クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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アイオーンの鼓動

シンギュラーから出現した謎の竜のパラメイルから放たれた閃光が、第二、第三中隊を呑み込み、アルゼナルに直撃する。

 

射線上から離れた位置にいたセラやナオミはなんとか巻き込まれずに済んだが、閃光に視界を覆われ、一瞬眼を閉じる。

 

光が収まり、開けた視界に飛び込んできたのは、半分近くの区画を抉り取られた無残なアルゼナルの姿だった。

 

「せ、セラ…アルゼナルが………」

 

そのあまりに現実離れした光景に、ナオミは絶句し、声が裏返っている。いつも見ていたアルゼナルの半分近くが一瞬で消し飛んだのだ。

 

動揺するなと言う方が無理だ。セラ自身もそれは隠せなかった。だが、歯噛みしながらも思考をなんとか引き戻す。

 

ここで呑まれては、殺られるのはこちらだ。セラはアルゼナルを一瞥し、空を見上げる。ゲート付近に滞空する真紅の機体は、黄金に染まっていた姿が元に戻っている。

 

(アレは……『アレ』を私は…識っている―――)

 

先程のあの竜巻状の閃光―――何故かは分からない。だが、アレはすぐには撃てない―――そう確信すると、セラは操縦桿を引き、アーキバスをゲートへ向けて加速させた。

 

「セラ!?」

 

その突然の行動に茫然となっていたナオミも我に返る。

 

「セラ、待って!」

 

ナオミも急ぎ機体を翻し、セラの後を追う。アルゼナルを吹き飛ばした瞬間、後退していたスクーナー級が再び進撃を開始した。

 

第二中隊のマーカーはすべて消えている。第三中隊も隊長以下、数名のIFFが消滅している。残っているのは数機のみだ。

 

だが、それもあの敵パラメイルの攻撃と味方機のロストで恐慌状態に陥り、まともな行動が取れていない。混乱と恐怖に染まり、残存機はもはや追われるだけの存在になっていた。

 

立場が逆転したドラゴンは容赦なく襲いかかろうとし、悲鳴を上げるライダーだったが、横殴りに撃ち込まれた銃弾にスクーナー級は血飛沫を上げて堕ちる。

 

呆気に取られるライダーの前に漆黒のアーキバスが飛び込み、銃弾をばら撒きながらスクーナー級を牽制する。

 

「こちら第一中隊セラ! 残存機に告ぐ、ただちにアルゼナルに後退しろ! 今のオマエ達では無駄死にするだけだ!」

 

辛辣な言葉だったが、もはや反論することもなく、ライダー達は僅かに見えた光明に縋るように頷く。

 

『りょ、了解!』

 

一斉に後退するのを一瞥し、セラはドラゴンを睨む。殺到するスクーナー級に怯むことなく、対峙する。ライフルをばら撒くように放ちながら、スクーナー級を撃ち落とし、剣で斬り裂いていく。

 

狙いなどつける必要もないが、数の多さだけは覆せない。仲間が倒されていることに怯むことも臆することもなく、迫るスクーナー級が四方八方から包囲するように襲い掛かり、舌打ちした瞬間、背後から迫っていたスクーナー級が撃ち落とされた。

 

ハッとすると、その後方からナオミのグレイブが真っ直ぐに向かってきた。

 

「ナオミ!?」

 

「セラ!」

 

眼を見開くセラの背後に回り、背中合わせに滞空する。

 

「セラ、大丈夫!?」

 

「バカ、戻りなさい! 死ぬわよ!」

 

こんな状況で人の心配をするナオミに思わず毒づく。正直、状況は最悪だ。誰かが時間を稼がなければ、このままではアルゼナルは壊滅する。

 

幸いにフライトデッキを含めた工場区画はまだ残っている。なら、待機している第一中隊が発進する時間を稼げればまだ希望はあるが、そのためにはここで敵を引きつけておかなければならない。

 

危険な状況に巻き込むことをよしとせず、そう叫ぶセラに、ナオミは首を振る。

 

「絶対に嫌だ! あの時と違う、今度は私がセラを助けるんだ!」

 

ナオミの脳裏に初めてパラメイルに乗って出たあの日が甦る。あの時もこんな状況だった――初めてのドラゴンとの遭遇に慄くばかりだったあの時、セラに助けてもらえなかったら今ここにこうしてはいられなかったかもしれない。

 

だからこそ、ナオミは強くなろうとした―――セラを守れるように……セラの背中を守れるように。その決意を秘めるナオミの頑なな態度に、セラは口を噤む。

 

「ホント―――どこまでもバカなんだから、アンタも」

 

思わず呆れた面持ちで肩を竦めると、ナオミもどこか笑い返す。

 

「最高の褒め言葉だよ――それに、『死ぬ』つもりなんてないよ。そうだよね、セラ?」

 

そう返され、セラは一瞬眼を瞬き、こんな状況だというのに小さく失笑する。まさかそうナオミに言われるとは思ってもいなかった。

 

「―――当然、死ぬつもりはないわ……サリア達が来るまで、持たせるわよ!」

 

「うん!」

 

次の瞬間、ドラゴンの一斉攻撃に機体を旋回させ、二機は攻撃をかわす。同時にライフルを構えて斉射し、ドラゴンを撃ち落とす。

 

「ナオミ、できる限り回避に徹しなさい!」

 

なにせ、残りの弾と敵の数はまったく合わない――無駄撃ちをする余裕などないのだ。 

 

「わかった!」

 

セラとナオミは互いにフォローし合いながらドラゴンの大群に向かっていった。

 

 

 

 

砲撃を終えた紅の機体は肩の形状が戻ると、機体各所から微かな排気熱が漏れる。

 

「収斂時空砲、テスト完了――ですが、やはりまだ不安定ですね」

 

紅の機体のコックピットで、艶やかな黒髪を靡かせる少女がどこか顰めた面持ちで呟いた。先程の砲撃で、機体のシステムが僅かにエラーを起こしている。やはり、そう簡単に使いこなせるものではなかった。

 

「姫様、機体の調子は?」

 

「問題ありません。ですが、少しシステムに不調が見られます」

 

「ならば、その間は我らが護衛します。後は、他の者に――」

 

紅の機体の周囲に滞空していた同型の蒼と碧の機体に搭乗する者がそう口にした瞬間、一番前で滞空していた山吹の機体から声が上がった。

 

「大変です、アレを……!」

 

指差す先に視線を向けると、配下のドラゴン達の進攻を二機のパラメイルが防いでいるのは見て取れた。先程の砲撃で展開していた敵機動兵器はほぼ消し飛ばした。相手方の基地も半分以上を吹き飛ばし、並の者なら戦意を喪失してもおかしくないと状況だというのに、たった二機でこちらの進攻を防いでいる光景には驚嘆する。

 

「たった二機で抵抗するとは……」

 

「敵ながら見上げた心意気――だが!」

 

「これ以上、同胞を死なせるわけにはいかない――黄龍號、参ります!」

 

山吹の竜の機体:黄龍號がスラスターを拡げ、戦場に向かって加速しようとする。

 

「待ちなさい、リーファ!」

 

「御心配は無用です、姉上!」

 

制止を振り切り、黄龍號は加速して戦場へと向かった。その姿に顔を顰め、小さく嘆息する。

 

「まったくあの子は…カナメ、ナーガ! あなた達はリーファのフォローをお願いします」

 

「し、しかし…」

 

「私は大丈夫です。あの子は少し熱くなると回りが見えなくなりますから、お願いします」

 

「はっ、承知しました!」

 

躊躇うのを説き伏せ、頷くと蒼と碧の機体もまた動き出し、先行する黄龍號を追って降下していった。

 

ドラゴンの大群に多勢に無勢の状況のなか、セラとナオミはなんとか耐えていたが、徐々に動きに精彩が欠けてくる。このまま戦闘を継続するのは無謀だ。

 

後退するべきなのだろうが、ここで自分達が引けば、間違いなくアルゼナルは内部から取り付かれて崩壊する。

 

(せめて、ヴィルキスがいてくれたら……!)

 

あの敵パラメイルと渡り合うには、ヴィルキスの力が必要になる。とはいえ、アンジュはまだ反省房の中だ。幸いにあの区画は吹き飛ばされたのと反対側だ。無事でいると思いたいが、反省房から出られなければ意味がない。

 

考えれば考えるほど手詰まりだ――ナオミには『死ぬ』つもりなどないと言い切ったが、肝心の状況を打開する策が浮かばない。

 

できるとしたら、サリア達が出撃するまで時間を稼ぐだけ――また一体のスクーナー級を剣で斬り捨てると、レーダーが別の接近を告げる警告音を発する。

 

「!?」

 

ハッと顔を上げると、上空で待機していたパラメイルが降下して来た。

 

「またアンタ……!」

 

その山吹の機体に毒づき、セラが銃口を向けて発砲すると、黄龍號は軽やかにかわし、背中に背負っていたロッドを掴みとり、それを回転させながら構える。

 

次の瞬間、ロッドの先端に鋭利な刃が展開され、薙刀となり、その鋒を向ける。

 

「やらせるかっ!」

 

セラは近づけさせまいと銃弾を放つ。黄龍號は薙刀を回転させて銃弾を弾き、一気に加速する。振り上げる薙刀に機体を後退させる。

 

距離を空けると同時に銃弾をばら撒くように放ち、動きを牽制する。刹那、セラは操縦桿を引いて機体を加速させる。

 

アーキバスが剣を抜き、黄龍號に迫る。

 

「迂闊な!」

 

リーファは相手に毒づきながら薙刀をカウンターで突き出す。セラは寸前で機体を旋回させ、鋒をかわす。眼を見開くリーファに向けて、機体を回転させながら横殴りに剣を叩き込んだ。

 

衝撃に呻くなか、リーファは奇妙な既視感を憶える。

 

「この動きは――あの時の!」

 

脳裏に、先日のこの世界へのテストで訪れた記憶が呼び起こされる。今の動きはあの時の『ビルキス』が見せた機動と同じ―――なら、この機体の操者はあの時のパイロットか。

 

「カリは返させてもらいます! 『ファングシステム』スタンバイ!」

 

コンソールを叩き、黄龍號のシステムを起動させる。刹那、スラスターが拡がり、それに連動して脚部の外部ハッチが開く。

 

「いきなさいっ! ファング!」

 

次の瞬間、黄龍號から複数の飛翔体が射出され、空中に舞い上がる。突然の展開に息を呑むセラの前で飛び出した飛翔体が一斉にアーキバスに迫る。

 

縦横無尽に光熱を発射し、包囲する攻撃にセラは機体を反射的に回避させる。無数の閃光の軌跡がアーキバスの周囲に描かれ、掠めた熱が装甲を融かす。

 

「誘導兵器!? まずい!」

 

回避に徹しながらセラは歯噛みする。今の機体装備では分が悪い。以前の戦闘から考えて、もっと火力を増強しておくべきだったのだが、今更だった。

 

「なら――!」

 

セラは瞬時に機体を旋回させ、スラスターを噴かせて加速する。黄龍號は近づけさせまいとファングの攻撃を集中させるが、走る火線の中を機体が傷つくことも構わず真っ直ぐに進む。

 

思った通り――この一撃一撃には致命傷を与えるだけの威力がない。無論、ダメージが無いわけではないが、下手に逃げ回るよりもダメージは少ない。

 

加速しながらアーキバスは剣を抜き、黄龍號も薙刀を構えて応戦する。

 

互いに加速しながら相手に向けて刃を振るい、交錯の衝撃で弾き飛ばされる。互いに蛇行するなか、歯噛みして機体を戻し、再加速する。

 

激突するかのようなスピードで交錯し、衝撃音が周囲に木霊する。セラは吠えながら、剣の鋒を構え、相手のコックピットを貫こうとフルブーストする。

 

黄龍號も薙刀を構え、突撃するアーキバスにカウンターで突き出す。接近戦ではリーチが長い方が有利なのは道理―――セラも百も承知だ。

 

アーキバスの左腕を咄嗟に突き出し、カウンターで返された鋒を受け止めるように伸ばす。機械の破砕音とともにアーキバスの左腕が両断され、リーファが眼を見開く。

 

「なっ……!?」

 

相手の行動に一瞬戸惑い、眼を見開く。

 

その隙を逃さず、セラは犠牲となった左腕をパージし、一気に相手の懐に飛び込み、剣を薙いだ。反応の遅れた黄龍號はその衝撃をモロに受け、吹き飛ばされた。

 

セラが追撃しようとするが、そこへ別の攻撃が割り込み、機体を後退させる。吹き飛ぶ黄龍號を守るように降り立つ蒼と碧の機体に、セラは小さく舌打ちした。

 

 

 

 

セラとナオミが必死に交戦するなか、アルゼナルでは混乱が渦巻いていた。基地施設の半分近くが消滅し、生きている区画の確認と同時に状況の把握に臨時司令部は手一杯だった。

 

さらには取り付いたドラゴンが基地内部に侵入し、アルゼナルの至るところで銃撃が轟き、ドラゴンの死骸と喰いちぎられたノーマの死体が横たわり、血の赤が施設を染める凄惨な光景を作り出していた。

 

「第二中隊、エレノア隊長以下すべてのIFF消滅! 第三中隊もベティ隊長以下4名のIFFが消えました!」

 

「アルゼナル、全施設の58%が機能停止!」

 

「保安部隊の通信が途絶! 回線回復しません!」

 

緊急の設備しか備わっていない壕のようなこの場所では、状況確認もままならず、パメラ達は必死に状況把握に努めるも、混乱のため正確に状況を把握するのも困難だった。

 

そんな中、ジルはスコープで上空の戦闘を確認していた。シンギュラーより出現した謎のパラメイルの攻撃によってアルゼナルはほぼ機能を麻痺させられた。

 

ジルも動揺を隠せなかったが、敵のパラメイルとセラが戦闘に突入したのを確認し、小さく舌打ちする。今はまだ、セラを失うわけにはいかない。

 

すぐに決断すると、ジルはパメラ達に向かって声を張り上げた。

 

「総員に通達! 生き残っている者は中央へ後退! 指揮系統は第一中隊に集約、パラメイル第一中隊出撃準備!」

 

『イ、イエス・マム!』

 

動揺していたパメラ達もその命令に気持ちを落ち着かせ、すぐさま全要員の退避と第一中隊へのスクランブルをかけた。

 

ジルの命令を受けた整備班は、収容した第三中隊のパラメイルの消火作業もそこそこに第一中隊の出撃準備を進める。

 

機体にスタンバイするなか、一同の顔は硬い。これまでにないドラゴンの攻勢に加えて、敵側にパラメイルがあると聞かされれば、動揺するなという方が無理だろう。

 

おまけに、不時着同然に戻った第三中隊の生き残りのライダー達は恐怖に怯え、もはや予備機に乗り換えて再出撃もできないほどだった。

 

それだけ相手の不気味さに緊張を隠せないなか、サリアの号令で全員がパラメイルに搭乗する。カタパルトにはドラゴンの死骸が乱雑しているが、それを除去する余裕もない。

 

「サリアちゃん、セラちゃんとナオミちゃんは?」

 

二人が戻っていないことに、最悪の展開を予感したものの、サリアが頭を振る。

 

「二人は無事よ…彼女達が第三中隊を後退させてくれたらしいわ。敵と交戦中のようだから、急いで合流するわ!」

 

『イエス・マム!』

 

二人の無事に一同は安堵し、気を引き締める。セラが出撃時に漏らしていた通り、もしパラメイルを喪っていたら成す術もなく、第三中隊も全滅していたかもしれない。

 

相変わらず、状況の認識と予見には敬服する。やがて、第一中隊のパラメイルを載せたカタパルトが発進ゲートへと向かう。

 

台座には主不在のヴィルキスとヒルダのグレイブもあるが、この状況では戦力に数えられない。サリアはどうフォーメーションを展開するか思考を巡らせるなか、ジルからの通信が入った。

 

《サリア、聞いての通りだ。残存するパラメイルの指揮権をすべて貴様に移譲する》

 

その指示に小さく息を呑む。指揮系統の統一のためだろうが、現状はあまり意味のないものでしかない。特に反論もなく頷こうとするが、次の言葉に息を呑んだ。

 

《それと、アンジュとヒルダを原隊復帰させろ。ヴィルキスでなければ、あの機体は抑えられん。アンジュを乗せるんだ》

 

淡々と告げられた内容に唇を噛む。またアンジュなのか――沸き上がる嫉妬を抑え切れず、サリアは思わず口を開いた。

 

「だったら…私がヴィルキスで出るわ!」

 

そう――アンジュなど必要ない。彼女にヴィルキスは渡さない。だが、サリアの意思を制するように冷淡なジルの声が響く。

 

《黙れ! 今は命令を実行しろ!》

 

響く恫喝がサリアの内にあった大切なものを傷つけ、サリアは悔し涙を浮かべる。

 

「私じゃ…ダメなの? ずっと、あなたの力になりたいって思ってた……ずっと、ずっと頑張ってきたのに! なんでアンジュなの? なんであんな子なのよ! ちょっと操縦がうまくて器用なだけじゃない! 命令違反して、脱走して、自分勝手な奴なのに! どうしてよ!?」

 

これまで抑え込んできた感情が爆発し、吐露するサリアだったが、次にジルの放った言葉は、サリアへの否定だった。

 

《――そうだ》

 

「バカにしてっ……!」

 

愕然となった瞬間、サリアはアーキバスから降り、後方の機体へと向かって駆けていった。

 

(見てなさい! 私の方が優れてるって思い知らせてあげるわ!)

 

悔しさと怒り、それがごちゃ混ぜになりながら、サリアは止めようとするメイを振り切り、『ヴィルキス』へと飛び乗った。

 

 

 

 

セラのアーキバスに蒼と碧の機体が仕掛け、セラは舌打ちして後退する。

 

(さっきので仕留めきれなかったのは痛恨の極みね!)

 

思わず自身に毒づく。

 

左腕を犠牲にしてまで相手の懐に飛び込んでの一撃は最大のチャンスだった。だが、相手の装甲を僅かに打撃させただけで致命傷には至らなかった。

 

もう二度は使えない上、片腕を喪った以上、さらに同型の二機を相手にするのは難しかった。

 

「セラ!」

 

回避に徹するセラにナオミが悲痛に叫ぶ。だが、援護に向かいたくてもスクーナー級の包囲が厚く、抜け出せない。いや、それより早くナオミがやられるかもしれない。

 

既に弾も尽き、なんとか攻撃をよけている状況だ。精彩をなくすナオミのグレイブにスクーナー級が体当たりをし、機体を怯ませる。

 

そこへ一匹が口を開けて襲い掛かり、ナオミが悲鳴を上げる。刹那、迫っていたスクーナー級は直下から放たれた銃弾に撃ち抜かれ、血飛沫を上げて落下していく。

 

ハッと視線を向けると、アルゼナルから上昇してくるパラメイル群が見える。モニターには、『第一中隊』のIFFが表示されていた。

 

「ナオミ!」

 

「無茶して!」

 

「ナオミちゃん、あなたは一度後退して!」

 

ココやミランダの安堵と心配の声が響き、エルシャの冷静な声に気持ちが僅かに落ち着く。そうこうしている間に、第一中隊は銃火器で周囲のスクーナー級を排除し、一気に上昇する。

 

「ここから先は私達が引き受けたナリー!」

 

こんな時でも陽気なヴィヴィアンの威勢に場違いな安堵が浮かぶ。その時、ナオミの横をヴィルキスが通過し、一瞬見えたコックピットに思わず眼を瞬く。

 

「サリア……?」

 

見慣れたアンジュの姿はなかった。そこには、本来ならいないはずのサリアの姿があったのだ。やがて、ヴィルキスは先行するようにセラ達のいる宙域に向かっていく。

 

攻撃を回避するセラは、一定の距離を保ちながら相手の動向を観察する。

 

(こいつらには奴と同じ『アレ』がない……?)

 

あの紅い機体から放たれた大出力砲―――もし、同じものがこの同型3機にも搭載されているとしたら、間違いなくアルゼナルは跡形もなく消し飛ばされていただろう。だが、あの一発のみでドラゴンによる進攻を再開したことからも、この3機には搭載されていないと見るべきだろう。

 

(護衛用の機体? なら、やはりあの紅い奴を仕留めないと……!)

 

このままではジリ貧だ。いくらセラでもこれ程の質と量で差を付けられていては、どうしようもない。だが、敵の中核があの紅い機体なら、あれを墜とせば流れはこちらに向く。そのためにも、やはりヴィルキスがいなければ―――その時だった。

 

レーダーが接近する友軍のIFFを捉えた。斬りかかって来た蒼の機体をいなし、蹴りで弾いて距離を取ると確認に眼を走らせる。

 

「ヴィルキス? アンジュ!?」

 

機体マーカーに表示された機体名に思わず声を上げる。反省房から出られたのだろうか――この際理由はどうでもよかった。

 

この局面を乗り切るにはヴィルキスの力が必要だ。

 

「アンジュ、聞こえる? 悪いけどこっちに合流――」

 

「――アンジュは来ないわ」

 

「サリア!?」

 

通信を開いたセラの耳に飛び込んできたサリアの声に息を呑む。驚愕する間もなくサリアの乗ったヴィルキスがライフルを放ちながら迫り、銃弾に敵パラメイルが散開する。

 

「サリア、何でアンタがヴィルキスに!?」

 

思わず通信に向かって叫ぶと、サリアの不機嫌そうな声が返ってきた。

 

「これは、『私』の機体よ!」

 

そう主張するサリアの態度に戸惑う。

 

《サリア、何をやっている!? 今すぐ戻れ、命令違反だぞ!》

 

通信からは珍しく焦ったようなジルの声が響く。図らずもその内容を聞いたことで、サリアがヴィルキスを勝手に持ち出したことを察した。だが、サリアはジルに対して言い返す。

 

「黙って! 分かってないから…分からせてあげる! アレクトラの代わりに――私が!」

 

一方的に通信をカットするサリアはそのまま滞空するドラゴンのパラメイルに突撃を仕掛けようとし、セラは舌打ちして後を追う。

 

既に推力も落ちているアーキバスだったが、ヴィルキスの横につけた。その事実にセラは確信を得る。

 

「サリア! 今すぐ戻りなさい! アンタにヴィルキスは無理よ!」

 

セラが叫ぶと、サリアは小さく唇を噛む。

 

「アンタもアンジュなの?」

 

「はあ?」

 

「なんでみんなして、あんな奴ばかり―――!」

 

悔しそうに歯噛みし、サリアはムキになったようにヴィルキスを加速させる。

 

「サリア! あのバカ……!」

 

何があったか知らないが、今の精神状態ではまともに戦うことはできない。さらに『ヴィルキス』に乗っているという最悪の状況だ。

 

もしヴィルキスが正常に稼働しているなら、今のアーキバスでは追従するのも困難なはずだが、セラの予想通り、ヴィルキスはどこかフラつきながら飛行している。サリアの腕が悪いわけではない――彼女には無理なのだ。

 

パラメイルを守るように飛び込んでくるスクーナー級に機体を掠められ、サリアは変形させようとするも操縦桿が動かず、またギアもブレーキがかかったように重かった。

 

「どうして…? きゃぁぁっ!」

 

戸惑うサリアだったが、体当たりを仕掛けるスクーナー級の突撃を受け、機体が失速する。追い打ちをかけようとするスクーナー級にセラが機銃を放って撃ち落とし、サリアに呼びかける。

 

「サリア! 操縦桿を上げて!」

 

セラの言葉に反射的に操縦桿を上げ、ヴィルキスはなんとか浮上する。

 

おかしい―――サリアは困惑を隠せなかった。どうして…何故アンジュの時ほどの機動力が出ない。どうしてこんなに操縦桿が重いのだ。その現実が、サリアの内にジルの言葉を過ぎらせる。

 

お前には無理だ……と――サリアは首を振る。

 

違う、と…必死に否定しようとするサリアにセラが憤るように叫ぶ。

 

「サリア! いい加減にしなさい! 死ぬわよ!」

 

「うるさい! どうして…どうして私には無理なのよ!?」

 

癇癪を起こしたように叫ぶサリアに、セラは小さく唇を噛み一瞬躊躇うが、それを呑み込んで叫び返した。

 

「アンタは『鍵』を持っていない! ヴィルキスを動かすための『鍵』を……!」

 

「か、ぎ……?」

 

初めて聞く言葉にサリアが一瞬呆ける。だが、それは隙を生み、セラが気づいた瞬間には、複数のスクーナー級がヴィルキスに襲いかかろうとする。

 

そこへ銃弾が撃ち込まれ、スクーナー級が撃ち落とされた。我に返ったサリアが振り向くと、ヒルダのグレイブが真っ直ぐに飛来した。

 

「へっ、待たせたな!」

 

「ちょっと、何カッコつけてるのよ!」

 

通信から聞こえる声に、第一中隊の面々が驚きの声をあげる。

 

「アンジュ! ヒルダも!」

 

ココやミランダにフォローされながら交戦していたナオミが喜色の声を上げ、セラもどこか小さく笑みを浮かべる。

 

「生きてたか……」

 

安堵すると同時にアンジュを乗せたヒルダのグレイブがヴィルキスの横に並ぶ。

 

「サリア、私の機体返して! アイツらは、私がやる!」

 

アンジュがサリアに向かって返すように言うものの、サリアは首を強く横に振って拒絶した。

 

「うるさいっ! 私のヴィルキスよ!」

 

アンジュの姿を見たことで、サリアは意地になって反発し、アンジュもそれに怒鳴り返す。

 

「何言ってるのよ! きゃぁっ」

 

その時、静観していた黄龍號がビームライフルを放ち、散開する。

 

「戦場で余所見など!」

 

リーファは毒づきながらフラフラと飛ぶヴィルキスに襲い掛かり、サリアは強引に操縦桿を引き上げるも、やはりヴィルキスは駆逐形態に変形できず、中途半端な形になった不恰好な姿になり、それを見たリーファはギリッと歯を噛み締める。

 

「舐めた真似を!」

 

馬鹿にされたと思ったのか、黄龍號が薙刀を振り上げながらヴィルキスに迫り、振り下ろされる一撃をサリアはなんとかかわすも、その反動で機体が流される。

 

回避に手一杯になるも、この状況ではいずれやられる――サリアは痛いほどそれを実感するも、それを無理矢理意地で抑え込み、対峙する。

 

「ヴィルキスが!」

 

「何やってんだよ、サリアの奴!」

 

あまりにサリアらしくない行動にさすがのヒルダも戸惑いを隠せない。無言で見ていたセラが何かを決めたように顔を上げた。

 

「ヒルダ、私が奴の注意を引きつける。その隙にアンジュをヴィルキスに乗り移らせて!」

 

ヒルダの横につけたセラがそう告げると、アンジュとヒルダが驚きの声を上げる。

 

「無茶だぜ!」

 

「そうよセラ、そんな機体で……!」

 

セラのアーキバスは左腕を喪い、また推力を低下させていた。いくらセラの腕があってもあのパラメイルを相手にするには危険が大きい。

 

「このままじゃやられるわ――頼んだわよ!」

 

有無を言わせぬ口調で告げると、セラは操縦桿を引いてアーキバスを加速させて戦闘空間へ突撃する。

 

「セラ!」

 

「っ……ヒルダ、機体をヴィルキスの横につけて! 飛び移るわ!」

 

「っ、分かったよ! しっかり掴まってな!」

 

今はセラの言葉に従うしかない。なら、自分達はそれを信じて行動するまでだ。アンジュとヒルダはそう決意すると、後を追った。

 

その間にもヴィルキスは追い詰められていた。まともに飛ぶこともできない状態のなか、リーファが戦意を込めた一撃を見舞おうと飛び上がる。

 

「忌むべきラグナメイル! ここで滅しろ!」

 

威勢を込めて薙いだ一撃がヴィルキスを捉え、今度は避けきることもできず、衝撃が機体を襲う。

 

「きゃぁぁぁぁっ」

 

悲鳴を上げるサリアと共に制御を失ったヴィルキスが失速する。墜ちていく機体にトドメを刺そうと黄龍號がビームライフルを構えた瞬間、上空から別の反応を捉え、顔を上げる。

 

上段から襲いかかる銃弾に身を翻す。アーキバスが唯一残った右腕のライフルを斉射し、注意を向けさせる。そのまま加速し、撃ち尽くしたライフルを片手で持ち替え、銃身を掴んで急接近する。

 

「はぁぁぁっっ!」

 

セラの気迫とともに振り下ろされたライフルが叩きつけられ、衝撃がコックピットにまで振動する。

 

「なんて野蛮な――!」

 

予想もできなかった攻撃に毒づき、軽く揺れる視界を押し返すように腕を振り払い、短刀ブレードがアーキバスの胸部を斬り裂き、装甲に亀裂が走り、内部が露出する。

 

歯噛みして吹き飛ぶセラを一瞥し、ヴィルキスを追う黄龍號。その時、落下するヴィルキスの横へとつけたグレイブからアンジュが乗り移っていた。

 

なんとか操縦を行おうと操縦桿に手を伸ばす。だが、ハッと顔を上げると眼前に黄龍號が迫っていた。

 

間に合わない―――アンジュが無意識にそう悟る。薙刀を振りかぶる黄龍號の動きがスローモーションのように映る。その光景が、既視感を呼び起こす。

 

そう――『あの時』も確か………思考のなかで甦る光景を再現するように、黒い影がそこへ割り込んだ。セラのアーキバスがフルブーストでヴィルキスの前に割り込んだ瞬間、時間が戻ったように振り下ろされた一撃がアーキバスの右腕を肩から斬り裂き、爆発が機体を包む。

 

「セラ―――――!」

 

我に返ったアンジュが叫んだ瞬間――アーキバスは黒煙を纏いながら海面へと落下していく。だが、アンジュは反応できない。

 

墜ちるなか、セラは歯噛みしながら操縦桿を動かすも、もはや反応を返さない。爆発の衝撃で胸部装甲も半壊し、その余波で負傷したのか、額から血が流れる。

 

海面が近づくも、もはや機密性もなく機能を喪ったアーキバスでは助かる見込みはない。

 

 

 

『死』―――――――

 

 

それを強く感じる。だが、セラは首を振ってそれを打ち消す。

 

「まだよ――私は…まだ、死なない―――!」

 

己に呪いをかけるようにそう決然と顔を上げる。

 

 

 

 

 

―――翼が欲しい……! なににも縛られない翼が―――――――!

 

 

 

 

 

心のなかでそう強く念じた瞬間―――額から流れた血がペンダントに落ち、宝石を輝かせた。

 

 

 

――――ドクン…………

 

なにかと共鳴するようにセラの内に大きな鼓動が響く。

 

 

 

 

 

その瞬間、ヴィルキスのコンソールが何かに共鳴するように明滅する。

 

「何……!?」

 

戸惑うアンジュに対し、同じ現象が上空で滞空する紅のパラメイルにも起こっていた。

 

「この反応は……?」

 

機体が見せる反応に困惑するパイロットの少女は、思わず顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃―――アルゼナルより遥か離れた空間………広大な空間に浮遊する長髪の青年風の男が静かに眼を開く。

 

自身が足を付ける巨大な人型のツインアイが微かに明滅している。いや……それだけではなかった。広大な空間の中央に佇む巨大な円柱型の容物の周囲を囲うように佇む『6体』の漆黒の機体群もまるで何かに共鳴するようにバイザーを明滅させ、微かな反応を見せている。

 

その様子に青年は小さく笑みを浮かべる。

 

「遂に…その時が来たか―――1000年振りだな………おはよう――『アイオーン』…いや……――――」

 

まるですべてを包むかのような慈愛に満ちた……それでいてどこか歪んだ笑みを浮かべる口調で紡がれた言葉が虚空へと霧散する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

墜ちる感覚のなか――セラのペンダントが輝き、それに呼応するように何かが聞こえる。

 

 

 

 

The fused coefficient 99.9%

 

Dimensional Consolidation System Ignition

 

 

 

 

頭の中に何かの言葉が聞こえる。そして―――無意識に浮かんだ『名』を叫んだ。

 

 

 

 

 

「アイオォォォォォンンンンン!!!」

 

 

 

 

墜ちるアーキバスにスクーナー級が数匹襲いかかる。仲間を殺された恨みを晴らすべく喰らおうと牙を向けようとした瞬間―――――どこからともなく降り注いだ光弾に身体を撃ち抜かれ、血飛沫を上げる。

 

突然のことに息を呑む一同の前で、アーキバスを守るように空間から抜き出るように飛び出した三つの飛翔体が舞う。

 

ツインガトリング砲を搭載した飛翔体は近づくドラゴンを駆逐し、アーキバスを――セラを導く。

 

刹那―――アーキバスが墜ちていく先の空間に紫電が走り、亀裂が走る。次元の境目から黒い巨大な影が姿を見せる。黒い影が徐々にその輪郭を浮かび上がらせ、中央に見えたシートに気づいたセラはほとんど無意識に身を起こし、アーキバスから飛んだ。

 

落下に合わせて落ちるセラを受け止めるように浮上する黒い影に飛び移ったセラがシートに跨ると、そのまま操縦桿を握った。そして黒い影の全容が顕わになる。そこにあったのは、見た事の無い漆黒の機体だった。

 

ペンダントが輝き、コンソールに光が灯る。命の息吹を吹き込まれたように起動する洗礼に身を委ねるようにセラは操縦桿を引いた。

 

機体のスラスターが唸りを上げ、粒子を放出しながら急上昇する。そして、操縦桿のギアを入れ替えるように強く押す。

 

上昇する機体が変形し、両腕を突き出し、脚部が伸びる。スラスターが拡がり、関節部が銀色に染まる。頭部に輝くその女神のモニュメントはヴィルキスよりもより神々しさと禍々しさの両方を備えたような造形を誇る。

 

真紅のバイザーが輝き、パラメイルと同じ変形機構を持った漆黒の機体の姿にアンジュ達だけでなく、ドラゴン側の面々も驚く。

 

ほぼ寸前で相対していたリーファは予期せぬ展開に完全に茫然となっていた。その隙を逃さず、セラの駆る漆黒の機体が加速し、黄龍號に掴みかかる。

 

衝撃に呻くなか、掴みかかる漆黒の機体が黄龍號の薙刀を握る右腕を力任せに握り潰す。息を呑むリーファだったが、響く警告音に我にようやく返り、操縦桿を動かし、スラスターを噴射させて機体を乱雑に動かし、強引に引き離す。

 

上空で弾き合うように距離を取るなか、リーファはキッと睨む。

 

「いきなさいっ、ファング!」

 

黄龍號から放たれる無数の竜の牙が縦横無尽に展開しながら襲いかかる。セラはコックピットのなかでその光景を真っ直ぐ見据える。

 

まるで世界すべてが視えるような―――その瞬間、ペンダントが呼応するように輝き、コンソールが光る。

 

 

 

【MODE:BELIAL Ignition】

 

 

 

モニターにシステムが表示された瞬間、機体は真紅の粒子に包まれる。全方位から放たれたファングのビームが粒子によってできたシールドに弾かれ、屈折する。

 

その光景に驚くなか、漆黒の装甲に真紅のラインが走る。

 

そのラインに沿って装甲がスライドし、その下に隠されていた真紅の輝きを解き放つ。脚部、腰部、腕部、肩部、そして胸部と流れるように変形していく機体の翼が大きくスライドして拡がる。

 

真紅の粒子が翼のような形を形成し、最後に頭部のサイドが後方へスライドし、口部を覆っていた無骨なマスクが下へと外れ、その奥から銀のシャープな顔が露になる。

 

バイザーの下のツインアイが強く輝き、己の存在を誇示するように咆哮を上げる。

 

変形を終えた機体のコックピットで、セラは顔を上げる。

 

 

 

 

「アイオーン―――――」

 

 

 

 

セラは静かにその名を呼んだ――『永劫』という堕天使の名を―――――――




連載開始から一年近く経って、ようやく主人公機の登場です。

万を喫してセラの機体『アイオーン』の登場です。ええ、もうあの『機体』です!あの機体が元ネタです。

アイオーンのテーマですが、奥井雅美さんの『紫音-sion-』です。是非ニコ動で聞いてみてください。
http://www.nicovideo.jp/watch/nm12389505


そしてもう一つ、新キャラ『リーファ』と『黄龍號』も登場しました。存在自体は結構前にも出てましたが、今回ようやく名前を出せました。

詳しい設定はまだ載せませんが、イメージCVは『福圓美里』さんです。


次回はアイオーンの無双っぷりを描きます。ヴィルキス? 知らない子ですね。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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