クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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ら・ら・ば・い~優しく抱かせて~

《総員! 第一種戦闘配置! 基地内部にドラゴンの生き残りです!》

 

静かだったアルゼナルに突如響き渡る悲鳴のような警報に、誰もが息を呑む。

 

基地内部でスクーナー級ドラゴンが一体活動しているのを巡回していたパメラ達が発見し、慌てて警報を鳴らしたのだ。

 

「ドラゴンの生き残り!?」

 

「そんな!?」

 

「くそっ、あたしらもすぐにゾーラ達と合流するよ!」

 

衝撃の事実に慄いていた一同はすぐさま意識を切り替える。ドラゴンが撤退して既に丸一日――いったいどこに隠れていたのか、戸惑うもすぐに排除に向かうため、ヒルダとナオミは司令室を飛び出していく。

 

アンジュはどこか思いつめた顔でセラを見やるも、当のセラは小さく首を振る。

 

「セラ――私……」

 

どう言葉をかければいいのか――思考が回らないアンジュにセラが肩を叩く。

 

「今は、ドラゴンの方でしょ――先に行って」

 

「え、ええ」

 

不安気な眼差しのままアンジュは司令室を後にし、残ったセラがジルを背中越しに首を振り向く。

 

「―――マギーに言っておきなさい。何とかしなさいって…できないなら、私はアンタを殺すわ」

 

睨むようにジルを見つめ、一瞥するとセラも部屋を飛び出していった。残されたジャスミンはドアが閉まると小さく肩を落とし、ため息をつく。

 

「やれやれ、心臓に悪いね」

 

だが、それも当然かとジャスミンは内心思う。実際、10年前までは、セラをそのために育てていたのだから――だが、長く彼女と接する内に、親としての情が芽生えた。子を産むことのないノーマでもそのような感情を抱くのだから、母親としての『性』が女の本能的にあるのかもしれない。

 

そして10年前に起こったリベルタスの失敗が、彼女の中で躊躇いをより強くしたのは事実だ。沈痛になるジャスミンにジルは抑揚のない声で告げた。

 

「ジャスミン、お前はドラゴンの始末をつけろ。マギーには私が抑制剤を用意させる」

 

その言葉にジャスミンも表情が強張る。

 

「まだ、『アイツ』には死んでもらっては困る」

 

「―――みんなにバレるよ、いいのかい?」

 

「構わんさ、それならそれで、それを理由にするまでだ」

 

不遜な態度を変えないジルにジャスミンは苦い面持ちのままだ。『汚れ』仕事はいい――だが、それをすれば、このアルゼナルにいるノーマ達に大きな衝撃を与えるだろう。

 

「ジル――下手に追い詰めたら、誰もついてこないよ」

 

苦言を告げるように一瞥し、ジャスミンは司令室を後にし、ジルは噴かしていたタバコを握り潰す。

 

「今更さ――あの時から、私は汚れているんだからな」

 

自虐するようにジルは機械の腕を見やるのだった。

 

 

 

 

司令室を後にしたセラ達は、そのまま臨時司令室に入った。そこには既にゾーラが中心とってドラゴン迎撃用の作戦を説明していた。

 

「いいか、確認されたのはスクーナー級が1匹だけだ。どこに隠れてたのかは知らんが、決して単独では当たるな!」

 

撤退後、念入りに捜索したはずの基地内に気づかなかった点も気になるが、今は迎撃が先だ。スクーナー級とはいえ、単独で当たるには危険が大きい。

 

「ロザリーとクリスは居住区、アンジュとヒルダは整備デッキ、セラとナオミは食堂、エルシャは、サリアを反省房から出してジャスミンモール内を探索しろ」

 

徐にポケットから取り出した鍵を放り投げ、受け取ったエルシャが静かに頷く。この状況で一人反省房にいることは危険が大きい。ジルもこの非常時なら文句は言うまい。

 

「ゾーラ、ヴィヴィアンは?」

 

ふと周囲を見渡し、ヴィヴィアンが居ないことに気づいたセラが問い掛けると、当のゾーラは首を傾げる。

 

「アイツは何処へ行った? エルシャ、ヴィヴィアンは?」

 

そこで初めてゾーラも気づき、エルシャに問い掛けると、表情が曇る。

 

「それが、部屋にも居なくて――でも、部屋が少し荒らされているような形跡がありました」

 

警報が鳴ると同時にエルシャは慌ててヴィヴィアンを探しに行ったのだが、部屋に姿はなく、ヴィヴィアンが普段使用しているハンモックが潰れていたことに眼を見張った。

 

「まさか、ドラゴンに――」

 

クリスがそう口にし、動揺が走る。ココやミランダなどは顔を青くしているが、セラは一人眉を顰めていた。

 

(まさか――!?)

 

その可能性を思いつき、息を呑むと同時にゾーラが命令を再度復唱する。

 

「ヴィヴィアンのことは後回しだ! 今はドラゴンを迎撃する、残りはここで司令部を守れ、いいな!」

 

『イエス・マム!』

 

一斉に飛び出すなか、アンジュは無意識にセラを追う。だが、セラは銃を背負うとそのまま飛び出し、ナオミが慌てて後を追う。

 

思わず声を上げ、手を伸ばすも――それは躊躇いがちにさ迷い、アンジュは沈痛な面持ちで顔を顰める。

 

「アンジュリーゼ様……?」

 

その様子に戸惑うモモカにも気付かず俯き続けるアンジュだったが、押し付けられるように触れた銃身にハッと顔を上げる。

 

「なにボーっとしてやがる?」

 

「ヒルダ――」

 

「…まあ、戸惑うなっていう方が無理だとは思うけどよ。実際、あたしだってまだ頭が混乱してんだ」

 

ヒルダも歯切れが悪く、困惑が見て取れる。それほどまでに先程の話は衝撃的だったのだ。当のアンジュの心境は如何ほどのものか、想像もできない。

 

「けど、今はドラゴンだろ、ボケッとしてたら死ぬぞ」

 

無理矢理引き戻すように声を荒げると、アンジュも弱々しく頷いた。

 

「そうね……」

 

浮かない顔のまま銃を持ち、それでもどうにか気持ちを奮い立たせ、部屋を出るアンジュとヒルダだったが、アンジュのことが気に掛かり、モモカも後を追う。

 

「アンジュリーゼ様、どうされたのですか? 酷く顔色が悪いようですが――」

 

正直、これ程ショックを受けているのは初めて――敢えて言うなら、ミスルギ皇国でのあの時に近いが、それとは何か違うものだった。

 

窺うモモカにアンジュが不意に足を止める。

 

「―――ったのよ」

 

「え……?」

 

「『妹』だったのよ、セラが――!」

 

思わず怒鳴るように告げたアンジュの一言にモモカが驚きに声を上げ、口を手で覆う。モモカの動揺よりも、アンジュの葛藤の方が大きかった。

 

「何なのよ、それ――お父様もお母様も、どうして……」

 

何故両親は自分にその事を告げなかったのか―――兄妹すら裏切った中で、両親だけは自分を守ってくれた。信じていたのに、その両親ですら自分に何も話してはくれなかった。

 

「そう、でしたか――では、やはりあのペンダントはソフィア様の」

 

アンジュの葛藤を沈痛な面持ちで聞いていたモモカが唐突に告げた言葉に、アンジュが思わず顔を上げる。

 

「モモカ――あなた、今……」

 

「申し訳ありません。以前、セラ様のペンダントを拝見した時に、不思議に思ったんです」

 

アレはアンジュが風邪で倒れた時―――偶然にセラの胸元にあるペンダントを見たモモカは、不思議な引っ掛かりを憶えた。どこかで見たことがある――漠然としたものだったが、その時は思い浮かばずに記憶の中に埋没していった。

 

そしてアレはいつの頃だったか――不意に思い出したのだ。昔、まだモモカがミスルギ皇国にいた頃、ソフィアの私室を掃除したことがあった。その日はいつも担当していた者がいなかったため、たまたま手が空いていたモモカに白羽の矢が立ち、部屋を掃除していた。

 

「ソフィア様のお部屋を掃除していた時に、偶然見たんです。ソフィア様があのペンダントを付けていた写真を」

 

それは偶然だった――部屋の棚に飾られた写真立てには、まだソフィアがジュライに嫁いだ頃のものか、二人で写る写真が飾ってあった。その写真に写るソフィアの胸元にあのペンダントがかかっていた。思わず見入っていたモモカは不意に掛けられた声に振り向くと、そこにはソフィアがおり、モモカが見ていた写真に気づくと微かに驚いた面持ちを浮かべた。

 

「その時に訊いてしまったのです。そのペンダントはどうされたのか――」

 

何故そう思い立ったのかは分からない。だが、モモカはソフィアに写真に写るペンダントのことを訊ねていた。

 

「お母様はなんて……」

 

「『無くしてしまった』――と…どこか寂しそうなご様子でした」

 

苦笑混じりに、それでいてどこか寂しげな面持ちだったのを憶えている。そのまま忘却の彼方に消えていた記憶を、セラのペンダントを見たときに思い出したのだ。

 

「申し訳ありません、思い出した時点でお伝えするべきでした」

 

謝罪するモモカに、アンジュが首を振る。

 

「ううん、あなたのせいじゃないわ――それに、遅いか早いかの違いだけよ」

 

どちらにせよ、そんな事実を知れば、冷静ではいられないだろう。

 

「それに――今更、どんな顔して会えばいいのよ」

 

確かにセラと間に絆があったことは嬉しかった。だが、それは同時に後ろめたさを感じさせるものだった。何も知らず、最初の頃は嫌悪さえもしてしまった。こんな自分を命懸けで助けてくれた――なのに、自分は何もできていない。

 

「どうして『私』だけなの――」

 

セラは…『妹』は生まれてすぐにノーマとして生きる運命を背負わされた。なのに自分は同じノーマなのに、両親の手元に残された。

 

ジルの言ったとおりだ――セラは両親に…世界に捨てられたのだ。もしあの洗礼の儀が無ければ…いや、もし『ノーマ』だとジュリオに暴かれなければ、自分はセラのことを――『妹』のことを知らずに生きていただろう。むしろ、そんな事実を知れば、汚らわしいと――あのジュリオのように嫌悪したかもしれない。

 

そう思った瞬間、アンジュは内に激しい己への不快感を憶え、手を壁に叩きつけた。

 

(なによ、私も変わらないじゃない――!)

 

アルゼナルに来た頃、自分はセラに何と言った―――『こんなノーマと姉妹だなんて、汚らわしい!』……奇しくも、あのジュリオと同じ言葉だ。

 

自分はセラを拒絶したのだ――妹を………ずっと離れ離れにいた姉妹を――――あれ程醜いと罵った兄妹と同じ穴のムジナではないか。血が滲むほど、嫌悪感と怒りに唇を強く噛む。

 

「アンジュリーゼ様―――」

 

苦悩するアンジュにモモカがいたたまれず、声を掛けようとするも言葉が見つからず、噤んでしまう。

 

「私は――彼女に、何もしてあげられない……する資格も―――」

 

「ああもう、いつまでウジウジしてんだ!」

 

被虐するアンジュの声を遮るようにヒルダが声を上げ、思わず振り向く。

 

「てめえらしくねえぞ、アンジュ! てめえはそんな風に悩むタマか?」

 

「な、何よ!? 人が真剣に悩んでるのに――!」

 

「お、落ち着いてください……」

 

思わぬ毒舌に苛立ち、声を荒げるアンジュにモモカがオロオロする。

 

「今更済んだことをグダグダ言っても仕方ねえだろ――知らなかったことなんだからよ」

 

ヒルダ自身も驚きはしたが、アンジュのあまりの取り乱しっぷりに冷静になることができた。当のセラ自身も知らなかったことでもあるし、仕方がないことだ。だが、アンジュはそう割り切れずにいる。

 

「アタシもさ、知らなかったんだよ――自分に妹がいるって」

 

「ヒルダ……?」

 

突然話し出したヒルダに戸惑うアンジュにヒルダは話を続けた。

 

「ママに会いに行った時、ママの傍にいたんだよ――アタシの妹がな。傑作だぜ、アタシの名前付けて、アタシの代わりにしてたんだよ。今思うと滑稽だぜ」

 

いくらなんでも同じ名前を付けてまで忘れようとしていた母親に、今では正直呆れている。だが、あの晩反省房でも聞かなかった事実にアンジュは驚きを隠せない。

 

「けどよ、妹の奴はあたしのことは何にも知らずキョトンとしてたよ」

 

あの時はあまりの現実にショックを受けていたため、『妹』が自分をどういう風に見ていたのかハッキリとは覚えていない。喜びもなければ嫌悪もない、本当に『知らない誰か』を見ているような顔以外は。

 

「もしあんな事がなかったら、仲良くやれたのかなって思うよ」

 

今更でしかない『IF』――もし母親が自分を受け入れてくれたら、自分はあの妹を受け入れることができたのか、答は出ない。ひょっとしたら、妹への怒りを覚えたかもしれない――もし最初から知っていたなら、脱走などという真似すらしなかったかもしれない。

 

だが、もうそんなことはいくら考えても無駄だ。母親は拒絶し、もう妹と交わることもない―――それが良かったのかどうかの答えなど、永遠に出ないのだ。

 

「ヒルダ―――」

 

「だけど、てめえはまだ話せるじゃねえか。それに、セラの奴がそんな事にこだわるとは思えねえけどな」

 

その言葉にアンジュは口を噤む。

 

どうすればいいかではなく――自身がどうしたい、か……何故か、セラにもそう言われるような気がした。

 

「――そうね、私がしっかりしなきゃいけないのよね」

 

まだハッキリと答えは出ていない。だが、何かを吹っ切ったように幾分かマシな顔になっていた。

 

「けど、あなたに励まされるなんてね」

 

「相変わらず、減らず口だな」

 

軽く毒づくアンジュにヒルダが悪態で肩を竦める。モモカもどこか安堵したように息をつく。気を取り直し、今はドラゴンに集中するべくフライトデッキへと向かう。

 

だが、それでもまだアンジュの心には微かな怖れが燻っており、それを抑える事はできそうもなかった。

 

 

 

 

その頃、セラはナオミと共に、アルゼナル内を逃亡しているドラゴンを待ち伏せるために、食堂に向かっていた。

 

走るなか、ナオミは不安な面持ちでセラの背中を見ていた。先程聞かされたセラの過去、そしてアンジュとの関係―――正直、理解が追いつかない。だがそれでも、それがセラにとってあまりに残酷なものに思えた。

 

両親に捨てられ、リベルタスというもののために育てられた――驚かないわけはない。同時に酷く理不尽なものに思える。

 

(どうして、セラだけ―――)

 

何故彼女だけがこんなに傷つけられるのか――自分も彼女も、ただ精一杯生きていたいだけだというのに……どうして世界はこんなにも残酷な現実を突きつけてくるのか。

 

それらが暗い感情となってナオミの中に影を落としていた。

 

「ナオミ?」

 

「え……」

 

「どうしたの? 着いたわよ」

 

そう指摘され、ナオミはようやく状況を確認できた。食堂の入り口付近に到着し、セラが周囲を窺いながら覗き込む。

 

「ここにはいない、か――」

 

やや厳しい面持ちで周囲を見渡しながら、警戒するセラにナオミは思わず口を開いた。

 

「セ、セラ! あの、アンジュ――」

 

「しっ」

 

言葉を絞り出そうとしたナオミを遮るように制し、セラが視線を走らせる先に眼を向けると、食堂の上の通路からスクーナー級がのそのそと顔を出し、息を呑む。

 

ナオミは反射的にアサルトライフルを構えるが、セラが銃身を掴んで軌道を逸らし、眼を見開く。視線で問い掛けると、セラは静かに首を振る。

 

どういうことなのか――戸惑うナオミの前でセラは視線をドラゴンに固定したまま、動向を探るように見ている。ナオミも慄きながらもドラゴンの挙動に眼を向けると、ドラゴンは突然キッチンに置いてあったカレー鍋を取り、中身を食べようとするも力が強く鍋を変形させてしまう。

 

思わず唖然となるナオミの前で今度は落ちていたスプーンを掴もうとするが、手が大きく掴めずに悪戦苦闘している。なにか、ドラゴンらしからぬ挙動に混乱する一方だが、セラはどこか眼を細めた。

 

立ち上がろうとした瞬間、別の声が響いた。

 

「いたわ!」

 

ハッと振り向くと、別通路の奥からサリアとエルシャが姿を見せ、ドラゴンに向けてアサルトライフルを構える。それに気づいたドラゴンは鳴き声を上げ、それに煽られたのかサリア達が発砲する。

 

発砲にドラゴンは慌てて身を翻す。跳弾するなか、セラは舌打ちして持っていたアサルトライフルを捨て、駆け出した。

 

「セラ!?」

 

突然の行動に驚くナオミの声と割り込んできたセラの姿にサリア達も驚き、動きを止める。それを横にセラは逃げようとするドラゴンの背中に飛びつく。

 

「セラちゃん!?」

 

「何やってるのよ!?」

 

その行動に眼を見開き、混乱するも、セラはドラゴンの背中に飛びついたまま、必死に掴む。

 

「おとなしく、しなさい――っ」

 

羽交い締めしようとしているも、その行動の意図が掴めず、また組み付いたままでは発砲もできない。やがてドラゴンは翼を羽ばたかせ、テラスに向かって突進してきた。

 

「「きゃぁぁっ!」」

 

サリアとエルシャは慌てて飛び退き、セラを乗せたままドラゴンはテラスの壁を突き破って外へと飛び出していった。

 

「セラー! っ!」

 

ナオミが慌てて後を追い、サリアとエルシャも慌てて立ち上がり、後を追う。

 

「こちらエルシャ、ドラゴン発見!」

 

《場所は何処だ?》

 

通信越しに報告を聞いたゾーラが問い掛けると、小さく息をついて応える。

 

「ドラゴンは食堂からアルゼナル上空へと逃亡、その際にセラちゃんも一緒に――!」

 

《はあ? どういうことだ?》

 

意味が分からずに困惑するゾーラだったが、すぐさま全ライダーに通信を飛ばし、急行させた。

 

 

 

 

 

ドラゴンに乗せられたままセラはアルゼナル上空へと舞い、振り落とされないように首を掴み、必死によじ登る。

 

「このっ、大人しくしなさい――!」

 

「キュイィィ」

 

セラの呼び掛けにドラゴンはまるで応えるように鳴き声を上げ、セラは眉を顰める。その時、アルゼナルの屋外にアンジュ達が飛び出してきた。

 

「セラ!?」

 

「何やってんだよ、あいつ――!」

 

ゾーラからの通信を聞いた時は何の冗談かと思ったが、現にセラがドラゴンに組み付いており、あんな状態では迂闊に発砲もできず、焦燥感が募る。

 

アサルトライフルを構えたままのアンジュ達に気づいたドラゴンは咄嗟に、急降下しその反動でセラは振り落とされる。

 

「きゃぁぁっ」

 

小さな悲鳴を上げて落ちたセラが身を打ち付け、痛みに呻く。

 

「つつつ……」

 

「セラ!」

 

「野郎!」

 

駆け寄りながら、銃口を向けるヒルダにセラが声を上げる。

 

「待って!」

 

「うえっ、な、何だよ……」

 

突然呼び止められ、困惑するヒルダだったが、セラはどこか真剣な面持ちで見ており、戸惑う。

 

「セラ――?」

 

「アンジュリーゼ様、変です――あのドラゴン」

 

その時、モモカが上空を指差し、視線を向けると、ドラゴンは上空を円を描くように飛び回っている。これまでのドラゴンには見られなかった行動だ。不審に思うなか、まるで何かを訴えているかのようにぐるぐると円を描くように飛び回っていたが、やがて何かを伝えるように鳴き声を上げる。

 

それは単なる鳴き声よりも、まるで一定の旋律を刻むような音色だった。

 

「これって――」

 

その旋律に気づき、息を呑むアンジュだったが、セラが立ち上がり、飛ぶドラゴンに向かって近づいていく。やがて、セラが静かに口ずさむ。

 

彼女が口にした歌にアンジュが驚き、ヒルダやモモカも困惑する。彼女はドラゴンの鳴き声に合わせるように唄い、ドラゴンもまるでそれに応えるように鳴き声を上げる。

 

そこへナオミ達が合流し、眼前で拡がる光景に眼を剥く。

 

アカペラで唄うセラの姿に戸惑うなか、やがてドラゴンがゆっくりとセラの眼前へと降下してくる。

 

ナオミは咄嗟にアサルトライフルを構えるが、アンジュが腕を横に広げて妨害した。

 

「アンジュ? セラが――!」

 

思わず非難めいた視線を向けるも、アンジュはどこか苛立ち混じりに一瞥する。

 

「黙って! 私にも分からないのよ――けど、セラが……」

 

アンジュ自身も戸惑っているのだ。だが、唄うセラの背中がまるで拒絶しているように見える。手を出すな、と――ナオミだけでなく、ヒルダ達も固唾を呑んで事の成り行きを見守るしかなかった。

 

唄うセラと向かい合うように佇むドラゴンだったが、そこへ遅れてきたサリア達が驚き、銃を構える。

 

「セラ、下がりなさい! ジル……?」

 

サリアを制するように銃口を掴んで下げさせるジルに驚く。その後ろにはココとミランダに支えられてゾーラとマギーの姿もあった。

 

響く歌声は音程を変えているのか、まるで包むような旋律を響かせる。そう…それはまるで『子守唄』のように―――聴き入っていたドラゴンがまるで懐くようにセラの顔に頬を擦り合わせる。

 

その頭を撫でながら、セラは歌を唄い終えた―――刹那、ドラゴンの姿が煙に包まれた。突然のことに驚く一同の前で、もやもやと立ち昇る煙の中に小さな人型のシルエットが浮かび、聞き覚えのある声を放った。

 

「ここでクイズでぇす! 人間なのにドラゴンなのってなーんだ?……あっ、違うか――ドラゴンなのに人間? あれれ……あれ? 意味、分かんないよ……」

 

いつも聴いていた無邪気な声と口調―――そして、煙の下から現われる短めの赤髪の少女の姿は、見間違うはずもない。

 

「やっぱり――あなただったのね、ヴィヴィアン」

 

セラはどこか安堵したように見やり、ヴィヴィアンは眼に涙を浮かべる。

 

「あたし、分かんないよ――でも、セラは分かってくれたぁ」

 

倒れ込むように抱きつくヴィヴィアンを受け止め、その頭を優しく撫でる。

 

「セラの歌――まるで子守唄みたいだった……」

 

「――お帰り、ヴィヴィアン」

 

落ち着いたのか、それとも疲れたのか顔を埋めるヴィヴィアンにマギーが徐に近づき、手に持っていた薬品を注射し、それによってヴィヴィアンが一瞬ビクッと身を起こすも、やがて糸の切れた人形のように頽れた。

 

「どうにか間に合ったか」

 

小さく息を吐くマギーをどこか睨みながら、セラはヴィヴィアンを預ける。

 

「やっぱり、あなたも知っていたのね――そして、ヴィヴィアンを利用した」

 

その指摘にマギーはどこか憮然と顔を逸らし、ヴィヴィアンを抱き上げる。

 

「な、何がどうなってるの……?」

 

呆気に取られていたナオミが呟くも、それはこの場にいるほとんどの者の代弁だろう。アンジュでさえ、いやその場にいた誰も事の一部始終に呆気に取られていた。

 

いや、思い返せば不審な事はあった。

 

ドラゴン側に存在したパラメイル――それを操っていたのは、人間だった。そして今、ドラゴンはヴィヴィアンに……人型へとなった。

 

誰もがその『可能性』を思い浮かべるなか、ヴィヴィアンを連れていくマギーを一瞥し、セラは厳しげな面持ちで視線を変える。

 

その視線の先を追うと、そこには抉られた大地に掘られた穴に大量のドラゴンの死骸が集められている。得も言えぬざわめきが心の中に浮かび上がる。

 

アンジュは無意識にその場所へと向かおうとし、腕を掴まれた。振り向くと、セラが真剣な面持ちで見ていた。

 

「セラ……?」

 

「アンジュ、覚えてる? あなたが初めてヴィルキスに乗った時に私が言った言葉を」

 

「え……?」

 

こちらを見据える瞳から覗く視線があの瞬間を思い出させる。

 

 

 

 

 

 

 

――――『生きるために殺す……だけど、忘れないで。その業を背負っていく覚悟を……』

 

 

 

 

 

 

息を呑む。

 

何故かは分からない―――だが、あの時にセラが言った言葉が何故か強く響く。

 

セラは視線を再び穴に向けると、そこにはジャスミンが歩み寄っていた。手には大きなタンクを抱えており、セラはすぐに踵を返し、斜面を滑っていく。

 

「セラ!」

 

アンジュは居ても立っても居られず、後を追って死骸を捨てていた穴に向かっていく。それを追うようにしてモモカや、ナオミ達も何事かと思いながら二人を追う。

 

穴に向かって持っていたタンクに入っていた液体をジャスミンが振り撒く。その臭いは穴に向かって走る度に強くなる。

 

やがて、ドラゴンの死骸が大量に投げ込まれている穴の光景が近づいてくる。バルカンがセラ達に気づき、吠えるとジャスミンは振り返り、顔を苦くする。

 

「あんた達――来るんじゃないよ!」

 

そんな制止が無駄であると知りながらも、声を上げてしまったのはジャスミンの持つ優しさ故か――だが、それでもジャスミンは持っていたライターに火を灯し、それを放り投げた。

 

独特の臭いを放っていたのはガソリンだった。引火し、それは大きな炎となって穴の中を包み込む。傍まで歩み寄ったセラはジャスミンを睨みつける。

 

「そうやって、何度も隠してきたの―――偽善ね」

 

吐き捨てるセラにジャスミンは苦く顔を逸らす。やがて、アンジュ達も炎の傍に寄ると、熱気だけではない不愉快な臭いが襲いかかった。

 

「どう……なっているの――?」

 

炎の中を凝視していたアンジュは、絞り出すように声を漏らした。

 

アンジュが燃え上がる炎の中を見て眼を見開き、隣で厳しい眼差しを向けているセラに話し掛ける。

 

「ねえ、セラ――何なの、これ? 何で――何なのよ、これ―――――!」

 

縋るようにセラに悲痛な叫びを上げるアンジュに続いて、遅れてやってきた第一中隊のメンバーも、アンジュの叫びに戸惑いながら炎に眼を向け、驚愕の表情を浮かべた。

 

炎の中に見えるドラゴンの死骸の中に、人型が混じっていた―――そう、自分達と変わらない姿の死体が一緒に燃えていることに、息を呑む。

 

「何……これ――」

 

「ドラゴン……なんだよな?」

 

「ドラゴンが…人間―――?」

 

エルシャは顔を青褪めさせ、ロザリーは眼の前の状況が信じられないのか、確認するかのように誰かに答えを求める。サリアは困惑とそして衝撃にその事実を口にした。

 

「それじゃ、私達が…私達がやってたことって―――」

 

ナオミが震える口調で慄くように後ずさる。

 

『答え』は出ていた―――だがそれは、アルゼナルのライダーにとって…いや、ノーマにとって酷な真実だった。『人類の敵』、『平和のために』という人間によって与えられた大義――だが…事実は――いや、真実は――――

 

「これが私達の真実――――『人間』を守るために、『人間』を殺す……血生臭い汚れ役」

 

セラが重い口調で誰もが浮かべる疑問に残酷な『答え』を突きつける。自分達が戦っていたのは、『人間』だった――異世界からの異端の侵略者ではない。あの撃ち抜く肉の痛みも、噴き出す鮮血も、最期に上げる断末魔も―――何十年とかけて繰り返されてきた惨劇だった。

 

人間が幾度も繰り返してきた『業』の所業だ―――幾人かがその事実を理解した瞬間、吐き気に襲われ、咽るように蹲った。ココやミランダなどは言うに及ばず、ナオミ自身も上がってきた嘔吐感を抑え切れず、その場に吐き出した。

 

「よくある話だろう? 化け物の正体が人間でした――なぁんて事実」

 

そんな重い空間にどこか軽薄な声が響く。

 

ジルがゆっくりと歩きつつ煙草を吸いながら告げる。だが、その事実に誰もが程度の差こそあれ、驚きを隠せず、サリアですら初耳だったのか、表情を強ばらせている。

 

厳しい視線で睨むセラだったが、ジルは肩を竦める。

 

「気に入ってたんだろ? ドラゴンを殺して金を稼ぐ、そんな暮らしが」

 

「っ……くたばれクソ女ッ!」

 

怒りを煽るようなジルの言葉にアンジュはギリっと奥歯を噛み締め、殺さんばかりに睨み返す。

 

「もうヴィルキスには乗らない! ドラゴンも殺さない! リベルタスなんて、クソ喰らえよッ!」

 

嫌悪感を剥き出しに叫ぶアンジュの怒りもまるで意に返さず、ジルは不敵に笑う。

 

「神様に飼い殺されたいならそうすれば良い――お前達も自ら選べ…このまま奴隷のようにドラゴンと戦わされるか、このふざけた世界を壊すかを―――ぐっ」

 

優位性を誇示するように話していたジルは無造作に近づいたセラに殴られた。油断していたとはいえ、モロに喰らい、倒れるのは堪えたものの微かに腫れた頬に歯噛みしながら睨む。

 

他の面々も突然のことに呆気に取られていたが、セラは鼻で笑い、嘲笑する。

 

「満足? そうやって追い詰めて、追い込んで――選択する権利? 最初から用意なんてしていないくせに―――それとも、自分だけがそうやって高い位置にいないと嫌なのかしら? ねえ、その驕りで失敗させた皇女様?」

 

その言い回しにジルは小さく歯噛みし、視線が鋭くなるがセラにとっては虚勢にしか見えない。自分だけすべてを背負っているように見せる、自分だけがすべてを知っているような態度でしか立場を確立できない――むしろ哀れに思う。

 

「ハッキリ言うわ――自分の復讐に他人を巻き込まないで」

 

先程聞かされた『ノーマの解放』など、もはや建前でしかない―――ジルの眼に映るのは、『神様』という過去への復讐のみ。

 

いや―――アレは、破滅に魅入られた狂気の眼だ。自分を含めたすべてを地獄へと引きずり込む――――セラが一番気に喰わない眼だ。

 

「フン、強制はせん―――お前達もその時が来たら行動で示せ。私と来るか、飼い殺されるかをだ」

 

捨て台詞のような選択をかけ、踵を返して去っていくジルの背中を各々が複雑な面持ちで見送る。唐突に告げられた真実と選択肢、それらに対して逡巡するなか、誰にも共通している点がある――――

 

 

 

 

 

 

――――――彼女達は、道を決めるための岐路に立たされているという現実だ…………だが、『運命』という嵐はそんな時間さえも赦さないということを、今の彼女達が知る由もなかった。




本当ならGW中に仕上げる予定が、2日に始まった艦これ春イベに時間を取られ、結局遅くなってしまいました。

最後はジルに対して本編を見て言いたかったことをセラにやらせてみました。
このシーンでジルは明らかに選択させているようで、実は追い詰めているんですよね。もうリベルタスに参加するしか道はないぞとばかりに――それも結局はこの後のエンブリヲとの確執が底にあるんですけど。

あと2話ぐらいで第一部も終了するかと思います。そこでようやく折り返しだなぁ……

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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