クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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まつろわぬ魂

『DRAGON』――Dimensional Rift Attuned Gargantuan Organic Neototypes(次元を越えて侵攻してくる巨大攻性生物)

 

 

 

空間に歪み『シンギュラー』を開いて現われる謎の生物。そのタイプは様々であり、「スクーナー級」、「ガレオン級」などに分類される。

 

集団戦闘や状況に応じて戦法を変える、さらには魔法陣のようなものを展開して攻撃することから高い知能を持つ可能性が高い。

 

(かといって、意思疎通ができるわけでもないんだけど)

 

セラは欠伸をしそうになりながら、眼前の講義を聞いていた。

 

「あなた、不謹慎ですよ!」

 

壁に寄りかかるセラに噛み付くこのアルゼナル唯一の『人間』――エマに対してセラはどこ吹く風とばかりに聞き流す。

 

「失礼――退屈なもので」

 

そう――セラにとっては今更なのだ。

 

セラが今いるのは、幼年部の指導室。ここへと送還されてきた10歳にも満たない少女達が学ぶ場所だ。ほんの数年前にはセラもここで嫌というほど教えられたのだ。

 

「時空を超えて侵攻して来る巨大敵性生物、それがドラゴン。このドラゴンを迎撃、殲滅し世界の平和を守るのが此処アルゼナルと私達ノーマに課せられた使命です。ノーマはドラゴンを倒す兵器としてのみこの世で生きる事を許されます。その事を忘れずに戦いに励みましょう」

 

『イエス、マム!』

 

指導員のノーマの女性教官がまだ幼いノーマの少女達にドラゴンと戦う使命を教授していた。その光景を見ながら、こんな時分から兵器として生きることを強要される現実に些か辟易していたなと当時を思い出す。

 

何故ドラゴンはこの世界を襲うのか――彼らはどこから来るのか…大事なことは何一つ教えられず、そして分からないまま戦い続ける。そしていつかは―――

 

そこまで考えてセラは首を振った。余計なことは考えないようにしよう――それよりも、何故セラが幼年部の指導室にいるかといえば、この眼の前で座る少女のせいだった。

 

不満気に――もっと言い方を変えれば、不貞腐れているような不機嫌な表情で座っているアンジュというノーマのせいだった。

 

それを一瞥し、セラは昨夜の事を思い出していた。

 

嵐の中聞こえた悲鳴が気に掛かり、それを確かめるべく進んだ先で出会ったのが、昨夜ここへと送還されてきたノーマであるアンジュだった。

 

だが、セラはその顔を見た瞬間、記憶にある限り一番驚いたと思う。

 

(なんで私と――同じ顔なのよっ)

 

どこか苛立ち混じりに毒づく。

 

アンジュの顔は、自分と同じ顔だったからだ――だがそれは、向こうも同じだろう。今朝になって顔を合わせたアンジュは自分を忌避するように視線を合わせようとしない。

 

それだけなら問題はない――こちらも不快になるのだから顔を合わせなければいいだけなのだが……ここからが更に問題をややこしくしてくれた相手を見やる。

 

「司令――私はいつまでここにいればいいのですか?」

 

「おや? 言わなかったか――お前にこのアンジュの面倒を見ろと伝えたはずだが?」

 

アルゼナル最高司令であるジルの言葉に、セラは何度目かになるか分からない溜め息をついた。セラがアンジュとの出会いに驚いて呆然となっていると、ジルはなにを思ったか、セラに近づき、アンジュの世話をしろと命令したのだ。

 

ほうけていた思考がその命令を理解するとともに冷静さを取り戻し、セラは徐々に湧き上がった不快感に拒否を示すも、『命令』の一言で黙らされてしまった。

 

「――イエス、マム」

 

苦い口調で肩を落とす。

 

最高司令の命令を覆すことなどできはしない――これみよがしに不満を見せる態度だが、不敵な笑みで一瞥し、先程から俯いてばかりいる渦中の人物に声を掛けた。

 

「理解したか、アンジュ」

 

問われてもアンジュは無視するように顔を逸らす。

 

「もうすぐ、ミスルギ皇国から解放命令が届く筈です」

 

代わりに返したのは、叶うはずもない願望だった。

 

(現実を受け入れられない、か―――ま、この歳になるまでノーマだとバレなかったら、それも当然か)

 

その態度を冷めた眼で見るセラは呆れるように肩を竦める。

 

ノーマは何故か女性にしか現われない。理由は分からないが、それでもノーマは危険な存在と外の世界では認識されているため、魔女狩りよろしくノーマを探し出すための手段は数え切れない。そのため、外部からやってくるノーマのほとんどは年端もいかない幼児や自分のように物心つく前に送還されるかだ。

 

アンジュの歳までノーマだとバレずにいられることのほうが珍しいのだ。それだけに留まらず、恵まれた皇女としての生き方を今までしてきた故に、受け入れることなどできないのだろうが。

 

(それが一瞬にして反転か―――逆に憐れね)

 

世話をする上でジルからアンジュのプロフィールを渡されたセラはその事実に憐れむように見やり、その視線に気づいたのか、アンジュが怯えるように視線を逸らす。

 

セラも鼻を鳴らしながら、顔を逸らす。

 

「監察官、アンジュの教育課程は終了。本日付で第一中隊に配属させる」

 

「え? 第一中隊にですか!?」

 

「ゾーラには通達済みだ」

 

そう告げるジルにセラも驚く。

 

「司令、まさか――!」

 

「そのまさかだ――言っただろ、面倒を見てやれと」

 

その言葉にますます頭痛が激しくなる。第一中隊は自分が配属を指示された部隊だからだ。部隊でまで面倒を見させる気か――と、ジルを憎々しげに見やるも、当人は不敵に一瞥し、未だ憮然としているアンジュの腕を取り、無理矢理立たせる。

 

「な、なにをするのですか――!」

 

アンジュの抗議を無視し、呆気に取られる少女達を横にセラも深々と溜め息をつきながら後に続いた。

 

 

 

 

 

そんな幼年部の指導室の様子を対岸にあるハンガーからスコープを手に覗く第一中隊の隊長であるゾーラが楽しげに見ていた。

 

「へぇ、あれがウワサの皇女殿下か……」

 

機嫌よく笑うその顔は新しい玩具をもらった子供のようだが、妖しく見える。そのまま傍にいた赤髪のツインテールの少女、ヒルダの首に腕を回し、強引に引き寄せる。

 

それに逆らうでもなく身を寄せたヒルダの制服の上から胸に手を伸ばし、その愛撫に切ない声を漏らす。

 

「やんごとなき御方の穢れを知らない身体――甘くて美味しそうじゃないか」

 

舌なめずりでもしそうな表情で呟き、その態度にヒルダはどこか拗ねるように見上げる。

 

「新しく入った娘なら誰でもいいんでしょ……」

 

「うん」

 

「うん」

 

同意するように頷くのは、同僚のロザリーとクリスだった。この三人は特にゾーラが可愛がっているだけに、当人は笑いあげる。

 

「何だぁ~~~~妬いてるのか? 可愛いなぁオマエ達は!」

 

そのまま抱き込み、抱擁する一同に副長であるサリアが痺れを切らし、抗議をつける。

 

「隊長! スキンシップは程々に! 新兵からも『揉み方が痛い』と苦情が出ています!」

 

サリアの後方にいるのは、配属されたばかりのココとミランダだった。二人はどこか強ばった面持ちで萎縮する。

 

「はいはい、気を付けるよ~副長~~~~♪」

 

指をくねくねさせながら、獲物を狙う視線を向けられ、思わずサリアも自身の胸を隠す。だが、咳払いで気を取り直して、渡された資料を見ながら、ゾーラに問い掛ける。

 

「それと隊長、お訊きしたいのですが――」

 

「ん? 何だ?」

 

「今日配属される隊員なのですが、このセラという子は、アンジュという子と同じ顔なのですが、姉妹か何かなのですか?」

 

手元の資料には、今日付で配属される三人のライダーの名が顔写真とともに載っており、その中のセラとアンジュの写真を見たサリアは驚きを隠せなかった。

 

「いや、まったくの他人だ。アンジュとかいう皇女様は昨日ここに来たばかりだが、セラっていう奴は昔からここにいる。ただ顔が似てるだけということだそうだ。しかし、このセラという奴もなかなかに面白い奴でな。オマエら、昨日の戦闘を覚えてるか?」

 

唐突に振られ、一同が思い出すも、意味が分からずに首を傾げる。

 

「確か、ほとんどゾーラに取られちゃったやつでしょ」

 

「そうそう、あたしらほとんど稼げなかったんだよな」

 

ぼやくように話すが、ゾーラが不敵に笑う。

 

「そうだ――実際、確認されたのはスクーナー級が20匹ほどだったからな。だが、あたしらが着く前に数は半分以下にまで減っていた。そしてあの時、戦闘空域にいたのは新兵二人のみ。おまけにあの時が初の実機訓練の時だったそうだ」

 

そこまで言われてハッと気づいたサリアが声を上げた。

 

「隊長、まさか――!」

 

「そうさ、初陣でスクーナー級を11匹落としたのが今日来る『セラ』ってやつだ。そして同じく配属となる『ナオミ』、こいつも機体を大破させたが2匹落としている」

 

ゾーラの言葉に第一中隊のメンバーが驚きに包まれる。

 

初陣――しかも、詳しく聞くとテスト飛行中に会敵したというのだから、驚くなという方が無理だった。そもそもスクーナー級とはいえ、11匹も落とすということですら、ここにいるメンバーでもなかなかにできないことだ。

 

未だシミュレーターも経験していないココとミランダは、同期のナオミの活躍に舌を巻いている。

 

「スーパールーキーに皇女様――退屈はしなさそうだな~~」

 

あくまで楽しげに笑うゾーラは未だ呆然となっている、ヒルダ達を伴い、奥のロッカールームへと向かっていく。

 

サリアは未だ告げられた事実に呆然となっていたが、エルシャがサリアの手から資料を掴みとり、捲りながら眼を通していく。

 

「まあ、頼りになる新人さんが来てくれるのは嬉しいですね~ココちゃん、ミランダちゃん」

 

「「は、はい――!」」

 

「これが今日から入る新兵さんよ。年上だけど仲よくしてあげて下さいね」

 

「「は、はいっ!!」」

 

何度もオウム返しに頷き、緊張気味にピーンとなっている様子を微笑ましく見やるエルシャの後ろからヴィヴィアンが覗き込み、小さく笑う。

 

「ねぇ、サリア、サリア。クイズ~! 誰が最初に死ぬかな?」

 

「「ええっ?」」

 

無邪気に言われた一言に、緊張していたココとミランダは驚く。サリアはこめかみに血管を浮かべ、素早くヴィヴィアンの背後に回り込み、首をヘッドロックして拳を頭にやる。

 

「死なないように教育するのが、私達の役目でしょ!」

 

「いたっ――いたいーっ! 死ぬる死ぬる~っ!!」

 

頭をぐりぐりとされ、悶絶するヴィヴィアンにエルシャは「あらあら~」と止める様子もなく見守り、ココとミランダは不安げな表情のままお互いを見やるのだった。

 

 

 

アルゼナルの司令部やパラメイルの格納庫に工廠、フライトデッキなどで構成される中央エリアに向かって進む一行。

 

先導するジルの背中をアンジュは憮然と歩き、セラはその背後を歩いていると、アンジュがチラチラと背中越しにこちらを見やる。

 

「何?」

 

あまりに鬱陶しいので、声を掛けるとアンジュはビクッと身を震わせて前を向く。そして少ししてからまた同じ動作を繰り返す。先程から続くこの行動に辟易してくる。無視しようと視線を動かすと、通路の先に見覚えるのある顔が飛び込んでくる。

 

「――ナオミ?」

 

思わず声を出すと、それに反応して、壁に背を預けていたナオミが身体を起こし、振り向く。

 

「あ、セ…ラ――?」

 

振り返った瞬間、ナオミの表情が固まる。交互にセラとアンジュを見比べ、眼をシロクロさせている。

 

「え、え? セラが二人……?」

 

混乱するナオミに溜め息をつくも、説明するのも面倒臭くなったセラは我関せずとなり、ジルが小さく鼻を鳴らし、声を掛ける。

 

「ナオミ――だったな?」

 

「あ、し、司令! 失礼しましたっ」

 

ようやくジルに気づいたナオミが慌てて敬礼する。

 

「ちょうどいい。紹介しておく、こいつはアンジュ――貴様と同じく第一中隊に配属となったノーマだ。仲良くしてやれ」

 

ジルの言葉にアンジュは顔を顰めるも、ナオミは内容が一瞬理解できず戸惑う。

 

「え…あ、はい」

 

「これから第一中隊に紹介する。ついてこい」

 

そのまま歩き出すジルの背後を渋々続くアンジュを見送り、敬礼したまま見送るナオミの傍にセラが歩み寄る。

 

「あ、セラ――どういうこと?」

 

「……説明したくもない」

 

疲れた面持ちで告げるセラにナオミはますます困惑し、首を傾げる。

 

「それより、怪我はいいの?」

 

ナオミの頭には戦闘時にぶつけたのか、まだ包帯が巻かれているが、乾いた笑みで返す。

 

「あはは、大丈夫だよ――ちょっとぶつけただけだから」

 

バツが悪そうにすると、ナオミは改めてセラを真っ直ぐに見やる。

 

「あのね――その、ありがとうっ」

 

突然頭を下げたナオミにセラは眼を瞬く。

 

「いきなり、どうしたの?」

 

「セラのおかげで、私頑張れたから!」

 

セラがナオミの心を奮い立たせてくれた。だからこうして今生きていられる――そう思ってるからこその言葉だったが、セラは返答に窮するように頭を掻き、そのまま進んでいく。

 

その様子に小さく苦笑し、ナオミも後を追った。

 

 

 

 

数分後、一行は第一中隊のパラメイルデッキに到着した。そこには既にライダースーツに着替えたゾーラ達が待機していた。

 

「司令官に敬礼!」

 

ゾーラの号令に従い、隊員が一斉にジルに向かって敬礼する。

 

「それじゃ、後は頼むぞ、ゾーラ」

 

「イエス、マム!」

 

ジルはゾーラ達にセラとアンジュ、ナオミを預けると去っていった。離れていく背中を見送ると、キリっとしていたゾーラの顔がまるで獲物を狙うように不敵に染まり、憮然と俯くアンジュに近づく。

 

「死の第一中隊へようこそ、ルーキーども。隊長のゾーラだ」

 

言いながら手がアンジュの腰回りに伸び、小さく悲鳴を上げて背筋を震わせるアンジュの腰を叩き、前へと押し出す。

 

「しかし本当にそっくりだね~オマエら」

 

その手がセラに伸びたところで、セラはその手を逆に掴む。

 

「おっ」

 

「隊長、セクハラです」

 

涼しい顔でそう告げると、ゾーラは笑い出す。

 

「アハハハハ、面白いなぁ…サリア、紹介してやれ」

 

「イエス、マム。第一中隊、副長のサリアよ」

 

サリアは自己紹介すると他の面々を紹介していく。

 

「こっちから突撃兵のヴィヴィアンと――」

 

「やっほ~」

 

「同じくヒルダ」

 

「フン」

 

無邪気に手を振るヴィヴィアンに対し、ヒルダはどこか素っ気無さげだ。対照的ながら、ハッキリした様子にセラは隊の人間関係をおおよそながら予測した。

 

「軽砲兵のロザリーと……」

 

ロザリーを紹介しようとすると今まで黙って事態を見ていたアンジュが徐に口を開く。

 

「これ…これ、全部ノーマなのですか?」

 

その一言に空気が一気に凍るのをセラとナオミは感じ取った。

 

「これって――」

 

その一言にサリアが唖然となり、ヒルダが鼻を鳴らす。

 

「ハン、あたしらノーマはモノ扱いか?」

 

「このアマァ――」

 

ロザリーが思わず掴みかかろうとするが、ヴィヴィアンが無邪気な顔で手を差し出す。

 

「そうだよ、みぃんなアンジュと同じノーマだよ。それにアンジュとセラ、同じ顔だし~本当に姉妹みたいだよ」

 

その言葉に遂に我慢の限界が来たのか、アンジュは思わず反論する。

 

「違います! 私はミスルギ皇国第一皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ! 断じて、ノーマなどではありません! 顔が似てるというだけで、こんなノーマと姉妹だなんて、汚らわしい!」

 

ただでさえ慣れない環境に不安と怒りを感じていたアンジュのフラストレーションが爆発してしまい、さらに同じ顔のノーマ(セラ)と『姉妹』扱いされたことが相当頭にきたようだ。

 

その様子にセラはもう呆れを通り越してため息しか出てこなかった。ナオミはナオミでアンジュの態度に呆気になっている。

 

「アハハハ! こいつはいい! 汚らわしいだってよ、ルーキーさん?」

 

ヒルダが厭味ったらしく見やるが、セラはなにも言い返す気もおきなかった。

 

「ハン、自分はノーマじゃないって言いたいのかねぇ――このノーマの皇女様は」

 

鼻を鳴らして嘲笑するヒルダに同意するようにロザリーとクリスもクスクスと笑う。

 

「でも、使えないんでしょ。マナ?」

 

首を傾げるヴィヴィアンに指摘されて、アンジュは思わず言葉に詰まる。

 

「こ、ここにはマナの光が届かないだけです。ミスルギ皇国に帰ればきっと……」

 

当人もさすがに窮したのか、苦し紛れに出た言葉に全員が呆れてしまい、セラはますますため息が深くなる。

 

(バカだバカだとは思っていたけど…ここまでなんて――恨みますよ、司令)

 

頭を押さえながら、セラは厄介事を押しつけたジルを本気で呪いたくなった。

 

「アハハハハ! ったく、司令め…とんでもないのを回してきたぞ。状況認識ができてない不良品じゃないか」

 

一連のやり取りを今まで見ていたゾーラは大声で笑い上げる。

 

「不良品が上から偉そうにほざいてるんすか?」

 

「うわぁ…イタい、イタすぎ」

 

ロザリーとクリスにバカにされ、アンジュはカッとなって言い返そうとする。

 

「ふ、不良品はあなた達の方……っ」

 

「身の程を弁えな! 痛姫様!」

 

言葉の途中でヒルダが思いっきりアンジュの足を踏みつけ、痛みに顔を顰めるアンジュの胸倉を掴み上げる。

 

「助けてあげないのかい、そっくりのノーマさん?」

 

苦しげにするアンジュを横にヒルダはセラに挑発とも取れる言葉を投げかける。アンジュを擁護するつもりなどないが、先程から妙に絡んでくるヒルダに釈然としないものを憶えていたが、次の言葉でその理由を悟った。

 

「少しは腕が立つようだけど、あまり調子にのらないことね」

 

―――なんてことはない。ただのやっかみだった……セラは別に自分の腕を誇示するつもりもない。プライドが高いのは結構だが、アンジュをダシにしてまで絡んでくることには些か呆れたのか、セラは小さく肩を竦めた。

 

「ご忠告、痛み入ります――ヒルダ先輩」

 

「っ……へぇ――言うじゃん、アンタ」

 

慇懃な物言いに僅かに気分を害したものの、すぐに不敵な笑みで睨むヒルダだったが、そこへエルシャが口を挟んだ。

 

「まあまあ、ヒルダちゃん。そのくらいで」

 

「ああん? こういう勘違いブスや生意気な新入りには、舐められないように最初にきっちりシメといた方がいいんだよ!」

 

ヒルダの言葉にロザリーとクリスも頷き、エルシャはニコニコしたまま頷く。

 

「まあ、そうなんだけど」

 

「あの――そこは否定するべきなんじゃ……」

 

事態の推移に静観するしかなかったナオミもエルシャには思わずつっこんでしまった。

 

収拾がつかなくなってきたのか、にわかに騒がしくなるのを横眼で見ていたゾーラが手を叩き、注意を逸らす。

 

「よーし、それまで……サリア、そいつらはオマエに任せる。色々と教えてやれ」

 

「イエス、マム」

 

「みんな、期待の新人達と仲良くな――同じノーマ同士」

 

アンジュの頭に手をやり、嘲笑するゾーラにアンジュは忌々しげに口を噛む。

 

「っ!」

 

「ククク…よし、訓練を始める! エルシャ、ロザリー、クリス、一緒に来い。遠距離砲撃戦のパターンを試す!」

 

『はいっ!』

 

「サリア、ヒルダ、ヴィヴィアンの三人は新人教育――しっかりやんな!」

 

『はいっ!』

 

「解散!」

 

『イエス、マム!』

 

ゾーラの指示に従い、各々の場所へと分かれていき、後に残ったセラとアンジュ、ナオミの傍にサリアが歩み寄る。

 

「こっちよ、付いてきて。セラ、ナオミ、アンジュ」

 

「「イエス、マム」」

 

すぐに応じるセラとナオミだったが、アンジュは憮然と俯いたまま返事をしない。

 

「アンジュ?」

 

「何人たりとも皇女である私に命令する事などできま――」

 

この期に及んで強情を張るアンジュに、サリアはナイフを取り出すと素早くアンジュを組みとり、ナイフを喉元に突きつけた。突然の事にアンジュは怯えた面持ちで息を呑む。

 

「ここでは上官の命令は絶対よ…いい?」

 

ナイフの腹で首を軽く叩かれ、その冷たさにはさすがに恐怖したのか、素直に頷いた。

 

「成る程――次からは私もああしようか」

 

唖然となっていたナオミは隣から聞こえた不穏な内容を敢えてスルーした。

 

 

 

 

サリアに連れられてやって来たのは、メイルライダーのロッカールームだった。サリアは一つのロッカーを開けると、その中から取り出したものをアンジュの前に突き出した。

 

「ライダースーツ、これに着替えて」

 

それを見たアンジュは、あからさまに嫌悪感を見せる。

 

「こ、こんな破廉恥な服を……?」

 

戦闘における利便性を重視しているためか、ライダースーツは露出部分が多い。慣れているセラやナオミはともかく、今までドレスなどしか着たことのないアンジュには到底受け入れらないものだったのだが、やがて表情が変わる。

 

そのライダースーツには所々、赤いシミが付着していたのだ。よく見てみれば、それは血痕だった――さらには首の裏側に『NANA』と書かれたタグが付いている。

 

それを見たセラは硬い表情のまま、ナオミはどこか辛そうに表情を顰めた。

 

アルゼナルのライダーにとっては珍しいことではない。限られた物資の中でやりくりをするため、死んだノーマの遺品も備品に流用されたり、売買されたりするのが常だ。

 

このライダースーツも犠牲となったノーマの遺品の一つなのだろう。

 

「ああ、これ――前の持ち主よ。死んだわ――」

 

淡白に告げ、タグを外すと改めて突き出す。

 

「し、死んだ者の服を着れと言うんですか!?」

 

死者が着ていた服と聞いたアンジュはますます嫌悪感を募らせる。

 

「新品が欲しいなら自分で買って」

 

「っ…こんな物を着るくらいなら裸でいた方がマシです!」

 

それを払い除け、サリアに噛み付いて拒否するアンジュにサリアは溜め息をつき、ナオミがなんとか落ち着かせようと入る。

 

「ま、まあまあアンジュ――え?」

 

すると、無言だったセラが突然アンジュの肩を掴み、強引に身体を向けさせる。

 

「な、なにをするのですっ、きゃぁっ」

 

戸惑うアンジュを一瞥し、セラは瞬く間にアンジュの上着を剥ぎ取り、露になった胸にアンジュは羞恥で真っ赤になる。それだけに留まらず、スカートを脱がし、混乱するアンジュの腕を掴んだままドアに向かい、開くと同時に廊下へと放り出した。

 

素早くドアを閉め、鍵をかけるとアンジュは混乱してドアに縋り、叩く。

 

「な、何をするのですか!? 開けなさい、早く!」

 

廊下ですれ違う職員達がアンジュの痴態に失笑しながら見やるも、今のアンジュにそれを気にかける余裕はなく、必死にドアを叩く。

 

「あなた――結構、やるわね」

 

一部始終を見たサリアがそう評し、ナオミはおずおずと話し掛ける。

 

「セラ――やり過ぎじゃないかなぁ?」

 

「頭に血が上ってるようだし、少し冷まさせた方がいいでしょ。私達も着替えるわよ」

 

叩くドアを横に着替え始めるセラに従い、ナオミも自分のライダースーツを取り出し、着替え始めた。

 

数分後、黒と白のライダースーツに着替え終えたセラとナオミ――未だドアを叩く音は止まず、セラはそこで初めてドアを開けると、アンジュが転がるように部屋の中へ飛び込んできた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

自業自得とはいえ、あまりの羞恥にアンジュは全身が真っ赤になっている。

 

「どう? 少しは頭冷えた?」

 

頭上から掛かる声に顔を上げる。そこにあるのが自分と同じ顔というのがまた忌々しい――キッと睨むアンジュだが、セラは眼を細めたまま、無情に告げる。

 

「もう一度頭冷やす?」

 

その言葉にはさすがに怖気づいたのか、アンジュは渋々ライダースーツを受け取り、それを持って離れる。

 

(学園で学んだとおりですっ、なんて下品で野蛮で暴力的なの――っ)

 

あまりの仕打ちの連続に憤慨しながらアンジュはライダースーツを触っているが、先程からそれを繰り返してばかりおり、セラ達は首を傾げる。

 

「何、してるの?」

 

一向に着ようとしないアンジュにサリアが訊ねると、ビクッと身を震わせる。

 

「あ、あの…手伝ってください……」

 

恥ずかしそうに頼むアンジュに呆気に取られてしまう。

 

「え? 一人で服、着たことが無いの!? 呆れた、子供以下ね」

 

グウの音も出ない。これまで優秀な侍女が服の着替えまですべてやってくれたため、アンジュ自身がする必要などなかったというのもあるが。

 

「ったく、世話のかかる――」

 

セラは頭を掻いてライダースーツを取り上げ、広げてアンジュの両腕を伸ばさせ、着させていく。されている間、アンジュが羞恥と悔しさで真っ赤になっていたのは言うまでもない。

 

「なんか、そうしているとホントに姉妹みたいだね――ひぃっ」

 

その光景にナオミが迂闊にもそう言ってしまい、アンジュだけでなくセラにまで睨まれてしまい、恐怖に慄いてしまったのはご愛嬌だった。

 




第一中隊との邂逅、そしてナオミも合流。

まだ原作の2話なんだよな~ココとミランダ、どうしよう――――

セラのライダースーツは黒、ナオミはゲームと同じく白がベースとなっております。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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