クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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第二章 終末のラブソング
Castaway


乾いた空気が蔓延する―――その空を異形な鳥が不気味な声を上げて飛ぶ。

 

乾いた大地に残照として残る文明の跡。それらは永い時を経て、腐食し大地による緑の侵食を受けて覆われている。

 

荒廃した文明の残照が自然の息吹の中に取り込まれている廃墟の中心に、2体の兵器が横たわる。墜落したように倒れ伏す黒と白の機体―――アイオーンとヴィルキスの2体だった。

 

そのコックピットでは、コンソールにもたれ掛かるように気を失っているセラがいた。墜落時の衝撃か、ハッチは開かれており、その上にのっそりと影が掛かる。

 

影は舌を出し、セラの頬を舐める。最初は反応がなかったが、何度も繰り返す内に、微かな生暖かくこそばゆい感触に、セラの意識が引き戻される。

 

小さく呻き声を漏らし、沈んでいた意識が覚醒する。

 

頬に感じるくすぐったさに眉が動き、瞼が微かに開かれる。ぼやけた視界の中に、こちらを覗き込むドラゴンの顔が見え、セラは意識が急速に覚醒する。

 

思わずガバッと顔を上げると、ドラゴンも驚いたように仰け反る。だが、それだけでドラゴンは何もせず、しきりに自分を指差しながら何かを伝えようとジェスチャーを送る。

 

「――ヴィヴィアン?」

 

その仕草にセラは思い至ったのか、そう問い掛けるとドラゴンは嬉しそうに首を大きく上下に振って頷き、そのまま顔をセラの頬に寄せてくる。

 

「おどかさないでよ……」

 

安堵すると同時に、セラはそんなヴィヴィアンの頭を抱きながら撫でるとより嬉しそうになる。抱擁もそこそこに、セラは状況を確認しようと周囲を見渡す。

 

「ここは―――?」

 

外の光景が妙だとセラはすぐに気づいた。

 

おかしい――今しがたまで、自分は海の上にいたはずだ。なのに、周囲には水の気配も潮の臭いもしない。代わりにあるのは鬱蒼とした自然と乾いた空気のみ。

 

微かに覚える息苦しさに顔を顰めながら、視線を動かすと――すぐ傍に擱座している機体に気づく。

 

「ヴィルキス――アンジュ!?」

 

倒れるヴィルキスのハッチで意識を失っているアンジュに気づき、セラはすぐさまアイオーンから降りて駆け寄る。

 

「アンジュ、アンジュ!」

 

「うっ……セラ………?」

 

肩を揺すって呼び掛けると、身じろぎしながら眼を覚ましたアンジュがセラの姿を確認し、ハッと身を起こす。戸惑うセラの前でアンジュはセラに抱きついた。

 

「よかった……よかった――」

 

静かに呟くアンジュにセラはやや複雑そうになるが、そこへヴィヴィアンが近づくと、気づいたアンジュは眼を見張る。

 

「ひゃぁっ」

 

「ヴィヴィアンよ」

 

「な、なんだ…ビックリした……」

 

苦笑気味に告げると、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「タスク――タスクは?」

 

ハッと気づいたアンジュがそう口にすると、セラも思い出す。あの時、エンブリヲという男とそのパラメイルから放たれた閃光に巻き込まれた瞬間には、タスクもいた。

 

だが、周囲を見渡してもタスクの姿はなく、それどころか人の気配もない。

 

「近くにはいないみたいね――」

 

「そんな…」

 

まさか、やられてしまったのかと落ち込むアンジュだが、セラは肩を竦める。

 

「分からない――でも、悪運は強そうだから、どこかで生きてるわよ」

 

楽観視はできないが、それでも同じように巻き込まれた自分達やヴィヴィアンも無事だったのだ。どこかで生きていると信じたい。

 

それよりも今は、自分達の現況を把握する方が先だ。

 

「そう言えば――ここ、どこ?」

 

ようやくアンジュもその疑問に思い至ったのか、そう口にする。だが、セラもそれに対する答えは持っていない。軽く見渡したが、ここはどうやら陸地――それも、小島などではない。周囲に水の気配がないことからも、陸地だろう。そして、この場にある廃墟同然の市街地。立ち並ぶ高層ビル群や道路、壊れた車に電灯、それら全てが自然の緑に覆い込まれており、時間の経過を感じさせる。

 

数年ではない――この荒れようは、明らかにかなりの年月を重ねている。

 

「でも私達、確か海の上にいたはずじゃ――」

 

そう――遂今しがたまで、アルゼナルの海上でミスルギ艦隊と交戦していたはずだ。そして気づけば陸地、さらに廃墟に居るなど、普通では考えられない。

 

不意に、セラは横たわるアイオーンを見上げる。あの時――紫黒のパラメイルから放たれたエネルギーが直撃する瞬間、アイオーンが何かの反応を起こした。

 

一瞬のことだったから、ハッキリとは覚えていないが、アイオーンが自分達をここへと跳ばしたのだろうか。

 

その後、通信を試みるも、アルゼナルへの回線は通じず、またナオミやヒルダ達とも連絡が取れない。それどころか、どの周波数に合わせても繋がらなかった。

 

「緊急回線もダメ――半径5キロの範囲に動体反応もなし。少なくとも、アルゼナルの近くってわけじゃないみたいね」

 

ノイズ混じりに不通の回線を閉じ、セラは眉を顰める。

 

緊急用の回線も通じないところをみると、その範囲外にいると見るべきだろう。だが、こんな廃墟のような場所、座学でも資料でも聞いたことがない。

 

「アンジュ、あなたは知らないの? 少なくとも、この荒れようは相当時間が経ってるわ」

 

背後に広がる街を見た。街は緑に包まれ、少なくとも人の生活が失われてからかなり経つであろう状態だった。所々、崩落した後や破壊された後が見える。天災か、それとも戦争か―――どちらにしてもこの様は、只事ではない。

 

アルゼナルという閉鎖的な世界で育ったセラも知識でしか知らないが、『マナ』が世に現れるまでは世界で戦争が絶えなかったと聞く。なら、この廃墟はその時代の遺物か――だが、アンジュも困惑したように顔を顰める。

 

「私も分からないわ。こんな場所、聞いたことがないもの……」

 

外の世界で育ったアンジュも知識としては識っているが、それでも未だにこんな手付かずの状態で残っている廃墟など聞いたことがない。

 

「そもそも、どうして私達こんな場所に?」

 

一番の疑問はそこだ。海の上の戦場から気づけば見知らぬ地に放り出された。だが、そうなった経緯がまったく分からず、戸惑いを隠せない。

 

その問いにセラは視線をアイオーンへと向ける。沈黙する機体に、あの一瞬が過ぎる。突然ペンダントが光り、それに反応してアイオーンの出力が急上昇した。そして気づけばここへ飛ばされていた。

 

(オマエが、私達をここへ連れてきたの?)

 

心の中で問い掛けるも、答えは返ってこない。その時、背後で鳴った音に振り向くと、ヴィヴィアンが錆びて埃を被っていた自動販売機に身体をぶつけ、それに反応して中から缶が落ちてきた。だが、缶自体も錆びており、時間の経過を物語っている。

 

「一度、周囲を偵察しましょ――ここに居ても埓があかないし」

 

とにかく今は情報を集めるしかない。少なくとも、現在地を確かめなければ、動きようがない。その時、自動販売機で遊んでいたヴィヴィアンが近づき、こちらに背を向けて促すように鳴く。

 

「乗れってこと?」

 

正解、と頷くヴィヴィアンに苦笑し、セラが飛び乗るように跨ると、窺うように見ているアンジュに手を伸ばす。恐る恐るとその手を取り、アンジュもその背に跨ると、ヴィヴィアンは翼を羽ばたかせて急上昇する。

 

落とされないようにしがみつくなか、あっという間に上昇したヴィヴィアンの背で、不謹慎ながら悪くないと思ってしまった。

 

気を取り直し、周囲を見渡す――広がる廃墟はどこまでも続くように見える。不意に顔を上げると、地平線の向こうに巨大な山が聳えている。

 

頭頂部に微かな白を被る山は小さく噴煙を上げているが、あんな山見たこともない。

 

「ここ、ホント何処なの?」

 

アンジュが思わず漏らすも、『私に聞かれても困る』とセラも困惑した表情で周囲を見渡す。眼を凝らしても見えるものは緑に侵食された高層ビルや道路、半壊した建物か山ばかり。だが、少なくともココがかなりの大都市であったことは分かる。

 

立ち並ぶビル群の中、赤いタワーが中央で折れ、二対の巨大なビルは中心で真っ二つに縦に割れており、天まで届くかと思しき巨大な塔は全体に亀裂と損壊が目立ち、白亜の外装を薄汚れさせている。

 

不意に視線を動かすと、アンジュが微かに眉を顰める。

 

「アレは――ヴィヴィアン、あっちに向かって」

 

アンジュがふと、何かを見つけたのか指をさした。それに従ってヴィヴィアンは向きを変え、その方角に飛んでいく。廃墟の奥に巨大な湖が見える。だが、その湖は何かおかしかった。

 

自然にできた訳ではなさそうな巨大な窪みに年月をかけて水が堆積したように不自然なものだった。その歪な湖の中心に、破壊され、半分に圧し折れた塔らしきものが聳え立っている。

 

廃墟と同じくその塔も劣化し、緑に覆われているが、それでもその破壊の様はありありとしていた。だが、その塔の姿にセラが既視感を呼び起こす。

 

「アレって―――」

 

そう――遂、先日見たモノによく似ていた。そして、セラ以上にアンジュは驚きに包まれていた。

 

「……暁ノ御柱――?」

 

呆然とした口調で、アンジュは慣れ親しみ、そして姿を変えて佇む故郷の象徴の名を呟いた。

 

 

 

 

 

「ここが…ミスルギ皇国……?」

 

あの後、アイオーンとヴィルキスの墜落地点に戻ったアンジュは、先程の光景を何度も反芻させ、そこから導きだされた結論に慄いていた。

 

セラも腕を組んで機体に背を預けながら、思考を巡らせる。

 

あの湖の中央で無残な状態で佇んでいたのは、間違いなくミスルギ皇国の象徴である『暁ノ御柱』だった。セラもそれをミスルギ皇国で見ていたので、見間違えるはずもない。

 

それが、『ココ』に破壊された状態である――ということは、ここがミスルギ皇国という事に他ならない。アンジュに確認もしたが、マナを管理する『暁ノ御柱』は、ミスルギ皇国にしかないはずのものであり、アレのおかげでミスルギ皇国は他の国々よりも発展・繁栄してきたのだ。

 

「宮殿も街も綺麗さっぱり無くなって――いったい、どうなってるの?」

 

頭を抱えるようにアンジュは唇を噛む。

 

だが、セラは思考を巡らせながら奇妙な違和感に捉われていた。確かに、アンジュの言葉が本当なら、ミスルギ皇国のこの荒れようは異常だろう。

 

(だけど、何なのかしら…この違和感は―――)

 

気になったのは暁ノ御柱を中心にできたあの破壊の痕と、この荒れ具合だ。この劣化具合から考慮しても、かなりの時間が経過している。

 

そこから導き出される結論は―――ここが、自分達がいた時間軸よりも遥かに未来だということだ。

 

(バカバカしい、SF小説じゃあるまいし)

 

そんな自身の考えを首を振って消し、セラは身を起こす。

 

「とにかく、ここに居ても仕方ないわ。一度移動しましょう」

 

落ち込むアンジュに声を掛けると、セラは徐にヴィルキスに近づく。だが、その顔が苦虫を噛み潰したように顰まる。顔を上げたアンジュも背後から近づき、セラの視線の先を追うと、同じように顔を苦くする。

 

墜落時に破損したのか、片腕が関節部から損壊し、また本体も所々亀裂が走っている。セラは無言で破損箇所に触れ、手で状態を確かめながら顔を硬くする。

 

「どうなの?」

 

アンジュが不安気に訊くも、セラは嘆息するように肩を落とす。

 

「これは無理ね――設備がないことにはどうにもならないわ」

 

いくらセラでもこれ程の破損となると専用の設備が必要になるし、パーツ交換も必要となる。なにより、メイや整備スタッフでなければ無理だ。だが、廃墟に放り出されたも同然のこの状況では、修理して動かすということもできない。

 

アイオーンはさっき簡単にチェックしたが、それ程深刻なダメージはなかった。正直、人の気配もないこんな場所では食糧の調達も見通しが立たない。なにより、情報を得るためにも早急に移動したいのだが、最初から頓挫してしまった。いくらアイオーンでも、損傷したヴィルキスを運びながらでは大した移動はできない。

 

取り敢えず、ヴィルキスを何処かに隠して一度移動しようと動こうとした瞬間、セラはアンジュの腕を取って、機体の陰に引き込んだ。

 

「きゃぁ、な、何?」

 

突然のことに驚くアンジュに答えず、窺うように見るセラの視線の先を追うと、なにか声のようなものが聞こえ、アンジュも息を呑む。

 

警戒していると、ビルの隙間から動く何かが現われた。

 

【こちらは首都防衛機構です。生存者の方はいらっしゃいますか? 首都第3シェルターは今でも稼働中、避難民の方を収容しています。生存者の方は、中央公園までお越しください───】

 

機械的な音声を拡散しながら、一体の小型ロボットが眼の前を通り過ぎる。セラ達に気づくこともなく、ただ放送するだけでまたもビルの間に消えていった。

 

怪訝そうに見送りながら、今しがたロボットが発した言葉に顔を見合わせる。

 

『生存者』――確かにそう言っていた。セラとアンジュはお互いに頷くと、ロボットが消えた後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

ヴィヴィアンに機体の見張りを頼み、セラとアンジュはロボットの軌跡を見失わないように後を追い、やがて都市の中心に位置する場所にある巨大なドーム型の建造物に辿り着いた。

 

「ここに生存者が居るって言うの?」

 

思わずそう口にするが、セラにそれに対する答えはない。だが、ここに来るまで人の気配は当然なかったし、なにより嫌な予感がする。

 

意を決してドームに近づく。ゲートと思しき正面に辿り着くと、センサー光が上から降り注ぎ、二人の身体を確認するように照射する。アンジュは身を硬くして身構えるも、すぐに反応が返ってきた。

 

【生体反応を確認しました。これより、収容を開始致します】

 

機械の音声に近い淡々とした口調で告げると、固く閉じられたシャッター型ゲートがゆっくりと上がり、奥に続く長い回廊が現われる。

 

緊張した面持ちで覗き込む。非常灯の薄明かりのなか、続く通路の先は静寂に包まれており、とてもではないが生存者が居るとは思えないほど静けさに包まれている。

 

【ようこそ、首都第3シェルターへ。首都防衛機構はあなた達を歓迎致します】

 

相変わらずの口調でスピーカーから告げられるアナウンスボイスに、覚悟を決める。ここでジッとしているわけにもいかず、二人は顔を見合わせて頷くと、警戒のために銃を抜いて構える。

 

仮に生存者が居て、問答無用で襲い掛かってくる可能性も考慮し、警戒を持ったまま通路を進んでいく。

 

慎重に進む中、セラは内に感じる予感が徐々に警笛を鳴らしてくる。この先にあるのは、生者を拒む死の気配だった。

 

暫く進んでも人の気配どころか、物音ひとつしない。絶対的な静寂が不安を煽るなか、やがて大きなゲートと思しき場所に行き着いた。セラ達の接近と共にゲートが開き、中へと進入すると、そこは大きく伸びるエントランスだった。壁面に多くのゲートが備わっており、収容施設のような不気味さがある。

 

エントランスの中央には大きなモニターが取り付けられた柱と植物が植えられていたが、地上と違い長く放置された結果か、既に枯れ果てていた。

 

【現在当シェルターには1.7%の余剰スペースが有ります。お好きな部屋をお選びください】

 

セラ達の進入に反応して点灯したモニターに映し出された女性がアナウンスした後、壁に配置された幾つかの部屋の扉が重々しい音を立てて解放された。

 

【どうぞ、快適な生活を】

 

促すアナウンスに、解放された一番手近なゲートへと近づくと、内から異臭が鼻を突いた。部屋に足を踏み入れると、アンジュは声を引き攣らせ、セラは厳しげに顔を強張らせた。

 

「快適、ね――」

 

倉庫のような部屋の中は一言で言うなら『地獄』だった。冷たいコンクリートの床の上にコンテナやシーツなどで簡単に区切っただけの居住空間。

 

そこに多くの人間『だったもの』が死屍累々と横たわっている。

 

部屋の中に充満する異臭――腐敗し、ミイラとしか呼びようがない遺骸がいくつも転がっている。それこそ老若男女例外なく、母親であろう死体が自分の子供の死体を抱えたまま息絶えている様は、もはや地獄絵図そのものだった。

 

争ったような形跡はない。なら、食糧の不足による餓死か――横たわる死体の服装はどれもが着の身着のままというような状態だ。あの地上の状況から考えても、命からがらこのシェルターへと避難した―――だが、あくまでシェルターであるがため、自給自足などできず、『こう』なった。腐敗度から見ても相当な時間が経過している。

 

漂う異臭に耐えられなくなり、アンジュは口を押さえて部屋から飛び出し、先程のモニターの下へと走る。

 

「さっきのあなた、どこ!? 出てきて説明して!」

 

噛み付くように叫ぶアンジュに反応し、再びモニターが点灯する。

 

【こちらは管理コンピューター・ひまわりです。ご質問をどうぞ】

 

「コンピューター?」

 

「シェルターの管理システム――これはどういうこと? 生存者は居るの? いったい、何が起こったの!?」

 

地獄と化したシェルター、そして荒れ果てた世界――混乱する思考に答を求めるべく、問い掛ける。

 

【質問、受付ました。回答シークエンスに入ります】

 

コンピューターがそう応えるや否や、エントランスの照明が消えて、暗闇に染まった。息を呑む間もなく、周囲の光景が街中へと変わった。それは、空間に映像を再生するシステムだった。

 

戸惑う中、平和に見えた街に次の瞬間、砲火が轟いた。眼を見開くなか、降り注ぐ砲弾やミサイルが街を破壊し、炎に包む。

 

その光景が次々と映し出され、無数の戦闘機や戦車といった兵器が互いに撃ち合い、破壊し合う。それはやがて大きくなり、潜水艦や艦艇を使用した大規模な争乱へと発展していく。

 

「何よ、これ――映画?」

 

だが、アンジュはあまりに現実離れした映像にそう漏らす。こんな大規模な争いは、フィクションの中で見た過去の戦争でしか知らない。

 

それに対してコンピューターが応じてくる。

 

【実際の記録映像です。統合経済連合と反大陸同盟機構による大規模国家間戦争――――『第七次大戦』、『ラグナレク』、『D-War』などと呼ばれる戦争により地球の人口は11%まで減少――】

 

映像に映る世界で戦火は拡がり、それによって失われていく文明がありありと映し出されていく。戦争のキッカケは何だったのか―――それすらも今となってはハッキリしない。

 

ただ闘争本能に従い、争い続ける――古くから続く人の業が自らを滅びに追いやっていく―――互いに殺し合い、退けぬところにまで追い詰められた結果、最期の審判が下される。

 

【膠着状態を打破すべく、連合側は絶対兵器『ラグナメイル』を投入―――】

 

突如映像の中に映し出された紫黒の機体に、セラとアンジュは眼を見開く。

 

「あの機体は――!?」

 

それは、『エンブリヲ』と名乗る男が操っていた機体だった。だが、次に映し出された映像にアンジュが驚愕する。

 

「黒い――ヴィルキス!?」

 

エンブリヲのパラメイルに従うように現われるヴィルキスと同型の機体が6機映し出される。漆黒の天使達は次々と戦闘機や戦車、艦艇を破壊していく。

 

それはもはや戦争ではない――ただの蹂躙だった。いや、むしろ人の業を裁くかのように鉄槌を下す神の所業だった。その破壊は敵だけでなく味方にまで牙を剥く。

 

もはや互いに戦争を継続する力などなかった――――だが……そこで終わりはしなかった。未だ抵抗を続ける国、既に戦意を喪失した国、いや…『ヒト』という存在へ向け、関係なく破壊を続ける黒いヴィルキス達は突如黄金の輝きを纏い、両肩を変形させる。

 

「何、するの―――?」

 

その光景にアンジュは震える声で呟く。

 

いや、既に分かっていた――ただ、頭が、心がそれを拒絶していた。怯みながら2、3歩後ずさりするが、そんなアンジュの心境を慮ってくれるはずも無く、映像は無情に続く。

 

黄金色へと染まる黒いヴィルキス達はあの光学兵器を一斉に発射し、人々が打ち震える街を、対峙する軍を、反抗を続ける国へとその破壊の光を降り注がせた。降り注いだ世界は跡形も無く素粒子へと分解し、そして霧散する。その後に続く巨大な爆発の閃光とともに光の中へと滅えていった―――

 

「あぁ…ぁ……ぁ――」

 

ありありと見せつけられる映像にアンジュは声を掠れさせる。映像の中で降臨する6体のヴィルキスの姿に慄いていたセラは脳裏に記憶がフラッシュバックする。

 

アレは、初めてヴィルキスを見たときに視えた光景――紅蓮の炎が舞うなかで見た破壊の天使……映像の衝撃と記憶の一致に混乱するなか、全身に赤いディテールラインを施されたヴィルキスが両肩の光学兵器を展開する。

 

解放された竜巻状の閃光が向かう先は、『暁ノ御柱』だった。

 

「や、やめ……」

 

思わずそう声を漏らしたアンジュの願いも虚しく、閃光に包まれた瞬間、暁ノ御柱もその周囲に在った国も光の中へと消えた。

 

もはや掠れた声も出ない。黒いヴィルキス達の破壊と滅び行く世界の映像に茫然としていると、コンピューターは解説を再開した。

 

【こうして戦争は終結。しかし、ラグナメイルの次元共鳴兵器により地球上の全ドラグニウム反応炉が共鳴爆発。地球は全域に渡って生存困難な汚染環境となり全ての文明は崩壊しました。以上です、他にご質問は?】

 

空を覆い尽くすほどの爆発が地球全土へと拡がり、血のような赤で包み込まれた映像を最後に、記録が終わったのか、周囲は再び殺風景なエントランスへと戻っていた。

 

だが、そんな変化にも反応できないほど、セラとアンジュは見せられた映像に衝撃を受けていた。

 

「世界が……滅んだ? 嘘でしょ――何の冗談よ、これ!」

 

アンジュは信じられずに叫び、頭を振る。そして、噛み付くようにコンピューターに怒鳴った。

 

「バカバカしい! いったいいつの話よ!?」

 

【538年前】

 

癇癪を起こした子供のように叫ぶアンジュに、まるで言い聞かせるかのようにコンピューターは淡々と答える。

 

【正確には、538年193日前です。世界各地2万976ヶ所のシェルターに、熱、動体、生命反応なし。現在地球上に生存する人間はあなた方2人だけです。他にご質問はありませんか?】

 

作り物であるコンピューターには、人間のような感情などありはしない。ただ事実だけを淡々と無情に伝える――だが、たとえ作り物であっても人と同じ姿をして無邪気に笑って告げるコンピューターが最後に補足した説明はさらなる『絶望』だった。

 

その言葉にアンジュは眼を見開き、腰が抜けたようにその場に座り込む。

 

セラはそんなアンジュを支え、強張った面持ちでコンピューターを見上げる。

 

「―――人類は滅んだの?」

 

ただ一言――静かにそう問い掛けると、コンピューターは僅かな空白の後、返答を返した。

 

【質問内容が不明瞭なため、お答えできません。質問内容を具体的にして再度ご質問ください】

 

だが、セラはそれ以上訊くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

あれからどれだけ時間が経ったのか―――既に陽は落ち、夕闇が世界を赤く染めていた。

 

未だ茫然となっているアンジュを支えながら、セラはあのシェルターを出た。いくらなんでもあんな死の場所で過ごすつもりはなかった。

 

あの後、アンジュを休ませている間にセラは施設をできる限り捜索した。だが、コンピューターの伝えた通り、生きている者は皆無、どの部屋も死骸で満ちていた。

 

それらの死者を横に、セラは施設から食糧や使える物がないか探索した。そして、いくらか探し当てるとそれを持ってシェルターを出た。

 

アイオーンとヴィルキスの元まで戻る間、アンジュは無言のままだった。だが、先程までの茫然としたものから徐々に表情が険しくなっていた。

 

墜落地点に戻ると、既に陽は落ち、夜に包まれた。待っていたヴィヴィアンはどうだったとこちらを伺うも、答えられる余裕はなかった。

 

持ってきた物資の中から火を起こし、残っていた食糧の中でまだ食べられそうな物を探し出した。尤も、食糧も既に500年以上前のもの――いくら保存できるとはいえ、缶詰の中も既にほとんどが腐化していた。

 

かろうじて無事な物も生臭い臭いを放つが、それを火で焼いて殺菌する。正直、味など期待できないが、それでも人は生きていくために糧を摂らねばならない。

 

「ほら」

 

無言で火を見ているアンジュに焼いた保存食を差し出すも、アンジュは顔を背けた。

 

「食べなきゃ死ぬわよ」

 

咎めるも、それでも反応は返さず、膝を抱えて顔を隠す。取り付く島もないことにセラは肩を竦め、焼いた保存食を噛み切った。不味い―――だが、500年前の食糧に文句をつける訳にもいかない。

 

静寂と無言のなか、火の立てる音だけが時間を告げる。

 

「セラ――あなたは信じてるの、あんなデタラメな紙芝居」

 

膝を抱えていたアンジュがそう問い掛けると、セラは錆びた缶詰を持ち上げる。

 

「少なくとも、この世界が滅茶苦茶になったってことだけは事実みたいね」

 

静寂の支配する街――『死』に支配されたシェルター………これだけの現実を見せつけられたのだ。徐に缶を投げ捨て、セラはどこか揶揄するように笑う。

 

「ヒトは滅びた―――あなたも見たでしょ、あの地獄を」

 

ミイラとなった死体、そして戦争の遺骸であるこの崩壊した世界―――その言葉にアンジュはギリっと奥歯を噛み締める。

 

「そんなの、何かの間違いよ! 私は、自分で見たものしか信じない!」

 

あくまで現実を受け入れられず、アンジュは苛立ちを募らせ、言い捨てると立ち上がり、寝そべっているヴィヴィアンに近づく。

 

「ヴィヴィアン、起きて! 私を乗せてちょうだい!」

 

突然のことにヴィヴィアンは飛び起き、アンジュがその上に跨ると、すぐさま飛び立った。その背中を見送りながら、セラは複雑な面持ちのまま嘆息した。

 

「辛いのはあなただけじゃないのよ――」

 

セラも衝撃を隠せない。いきなりこんな世界に放り出され、それが滅びたなどと聞かされれば混乱するなという方が無理だ。

 

ポツリと漏らし、セラはそれでも思考を巡らせた。現実を締め出したところで何も変わりはしない。

 

(だけど、この違和感は何なのかしらね―――何かがおかしい)

 

あの映像を観てから感じている疑問―――何かが矛盾している。もしあの映像が事実だとしたら、存在していなければおかしい『モノ』がないのだ。

 

「もう少し調べてみる必要があるわね――この世界が、本当に『未来』なのかどうか」

 

微かな決意を秘め、セラは空を見上げる。

 

たとえ、どんな状況であってもセラのやる事は変わらない。『生きる』ために、自分のできることをやる―――それだけだった。




今回から第二章スタート。

序盤から説明文多い、と。タスクは同じくこの世界に来ていますが、現在は別行動となります。

改めてお伝えしますが、原作のカップリング等を重視している方は、この先の展開に受け入れがたい部分があるかもしれませんので、予めご了承ください。


原作では次はホテルでのシーンでしたが、ここもかなり変える予定です。そして次はいよいよドラゴン勢との邂逅です。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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