クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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デウス・エクス・マキナ

戦場に真紅の粒子が満ちる。

 

だがそれは、決して禍々しいものではなかった。命の輝きを魅せるかのような光を生み出す漆黒の天使の姿に誰もが魅入る。

 

全身を真紅の粒子で纏う天使:アイオーンのコックピットでセラが顔を上げる。不思議な感覚だった。初めて乗るはずなのに、なぜか身体に馴染む。

 

いや、それ以上に強く引きつけられる――セラの魂に同化するように。

 

 

「アイオーン―――いくわよ!」

 

 

考えるのは生き延びた後だ―――今は、この戦いを生き残るだけ。ならば、セラのやることはひとつだ。セラは操縦桿を引き、それに呼応するようにアイオーンが翼を拡げ、飛翔する。

 

突如として出現した謎の機体に茫然となっていたカナメとナーガであったが、黄龍號を守るべくアイオーンに向かって攻撃を始める。

 

携帯していたビームライフルを斉射して狙い撃つも、降り注ぐ弾雨のなかをアイオーンは流麗な機動で掻い潜る。途切れることのない灼熱の弾雨のなかを些かも怯まず、むしろビームの方が避けているのではないかと思えるほど、アイオーンの動きは群を抜いていた。

 

「なんだ、あの動きは――!?」

 

「なら、もっと距離を詰めて――!」

 

攻撃が当たらないことに驚愕したカナメが射程を狭めようと移動する。だが、いくら距離を変えようと、射角を変えようともビームはアイオーンを掠めることもなく虚空へと霧散していく。

 

(いける―――――!)

 

機動を繰り返す中でセラは機体に翻弄されることはなかった。いや、それ以上に彼女の感覚に馴染む、彼女の反応に追従してくれる―――アーキバスのような限界ではない、ヴィルキスのようなズレではない―――まるで一体化するような手応えにセラは操縦桿を握り締める。

 

アイオーンの右腕に装備されていた銃型の兵装『レーヴァティン』を構える。ビームを放つ碧の機体に向かって、機体を翻し、振り向きざまにセラはトリガーを引いた。

 

銃口から放たれた一撃は敵の熱線を正面から霧散させ、真っ直ぐに吸い込まれた。

 

「きゃぁぁぁぁつ!」

 

気づいた瞬間、碧の機体はビームライフルを握っていた右腕ごと粉々に撃ち砕かれた。もし、ビームで僅かに威力を相殺させていなかったら、ボディごと持っていかれたかもしれない。

 

その事実に慄くカナメにナーガが驚く。

 

「カナメ!? おのれ―――っ!」

 

相棒がやられたことに憤り、アイオーンを狙い撃つも、アイオーンの周囲に3つの飛翔体『アイギス』が飛び、上部に備わったシールドでビームを弾く。

 

「なんだ、あの性能は――!?」

 

予想を遥かに超える機体性能に圧倒されまいと、ナーガは接近戦を挑むべく急加速する。どんなに機動力があろうとも、接近戦なら分がある。

 

そう確信していたナーガに対し、セラも応じるようにアイオーンを加速させる。

 

「愚かな! このまま真っ二つにしてやるわ!」

 

相手の迂闊さに毒づきながらブレードを構える蒼にセラはレーヴァティンを振りかぶる。収納されていた刃が展開され、巨大な剣となる。

 

セラ自身も決して侮っているわけではない。それ以上にアイオーンの能力を信頼していた―――互いに吼える二機が交錯する。

 

繰り出された刃が交錯した瞬間、レーヴァティンの刃に灼熱の朱が走り、蒼のブレードを鋒から両断し、眼を見開くナーガにセラは止めることなく刃を滑らせた。

 

すれ違った瞬間、蒼の右腕は縦に真っ二つにされ、爆発がアイオーンの背後で起こる。

 

黒煙を纏いながら距離を取る蒼と碧のパラメイル―――機体性能と技量に助けられたというべきか、もし生半可な機体や腕だったなら、間違いなくあの一撃でやられていただろう。

 

嫌な実感が襲うなか、体勢を戻したリーファも驚きを隠せなかった。

 

「カナメ! ナーガ!」

 

二人の機体が瞬く間に戦闘不能にされたことに息を呑むも、アイオーンは黄龍號に狙いを変えて向かってきた。リーファは舌打ちしてファングを向かわせるも、アイオーンがファングを過ぎった瞬間、真っ二つに斬り裂かれて爆発する。

 

距離を取ろうと身を翻すも、アイオーンは瞬時に懐に飛び込み、レーヴァティンを一閃する。リーファは咄嗟に上半身を逸らすも、黄龍號のボディに一閃が刻まれる。

 

衝撃に呻きながらも、距離を取り、ファングを撃ち放つも、アイオーンは機動力を駆使して最小の動きだけで回避する。

 

「この機体は、いったい―――!?」

 

リーファ自身もその性能に思わず圧倒されるも、その間にアイオーンは距離を詰めてレーヴァティンを振り上げる。

 

そこへ熱線が過ぎり、アイオーンは動きを止めて距離を取る。ハッと顔を上げると、上空でバスターライフルを構える紅の機体があった。

 

「姉上!?」

 

「退がりなさい、リーファ! カナメ、ナーガも…この機体の相手は私がします」

 

割って入ったことに驚くも、その発せられた言葉にさらに驚愕する。

 

「危険です!」

 

「そうです、ここは我々に!」

 

カナメとナーガも主を危険に晒すまいとそう制するも、首を振る。

 

「いえ、この機体は私でなければ抑えられません。それに、あなた達も機体を損傷しています。ここは私に任せなさい」

 

まだ言い募ろうとした諌めを制し、紅の機体がアイオーンに向かう。

 

「その力――試させてもらいます!」

 

真っ直ぐに向かってくる紅の機体にセラも身構え、加速する。

 

紅の機体がバスターライフルを構え、発射する。それを添うように回避し、急加速するアイオーンがレーヴァティンを連射する。

 

弾雨のなかを掻い潜り、右腕のブレードを展開する紅にアイオーンもレーヴァティンを振りかぶり、互いに加速する。

 

激突するかのようなスピードで迫り、急接近と同時に互いに撃ち合い、熱線が機体を掠め合う。それを意にも返さず、インファイトに突入した二機は互いの刃を振り上げて交錯する。

 

激突の衝撃が周囲に拡がり、空気の波紋を拡げる。

 

鍔迫り合いで互いに退かぬなか、セラと少女は機体越しに気迫をぶつけ合う。同時に弾き合い、距離を取ると同時に紅がビームを連射する。

 

一射一射が正確な射撃だが、セラは避けることもせず正面に挑む。迫るビームをレーヴァティンの刃で斬り払い、ビームを掻き消していく。

 

「なっ!?」

 

その行動に少女だけでなく周囲もまた驚きに包まれる。その間にアイオーンは一気に紅に肉縛する。

 

「アンタの射撃は――『正確』すぎる!」

 

それ故に弾道は読みやすい。

 

振り下ろしたレーヴァティンを紅はバスターライフルを振り上げて携帯している刃で受け止める。互いにエネルギーがスパークするなか、紅は脚を振り上げてアイオーンを蹴り弾く。

 

再び距離を取りながら砲撃を交わし、機を見るや距離を詰めてのインファイトを繰り広げながら飛翔する黒い天使と紅の竜の演舞のような戦いに誰もが見入る。

 

いや、あまりに激しい戦いに誰も介入できずにいた。ヴィルキスに乗り移ったアンジュも、思わず茫然としていたが、やがてハッと我に返る。

 

「こうしちゃいられないわ――!」

 

前で同じく茫然となっているサリアの背中越しに操縦桿を握ると、強引に引き寄せる。アンジュが操縦桿を握った瞬間、不調だった出力がまるで枷が外れたように上昇する。

 

その反応にサリアは驚き、唖然となる。機体の出力が上がると同時にアンジュはサリアの股に手を入れ、突然のことにサリアが顔を赤くして動揺するも、アンジュは構わずサリアの身体を持ち上げる。

 

「ヒルダ!」

 

ヴィルキスをヒルダのグレイブの上につけると、呼びかける。

 

「今度は何?」

 

タクシー代わりに使われてやや不機嫌気味に返すも、次に出た言葉に素っ頓狂な声を上げた。

 

「落とすから拾って!」

 

「はあ?」

 

意味が分からずにいたヒルダの視界にヴィルキスから突如、サリアが放り投げられた。

 

「うわわわああああ~~!!!」

 

「ええ~~!?」

 

悲鳴を上げるサリアの姿に、ヒルダは慌てて機体を動かし、落下地点に回り込むと、空中でアタフタするサリアに手を伸ばし、何とかサリアをキャッチして後部に乗せる。

 

「はぁはぁ~っ! 別料金だぞ、バカ姫!!」

 

あまりの無茶振りに怒鳴るヒルダだったが、アンジュは笑みを浮かばせて、繰り広げられる戦闘を睨む。

 

「さ~て、やりましょうか!」

 

アルゼナルを好き勝手やられたことにさすがのアンジュも怒りを煽られた。なにより、もう少しで死ぬところだったのだ。脱走からの溜まっていた鬱憤、なによりセラを助けるために、アンジュはヴィルキスを駆逐形態へと変形させ、一気に機体を加速させる。

 

それに気づいたリーファがハッと顔を上げる。

 

「させはしない―――!」

 

姉の邪魔もだが、なにより数の上で不利になる。黄龍號もまた左手に薙刀を構え、機体を加速させた。制するナーガとカナメを無視し、黄龍號がヴィルキスに向かう。

 

気づいたアンジュがそちらに振り向く。

 

「邪魔をしないでっ!」

 

剣を抜き、加速するヴィルキスに黄龍號も左手の薙刀を回転させて構え、加速する。

 

「右腕がなくとも――!」

 

黄龍號は全身を使いながら右腕の破損を感じさせない動きで薙ぎ払う。それをかわしながら、ヴィルキスはライフルを斉射し、黄龍號を怯ませる。

 

間髪入れず突撃するヴィルキスが剣を振り上げ、黄龍號は薙刀の柄で受け止める。

 

「さっきと違う――!?」

 

ヴィルキスの出力が先程よりも上がっていることにリーファは息を呑む。

 

いったい何があったのか―――戸惑うリーファに対してアンジュは気迫を込めて押し切る。

 

「はぁぁぁっっ!」

 

強引に押し切り、黄龍號を弾き飛ばす。吹き飛ぶ振動に呻くも、すぐに体勢を戻し、バスターライフルを構えて連射する。

 

轟く熱線をヴィルキスは機体を回転させながら回避し、ライフルで応戦する。撃ち返される銃弾を黄龍號もかわしながら、ファングを展開する。

 

射出されたファングが縦横無尽に飛び、オールレンジでヴィルキスに降り注ぐ。

 

「うるさいのよっ、このハエがー!」

 

飛び回るファングに悪態をつき、ライフルで狙い撃つも、ファングは掠めることなくヴィルキスを翻弄する。黄龍號が翻弄されるヴィルキスに薙刀を振り上げて迫り、アンジュも剣を振り上げて受け止める。

 

鍔迫り合いを繰り広げながらアンジュとリーファが機体越しに睨み合う。

 

4体のパラメイルが繰り広げる戦闘は激しさを増し、戦場は誰もがその戦いに見入る。紅が放つバスターライフルにアイオーンもレーヴァティンを放つ。互いに放つ閃光が中央で激突し、相殺されたエネルギーが周囲に拡散し、爆発の華を咲かせる。

 

視界を覆われるなか、紅は別方向からの攻撃に気づき、身を翻す。アイオーンを守るように飛び交うアイギスがガトリング砲を斉射しながら紅を翻弄する。

 

そこへ飛び込むアイオーンがレーヴァティンを振りかぶり、紅は銃剣を振り上げて受け止めるも、熱を帯びた刀身によって、銃身が融かされ、真っ二つにされた。

 

「っ!?」

 

その光景に息を呑む少女だったが、バスターライフルが爆発し、怯む紅をアイオーンは蹴り飛ばす。

 

弾かれた衝撃で吹き飛ぶ紅の衝撃に呻く少女に、リーファ達が驚く。

 

「姉上!?」

 

「「姫様!?」」

 

苦戦する様に驚きは隠せないが、ゲート付近まで吹き飛ばされた紅は、体勢を戻し、少女は意を決して口を開いた。

 

「風に飛ばんel ragna 運命と契り交わして 風にゆかんel ragna 轟きし翼―――」

 

再び聴こえてきた歌にセラは息を呑む。

 

セラの予感を当てるように紅のパラメイルは旋律によって機体が再び黄金色に輝き出す。やがて、両肩が変形し、先程のアルゼナルを吹き飛ばした大出力砲の発射体勢に移行する。

 

それに気づいたリーファはヴィルキスを引き離し、ファングでヴィルキスのライフルを撃ち抜き、破壊して怯ませると距離を取り、後退する。

 

黄金に光る竜を眼前で対峙しながら見つめるセラの脳裏に、何かの映像が過る。

 

 

 

―――黄金色に輝く6体の天使…………

 

 

 

 

 

――破壊と創造の鍵………ラグナメイルの真の力を解放する唄よ――――

 

 

 

映像と同時に聞こえる声――ハッとするセラは、一瞬眼を閉じる。

 

(扉を開く―――鍵!)

 

眼を開いた瞬間、口を開いた。

 

「始まりの光 kirali…kirali 終わりの光 Lulala…lila―――」

 

突然唄いだしたセラにアンジュやナオミ達は驚く。だが、セラはまるで何かに取りつかれたように唄い続ける。やがて、セラのペンダントが光を発し、共鳴するようにコンソールが光る。

 

眼を見開くセラの前でコンソールに天使の紋章が浮かび、アイオーンがバイザーを輝かせ、咆哮を上げる。やがて、アイオーンもまた放出されていた真紅の粒子が増し、漆黒の装甲に別の輝きが走る。

 

全身を覆っていた黒衣がまるで洗礼されるように白銀の輝きを纏う。銀色に満ちるボディに真紅の粒子が舞い、アイオーンの胸部装甲が開き、その下から宝玉が現われる。

 

真紅の宝玉が輝き、両肩もまた大きく変形し、装甲の下に埋め込まれていた宝玉が輝く。

 

「セラ……? っ!」

 

戸惑っていたアンジュだが、ヴィルキスが何かに共鳴するようにモニターを明滅させている。紅と対峙するように向かい合うアイオーンが銀色に煌き、セラと紅から聞こえる唄声が戦場に満ちる。

 

アンジュは意を決して口を開いた。

 

「返さんel ragna 砂時計を 時は溢れん Lulala…lila―――」

 

唄いだすアンジュに第一中隊の面々は困惑するも、セラの唄声に重なるように紡がれる旋律によって、ヴィルキスに変化が起こる。

 

指輪が光り、コンソールが輝く。眼を見開くアンジュの前でバイザーを明滅させ、ヴィルキスもまた黄金に機体を輝かせていく。

 

両肩に変化が起こり、肩の装甲が変形してその下からアイオーンや紅と同じく宝玉が出現する。ヴィルキスの輝きに共鳴するように、アイオーンが反応する。

 

(アンジュ――)

 

(セラ――)

 

まるで意識下で繋がったかのようにセラとアンジュは互いの名を呼ぶ。ヴィルキスの輝きに呼応するようにアイオーンがより強く輝く。

 

ヴィルキスのパワーをまるで受け止めるかのように強くなる輝きが胸部の宝玉に灯り、両肩にエネルギーが収束する。

 

 

「「歌え…歌え いま二つの願いは 強く…強く 天の金色と月の銀色に煌めく 永遠を語らん……永遠へと――――」」

 

 

刹那、紅とアイオーンから閃光が迸り、解放されたエネルギーが真っ直ぐに進み、両者のエネルギーが中心で激突し、戦場は眩い閃光に包まれる。

 

真っ白な閃光に無意識に閉じていた眼を開く。気づけば、セラとアイオーンは不思議な空間に佇んでいた。警戒するセラだったが、ハッと顔を上げる。

 

ほぼ眼前に、あの紅のパラメイルが佇んでいた。お互いに元の状態に戻った二機はまるで互いを呼び合うように対峙し合う。

 

「なにゆえ、偽りの民が『真なる星歌』を……?」

 

紅から聞こえる声―――いや、それはまるで直接響いたように聞こえた。戸惑うセラの前で紅の機体の胸部ハッチが開き、コックピットから人影が姿を見せる。

 

黒い長髪を靡かせ、こちらを凛と見つめる少女の姿にセラが驚くも、やがて意を決してハッチを開放する。開かれたハッチから顔を出し、セラもまた少女に対峙する。

 

セラの姿に少女の方もどこか驚いたように表情を強ばらせるも、セラは相手を強く見据える。

 

「あなたこそ何者!? いえ、どうしてその歌を知っているの――破壊と創造の鍵を!?」

 

強く問い掛けるセラに少女は無言のままだった。暫し見つめ合っていたが、不意に少女の機体から小さな警告音が響き、意識を戻されると同時に不思議な空間も消えていた。

 

訝しむセラの前で、少女はどこか穏やかな笑みを浮かべる。

 

「刻が満ちる――か」

 

少女はそのままコックピットに戻り、セラが声を上げる。

 

「待ちなさい――!」

 

だが、その呼び掛けに応えることはなく、ハッチを閉じた紅のパラメイルはゆっくりと離れていく。

 

「真実は『アウラ』と共に―――」

 

「アウラ――何のことなの!?」

 

またそれだった。苛立ち混じりに叫ぶセラに、少女は最後の言葉を掛けた。

 

「またいずれ――『永劫の天使』に選ばれし者よ………」

 

その言葉を残し、紅のパラメイルの傍に仲間の三機が寄り、守るようにシンギュラーの彼方へと消えていった。続くようにドラゴン達がすべて退却し、光とともにシンギュラーは閉じた。

 

穏やかな空は、まるで先程までの戦闘を感じさせないほど澄み渡っている。だが、セラの心持ちは酷く掻き乱されていた。

 

敵の撤退を確認するパメラの声もまるで聞こえておらず、セラは無言のまま竜の消えた軌跡を凝視していた。

 

(真実――アイオーン………)

 

セラは複雑な面持ちのまま、今自身が乗る機体を見上げる。

 

「お前が……私を呼んだの―――?」

 

その問いに答えは返ってこない。

 

「セラ」

 

どれだけそうしていただろうか――不意に掛けられた声に振り返ると、ヴィルキスが傍に寄ってきた。

 

「大丈夫? その機体は何なの? それに、あの女は……?」

 

アンジュ自身も困惑していた。竜のパラメイル、それに乗っていた人間と思しき少女――そして、突如セラを助けた謎のパラメイル―――訊きたいことが山ほどあった。

 

だが、セラはどこか顔を苦く顰める。

 

「分からない―――私にも、なにがなんだ、か………」

 

不意に眩暈が起こり、視界が霞む。怪訝そうになるアンジュの前で真紅の粒子を放出していたアイオーンから粒子が消え、展開されていた装甲が元に戻っていく。顔が再びマスクに覆われると、セラは身体がよろめき、ハッチからバランスを崩す。

 

「セラ!?」

 

眼を見開き、慌てるアンジュの前でハッチから落ちたセラをアイオーンが静かに手を差し出して受け止める。静かに滞空するアイオーンの手に倒れるセラにアンジュは恐る恐るヴィルキスでアイオーンを掴み、機体を固定すると、ヴィルキスの片手をアイオーンの手の傍へと寄せ、ハッチを開く。

 

機外へと出ると、アンジュは腕を伝ってセラの傍に駆け寄り、身を起こす。微かな寝息が聞こえ、一安心するも、アンジュは難しげにセラを見ていた。

 

「セラ――あなたはいったい、何なの………?」

 

アンジュはどこか不安気に眠るセラを見るのだった。

 

 

 

 

 

 

昼間の激しい戦闘が終わり、アルゼナルは再び静けさに包まれていた。だが、多くのノーマが死に、施設も半壊という被害を被った。

 

被害の把握に勤しむパメラ達に後を任せ、ジルは一人夕闇に染まる丘でアルゼナルを見つめていた。大きく抉れたアルゼナルの様を憮然と見ていたジルに声が掛けられた。

 

「やれやれ、散々たる有様だね」

 

「まったくだ、ここまで被害を受けたのは初めてだよ」

 

ジルが振り返ると、マギーとジャスミンが静かに歩み寄ってきた。

 

「だが、それに見合うだけのものは手に入れた」

 

そんな感傷すら一瞥し、ジルは徐に煙草に火をつけた。煙が舞うなか、どこか難しげに、そしてどこか嫉妬めいた表情を浮かべる。

 

「最後の鍵は、『歌』か――」

 

煙を吐き出し、ジルは小さく肩を竦める。

 

「セラの奴はどうした?」

 

投げやりに問い返すと、マギーも苦笑を浮かべる。

 

「単に疲れただけさ、暫く寝てりゃ眼も覚めるよ。しかし驚いたね~前々から不思議な奴だったけど、あんな隠し玉を持ってたなんてね」

 

収容後、意識を失っていたセラにアンジュやナオミなどは動揺していたが、確認すると単に疲労が出ただけのようだった。今は医務室で寝かされており、アンジュ達が付いている。

 

だがそれ以上に、セラを助けるように出現した謎のパラメイルに誰もが疑問を浮かべ、ジルもそれは気に掛かっていた。

 

あのドラゴン側のパラメイルを圧倒する性能――もしかしたら、真の力を解放したヴィルキスと同等かそれ以上。それ故に疑問も浮かぶ。

 

「ジャスミン、例の機体は?」

 

「今メイ達が調べてるところさ。その結果待ちだね」

 

ヴィルキスが意識を失ったセラと機能を停止したアイオーンを伴って帰還後、メイ達はアイオーンの調査に掛かっていた。

 

「とはいっても、そう簡単にはいかないかもしれないねえ」

 

苦くどこか沈痛な面持ちを浮かべるジャスミンに煙草を噴かしていたジルが睨むように告げる。

 

「ジャスミン――いい加減に隠すのはやめろ。貴様は知っていたはずだ、『セラ』の秘密をな」

 

睨むジルにジャスミンは苦々しく頭を振る。

 

「悪いけど、あたしも知らなかったさ――あいつにあんな大きな秘密があるなんてね」

 

「なら、知っていることを話せ。これ以上、黙っていることは許さん」

 

有無を言わせぬ口調で問い詰めるジル。これまで何度か核心を探るようにしていたが、その都度煙に巻かれていた。だが、今度ばかりはさすがに有耶無耶にするわけにはいかなかった。

 

「―――分かったよ」

 

ジルの圧力を受けていたジャスミンが静かに告げる。

 

「だけど、条件がある。アンジュ達にも伝える。無論、『リベルタス』のこともだ。これ以上、黙っておくわけにはいかないからね」

 

だが、その表情が微かに険しくなり、そう伝えると、ジルが反論しようとするが、マギーが口を挟んだ。

 

「それはそうとジル、いい話と悪い話があるんだけど――どっちから聞きたい?」

 

からかうような口調だが、面持ちがどこか強ばってるいるのを察したジルは毒気を抜かれ、肩を竦め返す。

 

「ジャスミン、その話は後だ。マギー、どっちからでも構わん。これ以上に悪い話などそうはないと思うがね――」

 

「なら悪い方から……プラントがやられた」

 

崩壊した区画を一瞥していたジルもその一言には微かに動揺する。神妙な面持ちで煙草を離すと、口を噤む。

 

「そうか―――で、もう一つは?」

 

「ああ、それはね―――」

 

「いやー…久しぶりに眼が覚めたら、随分酷いことになってるねぇ」

 

マギーの言葉を被せるように聞こえた声にジルが先程よりも驚きを隠せず、反射的に声のした方角に振り返った。夕闇に染まる丘を、杖をついて歩いてくる影。微かな逆光を浴びているが、それでもそのシルエットは見間違えるはずもない。

 

「ゾーラ―――」

 

ジルは驚きと戸惑いを秘めた声で、その人影を呼んだ。呼ばれた人物―――第一中隊の元隊長であったゾーラは徐に不敵な笑みを浮かべながら、小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇に微かな照明が灯る。まるで中世の石造りのような階段を一人の青年の男が下りていた。静寂に満ちる空間は一切の物音すらなく、外界と完全に切り離されたような錯覚を覚える。そんな静寂に男の足音だけが響いていた。

 

やがて、青年が降り立ったのは、地下に広がる空間だった。壁面に備えられた部屋と思しきくぼみには鉄格子が張られており、檻を形成していた。複数の檻が並ぶも、一切の気配がない。そんな通路を無言で歩く青年の顔はどこか屈折したような笑みを浮かべている。

 

通路の奥に面した檻の前に到着すると、徐に檻に向かって声を掛けた。

 

「ご機嫌いかがかな、陛下? いや、今はそうではありませんでしたな―――ジュライ・飛鳥・ミスルギ元皇帝」

 

揶揄するような口調で発した先――檻の奥に備えられた簡素なベッドの上には、一人の人影が静かに座っていた。青年に気づいた人影がゆっくりと顔を上げる。

 

「エンブリヲか―――貴様と話すことはない」

 

顔を上げた人影はぼさぼさに伸びた髪と髭をし、囚人服のような質素なものを着せられていたが、その眼光は在りし日の威厳を微かに感じさせる。そこに座っていたのは、ミスルギ皇国の元皇帝、ジュライ・飛鳥・ミスルギだった。

 

エンブリヲと呼ばれた青年は些か気分を害したように苦く笑う。

 

「ご挨拶ですね、私が助けなければ、あなたは実の息子に殺されていたというのに――」

 

肩を竦めるエンブリヲだが、ジュライは無言のまま憮然と奥から睨んでいる。

 

「まあいい、別にあなたを嘲笑いに来たのではない。今日は別の話をしましょう―――15年前、あなたとソフィア皇后が捨てた『月の姫』が、遂に『永劫の天使』を覚醒させましたよ」

 

「な、何と――!?」

 

その言葉に初めてジュライの顔に動揺が浮かび、腰を浮かして狼狽する。その様にエンブリヲは小さく笑う。

 

「なにを驚かれる? あなた方がそれを知った上で捨てたというのに――」

 

その言葉にジュライの貌が苦く歪む。手を強く握り締め、震わせていることからも胸中が穏やかでないのは一目瞭然だった。

 

「『アウラ』に唆されましたかな…ですが、私の知り得ないことなどないのですよ」

 

優越を感じさせるように告げ、高らかに笑う。

 

「1000年、待ちましたよ――『彼女』の造り上げた『次元連結システム』とリンクできる適合者が現われるのを。私に必要なパートナーが現れるのをね」

 

内にこみ上げる歓喜を隠そうともせず、エンブリヲは笑い、踵を返す。

 

「ああ、そうそう――間もなく、ジュリオ君がアルゼナルに向かうそうです。感動の再会が期待できるかもしれませんね」

 

眼を驚愕に見開き、奥歯を怒りに噛み締める。

 

「この悪魔め――!」

 

思わずそう罵倒するジュライに、エンブリヲはどこか興味深そうに顎に指を這わせる。

 

「悪魔――そう呼ばれたのは初めてですよ。ですが、あまりに平凡で面白みがない―――それに、私は神でも悪魔でもない……『調律者』ですよ」

 

己の存在を誇示するようにエンブリヲは揺るがない自尊心を見せつけながら檻を後にしていった。離れていく背中にジュライはまるで全身から力が抜けるように、ベッドに座り込む。

 

徐に懐に手を入れ、内ポケットから古びた懐中時計を取り出す。手の中で蓋を開けると、時計の裏蓋には一枚の写真が貼られていた。

 

自身と亡き妻であるソフィア、そしてソフィアの手のなかには二人の赤ん坊が抱かれていた。その写真を哀愁を漂わせながら見つめるのであった。

 

「アンジュリーゼ……セラフィーナ―――」

 

沈痛な面持ちで呟く声は、まるで懺悔に満ちているようだった。

 

 

 

 

 

 

数日後、アルゼナルに向けて神聖ミスルギ皇国の艦隊が発つ。だが、この艦隊に課せられた真の目的を理解している者は誰もいなかった。

 

唯一理解しているのは、それを画策した者のみ―――――

 

 

―――真の目的は、ラグナメイル『アイオーン』と適合者である『本来』のミスルギ皇国第二皇女、ミスルギの記録から消されし月の姫『セラフィーナ・斑鳩・ミスルギ』の確保…………




ドラゴン編、別名アイオーン覚醒編もこれで終了です。

ようやくゾーラさんも目覚め、主だった登場人物も出揃いました。今回、セラの秘密を一部公開しました。

概ね予想された方も多かったかと思いますが、何故そうなったかはまだまだ明かしていません。

いよいよ第一部最後のアルゼナル崩壊編です。

アンケートで取っていたように、これから敵味方に分かれ、数人サブキャラも出る予定ですので、お楽しみにしててください。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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