ミランダも同様の顔色ながら背中をさすってやっている。
「ナオミ、あんた凄いわね……」
やつれた表情で問われたナオミは乾いた笑みで返す。
「あ、あはは…私も最初は似たようなもんだったし―――」
あまり言いたくはないが、ナオミも最初にシミュレーターに搭乗したときは今のココやミランダと同じような状態だった。
「いや~、大したもんだな。アンジュが初めてのシミュレーターで漏らさなかったなんて。なあ、ロザリー?」
「え!? 私の初めては、そのですね……」
シャワーを浴びるゾーラの身体を洗うクリスとロザリーだったが、話を振られたロザリーは顔を赤くしながら引き攣らせる。クリスも似たような表情で俯く。
「――気に入ったみたいね、あの子らのこと」
隣でシャワーを浴びるヒルダがどこか面白くなさそうに振ると、ゾーラは小さく笑いながら視線を渦中の人物へと向ける。
「ああ、悪くない」
先程の訓練の報告を受けたゾーラは内心満足そうだった。既に実戦を経験しているセラやナオミはともかく、新兵とは思えないスコアを出したアンジュ――鍛えれば、十分戦力になると思った。
「ねえねえ、サリア、アンジュとセラってなに? ちょー面白いんだけど!」
ヴィヴィアンも興奮を隠せないのか、身を乗り出しながら話す。サリアはどこか複雑な面持ちでシャワーを浴びる二人を見やる。
「二人とも凄いとしか言い様がないわね……」
それが素直な感想だった。副長としては頼りになりそうなメンバーが増えるのは嬉しいのだが、片や自分をノーマと認めないワガママ皇女、片や指示は聞くが、扱いにくそうなルーキー――能力以上に厄介な性格にサリアは今後の隊内の付き合いを考えると憂鬱になり、小さくため息をついた。
「でも、二人とももう少し仲良くして欲しいわね~~」
サリアの横でシャワーを浴びるエルシャがどこか困ったように笑い、その拍子に胸が揺れる。それを見たサリアは内心、羨望の感情を抱いた。
第一中隊の面々から少し離れた位置でお互いに背中合わせにシャワーを浴びるセラとアンジュ。髪の色を除けば、まるで鏡合わせのように見えるのだが、アンジュは不機嫌気味に声を発した。
「私の後ろに立たないでいただけませんか? 迷惑です」
「――そのセリフ、そっくり返す」
こちらも同じく不機嫌気味に返答し、互いに視線を合わせようともしない。そのまま張り合うように背中を向ける二人にナオミがハラハラした面持ちだったのは言うまでもない。
夜、訓練を終えたセラが自室へと戻っていた。
部屋といってもそんな上等なものではない。一つの窓を中心に左右に簡易ベッドと棚が備品として備わっているだけの殺風景なものだった。本来なら二人で使用するのだが、セラは同居人がいないままずっと独りで使用しており、気を使わなくていい分、気楽なものだ。
元々さして私物がなく、棚に代えの制服が数着入っている程度。逆にゾーラのように多額の報酬を得ているものは個室に自分好みの改装をしているが。
電気をつけずそのまま唯一の窓に歩み寄る。昨夜の嵐が嘘のように今日は雲一つない星空で月が出ており、部屋の中は十分に明るかった。
窓ガラスに映る自分を見ながら髪を留めていたゴムを取り、解く。ふわっと拡がる銀の髪が月明かりに反射して薄く紫に染まる。一度、髪が鬱陶しくなったので、短くカットしようと思ったのだが、それをうっかりナオミに話してしまい、泣きつかれてしまった。「絶対に切っちゃダメ」とまで言われてしまい、渋々伸ばしている。
改めて顔を見つめる――そこにあるのは
(なんであの子――私と同じ顔なの……)
何度目になるか分からない問い掛け――世の中には同じ顔をした相手が3人はいる…などという都市伝説にも近い噂話があるが、そんな単純なものではなかった。
もっと根本的な――それこそ、自分の奥から何かが訴えてくるような感覚だった。ただ顔が似ているというだけなら、ここまでセラも気にも留めなかった。だが、あのアンジュという少女は何かが違った。それがハッキリせず、モヤモヤとしているため、苛立ちを煽り、彼女に対してしまう。
らしくない―――と、セラは肩を竦める。どちらにしろ、これから先あのアンジュと同じ隊で付き合っていかなければならない。ソリが合おうが合わまいが、そんな感情は殺さなくてはならない。
「はぁ」
さすがに疲れたので、今日はもう休もうとベッドに向かおうとした瞬間、ドアをノックする音が響き、動きを止める。セラの部屋を訪れる相手はほとんどいない。敢えていうならナオミぐらいなのだが……首を傾げながらドアを開けると、そこにはサリアが立っていた。
「あ、よかった。部屋に戻ってたのね」
「サリア――どうした……の…」
予想外の来訪に眼を丸くするが、すぐに傍にアンジュが立っていることにセラの中で嫌な予感が警笛を鳴らす。
「あなた一人でしょ? 今日からアンジュがあなたのルームメイトになるから」
予想できたが、一番聞きたくなかった事実を言われ、セラは頭痛が激しくなるのを嫌でも憶えた。そして、当のアンジュもまた激しく拒否感を示した。
「ちょっと、待ってください! 私は嫌です、こんなノーマと一緒に過ごすだなんて…何かあったらどうするんですかっ」
あまりの暴言だが、セラはどうせこれもあの司令の指示だろうと確信した。
「司令の命令よ。拒否はできないわ――はい、これ」
アンジュの抗議を聞き流し、サリアは支給された日用品とキャッシュを放り投げる。思わず受け取ったアンジュを呆れたジト眼で見やる。
「足りないものはこれで揃えて――起床は明朝5時、いいわね?」
「あ、ま、待ちなさいっ」
それだけ告げると去っていくサリアに再度喰ってかかるも、無視して去っていった。セラは一瞬、同情の視線を向けられたことに溜め息を深々とつき、未だ怒りに震えているアンジュに声を掛ける。
「ともかく入って――廊下で過ごすってんなら止めないけど」
疲れた声で告げると、アンジュはビクっと身を強ばらせ、こちらを威嚇するように距離を取りながら恐る恐る部屋に入り、もうどうでもよくなったセラはドアを乱暴に閉める。
その音に身構えるアンジュだが、セラは一瞥もせずベッドの傍に戻る。
「あんたはそっちのベッドを使って」
投げやりに伝えると、セラはベッドに腰掛け、深く溜め息をこぼす。アンジュもセラの様子を窺いながらベッドに歩み寄り、荷物を置いて同じように腰掛ける。
「硬いわ――これ、本当にベッドなの?」
その感触に思わず顔を顰める。皇室で使用していたベッドはもっとフカフカで柔らかかった。
「皇女様には縁がなかったものでしょうけど」
元々ここは囚容施設――アンジュが皇女時代に使っていたような上等なものがあるはずがない。床で寝かされないだけマシだ。セラの嫌味にも憮然としながら腰を落とす。
「――――何故、こんなことになったのでしょう……」
ポツリと呟くアンジュ。彼女は未だ現状に対して実感を持てずにいた。ほんの数日前までは当たり前であった日常が一転してしまったのだ。受け入れることができず、沈痛に俯く。
「あんたがノーマだってバレたからでしょ」
「っ、違いますっ、私はミスルギ皇国第一皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ! ノーマだなんてあるはずがありませんっ」
セラの指摘に過剰に反応し、腰を浮かして怒鳴るアンジュにセラは冷ややかに肩を竦める。
「いい加減認めたら? マナ、使えないんでしょ? マナが使えない『人間』の『出来損ない』…それがノーマ――あんた達『人間』がつくったルールじゃない」
自分で口にして反吐が出そうだ。
「……っ、使えないわけじゃ――い、いまは何か調子が悪いだけで……」
「マナは世界中どこにでも溢れてる――そう聞いたけどね」
容赦ない指摘にアンジュは反論できず、黙り込んでしまう。
「マナを使えない以上、あんたはここで生きるしかない。それをいい加減、受け入れなさい。そうやって現実から眼を背けても、何も変わらないし、却って惨めになるだけよ」
「黙りなさいっ」
セラの言葉を聞いていたアンジュが突然立ち上がり、声を荒げる。
「私の生きる世界はこんなところじゃありません! 私は必ず、ミスルギ皇国へ帰りますっ」
絶対に――と、頑固なことは結構だが、セラには滑稽に見えた。
「そうやって否定するのは、図星を指されたから――かしら?」
「ち、違いますっ、あなたみたいなノーマにそんなことを言われる憶えはありませんっ」
必死に拒絶し、否定するアンジュにこれ以上は時間の無駄と悟ったのか、セラは小さく息を吐く。
「やめた――これ以上は不毛ね」
会話を切り、肩で息をするアンジュから視線を逸らすが、もう一度視線を向ける。同じ顔に真っ直ぐ見据えられ、アンジュは思わずたじろぐ。
「これだけは言っておくわ――ノーマを化物っていうけど、ノーマは別に卵から生まれたわけでも、ましてあんたが考えるような化物から生まれたわけでもない。『人間』から生まれたのに、『マナ』なんてものが使えないだけで、それ以外は『人間』と変わらない」
静かに語るセラにアンジュは息を呑む。
「納得できなくても、それだけはせめて理解しなさい――ここは、ノーマにとっての地獄なんだから」
それだけ言うと、セラは背を向けてベッドに横になる。眼を閉じながら、セラは内心に毒づく。
(なにやってんだろ――本当にらしくない)
何故あんなことを言ったのか、何故あのアンジュという少女にそこまで関わるのか――その答えが出ないまま、セラは疲労も相まってか眠りの中に埋没していった。
寝静まったセラの背中を見ながら、アンジュもどこか複雑な面持ちのまま、ベッドに横になる。
(なんだというのですか、私の何が悪いというのですかっ)
セラの言葉に怒りを憶えながらも、真っ直ぐに見る視線が消えず、アンジュは忘れるようにシーツを被った。
翌朝――寝坊したアンジュをセラが叩き起こし、そこでまたひと悶着が起こり、集合時間に遅れそうなところをナオミが様子を見に来て事なきを得るのだった。
セラが第一中隊に配属されて数日――その間、行軍訓練や近接格闘戦、さらには戦術・戦略論、パラメイルの練度向上など休む暇もなく過ぎていった。
当初、すぐに音を上げると第一中隊の誰もが思っていたアンジュも訓練に追従し、高い成績を上げている。この辺はさすが皇族として育てられた故の才能かとも思った。
だが、アンジュのノーマに対する偏見は変わらず、隊内にはギクシャクした空気が漂っていた。
一日の訓練を終え、食事の時間には食堂に多くのノーマが集まっている。
「今日も大変だったね」
「そうね」
食事を取りながら手前に座るナオミに相槌を打つ。だが、セラの表情はどこか疲れた面持ちだ。周囲からはジロジロとこちらを見る視線が注がれている。
「あはは……やっぱり、まだ注目されちゃってるね」
ナオミもその視線に居心地の悪さを感じていた。原因が原因だけに仕方がないのだが―――好奇な視線は、セラと離れた位置で座るアンジュを交互に見ているのがほとんどだった。
顔が同じというのもあるが、妙なゴシップネタのようなものまで飛び交っているのは正直勘弁してほしい。目立つのがあまり好きではないセラには尚更だ。
これで同じ席で食事を取ろうものなら―――想像しただけで頭が痛くなる。
「ま、まあまあ…人の噂も七十五日っていうし――」
「そんなに待ってたら私の方が参りそうよ」
ナオミの励ましに肩を竦め、溜め息をこぼす。
「でもアンジュ、あまり食事を取っていないみたいだけど、大丈夫かな……」
遠目から見ても、アンジュはいつも独りで食事を取っているが、なによりあまり手をつけていない。まあ、美食で舌の肥えた皇女様には合わないかもしれないが。それでもなにか食事を取らないと、身体を壊してしまう。
「さすがに空腹は耐えられないだろうから、手はつけるでしょ」
いくらプライドが高くても空腹で餓死などアンジュには心外だろう。なら、たとえ舌に合わなくても食べるしかない。まさかその辺に生えている草を食べるなどという真似には及ばないだろうが。
「ん?」
「あ、あれは……」
不意にアンジュに視線を向けると、その席にヒルダ、ロザリー、クリスの三人が歩み寄っていた。
「おや? これはこれは痛姫様。あんなに何でも出来ちゃうお方が好き嫌い~?」
アンジュを囲うように腰を下ろし、手前に座ったロザリーがアンジュのプレートに手を伸ばす。
「いけないね~しっかり食べないと、いざって時に戦えないよぉ?」
「そうそう」
嫌味ったらしく告げ、プレート内の料理を自分の方へと移し替える。空になった容器が放り投げられるも、それを咎めるのでもなく、アンジュが口にしたのは軽蔑の言葉だった。
「……よく食べられますわね、そんなもの」
その一言にロザリーがカッと赤くなり、クリスも強ばった面持ちで見つめるなか、ヒルダだけは小さく失笑する。
「あらあら~痛姫様のお口には合いませんでしたかあ?」
「おたかくとまってんじゃねえよっ」
バカにされたお返しとコップの水を浴びせようとするが、アンジュは素早く身を翻し、それをかわす。それがなおロザリーを苛立たせ、アンジュの胸倉を掴む。
「てめえっ」
「やめな、ロザリー」
ヒルダに止められ、舌打ちして突き放す。
「痛姫様、一つ忠告しておいてあげる。ここはもうアンタのいた世界じゃない。早く気づかないと……死ぬよ?」
プリンの容器を掴み、それを振りながら挑発するヒルダにアンジュは無視し、席を離れていく。
「せいぜい気をつけな――アンタも。あの生意気なそっくりさんのルーキーもね」
その背中に掛けられた言葉にアンジュは一瞬足を止めるも、すぐに振り返ることなく去っていった。その様子をロザリーとクリスが忌々しげに見やり、ヒルダは一人楽しげにしている。
その様子を離れた位置で見ていたセラとナオミだったが、セラは呆れたように肩を竦める。
「どこにでもいるのね、ああいう連中」
アンジュの態度にも問題はあるのだろうが、自分の時といい、やっかみで絡んでくる連中は多い。実際、幼年の頃からセラも似たような経験をしている。
「でも、アンジュのあの態度――昔のセラにそっくりだよ」
過去を思い出したのか、どこか楽しげにするナオミの指摘に苦虫を踏み潰したように顔を顰める。心当たりがあるだけに反論もできない。だが、あのヒルダをはじめ彼女らはセラに対しても含むものをもっている。無論、やられたらやり返すが、当面は注意しておいた方がいいだろう。
「あ、セラとナオミだ~~」
突然呼ばれた声に振り向くと、プレートを持ったヴィヴィアンとエルシャがこちらに歩み寄ってきた。
「あ、ヴィヴィアンにエルシャも」
「こんにちは。ここ、いいかしら?」
「あ、はい、どうぞ」
「ありがとう――ヒルダちゃん達が騒いでたみたいだけど、何かあったの?」
セラの横にエルシャが、ナオミの横にヴィヴィアンが腰掛け、そう問い掛けると、セラは投げやりに返す。
「ゾーラ隊長の腰巾着三人なら、さっきアンジュに絡んでましたよ」
身も蓋もない言い方にナオミは飲んでいた水を噴き出しそうになる。だが、エルシャは咎めることもなくむしろ頷いた。
「あらそうなの? ヒルダちゃん達も困ったものね~」
さして困ったように見えない顔でそう呟き、首を傾げる。
「ねぇねぇエルシャ、『腰巾着』って何?」
掻き込み、口周りにご飯粒をつけながら訊ねるヴィヴィアンにエルシャは指を立てる。
「分かりやすく言えば『子分』ね」
「へぇ~ここでクイズ☆ 腰巾着は誰でしょうか~?」
「え、ええ?」
突然振られたナオミは困惑しながら返答に窮する。
「ヒルダちゃん達のことね」
「せいかい~☆」
眼前で広げられている問答にナオミは唖然となっており、いいのだろうかと本気で悩んでいる。
「でも、アンジュちゃんの方も心配ね~セラちゃんも気をつけてあげてね」
「―――私には関係ありませんよ」
顔を逸らし、素っ気なく呟く。その様子を見ながら、エルシャは微笑を浮かべる。
「そうかしら? いつもアンジュちゃんのこと気にかけてるみたいだけど――あなたは否定しているけど、それこそ本当の姉妹みたいよ」
エルシャにそう指摘され、複雑な面持ちで顰める。
「勘違いよ、向こうも私を嫌ってるし、こっちも迷惑を被ってますから」
「でも本当に無関心なら、そんなこと気にも留めないんじゃないの?」
まるで見透かしたように話すエルシャにセラは苦手意識を持つ。別に無視してもいいのだが、何故か引っ掛かり、それができずにいた。
「それと…これは私見なんだけど、セラちゃんとアンジュちゃん、本当にそっくりだと思うの。顔もそうだけど――なんていうんだろう、芯の部分が似てるのかしら、あなた達」
「―――お先に失礼します」
「あ、セラ!」
これ以上、エルシャと話す気はないのか、席を立つセラが足早にその場を離れ、ナオミも一礼して、慌てて後を追った。
「あらあら…少し言いすぎちゃったかしら?」
反省しているか分からない表情でエルシャは苦笑を浮かべ、セラの背中を見送った。
次に書くのはどれがいいですか?
-
クロスアンジュだよ
-
BLOOD-Cによろしく
-
今更ながらのプリキュアの続き