クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月 作:MIDNIGHT
大きく抉られたアルゼナルのフライトデッキと格納庫は壁が丸々無くなり、吹き抜けた状態の中、整備班は必死にパラメイルの修理・整備に追われている。保安員達は侵入したドラゴンの死骸を集め、吹き飛んだ跡地に掘った穴の中に集め、落としていた。
そんな中、全ライダーに招集が掛かり、格納庫に集合していた。ジルとゾーラ、そしてジャスミンの前で集まったライダーの顔ぶれを一瞥し、ジルはどこか重く嘆息する。
「生き残ったのはこれだけか――」
そこにはサリアとヴィヴィアンを除いた第一中隊の面々と、第三中隊の生き残りであるライダー五人が集合していた。合わせても15人。無事に戻ったライダーの中には負傷が大きく戦線復帰が難しい者もいたため、アルゼナルに所属していたライダーは一日で半分以下にまで減ってしまった。
さすがに中隊としては人数が多いが、とはいえ分けるほど余裕がある訳ではない。ならば、このまま新しい隊として再編した方がいいだろう。
「第三中隊の生き残りは今から第一中隊に編入する。この中で指揮経験者は?」
そう問い掛けると、ヒルダが静かに手を挙げる。他の面々は沈黙しており、ジルは肩を竦める。
「全パラメイル隊は統合・再編成する。暫定隊長はヒルダ――補佐にエルシャ、それにセラ、お前達がつけ」
その指名にロザリーとクリスが驚きと困惑の声を上げる。
「こいつは脱走犯ですよ! そんな奴が隊長だなんて…!」
「サリアでいいじゃない!」
ヒルダは恐らく話していないだろう事情を知らない本人達からすれば、明らかな裏切りでしかないし、たとえ事実を知ったとしても彼女達の気持ちは変わらないだろう。所詮は裏切りでしかないのだから。
嫌悪感を見せて拒絶する二人にゾーラはややため息をつき、ジルは淡々と首を振る。
「あいつなら今は反省房の中だ。先の戦闘で命令違反を犯した」
その言葉にロザリーとクリスは驚愕の表情を見せた。エルシャもどこか困惑している。彼女達も優等生であるサリアがそのようなことをするとは思っていなかったらしい。
「だったら、ゾーラお姉様がやってくれればいいじゃない!」
それでもまだ納得がいかないのか、クリスがそう叫ぶ。元々の第一中隊の隊長は彼女だったのだ。そう帰結するのも当然なのだが、当のゾーラは困ったように笑う。
「おいおいクリス、持ち上げてくれるのは嬉しいが病み上がりの私に無理を言うな」
ジルとしてもゾーラに指揮を任せたいところだが、さすがにそれは断念した。不満顔で口を噤むクリスに肩を竦め、ゾーラは後押しするように話す。
「ヒルダには一応ある程度の指導はしてあります。問題はないでしょう」
隊長時代に今後の部隊の運用をする上で、サリアとヒルダには小隊を編成させて指揮させるつもりだったので、ヒルダにも指揮官としての指導と訓練は施していた。ゾーラの負傷でその案は無駄になったが、それでもこの状況では仕方あるまい。
「けど――」
未だ納得がいかないロザリーが言い募ろうとするが、ヒルダが憮然と口を挟んだ。
「文句があるなら、アンタがやれば?」
どこか睨みながら棘のある口調で返すと、ロザリーは返答に窮した。
「しっ、司令の命令だし、仕方ないから認めてやるよ! な、クリス!」
「う、うん!」
グウの音も出ず、取り繕うように首を振った。ゾーラの時からずっと腰巾着として生きてきた彼女にしてみれば、そのような大役は無論務まらないし、やるような気概もない。クリスに同意を求めるとクリスも降りかかっては藪蛇と慌てて同意した。
そんなやり取りをどこか呆れた面持ちで一瞥すると、ジルは命令を下す。
「パラメイル隊は部隊の再編制を行った後、周辺警戒に当たれ。以上だ」
『イエス・マム!』
全ライダーが敬礼し、其々持ち場に付くべく格納庫に向かって走って行く。
「ゾーラ、お前はオブザーバーとして見てやれ。それと、メイと一緒に機体の調整をしておけ」
「イエス・マム!」
ゾーラが杖をつきながらフラフラと歩いていくのを見送ると、ジルは徐に煙草を取り出し、一服する。
「ここに来た当初は吸っていなかったらしいけど、今では手放せないか」
どこか揶揄する声に振り返ると、そこには不敵な笑みで佇むセラがおり、傍にはアンジュとモモカもいた。だが、その言にジルが睨みつける。
「――調べさせてもらったわ。司令……いえ、元皇女様?」
そんな威圧もどこ吹く風と肩を竦め、そう切り返す。
「皇女? どういうことなの、セラ?」
セラの言葉の意味が分からずに戸惑うアンジュだが、セラはジルを真っ直ぐに見据えている。
「――セラ、あんたはどこまで知ったんだい?」
それまで口を噤んでいたジャスミンが割り込むように問い掛けると、セラは小さく鼻を鳴らす。
「そう多くは知らないわ。でも『10年前』と『ドラゴン』について、少しね―――けど、まだ肝心な部分が抜けている。いい加減話してもらうわ。すべてね――」
有無を言わせぬ口調で挑むように見るセラにジルは眼を細める。
「断れば?」
挑発するような口調で問うジルに、セラが静かに眼を閉じ、瞑目すると静かに顔を上げる。
「私自身で、『真実』を見つけるわ――」
意思を秘める視線で見据えると、ジルはやがて小さく肩を落とす。
「いいだろう、ただしお前達二人だけだ」
除外されたことにモモカがどこか落胆したように肩を落とし、アンジュは悪いと思いつつも手を振る。アンジュ自身もジルに訊きたいことは山ほどある。
なによりも、セラの意図も知りたい。セラとアンジュを伴い、ジルとジャスミンは人目を憚るように格納庫を後にしていく。
格納庫を後にしようとしていたナオミは不意に振り返った視界にセラとアンジュが別の方向へと歩いていくのを視認し、思わず動きを止める。
「どうした、ナオミ?」
動きを止めたナオミにヒルダが首を傾げると、ナオミが戸惑ったように返す。
「あ、うん…セラとアンジュがジル司令達と一緒に――」
「はあ? このクソ忙しい時に何やってんだ、あいつら?」
ただでさえ隊長などという面倒くさいものを任されただけに、不機嫌気味になるも、ヒルダも気に掛かってしまい、その場で逡巡する。
「何やってる、お前ら?」
不意に掛かった声に振り向くと、ゾーラが頭を掻きながら顔を顰めている。それに対し、口を噤むも視線がチラチラと別の方角を見ており、肩を竦める。
「編制と指示は私がやっておいてやる。気になるんだろ? 行ってこい」
そう声を掛けられ、ナオミとヒルダが一瞬驚くも、すぐに顔が喜色に染まる。
「ありがとうございます!」
「すまねえ、ゾーラ!」
踵を返すや否や、脱兎のごとく駆け出して後を追っていく姿にゾーラはやれやれと苦笑する。あの状態ではどの道まともに指示も出せないだろう。
「変わるもんだな、どいつもこいつも」
ナオミとの付き合いは浅いものの、ヒルダがあそこまで誰かに入れ込んでいる姿はゾーラも見たことがない。そこまでヒルダの気持ちを変えたことに微かな嫉妬を抱きつつも、代役を務めようと再び格納庫に向かおうとしたが、進路上にエルシャがどこか困惑した面持ちで周囲を見渡しているのに気づき、声を掛ける。
「どうした、エルシャ?」
「あ、ゾーラ――隊長……?」
一瞬どう呼ぶべきか逡巡し、口調が上擦る様子に失笑する。
「気にするな、今のアタシはただの補佐役だ。好きなように呼べばいい」
「それでしたら、ゾーラ補佐。ヴィヴィちゃんが見当たらないんです」
「ヴィヴィアンが……?」
その言葉に思い出す。そう言えば、先程の招集でも見かけなかった。
「恐らくまだ寝てるんだろ。昨日あれだけの攻勢があったばかりだからな――今は休ませておけ。あとでたっぷり働いてもらう」
隊長時代からマイペースだったし、なにより同室のサリアが反省房に入っているため、起こす相手がいなかったのだろう。
「分かりました」
エルシャも深く考えず頷き、哨戒任務に就くべくゾーラとともにその場を去った。
ジルに連れられたセラとアンジュは、そのまま司令室に入る。
椅子にふてぶてしく腰掛け、その横にジャスミンが移動すると、徐に吸っていた煙草を灰皿に押し潰す。
「ここなら邪魔も入らないだろう―――今ならまだ、引き返せるぞ?」
どこか不敵に告げる挑発に、アンジュが顔を顰める。
「くだらない――今更よ」
「いいだろう――お前達には知る権利がある。そして、選択する『権利』がな……」
態度を変えないジルにアンジュはやや不満を抱きつつも、セラが制し、促す。
「さて、何から話そうか……?」
「『最初』からよ――そして、洗いざらい『すべて』ね」
セラが僅かに睨みながら言い放つ。『ドラゴン』、『ノーマ』、『マナ』、『アルゼナル』――いや、ことはそれだけに留まらないだろう。
「ええ、『ヴィルキス』とあの機体のこと。お母様の歌のこと、それにあなたとタスクの関係まですべてね」
訊かねばならないことは山ほどある。『真実』を知るために――決然と佇む二人に、ジルは一瞬ジャスミンを見やると、ジャスミンは真剣な面持ちで静かに頷く。
「むかーしむかし、ある所に『神様』がいました。繰り返される戦争と、ボロボロになった地球に神様はウンザリしていました」
どこか芝居がかった語り出しにアンジュが眉を吊り上げる。
「ちょ、ちょっと、何の――」
ふざけているのかと詰め寄ろうとするアンジュをセラが押し留め、小さく頷く。それに対して戸惑いながらも憮然とジルの話に耳を傾ける。
「平和、友愛、平等――口先では美辞麗句を謳いながら、人間の歴史は戦争、憎悪、差別の繰り返しです。それが人間の『本質』――なんとかしなければ、人類はいずれ滅んでしまいます。そこで神様は新しく『創る』ことにしたのです。争いを好まない、穏やかで賢い新しい人間を。あらゆるモノを思考で自在に操作できる高度情報化テクノロジー『マナ』を使える人類を―――」
一服するように新しい煙草に火を灯し、ジルは淡々と言葉を続けていく。
「あらゆる争いが消え、あらゆる望みが叶い、あらゆるものを手にすることができる理想郷が完成したのです。あとは、新たな人類の発展を見守るだけ――のはずでしたが、生まれてくるのです……神様が何度操作しても、何度創り直しても、何度システムを変えようとも、マナを使えない女性の赤ん坊が――古い遺伝子を持った突然変異が」
「それが…『ノーマ』―――マナを使えない、人間の欠陥品。いえ……人間にとっての『化け物』ね」
セラがどこか揶揄するように肩を竦める。それに対してジルは無表情で一瞥する。
「突然変異の発生は、人々を不安に駆り立てました。ですが神様は、この突然変異を逆に利用することにしたのです。彼女達は世界を拒絶し、破壊しようとする反社会的な化け物である『ノーマ』だと、人々に植え付けたのです。マナを持つ人々は、差別できる存在がいることに安堵し、彼らの社会は安定しました」
社会を維持していく上で一番手っ取り早いのは何か――それは、『異端』をつくること。『自分』とは違う何か……畏れ、不安、怒り―――それらの負の感情の捌け口をつくってやればいい。悪意のぶつける先があることで、『安定』は齎される。
『真理』であり、歪んだ『現実』――――生贄、犠牲、必要悪……言い方はなんでも構わない。『ノーマ』もまた創られた存在―――世界を安定させ、維持させる続けるための歯車でしかない。
「――どうした? 言葉も出ないか?」
アンジュがどこかポカンとなっており、戸惑っている様にジルはどこか鼻で笑うように言葉を切る。
「ええ、随分愉快で、不愉快な昔話だわ。私達も創られた存在? 神様の失敗作? 御伽噺に出てくる『悪』ってこと?」
セラは嘲笑し、肩を竦める。
「それで、その神様とやらが『マナ』を与えた―――あんな堕落した家畜の世界が、『平和な世界』? 神の真似事をやって創っただけあって、随分と歪んだ世界だことで」
『マナ』に依存し、溺れ、縋り、崇める姿―――自分の『意思』で生きてはいない世界………そんな世界を『平和』などと謳う神とやらを皮肉る。
「バカバカしい、よくもまあそんなくだらない作り話を思いついたものね」
不機嫌気味にアンジュが毒づく。あまりに現実味もなく、ジルを憐れむように見やる。隣にいるジャスミンはどこか難しげに顔を顰めるが、当のジルは逆に不敵に笑う。
「聞いたからな――本人に」
どこか自虐的になる表情にセラが微かに眉を顰めるも、アンジュは憮然と口を開く。
「続き――あるんでしょ? さっさと聞かせなさいよ、その作り話を」
「そう焦るな、これからが本題だ」
促すアンジュにあくまで態度を崩さないジルが続きを話そうとすると、セラが顔を上げた。そのまま踵を返し、ドアに歩み寄る様に一同が怪訝そうになる。
「だったら――」
徐に開閉スイッチを押した瞬間、ドアがスライドし、ナオミとヒルダが倒れ込むように現われた。
「ナオミ? ヒルダも?」
その姿に驚くアンジュに、二人はどこか引き攣った笑みを浮かべる。あの後、追ってきたナオミとヒルダはドアに張り付いて耳を澄ませていたが、唐突にドアが開いたことにバランスを崩してしまったのだ。
「やれやれ…どこから聞いてたんだい?」
ジャスミンが呆れた面持ちで問うと、二人は引き攣ったまま答える。
「え、と…『神様』がどうとか―――」
ほぼ最初から聞いていたのだろう。所々、聞き取りにくくはあったものの、二人も語られた内容に首を傾げていたため、どう反応すればいいかわからなかった。
「前にも言ったでしょ――ここにいるノーマは、『真実』を知る権利があるって」
「そうだね…あたしもその話を是非聞かせてほしいね」
そう告げるセラにヒルダが同調し、ナオミも小さく頷く。ジルは小さく鼻を鳴らし、一瞥する。やや強ばった面持ちで身を起こすナオミとヒルダだったが、ジルは口を開く。
「まあいい――それだけの覚悟があるのならな。続きだったな―――こうしてマナの世界は安定し、今度こそ人類の繁栄の歴史が始まるはずでした……しかし、それを赦さない者達がいました。『古の民』と呼ばれる者達です。彼らは突然世界から追放された『マナ』が使えない古い人類の生き残りでした」
「古の民……?」
初めて聞く単語だ。
「彼らは何度も反乱を起こしたました、自分達の居場所を取り戻すために――何度も神様に挑み、その度に神様の怒りに触れてしまい、古の民は虫けらのように殺されました。それでも彼らは諦めることなく、仲間達の死を乗り越え、永きに渡る戦いの末、遂に手に入れたのです。神の兵器――」
「『ラグナメイル』――破壊と創造を司る機械の天使」
ジルの言葉を紡いだセラにジルも息を呑み、アンジュ達が驚きに包まれる。
「セラ、アンタ―――」
ジャスミンも動揺を隠せず見やると、セラは静かに口を開く。
「パラメイルの原型にもなった絶対兵器――司令、あなたが『ポンコツ』と称した機体―――」
「っ、ヴィルキスが―――!?」
セラの示すものに気づき、アンジュが眼を見開く。
「――何故、貴様が知っている?」
鋭く睨むジルに、セラは肩を竦める。
「さあ? 何でかしらね―――話、続けて」
セラは無言のままジルを見やり、ジルはどこか睨みつけているが、小さく一瞥すると話を続ける。
「これで神様と対等に戦える―――古の民はそう喜び、ヴィルキスに乗り込んだ。だが、彼らにはヴィルキスは使いこなせなかった。『鍵』がかかっていたのさ――虫けらごときが使えないようにな」
「鍵――?」
その言い回しにアンジュが昨日の戦闘を思い出す。そう言えば、サリアが乗っていたヴィルキスは、自分が使っていた時よりも明らかに出力が出ていなかった。最初はサリアの操作ミスかと思っていたが、よくよく考えてみればあのサリアにそんなことはあり得ない。
戸惑うアンジュを他所にジルの話は続く。
「古の民は絶望し、ヴィルキスを封印した。残された仲間もあと僅か――このまま滅びようとしていたまさにその時、世界の果てに送られたノーマがパラメイルに乗ってドラゴンと戦わされているという事実を知った。それが『アルゼナル』だ。そこで出逢った……『古の民』と『ノーマ』――捨てられた二つの人類が」
それは何の導きだったのか――言い換えれば、『運命』であり、『必然』であったのかもしれない………神様に捨てられた者達の道が重なった。
「彼らは手を組み、『その刻』に備えた。鍵を開く者の出現を―――」
「そして10年前――あなたが『ここ』に来た………『アレクトラ・マリア・フォン・レーヴェンヘルツ』?」
その名にジルが眼に見えて動揺し、息を呑む。アンジュ達も驚きに思わず発した人物、セラを見やる。
「言ったでしょ、調べたって? 初めて皇族から出た『ノーマ』――そして、ヴィルキス……いえ、『ラグナメイル』の鍵を初めて開いた者―――」
その言葉にジルはどこか苦く口を噤み、アンジュが首を傾げる。
「アレクトラ――どこかで……思い出した! 確か、ガリア帝国の第一皇女―――でも、10歳の時に病気で死んだって……」
アンジュ自身もまだ幼かったために、両親から聞かされただけだ。ジルは小さく鼻を鳴らし、肩を竦める。
「バレたのさ、ノーマだとな」
自虐的に告げるジルは、己の過去に思いを馳せる。
「アルゼナルに送り込まれ、自暴自棄になっていたアレクトラだったが、彼女の高貴な血と皇族の指輪がヴィルキスの鍵を開いた―――彼女の下に、多くの仲間が集った。ヴィルキスを守る騎士、ヴィルキスを直す甲冑師、医者に武器屋……そして始まったんだ、捨てられた者達の逆襲――『リベルタス』が」
『リベルタス』―――自由を意味する言葉………抗い続けるリベリオンの希望―――
「地獄のどん底で、私は仲間と使命を得た。この作り物のくそったれな世界を壊すという使命をな」
徐に右手を見やる。機械の手に秘められたものに馳せ、ジルは小さく口を噤む。強く握り締め、震わせる仕草に息を呑む。
「だが、私には足りなかった―――ヴィルキスの鍵を開く何かが足りなかったっ……逸った結果、全部吹っ飛んでしまった。指輪も、仲間も、右腕も全部だ。だが、リベルタスを終わらせるわけにはいかなかった……死んでいった仲間達のためにも」
過去の己への怒りを秘め、それを糧にするようにジルは顔を上げる。
「だから私は待った――『アレクトラ』を捨てて、耐え忍んだ。ヴィルキスの鍵を開く者が現れるのを……あっという間に10年が過ぎたよ。長いようで短い10年だった―――そしてアンジュ、お前が現われた」
「私―――?」
突然名を呼ばれたことに驚くアンジュだったが、ジルはそこで小さく自嘲する。
「もっとも、そんな必要などなかったわけだがな――――10年も待たずとも、鍵を開ける者はすぐ傍にいたんだからな」
ジルは視線をジャスミンに向けると、苦く顔を逸らす。
「どういう意味よ?」
「居たんだよ――私よりも早く、15年前に……ここに、鍵を持つ者がな」
「誰が――まさか……!?」
その『答』に思い至ったアンジュが息を呑み、ジルは視線を真っ直ぐに移す。
「そう――お前だよ、セラ……いや、こう呼ぼうか? 『セラフィーナ・斑鳩・ミスルギ』――――ミスルギに捨てられし皇女」
ジルが見据える相手――セラに向かって小さく揶揄するように告げる様は、先程の意趣返しのつもりか。だが、アンジュ達の驚きはそれ以上だった。
「『ミスルギ』? どういうことなの?」
思考が混乱し、上擦った声でアンジュが叫ぶ。今、ジルが発したファミリーネームは、自分と同じ――困惑するアンジュに、ジャスミンが重く口を開いた。
「セラの真名さ―――そしてアンジュ…お前さんの双子の妹だよ」
「妹――!?」
「セラが! アンジュの――!?」
「どういうこった!?」
告げられた言葉に、一際大きく驚き、思考が回らない。セラは声を上げることこそなかったが、それでも表情が微かに強張っており、口を噤んでいる。
「妹…セラが、私の双子の――は、ははは……なにバカなこと言ってんのよ! バカバカしい! だいたい、そんな話両親から一度も――!」
理解が追いつかず、混乱が拍車をかけ、アンジュは頭を振って否定するも、ジルが小さく鼻を鳴らす。
「言えるわけがないだろう? 自分達で捨てたなどと―――」
「捨てた? お父様とお母様が……?」
「―――もう15年になるか……アンジュ、お前さんとセラを連れてジュライ皇帝とソフィア皇后がココに来たのは――――」
反芻するアンジュにジャスミンが静かに応え、過去に思いを馳せるように瞑目する。ジャスミンの脳裏に甦る15年前の光景――まるで、昨日のことのようにジャスミンは静かに語り出した。
――――月が綺麗な夜だった……
ドラゴンという異生体との戦いを強要されるノーマ達を纏めていたジャスミンは、アルゼナルの司令官だった。送り込まれてくるノーマ達と共に日々を生きていた。
そんなある夜――アルゼナルに一機の輸送機が降り立った。部下を引き連れてフライトデッキに出たジャスミンの表情には困惑が浮かんでいた。
事前に連絡は何も受け取っていない。しかも、その輸送機にミスルギ皇室の紋章が刻まれていては、戸惑うなという方が無理だった。
強ばった面持ちで佇むジャスミンの前に、輸送機から降り立った人影が現われる。
壮年の男に寄り添われて歩み寄ってくる女性の手の中には、二人の赤ん坊が抱かれていた。憮然と佇むジャスミンの前に歩み寄ると、女性が口を開いた。
「あなたが――アルゼナルの司令官ですか?」
透き通るような声――だが、その声色が微かに震えているのを感じ取り、『畏怖』と取ったのか、ジャスミンは悪態をつくように返した。
「ああ、そうだよ―――こんな場所にミスルギ皇族様が何の用で?」
大人げないような横柄な態度だが、ノーマは差別されるもの――不遜なジャスミンに二人は害した様子も見せず、先程からどこか躊躇っているように顔を顰めているが、やがて女性――ソフィアが手に抱いていた赤ん坊の内、一人を男性に預け、もう一人を抱いて静かにジャスミンに歩み寄った。
ほぼ寸前まで近寄り、ジャスミンにも抱いていた赤ん坊の姿が確認できた。銀色の髪を持った赤ん坊を凝視しながら戸惑っていると、ソフィアは静かに口を開いた。
「この子を――あなたに預かって欲しい…あなたに、育てて欲しいのです」
「何だって……? じゃあ、この子は――!?」
発せられた内容に驚くジャスミンに小さく頷く。
「この子は――『ノーマ』です」
肯定されたことにますます戸惑う。確かに、ノーマはある種の突然変異――だが、『皇族』から生まれたノーマを見たのは初めてのことだった。
「この子の名はセラフィーナ――ミスルギ皇国の第二皇女でした。でも、もうその継承権は喪いました。勝手なお願いですが、この子は私達の手で育てることができないのです……だから、ここで……あなたに強く育てて欲しい―――」
葛藤を秘める声色は、明らかに本意ではない想いが滲み出ていた。何故、という背景は分からない――アルゼナルには、いや『ノーマ』にはそんなものは何の意味もないことだからだ。
「この子は、『運命』の子です―――いずれこの子に降りかかる大きな運命の渦に負けないように―――」
その言葉の意味は分からなかった。
だが――ジャスミンは静かに頷いた。何故かは分からない……ただ、眼の前で懇願する母親の子への想いに感化されたのかもしれない。
その返答に不安気だったソフィアの顔に小さく安堵が生まれる。そして、視線を手の中に抱く赤ん坊に向ける。
「ごめんなさい……あなたと一緒にいてあげられなくて――――あなたを過酷な世界に行かせてしまう…でも、生きて……―――生きて…生き抜いて……私は、いつでも貴方を見守っていますよ」
慈しみながらも嗚咽を漏らすソフィアは胸元にかけていた己のペンダントを取り、それを赤ん坊の首にかける。
「―――この宝石が貴方を守ってくれます。生きて…セラフィーナ………私の大切な――娘……」
最後にもう一度強く抱き締め、ソフィアは震える手で赤ん坊を差し出し、ジャスミンは静かに受け取る。感じる重さに手が痺れそうだった。
ソフィアは口に手を当てて嗚咽を漏らし、その身体を男性が支える。涙眼で顔を上げるソフィアに沈痛な面持ちで頷くと、ソフィアは男性の腕の中のもう一人の赤ん坊を見やる。
「アンジュリーゼ……ごめんなさい。あなたの妹を、あなたから奪ってしまう―――無力な私達を、赦して……」
我が子に懺悔するように項垂れるソフィアを支えたまま促し、男性がジャスミンに一礼すると二人はそのまま連れ立って去ろうとする。
その時、男性の腕の中で眠っていた赤ん坊が眼を覚まし、声を上げる。
「う、あ、う~……」
虚空に手を伸ばしながら何かを必死に求めるように声を漏らす赤ん坊の先を見やり、ソフィアが驚く。
「セラフィーナ――……!」
もう一人の娘が求める先に向かって悲痛な叫びを上げ、振り返ろうとするソフィアの肩を掴み、男性は必死に抑える。
「う、うぅぅぅ……」
慟哭するソフィアを気遣いながらも、男性は気丈に連れて行き、やがてその姿が輸送機に消える。静かに離陸する輸送機が月明かりのなか、夜の彼方へと去っていく。
それを見届けながら、ジャスミンは手の中に抱く赤ん坊を見やる。いつ眼を覚ましたのか、赤い眼を向ける赤ん坊を見つめながら、ジャスミンはある決意を秘めた。
15年前の過去からまるでそのまま続くようにジャスミンが静かに口を閉じる。
語られた内容に誰しもが言葉を失い、思考が追いつかなかった。その中でもアンジュの驚きは際立っていた。
(セラが…私の、妹………?)
両親が、自分に隠していた事実―――そして、セラとの関係……それらがアンジュの中でぐるぐると混乱を起こしていた。
最初に会った時に憶えたあの感情―――自分と同じ顔の少女に、奇妙なデジャヴを憶えた。それを単なる気の迷いとこれまで感じていた。だが、それは間違いではなかった―――セラとの間に確かにあった絆………戸惑いと同時に微かな喜びと複雑な気持ちが葛藤する。
「私は、お前さん達の両親が何を考えて引き離したのかは知らない――だけど、私はその赤ん坊を『ノーマの希望』に育てようとした」
託されたものに対し、ジャスミンはその意思を図りかねた。だが、奇しくも同じタイミングで齎された古の民からの兵器―――この赤ん坊なら、使いこなせるのではないかと……そんな希望が生まれた。
「そして――私はお前さんにノーマとしての名を与えたんだよ」
「―――私を育ててくれたのは、『道具』として?」
見据えられ、セラはどこか自虐的に応える。それに対してジャスミンは強ばった面持ちで沈黙するのみだ。それが暗に『肯定』を意味していることを察する。
どんなに綺麗な言葉で飾ったところで、意味は同じだからだ。
「で、でも…どうしてセラだけなんですか?」
衝撃の事実に慄いていたナオミが思わず声を上げる。何故セラだけがアルゼナルに預けられたのか――姉であるアンジュもノーマだった。なのに、何故アンジュは両親の許に残り、セラだけが引き離されたのか……セラの過去を思っての言葉だったが、その指摘にアンジュはどこか肩を震わせる。
それに対してジャスミンは静かに首を振る。
「理由は私も知らないね―――あの二人が、どうしてそんな真似をしたのか……」
「どちらでも構わんだろう―――どんな理由にせよ、お前が『捨てられた』という事実は変わるまい」
冷淡に告げるジルに、それまで茫然となっていたアンジュが悔しげに歯噛みする。
「そんな言い方―――!」
「事実だ―――現に、お前には何も伝えていなかったのだろう?」
その指摘に反論できず、唇を噛む。確かに、これまで両親に自分に双子の妹がいるなど聞いたことがなかった。知らなかった――そう反論するのは簡単だ。だが、アンジュにはそんなことは口が裂けても言えなかった。
自分がいかに世間知らずで甘ったれで何も知らなかったかを思い知らされた気分だった。
もう自分には家族はいないと思っていた―――自分を守ろうとした両親は死に、兄と妹は裏切った……それでいいと思っていた。だが、自分にはまだ家族がいた……自分を助けてくれた存在が。それ故に不安が押し寄せる。
『姉妹』だと知って、セラは自分を拒絶するのではないのかという不安が過ぎり、アンジュは葛藤する。
「だがアンジュ、お前もここへ来た――そして、ヴィルキスの鍵を開いた。貴様が使えなかったときは、セラを使うつもりだったが……『アイオーン』―――」
その名にセラの表情が変化する。
「お前が呼んだんだろう? あの機体が何にせよ、アレの力はリベルタスに必要不可欠なものだ」
正直、ジルはアイオーンの正体に興味はなかった。要は使えるか、否かだ―――それは既に昨日の戦闘で実証された。
「セラ、アンジュ――お前達が壊すんだ、このくそったれな世界をな…お前達の『歌』で」
そこでアンジュはようやく自分がジルに利用されていたことを悟る。自分に『ヴィルキス』を与えたのも、タスクに救助を向かわせたのも―――それが叶わなければ、『セラ』を使うつもりだったことも―――沸き上がる怒りと己への不甲斐なさに拳を握り締める。
「皇女アレクトラ―――感謝するわ、あなたのおかげで自分がいかに現実を知らなかったのか、つくづく理解したわ」
自身への悪態と皮肉を混ぜてそう返す。
「ハッキリ言うわ――答えは、NOよ」
仮に今の話がすべて本当だったとしても、もう他人の都合で振り回されるのは御免だった。あの夜――決めたのだ、『強くなる』、と。
「神様とかリベルタスとか、百歩譲って今の話が本当だとしても――私の生きる道は、私が決める! あなたのやろうとしていることがどんなに崇高な目的であってもね!」
自分の眼で見て、自分で考えて、自分で決める―――それが『生きる』ことだと、そう教えられたのだ。凛と告げるアンジュに小さく鼻を鳴らす。
「ならセラ…お前はどうする?」
ジルの問い掛けにアンジュが息を呑み、ナオミ達も視線を向ける。セラはどうするのか――不安混じりに見つめるなか、セラは無言で佇んでいる。
「お前もミスルギで見たはずだ――ノーマを忌み嫌うこの世界の歪みをな。そしてお前は世界に捨てられた――ならば、この世界に何の愛着もあるまい。我々を否定するこの世界をな」
畳み掛けるように告げるジルにセラは眼を閉じる。無言が続くなか、セラは小さく息を吐く。
「世界が捨てた、か―――どうでもいいわ」
返ってきたのは、何の感慨もない冷静な声だった。訝しむ一同の前で、セラは静かに眼を開ける。
「アレクトラ――いえ、ジル……あなたがそこまで拘るのは、本当にそれだけなの?」
「どういう意味だ?」
「本当に『リベルタス』っていう目的だけなのかってことよ―――まあ、あなたが何に拘っているかなんて私にはどうでもいいわ。答えを返させてもらうなら、私も拒否させてもらうわ」
セラには大義や志なんてご大層なものはないし、そんなもののために戦うつもりもない。
「こんな世界に何の価値もないわ――滅ぼす価値すらね。神様が創ったというなら、せいぜい愛でさせてやればいい―――私のやることはひとつよ。『生きる』だけ……それに立ち塞がるのが神だというのなら、私は容赦しない。それは司令、あなたもよ」
セラが告げたのはハッキリ言って自己中心的なものだ。
自分の生きたいように生きる―――生きることに執着することの何が悪い? 世界がそれを拒絶するなら、世界とだって戦う。
「どう生きてどう死ぬかは、決めるのは『自分』よ――誰かに強要されるものじゃないわ」
生きる場所を決めるのは自分自身だ。どんなに惨めでも、無様でも、卑しくとも――――
決して侵されない――ある種の信念のようなものを感じさせる意思を見せ、セラがそう告げる。誰もがそれに驚き、言葉を失う。その時だった―――基地内部でドラゴンが確認されたと通信が飛び込んできたのは………
前回から大分間が空いてしまいました。
仕事が忙しかったのもありますが、話の構成の難しさがありました。地の説明文がこんなに書くのが大変とは思いもよりませんでした。
回想シーンも書いては没、書いては没でした。
日常シーンとか戦闘シーンはわりとさくさく書けますが、こういう説明的な箇所はなかなか大変です。
とまあ、苦労はそれぐらいにして、遂にアンジュ達もセラの秘密が明かされましたが、まだまだ肝心な部分は謎ですし、もう少し時間をかけて明かしていこうと思います。
あと2話ぐらいで第一クールも終わりかなと思います。
気長にお付き合いいただければ幸いです。
次に書くのはどれがいいですか?
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クロスアンジュだよ
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BLOOD-Cによろしく
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今更ながらのプリキュアの続き