クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

33 / 66
決別の故郷

ヒルダの心が落ち着いたのか、どこか最初よりもマシな顔になっていた。

 

「――サンキューな、少し吹っ切れたぜ」

 

ややそっぽを向きながら、そう礼を述べるとセラはやや驚きに眼を見張ってる。その反応にヒルダは不機嫌そうになる。

 

「な、なんだよ、その顔」

 

「いや…アンタが礼を言うなんて、どういう心境?」

 

「なんだよ、あたしだって礼を言うぐらいできるぜ!」

 

不機嫌そうに言われるも、実際これまでの経緯を振り返っても予想できないだけに、セラは小さく頭を掻く。その時、不意に旋風が吹き、セラは思わず空を見上げる。

 

「どうしたんだ、急に?」

 

その様子にヒルダが不思議そうに問い掛けるも、セラはどこか顔を顰めたままだ。やがて、セラは脇に置いてあった外套を羽織り、身を翻す。

 

「お、おいっ、何だよ急に?」

 

「―――アンジュが危ない」

 

戸惑うヒルダにそう告げるセラの顔は険しく、冗談ではないということが強く伝わる。ヒルダのことで時間を掛けてしまったが、元々はアンジュを連れ戻すために来たのだ。

 

そして今、無意識にだがアンジュに危機が迫っているのを予感した。あまりグズグズしてはいられない。

 

「ヒルダ、アンタはどうするの? アルゼナルに戻りたくないってなら、このまま見過ごしてもいいけど」

 

元々、ヒルダのことは考えていなかった。図らずも脱走した理由を知ってしまったが、無理に連れて帰るつもりもなかった。

 

そう訊ねるセラに、ヒルダは考え込む。アルゼナルを出て、故郷に…母親の元に戻ることだけが目的だった。それ以外に頼るものもない。かといって、このまま外の世界で身を隠して生きていくことは不可能だろう。必ずどこかでまた見つかり、最悪殺されるかもしれない。

 

そんな不安と恐怖しかない世界など、こっちから願い下げだ。なにより―――

 

「あたしも連れて行けよ」

 

そう答えたヒルダに、セラは眉を微かに顰める。

 

「あのイタ姫様を助けに行くんだろ――なら、手伝ってやるよ」

 

「――ミスルギに、『人間』に喧嘩を売りに行くのよ?」

 

そう――ある意味で、これまでのノーマの概念を覆すような真似をするのだ。人間に対して従順であれと教えられてきた。だが、セラにとってそんなものはクソくらえだ。

 

敵となるなら――どんな手段を用いても排除する。それが及ぶのが自分だけならいい――だが、他人を巻き込むつもりもない。脅すように告げるセラに、ヒルダは小さく鼻を鳴らす。

 

「へっ、上等だぜ! こんなムカつく世界、なんの未練もないね。それに、アイツに命を粗末にするなって言ったんだ。ムカつく奴だけど、死なれたら胸糞悪いしな」

 

ややそっぽを向きながらそう悪態をつくヒルダに、セラは小さく嘆息する。

 

「好きにしなさい」

 

何を言っても無駄と悟ったのか、そう促すと、ヒルダはワンピースを着直し、掛けられていた布を羽織る。セラはそのままヴィルキスに乗り、エンジンを起動させる。

 

機体を飛翔形態に変形させ、その背中にヒルダが跨ろうとしたが、一瞬動きを止める。どこか葛藤するような複雑な面持ちだったが、やがてヒルダは焚き火の枯れ木を一本手に取る。

 

先に燃える炎を暫し見つめていたが、やがてそれを振りかぶり、背後の森に向けて投げつけた。炎が木に当たり、それが燃え移っていく。

 

燃えていくなか、火に包まれたリンゴの木々を見つめながら、小さく呟く。

 

「―――あばよ」

 

それは何に対してだったのか……今日まで生きてきた理由の全て、過去の優しかった記憶に別れを告げ、振り返ったヒルダは何かを吹っ切ったようだった。

 

セラは何も言わず、ただ無言で一瞥し、ヒルダがセラの後ろに跨る。ヴィルキスがゆっくりと浮上するなか、火は次々に広がり、炎に包まれた木が倒れていく。

 

浮上したヴィルキスの眼下で赤々と燃える森を一瞥し、セラはヴィルキスの操縦桿を握り締める。

 

「しっかり掴まってなさいよ」

 

「お、おう」

 

上擦った声で応じた瞬間、ヴィルキスはスラスターを噴射させ、加速する。夜の闇を裂くように飛ぶなか、ヒルダは不意に訊ねた。

 

「なあ、訊いていいか?」

 

セラの腰に腕を回しながら訊ねるも、返答はない。背中越しのため、顔は見えないが、ヒルダは言葉を続けた。

 

「なんでそこまでしてアイツを助けに行くんだ?」

 

聞けば、セラはジルの命令を受けたわけでもなく、ほとんど脱走同然でアルゼナルを飛び出してきたらしい。普段は冷静で合理的に判断する一面しか見ていなかっただけに、こんな無茶をしてまでアンジュを助けにいく理由が思いつかなかった。

 

「―――そうしたいからよ」

 

「はあ?」

 

虚空に向かって呟いた言葉に思わず声を上げる。だが、ヒルダの戸惑いは当然だった。セラからおおよそ聞きそうにない言葉だったからだ。

 

「自分がそうしたい…それだけだからよ――ただ放っておけないだけよ、あのバカをね」

 

僅かに振り返り、そう苦笑するセラにヒルダは眼を白黒させるも、思わず見入る。

 

「理由なんてない――ただ、自分がそうしたいからそうする………理屈じゃない、アンタだってそうでしょ?」

 

そう切り返され、ヒルダは苦く顔を顰める。

 

「私は自分の想いのままに…自分の信じる道を進むだけ――それが私の……ノーマとしての、いや…『私』が『セラ』である『矜持』よ」

 

過去はない――未来もない……だが、今ここに生きているのは他の誰でもない『セラ』という一人のノーマだ。自分の生きる道は、自分で決める。

 

決して侵されない、変えられない信念を感じさせるセラに、ヒルダは呆然としていたが、やがて小さく嘆息する。

 

「―――強いな」

 

自虐と微かな羨望を滲ませながら、ヒルダは肩を竦める。

 

「少し羨ましいぜ……なに、勝負はこれからだ。こっから盛り返せばいいんだからな」

 

小声でボソッと呟くヒルダにセラが背中越しに問い掛けた。

 

「何か言った?」

 

「アタシは、諦めが悪いってだけさ――負けねえからな」

 

まるで宣戦布告でもするように不敵に笑うヒルダに、セラは首を傾げながらも、ヴィルキスのスピードを上げた。森を抜け、やがて彼方に明かりが見える。

 

「アレが……」

 

「ああ、ミスルギ皇国だ」

 

敵地を睨むように告げるヒルダにセラも国を見つめる。その視線が、中央に位置する巨大な柱に向けられた。

 

「アレは……」

 

「『暁ノ御柱』だったか…確か、『マナ』のエネルギーを供給するとかって聞いたけど」

 

ヒルダもそれ程詳しいわけではないが、あの柱はミスルギ皇国のシンボルとして、そして象徴として称えられている。だが、セラの視線は何故か暁ノ御柱に向けられたまま、見入っている。

 

(何? 私は、アレを知っている―――っ)

 

暁ノ御柱を凝視していたセラが突然頭痛を覚え、小さく呻くように苦悶する。

 

「お、おいっどうした?」

 

突然ただならぬ状態になったセラにヒルダが混乱するも、セラの思考はまるでノイズでも入ったように掻き乱されていた。

 

視界の中に見える柱がブレ、崩壊した様が一瞬垣間見える。

 

「―――ドラグ…ニウム……セレ―――」

 

「おいっ、しっかりしろよ!」

 

「っ!?」

 

ヒルダの呼び掛けにセラはハッと我に返る。

 

「私、何を―――」

 

戸惑うセラに、ヒルダは不安そうに問い掛ける。

 

「おい、本当に大丈夫なのかよ? ボウっとしちまって……」

 

「大丈夫よ、少し眩暈がしただけだから――」

 

微かに顔を顰めながらも、セラは頭を振った。今見えた既視感は何だったのか、今のセラには分からなかった。今は、それよりもアンジュを探す方が先だった。

 

その時、胸元のペンダントが光り、左手の指輪と共鳴する。そして、セラの耳に何かが聞こえた。

 

「―――歌?」

 

「は? 何言ってんだ?」

 

困惑するヒルダだったが、セラの耳には確かに聞こえた。

 

「『永遠語り』――アンジュ………!」

 

彼女が唄っている。まるで導かれるように、セラはヴィルキスを駆る。道を指し示す――その想いに応えるようにヴィルキスは真っ直ぐに進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クサってるわ……こんな世界―――)

 

アンジュは、心のなかで呪うように言葉を吐き捨てた。

 

だが、それも背中に響く痛みに掻き消される。背中は赤く腫れ、熱を伴ってアンジュを苦しめる。そして、またもや衝撃が襲い掛かり、アンジュは苦悶を噛み殺す。

 

そんなアンジュの醜態を嗤うように鞭を振るうのは、車椅子に乗った最愛――いや、己の妹だった少女だった。アンジュを罵りながら鞭を振るうシルヴィアは、醜悪な笑みを見せる。

 

「ほら、謝りなさい? 自分のせいだって? あなたが生まれてきたせいで、こうなったって?」

 

記憶にある己に向けていた笑顔と同じ顔で嗤うそのシルヴィアは、醜く見えた。いや…ここにあるすべてがクサっている―――アンジュは冷めた心持ちだった。

 

その思考のなかで、アンジュはこの数日の一部始終を思い出す。

 

シルヴィアの助けを求める声に、妹への贖罪を胸にアルゼナルを脱走した。シルヴィアを歩けなくしてしまった己の過去への懺悔と、妹を守らなければならないという責任感から、飛び出してきた。

 

あれ程帰りたいと願っていた故郷に戻り、シルヴィアを助けるために行動する中、かつての学友であり親友とも思っていたアキホからは『化け物』と怯えられ、見逃してくれと頼んだが通報された。

 

その仕打ちに憤る間もなく、追っ手を掻い潜り、そして懐かしい皇居へと辿り着いた。そこにシルヴィアはいた。衛兵達に取り囲まれ、助けを求める声に必死になり、ようやく手が届いたと思った瞬間―――

 

アンジュはシルヴィアにナイフを突きつけられた……―――世界が止まった。

 

まるで悪夢のように何も知覚することもできず、アンジュは呆然となるしかなかった。だが、それは夢でも幻でもなかった。こちらを見るシルヴィアは――最愛の妹が向けたのは、明確な憎しみだった。

 

シルヴィアは私を罵った。

 

姉でも何でもない、『化け物』と。どうした産まれて来たのだ、自分さえ存在しなければ父も母も死なずに皆幸せだった。自分の足も動かなくならずに済んだのだ、と―――母を返せ! 化け物! 大嫌い!

 

彼女は泣いていた……本気で、狂ってしまったのは、全てお前のせいだと――そう、訴えるように―――次の瞬間、アンジュはモモカと共に捕らえられた。

 

そんな自分を嘲笑ったのは、自分を『ノーマ』だと暴いた兄だった。ジュリオは告げた――すべて、自分を誘き出すための罠だと。

 

アンジュは愕然となった。『裏切り』――そんな陳腐な表現しか出ないほど、思考が考えることを放棄していたのだ。

 

自分は一体、何のために脱走行為を働き、危険を冒してまでここに来たのか。セラを――あの場所で出会った大切な少女を裏切ってまでやって来た結果がこれだというのか………茫然のあまり、自分を気遣うモモカの声もまるで異国の言葉のように聞こえ、アンジュには届いていなかった。

 

そして―――ようやく気がついた時には、アンジュは処刑台へと繋がれていた。ジュリオとシルヴィアに罪人のようにアンジュは布きれ一枚にされ処刑台に送られた。

 

そして、処刑台の前にはミスルギ皇国の国民達が喝采を上げている。シルヴィアの振るう鞭に痛めつけられるアンジュを見て歓声を上げているのだ。

 

まるで、これから始めるショーの余興のように―――その醜態を高みから見下ろすジュリオ。この男は、あろうことかアンジュを排斥しただけに飽きたらず、皇帝にのし上がるために父を処刑したと、堂々と告げた。

 

母ばかりか父までも死んでいたことにアンジュはショックを隠せなかった。さらにそれをしたのが、実の息子――なのに、この男は罪悪感どころか、父を蔑むように罵った。

 

シルヴィアはそれすらもアンジュのせいだと怒り、鞭を振るう。それを必死に止めようとするモモカも捕らえられており、そんなモモカにジュリオは無情に告げた。

 

モモカがアルゼナルに行けるように取り計らったのは、すべてこのためだと―――なかなか死なない自分のしぶとさに業を煮やし、失墜したミスルギ皇室の権威を取り戻すため、汚点であるアンジュを処刑するために――その言葉にモモカは愕然となる。

 

敬愛する主の危機をそうとは知らず、招き寄せてしまったことに―――こんな男が兄だというのか、鞭を振るうこの少女が妹だというのか――それだけには留まらず、公開処刑を見に来たかつての友人達に国民、それらはすべて己を忌まわしき存在と罵る。

 

よくも騙してくれたな、と。お前の存在そのものが忌まわしいのだ――だから死ね、と………アンジュは悔しさと怒りに歯噛みする。

 

こんな幼稚で滑稽な者達をかつて、自分は愛していたというのか――こんな国に帰りたいと願っていたのか………心のどこかで、未だに思っていた。

 

ミスルギ皇国は平和を愛する国だと――そこに生きる者達は皆、尊い存在だと……それがどうだ? ノーマだというだけで何もかもが悪いと、責任転嫁する思考。それに何の躊躇いもなく、声を上げる姿は人間ではなく、ただの獣だった。

 

(いや―――こいつら皆、人間の皮を被った家畜よ!)

 

睨みつけるように歯噛みするアンジュに、人間達は罵声を浴びせ、卵を投げつける。そして、アキホが放ったのを皮切りに『吊るせ』というコールを、大人子供老若男女関係なく声を揃える光景は、もはや見るに堪えないほど滑稽で醜いものだった。

 

その光景は、アンジュのなかで燻っていた未練を完全に断ち切った。

 

(セラ……あなたの言った通りだった。この世界は、歪んでいるわ)

 

差別や偏見、そして過去――それらを関係なく受け入れてくれたのはアルゼナルに居たノーマ達だけだった。そして、こんな自分を受け入れてくれた大切な相手―――それに比べて、なんと愚かで醜いのだろう。

 

こんな連中のために、ノーマは、自分は――セラ達は命懸けで戦っているというのか……もうこんな腐った世界に一つの未練も無くなった。

 

アンジュの心のなかで見切りがつくと同時に、ジュリオはショーのクライマックスを披露するように、アンジュを処刑台へと連行させる。

 

未だに続く『吊るせ』コールを横に、アンジュはかつて、母ソフィアに言われた言葉、そしてセラの言葉を思い出す。

 

 

 

 

―――生きろ、と………

 

 

 

 

(生きてやるわ! 私は絶対に死なない………!)

 

その決意を胸に、アンジュは口を開いた。あの歌を――母が教えてくれ、そしてセラと一緒に歌った歌を――――道を指し示すあの歌を――――!

 

突如歌いだしたアンジュにコールしていた国民達は戸惑い、ジュリオも困惑する。そんな中、シルヴィアが激昂する。

 

「それはお母様の――! お前のようなノーマが歌っていいものでは……っ」

 

声を上げるシルヴィアを睨みつけ、その眼光に声を引き攣らせる。そんな様を一瞥し、連行されながらもアンジュは歌うのを止めない。

 

あんな連中に殺されはしない……絶対に生き延びてやる―――生きて、絶対に生き延びて………『彼女』と絶対にまた会うのだ。

 

(そうよね、セラ――)

 

自分に生きるための道を示してくれた――大切な存在……どんな状況になっても、生きるのを諦めるなと教えてくれた。

 

これから処刑されるというのに、凛とするアンジュにシルヴィアは苛立ち、命令を飛ばす。

 

「その化け物を早く吊るしなさいっ」

 

上擦った声で命じられ、兵士達がアンジュを処刑台の中央に備えられたロープに腕を固定する。吊られたアンジュの前に兵士達が銃を構えて立ち並ぶ。

 

そんな兵士達の前にシルヴィアが移動し、嗤う。

 

「これで終わりよ、化け物」

 

だが、アンジュはシルヴィアを睨んだまま歌い続ける。

 

「ありがとう、お兄様――私を『ノーマ』だと暴いてくれて! ありがとう、シルヴィア……薄汚い人間の本性を見せてくれて!」

 

最大限の侮蔑と皮肉を込めて高らかに告げる。そう――もうこんな連中は肉親でもなんでもない! こっちから関係を切ってやる。

 

その不遜な態度にシルヴィアは歯噛みする。

 

「サラバだ、アンジュリーゼ――かまえっ」

 

ジュリオも内心、面白くないとさっさと終わらせるべく命令を下す。それに従い、兵士達が一斉に銃を構え、銃口を向ける。

 

モモカの声が遠くに聞こえる――――アンジュは静かに眼を閉じる。

 

 

 

――――――――アンジュ!

 

 

 

その時、アンジュの脳裏に聞きたかった声が響いた。

 

刹那、広場の頭上に巨大な影が現われた。突如巻き起こる突風に混乱するなか、アンジュはその姿に眼を見張った。

 

「ヴィルキス―――っ!?」

 

頭上には、ここにはいないはずの機体が悠然と佇んでいた。

 

 

 

「なんだよ、これ……」

 

眼下に広がる光景にヒルダは戸惑いと怒りを隠せなかった。ノーマの処刑を喜々として行う人間の姿に、ヒルダは心底嫌悪した。

 

その時、セラが静かに立ち上がる。

 

「ヒルダ――悪いけど、少しの間ヴィルキスを頼むわね」

 

「え? って、おい――!」

 

ヒルダが反芻するより早く、セラはハッチを開き、機外へと飛び出した。機体をつたりながら、アンジュの元へと向かうセラに悪態をつきながら、操縦桿を握る。

 

「ああっ、もう! っ、なんだよこの重さ――!?」

 

操縦桿の重さにヒルダは思わず戦慄した。

 

ヴィルキスを滑りながら、セラはアンジュの元に飛び降りた。眼前に着地したセラにアンジュが呆然となる。

 

「セ、ラ………」

 

何故彼女がここに――しかもヴィルキスに乗って………困惑するアンジュに向かって顔を上げたセラがナイフを抜き、腕を縛っていたロープを切る。

 

自由になったアンジュだが、身体がよろめき、前のめりになりそうになる。そんなアンジュの身体を受け止め、羽織っていた外套を外し、アンジュに被せる。

 

「――助けにきましたよ、お姫様」

 

呆然となるアンジュを安心させるように小さく笑うセラに、アンジュは鼓動が脈打つ。それは今まで感じていた不快なものではなく、心地よいリズムになってアンジュの胸で鳴り響く。

 

「き、貴様! 何者だ!?」

 

突然の乱入者にジュリオが上擦った声で叫ぶ。

 

その声に、セラはアンジュをその場に座らせ、ゆっくりと振り返る。その顔にジュリオやシルヴィアだけでなく、その場にいた誰もが驚愕に眼を見開く。

 

「なっ……!?」

 

「ば、化け物が二人……?」

 

困惑する一同の前で、セラはゆっくりと歩き出す。その姿に不気味なものを覚え、距離がかなりあるというのに、アキホは恐怖に耐え切れず叫んだ。

 

「こ、来ないでよ! この化け物―――」

 

刹那、乾いた音が響いた。

 

「え………い、いやぁぁぁぁっ! いたいっ、いたいっ、いたぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃつ!!!!」

 

気づけば、アキホは右脚を撃ち抜かれており、そこから血が噴出し、経験したことのない痛みにその場で悲鳴を上げて転げまわる。

 

「―――口汚い雌豚は黙ってろ」

路傍の石のように吐き捨てるセラの手には、硝煙を上げる銃が握られており、殺気に満ちている。その光景に民衆は我に返り、今までの歓声が悲鳴に変わった。

 

誰もが我先に逃げるなか、アキホは必死に友人に手を伸ばすも、その友人達も気に掛けることもなく逃げていく。一斉に逃げ出す様はまさにみっともない上に、見るに堪えないものだった。

 

セラは腰に付けていた手榴弾を外し、ピンを口で抜くと、それを大きく振りかぶって投げ飛ばした。

 

大きく弧を描きながら逃げ惑う民衆の中心に落ちた瞬間、巨大な爆発が民衆を呑み込んだ。眩い閃光にアンジュは思わず眼を覆い、ジュリオやシルヴィア達も視界を隠す。

 

轟音が響き、アンジュが眼を開くと、そこには巨大な穴ができており、周囲には爆発で四肢を吹き飛ばされた民衆の死体が無残に転がっている。

 

その光景に痛みも一瞬忘れて茫然となっていたアキホの前に先程逃げた友人の腕が落ち、悲鳴を上げる。

 

中心にいた者達は木っ端微塵、巻き込まれた者も既に半死半生の状態であり、所々で呻き声が聞こえる。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図に、ジュリオやシルヴィアは慄き、言葉を失っている。

 

反対にアンジュはどこか唖然となっているだけで、さして動揺もしていなかった。

 

「さすが、ジャスミン特製――威力が桁違いね」

 

その光景を作り出した当人は、どこか感嘆するように威力を確認する。

 

「き、きさま、な、なななにを―――」

 

凄惨な光景を作り出したセラにジュリオが恐怖を隠せずにいる。そんなジュリオに、セラは慇懃に告げる。

 

「聖書にある愚者の街――『ソドムとゴモラ』………この国にピッタリね? ゴミを掃除しただけよ――父親は平気で殺せるくせに、この程度に慄くなんてね―――己の手を血で汚したこともないゴミクズが!」

 

「ひ、ひぃぃぃっ」

 

殺気を纏うセラの視線に射抜かれ、ジュリオは腰を抜かしそうになる。だが、その視線がセラの胸元にあるペンダントに向けられた瞬間、息を呑む。

 

「そ、それは………まさか、そんな――」

 

様子が変わったことにセラが戸惑うも、ジュリオは次の瞬間、上擦った声で頭を振る。

 

「そ、そんなはずはないっ! お、お前が生きているはずがないっ! お、お前は死んだはずだっ! 15年前に―――!」

 

「はあ?」

 

突然訳の分からないこと叫ぶジュリオにセラが不機嫌そうに戸惑う。アンジュやシルヴィアもジュリオの取り乱した様に困惑するだけだが、セラはさして興味もなく、その視線をシルヴィアに移す。

 

視線がかち合ったシルヴィアは引き攣った声を上げ、全身の毛が粟立つように悪寒を覚える。

 

「あ、あの者を始末しなさいっ!」

 

恐怖に駆られながらも、シルヴィアはなんとか声を振り絞るように叫び、兵士達が動揺しながら慌てて銃を構え、シルヴィアを守るように前に出る。

 

だが、セラは次の瞬間、銃口を向け、相手より早くトリガーを引いた。

 

兵士の一人が右眼を撃ち抜かれ、耳を劈くような悲鳴を上げる。動揺する兵士に向かってセラが駆け、一気に接近する。

 

気づいたときには既に遅い―――ナイフを抜き、下段から袈裟懸けに切り上げる。ナイフが皮膚を切り裂き、噴出した鮮血に兵士が悲鳴を上げる。

 

セラは切り裂いた兵士を蹴り払い、ステージから叩き落とす。左から襲いかかる兵士の腹に銃を撃ち、腹部を貫かれた兵士が血に染まる腹を押さえながら悶絶する。

 

背後から襲いかかろうとする二人組に、セラは素早く身を屈ませ、足払いで相手を転倒させる。立ち上がると同時に銃を放ち、四肢を撃ち抜かれた兵士は血の海でのたうち回る。

 

 

 

次々と兵士が倒されていく光景にステージの下で見つめていたモモカも思わず呆然となっていた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

そんなモモカに声が掛けられ、ハッと我に返る。慌てて振り返ると、そこには見慣れぬ青年が歩み寄ってきた。

 

「縄を切るぞ」

 

「あ、あの…あなたはいったい……?」

 

ナイフを取り出し、モモカの縄を切る青年に戸惑っていると、ニコリと笑う。

 

「俺はタスク、アンジュと君を助けるために来たんだけど――少し遅かったみたいだ」

 

青年――タスクはどこか苦笑気味に肩を竦める。

 

「アレクトラから聞いていたけど、やることが過激だな―――全員の注意があっちに向いている。今のうちに逃げよう」

 

「で、ですがアンジュリーゼ様が……」

 

「アンジュは彼女に任せておけば大丈夫だ。それに、君まで乗せてヴィルキスには乗れない。あとで必ず合流するから、今は俺と来てくれ!」

 

渋るモモカを説得する。逡巡していたが、やがてを意を決したように頷く。

 

「分かりました」

 

「よしっ、いくぞ」

 

「はい!」

 

タスクに先導され、モモカは逃げ出す。ジュリオ達の注意はステージに注がれており、それに気づく者はいなかった。

 

 

 

その間に、兵士を一蹴したセラは徐に銃の弾倉から空になった薬莢を捨て、新しいマガジンを装填する。そして、ゆっくりとシルヴィアに向き直る。

 

「ひっ、ひぃぃぃぃっ」

 

殺気を纏った視線で見据えられ、シルヴィアは恐怖に慄く。歩み寄ってくるセラに嫌悪感と恐怖をごちゃまぜにしながら叫ぶ。

 

「こ、こないでっ! この化け物! 来ないでったら!」

 

車椅子の上で必死に逃げようとする姿は実に滑稽だった。歩みを止めないセラにシルヴィアは反射的にマナの光を広げる。

 

だが、その光にセラが触れた瞬間、マナは粉々に霧散する。愕然となるシルヴィアにセラが無機質に告げた。

 

「生憎――ノーマは『マナ』を壊せるのよ」

 

死神の宣告のように告げると、シルヴィアは必死に首を振って現実を締め出そうとする。

 

「こ、こないで! 近寄らないで! わ、わたくしを誰だと!? わたくしは、ミスルギ皇国第一皇―――っ」

 

次の瞬間、シルヴィアは頬に鋭い衝撃を受け、車椅子から叩き落とされた。銃を握った手で殴ったセラは侮蔑するように見下ろしている。

 

殴られた頬を押さえながら呆然となるシルヴィアは顔を上げ、声が掠れる。

 

「あ、ああ……た、助けて―――助けてください………」

 

恐怖が限界を超えたのか、シルヴィアは取り乱したように命乞いを始めた。セラはそんなシルヴィアを能面のように見下ろしていたが、ナイフをしまい、空いた手でシルヴィアの胸ぐらを掴み、引き寄せる。

 

ほぼ寸前に寄った顔にシルヴィアは顔を硬直させる。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした様子に、セラはまっすぐ見据えたまま、低い声で告げた。

 

「見苦しいのを通り越すと、殺す気すら失せるわね―――アンタみたいなゴミカス、殺す価値もないわ」

 

侮蔑すると、セラは乱暴にシルヴィアを突き放した。身を打ちつけるシルヴィアを一瞥し、セラは踵を返す。だが、不意に立ち止まり、顔をジュリオに向ける。

 

「そう言えば、忘れてたわね―――」

 

睨まれたジュリオが声を引き攣らせた瞬間、セラはジュリオに向けて銃を撃ち放った。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

銃弾が頬を掠め、経験したことのない痛みが襲い掛かり、もがきまわる。

 

「アンジュの傷みの何万分の一でも味わいなさい―――」

 

殺すのは簡単だが、シルヴィアと同じく殺す価値すらない―――もう邪魔をする兵士もほぼ死屍累々となっており、セラはアンジュの傍に戻る。

 

アンジュはその一部始終を茫然と見つめていたが、セラはアンジュの身体を抱え上げる。

 

「え、ちょ…セラっ」

 

「暴れるな、このまま逃げるわよ」

 

アンジュの心情的には、お姫様抱っこをされたことに驚いているのだが、セラはそれを嗜めると、顔を上げる。

 

「ヴィルキス!」

 

刹那、上空で待機していたヴィルキスが大地に降り立ち、手を差し出す。まるで、意思を持つかのようなその仕草にアンジュは戸惑うも、その手の上に飛び乗り、二人を抱えながらヴィルキスはゆっくりと浮上する。

 

セラはそのままヴィルキスのコックピットに飛び込む。

 

「おっ、やっと戻ったか!」

 

悪態を返すヒルダにアンジュが驚く。

 

「ヒ、ヒルダ!? なんでアンタがここに!?」

 

コックピットにいるはずのない相手の顔に驚くアンジュをセラが制する。

 

「話はあとよ――とっと退散するわよ。こんなクサッた国から」

 

毒づくセラの言葉にアンジュもヒルダも同意した。アンジュを抱えたまま操縦桿を握り、セラはヴィルキスを加速させる。

 

(さよなら―――腐った家畜ども)

 

遠ざかっていく故郷に、アンジュはハッキリと決別を告げた。そして、今はただこうしてまた再会できたセラの腕のなかに身を委ねた。

 

(ありがとう―――セラ……)

 

感じる心地よさに、アンジュは小さく感謝した。




前回に引き続き、今回もかなり派手にやらかしました!

でも後悔はしていません! 劇中でもやってくれとか思ってたぐらいの衝撃的なシーンだったので。

まるで中世の魔女の処刑ですね。


これでアンジュを救出し、ミスルギ皇国編は終わりです。

次回一話を挟んで、いよいよ『彼女』の登場です! やっぱり待たせすぎだよな…最初から発表されてたのに原作11話からとは―――

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。