クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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ツヴァイウィング

サラマンディーネに案内された闘技場もとい、ゲーセンにて対決を行うことになったセラ達。

 

そして、最初の勝負として案内されたのが屋外にある中央をネットで区切ったコートにて、その姿があった。

 

「――で? これって何?」

 

そのコートの上に立ったセラが手渡された先端に大きなネットが張られた輪を持つ奇妙な棒を叩きながら首を傾げる。

 

「わ、私に訊かないで!」

 

思わず訊ねられたアンジュだが、彼女もよく分かっていないのだ。勝負を持ちかけられ、自由とさらにセラの身も賭かっているとなってここらで姉としての威厳を見せようと勇んでサラマンディーネの持ちかけた勝負を受けたはいいが、説明されたのはあまりに専門用語が多く理解できていなかった。

 

難しい顔で考え込むアンジュを横にセラは自身の姿を見下ろす。屋外に連れ出されて専用武器の『ラケット』という妙な棒を持たされ、さらにはサラマンディーネ曰く、『古代の戦装束』というものに着替えさせられた。だが、丈の短いスカートに強度はゼロの服装はどう見てもそんな物騒なものではなかった。

 

「と、とにかく! 相手の陣地に球を叩き込めばいいのよ!」

 

逡巡していた思考から復活したアンジュがラケットを相手―――中心をネットで区切った向こう側を指す。そこには同じ衣装に着替えたサラマンディーネとリーファが構えていた。

 

「その通りです――勝負は2対2……では、始めましょう!」

 

不敵に笑いながら、サラマンディーネが球を持って構える。

 

審判を兼ねるカナメが試合の開始を告げ、アンジュとセラも身構える。特にアンジュの気合の入りようが半端ない。なにしろ、負ければセラを、妹を所有物にするなどとふざけたことを宣言したのだ。

 

睨みつけるアンジュに、セラは無表情で一瞥すると、腰を低くしてアンジュの背後に回る。

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

 

気合を込めた渾身の力で放り投げた球を打ち込んだサラマンディーネの一球が鋭く迫り、アンジュは反射的に追う。ラケットを伸ばして受け止めようとするも、僅かに届かず球はすり抜ける。

 

(しま――っ!)

 

思わず舌打ちした瞬間、打球の着弾点にセラが飛び込み、打球をネットで受け止める。

 

「―――っ!」

 

打ち返そうとするも、打球の角度が深く、僅かに力が削がれ、弾き返した球はそのままネットに当たり、内側に零れ落ちる。

 

その光景にタスクが動揺し、ナーガがガッツポーズする。

 

「15、サラマンディーネ様、リーファ様!」

 

得点ボードを動かし、喜色の表情で告げるカナメ。だが、アンジュはそんなものは気にも留めず、セラに駆け寄る。

 

「セラ!」

 

「思った以上に重かった――だけど、感覚は分かった」

 

ラケットを持つ手を握り直しながら、アンジュを見やる。

 

「ゴメン、私が反応できなかったばかりに――」

 

顔を顰めるも、それに対して首を振る。

 

「取られたら取り返せばいい――それより、肩の力を抜いて。変に考え込んでちゃ動くものも動けないわよ」

 

嗜めながら肩を叩き、再び後衛に回る。その言葉にアンジュも一瞬眼を白黒させるも、やがて表情を引き締め、再びサラマンディーネ達に対峙する。

 

「それでは――二投目、参りますわよ!」

 

大きく振りかぶり、打球が鋭く伸びる。真っ直ぐに加速する球に対してアンジュもラケットを握り締め、瞬時に反応する。

 

「そう何度も――同じ手に引っ掛かるか――――!!」

 

身体をバネのように振り払い、打球を打ち返す。その反応にサラマンディーネが眼を見開き、返された打球が鋭く迫る。

 

「させるものですか!」

 

だが、反応が遅れたサラマンディーネに代わり、前衛に就くリーファがラケットを横に薙ぎ、打球を切り返す。跳ね返された球が再び、戻りアンジュの横を掠めるも、アンジュは動揺していない。

 

その信頼を裏付けるようにすぐ背後に回り込んだセラが打球をネットを斜めに向けて受け止め、軌道を上空へと逸らす。

 

スピンが掛かって弾くように空中に舞い上がる打球にアンジュが跳び、大きく身体を振りかぶってラケットを振り下ろした。

 

「喰らえぇぇぇぇっっ!!!」

 

アンジュの気迫とともに弾かれた打球は鋭く急降下し、サラマンディーネとリーファの間へと吸い込まれるようにコートに激突し、大きくバウンドしてコートに転がる。

 

反応のできなかったサラマンディーネとリーファはやや唖然となり、同じように呆然となる外野だったが、まるで機械のようにカナメは上擦った口調で判定を発した。

 

「フィ、15――アンジュ、セラ……」

 

ぎこちない動きでボードを捲り、同点を示すとアンジュとセラは互いに笑いながらタッチを交わす。

 

「――やりますわね、そうでなくては!」

 

ようやく我に返ったサラマンディーネも不敵に笑いながらリーファに頷き、再びゲームが再開する。

 

この後は『圧巻』、『怒涛』、『熾烈』の一言だとタスクの弁だった。打球の打ち合いが幾度も続き、互いに鋭く回転して相手に襲いかかる球や、まるで突風でも起こしそうなほどの衝撃、途切れぬラリーなど、真剣勝負が続き、点を取られながらも最終的には同点のままゲームセットとなった。

 

サラマンディーネはその結果に不満を抱くどころか、むしろますます燃え、次なる勝負を挑み、アンジュもそれに対して過剰に反応し、勝負が続行された。

 

次はゲーセン地下に設けられていた広大な施設だ。地下施設も数階以上下の階層に渡って設けられており、その各階ごとにサラマンディーネが文献から紐解き、再生させた施設が備わっているらしい。

 

今度は地下空間目一杯に聳える円形状のフィールドだった。その中心の砂場を除いて周囲はそれを見下ろせる座席が360度囲っている。

 

だが、当然ながら観客はいない。無人の空間で今度は野暮ったい服に着替え、キャップを被ったサラマンディーネがマウンドの中央で構えている。

 

その僅かに離れた前の位置で佇むセラはごつい帽子を被り、手に今度は太い棒を構える。両手に握って横で身構えるセラに向けてサラマンディーネは大きく足を上げ、その背後に雷でも落ちたような光景が一瞬過ぎる。そして、右手に握る球を勢いつけて投げた。

 

鋭く加速する球は軌跡がまるで閃光を帯びるように真っ直ぐ伸びる。控えで見守るアンジュとタスクが息を呑んで前のめりになる中、セラは握る棒を振り下ろした。

 

球を中心で捉えるも、その勢いに押し切られそうになる。だが、セラは歯を食い縛ってあらん限りの力でバットを振り抜いた。

 

思いっきり振られた力で球は遥か上空へと打ち返される。

 

息を呑むサラマンディーネと弾まんばかりに立ち上がるアンジュとタスクの前で空中へと飛ぶ打球をリーファが翼を拡げて飛び上がり、それを手に嵌めるグローブで受け止めた。

 

舌打ちするセラと呆気に取られたが、ブーイングを飛ばすアンジュ。攻守交替で続けられた戦いは両者一歩も引かず、またもやドローとなる。

 

今度は室内で、縦横の幅が広いコート内で対決していた。ボールを手で床とバウンドさせながら走るなか、ガードに来る相手をかわし、相手のコート奥にある3メートル近い場所に設けられたネットに向けてボールを飛ばす。ネットを潜り、ボールが落ちると点数が加算され、悔しげになるもすぐに切り替えて再び激突し、今度は奪い返す。

 

そして、最後は跳んで、直接相手のゴールにボールを叩き込み、結果はドローとなった。

 

次は別の階の複数のレーンが並ぶ場所だった。離れた位置で立つピン目掛けて重厚な弾を投げ転がす。互いに投げ合った弾は正面から粉砕するかのようにピンをすべて倒し、一本でも残せば負けとばかりに4人は代わる代わる投げてはピンを弾き飛ばし、点数を重ね、同点となる。

 

今度は複雑に形作られたコース内を互いに選んだマシンで爆走していた。4台のマシンはコースをフルスピードで駆け抜け、オーバーランしそうになるとブレーキとギア、さらにはパラメイル仕込のハンドルテクでドリフトさせ、コースを減速することなく走り抜ける。背後から、または横にピタリと付く。譲らないままキャノピー越しに相手を睨みながらハンドルを切り、4台はコースを加速し、ほぼ横並びにチェッカーを切った。

 

そして次は―――道場のような厳かな場所にて中央にセラとサラマンディーネが立ち、対峙していた。互いに今度は道着のようなものに着替え、その手には竹でできた剣が握られている。

 

「今度は随分物騒そうね」

 

手に持った『竹刀』という剣を持ち上げ、手で叩きながら不敵に返す。今しがたまでは勝負としつつも、緊迫感はなかったが、今からやる『ケンドウ』というものはこれで打ち合うという。

 

随分と実戦的ではないか―――口端で笑うセラにサラマンディーネも同じような仕草で返す。

 

「ええ、互いの武をぶつけ合う――まさに武人の勝負にふさわしいものです」

 

その態度にセラも獰猛な笑みを浮かべて竹刀を握る手に力を込める。

 

「あ、あの――お二人共、防具は……」

 

火花が散るようなふたりの空気におずおずとカナメが口を挟む。この『ケンドウ』というものは、竹刀を武器として使うのだが、身体をガードするために防具を使用する。だが、その言葉に対してお互いに鼻を鳴らす。

 

「不要よ――当たらなければいいだけ、むしろ邪魔よ」

 

「真剣勝負なのです、そのようなものは無粋です」

 

「怖かったら別につけていいわよ――私は手加減しないから」

 

「それはこちらの台詞です」

 

相手を挑発し合いながら威嚇し、竹刀を構える。

 

「セラ! そんな奴ボコボコにしてやりなさい!」

 

「姉上、身の程知らずというものを教えてあげてください!」

 

アンジュやリーファは声をあげるも、二人は相手に集中し、応えない。無言で睨み合っていたが、やがて同時に駆け出す。

 

セラは横薙ぎに一閃――サラマンディーネは縦に振り下ろす。衝撃が竹刀を通して伝わるも、離さずそのまま密着し合った状態で繰り出し、幾度もぶつけ合う。

 

本来は型があるのだが、セラはそんなものは知らないし、勝つために振るうのみだ。対しサラマンディーネも一通り知識として頭に入れた情報を彼方へと追いやって返し続ける。

 

セラが脚を狙えば跳んでかわし、横殴りにサラマンディーネが斬り払えば身体を添ってよけ、そして力任せに打ち合う。

 

何度目になるか分からない交錯で感じる手の痺れも無視して鍔迫り合いで押し合う。

 

「あの時を思い出しますね―――」

 

相手を見据えるなか、サラマンディーネが不意にそう漏らす。

 

「―――そうね……あの時の決着、ここで着けましょうか?」

 

初めて対峙したアルゼナルでの戦い―――あの勝負は結局有耶無耶で終わってしまったが、その決着を着けるのは望むところだ。

 

それは相手も同感なのか、鍔迫り合いする刀身越しに相手を不敵に見合い、同じタイミングで力を込めて弾き飛ばし合う。

 

一旦距離を取り、セラは竹刀を引き、サラマンディーネは竹刀を振りかぶる。次の瞬間、互いに道場の床を強く蹴って駆ける。

 

互いの視線がぶつかり合った瞬間、竹刀を繰り出した。

 

その激しく続いていた攻防に見入っていた一同だったが、次の瞬間には無音が満ちる。息をするのも忘れるぐらいに固唾を呑んで見つめる眼前の光景に呆然となる。

 

「ど、どうなったの……?」

 

ようやく呼吸ができるようになったかと思えるほど重い息継ぎをして絞り出したアンジュの言葉に応える者はいない。

 

タスクも、反対側で見守っていたリーファとナーガも、審判を務めていたカナメも呆気に取られていたからだ。

 

道場の中心で対峙するセラとサラマンディーネは先程までの激しい動きを微塵も感じさせないほど、動きを完全に静止していた。

 

互いに繰り出した竹刀は、セラがサラマンディーネの喉元手前ギリギリで止まり、サラマンディーネはセラの頭左横ギリギリにて止まっていた。

 

お互いに後一歩踏み込めば届いた距離――同時に、踏み込めばやられると無意識に感じ取った故に踏みとどまった位置だった。

 

ジッと相手を凝視するなか、まるで一枚画のように静止していた二人は相手を見据える。

 

「―――命拾いしたわね」

 

「それはお互い様かと思います」

 

同時に笑い、そのまま竹刀を引き、二人は立ち上がる。

 

「引き分け―――ですわね」

 

「不本意だけどね」

 

軽口を交わしながらも、お互いに相手を見合い、不意にサラマンディーネがクスリと口元に手を当てながら笑う。

 

「良き勝負でした――感謝を」

 

一礼するサラマンディーネに毒気を抜かれたのか、軽く肩を竦め返した。

 

 

 

 

 

勝負を始めて既に数時間―――一進一退、竜闘虎争、互いに死力(?)を尽くさんばかりに白熱した激闘を繰り広げながら、互角の勝負が続いていた。

 

一同の姿は再び施設内に戻り、サラマンディーネは楽しそうに頬を緩ませる。

 

「正直、侮っていました――あなた方がここまでやれるとは」

 

素直に称賛しているのだろうが、見縊られていたのかと思うと、アンジュが鼻を鳴らす。

 

「フン、甘く見るとイタイ目を見るのはそっちよ」

 

そんな毒づきに反応するでもなく、優雅に微笑むとサラマンディーネは施設の数ある部屋の前に立ち、その扉を開いた。

 

その部屋は妙な空間だった。薄暗い室内に微かなランプが明滅している。壁沿いに椅子が備え付けられ、入口近くの壁には用途の掴めない機器が設置されている。

 

椅子の中央のテーブルには数本のマイクが立てられ、またも首を傾げる。

 

「今度は何?」

 

「次はここで勝負しましょう――『からおけ』という古代の歌を競う勝負だそうです」

 

戸惑うセラに部屋に入ったサラマンディーネが超然と告げるも、混乱がますます大きくなる。

 

「歌――?」

 

次は歌で勝負? 疑問符が盛大に浮かぶセラに背後に立っていたアンジュがどこか不敵に笑う。

 

「歌で勝負? 随分と余裕ね――歌だったらあなたなんかに負けないわよ!」

 

自信満々、不敵に胸を張るアンジュに眉を顰める。余程自信があるのだろうか―――さすがに『からおけ』とやらは分からなかったが、こう見えてもアンジュは皇女時代に何度も家族や学園、式典などで歌を披露したのだ。今となっては思い出したくもない過去ではあるが、その時の経験から、今度は分があると踏んだのだろう。

 

だがまあ、アンジュの言う通りどんな勝負であれ、挑まれているのなら、全力でぶつかるだけだ。

 

「アンジュ、訊きたいんだけど」

 

「なに?」

 

思いがけない言葉にアンジュが喜々として訊ね返すと、セラは眉を顰めながら口を開いた。

 

「私、『永遠語り』以外の歌って知らないんだけど――」

 

その言葉にアンジュが固まってしまったのは他でもない。結局、選んだ曲は一度流してリズムと歌詞を確認してから再度歌うということで落ち着いた。

 

それから一時間後――――

 

「恋と愛の桶狭間――――」

 

アンジュが剣を模ったマイクを手に、想いの丈を込めてその熱唱を轟かせれば―――

 

「アイタイLOVE×4――――」

 

サラマンディーネも落ち着いた様からは予想もできないようなテンションで愛を叫び―――

 

「想いが遠くて届かない――――」

 

リーファは、時を重ねながら、そして一途に強くなった想いの丈をぶつけるように響かせ―――

 

「美しき残酷な世界―――」

 

セラは、生と死の極限の世界で生きるために抗う意思を秘めて轟かせる――――

 

狭い部屋内では4人の熱唱が代わる代わる響き、もはや観客と化したタスク、ナーガとカナメは引き攣った笑みで聴くしかなかった。それでも手に持った鈴でリズムに乗る辺りは付き合いがいいのか……

 

歌に点数が付き、その合計点で競い合う。その途中、アンジュがセラの手を取り、二人でデュエットに臨んだ。戸惑いながらも引かれていくセラを強引に近づけ、曲を選択する。

 

無論、セラも初めてのことだが、彼女の音感が曲のBGMを一度聴いただけで感覚を掴み、歌詞もそれに当てはめていく。それを繰り返していく内に、旋律が流れた段階で感覚を掴めるようになった。

 

二人はそのまま曲を熱唱する。

 

逆光のなかを飛ぶ一羽の鳥の両翼のように歌ったかと思えば、次は猛るような炎の鳥が雄々しく舞うかのように熱唱する。

 

その息の合い方はさすが双子というところか―――それにはさすがに感嘆したのか、サラマンディーネも聴き入り、リーファはやや悔しげに顔を顰めている。

 

そして、アンジュは機械が履歴から選曲し、ピックアップした曲を選択し、再生した。今までとは少し違うどこかたおやかな旋律がスピーカーから流れてくる。

 

モニターに表示される歌詞を見やると、今流れている曲は歌詞を交替で歌うようになっており、最初はアンジュが歌う。

 

 

 

気高き天使達は 白き太陽に舞う

 

幻の未来よ 追い求め夜をさ迷う

 

二人 翼拡げ 空を舞う

 

 

 

アンジュが最初のパートを歌い始める。アンジュのなかの切なさを秘めるような歌声が静かに響く。

 

 

夢 胸に抱き 翼 奏でる心の音

 

天使達は想う 神は何処

 

この想い 永遠にとどむる神は何処と

 

 

アンジュの胸に宿る想いをのせるように響く歌声は、見えない何かを求めるように響き渡り、静かに息継ぎする。

 

やがて、次のパートが始まると、セラがその想いを受け取るように声を響かせる。

 

 

永劫の天使は 黒き月に眠る

 

幻の未来は 虚しき幻想

 

二人 翼休め 闇に彷徨う

 

 

 

セラが奏でるは、彼女の内に宿る想い――彼女の変えられない意思を秘める声で歌う。

 

 

 

夢 闇に果て 翼 折られたは心の死

 

永劫の天使は命ず 神を捨てよ

 

儚き 消ゆる想い 神を捨てよと

 

 

 

まるで今の想いを表すかのような歌詞にのせて、己の想いを秘める。パートを歌い終え、不意にアンジュを見やると、彼女はどこか不安そうな眼を向けている。

 

それに気づいたセラは肩を竦め返し、最後のパートの伴奏が始まったので、視線を戻す。

 

 

黒き天使達は 

 

黒き月に願う

 

 

 

最後のパートにセラとアンジュの声が合わさり、二人は歌い上げる。

 

 

幻の未来 何時か巡り合う

 

二人 共に天を舞う

 

夢 新たに 翼 闇に映えるは心の想い

 

 

二人で交互に歌い上げ……そして想いを同調させていく。それは、あの永遠語りを共に歌った時に似ていた。

 

 

天使は誓う 神は此処に

 

愛しき想い 織り成す 神は此処にと

 

神は此処にと――――

 

 

 

それは何を込めて歌うのか――切なさだけでなく、何かを求めるようでもあり、何かを秘めるかのような想いが宿っていた。

 

(比翼、ですか――)

 

二人が歌う様子にサラマンディーネは不意にそう独りごちる。同じ姉妹だが、自分達とは違う―――それは、双子ゆえの感覚なのかもしれない。だが、それでもそれがなにか不安定な、それでいて歪なものような印象も受ける。

 

それを裏付けるように、アンジュがセラとデュエットしたのは、少しでも彼女と近づきたかったからだ。過ごした記憶はほんの半年ほどのみ―――双子と知ってなお、変わらないセラと未だに戸惑いながらも信頼し、そして少しでも二人での思い出を無意識に欲しているのかもしれない。

 

だが、一緒に歌ってなお、アンジュはセラのその声に秘める儚さに不安を憶える。いつか感じたように、まるでセラが遠くへ行ってしまうような―――そんな漠然とした不安を感じずにはいられなかった。

 

「―――疲れちゃった」

 

伴奏が終わると、その余韻を感じるようにセラが小さく肩を竦める。不安気になるアンジュの前で苦笑し、サラマンディーネを見やる。

 

「悪いけど、少し休ませてもらっていい? 身体も汗でベトベトだし」

 

タオル等で軽くは拭いたが、それでも先程まで激しい動きをしていたのだ。慣れない歌の連続でさすがのセラも疲労を憶えていた。

 

「そうですわね――では、一度休憩致しましょう。私も少しシャワーを浴びたかったので、ご一緒しませんか?」

 

「そうね――お願いするわ」

 

セラの申し出にサラマンディーネも穏やかに応じ、席を立って促すと、それに付いていく。部屋を出て行くセラの背中にアンジュは眉を不安げに顰め、タスクが首を傾げる。

 

「どうしたんだい、アンジュ?」

 

「――なんでもない、それより私も汗掻いちゃったし、シャワーを浴びさせてもらうわ」

 

自身の中に浮かんだ考えを一旦消し、アンジュも気分を紛らわせようと向かう。

 

「タスク、覗かないでよ」

 

部屋を出る間際にギロリと睨みつけ、タスクは引き攣った顔で首を上下に何度も振る。

 

 

 

 

数分後、施設の中に設けられたシャワールームにて、並んでシャワーを浴びるセラとサラマンディーネ。頭から浴びる心地よい熱が心持ちを穏やかに包んでくる。

 

互いに熱に身を委ねるなか、不意にサラマンディーネが呟いた。

 

「感服しました―――あなた方には。皇女セラフィーナ……いえ、セラ」

 

名を呼ばれたことにセラは一瞬眼を剥くも、小さく鼻を鳴らす。

 

「あら? 随分殊勝ね――ドラゴンのお姫様?」

 

相変わらずの口調だが、最初の頃の不敵なものではなく、素直に称賛するような口調に、からかい気味に返す。名前を呼ばれなかったことに、やや不満そうになるサラマンディーネに苦笑する。

 

「悪いわね――私は生まれてすぐに捨てられたから。あなたみたいに育ちがよくないの」

 

つい憎まれ口のような毒舌を吐くのはもう性分だ。己を卑下する訳ではないが、それでもどこか己に毒づく。そのままシャワーを無言で浴びる中、サラマンディーネは真剣な面持ちで呟いた。

 

「―――ノーマ……『マナ』が使えない人間ならざるもの、ですか―――なんで歪なのでしょう」

 

不意に漏らした言葉にセラも動きを止める。流れる音だけが室内に響くなか、サラマンディーネはどこか憤りを滲ませるように言葉を続ける。

 

「持つ者が、持たざる者を差別するなど―――私達は、どんな苦しい時も、アウラと共に学び、考え、互いを想う絆と共に生きてきたのです……あなたは何も思わないのですか? そんな歪んだ世界を知りながら―――」

 

セラに対してそう問い掛けるサラマンディーネに無言で聞き入る。反応がないことにサラマンディーネは顔を顰めるも、言葉を続ける。

 

「以前も言いましたが、あなたがかつて双子の皇女の片割れとして生まれ、『月の姫』と呼ばれていたことを私は知っています。あなたもまた、皇女として人々を導く立場であったかもしれないということも」

 

その言葉にセラの眉が僅かに動く。

 

「世界の歪みを正すのが、指導者としての使命ではないのですか――?」

 

真剣な面持ちで問い掛けるサラマンディーネに、セラは無言だったが、やがて小さく失笑する。

 

「プッ……アハハハハ」

 

突然笑い出したことに戸惑うも、セラはどこか軽蔑するようにサラマンディーネを一瞥し、その態度に息を呑む。

 

「―――ホント、聞いててあなたのそのバカ正直なまでの義務感には呆れるわ。持つ者が持たざる者を差別する? 当然じゃない……むしろ、そうしない方がおかしいと思うけどね」

 

予想していなかった言葉に面を喰らい、思わず気圧される。

 

「誰だって大なり小なり持っているでしょう? 誰かよりも優れた存在でいたいって―――そうやって人間の歴史は続いてきたんでしょ。その結果、滅びた」

 

「それは――ですが、だからこそ私達は……!」

 

「アウラに縋って、世界を再生させてきた。過去の罪、いえ…過去の人間達を悪にしてね」

 

思わず反論しようとしたサラマンディーネにセラが冷淡に遮る。人の世界とはそういうものだ――差別があるから社会というものが維持され、そして安定する。以前サラマンディーネは自ら言った――罪深い過去の過ち―――過去の人間達が起こしたことを『悪』としてそれを繰り返させないと。

 

「それを悪いなんて言わないわ―――生きることを優先しただけ。あなた達はそれで満足したんでしょ」

 

だがそれは、過去の過ちを受け入れたということではない。過去の過ちを悪と断罪することで今の世界のアイデンティティを維持するためだ。別にそれを悪いとは言わない――だが、結局は同じことだ。

 

人は誰だって無意識に『自分』と『以外』を比べるのだ―――だが、それを認めずに自らを正しいと、その役目があるのだと断じるなど偽善ではない、独善だ。

 

「それに、あなたにとって私達は所有物なんでしょ? アウラを取り戻すための道具―――」

 

その言葉にサラマンディーネはどこか顔を苦くする。

 

「別に気にしてないけど――あなたはアウラを取り戻すためになんでもやらなきゃいけない。それはあなたがドラゴンの指導者として生きてきたからでしょ」

 

目的のために手段を選ばないのは当然のことだ。それを責めるつもりはない。それがサラマンディーネのいう『指導者』としての必要なことなのだろう。

 

だが、セラには関係ない。

 

「けど、生憎と私はノーマよ。皇女でもなんでもない―――皇女として生まれたセラフィーナなんて奴は、生まれてすぐに死んだ。私はただ生きるために戦ってきただけよ―――それはこれからも変わらない。相手がドラゴンだろうが、人間だろうがね」

 

生き方を強要されるなど、誰かの道具になって生きるなど真っ平御免だ。

 

なにより、あんな腐った世界、導く価値などない。マナがあろうがなかろうが、いずれ滅びていく世界――それが早いか遅いかの違いだけだ。

 

「使命? 義務? 笑っちゃうわ―――そんなもののために生きるなんて、偏執狂もいいところじゃない」

 

言い方を換えれば、それさえあればなにをしても赦されるというのだろうか――あのジルやサリア達のように……あのマナの人間達のように――誰かを犠牲にして自らを顕示し、生き方を押し付けられるなんてのは真っ平だ。

 

「―――あなたの…あなたは、本当に自分のために戦っていると?」

 

畏れるように訊くサラマンディーネに鼻を鳴らす。

 

「ええ、私は自分のためにしか戦わない自己中で最低な奴よ」

 

濡れた髪を掻き上げ、セラはそう言い捨てる。

 

「月の姫、か―――なら、さしずめアンジュは『太陽』か」

 

以前夢で見たソフィアがセラとアンジュをそう呼んでいた。なんとも自分にピッタリではないか。月は独りでは輝けない。闇のなかで太陽という光を浴びてこそ輝ける。

 

最初からそうなる運命だったのだろう――それを今更悲観などしないが。どこか自嘲気味に漏らしたセラにサラマンディーネは真剣な面持ちで口を噤んでいたが、やがて意を決したように口を開く。

 

「あなたは――それだけの覚悟を背負っているのですね」

 

思いがけない言葉にセラが思わず動きを止める。

 

「では、これからどうするつもりなのですか? 真実を知ってなお――その生き方を貫いて、何をするのですか……?」

 

その問い掛けにセラは口を噤む。

 

「私達は――共にあることはできませんか……?」

 

それは微かな願望だったのかもしれない。短いながらもセラという存在と過ごしたが故に無意識に出た言葉だったのかもしれない。

 

セラは無言のまま、シャワーの音だけが響く室内に沈黙が満ちる。

 

そんな二人のやり取りをシャワールームの入口で隠れるようにアンジュが聞き耳を立てていた。少し遅れて到着し、入ろうとした瞬間聞こえてきた会話に思わず足を止め、聞き入っている内に入るタイミングを逃してしまった。

 

そのまま聞き耳を立てていたのだが、最後のサラマンディーネの問い掛けにセラがどう応えるのか、不安そうに覗くなか、厳しげな面持ちで沈黙していたセラが不意に顔を上げた。

 

驚くサラマンディーネと戸惑うアンジュの前で、セラは天井を見上げ、顔を顰める。

 

「――――来る……っ」

 

そう漏らした瞬間、施設は大きな振動に包まれた。




前回の投稿から大分空いてしまい、申し訳ありません。
活動報告にも書きましたが、実生活でいろいろ忙しく、3月末にはいってようやく少しずつ落ち着いてきました。

今回はあのネタ要素満載の回の前半、オリジナルの歌詞を入れるなどいろいろ苦労しましたが、後半のセラとサラマンディーネの会話はもっと苦労しました(=3

次回はいよいよ共鳴戦線、新しい敵の登場やヴィルキス、焔龍號のパワーアップ、アイオーンの覚醒など久々の戦闘シーンです。

思えば、もう一年近くナオミ達を書いてないな・・・・
ではでは、楽しんでいただければ幸いです。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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