クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月 作:MIDNIGHT
ドラゴンを殲滅し、第一中隊に曳航されながらアルゼナルへと帰還したセラ。
「はい、これでもう大丈夫よ」
どこかのんびりした口調で気遣う相手に小さく一礼すると、相手もまた笑顔で手を振りながら仲間達の控えているハンガーへと機体を移動させていく。
それを見送ると、セラはバイザーを外し、ようやく一息ついたように肩の力を抜いた。
「セラー、大丈夫!?」
そこへメイが駆け寄り、小さく頷き返す。
「ああ…なんとか、生き延びられた」
苦く笑いながらそう答えると、メイもホッとしたように肩の力を抜いた。
「ホントよかった~訓練中にドラゴンに襲われることはあるけど、生き残れる人はそうはいないよ」
「第一中隊が来てくれなかったら、正直危なかったよ」
首を振って否定する。
あのまま戦っていれば、間違いないく集中攻撃を受けてセラも死んでいただろう。
その意味では、今回は運がよかったというべきかもしれない。自嘲するセラにメイは首を振る。
「そんなことないよ! ナオミも無事だったし」
「そういえば、ナオミは?」
「うん、機体は大破したけど、無事だったよ。今は医務室にいってる」
そう言って見やる先には、右腕をもぎ取られたグレイブが無残な状態で擱座している。幸いにライダーにまで及ぶほどの致命傷ではなかったが、ナオミは収容されてすぐに医務室へと運ばれた。
無事なことにホッとしたが、セラはすぐに自身の乗っていたグレイブを見上げる。
既に数時間前にあった汚れのない装甲ではなく、戦いによる損壊や浴びたドラゴンの返り血で薄汚れてしまっている。
メイも同じように見上げ、ある一点に眼を向ける。
「でも、随分無茶したね。スラスター部分に相当負荷が掛かっているよ」
伊達にパラメイルをいくつも見てきたわけではない。メイは一見してセラの操縦に機体がついていけていないことを看過した。
それはセラ自身も分かっている。
「でも、これ以上の強化は自分でやるしかない――でしょ?」
「うん。してあげたいけど、決まりだから」
多少の微調整はともかく、本格的なパラメイルの改装はライダーによる強化装備の購入が原則となる。
申し訳なさげにするメイに首を振る。
「分かってる。メイが気にする必要はない――機体の整備、頼むわね」
「うん! それはバッチリやるよ!」
任せてとばかりに胸を叩くメイに小さく頷くと、セラは踵を返し、格納庫を後にした。
その頃、アルゼナルの司令であるジルは執務室で今回の戦闘における報告を読んでいた。
「スクーナー級はすべて倒したが、パラメイル二機喪失、一機大破――ライダー二名死亡、一名が負傷か」
その報告に小さく嘆息しながら椅子に背を預ける。
結果的に見れば、貴重なライダー候補を失った。今後の戦力を鑑みればよくはないだろうが、それでもジルの最初の見立てでは新人ライダーは全滅すると睨んでいた。
だが、終わってみれば、二人が生き残り、内一人はほぼ無傷の状態で生き延びた。
改めて手元に今回の飛行訓練に出ていたノーマの資料に眼を通す。顔写真とともに載せられたプロフィールの内、2枚には『KIA』というスタンプが顔写真に押されており、それを一瞥しただけで放り投げると、残りの2枚に眼を向ける。
「ナオミにセラ――か」
今回の戦いで生き延びたライダーの二人を値踏みするように見やる。
「特筆するべきは、初陣でスクーナー級を11匹撃破か」
シンギュラー出現直後に出た第一中隊によって残っていた敵が殲滅されたが、数を減らしていたこともあり、報酬が少ないとゾーラがぼやいていた。だが、問題はそこではない。
セラの今回の戦いにおける戦果を一瞥し、楽しげに笑う。この数字は一般的なライダーでもなかなか出せない数字だ。それを新人――しかも今回が初陣ということを考慮すれば、セラはこの先使えるライダーになるかもしれない。
楽しげに読んでいたジルの視線が記述されている一文を捉えると、僅かに表情が変わる。
「幼年時はジャスミンが面倒見ていただと……?」
ジャスミンとは、アルゼナルのショッピングモールを取り仕切る人物であり、ジルにとっても喰えない相手だが、そのジャスミンがセラに関わっているとなると眉を顰める。
(何かあるのか、こいつに……?)
睨むような視線を向ける写真のセラに対して逡巡するも、答えは出ず、思考を中断する。一服とばかりにタバコを咥え、一吸いする。
「まあいい――使えるのなら使うだけだ」
宙に霧散する煙を見つめ、そう結論づけると、タイミングよくドアがノックされる。
「開いている」
この部屋を訪ねてくる相手は限られているだけに、ぶっきらぼうに答えると、ドアが開き、予想通りの相手であるエマが入室してきた。
「何の用だ、監察官殿?」
「はい、先程ミスルギ皇国よりノーマの引渡しが通達されました。あと数時間後にはこちらに到着します」
「分かった。やれやれ、今度はどんな奴が……」
エマは抱えていた書類を手渡し、タバコを咥えたまま、ぼやきながら受け取ったジルは添付されていた写真を見た瞬間、表情が変わり、睨むように写真を凝視する。
「ど、どうされたのですか、司令?」
突然のことに狼狽えるエマだが、今のジルにはそんなことはどうでもよかった。ジルの視線は、資料に添付されている輸送されてくるノーマの顔を凝視している。
(どういうことだ、これは……?)
大抵のことには動揺すらしないジルだが、さすがにこれには驚きを隠せなかった。
資料に書かれているノーマの名は『アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ』――ミスルギ皇国の元・第一皇女。その肩書きよりもなによりも、その皇女の顔は、今しがたまで見ていたのだから。
ジルはすぐさま手元の資料を取り、二枚の写真を見比べる。
(似ている――いや、瓜二つだな、これは……)
手元にある『セラ』と『アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ』――二人の顔は瓜二つとでもいっていいほど似通っていた。いったいどういうことなのか――考え込む思考がある一点にたどり着いた時、ジルは憚らず、笑い声を上げた。
「ど、どうしたのですか――いったい……」
エマから見れば先程からの奇行とでもいうべき不可解なジルの態度に戦々恐々しているが、ジルは笑みを噛み殺したままだ。
(ククク、成る程……予期せぬことだが、『本命』と『保険』ができたかもしれん)
不敵な笑みを浮かべ、ジルは資料を置くと、立ち上がる。その仕草にビクッとするエマに対し、声を掛ける。
「監察官殿、このノーマの尋問、私も参加させてもらう」
「え? なにも司令がわざわざ……」
たかだか一介のノーマに対し最高司令官が尋問するなど、今まで聞いたことがない。だが、ジルは有無も言わせずに制する。
「なに、個人的興味さ――16年間もノーマであることを隠し通してきた皇女様の堕ちた様にな」
そう言って笑うジルの表情の不気味さにエマは身震いしながら頷くのみだった。
セラはこのアルゼナルの唯一の購買施設であるジャスミン・モールを訪れていた。
日用品からパラメイルの装備まで揃う品揃えはさることながら、それ以上にここの店主はクセが強い人物のため、並ぶものも異彩を放つものも多い。
迷うことなくセラはパラメイルの装備が並ぶ区画へと向かう。どこから仕入れたのか不明な武器類が並ぶが、セラの目的は違った。
置かれているカタログをめくり、パラメイルに装備させるスラスターやバーニア類のリストを見る。
(優先するべきはやはり機動力ね――装備は…あとでいいか)
今回の実機訓練と戦闘で実感したグレイブの能力を強化するため、自身の操縦スタイルに合わせるには、機動性を上げるのが最優先だった。
機動性だけを重視するなら、「グレイブ」ではなく「レイザー」という機体もあるが、さすがにまだライダーになったばかりのセラには手が届かない機体だ。
そのため、与えられたグレイブを現状は強化するしかない。敵の攻撃さえかわせれば、あとはどうとでもなる――武装の強化等は後でも問題はない。リストを捲りながら、目星をつけるとそれを持ってカウンターへと向かう。
そこにいるこの店の主を見つけ、声を掛けた。
「ジャスミン」
「おや、セラじゃないか――そうかい、あんたもメイルライダーになったんだね」
セラの姿を見たジャスミンが小気味よく笑う。
足元ではマスコット兼番犬のバルカンがセラに懐くようにじゃれつき、セラも軽く頭を撫でる。
「それで――今日は何の用だい?」
「この装備が欲しい」
リストを見せて目的のものを指差すと、ジャスミンが顎に手をやって考え込む。
「こいつはかなりの額だよ――払えるのかい?」
そこに表示されている額はベテランライダーでもなかなかに手を出しづらい価格だ。予期せぬことだったとはいえ、結果的に先の戦闘での報酬を受け取ったセラだっだが、それでも払うには厳しい額だ。
だが、当人は悪びれもなく言い放つ。
「払えない――だから、勝負がしたい」
その言葉に一瞬、眼を瞬くも――すぐに意地の悪い笑みをジャスミンが浮かべる。
「いいのかい? 負けたら更に上乗せだよ?」
このジャスミン・モールには一つのゲームがある。それは、店主とカード勝負をして、勝てば半額、負ければ倍額というルールだ。
通常は日用品などの額の小さいものを運試しにやる者が多いが、パラメイルの装備などを賭けてやる者はほとんどいない。
それ以上に、ジャスミンがこのゲームで負けたことなどないからだ。
「勝てばいいだけ…無意味なことは嫌いだけど、分の悪い賭けは嫌いじゃない」
確実に負けると決まっているのなら、最初から仕掛けないが、可能性がある方に賭けるのは愚かではない。セラの言葉にジャスミンも豪快に笑い、了承する。
「いいよ、それじゃ勝負さ」
すぐさま手元にカードを用意し、シャッフルする。そしてカードを5枚、お互いに選ぶ。
手元のカードを見やりながら、ジャスミンが不敵に笑う。
「どうだい? 今ならまだ下りれるよ?」
挑発か、それとも――セラは手元のカードの内、4枚を交換する。
「随分勝負に出るね――あたしも一枚交換だ」
再びカードを手元に揃え、お互いに手が揃うと、ジャスミンが先陣を切る。
「スリーカード」
開かれたカードの内容を見やり、どうだと言わんばかりに笑みを浮かべているが、それに対してセラが小さく鼻を鳴らす。
「ストレート」
「なぁっ!?」
セラの手札に余裕だったジャスミンの表情が一気に驚愕に染まる。
このカード勝負では負けたことがないだけに、未だ呆然となっているが、そんなジャスミンに遠慮せずに勝利宣言する。
「私の勝ちね――約束通り、パーツは半額で。後で工廠の方に回しておいて」
「くぅ~~分かったよ」
心底悔しげに呻くジャスミンに肩を竦め、支払いを済ませると、セラは今一度尻尾を振るバルカンの頭を撫で、ジャスミン・モールを後にした。
そのままアルゼナルの外にでたセラはいつもの丘に来ていた。
既に陽は暮れ、辺りは夜の帳に包まれていた。
空には星が輝き、それを見上げながら、セラは今日のことを思い出していた。
初めての空―――初めてのドラゴンとの戦闘…それらを経て、生き延びた。
(生きるために殺す――か……我ながら矛盾しているな)
自嘲気味に肩を竦める。事実、自分でも理解できないことをやらされているのだから当然かもしれないが。
ドラゴンが何処から現れ、そして何故襲ってくるのか――その理由が一切不明だからだ。ただ、襲ってくるから戦う。そして、それをやらされるのがノーマの役割だ。理由などない……知る必要もないことなのかもしれない。
「だけど……」
顔を上げるセラには躊躇いも後悔もない――生きるために殺す…矛盾しているようで、それが命の本質なのだ。
「私は生きる――殺して、生きる」
決して変わらないと――己の覚悟を秘めるように……無意識に、セラは口ずさんでいた。
セラの歌声に乗って、紡がれる旋律が夜空に舞う。
永遠へと誘うかのような調べ、金色に輝く天に月の銀色が煌く。
願いを乗せて唄う旋律を、ただ唄い続ける。
いつ覚えたのか、セラ自身も分からない。ただ、記憶の奥に残っているこの唄――子守唄のように何度も聴いた記憶だけが残っている。
ただ唄うことで、荒みそうになる心を落ち着かせてきた。
唄い終わると、その瞬間をまるで待っていたように先程まで澄み渡っていた空に突然黒雲が忍び寄ってきた。
やがて、セラの頬に冷たい雫が落ち、それは瞬く間に大粒となって降りかかる。
遠くで響く雷鳴――戻ろうとしたセラの耳にヘリのローター音が聞こえ、思わず振り返った。
雨のなか、一機のヘリがアルゼナルに向かってくるのが見えた。
こんな天候で飛ぶ理由は――いや、このアルゼナルへ外部から来るものはひとつしかない。
(また、地獄への生贄か――)
どこかで捕まったノーマが送還されてきたのだろう。
いつのものことだった――そう、いつもの……だが、セラの瞳はなぜか、そのヘリから離れなかった。
ヘリが施設内に消えるまで、その軌跡を見続けた。
首のペンダントの宝石が微かに光っていることに気づくこともなく―――
アルゼナルの収容施設では、ミスルギ皇国より送られてきた
洗礼の儀で兄:ジュリオに己がノーマであることを暴露され、眼の前で母親を喪い、堕落した元皇女。だが、生来のプライドの高さから、己が「ノーマ」であることを頑なに認めようとせず、必死に抵抗していた。
だが、そんな抵抗も虚しく、ジルは拘束具を解いて気の緩んだアンジュリーゼに強烈な一撃を与え、経験したこともない痛みに呻くアンジュリーゼに現実を突きつける。
「16年の努力が水の泡――お前の母親も無駄死にだな」
胸倉を掴んで突きつけられた事実に愕然となる。
母親は死んだ――それを認めようとしなかった心は打ちひしがれ、さらに追い打ちをかけるようにジルはアンジュリーゼの手から形見である指輪を取り上げる。
「か、返しな……っ」
我に返ったアンジュリーゼが指輪を取り返そうとするも、払いのけられる。
「取り返してみたらどうだ? マナの力で?」
挑発するジルに悔しげに歯噛みし、右手を翳す。
「マナの光よ! 光よ……っ」
だが、なにも起こることなく、混乱するアンジュリーゼにジルはナイフを抜いて歩み寄る。
「お前には何もない――皇女としての権限も、人としての尊厳も――なにもかも……」
首に突きつけられるナイフに慄く様にサディスティックな笑みを浮かべる。
「ようこそ――生き地獄へ」
刹那、ナイフを下ろし、アンジュリーゼのドレスを切り裂く。そのまま髪を掴み上げ、無理矢理机の上に叩きつけ、両手を拘束する。
「な、なにを……っ」
うつ伏せの状態で呻くアンジュリーゼにジルは機械の義手を調整しながら無情に告げる。
「身体検査を行う。覚えておけ、お前はもう皇女ではない」
迫るジルに恐怖を憶え、必死に首を振る。
「や、やめなさい! やめろ! 私はミスルギ皇国第1皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギなるぞ!」
この期に及んで、まだ皇女の様に振舞う彼女の姿は余りにも滑稽に見えた。冷めた眼で見下ろすジルは、冷酷に告げた。
「違う――今からお前の名は、アンジュだ!」
「イ、イヤアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!」
アンジュリーゼ――いや、堕落した元皇女の悲鳴が雷鳴と共にアルゼナルに響き渡るのだった。
「っ」
施設内を歩いていたセラがその悲鳴を聞いたのは偶然だった。
アルゼナルすべてに響くかのような悲鳴―――だが、それはセラの胸中をひどくざわめかせた。先程から響く雷鳴もまたそれに拍車をかけるように動悸が激しくなる。
暫し、逡巡していたが、やがてセラは意を決したように踵を返し、悲鳴の聞こえた方へ歩みを進めた。
不思議と迷うことはなかった…なにかがまるで呼ぶように進む先を教えてくれる。そして、セラは一つの部屋の前に辿り着く。ドアの前では警備の女性が銃を手に立っているが、そんなことを気にも留めず進み、セラに気づいた女性が立ち塞がる。
「ここは立ち入り禁止だ」
だが、セラは止まることなくドアに手をかける。
「おい、聞いて……っ」
次の瞬間、セラの肘打ちが女性の腹部に刺さり、呻き声を上げながらその場に崩れる。それを一瞥し、そのままドアを開いた。
突然ドアが開いたことにジルが顔を上げる。
「何だ? 誰が入っていいと―――」
言いかけた声が入った来た者の顔を捉えた瞬間、小さく息を呑む。エマは憤慨した面持ちだったが、入った来た人物の顔を見て混乱しながら視線が泳いでいる。
「ほう? これはこれは……」
楽しげに見るジルだったが、ジルに検査というなの『拷問』を受け、心身ともにボロボロとなったアンジュが涙で滲む瞳を上げ、ソレを捉えた。
セラもまた驚愕した面持ちでアンジュを見つめている。
「あ、あなたは……」
「お前は……」
―――誰……?
声が重なる。
セラとアンジュ―――二人の運命の歯車が回りだした瞬間だった……
クルクル…クルクルと―――――
いよいよ原作突入。
そしてセラとアンジュの邂逅――次回は第一中隊の面々との邂逅にナオミの再登場です。
次に書くのはどれがいいですか?
-
クロスアンジュだよ
-
BLOOD-Cによろしく
-
今更ながらのプリキュアの続き