クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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気づけばいつの間にかUAが10万を超えてました。



再会

崩壊した街に突如現れたドラゴンのパラメイルのライダー、リーファによってセラとアンジュはコンサートホールから連れ出され、開けた場所に来た。その後ろでヴィヴィアンが威嚇しているも、周囲に大型ドラゴンが数匹、それにドラゴンのパラメイルも3体―――理解するまでもなく状況は不利だ。

 

抵抗しても意味はない。

 

「あなた達いったい、何者!?」

 

「貴様、この方をどなたと!?」

 

だが、そんな状況におとなしくしているほどアンジュは冷静ではない。そんな様子に武器を持っている女性が構えるも、リーファは鼻を鳴らす。

 

「随分と威勢がいい――もっとも、さすがは野蛮人というところか」

 

「喧嘩売ってるのね!?」

 

こちらを嘲笑するような視線に沸点の低いアンジュが噛み付きかかるも、その腕をセラが止める。戸惑うアンジュにややため息を零すと、それを制してリーファに向き直る。

 

「生憎と、こっちも状況を理解できていない。説明してもらえるかしら」

 

「――あなた達は都に連れて行く。話はそれからだ」

 

言葉が終わると同時に数体の大型ドラゴンが上空に現われ、それを視認したセラとアンジュが眼を見開いた。ドラゴンの手にはアイオーンとヴィルキスが掴まれていた。

 

そこへ、一体が古びたコンテナを手に降下し、眼前に設置する。

 

「乗れ―――」

 

有無を言わせず促すリーファに従う。アンジュは不満気だが、どの道機体まで抑えられている以上、抵抗は無駄だ。

 

コンテナの中に入ると、ドアがピシャリと閉じられ、アンジュがいきり立つ。

 

「ちょっと、こんなとこに閉じ込めて、何―――きゃっ!」

 

次の瞬間、コンテナが大きく揺れ、浮上するような感覚に包まれた。立っていられず、その場に腰を落としてどうにか踏ん張るも、浮いたような感覚は取れない。

 

「どうやら、どこかへ連れて行くみたいね」

 

恐らくドラゴンにコンテナを移送させているのだろう。コンテナが揺れている事からして高い場所で吊り下げられている事は間違いない。

 

無暗に脱出しようとした所で落下死するのがオチだろうし、機体まで抑えられている以上、おとなしくしておいた方がいいだろう。

 

なにより今は情報が欲しい。そう考えている内にコンテナ内が突如派手に揺れた。ヴィヴィアン以外は突如の揺れに驚きよろけてしまい、アンジュは勢いのあまりヴィヴィアンにぶつかってしまう。

 

「ご、ごめん、ヴィヴィアン」

 

アンジュが思わず謝罪するも、ヴィヴィアンは気にしてないと声を上げる。

 

「ったく、もう少し丁寧に運びなさいよね」

 

聞こえてはいないだろうが、大仰に悪態をつく。

 

「ホント、大層な歓迎振りね」

 

それに相槌を返すようにセラも肩を竦める。やや不機嫌気味に快適とはいえないコンテナ内で振動に耐えながら無言が満ちる。

 

「何処まで連れて行く気なのかしら―――ドラゴン、なのよね?」

 

沈黙に耐えられなくなったのか、アンジュがそう漏らす。今更ながら、現実味のない状況だ。自分達があのドラゴンに連れられているなど、先日までは考えられなかった。

 

「ええ――察するに、ここは…『この世界』は―――シンギュラーの『向こう側』」

 

セラがそう答えると、アンジュは息を呑み、眼を見開く。

 

「私達は時間を越えたんじゃない――世界を超えたのね。どうやったかは知らないけど」

 

跳んだこともだが、なにより自分達が今いる世界がシンギュラーの向こう―――すなわち、ドラゴンのいる世界だということだ。

 

「あの後、シェルターでもう一度調べたのよ。この世界のことをね」

 

当惑するアンジュにセラはコンピューターから得て整理した情報を伝えていく。500年以上前の世界だとしても、技術レベルが妙におかしい。旧世紀に使用されていたと思しき兵器までが映像に映し出されていた。この世界が自分達の世界の未来だというのなら、矛盾が残る。

 

「なにより、『マナ』のことも『ミスルギ皇国』のことも何も知らなかったわ」

 

『暁ノ御柱』を擁していたミスルギ皇国、そして人間達の拠り所であるはずの『マナ』、それらの情報がまったく残っていなかったのはどう考えてもおかしい。

 

「考えられるのは一つ―――ココが、私達の居た世界とは違う…別の世界ということ」

 

セラの仮説にアンジュは混乱しそうになる。

 

「つまり、私達の世界は滅んではいないということ?」

 

「――多分ね」

 

だが、まだ疑問は残る。

 

ドラゴンが人間だということは薄々察していたが、この世界の荒れように、正体は未だ謎のままだ。ジルの話から察するに、恐らく彼女も核心までは至っていなかったのだろう。

 

アンジュは大仰にため息をつき、気を取り直すように顔を上げる。

 

「けど、あいつらは私達の言葉を話していた。なら、話さえできれば、この世界のこととかいろいろ訊けるかもしれない」

 

ドラゴン側と言葉が通じるならばいろいろと情報を得ることができる。彼らが戦う理由は何なのか、何故自分達と同じ姿をしているのか――未だハッキリしていない事や知らない事がきっと今向かおうとしている場所にあるのだと思い、アンジュは腹を括るのだった。

 

その態度にセラはどこか安堵するように肩を竦める。

 

「なによ?」

 

「いや――随分、吹っ切れたんだなって」

 

少し前まで取り乱していたとは思えないほど落ち着いている様に、驚くと同時に苦笑する。アンジュはどこかムッと顔を顰めて口を尖らせているが。

 

「見直したってことよ」

 

そんなアンジュを宥めるように告げると、大きな衝撃がコンテナを包み、アンジュは体勢を崩す。

 

「きゃぁぁっ」

 

前のめりに倒れそうになり、コンテナの床にぶつけそうになったところでその手をセラが掴み、自らの方に引っ張った。

 

強引に引き寄せられ、セラにぶつかるようにそのまま倒れ込む。目まぐるしい動きにアンジュが眼を開けるも、そのまま固まってしまう。

 

セラが下敷きになり、アンジュは無事だったが、アンジュは何かを言えるような状況ではなかった。ほぼ間近に寄ったセラの顔がすぐ傍にあり、思わず顔が赤くなる。心臓が大きく脈打っているのが相手にも伝わるのではないかと思える程のものだったが、セラが窺うように顔を上げる。

 

「アンジュ?」

 

「な、なんでもない!」

 

慌てて飛び退き、心臓を上から抑えるも動悸はなかなか収まらなかった。そんな様子に戸惑っていると、やがてコンテナの扉が開かれた。

 

夜が明けたらしく、空は蒼く明るくなっていた。差込む光にやや辟易すると、先程の少女が無言で佇んでいる。

 

「着いたわ、出なさい」

 

尊大に促され、警戒しながらコンテナを出ると、リーファの背後には武器を持った配下の女性が二人、こちらを威嚇するように睨んでいる。

 

周囲には他にも武器を持った女性達が囲っており、こちらを威圧する。それを一瞥しながら周囲を見渡す。自然に囲まれた中に存在する集落と思しき建物と、すぐ傍には大きな崖が聳えており、その絶壁を滝が流れている。自然というよりは、何かの大きな力で陥没したような地形だ。

 

そしてその中央に、一際大きな塔とも言うべき建物が立っている。

 

建築物で見るなら、旧世紀以前のような技術水準だが、少女達が使用していたパラメイルと思しき人型兵器を鑑みれば、相当に高い技術力を持っている。

 

その状況が、セラにもうひとつの確信を齎した。

 

「大巫女様と神官方がお会いになられる。ついて来なさい」

 

自身の丈よりも長い薙刀を持つリーファが促し、アンジュは気に入らないと憮然と続き、セラは無言で歩き出そうとしたが、不意に背後にいたヴィヴィアンが呻くように声を上げてその場に蹲った。

 

「ヴィヴィアン!?」

 

アンジュが思わず声を上げ、セラはヴィヴィアンの背中に矢のような銃弾が刺さっているのを見つける。当惑するのを横に傍で控えていた別の一行がヴィヴィアンに駆け寄り、なにかを確認している。

 

「ちょっと、ヴィヴィアンに何をしたのよ!?」

 

向き直って問い詰めようとアンジュが吠えると、傍に控えていた女性二人が武器を構えて威嚇し、周囲の兵士もこちらに剣呑な気配を向ける。

 

それに怯みながらもアンジュは気丈に睨みつける。その様子に小さく鼻を鳴らす。

 

「心配は無用です。悪いようにはしません」

 

「そんなこと――!」

 

にべもなく告げられ、アンジュが再度問い詰めようとすると、セラが腕を上げて押し止める。困惑するアンジュにセラは小さく首を振る。

 

「本気でそのつもりなら、ココに来るまでにやられてるわ」

 

そう――もし仮に、こちらを問答無用に扱うならいくらでも機会はあった。それこそ、わざわざ自分達の国にまで招かないだろう。

 

まだ納得はしかねるという面持ちだが、アンジュも渋々と勢いを収める。それを一瞥すると、セラはスっと睨みつける。

 

「もしヴィヴィアンに何かあったら――その時はあなた達もタダじゃ済まさないわよ」

 

脅すように威圧するセラの殺気にも近い気配に女性達が怯み、兵士達も気圧されたのか僅かに後ずさる。その気配にリーファもやや顔を強ばらせながらも、静かに応じる。

 

「無論―――フレイヤ一族二の姫にして近衛軍中尉、リーファの名にかけて」

 

自身の矜持に誓うように薙刀を立てて告げる様に、一触即発だった空気が僅かに緩和され、周囲も構えを解く。リーファと兵士達に連れられ、巨大な神殿のような建物へと入る。

 

通路を進み、やがて大きな空間に通された。両脇には松明が薄暗い部屋を明々と灯しており、奥には王座と思しき数段ある段差と幕がある。幕は合計9つあり、それぞれに人影がこちらを見ている。そして段の最上位に位置する場所に座するのが恐らく、この中で一番権威が高いのだろう。

 

(アンジュ――取り敢えず今はおとなしくして様子を見るわよ)

 

(分かってるわよ)

 

並んで進みながら小声で釘をさすも、アンジュは不了承気味だ。やや嘆息しながら王座の前まで連れられると、後方でこちらを睨んでいた二人の兵士が頭を下げ、先頭に立つリーファが恭しく頭を垂れた。

 

「只今戻りました。大巫女様、この者達が旧首都にて捕らえた者達です」

 

報告すると、リーファは横へと下がり、セラとアンジュは王座を見上げる。それに反応するように最上段に座る影が声を発した。

 

「異界の女か――そして…そちらが報告のあった者か」

 

その声は明らかに幼いものだった。だがそれ以上に気になったのは幕越しにセラを見たことだ。当惑するセラを余所に、影は言葉を続ける。

 

「名はなんと申す?」

 

そう問い掛けられ、一瞬逡巡するがそれより早くアンジュが反応した。

 

「人に名前を訊くときは、まず自分の名前から名乗りなさいよ!」

 

別に尊大に振舞われた訳ではないのだが、上から見下ろされていることにアンジュは思わずそう口にした。先程注意したばかりでこれかとセラは内心ため息をついた。

 

だが、さすがにそんな態度で反応されるとは思っていなかったらしく、当人もその周囲で座する他の者達もざわついた。

 

「大巫女様に何たる無礼ッ!」

 

後ろで控えていた青いロングの髪の女性、ナーガが腰の両刀に手を掛け、もう片方の女性、カナメも手にする薙刀を構える。剣呑な空気が一気に高まるが、セラは特に口を挟まず事態を見守る。

 

アンジュは強気な態度を隠さず睨み続け、そんな中で動じていないのか、大巫女が再度口を開いた。

 

「特異点は開いていない筈―――どうやってここに来た?」

 

(シンギュラーのこと……?)

 

今口にした『特異点』とは恐らく『シンギュラー』の事だろう。ドラゴンが世界を渡るゲート――だが、今の口振りから察するに、あのシンギュラーはドラゴン側も意図して開けるものではないのか。

 

問われたものの、ハッキリとした答えが出ずにセラは考え込み、アンジュは戸惑っているのか答えあぐねている。

 

「大巫女様の御前ぞ、答えよ!」

 

「あの機体、アレはお前達が乗ってきたのか?」

 

「何故同じ顔をしている?」

 

「あのシルフィスの娘、何故お前達と一緒にいる?」

 

答えない様に苛立つように、他の者達が次々と矢継ぎ早に問い掛けてくるが、口々に言いたいことを言われ、アンジュはワナワナと震えている。

 

「うるっさい! 訊くなら一つずつにしなさいよ! こっちだって分からないことばかりなのよ! だいたいトカゲがどうして人間の姿をしてるのよ!?」

 

しびれを切らしたアンジュは、怒鳴りつけるように叫び、その言葉に傍で剣呑な気配を纏っていたリーファが薙刀を取って、鋒をアンジュの喉元に突きつけた。

 

突然のことに息を呑む間もなく固まるアンジュにリーファがキッと睨みつける。

 

「それ以上の無礼は赦しません――下賎な者め」

 

「はん、どっちが!」

 

互いに睨み合い、周囲が緊張に包まれる。

 

「―――一つ訊きたい。あなた達は『人間』かしら?」

 

そんな中、セラが言葉を発し、空気が僅かに緩和される。アンジュも戸惑うも、王座からの返事はない。だが、セラは確信したように肩を竦めた。

 

「そういうこと――悪かったわね。それをどけてもらえるかしら」

 

「セラ?」

 

小さく謝罪するセラに眉を顰めるアンジュに、リーファもゆっくりと鋒を離す。そして、セラはゆっくりと己の考察を口にする。

 

「ドラゴンから人間になったわけじゃない――『人間』が『ドラゴン』になったのね」

 

もし仮にドラゴンという生物が人間になったのだとしたら、あまりに自分達と姿形が似過ぎている。進化の過程で変質したにしても元々持っていた遺伝子情報が後々にも多少なりとも出るはずだ。

 

ならその逆は―――

 

「『ドラグニウム』による地球の汚染―――」

 

その単語に明らかな動揺が王座を含め、ドラゴン側に起こる。当たりだ―――『人間』が『ドラゴン』へと変化したのなら、言葉や姿形に納得がいく。

 

そして、『ドラゴン』という姿へと変わらなければならない理由があるとしたら―――暗にそう問い掛けるセラに、忌々しそうに口を噤む面々。いつのまにか立場が逆転され、言葉を発せないなか、不意に大巫女の少女の左隣の幕に座っていた者がくすくすと笑いだした。

 

「なかなか鋭い方ですね」

 

その口調は感嘆を含むようなものだったが、どこかで聞いた覚えが―――そう考えていると、影はスっと立ち上がり、垂れ幕から出て来た。姿を見せたのは、和服をアレンジしたような衣装を身に纏い、腰には脇差し、そして手には鞘に納めた刀を持っている少女だった。

 

長い黒髪を靡かせ、纏う装飾品はその少女を気品と清楚という雰囲気に見せているが、こちらを見る不敵な笑みが底の知れない強かさのような印象を受ける。

 

「あなたはっ―――!?」

 

その姿にセラが小さく驚き、アンジュもまた眼を見開いた。

 

そこに立っていたのは、アルゼナルを襲った赤いドラゴンのパラメイルのライダー――なにより、直接対峙したセラは思わず息を呑む。アンジュはアンジュでアルゼナルを吹き飛ばした相手だけに、睨みつけている。

 

そんな二人を檀上から見下ろしながら少女は名乗った。

 

「神祖アウラの末裔にして、フレイヤの一族が一の姫。近衛中将、サラマンディーネ」

 

凛と告げながら少女は値踏みするように告げる。

 

「ようこそ、真なる地球へ。偽りのホシの者達よ」

 

偽り―――確か、あの時もそう言っていた。

 

その意味が未だ分からない―――アンジュはそんな事は関係なく、その物言いが気に喰わないのか、歯軋りしている。

 

「知っておるのか、サラマンディーネ?」

 

「はい、この者ですわ。先の戦闘で我が機体と互角に戦った――『永劫の天使』に選ばれし乗り手は」

 

「真か?」

 

その返答に明らかに動揺が滲みでたように上擦った口調で問い返す大巫女に小さく頷き返す。だが、そのやり取りにセラは眉を顰める。

 

(この連中――アイオーンのことを知っているの?)

 

『乗り手』でありながら、未だに『アイオーン』の正体を知らないセラにとって、今の会話は聞き逃せないものだった。そして、サラマンディーネは再度こちらを…いや、アンジュを見やる。

 

「そして、その横にいるのがヴィルキス――ラグナメイルの乗り手ですね? あの者が言っていた」

 

その口振りから、ますます疑念を募らせる。思えば、いきなり現れたにしては、こちらのことを随分と知っているような様子だった。その疑念に答えるように、聞き覚えのある声が響いた。

 

「セラ! アンジュ!」

 

突然背後から掛かった声に振り返ると、セラとアンジュが驚きに包まれる。

 

「「タスク!?」」

 

入口から咳込みながら入ってきたのはタスクだった。よほど慌てていたのか、呼吸を乱しているも、無事な姿に思わず安堵する。

 

「タスク、あなたどうしてここに――?」

 

だが、それは次の瞬間、疑問に変わる。エンブリヲに攻撃されたとき、傍にいたのだからタスクもこの世界に飛ばされているのではと思ってはいたが、ドラゴンと一緒にいるとは予想外だった。

 

「ああ、それが……」

 

「それ以上近づかないでもらいましょう」

 

苦く顰めた顔で近づくタスクの前に突然リーファが憮然と割り込み、威嚇する。その様子にアンジュの眉が不機嫌そうに吊り上がる。

 

「はあ? 何であんたにそんな事言われなきゃいけないのよ?」

 

口調に妙に棘があり、アンジュは詰め寄る。その様子にタスクは狼狽する。

 

「あ、いや、これはその…」

 

「この方は私の婿殿です。下賎な者と会話するなど言語道断」

 

唐突に告げられたその一言にアンジュが眼を白黒させる。

 

「は?」

 

「婿――?」

 

思わず間の抜けた声を上げるアンジュとセラも戸惑いながら反芻する。

 

「ああ、いや! 違うんだ! これは、その事故で――!」

 

慌ててタスクが弁解するも、どこか口調が上擦っており、動揺している。それに対しリーファがどこか咎めるように厳しい視線をタスクに向ける。

 

「事故? わ、私にあ、あのような辱めをさせておいて――必ず責任を取っていただきます!」

 

次の瞬間には一転して顔を赤くして羞恥混じりに叫び、タスクが怯み、アンジュの視線がどこかスーッと冷たくなる。

 

「タスク、あなたこの女に何をしたの?」

 

睨まれたタスクは蛙ごとく縮こまるも、眼が泳いでいる。その態度から、何かにピンと来たのか、ますます表情が冷たくなる。

 

「あなたまさか、この女にも不埒な真似をしたんじゃないでしょうね?」

 

「いや、だから事故だって! 決してワザとじゃ!」

 

耐えられなくなり、必死に謝るも今度はリーファが同じような視線を向けてくる。

 

「私の大事な、伴侶となる者以外には見せてはならない女の部分を見たのです! 覚悟を決めてください!」

 

その言葉からアンジュはタスクがまた『やらかした』と理解し、軽蔑するように一瞥した。

 

「へぇ、私達が散々苦労してた時に、あなたはこのドラゴン女とヨロシクやってたってわけだ」

 

「先程から聞いていれば、品性の欠片もない非礼な物言いに振る舞い、さらには私の伴侶に対する無礼、やはりあなたのような野蛮人はここで斬り捨ててくれます!」

 

「はっ、やってみなさいよ! こんなエロのドクズに迫ってる時点でお盛んなドラゴン女が!」

 

針の筵のようになったタスクを挟みながら睨み合い、掴み掛からんばかりに相手を罵倒、威嚇し合うアンジュとリーファに完全に沈黙してしまうタスク。ここが大巫女の御前だということも完全に忘却の彼方へと追いやり、対峙する二人に従者のナーガとカナメも茫然となっている。

 

その様子を一瞥したセラは、思わず深く嘆息し、肩を竦める。徐に顔を上げると、上座にいるサラマンディーネはどこか微笑ましくしているが、その表情が僅かに呆れているように見える。

 

「――取り敢えず、あっちは無視して進めていいかしら?」

 

「ええ、構いません。こちらとしてもお恥ずかしい限りです」

 

互いに暗黙で頷き合うと、セラは気を取り直してサラマンディーネを見据える。

 

「名を聞かせてもらえますか?」

 

「―――セラよ、ドラゴンのライダー」

 

不敵に応じながら、セラはサラマンディーネを真っ直ぐ見据える。

 

「さっき、あなた言ったわよね? 『偽りの民』、と……どういう意味かしら?」

 

ここが自分達の世界とは違うということは理解したが、それでもまだ分からない部分が多すぎる。

 

「それにあなた、あの機体『アイオーン』のことも知っているようね? 教えてもらおうかしら」

 

不遜な態度で挑むように告げるセラに、周囲にいる神官達がざわめきだす。

 

「この者は危険です! 生かしておいてはなりません!」

 

「処分しなさい、今すぐに!」

 

睨むセラの殺気に気圧されたのか、上擦った口調で喚くように叫ぶ。その感情に恐怖が微かに混じっているのを感じ取り、セラは鼻を鳴らす。

 

「安心したわ、ドラゴンだなんだって思ってたけど、あなた達も下賎な『人間』なんだってね」

 

嘲笑するように口端を歪める。

 

得体の知れないもの、自分達とが違う何か――異端を畏れ、排除しようとする姿勢は『人間』そのものだ。痛烈な皮肉に神官達が絶句し、萎縮する様に睨みつけた。

 

「処分できるならしてみたら――けど、私はタダでは殺されてやらないわよ。殺しにくるなら誰だろうと排除する――そのぐらいの覚悟であるならね」

 

今度はハッキリとした殺気をのせて言い放つ。その気配に圧倒され、神官達は完全に沈黙し、後ろで控えているナーガとカナメも息を呑みながら顔を強張らせている。

 

今まで味わったことのない殺気と、侮蔑されたことへの怒りか、沈黙する神官達のなか、ただ一人、その威圧を受けても動揺を見せていなかったサラマンディーネが一瞬瞑目すると、静かに口を開いた。

 

「お待ち下さい、皆様。この者は『永劫の天使』に選ばれた特別な存在。かの『アウラ』の予言に記された人物かもしれません」

 

その一言に沈黙していた神官達が再びざわめき出す。そんな神官達に眼もくれず、セラはサラマンディーネの言葉の意味が分からずに眉を顰める。

 

やがてサラマンディーネは静かにセラのもとへと歩み降りてくる。

 

「リーファ、そのぐらいにしておきなさい。大巫女様の御前ですよ」

 

未だ言い合いをしていたアンジュとリーファにやや嘆息しながら声を掛けると、反射的に振り向く。

 

「姉上――申し訳ありません」

 

慌てて謝罪するリーファに毒気を抜かれたのか、アンジュも大人しくなる。それでもまだ不機嫌そうに睨んではいるが。サラマンディーネはクスリと笑みを零すと、王座に向き直る。

 

「この者達は、特別な存在――あれらの機体の秘密を知るまで生かしておいた方が得策かと」

 

そう進言するサラマンディーネに神官達は口々に戸惑う。そんな中、王座の大巫女を見据える。

 

「この者達の命、私にお預けいただけませんか?」

 

不敵に告げるサラマンディーネに、セラは困惑しながらも事態の推移を見守る。他人に命を握られるのは好かないが、今はなにより情報が欲しい。それまではこちらもおとなしくしておいた方が得策だろう。

 

「―――よかろう。その者達の処遇はお前に任せる。皆もそれでよいな」

 

やがて、大巫女がそう告げると他の神官も沈黙を以て肯定する。その決定に恭しく礼しながら、サラマンディーネは人当たりのいい笑顔を浮かべて一同を促した。

 

 

 

サラマンディーネに連れられて、王座を後にした一同は神殿を離れ、大きな屋敷に案内された。長い廊下を歩かされるなか、アンジュは隣を歩くタスクを睨みながら小声で話し掛けた。

 

「ちょっとタスク、あなた今まで何やってたの?」

 

先程はつい、苛立ちから聞きそびれてしまったが、何故タスクがドラゴンと一緒にいたのか、疑問があった。

 

「ああ、それはね――」

 

タスクもこの世界に来た時のことを語り出した。突然眩い光に包まれたかと思ったら、どこかの森の中に乗っていた飛行艇ごと落ちた。

 

近くには誰もおらず、一人で周囲を探索していたところ、小さな泉に出たらしい。

 

そこで水を飲もうと近づくと、突然泉の中から人影が現れた。

 

「それが……」

 

「私です」

 

その会話を聞き留めていたのか、背後にいたリーファが答え、アンジュはまたもや睨みつけ、二人の間に剣呑とした空気が漂う。

 

その雰囲気にタスクは思わず視線をセラに向け、SOSを出すが、セラは我関せずとばかりに無視した。見捨てられたとタスクが肩を落とすと、アンジュが低い声で促した。

 

「――で?」

 

まるで自供を迫られる犯罪者のような気分だが、タスクが逆らえるはずもなく続きを話した。

 

その泉で水浴びをしていたリーファが素潜りで浅瀬に戻って来たときに、お互いに視線が合い、一瞬動きが固まるも、次の瞬間にはリーファは羞恥の悲鳴を上げ、タスクは思わず謝罪と誤解を解こうと不用意に近づこうとし、その場に躓いて倒れてしまった。

 

反応のできなかったリーファを巻き込む形で水の中にダイブしたタスクの顔はリーファの股間に埋もれ、水中でバッチリ見てしまった。

 

その現実にリーファは悲鳴を上げ、タスクを思わず蹴り飛ばし、いくら人間体とはいえ大きく吹き飛ばされて気絶してしまった。

 

その時の様子が鮮明にありありと浮かび、アンジュはタスクに対して敵意を飛ばし、リーファは思い出したのか顔を真っ赤にしている。

 

「そんな訳で、あれは事故だったんだよ」

 

説明を終えたタスクは改めてそう弁解するも、アンジュとリーファの視線は意味こそ違うが、呆れたものになっている。

 

「自業自得じゃない」

 

「まだそんなことを言うのですか、どんな理由にせよ私の大事な場所を見たのです。キチンと責任は取ってもらいます!」

 

見捨てるアンジュと言い寄るリーファにタスクは小さくなって俯くのみだ。

 

そんな喧しいやり取りを背中越しに見ながらセラは、前方を歩くサラマンディーネの後に付いていく。一行の最後尾にはナーガとカナメの二人が武器を持ってこちらを警戒している。

 

あれだけ派手に挑発したのだから当然だが、そんな事はどうでもいい。今はとにかく状況を把握し、情報を得ることが優先だ。

 

屋敷内の構造を記憶しながら、脱走する際のルートを確認しておく。とはいえ、アイオーンやヴィルキスがどこに格納されたか分からない。ヴィヴィアンの件もある以上、強硬に脱出するのは悪手だろう。

 

(それに――)

 

セラはここに連れてこられてからのことを思い出す。

 

ザッと見たが、ここには『男』の姿がない――ここに連れてこられた際に見たのは女性の兵士のみ。あの王座でも居たのは女性のみだ。

 

アルゼナルに近い状況だが、どういうことだと首を捻る。ドラゴンには女しかいないのだろうか――それに、このサラマンディーネをはじめ、リーファや後方の二人にも背中に羽があり、臀部に尻尾を生やしている。人間の姿とはいえ、ドラゴンである以上、身体的なものがどの程度あるのか分からない。

 

「先程から周囲を気にしてられますが、そんなに珍しいですか?」

 

不意に前方を歩いていたサラマンディーネが僅かに振り返ってそう訊ね、セラは思考を止められる。気づいているとは思っていなかっただけに、微かに息を呑む。

 

動揺こそ見せなかったが、無言のまま相手を見据えるのみだ。そんなセラにクスッと笑い、案内を続ける。キシキシと木製の床特有の軋む音を聴きながら、やがて目的の場所に着いたのか、サラマンディーネは一室の扉の前で足を止めて、丁寧な仕草で横開きの扉を開けた。

 

「さあ、どうぞ」

 

丁寧かつ流麗に促され、セラ達は警戒しながら部屋に入る。

 

部屋は木の床に、明らかに職人技で造られたようなベッドや箪笥とベッドの上に敷かれた布団。お茶請けのための急須、寛ぐための畳の上には小さな釜も置かれている。

 

純和風という言葉が良く似合うような、そんな部屋である。正直、牢屋にでも入れられると思っていたが、どちらかといえば客をもてなすための部屋である。

 

呆気に取られているセラ達を横に、サラマンディーネは付き従っていた二人に声を掛けた。

 

「ナーガ、カナメ、あなた達は下がりなさい」

 

「し、しかし…」

 

思いがけない言葉に異を唱えたが、サラマンディーネが静かに微笑むと、二人はたじろぎ、慌てて一礼するとそそくさと部屋から出ていった。

 

「……随分洒落た監獄ね」

 

アンジュが思わずそう呟く。相手に対して懐疑的になっているだけに、刺のある口調だが、サラマンディーネは微笑みながら答えた。

 

「あなた方を捕虜扱いするつもりはありません」

 

「姉上!」

 

その発言に思わず眼を見開いた。リーファもその言葉は予想外だったのか、詰め寄っている。そんなリーファを宥め、勘繰るように見ているセラ達に言葉を続けた。

 

「シルフィスのあの娘とも、治療が終われば直ぐ会えます。あなた方の機体も責任を以て修理させていただきますので―――」

 

にこやかに言い放つも、唖然とする。正直、これまで純粋に悪意をぶつけてくるか、利用しようとしてきた相手が大半のため、このような善意を見せる接し方は初めてだ。

 

とはいえ、それを素直に受け入れられるほどお人好しではない。これまで育った環境故か、相手の真意を測りかねていた。

 

「何を考えているの?」

 

セラは思わずそう訊ねていた。

 

善意で動く人間などほんのひと握りだ。いや、むしろ組織という枠に属する者なら、必ず何かしらの見返りを求めてくる。

 

このサラマンディーネという少女も何かしらの思惑があるのかもしれないが、それを掴み切れない。対峙するセラの問いにサラマンディーネは微笑みで返す。

 

「さ、こちらへ」

 

こちらの戸惑いや困惑など無視するように畳へと促すサラマンディーネに、アンジュは不安気にセラを見るも、セラも答えられない。だが、現状では従うほかなく、腹を括って相手の言葉に従うのだった。




今回からドラゴン勢もいよいよ本格参戦。

サラマンディーネの相手がセラになるので、アンジュの相手はリーファと原作と人間関係が変わっていきます。

改めて言いますが、原作でのCPが絶対だという人はこの先を読むのは遠慮願います。
自分は決して原作CPが嫌というわけではありません。むしろアレで良かったと思います。ただ、この作品上では自分のやりたいように書きます。
その点だけはあらかじめご了承ください。

次回はまた説明回です。
アイオーンの謎にも少し触れていきたいと思います。
ではでは、感想お待ちしております。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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