クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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竜の咆哮

雷鳴が轟く室内に悲鳴が響いた。

 

豪奢なベッドの中で眼を覚ましたシルヴィアは、激しく脈打つ鼓動に呼吸を大きく乱す。夢に見たのは、数日前のあの日――――血まみれの兵士達を超えて近づく『姉』(化け物)と同じ顔をした何か……必死に逃げようとする自分を殴りつけ、こちらを無機質に睨む瞳がシルヴィアを恐怖に包む。

 

あれから数日経つというのに、眼を閉じればあの瞬間が何度も蘇るほど、瞼に焼き付いている。悪寒に震えるシルヴィアは、愛用の車椅子を呼び寄せ、それに乗って部屋を出た。

 

ミスルギ皇国――いや、神聖ミスルギ皇国は今、混乱の中にあった。

 

ノーマであった皇女『アンジュリーゼ』の処刑――その最中に割り込んだアンジュリーゼと同じ顔のノーマによって国民への被害が大きく出た。

 

多くの人が死に、国は暗然とした不安に包まれていた。生き残った者から恐怖が伝染し、また皇族はこの失態を犯したとして求心力を低下させていた。

 

皇居を守る兵士達も多くがあの中で殺され、静まり返る皇居にシルヴィアは枕を強く握り締める。

 

(あの人達、もう来ませんよね――あれでよかったんですよね、お兄様……)

 

『アンジュリーゼ』と一緒に去っていったもう一人の『アンジュリーゼ』――何が何だか分からず、ただ必死にあの時の恐怖を追い出そうと、唯一の肉親であるジュリオの部屋に向かっていたシルヴィアは、微かな声を聞き、動きを止める。

 

耳をすませば、それは目的のジュリオの部屋から漏れていた。微かに開いているドアへと近づく。

 

「じゃあ、今度は『ママ』のお願い聞いて」

 

「分かってるよ――シンギュラーポイントを開けばいいんでしょ……『あそこ』に」

 

交わされる会話の内容は分からなかったが、聞こえる声の片方は間違いなく兄、ジュリオのものだった。恐る恐る覗き込むと、ジュリオのベッドには二つの人影がある。

 

「いい子ね――もう一つ、あの『ノーマ』は、誰なの………?」

 

「うん、それはね―――…」

 

刹那、雷鳴が部屋を照らし、ベッドにいた影を壁へと写す。

 

その人影には、『ヒト』にはないはずの翼が生えていた。その姿を視認したシルヴィアは思わず声を上げそうになり、両手で口を覆うも、物音に気づいた人影が振り返った。

 

ベッドに眠っているであろうジュリオに跨っていたのは、シルヴィアの知っている人物だった。

 

「こ、近衛長官――あなた、いったい……?」

 

振り返った人物、ジュリオの側近であるリィザ・ランドッグは獰猛な笑みを浮かべる。

 

「あら、見ましたね……シルヴィア皇女殿下」

 

その顔は、普段見ていたものではなく、獲物を狙うような視線だった。得体の知れない恐怖にシルヴィアは即座に逃げ出そうとするも、何かに首を絞められ、息が苦しくなる。

 

「た、助けて……助けてー! アンジュリーゼおねぇさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

シルヴィアの悲鳴は、轟く雷鳴に掻き消される。

 

雷鳴のなか、暁ノ御柱が不気味に光る。新たなる戦いを齎す篝火のように――――

 

 

 

 

 

 

 

セラ達がアルゼナルに帰還して数日―――快適とはいえない反省房での生活は正直、退屈の一言に尽きた。

 

ここに入っている面々が大人しく反省するようなタマではないということもあるが、それでもただこうしてジッとしているというのは予想以上に気怠くなる。

 

だが、今日は違っていた。陽が昇り、高くなる頃――見張りの兵士が檻の前にやって来た。

 

「今日で期間は終了だ。サリア隊、セラ――出ろ」

 

何の感慨もなく淡々と告げる兵士を一瞥し、セラは身を起こす。セラは今日で謹慎が解け、晴れて自由となる。

 

「それじゃ、お先に出るわ」

 

「ええ」

 

「ああ、またな」

 

アンジュとヒルダに告げると、兵士の催促に従いつつ、檻を後にし、反省房を出て行った。それを見送ると、二人は揃って深々とため息をついた。

 

「今日でまだ三日か――長えな」

 

朝食に出されたのは固いパンが2切れとコップ一杯の水――同じメニューが朝と夜に出されるだけで、飽きるしなにより空腹感も満たされない。

 

こんな生活が後四日も続くのかと思うと、憂鬱になる。

 

「それよりお風呂よ――臭うわよ」

 

「てめえも同じだろうが!」

 

ジト眼で見られ、思わず反論する。

 

思えば、脱走してからお風呂に入った記憶がない―――お互いに垢やフケで異臭が鼻につく。さすがにそこを無視できるほどアンジュもヒルダもズボラではなかった。

 

贅沢は言わないから水浴びぐらいしたい――それが無理なら、せめて水で身体を拭きたい……女性としての気持ち故か、先に出たセラを羨ましく思った。

 

反省房を出たセラは小さく肩を落とした。

 

アンジュやヒルダには悪いが、そこまでは面倒を見るつもりはない。後数日、大人しくしておけば出られるのだし、後は当人の問題だ。

 

不意にセラは腕の臭いを嗅ぎ、顔を顰める。さすがに数日間身体も洗っていないのだ。最初に風呂に行こうと進路を更衣室へと向ける。

 

「セラ!」

 

進んでいると、不意に声が掛けられ、振り返るとナオミが涙眼で佇んでいた。

 

「ナオミ……」

 

「よかった、今日反省房から出られたんだね」

 

セラの姿に安堵したのか、ナオミはセラに抱きつく。

 

「本当に、よかった…セラ、帰ってきてくれた」

 

感極まったように泣くナオミに肩を竦める。

 

「約束したでしょ、ちゃんと帰るって」

 

「うん」

 

抱きつくナオミに苦笑するセラに感極まる。しばらく抱き合っていたが、唐突にナオミが離れ、どこか微妙な面持ちを浮かべる。

 

戸惑うセラに向かってナオミは、顔を顰めて呟いた。

 

「ねえ、セラ……臭うよ」

 

その一言に、セラの顔が無表情に変わり、無言のままナオミの額に割と本気でデコピンした。

 

 

 

 

 

「う~…まだいたい……」

 

シャワーの音が木霊し湯気が充満する洗い場で、ナオミは涙眼でおでこを摩っていた。どこか非難するような視線で隣でシャワーを浴びるセラを睨んでいるが、セラは憮然と無視する。

 

ナオミから聞かされた話では、第一中隊は当面後方待機に回されるとのこと。脱走犯が出たこともだが、なにより部隊のエースであったアンジュとヒルダはライダー資格を剥奪するという処分を下されたらしく、結果的に戦力ダウンは否めない。

 

その間のチームの立て直しを含めて待機するとのこと。なんの因果か、セラに副長という役割が回ってきた。サリアの推薦らしいのだが、厄介事を片付けたかと思えば、また新たな悩みの種が舞い込み、憂鬱は晴れない。

 

(とはいえ、これで終わったわけじゃないわよね――)

 

正直、まだ謎が残っている。

 

アンジュの脱走のゴタゴタで忘れていたが、元々はドラゴンの侵攻の謎を探るために行動したのだ。まだそれは解けていない。ジルのデータバンクからもそれらしいものは見つからなかった。

 

考えられるのは、余程巧妙に隠しているか…ジルもそこまでは知らないかのどちらからだ―――だが、気になる点はもう一つある。

 

(あのヴィルキスへの執着――単に昔の乗機だけってわけじゃないみたいね)

 

ヴィルキスに執着するジルの度合いはかなりのものだ。身を持って確信しただけに、腑に落ちない部分も多い。10年前に行われた『リベルタス』――その中心にいたのが『ジル』と『ヴィルキス』。結果は失敗――具体的なことは何も分からないが、ジルがそれに拘っていることだけはハッキリとしている。

 

そのためなら、なんでも利用するだろうということも―――だが、セラは内心で悪態をつく。

 

(私は、利用されてやるつもりなんかないわよ――)

 

例えそこに崇高な目的があろうが、単なる私怨だろうが、他人の勝手に付き合うつもりはない。

 

「セラ?」

 

思考の中に耽っていたセラはナオミの声に我に返る。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもない。それにしても、バカ正直に言う必要なんてなかったのに」

 

そう苦言すると、ナオミはどこか乾いた笑みを返す。

 

セラがアルゼナルを発った後、ナオミはジルに詰問され、協力したことを素直に告げたらしい。そのため、幇助罪で一週間の自室謹慎だったらしい。

 

「あははは……また借金になっちゃった」

 

まあ、謹慎といっても食事やその他まで禁止はされていなかったが、その代わりに罰金が課されて一気に借金になったらしい。

 

苦笑いしていたナオミだったが、やがてどこか表情が落ち着き、静かに呟く。

 

「でも、後悔はしてないんだ。セラも言ってたじゃない…自分のことは自分で決めろって――だから、私は私のしたいようにしたの」

 

そうはにかむナオミに眼を剥くも、やがてセラも肩を竦める。

 

「ナオミらしいわ」

 

相変わらずの真っ直ぐさに感心すると同時に、どこか安堵する。

 

「ねえ、外の世界に行ったんだよね――どうだった?」

 

不意に、そう訊ねられ、セラは考え込む。別に話すなと命令されたわけでもない――別に構わないだろうと、セラは口を開く。

 

「一言で言うなら……『最低』ね」

 

揶揄どころか、ハッキリと告げるセラにナオミが眼を白黒させる。

 

「『マナ』っていう餌に餌付けされた家畜の世界よ」

 

それが初めて見た『人間の世界』に対するセラの印象だった。何の疑問も持たず、『マナ』というものがなければ、生きることすらできないほどに堕落した世界―――いや、アレは生かされているという表現の方がいいかもしれない。

 

少なくとも、セラには到底受け入れられない世界だ。例え、命の危険に晒されていようとも、自分の意思で生きるアルゼナルの方がよっぽどマシに思えた。

 

「そうなんだ――」

 

あまりに辛辣な物言いに、ナオミもそれ以上追求しようとせず、口を噤む。その様子が気に掛かったのか、セラが訊ね返す。

 

「気になるの?」

 

「うん…ならないって言ったら嘘になるかな。自分が生まれた世界――私の両親は、どうして私を育てようとしてくれたのかなって……」

 

記憶がないとはいえ、ナオミは2歳まで外の世界に居た。ノーマだと知ってか知らずか、両親が何故自分を育てようとしてくれたのか、どんな人達だったのか、知る由もない。

 

「あまり期待すると、ロクなことにならないわよ」

 

実例を見ているだけに、そう苦言する。

 

「うん……だけど、セラと出会えたことが、私がここに来て一番嬉しかったことかな」

 

苦笑していたナオミが笑いながらそう告げ、セラは一瞬眼を瞬くも、こそばゆいような感情になり、視線を逸らす。思えば、幼年の頃から悪意の中で生きてきただけに、彼女のこの優しさに助けられていたかもしれない。

 

「―――私もよ」

 

小声でボソッと呟き、顔を逸らすとナオミは首を傾げる。

 

「え? セラ今何て言ったの?」

 

シャワーの音でよく聞こえなかったナオミが問い返すも、セラはそっぽを向く。

 

「なんでもない」

 

「えー、お願い! もう一回だけ!」

 

なにか、すごく嬉しいことを言われたような気がする。せがむナオミに困っていると、穏やかな空気を壊すような警報が鳴り響き、顔を上げた。

 

 

 

 

 

警報が鳴る少し前――微かな潮風が吹くアルゼナルの丘で花を摘むサリアの姿があった。どこか儚げに摘んだ花を見つめるサリアは、横で上がった声に顔を上げた。

 

「あ~、サリアお姉様だ!」

 

呼ばれた方を見ると、幼年部の子供達とその指導官が居た。

 

「サリアお姉様に敬礼~!」

 

少女達がはしゃぐように敬礼をし、サリアも微笑ましくなり、少女達に向かって敬礼を返す。その姿に感動したのか、黄色い声が上がる。

 

「サリアお姉様やっぱり綺麗でカッコいい~」

 

「セラお姉様もいるんだよね~」

 

「私、おっきくなったら第一中隊に入る~!」

 

和気藹々と戻っていく少女達を見送ると、サリアは過去に想いを馳せる。かつて、まだサリアが幼かった頃、ジルに憧れ、今の少女達のように無邪気にしていた。そんな夢を抱くサリアをジルはよく撫でてくれた。

 

過去の思い出に小さく笑い、サリアはその場から移動する。向かった先は、アルゼナルの墓地だった。そこには既に先客の姿があった。

 

一つの墓の前にメイの姿があり、サリアは無言で歩み寄る。

 

「これ、お姉さんに――」

 

「毎年ありがとう、サリア」

 

どこか寂しそうにしているメイに頷き、先にメイが添えた花の傍に添える。この墓の主は、メイの姉『ジャオ・フェイリン』だった。

 

今日は彼女の命日だった。祈り終えると、サリアはどこか疲れたようにため息を零す。

 

「どうしたの?」

 

「幼年部の子達に、『お姉様』って呼ばれた。私、もうそんな年かな?」

 

「まだ17じゃん」

 

思わずそう返すと、サリアはどこか感慨深く、そして懐かしそうに呟いた。

 

「もう17よ。同い年になっちゃった……『アレクトラ』と」

 

微かに吹く風のなか、サリアは10年前の『あの日』を思い出す。

 

 

 

 

10年前の静かな夜だった―――アルゼナル全体がどこか緊張した空気に包まれていた。そんな中、アルゼナルの海岸に、ボロボロになったヴィルキスが降下して来た。

 

「アレクトラ!」

 

その姿に当時の司令だったジャスミンが驚きの声を上げる。

 

フラフラと飛ぶヴィルキスはそのままアルゼナルの海岸に不時着した。シートには、当時アルゼナルのメイルライダーとして戦っていた『アレクトラ』こと『ジル』だった。

 

慌てて駆け寄るジャスミンやマギーだったが、シートで苦悶に呻くアレクトラに驚く。彼女の右腕がなく、ジャスミンは急ぎマギーに指示を飛ばす。

 

「マギー! 鎮痛剤だ! あと、ありったけの包帯を持ってこい!」

 

それを受けて、マギーは急ぎ行動を開始する。その様を幼かったサリアとメイは静かに見ていた。何があったのか、当時のサリアには分からなかった。だが、憧れていたアレクトラの傷ついた様に言いようのない不安と戸惑いが起こり、いてもたってもいられなくなった。

 

そんな中、整備班がヴィルキスを消火し、機体チェックを行う横で、ジャスミンはアレクトラをヴィルキスから下ろす。

 

「しっかりしろ、アレクトラ! 一体何があった!?」

 

この状態は只事ではなかった。

 

なにより、他のメンバーはどうなったのか、いったい何が起こったのか――何一つ分からずに問い掛けるジャスミンに、アレクトラは要領の得ないうわ言を繰り返すのみだった。

 

そんな中、メイの姉であるフェイリンからの伝言を預かっていると呟くも、傷が響くのか苦悶を見せる。

 

「バカ、そんなのは後だ! それより、今は手当を……」

 

アレクトラの頭が混乱していて、まともに事情を聞けないと悟ったジャスミンはせめて手当を急ぐべく、これ以上喋らないように叱咤するも、アレクトラは突然、眼に涙を浮かべた。

 

「ごめんね、ジャスミン……私じゃダメだった―――」

 

言葉の中に込められた悔しさにジャスミンが息を呑む。

 

「フェイリンも、バネッサも…騎士の一族も――みんな、死んじゃった………」

 

懺悔するように話すアレクトラから、ジャスミンも唇を噛む。アレクトラが独りで戻ってきたことから、予想できないわけではなかった。既に、リベルタスに参加した者はすべて――その事実に身体が震える。

 

「使えなかった……私じゃ、ヴィルキスを使いこなせなかった! 私じゃダメだったの……!」

 

己の無力に嘆くアレクトラに、ジャスミンは何も言えなかった。沈痛な空気が包むなか、別の声が響いた。

 

「そんな事ないよ!」

 

そこに幼いメイを連れてサリアが佇んでいた。幼いメイはよく状況が呑み込めていないが、サリアはアレクトラの吐露に声を荒げる。

 

「アレクトラは、強くて綺麗でカッコいいもん! ダメなんかじゃないよ!」

 

「サリア―――」

 

精一杯アレクトラの弱さを否定し、気遣うさまにアレクトラは思わず見入る。

 

「私が、アレクトラの敵をとるんだから!」

 

涙ながらにそう叫ぶサリアの優しさに、悲観していたアレクトラの顔に微かな安らぎが戻り、ぎこちない手つきで頭を撫でる。

 

「期待しているよ、サリア……」

 

「うん―――!」

 

精一杯の笑顔で頷くサリア―――そこで回想が途切れる。

 

 

 

 

 

サリアの意識は再びアルゼナルの墓地に戻る。

 

サリアの独白を聞いていたメイは、どこか寂しそうに笑う。

 

「覚えてないや――」

 

「仕方ないわ、まだ3つだったんだもの……」

 

サリアとて、ハッキリと覚えているわけではない。だが、それでもあの瞬間だけは今もサリアの心に焼き付いている。

 

それは今も変わらない―――『アレクトラ』が『ジル』となり、立場が変わってもサリアにとっては大切な誓いなのだ。

 

幼心に決意したその想いを糧にサリアはこれまで必死に努力してきた。そして、第一中隊という部隊のライダーになったある日、サリアは無理を言ってヴィルキスに乗せてもらった。

 

結果は――駆逐形態への変形どころか、満足に飛ばせることもできず墜落してしまった。そして、ジルはサリアにヴィルキスは乗りこなせないと告げた。

 

無論、サリアは食い下がった。まだライダーに成りたてだからだ、と―――必ずもっと腕を磨くと告げたが、ジルは取り合おうとはしなかった。

 

それどころか、サリアには絶対に無理だと――どれだけ努力してもヴィルキスには乗れないとハッキリと告げた。サリアは納得がいかなかった。

 

自分に何が足りないのだ、と――その問いに対し、ジルはどこか自嘲気味に『自分達』と返した。越えられないステータスがある、と―――自分の過去の失敗を告げるジルにサリアは納得がいかなかった。

 

あれから数年―――ヴィルキスは、乗り手を得た。『自分』以外の乗り手を―――格納庫にやって来たサリアは悔しげにヴィルキスを見る。

 

(私に何が足りないの? アンジュに何があるって言うの? あの子にヴィルキスは渡さない!)

 

睨むように歯噛みする。

 

何故―――自分はジルのために精一杯努力してきた。なのにどうして自分は選ばれないのだ。何故、あんな自分勝手な奴を選ぶのか……以前押し込めたアンジュへの嫉妬を隠せず、むしろ肥大化させ、悪態をつく。

 

(それにセラ、あなたにもね―――!)

 

ジルがセラにヴィルキスを与えようとしている。アンジュと同じ嫉妬ではない――同じアルゼナルで育った彼女こそ、自分と違いなどないはずだ。

 

セラの腕は認めている――だが、感情は納得しない。セラまでもがアンジュのために危険を冒して助けに行った――それがサリアには悔しかった。

 

(絶対認めさせてあげるわ――あんな子より、私の方が優れているって―――!)

 

ジルの考えが分からない。だが、それでもアンジュが来た頃から何かが変わりだした。そして、セラが加わったことで何かが動き出した。そんな渦の中に自分はいる。だが、サリアにも譲れぬ思いがあるのだ。微かな野心を秘め、サリアはヴィルキスを一瞥し、格納庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

穏やかな空気を破るようにアルゼナルの司令室では、レーダーに何かをキャッチした。

 

「これは、シンギュラー反応です!」

 

「場所は?」

 

ジルの問いに、パメラは急ぎ特定を行うも、出された地点に戸惑う。

 

「アルゼナル上空です!」

 

刹那、アルゼナル上空に紫電が走り、ほぼ直上に巨大なワームホールが出現し、中から大量のドラゴンの群が現れる。

 

「敵補足、スクーナー級。6…21、65、128……け、計測不能!」

 

レーダーには夥しい数のマーカーが表示される。それは、これまでに観測した例がないほどの物量だった。

 

「電話も鳴っていないのにどうして!?」

 

そこへ司令室に到着したエマが戸惑いを隠せず声を震わせる。シンギュラーの出現は常に管理委員会より連絡が来ていた。それがなかったことに混乱を否めない。

 

だが、ジルは冷静に通信機を取り、アルゼナル全体への緊急回線を開く。

 

「司令官のジルだ、総員聞け! 第一種戦闘態勢を発令する、シンギュラーが基地直上に展開、大量のドラゴンが降下接近中だ。パラメイル第二、第三中隊全機出撃。総員白兵戦準備、対空火器銃火器の使用を許可する。総力を持ってドラゴンを撃破せよ!」

 

ジルの指示に従い、アルゼナルは緊迫した空気に包まれる。

 

誰もが混乱と戸惑いを覚えながらも、必死に生き残るために行動する。一般職員達も銃火器を装備し、アルゼナルの各区画から対空砲台が出現し、防御体制に移行する。

 

やがて、準備を終えた第二、第三中隊のパラメイルが出撃していく。それを見届ける第一中隊の面々だが、ロザリーは悔しげに拳を打ちつける。

 

「くそっ、あたしらは待機かよ!」

 

せっかく久方ぶりの稼ぎ時だというのに、第一中隊は後方待機だ。

 

「各員、白兵戦の準備! ただし、いつでも出られるようにはしておいて!」

 

サリアの指示に各自が銃火器を準備するなか、フライトデッキに人影が飛び込んできた。

 

「っ!? セラ!」

 

それに気づいたサリアが声を上げる。それにつられて一同が振り返ると、そこにはライダースーツに着替えたセラとナオミが駆け込んできた。セラの謹慎は今日までだった――今は少しでも戦力が欲しい。そうすぐに結論を出したサリアはセラに声を掛ける。

 

「セラ、あなた達も私の指示に―――!」

 

サリアの声を無視し、セラは己のアーキバスに飛び乗る。驚く面々の前で起動させるセラにサリアが叫ぶ。

 

「セラ! 私達は待機よ!」

 

「セラちゃん!」

 

「てめえ、一人で稼ぎに出るつもりか!」

 

止めようとする面々を一瞥し、セラは機体を起動させる。

 

「ジッとしてるのは性に合わない――それに、敵の数は数えるのも馬鹿らしいぐらいよ。何かあっても、パラメイルを失ったら何もならないわ」

 

バイザーを下ろしながら、静止しようとするサリア達を睨み、その眼光に気圧される。

 

(それに――)

 

なにより、シンギュラーがアルゼナル上空に開くなどこれまでなかったことだ。そして、今まで観測したこともないほどの敵の数―――何か、嫌な予感がする。

 

脳裏に、以前シンギュラーから現われた竜のパラメイルが過ぎり、戸惑うサリア達の前で操縦桿を握り締める。

 

「命令違反だっていうなら、反省房送りでも除名でも好きにしなさい!」

 

セラは手動でアレスティングギアを解除し、機体をその場で飛行させる。戸惑う面々を前に、セラはアーキバスをゲートに向かって発進させた。

 

刹那、ゲート内に飛び込んできたスクーナー級に機銃を放ち、血飛沫が舞うなかを突っ切り、機体を発進させた。

 

「セラ!」

 

その勝手な振る舞いにサリアは憤る。結局、セラもアンジュ達と同じなのかと―――だが、その後方で別の解除音が響く。

 

ハッと振り返ると、ナオミもグレイブを起動させていた。

 

「ナオミ!」

 

「アンタまで何やってんの!?」

 

その光景に思わずココとミランダが叫ぶも、ナオミは顔を顰めながら、強く首を振る。

 

「セラだけ行かせられない――セラは、私が守るんだ!」

 

制止しようとするココ達を振り切り、ナオミもグレイブを出撃させた。ゲートから飛び出すナオミだったが、そこでは既に激しい攻防が繰り広げられていた。

 

開かれた巨大なワームホールの中から途切れることなく現れるスクーナー級の群れのなか、第二、第三中隊は善戦していた。

 

ガレオン級などの大型種がいないことがせめてもの救いというべきか。だが、そんな奮戦を他所にアルゼナルには無数のスクーナー級が迫り、隊を率いるエレノアは歯噛みする。

 

そんな時、アルゼナルから二機のパラメイルが飛び出してきた。

 

「増援? 誰だ!?」

 

IFFを確認すると、第一中隊のマークが表示される。

 

「第一中隊? 待機じゃなかったのか!?」

 

戸惑うエレノアを他所に、セラとナオミのパラメイルはエレノア達が撃ち漏らしたスクーナー級を相手取り、アルゼナル上空で戦闘を開始する。

 

アルゼナルへと迫るドラゴンを次々と駆逐し、取り付く数を減らすさまに、エレノアはフッと苦笑する。

 

「そうか――アレが噂の……癪だが、頼るしかねえな!」

 

正直、第二、第三中隊だけではこの数をすべて抑えられない。アルゼナルに取り付かれれば、一気に瓦解してしまう。ならば、後方は任せるしかない。

 

そう意識を切り替え、エレノアはスクーナー級の群れに突撃していった。飛び出したセラとナオミは、眼前に広がる光景に驚く。

 

空を埋め尽くさんばかりに飛び交うスクーナー級の数に、ナオミは息を呑む。

 

「ナオミ、私達はここで迎撃するわ!」

 

「う、うん!」

 

セラの声に我に返り、己を奮い立たせる。駆逐形態に変形させたセラとナオミは、アルゼナルの防衛に回る。既に何匹かは取り付いているが、今は前線を突破してきた敵を少しでも屠るしかない。

 

迫るスクーナー級にライフルを斉射し、穿つ。だが、視界に広がる群れにセラは思考を巡らせる。アルゼナルの直上にシンギュラーが開いたこともだが、なによりこの数――総攻撃とでもいうつもりなのか、明らかに物量が違う。

 

なにより、いつも一緒に出現するはずの大型種が一匹も出てきていない。連中がセラの考えている通りなら――この進攻にはなにかしらの戦略的意味がある。

 

「本気で潰しに来たってことかしらね!」

 

それだけ、この世界に求める何かがある――迫りくるスクーナー級を撃ち落としながら、セラは思考を切り替える。だが、それもこの戦いを生き延びなければ意味がない。

 

「ナオミ!」

 

セラの呼びかけにナオミが顔を上げる。

 

「右翼が抜かれる! 援護して!」

 

「う、うん!」

 

応えると同時にセラはアーキバスを飛翔形態に変形し、加速させる。右翼を突破してきた群れに突撃をかけ、機銃で狙い撃つ。

 

牽制と注意を引きつけつつ、接近に気づいたスクーナー級がアーキバスに向かって殺到し、火球や雷撃を放つ。それを掻い潜り、加速しながら駆逐形態へと変形する。

 

スピードに乗ったままライフルを斉射し、スクーナー級の群れを分散させ、体勢を崩す。そこへ飛び込み、攪乱するところへナオミのグレイブがライフルを放ち、後方からスクーナー級を狙い撃つ。

 

火線に晒されたスクーナー級が撃ち落とされ、混乱が起こる。そこへ再度飛び込むアーキバスが剣を抜き、一体を両断する。

 

血飛沫を受けながら機体を旋回させ、離脱するスクーナー級の進行方向へ銃を放ち、牽制する。動きを鈍らせる隙を突き、グレイブが剣を抜いてすれ違いざまに斬り払い、撃破する。

 

スクーナー級を一掃したセラとナオミはお互いに頷き合う。即席のエレメントだったが、さすがに付き合いの長さの分だけ、息を合わせることができた。

 

だが、まだまだ敵は多勢に無勢――スクーナー級だけならどうにかなる。だが、もしこれが露払いで『本命』がいるとしたら―――その時だった。

 

 

――――――歌が、聴こえた。

 

 

「歌……?」

 

その方角に向けて顔を上げた瞬間、突如ドラゴン達は攻撃を止めた。数での優勢にも関わらず、スクーナー級はアルゼナルより離脱し、シンギュラーの付近へと後退して行く。

 

一体何が起こったのか……それはセラだけに限らず、第二、第三中隊のメイルライダーやデッキ付近で迎撃していたサリア達、破壊された司令部を破棄して臨時の司令部へと移動したジル達。そして…反省房でのアンジュもまたその歌に戸惑う。

 

何故戦場に歌が聴こえるのか、そして、その聴こえる歌の旋律にセラが息を呑む。

 

「これは…『永遠語り』………?」

 

聴こえる旋律は、あの歌と同じだ。いや、少し違いがあるが、それでもそれは同じものだった。誰だ――誰が唄っている………セラはその主を捜して視線をゲートへと向けた。

 

後退していたスクーナー級は、ゲート付近をまるで守るように旋回している。やがて、ゲートの中から別の影が姿を見せる。

 

ゆっくりと姿を見せて降下してくる姿は、『降臨』とでも形容するべき威容を持つ人型兵器だった。その姿は、パラメイルと同等のサイズと形状を誇り、それを視認したアルゼナルの者達は困惑する。

 

「アレは――あの時の………!」

 

間違いない――あの時シンギュラーから現われた機体と同じだった。姿を見せる『紅』の機体の周囲には、同型と思しき『蒼』・『碧』・『山吹』の3つの機体が控えている。

 

そして、歌はその中心に立つ紅の機体から聴こえていた。

 

「セラ、なんでパラメイルが…あんな機体、見たことないよ……?」

 

ナオミも突如現われた未知の機体に戸惑いを隠せない。だが、今のセラにはそれに応える余裕はなかった。

 

(何、この嫌な感じは……)

 

あの機体から聴こえる歌が胸騒ぎを引き起こす。だが、少なくともドラゴンを従え、そしてパラメイルと同じ機動兵器を操っている時点で敵がただの異形ではないと、アルゼナルの者達に知らしめた。

 

謎の機体に第二、第三中隊のライダー達は戸惑いながらも、警戒するように向かっていく。

 

セラの内に警鐘が鳴り響く。これは、この歌は―――

 

 

 

 

 

――――――この歌は、『破壊』と『創造』の鍵…………

 

 

 

 

 

脳裏に誰かの声が…いや――知らないはずの記憶が呼び起こされる。

 

「ダメ……逃げろ―――――――!」

 

セラの叫びは遅かった。

 

唄う真紅の機体のカラーリングが流麗な紅から光り輝く金色に染まっていく。全身を金色に輝かせる竜が身構え、両肩が変形する。

 

変形した肩の下から現われる宝玉にエネルギーが収束した瞬間―――歌が止まった。

 

刹那、金色の竜の両肩から破壊の閃光が迸る。解放されたエネルギーが竜巻状の渦となって、真っ直ぐに進み、その進行上にいたエレノアは、何が起こったかを知覚することすらできず、閃光に思考を呑まれた。

 

エレノアのアーキバスが光に呑まれた瞬間、機体は粒子となって消滅し、それは追従していた第二中隊や第三中隊の機体すらも呑み込み、すべてを消し去った。

 

あらゆる物質を分解・消滅させた閃光は、まるで竜の咆哮のごとく、アルゼナルへと向かい―――世界を一瞬、真っ白な閃光の中へと包み込んだ。




いよいよドラゴンとの戦いです。

登場はしたけど、まだまだ出番なし――この時点ではまだ謎の存在でしたからね、ドラゴンの面々は。

いよいよ次回は、龍神器との激突です。

ここまでいろいろ原作と大きく変えることはしてきませんでしたが、これから人間関係が原作と大きく変わっていきます。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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