クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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千年の罪

ドラゴン達の都へと連れてこられたセラ達は、そこで会ったサラマンディーネというドラゴンの少女に連れられ、客室へと案内されていた。

 

相手の考えが読めないなか、サラマンディーネが部屋の畳へと促し、そこへ腰を落とす。その前にサラマンディーネが座るも、リーファは難しい面持ちで傍に佇んだままだ。

 

「リーファ、あなたも座りなさい」

 

「いえ、私はここで――この者達は油断できませんので」

 

咎めるも毅然とした様子で断り、困ったように笑う。護衛役としては当然の責務なのだが、この融通の利かなさは少々困ったものだ。

 

苦笑しながら、サラマンディーネは傍の釜で湯を沸かし、備えていた茶器を取って棗から緑の粉を入れ、釜で沸かしたお湯を注ぎ、茶筅でお茶を点てていく。

 

その一連の流れは何かの作法に則って行われているのか、随分と洗練されていた。慣れた手つきでお茶を点てると、それをそっと前方で座るセラ達の前に差し出す。

 

「『茶道』という古代の客人をもてなすための作法だそうです。お茶請けもありますので、どうぞ」

 

穏やかな笑みを浮かべて促すサラマンディーネだが、生憎と不審感は拭えぬままだ。

 

「何の真似?」

 

アンジュは警戒心を隠せず、睨みつけているが、そんな敵意などまるで動じておらず、サラマンディーネは余裕の表情を崩しはしなかった。

 

「長旅でお疲れでしょう、遠慮なさらず」

 

「そうね、遠慮なくもらうわ」

 

アンジュとは打って変わってセラも平然とそのもてなしを受け、差し出された茶碗を取って何の躊躇いもなく口に含み、アンジュが慌てる。

 

「セラ、毒かもしれないのよ!」

 

その言葉にリーファが眉を吊り上げるも、当のセラは平然としたままだ。

 

そんな回りくどい手で殺すよりも、簡単な方法がいくらでもある――まして、ここで毒殺したからといって何の意味もない。

 

真意こそまだ読めないが、少なくとも話を聞くのなら問題はないだろう。アンジュはまだ疑いの眼差しを向けたままだが、やがて不機嫌な表情のまま茶碗を取って乱暴に口に運ぶ。皇女としての振る舞いなど知ったことかとばかりの横柄とも取れる態度に、端で見ていたタスクはやや顔を引き攣らせながら、自身も前に置かれたお茶請けの菓子を取った。

 

茶色のような不思議な形のものを備え付けのクシを使って口に運ぶ。

 

「うまい」

 

ほのかな甘味が口の中に拡がり、タスクが思わずそう声を上げると、サラマンディーネが嬉しそうに微笑む。

 

「お気に召したようですね。それはリーファが作ったものなのです、『羊羹』というものだそうです」

 

その言葉に振り向くと、傍で立っていたリーファがどこか恥ずかしそうに顔を伏せている。

 

「ちょっとタスク」

 

咎めるアンジュにタスクがバツが悪そうになるも、挟まれているセラにしてみれば迷惑この上ない。小さく嘆息すると、本題を進めるべく、まずはタスクに視線を向けた。

 

「タスク、あなたどこまで聞いたの?」

 

少なくとも、自分達よりは先にドラゴンと接触していたはずだ。だが、それに対しタスクは難しげに首を振る。

 

「それが、まったく聞けてなくて――」

 

そもそもここに連れてこられた経緯が経緯だけに、最初は物珍しさから遠巻きに好奇心の眼に晒されながら尋問を受けた。その過程でこの世界へと跳ばされたこと、他にもセラ達が来ているのではと話したらしい。

 

タスクの話と先程の大巫女の言葉を考慮すると、自分達がこの世界に跳んだという事実はドラゴンの方でも把握できていなかったということらしい。

 

とはいえ、それ以上の込み入った話はほとんど訊けていないらしい―――ならば、とセラは改めてサラマンディーネを見据える。

 

まるでそれを待っていたように微笑み、サラマンディーネも居住まいを正す。

 

「改めて名乗りましょう、私はサラマンディーネと申します。そして、そちらが私の妹であるリーファといいます」

 

「――セラよ。それで、こっちがアンジュ。一応、私の姉」

 

その紹介にアンジュはやや不満そうにセラを睨むも、セラは小さく肩を竦めるのみだ。タスクは改めて紹介するまでもあるまい。横で当人は肩透かしを喰らったように項垂れているが、無視した。

 

「あなたが、『永劫の天使』の乗り手なのですね」

 

「『アイオーン』のことなら、そうなのでしょうね」

 

互いに相手の出方を窺う。一服したことで僅かに心に余裕はできたものの、まだ謎の答えは出ていない。逸る気持ちを抑えながら、セラは疑問を片付けるべく、自身の中で整理しながら口を開く。

 

「質問していいかしら?」

 

「ええ、なんなりと」

 

「あなた、『偽りの民』、『真の地球』――確か、そう言ったわね? どういう意味かしら? なんでこの世界が『地球』なの?」

 

最初に気になったのはその点だ。セラ達自身も自分達がいた世界が『地球』であると思っていた。

 

だが、この『地球』は滅んでいる。そして、サラマンディーネの言葉を信じるなら、自分達のいた世界が『偽り』ということになる。

 

「だいたいあなた達、本当に人間なの? 人間にはそんな羽や尻尾なんか付いてないわよ、宇宙人とかじゃないでしょうね?」

 

アンジュも棘のある口調で詰問する。その態度にリーファが睨むも、サラマンディーネが視線で制し、静かに頷く。

 

「いいえ、私達は確かに『人間』ですわ。私達の祖先は、あなた方と同じ存在でした」

 

「だけど、ならどうしてここが『真』の地球なの? 私達がいた世界も地球だった――なにより、この地球は一度滅びたんじゃないの?」

 

シェルターでの映像、そして荒廃した廃墟――この世界は間違いなく一度滅びている。無論、一瞬にして滅びたはずはない。僅かに生き残った者達が自らを『ドラゴン』なる異形へと変質しなければならないほど、危機に瀕したということはなんとなくだが察した。

 

自分達のいた地球とはあまりに辿った歴史が違いすぎる。

 

「『地球』が二つあった…としたら――」

 

その疑問に答えるように呟いたサラマンディーネの言葉に眼を見開く。

 

「平行宇宙に存在したもう一つの地球――一部の人間が、この地球を捨てて移り住んだのが、別宇宙にあるあなた達の地球なのです」

 

唐突に告げられた事実に息を呑む。あまりに突拍子もない答えに戸惑いを隠せない。

 

「地球を捨てた? 何のために?」

 

古の民であるタスクも初耳だったのか、思わず身を乗り出す。

 

「ドラグニウムの汚染――」

 

それに答えたのは隣にいるセラだった。タスクが視線を向け、サラマンディーネもその言葉に眉を顰める。

 

「あの地獄で観てきたわ―――戦争、それによる人類の激減と環境汚染」

 

人類の終末を描いたような戦争の果てに、地球はドラグニウムにより全域で汚染が進み、人類が生きることが難しくなってしまった。

 

「自らの傲慢で滅びた―――でしょ?」

 

揶揄するように告げるセラに、サラマンディーネは無言のままだ。

 

他者よりも先に、他者よりも豊かに、他者よりも優秀に――そうして決して満たされることのない人のあくなき欲がぶつかり、互いに喰い合い、そしてそれによって育てられた業によって滅びた。

 

無論、すべてがそうだったわけではない。戦争の戦端を開くのは一部の人間の欲望だ。生き延びた人々は、そんな地獄の底で絶望し、理不尽な怒りを覚え、そして滅びるを待つだけだった。だが、そこへ『救い』の手が差し伸べられた。

 

「戦争と汚染により、生き残った人類の一部の者は『方舟』に乗り、平行世界へと旅立ちました。そして、残された私達の祖先は、この地に生きる決意をしたのです」

 

「神様のお導きってやつ? そして、あなた達はそれを掴めずに地獄に取り残されたってわけ?」

 

聖書にある神に選ばれた種だけが生き残ることを赦された『方舟』―――いや、そんな綺麗なものではない。地獄に吊るされた『救い』という糸に亡者が群がっただけだ。

 

タスクはサラマンディーネの言葉に何か思い当たることがあるのか、神妙な面持ちで考え込む。

 

「つまりはこういうことでしょう――」

 

今まで無言で聞き入っていたアンジュが徐に茶を啜り、サラマンディーネを見やる。

 

「あなたがここに居て、地球が二つあるって事は――!」

 

そう言うや否や、次の瞬間持っていた茶碗を壁に向けて投げつけた。投げつけられた茶碗は壁に衝突して呆気なく砕け散り、中身が振りまき、破片が飛び散る。その行動に一同が戸惑い、一瞬硬直する。

 

その隙にアンジュは砕けて鋭くなった破片を拾い上げ、素早くサラマンディーネの背後に回り込み、背後から首筋に破片を突き付けた。

 

「帰る方法があるって事よね!?」

 

「アンジュ!」

 

「姉上!」

 

再起動した面々は、アンジュの突然の蛮行に驚き、眼を見開く。

 

「貴様! やはり早々に処分しておくべきでした!」

 

姉を人質に取られた失態にリーファは悔しげに歯噛みし、アンジュを殺さんばかりに睨みつける。それを煩げに一瞥すると、タスクを見やる。

 

「タスク、何やってるの!? その女を早く捕まえなさいよ!」

 

「え? え? え?」

 

突然叫ぶように言われた内容を理解できず、眼を瞬く。

 

「あなたはこっちの人間でしょうが! だったら元の世界に戻らなきゃいけないんでしょ!」

 

その言葉にタスクは苦虫を噛み潰したように顔を顰める。指摘されるまでもなく、『リベルタス』のためにタスクも元の世界に戻らなければならないと痛感しているだけに、とっさに反論できなかった。それでもアンジュの言葉を実行するのを躊躇う。だが、その内容に躊躇した瞬間、リーファはますます怒りに染まり、素早く行動した。

 

薙刀を持って静観しているセラの背後に回り込み、アンジュと同じく刃を首筋に突きつけた。

 

「なんたる暴挙の数々――姉上への無礼、最早赦してはおけません!」

 

さしものアンジュもセラを人質に取られ、悔しげに歯噛みする。だが、そこへ騒ぎを聞きつけ、部屋の外で待機していたナーガとカナメが電光石火の如く扉を乱暴に開けて、部屋へ飛び込んできた。

 

「姫様!?」

 

「サラマンディーネ様!?」

 

二人もまたその光景に眼を見開き、状況が不利になったことにアンジュはギリっと奥歯を噛みながら破片をちらつかせ威嚇する。

 

「動かないで! 近寄れば命は無いわ!」

 

「野蛮人め! やはり早々に処刑するべきだったわね!」

 

悪人のような台詞とともに睨みつけるアンジュに、ナーガとカナメも忌々しげに睨みつける。一触即発の空気が漂い、タスクはオロオロするなか、当のセラとサラマンディーネは動じた様子も見せず、粛々としているが、やがてセラが小さく嘆息し、徐に茶碗を取る。

 

「貴様、動くな!」

 

首筋に刃を添えて脅すも、リーファの恫喝など無視し、そのまま静かに茶を啜る。緊張感漂うなか、その行動に一同が戸惑うも、飲み終えたセラが息をつく。

 

「堪え性のない姉で迷惑かけるわね」

 

「なぁ…っ」

 

突然片眼でそう告げるセラにアンジュが驚き、サラマンディーネは小さく失笑する。

 

「いえいえ、こちらこそ妹が無礼を」

 

「姉上――?」

 

こちらもまた予想外の言葉にリーファが困惑する。

 

だが、セラにしてみればアンジュの行動は悪手も悪手だ。元の世界に戻れる方法の手がかりが見えたのはいいが、まだ確定もしていない中で行動を起こすのは、直情的な彼女らしいが、現状では迂闊だ。

 

「それにしても、随分と余裕ね」

 

破片を突きつけられているというのに一切の動揺を見せない豪胆さにそう揶揄のような称賛を送ると、サラマンディーネはクスリと笑みを返す。

 

「そちらも――油断のならない方だということは理解しましたわ」

 

笑みを浮かべながらも視線がどこか剣呑な気配を纏い、セラは微かに顔を顰める。

 

「あなたは先程から私をずっと観察していましたね? 私がどんな反応をするのか、どう動くのか、どんなクセを持っているのか、どういった考えをしているのか――一挙一動見逃すことなく…いざという時のために」

 

その言葉にセラは内心の動揺と困惑を出さないように自制し、無表情で返す。

 

「冷静で、油断のならない方のようです」

 

その観察眼の鋭さでセラの内心を察したように称賛すると、サラマンディーネは顔色を変えずに背中のアンジュに向かって話し掛けた。

 

「帰って、どうすると言うのです?」

 

その指摘にアンジュは動揺し、言葉に窮するも、畳みかけるようにサラマンディーネは続ける。

 

「待っているのは機械の人形に乗って我が同胞を殺す日々。それがそんなに恋しいのですか?」

 

「っ、黙って!」

 

己の迷いを指摘され、動揺を必死に押し殺しながら言葉を荒げる。だが、その手が震えていることに、サラマンディーネは小さくため息を零した。

 

「偽りの地球、偽りの人間、そして偽りの戦い――あなた達は何も知らなさすぎます」

 

咎めるように凛と告げるサラマンディーネにアンジュが苦悶を浮かべ、唇を噛む。その様子にセラは心中で嘆息すると、持っていた茶碗を置き、アンジュを見やった。

 

「アンジュ、その手を離して」

 

「っ、でも――!」

 

「あまり勿体ぶらせないでもらえるかしら? アンジュほどじゃないけど、私も回りくどいのは嫌いなの」

 

戸惑うアンジュを余所に、サラマンディーネにそう告げる。確かに自分達は知らない――だからこそ、欲するのだ。『真実』を――――毅然と見つめるセラにサラマンディーネは穏やかに笑う。

 

「ええ、私もその方が早いかと思います。では、参りましょう―――」

 

スッと、首筋から微かに離れたのを見計らって、脇に置いていた二振りの太刀を手に取って立ち上がった。些かも動揺を見せていなかった態度に反対にアンジュの方が圧倒されたように離れる。

 

「リーファ、あなたもその手を離しなさい」

 

「し、しかし……」

 

躊躇うリーファを軽く睨むと、それに気圧されておずおずと手を離す。自由になったセラに微笑み、セラもまた静かに立ち上がる。

 

「参りましょう。真実を見せて差し上げます」

 

「ええ、是非とも」

 

互いに不敵に笑い合い、セラとサラマンディーネは揃って部屋を出て行こうとする。

 

「ちょ、ちょっと――!」

 

「あ、姉上!」

 

事態の推移に我に返ったアンジュとリーファが慌てて後を追おうとする。

 

「ナーガ、カナメ。留守を頼みましたよ」

 

そう言い残してサラマンディーネは部屋から出て行き、残されたナーガとカナメ、そしてタスクは呆気に取られたままだった。

 

 

 

 

屋敷を出た一行はサラマンディーネが召還した大型ドラゴンに乗せられ、都から飛び立った。

 

「ヴィヴィアンに乗った時も思ったけど、ドラゴンに乗って飛ぶってのも悪くないわね」

 

ドラゴンの背中で感じる風にセラがそう漏らす。パラメイルに乗っている時とはまた違った開放感がある。ドラゴンの背に乗って複数回移動したノーマなど、初めてではなかろうか。

 

「ちょっと、セラ」

 

傍から聞くと呑気とも取れる台詞に思わずアンジュが咎める。当の彼女は未だに破片を握り締めて威嚇するように構えているが、正直何の意味もないだろう。だが、その横で牽制するようにリーファが睨んでおり、二人の間には緊張感が漂っている。

 

「お気に召したのでしたら、またいつでも機会を設けますが?」

 

「そうね―――『次』があれば、ね?」

 

そんなセラにサラマンディーネがそう提案すると、不敵に返す。そんな不遜な態度に些かも動揺せず、真っ直ぐに前を見据える。

 

やがて、ドラゴンは都の奥に聳えている塔へと近づいていく。

 

「着きましたわ」

 

その言葉につられて前を見ると、崩壊した塔の形が鮮明に見えた。

 

「暁ノ御柱が、ここにも……?」

 

そこに建っているのは間違いなく暁ノ御柱だった。戸惑うアンジュを余所に、ドラゴンは上部を喪失して内部がむき出しとなっている暁ノ御柱へと降り立つ。

 

「『アウラの塔』と、私達は呼んでいます。かつてのドラグニウムの制御施設ですわ」

 

徐にドラゴンから降り立つサラマンディーネに続きながら、施設へと下りると、サラマンディーネは静かに内部へと促す。塔の中はどこもかしこも大きく傷つき、亀裂が走って壁が崩落している。

 

少なくとも、昨日今日でなった訳ではない―――破壊されてからかなりの年月の経過を窺わせる。施設内は薄暗く、またどこか重苦しさを覚えさせる。

 

「ドラグニウム――22世紀末に発見された強大なエネルギーを持つ超対称性粒子の一種。僅かな生成量で膨大なエネルギーを発生させることができ、世界を照らす筈だったその力は、すぐに戦争へと投入されました。そして環境汚染、民族対立、貧困、格差、どれ一つも解決しないまま人類社会は滅んだのです」

 

一行はやがて奥のホールらしき広場に辿り着く。そこも大きく崩れており、ひしゃげた中で唯一無傷だったエレベーターに乗ると、サラマンディーネはコンソールを操作し、エレベーターは静かに起動して下へとゆっくり降りて行った。

 

降りていく中で語られるかつての戦争の歴史。

 

地球は『人間』という癌に蝕まれていた。より『豊かさ』を、より『優れたもの』を、求める欲望がより大きな力を得たときに、『悪意』が人の心を満たす。

 

『強奪』、『嫉妬』、『優越』、『羨望』、それらの感情が一番手っ取り早く選ぶのが『暴力』だ。『ドラグニウム』という『力の種』が蒔かれたとき、『滅び』への道は既に開かれていたのだ。

 

「そんな地球に見切りをつけた一部の人間達は新天地を求めて方舟で旅立ちました」

 

「……似たような話を、遂最近聞いたわ」

 

アンジュがどこか揶揄するように呟くも、聞かされる内容はジルから聞かされた話と符合する部分がある。

 

ジルは言った――度重なる戦争で人類に嫌気が差した神様が『マナ』によって管理される人間を創ったと。そして、その神様によって世界から追放されたという『古の民』―――

 

(まさか、タスクは――)

 

サラマンディーネは言った――『方舟』で一部の人間が旅立ったと。それが平行世界にあるセラ達のいた『地球』だとしたら、古の民とはロストワールドの生き残り、そして『マナ』が使えずに世界から追放された―――

 

(どっちにしろ、地獄だったというわけか)

 

救いを求めて捨てたはずが、その逃げ延びた先でまたもや世界から追われる―――なんとも皮肉な運命だ。

 

「残された者達は汚染された環境で生きるため、ある一つの決断を下しました―――自らの身体を作り換え、環境に適応する事を」

 

最下層と思われるフロアまで降り立った所でエレベーターが音を立てて停止した。

 

サラマンディーネは語った内容にまるで自戒するかのように沈黙する。それをまるで裏付けるかのように、周囲は薄暗く、認識すらできない暗闇だった。

 

やがて、暗闇に眼が慣れてきたのか、そこが広大な空間であることを認識する。

 

「作り……換える?」

 

アンジュは訳が分からず、首を傾げた。

 

「それが『ドラゴン』という姿だったのね? でもなんでドラゴンに?」

 

ただ環境に適応するだけなら、わざわざドラゴンになる必要などない。汚染物質から人体を防護するスーツなり、施設なりを作ればいいだけだ。

 

その問い掛けに、サラマンディーネはどこか悠然と笑った。

 

「その必要があったからです――遺伝子操作によって生態系ごと」

 

その意味が分からず、眉を顰める。

 

遺伝子操作によって人体を作り換える――ある意味で、それは神の所業であり、禁忌だ。だが、『生きる』という生命の本能がその決断をさせたのだろうか。

 

思考を巡らせるなか、シャフトから降りたサラマンディーネが視線を向ける先を追うと、そこは奇妙な空間になっていた。

 

「なに、ここ……?」

 

一瞥したアンジュが戸惑いの声を上げる。

 

大きく拡がる天井と、その中央は巨大な穴が開いており、ここからでも底が見えない。だが、それだけに意図が分からない。例えるなら、そこに『何か』があったような―――不自然に拡がる空間を見つめていたセラとアンジュにサラマンディーネは静かに口を開く。

 

「ここに、アウラが居たのです―――」

 

発する声は、どこか沈痛に満ちている。

 

『アウラ』―――以前にサラマンディーネが投げかけた言葉だ。逡巡していると、唐突にサラマンディーネはセラの手を取った。

 

「?」

 

「リーファ」

 

戸惑うセラを余所にリーファに声を掛けると、リーファは不満そうにアンジュの手を取った。

 

「何?」

 

「黙ってなさい」

 

突然のことに思わず突っ掛かるが、リーファは不機嫌そうに遮った。次の瞬間、セラ達の前で眩い光が満ちた。一瞬眼を閉じ、再び視線を向けると、眼前に光り輝く白い巨大なドラゴンの姿が浮かび上がっていた。

 

思わず息を呑むも、それはこの空間に投影されている幻だった。だが、その威容は今まで見たどのドラゴンとも違う―――圧倒的なまでの存在感と威圧感、そして畏怖を纏う白いドラゴンは雄叫びを上げる。

 

映像だというのに、まるで本当にその場にいるかのような錯覚を覚える。二つに顎が分かれて二枚舌と牙を露わにして自らの存在を誇示する姿に思わず気圧されるも、魅入られるような感覚がある。

 

「『アウラ』――汚染された世界に適応するため、自らの肉体を改造した偉大なる始祖にして我らの母。あなた達の言葉を使うならば『最初のドラゴン』です」

 

茫然となっていたセラとアンジュにサラマンディーネが語り掛けると、それに反応するようにアウラと呼ばれた白いドラゴンが翼を拡げ、舞い上がる。感じないはずの突風にアンジュが思わず眼を逸らす。

 

だが、アウラはそのままセラ達をすり抜け、次の瞬間には世界が変わる。

 

暗闇に包まれていた世界は瞬く間に色づく。薄汚れた空、変異した動植物、朽ちた廃墟―――滅びた世界に無数のドラゴン達が飛び交う。

 

「私達は罪深き人類の歴史を受け入れ、贖罪と浄化のために生きる事を決めたのです。アウラと共に」

 

「きゃっ」

 

刹那、サラマンディーネは翼を拡げ、セラの手を取ったまま飛び上がる。アンジュもリーファに連れられて飛び上がってきた。

 

あの空間すべてに投影されている映像を浮遊しながら見下ろす。

 

眼下に拡がる激変した地球の至るところにまるで自生したようにクリスタルのような物質が生成されていた。そして、空を埋め尽くさんばかりに飛び交う大型ドラゴンの群―――それらが侵食するように生え立つクリスタルへと喰らいつき、それらの鉱物を咀嚼して体内へと取り込んでいく。

 

餌――いや、違う……そう実感したタイミングで、サラマンディーネは説明を続けた。

 

「男達は巨大なドラゴンの姿へと変え、その身を汚れた地球の浄化のために捧げました」

 

「浄化?」

 

反芻するセラにサラマンディーネは傷ましげに顔を顰める。

 

「ドラグニウムを取り込み、体内で安定化した結晶に変えているのです」

 

「成る程――それで、『贖罪』ね」

 

まさに自らを犠牲に己の罪を償う―――それが、残された人類の唯一の道だったのだろう。例えそれが、『自己満足』に過ぎないものだとしても。

 

そうして自らを犠牲にしなければ、生きることすらできなかったのだから。

 

「女達は時に姿を変えて男達と共に働き、時が来れば子を宿し、産み育てる。アウラと共に私達は浄化と再生への道へと歩み始めたのです」

 

ドラゴン達が崇めるアウラは暁ノ御柱へと身を収め、ドラゴンへと姿を変えた人類はドラグニウムによって汚染された地上を浄化し、そこへ新たな生活圏を築き始める。

 

苦難と未来への新たな希望を持って―――だが……

 

「めでたしめでたし――ってわけじゃないんでしょ?」

 

そう―――ここまで聞かされた話だけで見れば、偽善と独善に満ちた美談で終わりだろう。その問いにサラマンディーネは穏やかだった顔に厳しげなものを浮かべる。

 

「アウラはもう、居ません……」

 

その声色に交じるのはハッキリとした怒りだ。観ていた映像が途切れ、眼の前には静まり返る廃墟が拡がる。

 

「死んだの?」

 

現実に戻ったことにようやく落ち着きを取り戻したアンジュがそう問い掛けると、首を振る。

 

「いいえ――連れていかれたのです。ドラグニウムを発見し、ラグナメイルを使い、世界を破壊し、捨てた。全ての元凶『エンブリヲ』によって―――」

 

「エンブリヲ――!?」

 

その名にセラが息を呑み、アンジュも驚きの声を上げる。

 

「どうして?」

 

困惑しながら問い掛ける。何故『アウラ』を連れ去る必要があるのか――まさか、一度滅んだ世界が再び再生しようとするのが気に喰わなかったなどというわけでもあるまい。

 

「――あなた達の世界は、どんな力で動いているか知っていますか?」

 

唐突に問いで返され、眼を剥く。

 

「え?……マナの光よ」

 

困惑しながらアンジュが答えるとサラマンディーネはやや表情を硬くし、更に問い掛ける。

 

「なら、そのエネルギーの根源は?」

 

「何言ってるのよ、マナの光は無限に生み出される――「そういうこと」セラ?」

 

ずっと聞かされ続けた事実を口にしようとした瞬間、セラが口を挟んだ。遮られたアンジュは、セラの表情が厳しげなものに変わっていることに眼を見開く。

 

「無限のエネルギーなんて、ありはしない――どんなものにでも必ずそれを生み出す要因がある」

 

『マナ』というものを不思議に思っていた。

 

無限に生み出される万能の光――『人間』であれば、如何なる者だろうと使用できる夢の物質―――だが、それが『まやかし』であるとしたら? 『無』から『有』は生み出せない―――エンブリヲという男が、あの世界を創った。ジルが言った争いを好まない人類のためには与えてやる必要があるのだ。

 

だが、そのために必要となったのだ。『餌』を生み出す『贄』が――『マナ』という餌を―――セラの態度にアンジュも察したのか、眼を瞬かせる。

 

「マナの光、理想郷、魔法の世界。それを支えているのはアウラが放つ、ドラグニウムのエネルギーなのです」

 

「さしずめ、『発電機』ってとこかしら。でもこれで、分かったわ――どうして、ドラゴンを必要としているかね」

 

己の考察に毒づく。

 

『マナ』というものをずっと禁忌してきた――単に『人間』しか使えないからだという理由ではない。それがあまりに胡散臭かったからだ。

 

そして、『マナ』と『ドラグニウム』―――源を同じとする物質だからこそ、似通った性質が出るのだ。かつて人類を滅ぼしたものを今度は世界を維持するために使われる。随分と『皮肉』に満ちている。

 

「だけど、そのアウラは自らドラグニウムは生成できない――だけど、『マナ』は生み出しておく必要がある。そのために――」

 

あくまでアウラは、マナを生み出すための触媒に過ぎない。だが、あの世界を維持するためには『マナ』が必要だ。それを維持するためには―――セラの言葉にサラマンディーネは重く頷く。

 

「そうです――エネルギーはいずれ尽き、補充する必要がある。ドラゴンを殺し、結晶化したドラグニウムを取り出し、アウラに与える必要があるのです。それがあなた達の戦い――あなた達が命を懸けていた戦いの真実です」

 

ノーマがドラゴンと戦わされていたのは、『ドラグニウム』を体よく手にれるため――『マナ』を維持し続けるために……人間の世界を『守る』ために―――――告げられた事実にアンジュは衝撃を隠せず、掠れた声を漏らす。

 

「ホント――使い捨ての道具、か。私達はあなた達との戦争に何も知らず駆り出されていたってわけだ」

 

あまりの下らなさに、自嘲するようにセラは肩を竦める。

 

「あなた達の世界のエネルギーを維持するため、私達の仲間は殺され、心臓を抉られ、結晶化したドラグニウムを取り出された」

 

「大型のドラゴンを回収していたのはそういう理由か」

 

ドラグニウムを結晶化するために、大型ドラゴンの体内には膨大な量が備蓄される。ドラゴンにとって浄化であると同時に魔法陣や強大な力を発露させるためのエネルギー源でもある。故に、大型ドラゴンの死骸は、無くてはならないものだ。

 

思い当たる節がある――アンジュがMIAになった時、あの島で見た凍結したドラゴンの死骸を輸送する船団を――気になっていたが、これでようやく謎が解けた。

 

どうして10年前に起きた反乱でノーマが粛清されなかったのか―――どうしてドラゴンを狩る必要があったのか―――どうしてそれが『ノーマ』でなければダメだったのか―――改めて胸糞が悪くなる。

 

「分かっていただけましたか? 偽りの地球、偽りの人間、そして―――偽りの戦いと言ったその意味を。それでも、偽りの世界に帰りますか?」

 

その問いにアンジュは一瞬逡巡するも、険しい顔をして答えた。

 

「当然でしょう、仮にあなたの話が全部本当だとしても、私達の世界はあっちよ!」

 

それは己の迷いを振り切るためのものだったかもしれない。だが、その答えにリーファが顔を顰め、サラマンディーネはやや失望したように嘆息する。

 

「では、あなた達を拘束させてもらいます。これ以上、私達の仲間を殺させるわけにはまいりませんから」

 

凛と告げるサラマンディーネに気圧されるも、アンジュは反射的に身構える。

 

「やれるもんならやってみなさい! 私がおとなしく拘束されると―――!」

 

握っていた破片を振り上げようとした瞬間、控えていたリーファが瞬時に尾を振り上げ、破片を叩き落とす。そして、サラマンディーネを守るように羽を広げる。

 

「本性表したわね、トカゲ女!」

 

殴りかかるアンジュの拳をかわし、リーファは背後に回り込み、右腕を掴み、もう片方の手で左腕を捻って拘束する。

 

絞め上げられる痛みに呻くアンジュに、リーファが冷たく呟く。

 

「言ったはずよ――あなた達は、いつでも処分できるとね」

 

耳元で囁く冷淡な声に歯軋りするも、サラマンディーネが静かに答える。

 

「殺しはしません――私達は残虐で暴力的なあなた達とは違います」

 

「アルゼナルをぶっ壊しておいて、何を――!」

 

痛みを耐えながら強引に拘束を解き、アンジュは睨みつける。対峙しながらも、こちらは悠然としている。

 

「アレは龍神器の起動実験です。あなた達はアウラ奪還の妨げになる恐れがありましたから」

 

ドラゴンとの戦いが戦争であった以上、彼女の言葉は正論だ。脅威を排除するために最小の犠牲で最大の結果を齎す――だが、それがアンジュの怒りを煽る。

 

「それで何人死んだと思ってるのよ!」

 

「赦しは請いません。私達の世界を守るためです――あなたが私と同じ立場ならば同じ選択をしたのではないですか、皇女アンジュリーゼ?」

 

「え……?」

 

突然、己の真名を言われ、アンジュは戸惑う。何故、会ったこともないドラゴンがそれを知っているのか――困惑するアンジュに、サラマンディーネはどこか不敵に告げた。

 

「あなたの事はよく聞いていました、リザーディアから―――近衛長官リィザ・ランドック、と言えば分かりますか?」

 

思いがけない名を出され、アンジュは驚愕する。

 

ミスルギ皇室の近衛長官であり、ジュリオの側近―――ジュリオに従い、自分を『アルゼナル』へと送り込んだ―――

 

「リィザが――あいつが、あなた達の仲間……?」

 

上擦った声で呟くと、肯定するようにサラマンディーネは笑った。それが酷く不愉快なものに見え、アンジュは悔しげに歯噛みする。

 

「バカにしてぇ―――!」

 

怒りに顔を真っ赤にし、アンジュは激情のままサラマンディーネに殴りかかろうと再度駆け出すも、寸前で割り込んだリーファが持っていた薙刀の柄をカウンターでアンジュの鳩尾に叩き込んだ。

 

「あっ、う……」

 

もろに衝撃を受け、アンジュはもどかしい呼吸のなか、衝撃に引っ張られながら意識を手放した。後ろに倒れそうになるアンジュを静観していたセラが受け止め、厳しげな面持ちのまま二人を睨む。

 

「野蛮人め」

 

気絶したアンジュに毒づくリーファだが、サラマンディーネは視線で嗜めると、小さく頷く。

 

「あなたはどうなのです―――皇女セラフィーナ」

 

その呼び名にセラの眉が小さく動く。

 

「成る程、私のこともとっくにご存知だったってわけ?」

 

「知ったのは、遂最近ですが」

 

本人ですら知らなかったのだ――別にどうでもいいことだが。

 

「そうね―――あなた達の言い分も分かるわ。別にそれにどうこう言うつもりはない」

 

セラも理解している――アンジュの場合は、感情が納得できないだけだろう。だが、セラとて素直にハイ、そうですかと受け入れられるほどお人好しでもない。

 

「だけど、だからと言って私達の道を勝手に決められる理由もないわ」

 

ドラゴン側の事情を知ったからと言って、ドラゴンに与するなど、簡単な理屈ではない。戦争に『善悪』などない――そこにあるのは生きるか死ぬかだ。

 

だからこそ、自分で決めるのだ。どう生きるかを―――拒絶するセラにリーファが身構えるも、それを制する。

 

「いいでしょう、あなた達に考える時間を差し上げます。その上で判断してください」

 

これだけのことだ――そう簡単に結論は出ないだろうし、すんなりいくとはサラマンディーネも思っていない。

 

「良い判断を期待します、皇女セラフィーナ」

 

「―――一つだけ訂正させてもらうわ。私はセラよ、セラフィーナなんて人間は15年も前に死んだわ」

 

睨みながらそう告げると、サラマンディーネもやや気圧されたように顔を顰める。

 

「自分が絶対に正しいって信じてる奴ほど、私は信用しない――こそこそ人の過去を詮索はしないでもらえるかしら」

 

アンジュに肩を貸しながら立ち上がる。

 

「もう一つ教えてもらっていないことがあるわね――『アイオーン』……あの機体は何なの? どうして私にしか使えないの?」

 

静かに問い掛けるセラに、サラマンディーネは一瞬逡巡するも、やがて意を決したように顔を上げる。

 

「『アイオーン』――いえ、『永劫の天使』は、かつてアウラが人間だった時に残した記録に記されていました」

 

アウラも元は人間――彼女が残したデータの中には、一つの予言とも取れる記録があった。

 

「エンブリヲの操るラグナメイルの…いえ、すべてのラグナメイルの原型となった機体―――あらゆる平行宇宙からのエネルギーにより、半永久的に活動できるシステム『次元連結システム』を搭載し、人が神を真似て造り上げた機械の神、それが『永劫の天使』―――」

 

厳粛に語るサラマンディーネの言葉に驚き、そして逡巡する。

 

「その機械の神を造り上げた者の名は―――――『セレナ』……アウラの妹君です」

 

サラマンディーネの発した事実に、セラは大きく息を呑んだ。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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