クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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Alive A Life

ジルの宣言を受け、ノーマの少女達は戸惑いながらも、行動を起こそうと各々が動き出し始めていた。

 

そんな中、クリスは不安な面持ちでロザリーに問い掛ける。

 

「ね、ねえロザリー、私達どうしたらいいの?」

 

「ど、どうって? あたしに言われても――」

 

先程のドラゴンの光景といい、突然の人間の襲撃といい、そこに加えてジルのあの宣言だ。考えることが苦手なロザリーはどうすればいいか分からず、クリスも自分で決断できずにいる。

 

そんな様子を横に、サリアのもとにジルからの極秘通信が届いていた。

 

《サリア、聞いていたな?》

 

「ええ、遂に始まるのでしょ」

 

サリアも周囲を憚りながら小声で通信に応じる。紆余曲折あり、先程の衝撃の事実にサリア自身もジルに対して不信感を抱いていたが、それでもジルへの信頼で無理矢理に抑え込んでいた。

 

《そうだ。そのためにもアンジュを必ず連れて来い。『リベルタス』のために奴は必要不可欠だ》

 

その命令に顔を顰めるも、生憎と通信機越しのジルには見えなかった。昨日までなら、その命令に憤りも憶えただろうが、昨日の戦いで嫌というほど思い知らされたのだ。サリアは横眼で合流してきたアンジュを見つけ、小さく頷いた。

 

「分かったわ。セラはどうするの?」

 

ここにはまだいないが、セラもまたリベルタスのためには不可欠な存在であることをサリアは察していた。それに対し、通信の向こうでジルは小さく鼻を鳴らした。

 

《放っておけ、無理につれて来ずともアンジュをつれて来れば奴は必ずついて来る》

 

その言葉に怪訝そうに眉を顰める。

 

どこか確信的に告げたジルに戸惑っていると、ジルは衝撃的な内容を伝えた。

 

《『姉』を見捨てられるほど奴は非情にはなれん》

 

「あ、あね……!?」

 

思わず声を上げてしまい、慌ててしまうが幸いに周囲は攻撃に気を取られており、気づいていなかった。乱れる動悸を抑えつつ、サリアは上擦った声で問い掛けた。

 

「ど、どういうことなの?」

 

《奴は、セラはアンジュの妹だったということだ。ミスルギでの件を考えても、アンジュを押さえておけば奴はこちらに付く。頼んだぞ、サリア》

 

一方的に告げると、通信をカットした。

 

サリアは複雑な面持ちでアンジュを見た。アンジュはアンジュで誰かを探して――考えるまでもなく、セラであることは察せられた。見捨てられない――まるで自身に言われているようで、サリア自身も心が苛立つも、それを抑え込んでアンジュに近づいた。

 

横では未だ事態の推移に戸惑っており、そんな中ゾーラが声を張り上げた。

 

「お前ら、聞いての通りだ! 司令が言ったとおり、人間どもが攻めてくる。司令は降りたければ降れと言ったが、恐らく連中はあたしらを生かしてはおかないだろう。総員、ただちに武器を持って地下施設へ移動、動ける奴は動けない奴を忘れんじゃないよ!」

 

その指示に一同は一斉に動き出した。さすがに殺されると分かっていて投降しようなどというような自殺願望者はいない。それに、ゾーラもできる限りは生かしてやりたかった。

 

「ゾーラ!」

 

「「お姉さま!」」

 

そんなゾーラの許にヒルダ達が駆け寄ってくる。

 

「お姉さま、マジで人間とやり合うんですか?」

 

「人間に刃向かって、生きていけるわけないよ!」

 

ロザリーやクリスは自分で決めることができず、またこれまでのノーマの境遇からか悲壮感を見せている。ゾーラは顔を顰めるも、ヒルダが鼻で笑う。

 

「あたしはいいよ、どっちにしろ人間にはカリもあるしね」

 

不敵に笑うヒルダにロザリーとクリスが動揺する。

 

「お、おいヒルダ……」

 

「あんた達もいい加減決めな。司令に従って死ぬか、人間に殺されるかをさ――あたしは少なくとも、タダで殺されてやるつもりはないね」

 

司令に直接聞き出したこともあるが、元々ヒルダ自身もこの世界に対しての不満を抱えていた。どうせなら、派手にやって一泡吹かせてやらねば気が済まない。

 

その態度に圧倒されていると、ゾーラが小さく肩を竦める。

 

「ならヒルダ、お前はパラメイル隊を率いて迎撃に出ろ」

 

どちらにしろ、ゾーラはまだ満足にパラメイルを動かせない今、隊長はヒルダだ。間もなく第二波、そしてそれ以上に攻撃は激しくなるだろう。地下にある『アレ』が発進するまでは時間を稼ぐ必要がある。

 

「イエス・マム!」

 

応じるヒルダにロザリーとクリスは、顔を見合わせ、そしておずおずと頷く。

 

「よし、お前らはデッキに向かえ! ターニャ達と一緒に出ろ、それとココとミランダはあたしと一緒に他の連中の誘導に当たるよ」

 

「「は、はい!」」

 

先程のショックからまだ立ち直っていない二人ではあったが、それでも気持ちを奮い立たせる。本来なら、メイルライダーである二人には迎撃に出てもらうべきなのだが、彼女らはまだ12歳、人間との戦いに駆り立てさせるには早すぎる。

 

「頼んだぞ、ヒルダ」

 

「ああ」

 

頷くヒルダを見届けると、ゾーラは誘導を始めるためココとミランダを連れて離れていく。

 

「で、どうするんだよ?」

 

横眼で問い掛けると、ロザリーとクリスは返答に窮するも、互いに見合って顔を顰める。

 

「ああもう、分かったよ! あたしだって死にたくねえし!」

 

「ゾーラお姉さまの命令だから」

 

大仰に頷く二人に小さく苦笑すると、ヒルダの背中に声が掛かった。

 

「ヒルダちゃん、私もいくわ」

 

振り返ると、そこには幼年部の少女達を連れたエルシャが真剣な面持ちで佇んでいた。少女達は続く振動に肩を震わせながらエルシャにしがみ付いている。

 

「守りたいから――この子達を」

 

そんな少女達を優しげに見やり、そして強く告げるエルシャに頷き返す。

 

「よしっ、急いでデッキにいくよ! アンジュ、お前も―――って、あいつ何処行った?」

 

今しがたまでいたはずの場所には誰もおらず、首を傾げるも一際大きな振動に我に返り、ヒルダはエルシャ達を連れてデッキへと向かった。

 

フライトデッキでは、ジルの命令を受けたメイ達が必死に撤収及び出撃準備を急いでいた。

 

「第三中隊機を先に上げる! ヴィルキスとアイオーンは優先的にエレベーターへ! 弾薬の補給は後でいい!」

 

怒号を上げるメイに、整備班は強く応じる。ただでさえ、休む間もなくパラメイルの整備を行っていたために作業も鈍化しているが、今は急ぐしかない。

 

出撃が難しいヴィヴィアンのレイザー及びココとミランダのグレイブ、ゾーラのアーキバスがリフトに固定され、後方の地下へと直結するエレベーターホールへと移送されていく。

 

そこへ走り回る整備班を横にヒルダ達が飛び込んできた。

 

「メイ、発進準備は!?」

 

「ああ、いつでもいけるよ!」

 

「そうか、アンジュやセラ達は?」

 

「え、まだ来てないよ」

 

その言葉に顔を顰める。セラとナオミはあの後、一度も会っていない。アンジュといい、いったい何処にいるのか――考え込むヒルダに別の声が掛かった。

 

「ヒルダ隊長、ターニャ以下5名、出撃準備完了です!」

 

既にデッキに来ていた第三中隊の元メンバー5人が一斉に敬礼し、ヒルダも頷く。

 

「よし、第一中隊出撃!」

 

『イエス・マム!』

 

号令に応じ、ターニャ達がパラメイルに搭乗していく。先行し、5機のパラメイルが発進すると、ヒルダはすぐに追うべく搭乗を指示する。

 

「マジで人間とやり合うことになるなんて……」

 

ロザリーは未だ現実感のない事態に困惑していたが、横にいたクリスが何かに気づいたように顔を上げた。

 

「何、あれ?」

 

空を指差すクリスにヒルダ達も思わず顔を上げると、空けた鉄骨の隙間から見える空一面に黒い物体が無数に浮いているのが見える。

 

怪訝そうに見やる一同の前で、黒い球体状の物体が側面に鋭利な刃物を展開し、高速回転しながら急降下してきた。それらはアルゼナルの壁面を抉り、カタパルトレールに刺さると高速回転しながら爆発した。

 

「伏せろ!!」

 

ヒルダが咄嗟に声を張り上げ、デッキにいた面々は反射的に身を屈め、巻き起こる爆風に身を縮める。濛々と立ち込める噴煙に咳込みながら顔を上げると、発進カタパルトが瓦礫によって塞がれ、完全に閉じ込められた。

 

その状況にヒルダは舌打ちするも、そこへ悲鳴のような通信が飛び込んできた。

 

《た、隊長――!》

 

「ターニャ、どうした!?」

 

先程の勇んだ声とは打って変わったような切羽詰った声色に眉を顰める。

 

《空一面に、未確認の――何なの、こいつら……!?》

 

悲鳴に近い声にますます混乱する。

 

「おい、どうした!? もっと正確に伝えろ!?」

 

再度呼び掛けた瞬間、別の周波数が割り込み、そこから別の悲鳴が飛び込んできた。

 

《隊長! イルマが――イルマが連れて行かれた!》

 

「連れて行かれた? おい、どういうことだ!?」

 

刹那、回線も雑音混じりに途切れ、デッキの照明が一斉に落ち、ヒルダ達はより混乱に陥った。

 

 

 

 

 

 

その頃――セラとナオミは必死にアルゼナル内を走っていた。

 

「セラ、何処に行くの!?」

 

「フライトデッキよ! パラメイルがなくちゃどうにもできないわ!」

 

響く振動が焦燥感を煽る。救助に来たという人間による攻撃で、アルゼナル内は混乱に陥っていた。とにかく今は、機体を手に入れなければどうしようもない。

 

その時、通路の照明が落ち、暗く染まる。

 

「セラ!?」

 

「発電施設がやられたみたいね――急ぐわよ!」

 

急ぎながらも、セラは嫌な予感が擡げるのを感じていた。何かがおかしい――最初の口上はただの建前だと思うが、断続的に続く振動はあくまでアルゼナルの防衛機能などを狙ったもの。

 

問答無用でノーマを虐殺するつもりなら、もっと激しい砲撃があってもおかしくないはずだ。

 

(発電施設――まさか!?)

 

先程自分で口走った単語の不自然さにようやく気づいた。

 

発電施設は、アルゼナルの重要区画故に、強固に造られた区画だ。そう簡単に破壊されるものではないが、もし内部から破壊されたとしたら―――通路を曲がり、この先のジャスミンモールを抜けていけば、もう少し―――そこでセラは立ち止まり、ナオミも思わず急停止する。

 

戸惑うナオミに声を上げるなとジェスチャーを送り、通路の陰に身を隠しながらジャスミンモールを伺うセラに倣うようにナオミも覗き込むと、眼を見開いて息を呑む。

 

荒れたジャスミンモール内の一画に何人ものノーマの少女達が頭に手を組まされて座らされていた。誰の表情もキツク眼を閉じ、恐怖に震えている。そんな彼女達の前に黒いコンバットスーツを着込んだ男達が無造作に立っており、手元のマナのウィンドウで何かを確認している。

 

怪訝そうに見やるセラの前で、一人が銃口を頭に突きつけ、少女は引き攣った声を漏らす。

 

「悪く思うなよ、恨むならノーマに生まれたことを恨みな」

 

吐き捨てるようにトリガーを引こうとする兵士にナオミが眼を逸らし、セラは咄嗟に足元に転がっていたモノに気づき、それを掴んで放り投げた。

 

「伏せろっ!!!」

 

響かんばかりの叫びと共に投げ飛ばしたモノに気づき、兵士達がこちらを向いた瞬間、セラは銃でそれを撃った。

 

刹那、撃ち抜かれた消火器から白煙が噴出し、周囲を白く包み込む。突然のことに戸惑い、混乱する兵士達は視界が真っ白に染まり、装備していた暗視ゴーグルも役に立たない。次の瞬間、一人の兵士のゴーグルに迫り来る刃が見えた瞬間――――

 

「ぎゃぁぁぁぁっっっ!!!」

 

耳を劈くような悲鳴が響き渡る。ゴーグル越しに兵士の眼をアーミーナイフで突き刺したセラは兵士の身体を蹴り、刃を引き抜く。

 

鮮血を飛び散らせながら兵士はモール内の什器に激突し、動かなくなる。仲間の悲鳴に混乱するも、迂闊に発砲すれば同士討ちのため銃は撃てない。

 

その間にセラは別の兵士に接近し、喉下を切り裂き、夥しい血が噴き出す。

 

「こ、このおっ!」

 

またもや仲間の悲鳴が轟き、残った一人が銃を構わず放とうとするも、セラはその銃身を掴んで引き下げ、トリガーが引かれた銃は兵士の脚を撃ち抜く。

 

痛みに呻く兵士の首を掴み、そのまま壁へと押し付ける。

 

ようやく視界が戻った兵士の眼に、こちらを殺気を纏った眼で睨むセラが映り、喉を引き攣らせる。

 

「お、お前は――ぎゃぁぁっ」

 

セラはナイフを肩に突き刺し、貫通した刃が壁に刺さる。悶える兵士の首を掴んだまま、銃をその顎に突きつける。

 

「ひっ、た、助けて! お、俺は命令に従っただけで――」

 

命乞いを始める兵士を冷めた眼で見ながら、セラは何の感情もこもっていない冷淡な口調で死を告げた。

 

「さっきの言葉を返すわ。恨むなら、『人間』だったことを恨むのね――死ね」

 

トリガーを引き、顎から頭を撃ち抜かれた兵士はコンバットスーツの中に大量の血をぶちまけ、ゴーグルが内側から紅く染まる。

 

手を離すと、絶命した兵士はそのまま壁を擦りながらその場に崩れ落ちた。

 

「みんな、大丈夫!?」

 

事態の推移に茫然となっていた少女達に駆け寄ってきたナオミが声を掛けると、ようやく我に返り、少女達は一斉に泣き出した。

 

余程の恐怖だったのだろう――肩を寄せ合いながら泣きじゃくる少女達に、ナオミは安堵する。セラは厳しげな面持ちで見ていたが、そこへ放送が響く。

 

《アルゼナル全要員へ! 敵部隊がアルゼナルに侵入! 目的は、人員の抹殺――ダメ、退避! みんな! にげてぇぇぇぇ!!》

 

オリビエの悲鳴のような声がアルゼナルに響き渡る。

 

アルゼナルに潜入してきた人間の特殊部隊は至る所で銃撃を行い、ノーマを虐殺していた。それだけに飽き足らず、確実に息の根を止めるために火炎放射器で死体を焼くほどだった。

 

放送を聞いたセラは内心舌打ちする。

 

「やってくれる――っ」

 

兵士達の装備を拾いながら、セラは放送に怯える少女達を励ますナオミに声を掛けた。

 

「ナオミ!」

 

呼ばれたナオミは放り投げられた銃を受け取り、戸惑う。

 

「あなた達、死にたくなかったら早く地下に行きなさい! 生きたかったら、戦いなさい!」

 

恐怖に打ち震えていた少女達を一喝し、何人かに銃を放り渡す。受け取った少女達は震えるように銃を見ていたが、セラが再度叫ぶ。

 

「行きなさい!」

 

少女達は涙眼で頷き、必死になってその場から駆け出していった。

 

「ナオミ、あなたも」

 

「ううん、私はセラといくよ! 私だってメイルライダーなんだもん、覚悟はしてるよ」

 

決然と告げるナオミにセラもやや嘆息気味に肩を竦め、苦笑する。

 

「無茶はしないでよ」

 

「セラに言われたくはないかなぁ」

 

互いに笑いながらも、セラとナオミは銃を構えてデッキへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

アルゼナルの各所で銃撃が轟くなか、アンジュはサリアに連れられて最下層へと向かわされていた。

 

その前方にモモカを抱えて歩くジャスミンもおり、アンジュは背後で銃を突きつけながら促すサリアを厳しげに見ている。

 

緊張感が漂うなか、サリアの許に通信が入り、受信する。

 

「はい――ええ? ヴィルキスとアイオーンがまだ整備デッキに? 分かった、アンジュを届けたら私もデッキに合流するわ」

 

肝心要のヴィルキスとアイオーンの二機は未だ整備デッキから移送できずにいる。移送用のシャフトを破壊された上、デッキに侵入した特殊部隊と銃撃戦となり、作業もままならない状況のようだ。

 

ジルの命令に頷くと、通信を切る。そのやり取りを察したのか、アンジュが睨むように呟く。

 

「ここ、危ないんでしょ? 逃げる準備なんてしてる場合?」

 

「言ったでしょ、アンタには大事な使命があるって……アンタは無事にジルの許まで届けるわ。それが私の仕事なのよ」

 

憮然と告げるサリアの表情は傍目から見ても気を張っており、痛々しい。そんな様子が滑稽に見える。

 

「結局、あの女の言いなりってわけ?」

 

鼻で笑うアンジュにキッと奥歯を噛み締めるも、それを抑え込む。

 

「なんとでも言いなさい」

 

口調を荒げて黙らされるサリアに鼻を鳴らしながらも、アンジュ自身も不安を隠せずにいた。内部に戻り、アルゼナルの襲撃にアンジュはセラを探していたところをサリアに捕まり、半ば脅されるように連れ出された。

 

途中で合流したジャスミンはモモカにマナを使わせないよう掴み上げ、そのまま地下へと誘導されていた。響く振動とアルゼナルに侵入した人間の特殊部隊といたるところで銃撃戦が起こっており、セラの姿が見えないことが焦燥感を抱かせる。

 

「セラのこと? 彼女だったら、無事よ。それに、必ず合流してくるわ」

 

そんなアンジュの心境を察してか、そう口にするサリアにアンジュが眉を顰める。

 

「どういう意味よ?」

 

どこか確信的に断言したサリアに怪訝そうに問い掛けると、サリアが顔を僅かに顰める。

 

「『妹』、らしいわね。ジルから聞いたわ―――」

 

その言葉に息を呑み、動揺するアンジュにサリアが言葉を続ける。

 

「まさか、本当にそうだったなんてね――でも、ようやく納得できたわ。ドラゴンから守ったことといい、ミスルギまでアンタを助けに行ったことといい―――アンタのために、そこまでできるのね」

 

そう呟くサリアの顔には、羨望や嫉妬、そして自虐めいたものが浮かび、陰りを帯びる。だが、その顔が突然キッと引き締まり、顔を上げる。

 

「だから、アンタをジルの許に連れて行く。アンタがジルに、リベルタスに加われば、セラも必ず加わるわ!」

 

その瞬間、アンジュは怒りに顔を赤く染める。

 

「なに? 私は人質ってわけ? セラを――彼女を利用するために………ふざけんじゃないわよ!」

 

ようやくサリアの――いや、ジルの思惑を理解したアンジュは憤怒に声を荒らげる。

 

「従わないから無理矢理従わせる――とことんクサった女ね! リベルタスだとかなんだとか、そんなもののために仲間の命を犠牲にしてまで!」

 

ドラゴンの真実を隠してきたこと、そしてこちらの意思も無視してリベルタスという戦いに駆り立てさせる。セラの言ったとおり――選択肢など、最初から無いのだ。

 

そして、今回の人間の襲撃に対しても後手に回っており、しかも合流できなければ見捨てる。積極的に助けに行こうともせず、それを必要な犠牲とでも言いたげなサリアの、そしてジルのやり方。

 

なにより、自分を利用して『セラ』を巻き込もうというやり方に腹立たしい思いだった。

 

「アンタもあの女と同じね、訳の分かんない絵空事や、無意味な使命感に酔いしれているだけの偏執狂! 大げさな理想を掲げて、実際は自分だけじゃどうにもできないくせに!」

 

その指摘に忸怩するようにサリアは歯噛みする。

 

「巻き込まれて死んでいく方はたまったものじゃないわね! っ」

 

間髪入れず、アンジュはサリアに平手打ちされ、睨みつけるもサリアは怯むことなく声を荒げる。

 

「アンタ何も分かってないのね! 自分がどれだけ重要で、恵まれていて、特別な存在なのか!」

 

「分かりたくもないわ、そんなもの!」

 

アンジュが望んだわけではない。なのに、勝手に周りが『できる』からと巻き込んでいく――そこにアンジュの意思はない。

 

あくまでリベルタスには協力する気はないアンジュと、従わせようとするサリアの間に緊張感が走るも、その時ジャスミンに抱えられていたモモカが顔を上げた。

 

「では、息を止めて下さい! アンジュリーゼ様!」

 

今まで黙っていたモモカが唐突にジャスミンの拘束から逃れ、跳び上がると持っていた調味料ポッドをその場にばら撒いた。

 

一瞬にして粉塵まみれになる通路に、眼を見開く。

 

「なんだい、こりゃ…くしゅっ」

 

眼を剥くジャスミンだったが、急に鼻が疼き、クシャミする。舞う粉が呼吸を咽させ、サリアは涙眼で叫ぶ。

 

「アンジュ! 何処なの!? くしゅん! 待ちなさい!」

 

鼻声で探すも、その隙にアンジュとモモカは逃げ出していた。

 

「いつでもお料理できるように、塩とコショウを持ち歩いていて正解でした、くしゅん!」

 

通路を駆け上がりながら、どこかサムアップするようにはにかむモモカの咄嗟の行動に、アンジュは感心した。

 

「随分大胆な事をするようになったわね、くしゅ!」

 

「アンジュリーゼ様の影響で、くしゅ!」

 

互いに鼻をかみながらも、その場から何とか逃げるアンジュとモモカ。

 

「アンジュリーゼ様、これからどうします?」

 

「とにかく、セラを探すわ! 見つけたら、そのままデッキに行くわよ!」

 

最優先はセラとの合流だ。ジルには従わないとハッキリ言い切っていた彼女のことだ。この混乱でもジルの許に合流しているとは考えにくい。なら、迎撃のためにデッキに向かっているはずだ。

 

こちらもパラメイルを手に入れて、出撃する。こんなふざけた真似をしてくれた人間にカリを返さねば、怒りは収まりそうになかった。

 

 

 

 

アルゼナル最深部―――そこは、巨大なドックとなっており、その中心には巨大な艦艇が横たわっていた。

 

可潜空母『アウローラ』―――それが、この巨大な艦艇の名だった。かつて、幾度となく古の民の母艦として戦い、ジル達が密かに用意していた『リベルタス』のための切り札であった。

 

ドックに固定され、ブリッジに入ったジルは同行させていたパメラ達を所定の位置につかせ、発進準備を行っていた。

 

「全シーケンス、60%完了」

 

「各部最終チェック」

 

「電子系統、オールグリーン」

 

パメラ達は初めて触れる機器ながら、オペレーターとしての杵柄ゆえか、問題なく作業をこなしていた。

 

「ゾーラ、搬入作業はどうだ?」

 

それを見つめながら、ジルは通信機で格納庫に連絡を取っていた。

 

《全然進んでないよ、とにかく人手は足りないし、逃げてくる奴らを誘導するだけで精一杯だ》

 

通信越しに上擦った声が響く。

 

格納庫ではゾーラを中心に物資やパラメイルの搬入作業を行っているも、整備班はデッキにまだ大半が残っており、機体の固定作業や物資の積載などを慣れていない人員で行っているため、効率が悪い。

 

なにより、ヴィルキスをはじめとした主力機はまだ大半がデッキに残ったままだ。その上、避難してくるノーマ達の誘導も手一杯であり、混乱している。

 

「急がせろ」

 

さすがに状況を鑑みて、そう言うのが精一杯だった。そこへ別の通信が割り込み、通信を開くと咳が聞こえ、怪訝そうになる。

 

「サリア、何があった?」

 

《アンジュに、逃げられた、くしゅん》

 

通信からは未だ呼吸が戻っていないサリアの鼻声が聞こえるも、その内容に苛立ち混じりに唇を噛む。

 

「連れ戻せ、奴はなんとしても乗せろ!」

 

サリアの報告を聞いたジルは歯を噛みしめ、アンジュの捕獲の命令を与える。乱暴に通信を切ると、ジルは落ち着かない面持ちで顔を顰める。そんなジルにオリビエが恐る恐る声を掛ける。

 

「あの、司令…外部から司令宛てに通信です」

 

「外部?」

 

予想外の言葉に眉を顰める。

 

「周波数153で繋がっています」

 

「――私の回線に回せ」

 

「イエス・マム」

 

受信すると、通信機から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

《久しぶりだね、アレクトラ》

 

「やはりお前だったか、タスク」

 

今のこの状況で外部から――しかも、このアウローラに連絡を寄越せるとなれば限られてくる。ミスルギへアンジュの救出に向かわせて以来だが、タスクは通信越しに硬い声で話す。

 

《ミスルギ艦隊のことを伝えに来たんだが、間に合わなかったようだ》

 

やや忸怩たる気持ちで肩を落とす。

 

アンジュ達と別れた後、タスクは今一度ミスルギ皇国に戻り、ジュリオの動向を探っていた。そして、アルゼナルを攻めるという言質を確認し、慌てて引き返したものの、タッチの差で間に合わなかった。

 

艦隊の展開する海域と逆の位置からアルゼナルに取り付いたタスクはまず、昔の周波数を利用してジルに連絡を取っていた。

 

「間に合わないどころか、もうココも長くは保たん」

 

やや毒づくように返すと、タスクも通信機の向こうで苦く沈黙するも、すぐに気を取り直す。

 

《セラやアンジュは無事か?》

 

「――たった今、アンジュに逃げられたところだ。お前も捕獲に協力しろ。アンジュを保護すれば、セラも合流する」

 

言葉を選びながらそう告げると、小さな嘆息が聞こえる。

 

《……分かったよ》

 

苦々しく返すと、通信の向こうで、苦笑しているタスクの顔が見え、ジルは憮然と通信を切った。一瞬、タスクの声を聞いたとき、『アイビス』のことが過ぎった。

 

タスクの叔母であり、唯一の肉親―――かつての仲間でありながら、今は敵に寝返った裏切り者。そこまで考え、ジルは内心自嘲する。

 

(これだけは、絶対に誰にも話さん――)

 

同時に、強い決意を秘めると、タスクにアイビスのことは伝えないことを決めた。既に死んだと思っている相手が裏切り者などと伝えれば、いらぬ動揺を招く。

 

今はとにかく、アンジュを捕獲する。彼女を押さえれば、セラも否応なしにこちらに合流する。その後のことは脱出した後で考えればいい。

 

 

 

 

 

フライトデッキではヒルダ達が特殊部隊に対して、激しい銃撃戦の応酬を繰り広げていた。崩落した遮蔽物の陰に身を隠しながら降下してきた特殊部隊が銃撃し、ヒルダ達もパラメイルの陰に身を隠しながら応戦していた。

 

整備班も銃を持って対峙しているも、不慣れなためまたもや一人が頭を撃たれ、その場に倒れ伏す。

 

「くそっ、動ける奴は怪我人を連れて退がりな!」

 

ヒルダが撃ち返しながら、メイは比較的軽傷の者に重傷者を連れて退がるように指示し、応戦しながらもなんとか機体を搬入しようと作業を進める。

 

だが、特殊部隊の増援が合流し、相手の攻撃がますます激しくなる。特殊部隊の一人がロケットランチャーを構え、砲撃する。弾頭がロザリーのグレイブの右の連装砲に直撃して吹き飛ぶ。

 

「ああ! おニューの連装砲が!」

 

「この野郎!!」

 

ヒルダとロザリーは懸命に撃ち返すが、その隣でクリスが絶望するかの様に震えていた。

 

「……もうダメだよ、私達死ぬんだ……」

 

諦めたように俯くクリスに、ヒルダは声を荒げる。

 

「死の第一中隊がこんな所で死んでたまるかってんだ!」

 

「今さら隊長面しないで!」

 

「はいはい……」

 

思わず反論したクリスの嫌みを流すヒルダだったが、クリスの背後で特殊部隊の一人が回り込み、狙っているのに気づく。

 

「クリス!!」

 

咄嗟にヒルダはクリスを引っ張るように前に庇うと、左肩に銃弾を受け、鮮血が舞う。

 

「ヒ、ヒルダ…」

 

「ぐっ…! このくそおおおお!!」

 

幸いに致命傷ではなかったが、ヒルダは敵に向けてライフルを撃ちまくり、その銃弾すべてを全身に受けた兵士は海へと落とされた。

 

それを確認すると、ヒルダは呻きながら傷を押さえる。そんな様子に、クリスは唖然となる。

 

「どうして……」

 

「アタシらは仲間だよ、誰も死なないし、もう死なせないってな!」

 

苦しげながらも、そう笑うヒルダにクリスだけでなく、ロザリーも茫然となる。その時、敵が発射したロケットランチャーがエレベーターシャフトに直撃して、シャフトが崩れる。

 

「エレベーターシャフトが!」

 

「これではパラメイルを下ろせません!」

 

その光景に眼を見開くメイは歯を噛みしめ、不味い状況になってきている事にロザリーが動揺する。

 

「ど、どうするんだよ! ヒルダ!?」

 

「く……!」

 

敵は減るどころか増えている。だが、エレベーターまで破壊されてはもう移送ができない。手詰まりかとヒルダが呻く。

 

多少危険だが、パラメイルに乗れれば活路は開ける。乗り移っている間の援護を頼もうとした瞬間、背後で固定されていた機体が動き出した。

 

「アイオーンが!?」

 

メイが驚くなか、思わず振り返ったヒルダ達も眼を見開く。

 

リフトに固定されていたアイオーンが突如起動した。だが、コックピットにはライダーであるセラの姿はない。無人のまま動き出したアイオーンは拘束具を強引に引きちぎり、その機体を浮遊させる。

 

呆気に取られるヒルダ達を横に、浮上したまま動き出すアイオーンは両翼と下部にドッキングしてあるガトリング砲を斉射し、突然のことに混乱していた兵士達を吹き飛ばした。

 

大量に放たれた光弾の熱に灼かれて消滅、あるいはごく一部の肉体だけ残った兵士達に思わずゾッとするヒルダ達の前で、アイオーンは光に包まれ、掻き消えた。




まずすいません、前回あと一話で第一章終わりと言ってましたが、終わりませんでした。

一応、この後も少し書いてるんですが、この量で進めるとこの一話で文字数が2万字を超えそうな勢いだったので、急遽2話に分割しました。

次回こそ間違いなく最後です。

エンブリヲとの邂逅、アンジュへの想い、ナオミとの別離など、いろいろと書くシーンが多いですが、これが終われば、第二章に突入しますので、応援のほどよろしくお願いします。



そしてなんと、クロスアンジュがスパロボ参戦決定!最近やってないけど、久々にスパロボを買おうかなと考え中。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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