クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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真実への扉

アルゼナルを管理する国:ローゼンブルム王国の皇居。

 

その一室に、皇女であるミスティはいた。先日の誘拐騒ぎの後、無事に戻った自分を両親や使用人達は喜んでくれた。無論、ミスティも両親らに心配をかけ、申し訳ない気持ちではあったが、戻ってからの数日はほとんど皇居で療養――言い方を変えれば、謹慎のような状態だった。

 

その間、ミスティはアルゼナルでの出来事を思い出し、そして悩みが深くなっていた。なにより、あの時に出会った『彼女』の言葉がずっとミスティのなかで反芻していた。

 

(それにしても、あの方はいったい……?)

 

ミスティは窓から空を見上げながら先程の出来事を思い出す。

 

ミスティは父親であるローゼンブルム国王に連れられ、不思議な空間に行った。そこは、一言で言えば不思議な光景が広がっていた。どこかも分からないような場所の周囲には、無数の島が浮いていて、中央には社交場の様な丸くて大きなテーブルが置いてあった。混乱していたミスティの前で、父親がその席の一つに腰掛け、自身も傍の椅子に座ると、次々と人が現われた。

 

現われた面々の顔ぶれにミスティは驚きを隠せなかった。そこには、世界各国の王族や政治家などが揃っていた。そしてその中には『彼』もいた。

 

神聖ミスルギ皇国のジュリオ・飛鳥・ミスルギ――頬に傷をつけた顔ながらも、各国のトップに劣らぬような佇まいでいた。ミスティはやや顰めた面持ちでジュリオを見た。

 

彼女――『セラ』の言葉が真実か確かめるため、ミスティは信頼のおける臣下にミスルギ皇国の状況を調べさせた。その結果、彼女の言葉が真実であったと知る。

 

アンジュを殺そうとしたという事実は、彼女のなかに大きな後悔と衝撃を齎し、そしてジュリオに対する不審感を齎していた。

 

そんなミスティの葛藤を他所に、首脳陣が揃うと、会議が始まった。その冒頭で父がミスティの無事をまず報告し、名前を呼ばれたミスティは慌てて頭を下げ、心配をかけた旨を謝罪した。

 

首脳達は労りの言葉をかけてくれたが、どこか事務的な感じであり、むしろノーマに出し抜かれたこととあっさりと捕まるような管理体制の甘さを揶揄するような指摘がローゼンブルム国王に集中し、苦い表情を浮かべる父にミスティは思わず萎縮してしまった。

 

冒頭の指摘もそこそこに、次に議題として上がったのは、数日前のアルゼナルにおけるドラゴンの襲撃の映像だった。

 

マナを使用して浮かぶいくつものウィンドウには、無数のドラゴンが飛び交い、火花を散らす映像が映っている。初めて見るドラゴンの姿にミスティはどこか不安な面持ちだった。

 

だが、次に映し出された映像に思わず声を上げそうになり、慌てて手で押さえる。

 

映像には、ヴィルキスが映し出されており、その機体は先日『彼女』が乗っていたものだけに、無事に戻っていたことに安堵してしまった。

 

だが、その姿に父を含めた他の首脳達は揃って苦い顔を浮かべ、口々に『10年前』や『反乱』といったキーワードが飛び交ったものの、ミスティには理解ができなかった。

 

ミスティの前で会議という名の責任の擦り付け合い、堂々巡りは続いていたが、そこへ別の声が挟まれた。いったいいつそこにいたのか、離れた位置にある大きな木の裏に一人の青年が立っていた。

 

まったく気づかずにいたミスティは戸惑うも、父を含めた他の首相達は動揺してはいなかったものの、困惑しているようだった。

 

「―――どうしようもないな」

 

「え、エンブリヲ様……?」

 

一人の首相が思わず相手の名を呼び、それに応じるようにエンブリヲと呼ばれた青年が静かに歩み寄ってくる。その姿にミスティは何故か漠然とした不安を覚えてしまった。

 

ハッキリと言葉にはできないが、エンブリヲという青年から感じるなにか得体の知れないものがミスティを威圧するも、気にした素振りは見せず、テーブルの傍に歩み寄ると、エンブリヲは再度、呆れたような言葉を紡いだ。

 

「本当にどうしようもないな――」

 

その言葉に首脳陣の動揺が大きくなる。互いを見渡しながら、答えを求めるように縋る視線を向けられると、エンブリヲは一息つき、指を立てた。

 

「選択権は二つ――」

 

注目するなか、ミスティも思わず凝視する。

 

「一、ドラゴンに全面降伏する」

 

思わず息を呑み、驚愕する首脳達だが、エンブリヲは構わずに言葉を続ける。

 

「二、ドラゴンを全滅させる」

 

明示される選択肢はあまりに非現実的なものだった。そもそも意思疎通ができるかどうかも定かではないドラゴンに降伏するなどということはできない。かといって、全滅させるとしても相応の被害が出るだろう。先にアルゼナルが壊滅寸前にまで追い込まれた事実を鑑みれば、自分達でそれを成さねばならない。

 

どちらにしてもリスクの大きな選択であり、どちらにも難色を示す一同に、エンブリヲはまるで慈悲のように三本目の指を立てた。

 

「そこで、三つ目の選択だ―――世界を創り直す」

 

唐突に告げられた言葉に誰もが虚を突かれ、眉を顰める。ミスティもどういうことかと困惑する。そんな反応を他所に、エンブリヲは肩にのった小鳥を撫でながら、小さく笑う。

 

「全部壊してリセットする――害虫を殺し、土を入れ替え、正常な世界に」

 

まるで謎かけのような言葉にミスティは困惑する。だが、そう告げるこのエンブリヲという青年になにか薄気味悪い感情を抱き、不安が大きくなる。

 

「壊して創り直す……そんな事が可能なのですか!?」

 

ジュリオが思わず身を乗り出さんばかりに訊ねると、エンブリヲは笑みを浮かばせながら告げる。

 

「すべての『ラグナメイル』とメイルライダーが揃えば、ね―――」

 

エンブリヲが徐に手を翳すと、中央のテーブルに新しいマナのウィンドウが開く。そこには、真紅の粒子を纏う漆黒の天使が映し出された。

 

「これは……?」

 

「世界を創り直すために必要な機体―――いや、破壊と創造を成せる天使、ラグナメイル『アイオーン』―――世界を破壊し、そして新しく創造するために必要不可欠な機体。この機体と適合者が必要だ」

 

エンブリヲの言葉に誰もがその機体に注目する。ミスティも思わず見入る――何故かは分からないが、その漆黒の機体には不思議と嫌な感じはしなかった。

 

「その機体と適合者さえいれば、創り直せるのですね!?」

 

ジュリオの問い掛けに小さく頷くと、ジュリオはまるでおもちゃを与えられた子供のように賛同し、そして自らエンブリヲの計画に手を貸すと宣言した、どこか懐疑的な他の面々を説き伏せ、ジュリオはエンブリヲからアルゼナルへと赴く旨を伝えられると、意気揚々と応じた。

 

そこで話は終わり、エンブリヲの姿が掻き消え、ミスティも気づいたときには元の皇居の一室へと戻っていた。その後、どうやって自室へと戻ったのかもハッキリしなかったが、ミスティは先程の光景を何度も反芻させていた。

 

あの後、父親にエンブリヲという青年のことを訊ねたが、父親は具体的なことは何も教えてくれず、ただ従っておけばいいと答えるのみだった。

 

父親の表情には一切の疑いも不安もなく、ミスティは逆に不安を掻き立てさせた。

 

(怖い―――)

 

最後の一瞬――こちらに微笑んだあの眼に、ミスティはまるで得体の知れない何かに心臓を鷲掴みされたような恐怖を覚え、思わず身体を抱きしめる。

 

あの『世界を創り直す』と告げた時の表情が、恐ろしいもののように見えた。

 

それよりも気がかりなのは、ジュリオのことだった。アルゼナルへ向かう―――エンブリヲから任されたのは、メイルライダーとアイオーンという機体、そしてその適合者という人物の確保。ミスティも詳しくは分からなかったが、それでも実の妹すら殺そうとしたジュリオが何かを起こしそうで心が落ち着かない。

 

(私は、どうしたら―――)

 

アルゼナルにはアンジュリーゼが、そして『彼女』がいる―――葛藤するミスティにまるで応えるように、言葉が過ぎった。

 

 

――――自分で判断しなさい。自分の、本当にやるべき事をね。

 

 

ハッと顔を上げる。

 

周りを見渡しても、声の主はいない。だが、それでもミスティの頭には『彼女』の言葉が何度も反芻する。

 

「私の…やるべき事―――」

 

逡巡していたミスティは表情を引き締め、静かに立ち上がる。

 

その顔は、何かを決意したような覚悟を秘めていた。

 

それから後―――部屋を訪れた侍従が、蛻の空になった部屋に驚き、バルコニーからシーツで結んだ紐が垂れ下がっているのを確認し、大声を上げた。

 

慌てる侍従は気づかなかった。机に、ミスティが両親に向けた手紙を残していたことを―――『別れ』と『謝罪』の手紙を――――

 

 

 

 

 

 

ドラゴンの襲撃から一夜明けたアルゼナルでは、被害の全貌の確認を急いでいた。

 

基地施設の半分が消滅し、機能もまともに回復していない。多くの同胞が死に、また負傷者も多数のなか、動ける者は施設の復旧と遺体の埋葬、そして侵入して死んだドラゴンの死骸の除去など、誰もが不安と葛藤を胸に行っていた。

 

そんな中、ジルの執務室にはマギーとジャスミン、そして眼を覚ましたゾーラが今後のことを話し合っていた。

 

「しかし、私が眠っている間に随分いろいろあったんだねぇ」

 

どこか感慨深く肩を竦める。長い間眠っていた自覚はあったが、まさかの数ヶ月。眼を覚ましたらアルゼナルは壊滅的被害を被り、多数の死傷者――あまりに予想外の現実に、気分的には優れない。

 

「エレノアが――逝ったのか………」

 

笑っていた表情がどこか苦く憂いを帯びる。

 

「ああ――例の砲撃でね……遺体も残らなかったよ」

 

その心境を察してか、ジャスミンも沈痛な面持ちで相槌を返す。ドラゴン側のパラメイルによる砲撃で第二中隊は全滅――遺体どころか、機体ごと消滅させられてしまい、まるで現実感のないものだが、同期であり、良き戦友でもあった者の死に、さしものゾーラもショックは隠せなかった。

 

「けどさゾーラ…あんたは、これまで眼が覚めなかったのに、どうして突然――?」

 

話題を変えるようにマギーが問い掛ける。ゾーラが負傷し、収容されてからマギーも単に手をこまねいていたわけでない。いろいろな検査や処置を施してみたものの、お手上げの状態だったのに、急に眼が覚めたゾーラの状態に驚きを隠せなかった。

 

それに対し、ゾーラもどこか顔を顰める。

 

「私にもよく分からないねえ……例えるなら、ずっと歩いていた暗いトンネルを抜けた―――そんな感じかな」

 

答え返すゾーラの返答も要領を得ないものの、ゾーラ自身もよく分からないのだ。言えるとしたら、何かに呼び寄せられたように眼が覚めたということだけだ。

 

「そんな事はいい、それよりもお前が復帰してくれるのはありがたい」

 

そんな思考を遮るようにジルが口を挟む。医者としての職務だろうが、そんな不確かなものよりも、ゾーラが復帰したという結果の方が大事だ。

 

「といっても、まだ本格的な復帰は無理ですがね」

 

ジルの言葉は嬉しいものの、ゾーラは苦笑気味に杖を動かす。いくら目覚めたとはいえ、数ヶ月間昏睡状態だったのだ。その間に筋力は落ちたし、身体の感覚もまだ不安定だ。さすがにライダーとして鍛えていた分だけ、まだなんとか歩けはするものの、本格的にライダーとして復帰するにはまだ時間が掛かる。

 

「構わん。今はとにかくライダーの数が足りん。特に指揮経験者がな――」

 

そう口にしたジルの言葉の裏に隠された苛立ちをゾーラも感じ取り、やや大仰に肩を竦める。

 

「しかし、サリアの奴がね~~」

 

驚きと、それでいてどこか意外そうにゾーラが漏らす。

 

本来なら、この場にいるはずのサリアは現在、反省房の中に入れられている。先の命令違反による処罰だが、本人はジルのこと、そしてヴィルキスのことでよほどショックを受けたのか、落ち込んでいる。

 

「命令違反に対する当然の処置だ」

 

だが、そんな処遇に対してもジルは冷淡に告げ、その場にいた面々が一様に顔を顰める。

 

「ジル、こんな事言いたかないけどね、サリアの件はあんたにも責任があるんだよ」

 

やや睨みつけながら苦言するジャスミンに、ジルは煙草を噴かしながら一瞥する。

 

「それを言うなら、ジャスミン――お前もセラのことを何も話さなかっただろ? 奴の監督責任があるんじゃないのか?」

 

屁理屈のような切り返しだが、ジャスミンはその指摘に苦虫を噛み潰したように口を噤む。重い沈黙が執務室内に満ちるなか、ノックが響き、メイが入室してきた。

 

「失礼……なに、この空気?」

 

入室するや否や感じる空気の重たさを感じ取り、メイは思わず萎縮する。

 

「気にするな、それより何の用だ?」

 

「あ、うん…パラメイルの被害状況の確認と、例の機体の件で―――」

 

ジルに見据えられ、思わず背筋が伸びるも、ジルは無言で促す。ややビクビクしながらジルの前に来ると、レポートを読み上げる。

 

「第一中隊の機体はそれ程深刻じゃないよ、いつでも出せる。でも、他の機体は損傷が大きくて――」

 

なんとか帰還した第三中隊の残存機もダメージが大きく、完全な修復には時間が掛かる。予備機を合わせても稼動できるパラメイルの数は第一中隊の機体を除けば十にも満たない。

 

「そういやメイ、私の機体はどうした?」

 

報告を聞いていたゾーラは不意に気に掛かったことを訊ねた。あの負傷した出撃の後、愛機はどうなったのか――その問い掛けに、メイが慌てて答える。

 

「あ、ゾーラの機体は回収時は損傷が大きかったけど、今は修理も終わってるし、使おうと思えばいつでも使えるよ」

 

回収の時は深刻なダメージを負っていたゾーラのアーキバスだが、廃棄する程致命的では無かった。ライダーであるゾーラも重体でこそあったが死亡ではなかった。復帰の見込みがあるのであれば、修復するのが整備士の仕事だ。

 

「そうか――なら、すぐにでもカンを取り戻さないとな」

 

メイの言葉に不敵に笑うゾーラに、やや緊張が緩和されたのか、肩の力を抜くと、ジルが口を挟む。

 

「報告を続けろ、例の機体について何か分かったか?」

 

本命を訊ねると、メイは顔を顰めてしまい、口を噤んでしまう。

 

「ハッキリ言って、分からないことの方が多すぎだよ―――機体のフレーム構造はヴィルキスに近いけど、所々仕様が違ってるし……それに――」

 

そこで言葉を濁すメイに、ジルが眉を顰める。

 

「何だ? 言ってみろ」

 

「あ、うん――なんとなくなんだけど、あの機体――ヴィルキスに似てるんじゃなくて、ヴィルキス『が』似てるんじゃないかなって思ったんだ」

 

促すジルに応じて告げた言葉に、一同は揃って戸惑いを見せる。

 

「構造を調べてみたんだけど、所々フレーム設計にヴィルキスよりも複雑になっている部分があるんだ。けど全く違う訳じゃない。ヴィルキスの方が扱いやすいようになってるけど、このフレームを基に再設計し直したから、って考えた方が納得できるんだよ」

 

通常、機械を新しく造る際は複雑な構造になる。それをよりコンパクトに、そしてスタンダードな形へと簡略化していくのが一般的な流れだ。

 

ヴィルキスのフレームと比べてみて、メイはその疑問に思い至った。

 

「『プロトタイプ』――もしくは、ヴィルキスよりも前に造られた機体なんじゃないかなって」

 

突拍子もないことだが、メイはそう口にし、ジル達の顔が難しくなる。なら、何故そのような機体がセラの許に現れたのか―――

 

「『奴』の仕業かい?」

 

「いや――そんな回りくどいことはしない。なにより、やる理由がない」

 

目配せするジャスミンにジルが首を振り、より疑念が積もる。

 

「なにより不思議なのは、あの機体には動力源が見当たらないんだ」

 

話を続けるメイ自身も困惑しているのか、歯切れが悪い。だが、一同も同じように戸惑った面持ちだった。

 

「動力源がない……? じゃあなんで動いてるんだ?」

 

ゾーラの疑問ももっともだった。パラメイルは基本エネルギーの補給が必要になる。それはヴィルキスも同じだ。外部から補充する手段がないなら、どうやって動いているのか。

 

「それは分からないんだ、ブラックボックスも多くて――でも、気になったのはコックピット付近に解析不能な箇所があったんだ。そこになにか機体を動かす動力機関みたいなものが入ってるかもしれない。仮にそうだったとしても、下手に弄って動かなくなりましたじゃ本末転倒だから、解析にはどうしても時間が掛かっちゃうよ――」

 

そう言い、メイは取り敢えず纏めたレポートを提出する。それを受け取ったジルは、ほとんどデータがない結果に厳しい面持ちだ。

 

「分かったのは、あの機体の名前は『アイオーン』っていうことと、セラにしか使えないってことだけかな?」

 

解析時に機体を起動させようとしてみたものの、何の反応もなく、唯一外部からのアクセスで機体のデータバンクを解析し、機体名が分かったぐらいだ。

 

「『アイオーン』――永劫、か」

 

現状あの機体を扱えるのは『セラ』だけ―――ジルの脳裏に昨日の戦闘が甦る。ドラゴン側のパラメイルを圧倒するあの性能……今のこの状況では、必要不可欠なものになる。

 

「―――セラはどうした?」

 

だが、ここまで不可解な事態となっている以上、一度セラに話を聞くしかない。件の機体に乗っていたのだから、何かしらを知っている可能性もある。

 

「一応、部屋に移したよ。こっちも立て込んでるんでね」

 

セラはあの後、目立った外傷も無かったので、自室へと移した。医務室には今も負傷したノーマ達が押し寄せ、野戦病院の様相を呈している。

 

「正直、物資の備蓄も心許ないよ――保管庫はまるまる吹き飛ばされたからね」

 

ジャスミンが苦い顔で呟く。

 

備蓄物資や資材、そして工場区画を含めたエリアが消滅した今、アルゼナルは今後の運営すら危うい状態だ。とはいえ、管理委員会が補給を寄越すとは考えにくい。

 

考えれば考えるほど八方塞がりだが、瞑目していたジルが徐に眼を開き、顔を上げる。

 

「いざとなれば、『アレ』を使う」

 

その言葉に一同は息を呑む。

 

「『ヴィルキス』も覚醒を見た――それに、ヴィルキスに匹敵する機体も手に入った。そろそろ、『刻』が来たのかもしれん」

 

真剣な面持ちで告げるジルに、圧倒されるなか、ジャスミンが肩を竦めた。

 

「分かったよ、準備は進めておく――」

 

「ジャスミン、いいのかい?」

 

「仕方ないさね――それに、今回の件でみんな、いろいろ参ってるんだ。そろそろ潮時なんじゃないかって思うよ」

 

懐疑的なマギーにそう疲れた面持ちで首を振り、マギーも口を噤む。

 

「とにかく、搬入といつでも出れるように準備を進めるよ」

 

「頼む――ゾーラ、お前は生き残っている全ライダーに招集をかけろ、戦力を一度立て直す。私も後で向かう」

 

「イエス・マム!」

 

「メイ、お前は引き続き例の機体を調査しろ。それと、パラメイルの修理もだ」

 

「イエス・マム!」

 

ジルの指示に従い、一行は自らの務めを果たすべく、執務室を後にしていった。

 

 

 

 

 

直接的な被害を被ったわけではなかったものの、居住区画も損害を受けていた。場所によっては部屋ごと崩壊した区画もある。

 

だが、幸いにしてセラとアンジュが使用していた部屋は無傷であり、セラは今ベッドに寝かされていた。静かに眠るセラを、アンジュとナオミ、そしてヒルダが不安な面持ちで見つめていた。

 

マギーの話では、外傷はほとんどなく、単に疲労が出ただけとの話で、医務室は今負傷者が詰めかけているとのことで、自室へと移された。だが、あれから半日経つも、セラは一向に眼を覚ます気配がない。

 

「ふぁ~もう朝か」

 

軽く欠伸をしながら、ヒルダは窓から外を見やる。

 

一晩中交代でセラを見ていたものの、変化はなく、さしもの面々も疲労を隠せなかった。

 

「失礼します」

 

そこへモモカが入室し、手に持っていた瓶を差し出す。

 

「皆さん、これをどうぞ――栄養ドリンクです。皆さん、あまり休まれていなかったので……」

 

モモカが手渡したのは、今配給で配られていた栄養ドリンクだった。動ける職員はすべて総出でアルゼナルの復旧に不眠不休で取り組んでいる。そんな中、マナが使えるモモカは重宝されており、今しがたまで駆り出されていた。

 

ようやく一息がついたので、アンジュ達の栄養ドリンクを持ってここへとやって来た。

 

「ありがと、モモカ」

 

「サンキュ、昨日からほとんど何も食ってなかったしな」

 

「いただきます」

 

あの騒ぎで食事も取ることができず、また食料の備蓄庫も吹き飛んだということで、今はジャスミンモールに置いてあった保存食や栄養剤でなんとかしのいでいる。

 

ドリンクを飲んで、一息つくもやはり気分は晴れない。

 

「くそっ、あのトカゲ野郎ども――食料庫を吹き飛ばすことはねえだろうが」

 

ただでさえ直前まで反省房にいただけに、満足な食事も摂れていなかったので、ヒルダは鬱憤を隠せず毒づく。

 

「ドラゴンがアルゼナルに攻めてくるなんて――」

 

ナオミが思わずそう口にすると、アンジュは眉を顰めて難しげな顔で向き直る。

 

「ねえ、訊いていい? ドラゴンがアルゼナルを直接攻めたことって今までもあったの?」

 

不意に思い至った疑問――アルゼナルに来てまだ半年足らずのアンジュがそう口にすると、ナオミとヒルダは思わず互いを見合い、戸惑いを見せる。

 

「いや…あたしの知る限り、今回が初めてだ」

 

「うん…それに、普通はもう少し早くシンギュラー反応が確認できるはずなんだけど――」

 

答える二人の口調もどこか歯切れが悪い。ナオミもヒルダもこのアルゼナルで10年近く暮らしているが、遡ってもそのようなことは例がない。それに加えて、謎はまだある。

 

「あのパラメイルに乗ってたヒト――何者なんだろ……」

 

ナオミ達も見た。あのドラゴン側のパラメイルから姿を見せた少女を。自分達とさほど変わらない歳格好の少女があの機体を操っていた。

 

「連中は、ただのトカゲじゃないのかもな――前に、セラが言ってたように」

 

その言葉にハッとする。

 

以前、セラは口にしていた。ドラゴンは、明確な目的を持つ『敵』だと――これは、ドラゴンとの『戦争』なのだと……もし、それが事実だとしたら、あの頃からセラはその片鱗を察していたのかもしれない。

 

「セラ、いつ眼を覚ますんだろ……」

 

ナオミも不安な面持ちのまま、眠るセラを見ている。こんなに深く、そして長く眠っているセラを見た記憶がほとんどない。

 

いつもどこか浅い眠りのなか、常に何かに意識を向けている―――そんな張り詰めたようなセラが、ここまで深く寝入っているのは、やはりあのパラメイルに乗ったからなのだろうか。

 

「あの機体、何なんだろうな?」

 

同じことを疑問に思ったのか、ヒルダが無意識にそう口にする。ある意味、『異常』としか思えないような事態だった。

 

今思い出しても現実味のない事象だ。突然、空間の中から姿を現わした謎のパラメイル―――しかも、あのドラゴンのパラメイルを圧倒するほどの機体性能を見せた謎の機体。理解が追いつかないのが実情だ。

 

「それに、あの機体――歌に反応していたわ、ヴィルキスもね」

 

アンジュはあの瞬間を思い出す。『永遠語り』――ミスルギに伝わる守り歌……あの歌が、あの機体とヴィルキスに反応し、あの現象を引き起こした。

 

それは、あのドラゴン側のパラメイルも同じに見えた。

 

「歌でパラメイルがパワーアップなんかすんのか?」

 

あまりに常識離れしていることに、ヒルダが首を傾げる。

 

「でも、あの時のヴィルキスも少し普通じゃなかったよ…セラの乗っていた機体もだけど」

 

突然『銀』と『金色』に彩られた機体が解放したエネルギーが、対消滅を起こし、あの不思議な現象を引き起こした。

 

考えれば考えるほど、疑問の袋小路に陥りそうになる。今は、唯一あの少女と言葉を交わしたセラが目覚めるのを待つしかなかった。不安と苛立ちが入り混じるなか、静かにセラが目覚めるのを待った。

 

 

 

 

 

夢を視ていた―――セラはぼやけた思考の中で、そう感じた。

 

曖昧な、そしてどこか自分の存在自体が気薄であり、視ている視界がひどくぼやけている。ハッキリと知覚できない感覚のなか、声が聞こえる。

 

『姉がアンジュリーゼ、妹の方がセラフィーナ――太陽と月という意味よ』

 

(アンジュリーゼ―――セラフィーナ……?)

 

視界に視える女性が手に抱く赤ん坊を優しげに見つめながら、傍で佇む男性に話し掛ける。それは、どこにでもあるような家族の光景だった。

 

だが、今この女性が発したのは、アンジュの真名だ。ならば、この女性はアンジュの母親なのだろうか―――なら、このもう片方の赤ん坊は誰なのだろうか?

 

思考がうまく纏まらないなか、会話は続いている。

 

『この子達には、太陽と月のように、互いに助け合って幸せに生きてほしい――たとえ、この子達がノーマだとしても関係ない。私の…いえ、私達の大切な娘よ』

 

微笑む女性の首下には、見慣れたものがあった。

 

(そのペンダントは―――!)

 

女性の首に掛かっているのは、自分の持っているペンダントだった。

 

『アンジュリーゼ……あなたは太陽のように照らす光に…セラフィーナ―――あなたは、月のように見守る光に―――この世界の呪われた運命に負けないで―――』

 

微笑む女性の言葉が遠くに響くなか、セラの意識は急速に反転した。

 

 

 

 

「っ!?」

 

ハッと眼を覚ます。

 

急速に覚醒した意識のなか、視界に入ったのはこちらを驚いた面持ちで見つめるアンジュ達の顔だった。

 

「ここは……」

 

「セラ!」

 

「よかった、眼が覚めたんだ!」

 

「心配かけやがって!」

 

思考がまだうまく動かないなか、アンジュ達は安堵の顔を浮かべ、話し掛ける。そこで徐々に思考が動き出し、セラは現状を確認する。

 

そこは、久方ぶりに戻った自分の部屋だった。ゆっくりと身を起こし、思わず呟く。

 

「私…どうして……?」

 

だが、何故自分がここにいるのかが分からずに戸惑っているとアンジュが応え返す。

 

「大丈夫? あなた、あの戦いの後意識を失ったのよ」

 

そう聞かされ、セラはようやく記憶を呼び起こす。ドラゴン側のパラメイルと対峙した後に、急に視界が暗転したことを―――

 

「どれだけ寝てた?」

 

「半日ぐらいだよ。もう夜は明けちゃったけど――」

 

ナオミの言葉にさほど時間が経っていないことを理解すると、セラは不意に首元で動くペンダントに視線を向ける。

 

夢の中で視た――これを付けていた女性が抱いていた赤ん坊の名を思い出し、視線がゆっくりとアンジュに向けられる。こちらを不安そうに見つめるアンジュを見据え、アンジュは思わず動揺する。

 

「な、なに……?」

 

真剣な眼差しを向けられ、やや気恥ずかしそうに訊ねるも、セラは無言のままだ。

 

(アンジュリーゼ――それじゃ、あの赤ん坊は………)

 

夢の中で視た光景と聞いた名――それらがセラにある『答』を齎そうとした瞬間、ドアがノックされ、思考が引き戻される。

 

「あ、はい」

 

モモカが慌ててドアを開き、全員の視線が向けられると、ドアの向こうから声が掛かった。

 

「失礼するよ」

 

「ゾーラ…!?」

 

聞こえた声と姿にヒルダが驚きの声を上げ、アンジュやナオミもどこか眼を見張っている。セラもどこか困惑しているような視線で見ており、当のゾーラは不適に笑う。

 

「なんだ? 幽霊でも見たような面しやがって」

 

小さく笑う仕草は、確かに以前と同じものだった。とはいうものの、肝心のゾーラが目覚めたことはまだほとんど伝達されていなかったので、知らなくても無理はないのだが、ゾーラは気にもせずしており、その背後にはどこかオドオドしたロザリーと睨むように佇むクリスがいる。

 

「にしても、久しぶりに見たけど――随分、顔つきが変わったな、皇女殿下?」

 

アンジュを見やりながら、そう揶揄すると表情が途端に不機嫌になる。

 

「もう皇女じゃないわ。あんな肥溜めの国、とっくに縁を切ったから」

 

鼻を鳴らしてそっぽを向くアンジュの態度に、ほんの半年ほど前の雰囲気がまったく感じられず、ゾーラは笑みをかみ殺す。

 

「それに――ヒルダ、お前もな」

 

視線がヒルダに向けられ、ヒルダもどこか強張った面持ちで口を噤む。

 

「お姉さま、そんな奴らに構うことないよ。こいつら裏切り者なんだし」

 

辛辣な口調で一瞥し、ゾーラに寄り添うクリス。二人もゾーラが目覚めたことに驚きはあったが、それよりも喜びの方が大きく、特にクリスはヒルダの件もあってか、以前よりもゾーラに執着するようになっていた。その理由を聞かされているだけに、当のゾーラもやや当惑していたが、肩を竦める。

 

「ロザリー、クリスを連れて先に行ってろ」

 

「え? で、でも……」

 

「どうして!?」

 

その指示に戸惑うロザリーを他所に、クリスはショックを受けたように縋るも、ゾーラは苦笑しながら頭をわしゃっと撫でる。

 

「いいから行け」

 

諭されるように告げられ、クリスは渋々と手を離し、やや強張った面持ちでロザリーがついて行った。それを見送ると、ゾーラは改めて視線を向ける。

 

「随分、愉快な状況になってるな」

 

「言い訳はしないよ、あたしがアルゼナルから出て行ったのは事実だしね」

 

相変わらずの喰ったような物言いに、ヒルダは素っ気無く返す。それに対し、やや嘆息すると、どこか重い口調で告げた。

 

「――知ってたさ。お前が外の何かを求めていたのはな」

 

その一言にヒルダが眼を見開き、息を呑む。

 

「お前を初めて見たときからな―――だから、忘れさせてやろうとしたのさ。無理だったみたいだがな」

 

自嘲するように肩を竦める。ヒルダが最初に第一中隊に配属された時、彼女の眼にあったのは生への執着だった。その奥には決然とした何かを宿しているとゾーラは一目で見抜いた。ヒルダの心はここにはない『どこか』を求めている―――だがそれは、もう決して手の届かないもの。

 

だからこそ、手篭めにした。忘れさせるために―――初めて知る事実にヒルダは顔を顰める。

 

「知ってたなら、なんで――あたしは、あんたを利用したんだよ!」

 

思わず叫ぶヒルダに、ゾーラは不適に笑う。

 

「言っただろ、忘れさせてやるって――ここが、私らの生きる場所だってな。結局、お前をそんな風に変えたのは私じゃないってのは少し悔しいがな」

 

視線がベッドに座るセラに向けられ、ヒルダはやや動揺したように萎縮する。そんなヒルダを横に、ゾーラはセラに話し掛ける。

 

「随分派手にやってたらしいな――配属前から、クセのある奴だとは思ってたが」

 

「褒め言葉としてもらっておくわ」

 

揶揄するような称賛に、素っ気無く一瞥する。

 

「起きてたなら丁度いい、メイルライダー全員に司令から招集が掛かった。お前らも格納庫に来い」

 

それだけ告げると、ゾーラは踵を返し、部屋を後にした。

 

(招集か―――なら、いい加減真実を語ってもらうわよ、司令)

 

心の中でそう決意を秘めると、不意に揺れたペンダントを持ち上げる。夢で視た光景―――断片的だったパズルが繋がり、ある『答』をセラに齎す。

 

激しくなる鼓動を落ち着かせるように、セラは眼を閉じる。

 

(私は……『セラ』よ―――)

 

己に言い聞かせるように強く握り締め、セラはベッドから立ち上がる。

 

「セラ、もう大丈夫なの?」

 

「ええ、司令がお呼びだしね」

 

気遣うナオミに首を振り、セラはアンジュを見やる。

 

「何……?」

 

戸惑うアンジュに、セラは静かに告げた。

 

「アンジュ――何があっても、私は『私』(セラ)よ」

 

「え……」

 

一瞬、何を言われたのか分からずに困惑するアンジュを横に、セラは部屋を出て行き、ナオミとヒルダが慌てて後を追う。

 

残されたアンジュは今のセラの言葉を反芻させる。小さな胸騒ぎが胸中に渦巻く。微かな不安を憶えながら、アンジュも後を追っていった。




いよいよ物語の核心に迫っていきます。

とはいいつつも、全然進まないな―――ミスティもいろいろ変わっていきます。結構オリジナルな要素が入ったりもしますので、ご容赦ください。

次回からいよいよ追憶編です。

セラの過去とアンジュの関係を少しずつ明かしていきます。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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