クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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ドラゴン達の都の地下―――地上部分とは打って変わった機械的な造りで構成されている施設内をサラマンディーネはナーガとカナメを連れて歩いていた。

 

歩く度に眼を留めた兵士達が慌ててその場にて敬礼し、静かに進む。進む中で、サラマンディーネは背後にいる二人がどこか難しげに顔を顰めている様子に小さく嘆息する。

 

「ナーガ、カナメ――言ったはずですよ、心配は無用と」

 

穏やかに告げるも、二人の態度は変わらない。

 

「姫様はあの者達に無用心すぎます」

 

「そうです、特にあの金髪の女はサラマンディーネ様を!」

 

臣下としては一言、苦言を申さなければならないと思ったのか、思わずそう迫る。カナメは元よりサラマンディーネに心酔しているナーガの不安も大きい。

 

それに対して困ったように笑う。

 

「大丈夫ですよ――『彼女』の方は少なくとも話の余地があります」

 

だがそれでも、まだ油断はできない。

 

彼女――『セラ』のことはほとんど知らないからだ。アンジュに関しては、彼女が皇女だった頃から潜入していたリザーディアから聞かされていたので、その人となりはある程度知っていた。

 

だが、彼女に関してはほとんど情報がなかった。侵攻直前にリザーディアから送られてきたデータの中に彼女のことが記されていた。

 

(皇女セラフィーナ―――)

 

15年前にミスルギより消えた皇女。データ上では病死となっていたが、葬儀も行われず、墓すら存在しない。故にその存在を知る者は皇族関係者の極一部に限られている。恐らく双子であった『アンジュリーゼ』も知らないとのことだった。

 

リザーディアからかの世界の価値観は聞かされている。それに沿えば道理ではあるが、それでも彼女の過去には謎が多い。

 

(それ故に、甘く見るのは危険ですね)

 

その死んだはずの皇女が生きていた。そして、『永劫の天使』の乗り手に選ばれ、自身の前に立ち塞がった。事実、あの機体を初めて見たときは驚いたものだ。

 

なにより、先程の短いやり取りからも、こちらの出方を冷静に分析するなど、油断はできない。

 

(それに彼女の顔は―――)

 

思考を巡らせるなか、施設内を進んでいると、ハンガーに固定されている龍神器の整備デッキに到着する。4つの台座には、愛機である『焔龍號』をはじめ、同型の機体が3機。

 

アウラ奪還のために開発された切り札―――『ラグナメイル』のデータを基に設計された機体、そしてその母体となったのが――――視線が動き、ハンガーの横にある別の区画へと眼を向ける。

 

そこには、破損したヴィルキスとアイオーンが固定されていた。機体の各所に解析用のケーブルが繋げられており、整備班が作業を進めている。

 

そこへ静かに歩み寄り、一人の女性に声を掛けた。

 

「久遠」

 

声を掛けられた翡翠の髪を持つ女性が振り返る。

 

「サラマンディーネ様」

 

部下との話を終え、眼鏡をかけ直しながら一礼する女性に微笑む。

 

「どうですか、彼女達の機体は?」

 

「ビルキス――いえ、機体情報が書き換えられていますね。今は『ヴィルキス』という名前のようです。ラグナメイルに関しては時間が掛かりますが、修復は可能です」

 

久遠と呼ばれた女性がヴィルキスを見上げる。墜落時に損壊した左腕の駆動部分に新しい関節部位が結合され、接続作業を作業員が行っている。

 

「データの収集は?」

 

「並行して進めています。せっかく実物が手に入ったのですから」

 

どこか含むような笑みで笑う。

 

彼女らの機体を修復すると告げたのは嘘ではない――だがそれは、機体の性能を調べるという本来の目的のためだ。そして、可能ならば自軍の戦力に取り込むため。そのための交渉材料に過ぎない。

 

「龍神器の技術も応用できますし、なにより応急処置が行われていたので」

 

元々、龍神器はラグナメイルのデータを基に開発された対兵器。故にその技術の応用は容易である。

 

「いえ、それをより具体的な設計に纏めてくれたのはあなたのおかげですよ」

 

その賛辞にやや謙遜するように礼を返す。

 

「それと、『羽々斬』と『迦具土』は、間もなくロールアウトします。搭載はやはり焔龍號と黄龍號に?」

 

その問い掛けに、サラマンディーネは返答せず眉を僅かに顰めて逡巡する。意外な反応にナーガやカナメが戸惑うも、サラマンディーネは考えながら視線を修復されるヴィルキスに移し、やがて静かに応じた。

 

「『羽々斬』は彼女に――ヴィルキスに合わせて準備してください」

 

「「サ、サラマンディーネ様!?」」

 

予想外を超えて明らかな異常とも取れる発言に二人が驚き、声が上擦る。

 

「承知しました、ただ最終調整に時間が掛かります。次の作戦には間に合わないかもしれませんので、ご了承ください」

 

だが、久遠は一切の動揺を見せず、静かに応じると、持っていたレポートを手渡す。

 

「それと、『永劫の天使』に関して調べてみましたが、現時点では詳しいことは何も分かりません」

 

「そうですか……引き続きお願いします」

 

やや落胆したサラマンディーネに頷き、久遠は再び作業に戻っていった。それを見送ると、サラマンディーネはレポートに眼を通しながら視線をその傍らに佇む機体に向ける。

 

ハンガーに固定された漆黒の天使は沈黙しているも、妙な威圧感のようなものを放っている。

 

(『永劫の天使』――すべてのラグナメイルの素体となった機体……そして、アウラの予言に記されていた機体)

 

険しい面持ちで睨むように見ていたが、踵を返し、その後を慌ててナーガとカナメが追う。整備区画を後にするなか、ナーガが憮然と口を開いた。

 

「サラマンディーネ様、よろしいでしょうか?」

 

「何かしら?」

 

「あの久遠という女――やはり私は信用ができません。出自もハッキリしませんし、どこであれ程の技術を身につけたのかも謎のままです」

 

厳しげな口調でそう詰問する。

 

久遠――そう呼ばれた女性は、元々都にはいなかった人物だった。ある日、フラッと都に現われ、サラマンディーネの提唱した『龍神器』プロジェクトに加わり、瞬く間に開発主任に収まった。

 

だが、その正体は謎が多い。数ある一族の出身も不明であり、なおかつほとんど喪われているはずの過去の技術に精通している点も不審さがある。

 

そんな怪しげな人物が造った龍神器に敬愛する主を乗せることには些か不安もあり、先程もサラマンディーネの意図を汲み取ったかのような言い回しもさることながら、信頼を寄せるサラマンディーネの態度にも納得ができなかった。

 

カナメはやや困ったように顔を顰めるも、心情的には同じなのか、嗜めることはなかった。真剣な面持ちで見る部下にサラマンディーネは背筋をただす。

 

「確かに――彼女の素性に不審な点が多いのは認めます」

 

龍神器製造にあたり、サラマンディーネはアウラの残したデータや過去の文献を頼りにラグナメイルに関するあらゆる情報を調査した。それは、アウラ奪還のために障害となるであろうエンブリヲのラグナメイルやその他の兵力に対抗するためだ。

 

それは長い時間を掛けて解析されたデータではあったが、エンブリヲと同じラグナメイルを製造することには神官達が難色を示した。アウラ奪還の旗頭となるべきものが仇敵の兵器と同じものとはいかがなものか――その意見にはサラマンディーネも同意できた。

 

だが、そうなればいくらデータが基にあるとはいえ、自分達で新しく設計し直す必要がある。それも、ラグナメイルを上回るほどの性能が。

 

やや行き詰まっていたとき、サラマンディーネのもとを一人の女性が尋ねてきた。それが、『久遠』という女性だった。彼女はサラマンディーネの開発スタッフのメンバーに加わると同時に、ラグナメイルの機構を理解し、それを応用したフレームの基礎を瞬く間に構築し、サラマンディーネに提出した。

 

さしものサラマンディーネもその能力には不審感を覚えた。

 

「しかし、彼女が私達に協力してくれたからこそ、龍神器がロールアウトできたのです。それはナーガ、あなたも理解しているはずです」

 

その指摘に苦虫を噛み潰したように顔を顰める。

 

もし彼女がいなければ、龍神器のロールアウトももっと時間が掛かっていただろう。そうなれば、アウラ奪還の悲願は遠のき、また多くの同胞の血が流れる。

 

なにより、龍神器は当初の想定を遥かに超えた能力を示しており、それは実際に扱うサラマンディーネは元より、ナーガやカナメも認めざるをえないものだ。

 

「しかし――」

 

「ナーガ、もういいじゃない――姫様が信頼しているのなら、私達も信じましょう」

 

頭では理解していても、感情が納得できない。なおも言い募るナーガだったが、それをカナメが制する。嗜められ、渋々と口を閉じる。

 

「しかし姫様、彼の者の素性に不安があるのは事実です。近衛軍から警戒と監視だけは行わせます」

 

妥協案とばかりにそう進言すると、サラマンディーネは静かに応じる。

 

「構いません、必要なことでしょうし――ですがアウラ奪還までは打てる手は可能な限り打ちます。彼女達に関してもです」

 

「ですが、戦力が必要ならば、我々や近衛軍の誰かを彼女らの機体に乗せれば――」

 

厄介どころか、先日まで敵対していた相手を迎え入れることには相当の反発があるだろうし、強行すれば要らぬ動揺を齎してしまう。

 

そう危惧する二人にサラマンディーネは真剣な面持ちで首を振る。

 

「いえ、あれらの機体は恐らく彼女達にしか使えません。最悪でも、再び敵対することだけは避けねばなりません」

 

それは確信だった。ラグナメイルを扱うには、いくつかの条件が必要となる。そして、それを乗りこなせるだけの人材には残念だが、アテはない。

 

(なにより、あの機体は―――)

 

ヴィルキスは元より、アイオーンにはさらに複雑な背景がある。まだ彼女らにも伝えていないことだが、この先協力を取り付けるには、うまく使わなければならないものだ。

 

「サラマンディーネ様」

 

逡巡していたサラマンディーネは不意に掛けられた声に振り返ると、一人の兵士が傍で礼を述べた。

 

「例の者が参りました」

 

「そうですか、分かりました。では、迎えに参りましょう」

 

その報告に今までの真剣な面持ちではなく、どこか嬉しそうに頷くと、サラマンディーネは歩み出し、ナーガとカナメも慌てて後を追った。

 

 

 

 

 

 

その頃、医務室のような場所でセラは壁に背を預けてベッドで眠るアンジュを見つめていた。

 

あの後、セラ達はアウラの塔を後にし、リーファにのされたアンジュの手当てをと、この医務室へと連れてこられた。手当てといっても、別に外傷を受けたわけでもなく、単に気絶しているだけなので、ベッドに寝かせているだけだが。

 

アンジュの行為も特に咎められることもなく、相変わらず自由にしていいとばかりにここに残された。サラマンディーネの対応に関しては正直、理解ができない。

 

(とはいえ、逃げ出す手段もないわけだけど……)

 

心中に嘆息する。

 

逃げ出しても構わないとばかりの放置っぷりだが、肝心要のパラメイルの居場所が分からず、逃げ出せたとしても元の世界に戻る方法も未だ不明のままだ。

 

自由でありながら選択肢はない――そして、彼女がわざわざアウラの塔とやらにまで案内して見せたのは、自分達のことを知ってもらう以上に、別の思惑がある。

 

(仲間になれ、ってわけね―――)

 

結論として行き着くのはそこだろう。もしドラゴン側の戦力が充分だとしたら、問答無用で処刑されていたかもしれない。

 

少なくとも、周りや神官連中はそうしろとばかりの態度だった。サラマンディーネの真意がどうなのかは分からないが、彼女の行動こそがどちらかというとおかしい。この状況では薄皮一枚で生かされているということに変わりはないのだが。

 

アンジュは元より、セラとてドラゴンに協力するかと問われても素直には応じられないだろう。後ろから撃たれる可能性がある内は、迂闊に信用するわけにもいかない。

 

それに―――……

 

(アイオーン――セレナ、か)

 

今一度、己の中に反芻する。

 

自身が乗る機体の謎の一端を知った形となったが、それでもまだ何も分からない状態だ。すべてのラグナメイルの原型―――アウラの妹であるセレナが造り上げた機械の神……だが、それがどうして自分の元に現われ、セラを乗り手に選んだのか。

 

そもそも、そんなものが何のために存在しているのかさえ分からずじまいなのだ。サラマンディーネもそれ以上のことは知らないのか、敢えて伝えていないのか―――判断はつかなかったが、どちらにしろまだ答えは出そうになかった。

 

無意識にペンダントを持ち上げる。

 

(あなたは知ってたのかしらね――ソフィア・斑鳩・ミスルギ……―――)

 

ジャスミンの話から察するに、セラにこのペンダントを預けたということは、母親は――両親は、何かを知っていたのではないか……もっとも、いくら考えたところで憶測でしかないが。

 

思考に耽っていると、不意に医務室のドアが開き、思わず顔を上げる。

 

「おいっすー」

 

「ヴィヴィアン?」

 

久方ぶりに聞く能天気な声と笑顔を浮かべて入室してきたヴィヴィアンの姿に驚く。ドラゴンではなく、元という言い方もおかしいが、人間の形態を取っていた。

 

戸惑うセラに近づき、手を振る。

 

「やっほー、セラ」

 

「あなた、人間に戻れたの?」

 

やや呆気に取られながらそう訊ね返すと、ヴィヴィアンはいつものように笑う。

 

「ここでクイズでーす! あたしはどうやって人間に戻ったのでしょーか?」

 

「は?」

 

突然のことに眼を白黒させるも、そんなセラを余所にヴィヴィアンは得意気に口を尖らせ、両腕をクロスさせて大きく×を作る。

 

「ブッブブー! 残念、正解は――えーと……何だっけ?」

 

首を傾げて背後に訊ねる様子につられてそちらを振り向くと、別の人物が入室してきた。やや眼元が怪しげな女性が苦笑するように答える。

 

「D型遺伝子の制御因子を調整しました。これで外部からの投薬なしに人間の状態を維持できるはずです」

 

「ってことでした」

 

その説明にヴィヴィアンは胸を張るも、当のセラにはまったく理解ができなかった。ともあれ、ヴィヴィアンがいつもの姿に戻り、これまたいつもの調子なことには安堵した。

 

「まあいいわ。ところで、あなたは?」

 

「これは失礼、私はドクター・ゲッコー、ここで医療と遺伝子研究に携わる者です」

 

セラの問いに軽く会釈しながら答える女性は、この神殿のお抱え医であると同時にドラゴン達の遺伝子研究を行っていると説明を受けた。

 

ドラゴンに遺伝子調整した人間達のその後の経過を分析し、より安定したものへと研究するのが主な仕事のようだが、外部からの投薬により人間形態を維持するヴィヴィアンは、久しぶりに興味津々なサンプルだったらしい。

 

随分ハッキリと言うものの、マギーも性格はどこかイっていたが腕は確かだったし、総じてこういう人種はみな似たようなものなのかとセラは思った。

 

その時、ベッドから小さな声が漏れ、振り返るとアンジュがベッドの中で魘されており、眉を顰める。

 

「およ、アンジュどったの?」

 

ヴィヴィアンも気になったのか、徐にベッドに近づき、顔を覗き込むと、アンジュが突然大声を上げて起き上がった。

 

「うわっ、ビックリした~」

 

ヴィヴィアンは耳元で響いた声に身体を仰け反り、セラも不意打ちにやや顔を顰めている。その様子に起き上がり、息を乱していたアンジュが気づき、驚きに眼を見張る。

 

「セ、セラ? それに、ヴィヴィアンも……?」

 

「おいっす、アンジュ」

 

「それだけ叫べれば、もう心配はないみたいね」

 

ヴィヴィアンは陽気に応え、セラはやや呆れ気味に肩を竦める。

 

「わ、私確かあのドラゴン女に――」

 

「見事にやられたわね」

 

必死に思い出そうとするアンジュにセラが告げると、再び怒りに顔が染まる。

 

「リーファ様が気絶させる程度で済ませるとは珍しい――もしいつもどおりであったなら、まだ起き上がれなかったと思いますよ」

 

ゲッコーの言動からアンジュは戦慄するどころか、見逃されたのかとやや悔しげだ。

 

「あのドラゴン女―――ん? そう言えば、タスクは?」

 

リーファのことを憎々し気に思い出していたアンジュが不意に浮かんだ疑問を口にすると、セラもすっかり忘れていたことに気づいた。

 

あまりに衝撃的なことが続いたので、戻ってきてからタスクとは会っていない。

 

「タスクならさっきまで一緒だったよ」

 

そんな疑問にヴィヴィアンが答え、その先を訊こうとした瞬間、悲鳴が聞こえた。

 

『たすけてくれ―――――――!!!!』

 

壁越しに聞こえた悲鳴は当のタスクのものだった。あまりの音量に一瞬驚きに固まるも、アンジュが慌ててベッドから起き上がり、セラもやや緊迫した面持ちで聞こえてきた部屋に飛び込んだ。

 

「タスク! どうした――」

 

ドアを潜って飛び込んだ先で繰り広げられる光景に戸惑う。ベッドに拘束されていると思しきタスクの回りには何人もの女性が群がっており、皆一様に顔を赤くしながらも黄色い声を上げて興味津々に見ている。

 

「何やってるの?」

 

思わずセラがそう漏らす。拷問を受けているわけでもなさそうだが、タスクは先程から必死に抵抗しているも、顔を赤くしており、首を傾げるのみだ。

 

「ちょ、ちょっとあなた達何やってるのよ!?」

 

我に返ったアンジュが女性陣を掻き分けながらタスクに近づき、ようやく状況を視認した瞬間、顔を真っ赤に染めた。

 

「な、なななな! 何やってるのよ!?」

 

「ご、誤解だ! 俺は何も、って! そこはダメー!」

 

頭を振るタスクは女性が触れる場所に情けない悲鳴を上げ、それに対して周囲の女性陣の黄色い歓声はますます強くなる。

 

「何やってんだか……」

 

セラは心底呆れた面持ちで頭を掻き、その背後から近づいたゲッコーが含むように妖しく笑う。

 

「男の人間体のサンプルは非常に珍しいので、協力を願い出たのです。彼は喜んで受けてくれましたよ、『性教育』のね」

 

「へぇ……それはそれは」

 

ゲッコーの言葉にセラの眼は呆れたものから軽蔑したものへと変わり、聞き留めたアンジュは怒りに震える。その様子にタスクは大仰に声を上げる。

 

「ち、違う! 俺はただ、協力してくれって言われただけで―――!」

 

必死に弁明するも、この状況では説得力がなかった。アンジュの怒りが爆発しそうになった瞬間―――

 

「何をしているのです? あなた達―――」

 

室温が一気に10℃は下がったのでは、と思わせる程の冷たい声に歓声を上げていた女性達は一瞬の内に静まり返り、身体を強ばらせる。

 

振り向いてはいけないと思うものの、振り向かずにはいられない強迫感に襲われ、誰もが戦々恐々と振り返ると、そこには青筋を浮かべて笑うリーファが仁王立ちしていた。

 

心なしか、持っている薙刀が震えているような―――いや、眼がまったく笑っていないことから迂闊に何か言えば、斬られると確信できるほどの怒気を放っていた。

 

アンジュもその気迫に気圧されてしまい、思わずたじろぐ。

 

「こ、これはリーファ様……」

 

引き攣った顔のまま、上擦った声で話し掛けるゲッコーに振り向き、ニコリと笑う。

 

「ドクター・ゲッコー、これは何をしているのですか? この方は私の伴侶になる方――些か、乱暴な扱いではないですか?」

 

平淡な声で問い掛けられ、ゲッコーは喉の奥が引き攣るも、なんとか理性を総動員する。

 

「い、いえ…決してそのようなことは…ただ、少し私の実験に付き合ってもらっただけで」

 

「そうですか。ではすぐに解放なさい――それと、今後このような事を行う場合は必ず私に報告しなさい」

 

それは無言の圧力となって、襲い掛かり、もはや首を縦に振るしかできなかった。その様子に戦慄していた女性達は振り返ったリーファの顔に顔を恐怖に引き攣らせる。

 

「あなた達、さっさと持ち場に戻りなさい!」

 

そう一喝すると、蜘蛛の子を散らすように女性達はベッドから離れ、医務室を飛び出していった。それを苛立ち気味に一瞥すると、悪態をつく。

 

「まったく……タスク殿、だいじょう、ぶ…です、か――」

 

開けてタスクに近づいたリーファは今の状態に気づき、顔を羞恥に染める。

 

「あ、いやこれは、違うんだ――!」

 

「い、いえいえ! 伴侶となるべき殿方のもの! 決して軽蔑しません!」

 

顔を赤くしながら頭を振るリーファに、タスクも同じように上擦った声で返す。なにか、もう見ているのも馬鹿らしくなり、セラは肩を竦めて踵を返し、アンジュもなにか毒気を抜かれてしまい、セラの後を追うようにその場を離れた。

 

 

 

 

外に出ると、既に陽は暮れ始め、茜色に染まっていた。

 

整えられた庭の中には小さな屋根に覆われた手水舎があり、備え付けの龍の置物から水が流れている。徐に近づき、水で顔を洗う。

 

「ふぅ……」

 

思わず小さく息が漏れる。

 

水で顔を洗うなど久々だ――柄杓で水をすくい、飲み干す。冷んやりとした水が喉を潤し、一息ついた形だ。その横でアンジュもホッとしたのか、リラックスしている。

 

「セラ、アンジュ」

 

横で見ていたヴィヴィアンがタオルを取ってきて手渡す。

 

「ありがと」

 

タオルで顔を拭いていると、アンジュが不機嫌そうに顔を顰める。

 

「まったく、あのエロタスク――欲求不満だったらトカゲでもなんでもいいのかしら!」

 

憤慨しながら愚痴るアンジュに小さく失笑し、思わず語り掛ける。

 

「アンジュ、ヤキモチ焼くんだったらもっと素直になったら?」

 

アンジュの態度が微笑ましくなり、そう声を掛けたのだが、アンジュは意味が分からずキョトンと眼を白黒させる。

 

「ヤキモチ? 誰が誰に?」

 

「タスクよ――うかうかしてたらホントに靡くかもよ。一途な子には弱そうだし」

 

その言葉にアンジュの表情が瞬時に赤くなり、同時に激しく狼狽したように取り乱す。

 

「ち、違うわよ! なんで私があんな奴に! 私はただ、あいつがあんなトカゲ女に不埒な真似をしないように――そう! それだけよ! 私はあいつのことなんかなんとも思ってないんだからね!」

 

「はいはい」

 

必死に弁解するアンジュに相槌を返しながら視線を向けると、奥の通路から見知った顔が現われ、思わず顔を硬くする。その様子にアンジュも振り返ると、苦手そうに顔を顰める。

 

「もう起き上がっても大丈夫のようですね」

 

歩み寄ってきたサラマンディーネがそう話し掛けると、アンジュには嫌味に聞こえ、小さくそっぽを向く。

 

「ええ、手加減なんてしてくれたおかげで」

 

横柄な口調で返すと、控えるナーガやカナメは小さく睨むも、サラマンディーネは些かも害した様子を見せず、クスリと笑う。

 

「そうですか、あの子には手加減を少し覚えてもらわねばならないので」

 

そう切り返され、アンジュはまたも口を尖らせる。セラは不意にサラマンディーネが見知らぬ女性を連れているのに気づき、眉を顰める。

 

その女性は先程から自分の隣を凝視している――正確には、隣にいるヴィヴィアンをだ。戸惑うセラの前でサラマンディーネは真剣な面持ちで視線をヴィヴィアンへと移す。

 

「ラミア、『彼女』です。遺伝子照合で確認しました、あなたの娘に間違いありません」

 

そう呟く内容に眼を見開く。

 

「へ……?」

 

「娘――?」

 

「ほえ?」

 

セラやアンジュは戸惑いの声を上げ、告げられた当人は自身を指しながらも意味が分からずに首を傾げる。そんなセラ達を余所にサラマンディーネは言葉を続けた。

 

「行方不明になったシルフィスの一族、あなたの子『ミイ』よ」

 

「ミイ? 本当にミイなの!?」

 

告げられた内容に弾かれたように駆け出す女性がヴィヴィアンに抱きつき、涙を流す。その光景に眼を丸くするセラやアンジュだったが、ヴィヴィアンは突然のことに混乱する。

 

「ああ、ミイ」

 

「いや、だから…あたしはヴィヴィアン―――」

 

抱きしめる女性に戸惑っていたヴィヴィアンは何かに気づき、思わず鼻をきかす。

 

「この匂い、知ってる…エルシャの匂いみたい……あんた誰?」

 

その問い掛けに抱擁していた女性は静かに離れ、涙を流しながら微笑み、口を開いた。

 

「お母さんよ」

 

「お母さん、さん? 何、それ?」

 

意味が分からずに首を傾げるも、見守っていたサラマンディーネが優しげに告げる。

 

「あなたを産んでくれた人ですよ」

 

「ヴィヴィアンのお母さん!?」

 

その意味を理解した途端、傍で聞いていたアンジュの方が驚き、セラも驚きに眼を見張っている。確かに、ヴィヴィアンがドラゴンだった以上、こちらの世界に家族がいてもおかしくはないが、それでもいきなり母親と名乗る女性が現れれば、戸惑いもするだろう。

 

現にヴィヴィアンは未だに泣くラミアという女性にどう接していいのか分からずに困っている。アルゼナルで親のことなど教えられることはないから無理もないが。

 

「ええ、彼女はお母さんを追って、あちらの地球に迷い出てしまったのでしょう」

 

ドラゴンによる侵攻はもう何十年と続いている――そう考えれば、確かに納得はできるのだが、それでもよくアルゼナルに捕まって無事でいられたものだ。

 

(あのボケ司令ども)

 

改めてヴィヴィアンを利用した連中に悪態をつくも、それでもそのおかげでヴィヴィアンが母親と再会できたのだから、悪いことばかりではないが。

 

親子の再会にナーガやカナメなどももらい泣きをしており、サラマンディーネは柔らかく微笑む。

 

「ナーガ、カナメ、祭りの準備を――祝いましょう、仲間が10年振りに、還ってきたのですから……」

 

その言葉に二人は大きく頷き、セラとアンジュはお互いに首を傾げ、ヴィヴィアンは戸惑いながらも、母親という女性に抱擁されたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

夜も耽け、都はほのかな灯りに包まれていた。

 

アウラの塔の前に住人達が集まり、その周囲に大型のドラゴン達が見守るように佇んでいる。集まった皆が皆、手に蝋燭の入った小さな箱を抱えていた。

 

やがて、祭壇にサラマンディーネが姿を現すと、歓声が上がる。サラマンディーネを祝福する歓声に微笑み返し、その後ろではラミアに連れられたヴィヴィアンが同じような燭台を持ってマジマジと見ている。

 

「何をするの? これから」

 

「サラマンディーネ様のマネをすればいいだけよ」

 

先程と比べると随分懐いたのか、ヴィヴィアンは極自然にラミアと話していた。微笑むラミアにヴィヴィアンは視線をサラマンディーネに移すと、彼女は眼を閉じ、祈るように語り出す。

 

「殺戮と試練の中、この娘を彼岸より連れ戻してくれたことに感謝いたします……」

 

厳粛に告げ、サラマンディーネは静かに蝋台の乗った灯籠を空へと舞い上げ、それに続くように皆が舞い上げる。夜空に無数に舞い上がる灯篭の灯が彩られ、幻想的な光景を作り出す。

 

「アウラよ!」

 

『アウラよ!』

 

それに敬意を込めるようにサラマンディーネが母なる存在へと語り掛ける。それを聞く者達もまた祈るように名を紡ぐ。

 

やがて、ラミアも灯篭を舞い上げ、隣にいるヴィヴィアンも同じように舞い上げる。空へと上がっていくそれに眼を輝かせる。

 

その儀式のような光景をやや離れた位置でセラやアンジュは見ていた。

 

「――不思議な光景ね」

 

「ええ――だけど、悪くはないわ」

 

初めて見る光景だが、不思議と心が安らぐような――それでいて、自身の中の迷いを晴らすような美しさがあった。そんな二人の傍に人影が近づく。

 

「ここに居たんだ」

 

その声に反応し、せっかく見入っていたのに顔を尖らせるアンジュが軽く睨み、睨まれたタスクは苦く顔を引き攣らせる。

 

「お楽しみは終わったのかしら?」

 

セラが小さく含み笑いを浮かべながら問い掛けると、大きく噴き出す。

 

「な、何もしてないよ! あの後すぐに解放してくれて、祭りをやるからって」

 

「ええ、決してあなたの考えるようなことはありません」

 

弁解するタスクの背後から憮然と声を掛けたリーファにセラは肩を竦め、アンジュは鼻を鳴らす。その様子に苦笑しながらタスクも顔を上げてその光景を見つめる。

 

「なにか、心が落ち着くな」

 

夜空の中に混じる灯りの厳かさに荒んでいた心が沈められるような気持ちだった。

 

「―――我々の戦いは、決して軽いものではありません。皆が皆、アウラのために命を賭ける覚悟をしています。ですが、それ故に戦に赴けば、決して戻れない覚悟です」

 

リーファがポツリと漏らした一言に、アンジュが身を硬くし、セラも表情を消す。ドラゴンによる侵攻は苛烈なものだった。そして、歪んだ使命に突き動かされてこれまで多くのドラゴンを死に追いやってきた。

 

それこそ、シンギュラーから現われた敵はすべて全滅させてきた。さらに言えば、未だ戦場に立つべきではない幼子が生きて還ってきた。それは、果てなく続いていた戦いの中に齎された小さな奇跡のようなもの。

 

「これからどうなるの? 私達にこんなものを見せて、どうするつもり?」

 

硬い口調でアンジュは今漠然と内にある不安を口にする。それに対して、リーファは真剣な面持ちで振り返る。

 

「知って欲しかったのです、私達の事を―――そして、あなた達の事を知りたいと、それが姉上の願い」

 

「俺達の事を……?」

 

「知ってどうするの? 私達はあなた達の仲間を殺した。あなた達も私達の仲間を殺した、それが全てでしょ?」

 

その言葉にリーファは静かに眼を閉じ、瞑目すると再びアンジュを見据える。

 

「そうです――私も本音を言えば、あなた達が赦せない。でも、怒り、悲しみ、憎しみ…その先にあるのは滅びだけです。かつての過ちのように」

 

重く語るリーファに思わず気圧される。かつて、自らの過ちにより滅んでしまった世界――それを再び繰り返すことはできない。

 

そして、そんな彼女らの覚悟と苦難すら知らず、自らの欲のためにアウラを利用する自分達の世界の身勝手さ――それは到底赦せるものではないのだろう。

 

そう苦く思うアンジュにリーファが微かに表情を和らげる。

 

「でも人間は受け入れ、赦すことができるのです。そして、その先に進むことも――…姉上の教えです。だからこそ、私も信じようと思います。どうがごゆるりとご滞在下さい…姉上の伝言です。それでは」

 

リーファは頭を下げて、その場から離れて行く。その先にはこちらの様子を伺うナーガとカナメがおり、二人に笑いかけながら離れていく。その背中をどこか羨ましげに見るアンジュに、タスクも真剣な面持ちで見送る。

 

「赦す、か―――」

 

タスクは空を見上げて呟く。

 

「同じ月だ。もう一つの地球…か」

 

「夢なのか現実なのか、分からないわ――」

 

まるで、戦いの日々が遠い日のように思える―――そんな不思議な安息が心を満たす。今のこれは夢で、眼が覚めればまた戦いの日々が始まるのではないか……微かな不安を見せるアンジュにタスクも同じ心境なのか、黙り込む。

 

「現実よ―――だからこそ迷うんでしょ」

 

沈痛な面持ちを浮かべていたアンジュとタスクにセラが囁く。セラはジッと空を見上げ、月を見つめている。

 

「たとえ世界が違っても、今、私達が生きているという現実は変わらない。だからこそでしょうね――信じる、か……随分、買い被ってくれるわね、あのドラゴンさん」

 

セラが称賛するようにサラマンディーネを見やる。その横でヴィヴィアンが母親と寄り添いながら、楽しそうにしている。先程までのぎこちなさはない――時間の隔たりなど無かったかのように甘える姿は、彼女が裏表のない性格だからだろう。

 

「……帰るべきだろうか―――」

 

「え?」

 

「アルゼナル、リベルタス、エンブリヲ―――もし…もう戦わなくて良いのだとしたら―――」

 

不意に呟いたタスクの言葉に、アンジュはドキッとし、やがて思いつめるように顔を顰める。この心地よさに浸っていることを受け入れている自分がいる。

 

だが、それが迷いを齎す。

 

「その答えは、自分で出すしかないんじゃない―――自分が、何をすべきなのか、ね」

 

まるで己に言い聞かせるように呟いたセラの一言にハッとする。何があろうとも、どうするかを最後に決めるの『自分』でしかないのだ。

 

「セラは―――」

 

思わず訊ねようと声を出そうとするが、思い止まる。セラは遠くを視ていた―――灯篭に満ちる空でもない、夜空に浮かぶ月でもない……それよりも遥か遠くを―――その瞳に決して譲れない意思を宿して。

 

その姿が強く、そしてどこか遠くに思え、アンジュは言いようのない不安を抱く。セラはもう決めているのかもしれない―――遠くに感じるも、アンジュ自身はまだ答えは出ていなかった。




前半はかなりオリジナルが入っています。
これで原作15話まで終わりました。次回はあのネタアニメ呼ばわりされた回ですが、またいろいろ変えていきますし、その後はいよいよ共鳴戦線に。

アイオーンの覚醒に加えて、ヴィルキスと焔龍號のパワーアップなど、いろいろ見せ場が多いです。



しかし、このままだとアルゼナル組との戦力差が激しくなるな―――アーキバスの強化機でも出そうかな。
クロスアンジュMSV的な感じで。

ではでは、感想お待ちしております。

スパロボVのPVよかったな~そして何よりもうれしいのは、もはや再登場は絶望的になっていた「ヒュッケバイン」が参戦すること!第4次の頃からのファンとしては感涙ものでした!

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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