クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

59 / 66
合流

静寂の満ちる穏やかな海上に突如、アイオーンとヴィルキス、黄龍號と飛行艇が姿を見せ、突然光景が変わったことに一同は眼を見開く。

 

先程の戦闘海域とは違う光景に驚き、次の瞬間には声を上げた。すぐ目前に地面が迫り、アンジュは顔を引き攣らせる。

 

「ぶ、ぶつかるぅぅ!」

 

思わず衝撃に眼を閉じ、セラは握っていたヴィルキスをそのまま抱え込むようにアイオーンを背にし、庇う。バーニアを噴射させ、制動を咄嗟にかけるが、加速は僅かに減衰しただけで、ヴィルキスを抱えたままアイオーンは地面を大きく抉りながら不時着する。

 

黄龍號と飛行艇も墜落といって差し支えないような轟音を立てて不時着する。

 

「っっ、セラ、無事?」

 

衝撃に揺れたが、庇われたおかげで大したことはなかった。心配するアンジュにセラは、軽く頭を振りながら、大仰に悪態をついた。

 

「あの時よりマシだけど―――もうちょっと飛ぶ位置考えなさいよ」

 

まさか、ブレーキをかける間もなく着陸とは―――シートに背を預け、小さく息を吐くと、セラは状況を確認しようと周囲に視線を動かす。

 

「たたた……」

 

「ヒドイ目にあったのだ」

 

身体を露出させていたタスクやヴィヴィアンなどは、着地の際に身を打ち付けたのか、小さく呻いている。

 

「助かったのですか……?」

 

リーファは、戸惑いながら状況を把握しようとしており、どうにかあの場から全員逃げおせたようだ。そして、見渡す風景に既視感を覚え――るまでもなかった。

 

「セラ、ここって―――」

 

アンジュも気づいたのか、窺うように話す。いくばくかはカタチを変えているが、『十五年』も見慣れた光景を間違うはずもなかった―――

 

「―――――アルゼナル……」

 

セラ達が不時着したのは、絶海に浮かぶノーマの牢獄として存在した島だった。先のドラゴン、そしてミスルギ皇国との戦いで大きく損壊した島の地にセラ達は降り立った。

 

「帰ってきたのね、ここへ―――」

 

アンジュも複雑そうにしているが、感傷に浸るのも惜しみ、セラ達はアルゼナルの内部を簡単に見て回ったが、眼を覆いたくなるような光景が広がっていた。

 

施設はほぼ全壊、発電設備もパラメイルの格納庫もデッキも無残なほど破壊されていた。そして、至るところに火で焼却されたノーマの死体に、反撃を受けて絶命したミスルギの兵士達の死体が散乱し、飛び散った鮮血が乾き、赤黒く染めている。

 

それを確認し、一度不時着した場所に戻った一同は硬い面持ちで状況を報告しあった。

 

「こっちには生存者はいなかった」

 

「こっちもよ」

 

二手に分かれてアルゼナル内を探索したが、生存者は見つからなかった。地上部分はほぼ全滅、地下ドックへの道は完全に崩落し、先に進むのも困難なため、その先に生存者がいることは考えにくかった。だが、少なくともアルゼナルの人員すべてがあの襲撃で喪われたとは考えにくい。

 

「皆、何処に行ったのかしら……まさか!?」

 

不安な面持ちを浮かべながら、思わずそう口にするアンジュだったが、タスクが硬い表情ながらも首を振る。

 

「脱出して、無事でいるはずさ。ジルがそう簡単にやられるはずがない」

 

タスクの言葉にはセラも同意だった。強かさにかけては得意だっただけに、脱出している可能性は高いが、それでも現在では所在が確認できない。

 

「こっちからサラ達に連絡は取れないの?」

 

思い切ってそうリーファに訊ねるも、苦い顔で首を振る。

 

「残念ですが。特異点が閉じている今、あちらと連絡を取るのは……」

 

龍神器単体には、並行世界の壁を超えて通信できる手段がない。せめて特異点が開いていれば、なんとかなったかもしれないが、現状では叶わない。

 

「とはいえ、今日はここで夜を明かすしかないわね」

 

これからどうするかという空気になったところで、セラがそう提案した。ナオミ達の追撃を振り切ったとはいえ、サラマンディーネ達とは合流できない今、ここも安全とは言えない。だが、移動するにしてもじきに陽が落ちる。夜間を目的もなしに海上移動するのは危険だ。

 

その言葉に一同が無言で同意するなか、セラは徐に周囲に視線を走らせ、静かに歩き出した。徐に手近にあって鉄骨を拾い上げ、具合を確認する。

 

「セラ……?」

 

何をしているのかと疑問を口にすると、セラは端的に答えた。

 

「墓づくり」

 

「え?」

 

一瞬意味が分からずに戸惑うも、セラは淡々と作業を続ける。

 

「忘れたの? アルゼナルのルール―――生きている奴が死んだ奴の墓を立てる」

 

その言葉にハッとする。作業を続けながら、セラはどこかやるせない眼差しを浮かべる。

 

「―――――真名は刻んでやれないけど、せめて生きてた証ぐらいは遺してやった方がいい」

 

あの襲撃で多くのノーマが死んだ。そのまま打ち捨てられていくのはあまりに不憫だった。真名さえ返してやれない―――単なる自己満足かもしれないが、アルゼナルで生きたノーマの一人として、最低限の弔いはしてやりたかった。

 

「俺も手伝おう」

 

「あたし、立てるように穴を掘るのだ」

 

「私も手伝います」

 

タスク達も無言でセラの作業を手伝い出す。リーファ自身は内心、忸怩たる思いだった。聞けば、自分達の進攻の後にこの惨劇が起きたという。結果論でしかないが、この現状を作り出した一端はリーファ達にもある。偽善であるかもしれないが、死者を弔いたいという思いに偽りはなかった。

 

その様子に触発され、アンジュも無言で鉄骨を加工するセラを手伝おうと近づいた。

 

数分後、手頃の鉄骨を2本、鋼線で結んだ無骨な十字架をアルゼナルの表層部の見晴らしのいい丘に建てた。以前まであった墓地は吹き飛んで消失してしまっているし、慰霊碑に近いものだからここがいいだろうとの判断だった。

 

墓の下にヴィヴィアンが集めた不揃いな華を添え、静かに冥福を祈った。無言で一連の作業を終える頃には、既に陽も傾き掛け、水平線に沈もうとしていた。

 

「それじゃ、今日はもう休んで、明日の行動を決めましょう」

 

セラの言葉に一同は頷き、疲労感が押してくる。決戦に臨む覚悟で挑んだ作戦の失敗と戦闘の疲労が蓄積していた。

 

「俺は今日の食糧を確保にいくよ」

 

一晩を明かすにしても、食事は必要だろう。幸い周りは海で、魚介類ならなんとかなるだろう。水も、貯水タンクがまだ無事だったから、多少は保つだろう。

 

「あたしも手伝う! 鮫とかいっかな~」

 

「では、捕れたものは私が調理を―――」

 

海の方へと向かうタスクにヴィヴィアンとリーファが続き、思わず残されたセラとアンジュだったが、アンジュは先のナオミやサリアのことが気になっており、どう話そうかと悩んでいると、セラが徐に踵を返した。

 

「セラ?」

 

「ちょっと野暮用――すぐ戻る」

 

声を掛けるアンジュに抑揚のない声で答えると、そのまま返事を待たず歩き出し、アルゼナル内へと消えていった。その背中に困惑し、止めることもできず、アンジュは所在なさげにその場で立ち尽くす。

 

暫し、逡巡していたが、やがて意を決してセラの後を追った。

 

 

 

 

 

 

セラは独り、アルゼナルの居住区を歩いていた。この区画もあの襲撃でかなり破壊されており、中には通路ごと崩落した場所もあり、かなり危険な状態になっていた。

 

やや回り道をしながら、セラは目的の部屋の前に到着した。

 

複雑そうに見やる部屋のネームプレートには、『ナオミ』の文字が刻まれている。脳裏に、先の邂逅がよぎる。本気でセラの身を心配していたこと、そしてセラのことを案じていた泣き顔が反芻し、ギリっと奥歯を噛み締める。

 

まるで、それに応えるように部屋のドアがひとりでに開き、わずかな隙間を覗かせる。セラは小さく息を呑むが、そのまま手を伸ばし、ドアノブを掴んで開いた瞬間、眩い光が視界を覆った。

 

一瞬、眼を閉じ顔を逸らすが、すぐに視界が慣れ、顔を正面に向け、眼を見開いた。

 

開いた部屋の先には、水平線に沈んでいく夕陽が見え、アルゼナルを赤く染め上げている。ナオミの部屋は半分近くが崩落し、破壊されていた。まるで、今のナオミの『心』を表すように――――

 

どこか茫然としたまま部屋に足を踏み入れると、海風で揺れるロッカーの扉が聞こえる。視線をそちらに向けると、開いているロッカーの内側に、2枚の写真が貼り付けられていた。

 

吸い寄せられるように近づき、その写真を確認する。

 

一枚は、幼年の頃に撮ったセラとナオミのもの、もう一枚は半年前にメイルライダーになった際にせがまれて撮ったものだった。

 

どちらも面倒くさそうに仏頂面を浮かべる自身に対し、嬉しそうに腕を絡ませているナオミ―――大切な宝物のようにしていたのか、10年前に撮ったものは色褪せている。

 

ギリっと奥歯を噛み締める。

 

どうしようもない苛立ちが募り、セラは無言で写真をよけて、ロッカーの扉を殴りつけた。鈍い音と扉が歪む、拳の先から感じる痛みも、それを紛らわせてはくれない。

 

「なんでよ、ナオミ―――!」

 

顔を伏せてセラは思わず、そんな言葉が口を出た。

 

ナオミがそうであったように、セラにとってもナオミの存在は決して小さくはなかった。幼年の頃から唯一といっていいほど、一緒にいた存在―――彼女のあの裏切られたようなショックの泣き顔がどうしても離れない。

 

同時に、彼女をあそこまで追い詰めてしまったのは自分自身の責任だと――――あの時、アルゼナルの襲撃の際の別離が彼女を傷つけてしまった…セラ自身のエゴのために。

 

悔やむ資格などない―――『IF』などないと、常にセラ自身が言っていたことだ。ナオミのことだけは、そう簡単に割り切ることもできず、己自身の不甲斐なさに腹が立つ。

 

いずれまた、対峙する時が来ることを感じながら、葛藤を噛み締めた。

 

そんなセラをわずかな隙間から覗き見たアンジュはどこか不貞腐れたような、苦々しく少し離れた陰で壁に背を預け、唇を噛んだ。

 

セラがあそこまで取り乱したのは初めて見た。それだけ想われているナオミへの嫉妬と、こんな時に力になれない己の無力さを噛み締めるようにアンジュもその場で顔を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れ、周囲は夜の帳に包まれていた。5人は裏手の浜辺で野営をしていた。焚き火を焚き、その回りにはタスクが釣った魚が数匹、串に刺した状態で焼かれている。

 

その上では簡易に組んだコンロに小さな鍋を置き、ヴィヴィアンが採った貝類や小魚をごった煮していた。食堂に残っていたわずかな調味料をリーファが使い、簡単に味つけをした。お椀によそい、それをヴィヴィアンへと手渡す。

 

「あ~…むっ、ウンググ―――美味しいのだ♪」

 

焼き魚を頬張り、温かな汁物に舌鼓を打ち、上機嫌のヴィヴィアンにリーファも頬が緩む。そして、別の椀に入れると、横に座るタスクに手渡す。

 

「あの、タスク殿―――あの二人、何かあったのですか?」

 

その拍子にリーファは思わず先程から気になっていた事を訊ねる。彼らの前で隣合わせで座りながら一言も発さず、無言のままでいるセラとアンジュの二人。互いに気難しげに顔を顰めており、空気が重い。

 

「いや、俺も何が何だか―――」

 

タスクも二人の間に流れる空気にただならぬものを感じてはいたが、なにか声を掛けるのも躊躇われるほどの圧力を感じ、結果静観するしかないのであった。

 

一人、そんな空気をまったく気に留めず、食事を続けていたヴィヴィアンが魚を囓りながら、不意に顔を上げた。

 

「む? んー……」

 

眉を顰め、眼を細めて海を睨むヴィヴィアンに気づいた一同が首を傾げ、つられるように視線をそちらへと向ける。

 

静かだった海面に、突如光の球体が現われ、思わずセラやリーファは身構えるが、アンジュやタスクは狼狽える。

 

「ひ、人魂……!?」

 

思わずそう口走ったタスクの言葉に反応するように、海中から黒い人影が3つ姿をヌーっと現われ、眼を見開く。

 

「ゆ、ゆゆ、幽霊―――!?」

 

上擦ったタスクの言葉にアンジュは恐怖に顔を引き攣らせる。さすがに予想外だったのか、思わずセラに抱きつく。その間にも、人影は、真っ直ぐこちらへと向かってくる。

 

「な、何よあれ!?」

 

幽霊といったものには弱いのか、アンジュが怯えながら力を込めるも、セラは眉を潜めながら怪訝そうに近づく影を見つめる。

 

「セ、セラ! あいたっ」

 

「―――落ち着きなさい」

 

小さく嘆息したセラが軽くアンジュの頭を小突き、視線で人影へと促すと、アンジュも恐る恐る視線を再度向ける。

 

「アン……ゼ様…」

 

近づいて来るにつれて、人影から声が聞こえ、アンジュは眼を見開く。

 

(今の声って……)

 

聞き覚えるのある声色、アンジュは先程までの恐怖も忘れてその近づいて来る人影を凝視する。やがて、完全に浜に上がった人影の声が明瞭に聞こえてきた。

 

「アンジュリーゼ様!」

 

アンジュの名を呼びながら、覆っていたダイビングマスクを外し、露になった顔にアンジュが眼を見開いた。

 

「モモカ…?」

 

「アンジュリーゼ様―――!!」

 

久方ぶりに見た侍従の姿に名を呼び返すと、モモカは眼に涙を浮かべて駆け出し、アンジュも立ち上がって近づいていく。

 

間を置かず、二人は抱き合った。

 

「無事だったのね!?」

 

「はい、アンジュリーゼ様も、ご無事でしたか?」

 

互いに再会を喜び合う二人をセラは小さく苦笑して肩を竦め、視線を共に上がってきた人物に向けた。上がってきた残りの二人も続けてマスクを外すと、見慣れた顔が出てきた。

 

海中から上がったヒルダとロザリーの姿にヴィヴィアンが喜色の声を上げる。

 

「おお、みんなだ!」

 

「うわあ、ドラゴン女!」

 

ヴィヴィアンに顔を引き攣らせるロザリーとは対照的に、ヒルダは駆け出し、立ち上がったセラに抱きついてきた。

 

「っと!」

 

突進のようなハグに、バランスを崩しかけるも、なんとか堪える。

 

「随分、乱暴じゃないヒルダ」

 

思わずそう苦言すると、ガバッとヒルダが顔を上げ、セラを睨みつける。

 

「バカ野郎! どんだけ心配したと思ってたんだ!?」

 

泣きそうにも、満面の笑みにも見える表情で睨むヒルダに嘆息する。

 

「生きてたんだな、セラ!」

 

「お互い様でしょ」

 

引き離すと、やや不満そうだったが、その視線が横にいた人物を捉え、怪訝そうになる。一人はミスルギ脱出時にいたタスクだが、もう一人は―――そこまで考えて、ヒルダはハッとした。

 

「セラ、こいつ―――!?」

 

見覚えのあった顔に思わず身構えそうになるヒルダにセラが思考を遮るように手を翳し、ヒルダの注意がセラへと戻る。

 

「それも含めて説明するわ。案内してもらえる? ジルのところへ」

 

表情を引き締め、そう告げる。こちらも説明することは山ほどあるが、訊きたいことも山ほどある。

 

十分後、セラ達はアルゼナル沖合に浮上していた現ノーマの母艦、『アウローラ』へと収容されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

海中を潜行して進む巨大な艦影―――現ノーマの拠点である潜水艦『アウローラ』。古の民より齎された人間達への反乱の象徴であった艦は今、ノーマ達によって運用されていた。

 

ブリッジのオペレーター席には、アルゼナルで同ポジションについていたパメラ達3名がそのまま務めていた。行き先こそ伝えられなかったが、針路はジルに指定されたものを進めていた。

 

周囲に敵影はなく、緊張も緩んだのか、不意にヒカルが漏らした。

 

「まさか生きてたなんてね―――」

 

思わず視線が背後のブリーフィングルームへと向けられる。扉の向こうでは、先程合流したセラ達を交え、ジル達が緊急のミーティングを行っている。

 

「セラやアンジュ、ヴィヴィアンはロストしたものとばかり思ってたけど……」

 

オリビエも困惑を隠せない。先のアルゼナルの襲撃後、脱出したアウローラに合流してきたのはヒルダとロザリーのみ。そのヒルダから戦闘宙域で起こった経緯を聞き、セラ達はMIAということになった。報告を聞いた際のジルの怒りは相当なものだったようで、義手で壁を殴りつけていた。

 

そんな彼女達がアルゼナルにいて合流してきたのだから驚くなという方が無理だった。

 

「いったい、どこにいたんだろ……?」

 

気になるのはこの期間の所在だった。もしアルゼナル周辺にいたのなら、見落とすことはおかしい―――頭を捻る二人にパメラがボソッと呟いた。

 

「シンギュラーの向こう―――だって」

 

「「嘘!?」」

 

予想だにしていなかった答に二人は眼を見開き、詳細を求めてパメラを見やるも、当人も直接聞いたのではなく、ミーティングに入る前に聞こえたのを小耳に挟んだだけだ。加えて、もう一つ気になることがある。

 

「あの一緒にいた人―――『ドラゴン』なんだって」

 

セラ達と一緒に合流した見知らぬ女性をヒカルとオリビエも見ていた。さらに驚愕の情報が齎され、二人はますます混乱に拍車がかかるのだった。

 

 

 

 

 

アウローラのブリーフィングルームに集合した面々は、互いに情報交換をし、その中でセラ達は驚きの事実を知った。

 

「あれからもう一ヵ月―――私達のいた方の地球と随分時間のズレがあるのね」

 

アルゼナルの崩壊からセラ達はドラゴンの世界へと転移したが、あちらで過ごした時間はせいぜい一週間ほど。だが、こちらの世界では既に一ヵ月近い時間が経過していた。

 

並行宇宙と言えども、時間の経過は異なるらしい―――そして、自分達がドラゴンの世界で知ったことをジル達へと告げた。

 

「並行宇宙ともう一つの地球。ドラゴン…いや、遺伝子改造した人間の世界か。俄かには信じがたいが、眼の前に居る以上、認めんわけにはいかんか」

 

説明を受けたジルは、どこか慇懃気味にセラの隣に立つリーファを値踏みし、煙草を咥える。その態度にリーファの表情が僅かに硬くなる。

 

彼女にとってはここも敵地と変わらない印象なのだろうが、ここに来る前にドラゴンの名代であることを言い聞かせておいた。あまりこの状況で確執を生むのは得策ではない。

 

それを察してか、アンジュが口を開いた。

 

「彼女達は話し合いができる相手よ、人間と違ってね―――手を組むべきじゃないかしら、ドラゴンと」

 

一瞬、視線をセラに向ける。セラは同意なのか、小さく頷く。

 

「ドラゴンの目的は、アウラの奪還よ。上手くいけばすべてのエネルギーは断たれ、人間たちのマナも世界も停止するらしいわ」

 

その言葉に、ジルを除いた面々が息を呑む。

 

『マナ』の正体、そしてそれを生み出す『アウラ』―――――ドラゴンとの戦いの意味を聞かされ、驚きを隠せなかった。

 

「シンギュラーも開けなくなるし、パラメイルもいずれ必要なくなる。何より、マナのエネルギーを得るためにノーマがドラゴンを狩る…そんなバカげた戦いを終わらせることができるわ。でも、彼女達の作戦は失敗した。被害は尋常ではないはず。お互いの目的のためにも、協力するのが一番の近道だと思うけど」

 

確固たる意思で告げる。ドラゴン側もあの会戦でかなりの戦力を喪失した。立て直すには時間が掛かる上、あまり悠長にしていられる時間もない。

 

これまでの禍根はあろうが、今はそれを抑えるべきだろう。

 

「敵の敵は味方か、成る程―――そっちはそれに納得しているのかい?」

 

いの一番に肯定的な声を上げたのはジャスミンだった。この辺の柔軟さはやはり経験故だろう。仮にもかつては司令を務めていたのだ。そして、確認を取るようにリーファに疑問をぶつける。

 

「―――アウラを救い出すのが我らの悲願。そのためになら、協力は惜しみません」

 

リーファ個人にドラゴンの総意を決める権限はない。だが、この場は仮にも交渉の場だ。なら、自分達の力を軽んじられないため、そしてなにより『アウラ奪還』という目的があるなら、姉もそれに沿うことは決して違えないはずだ。

 

「じょ、冗談だろう!? こいつらは今まで、たくさんの仲間を殺してきたバケモンなんだぞ! ドラゴンと協力!? ありえねーっつーの!」

 

今まで傍観していたロザリーが上擦った声を上げながら、どこか怖れるようにリーファを指差す。

 

そう仕向けられていたとはいえ、ノーマとドラゴンがこれまで殺し合ってきたという事実は変わらない。それだけに共闘というのは難しいだろう。セラやアンジュも、あちらの世界で当初はそのように考えていたのだから尚更だ。

 

口には出さなかったものの、ヴィヴィアンはムッと口を尖らせる。

 

「言いたいことは分かるわ。けど、これ以上無意味に対立する必要もないでしょう。仲良くしろとまでは言わないけど、協力する価値はあるわ」

 

心情的に受け入れるのに時間が掛かるのは仕方がない。だが、ドラゴンとの敵対関係を解消しなければ、この先の不確定要素は大きくなるばかりだ。

 

「それとも、まだドラゴンに挑む気概があるの?」

 

睨まれ、口を噤みながら眼を逸らすロザリーだったが、そこへジルが口を挟んだ。

 

「無駄だ」

 

吸っていた煙草を離し、不遜に鼻を鳴らす。

 

「奴らは信じるに値しない」

 

灰皿でタバコを潰すと、座っていた椅子から立ち上がった。

 

「アウラだか何だか知らんが、ドラゴン一匹助けただけでリベルタスが終わると思っているのか? 神気取りの支配者エンブリヲを抹殺し、この世界を壊す。それ以外にノーマを開放する術はない」

 

断言するように告げ、そしてセラとアンジュを睨むように視線が鋭くなる。

 

「忘れたわけではあるまい、アンジュ、そしてセラ――お前達は祖国に、兄妹に、民衆に裏切られ、そして捨てられた。その眼で見たはずだ、人間の――マナを崇拝する人間どもの醜さをな」

 

その指摘にアンジュは言葉を詰まらせ、思わず顔を強ばらせる。確かに、あのミスルギで受けた仕打ちと辱め、そして屈辱と怒りは消えない。一度はぶっ壊したいと思ったほどだ。その態度に意を得たのか、ジルは言葉を続ける。

 

「差別と偏見に満ちたこの世界をブチ壊す―――それがノーマであるお前達の役目「黙れ」」

 

畳み掛けようとしたジルの言葉を遮るように低い制止の声が被さり、緊張が満ちる。アンジュは思わずそれが聞こえた隣に視線を向けると、セラがジルを睨みつけていた。

 

「何のつもりだ?」

 

「黙れって言ったのよ? 耳遠くなった?」

 

小馬鹿にし、眼を細める。その視線に晒されたジルは動じることなく対峙するが、セラは大仰に肩を竦める。

 

「頑固なだけかと思ってたけど―――ここまで現状を理解できていなかったなんてね」

 

嘲笑するように鼻を鳴らし、ジルは微かな怒りに顔を顰める。

 

「おい、セラ」

 

さすがに見過ごせなかなったのか、隣にいたゾーラがやや咎めるも、セラは気にも留めず、言葉を続けた。

 

「だってそうでしょ? ドラゴンとの共闘が無駄? 信じるに値しない? 随分大きく言うじゃない」

 

ロザリーのようにただのライダーなら感情が先に出る。だが、ジルは仮にもアルゼナルの、ノーマの総司令だ。感情ではなく理性、客観的に判断しなければならない立場だ。

 

「そこまで言うなら、私達がいなかったこの一ヶ月――さぞ立派な戦果をあげてくれたんでしょうね? ドラゴンの戦力が必要ないと言える程の」

 

顎をしゃくって問い掛けるも、ジルは小さく舌打ちし、ゾーラやジャスミン、マギーは苦々しげに顔を逸らす。訊くまでもない―――もしそうなら、こんなコソコソと海中に潜んではいなかっただろう。

 

「仮に私やアンジュが戻ったとして―――とてもじゃないけど、勝ち目はないわ。理由は―――言わなくても分かるわよね? これだけ面子が欠けているんだから」

 

それが何を指しているのか、この場にいる面々に分からないはずがない。

 

相手のとの戦力差は歴然だ―――それは直に戦ったセラ達が一番理解している。嵌められたとはいえ、ドラゴンの大勢力をもってしても敵わなかったのだ。真正面から戦うことなど愚の骨頂。

 

「仮にも司令がそんな判断もできないの? それともなに? ドラゴンと手を組んだらなにか『マズイ』理由でもあるのかしら?」

 

挑発を続けるセラにジルは今度こそ怒りに口を噛み、反射的に銃を抜いてセラに突きつけた。

 

「セラ!?」

 

「ジル! 止めな!?」

 

アンジュが声を上げ、リーファは咄嗟に持っていた薙刀を構え、空気が緊張に凍る。ジャスミンが硬い声でジルを制するも、怒りに歪むジルはまるで仇敵を見るようにセラを見据える。

 

対し、銃口を向けられたセラは動揺を見せず、冷淡にジルを見据える。

 

「前にも言ったわよね? 感情は隠すならうまく隠せって―――『切り札』は、ただ持っているだけじゃ意味ないわよ」

 

「…………」

 

セラの言葉の意味を察せたのは果たして何人いたのか――――一触即発の空気が満ちる中、ジルは小さく舌打ちし、銃を下ろした。

 

それに胸を撫で下ろすが、セラはジルを見据えたままだ。

 

「はっきり言うわ。あんたがどんな隠し玉を持っているか知らないけど、現状の戦力不足は事実よ。信頼しろとは言わない――けど、協力することはこちらにもメリットがある」

 

正直、セラも何故ジルがここまで頑なになるのかが分からない。エンブリヲを倒す―――なら、ドラゴンと協力した方が確実だ。その判断ができないほど、無能だとは思っていない。

 

(なら、その理由は―――)

 

可能性としては、その差をひっくり返せるほどの『何か』を握っているということ―――それも、ジル『だけ』が。セラがジルの出方を窺うも、そこへジャスミンが口を挟んだ。

 

「そこまでにしな――ジル、セラの言うことも一理あるよ。それに現状、あたしらには補給の充てがない。『あの子』が持ってきてくれた物資にしても限界があるしね」

 

遮ったジャスミンに内心、舌打ちする。

 

「戦力も不足しているのは事実だしねえ」

 

「サリア達も寝返っちまったしね―――」

 

マギーが苦々しくぼやき、ゾーラやヒルダ、ロザリーの表情が曇る。アンジュやヴィヴィアンも顔を見合わせる。サリア達が何故エンブリヲについたのか、その理由が分からないからだ。

 

「それで、コンタクトは取れるのかい?」

 

ジャスミンが再度リーファに問い掛けると、やや考え込むが、すぐに答え返す。

 

「すぐには無理ですが、あちらでも戦力の立て直しとこちらの情勢を探るはずです。その時なら、通信も可能かと」

 

「―――だってさ。ドラゴンとの共闘、考えてみてもいいんじゃないかい?」

 

ジャスミンがそう纏めると、ジルは銃をホルスターに収め、再度新しい煙草を咥える。不遜気味に噴かし、無言が満ちる中、突然ブリーフィングルームの扉が開いた。

 

「皆様、お茶の準備ができたので、よければひと休みして―――え?」

 

「ミ、ミスティ――!?」

 

唐突に入室してきたのはミスティ・ローゼンブルムだった。あまりに予想外の人物の姿にアンジュが驚きに眼を瞬き、セラも僅かに戸惑う。

 

「アンジュリーゼ様? それにセラ様も?」

 

ミスティも困惑しているのか、口元に手を当てて驚いている。だが、それによって今までの空気が緩和され、ジルが軽く咳払いする。

 

視線が集中する中、吸っていた煙草を半分残した状態で灰皿に潰し、不敵に笑う。

 

「よかろう」

 

どこか吐き捨てるように言うと、踵を返して出入り口に向かって歩き出した。そして開いた自動ドアの前で顔だけ振り返る。

 

「情報の精査の後、今後の作戦を通達する。以上だ」

 

そう告げて、そのまま部屋を出て行った。

 

その態度にアンジュは納得のいかない不満気な様子だったが、セラはどこか疑うように眼を細めるのだった。

 

(何を考えているの、アレクトラ・マリア・フォン・レーヴェンヘルツ――――)

 

結局、ジルの真意を聞き出すことはできなかった。この後に及んでまだ隠し事があるのか―――ジルの動向に一抹の不安を抱くセラの肩にポンと手が置かれた。顔を向けると、ジャスミンが先程までの険しいものではなく、どこか穏やかで、それでいていつもの喰ったような笑みを浮かべる。

 

「遅れちまったけど、よく生きて帰ってきたね―――あんなだが、ジルも内心は嬉しいのさ」

 

精一杯のフォローのつもりか、セラも苦笑気味に肩を竦める。

 

「どうだか―――」

 

そんな殊勝なものであれば、あんな態度はでないと思うが――――どちらにしろ、ジルの動向は注意しておくべきだろう。ただでは転ばない―――目的のためなら、どんな手段を使ってくるか分からない以上、明日も気は抜けないなとセラは小さくため息をついた。




コロナウイルスの影響で本当に生活が大きく制限されております。
加えて、先日声優の藤原啓治さんがご逝去され、もう大ショックでした。
悪役や父親、他にも兄貴役とこの方なくしては成り立たない作品が多くあっただけに本当に残念でした。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。