クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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escape・farewell

フェスタで盛り上がるアルゼナルの司令部では、いつもの席に着いているオリビエが頬杖をついて顔を顰めている。

 

「あー、つまんない!」

 

不機嫌さを隠そうともせずにぼやく。オリビエは、フェスタの時間中、司令部での警戒任務を下されていた。いくら一日だけのお祭りとはいえ、シンギュラーがその日を避けて開くという保証もないため、最低限の警戒はしなければならない。

 

理由は分かるのだが、感情的に納得できない部分があった。いつも一緒にいるパメラやヒカルは今頃楽しそうにしているんだろうなと思うと苛立ちは隠せなかった。

 

「ここは普通後輩に譲るべきでしょう―――」

 

昨日、誰が司令部に残るかを三人でクジ引きしたのだが、オリビエは留守番役を引き当ててしまい、絶望してしまったのとは逆にパメラとヒカルの二人は傍から見ても分かりやすいぐらい喜んでいた。

 

まさに天国と地獄――そして二人は留守を頼むと意気揚々とフェスタに繰り出していった。いつも後ろでいるジルやエマも会場に出ており、残されたオリビエはまたもや深々とため息をこぼした。

 

「私も行きたいな~~」

 

ずっとレーダーを眺めていると、不意に背後のドアが開く音が聞こえ、思わず背筋を正す。

 

「あ、さ、サボってませんよ……って、セラさん?」

 

一瞬、ジルが入ってきたのかと顔が強張り振り向くと、そこには第一中隊のセラがいた。オペレーターとして何度か通信越しに話をしたことはあったが、あまり接点のないオリビエはセラの姿に首を傾げる。

 

「どうかしたんですか? それに制服だし?」

 

「別に――それより、あなた一人?」

 

「そうなんですよ!」

 

オリビエは思わず不満をこぼし、延々と愚痴を数分間話す。鬱憤が溜まっていたのか、それを聴き終えると、セラは小さく頷く。

 

「そう…だったら、代わってあげようか?」

 

「え……?」

 

一瞬、その申し出の意味が分からずに思考が固まる。

 

「少しの間だけなら代わってもいい――私は正直、あの雰囲気が苦手で」

 

苦笑気味に告げると、オリビエは眼に見えて動揺し、声が上擦る。

 

「え、で、でも……」

 

正直、魅力的な提案だった。だが、役目を渡してもいいか戸惑っていると、セラが言葉を続ける。

 

「レーダーを見てるぐらいなら私でもできる。1-2時間ぐらいなら、司令も目くじらを立てることもしないでしょ」

 

その一言に、つっかえが取れたのか、オリビエは弾んだ面持ちを浮かべる。

 

「そ、そうですよね! それじゃ、お言葉に甘えて……」

 

間髪入れず準備を整え、笑顔で振り返る。

 

「セラさん、本当にありがとうございます!」

 

礼を述べると、オリビエは時間がもったいないと司令部を一気に飛び出していった。それを見送り、ドアが閉まると、セラはすぐさま表情を変え、即座にジルのシートに腰掛ける。

 

司令が使用しているシートになんの躊躇いも戸惑いもなく座り、コンソールを立ち上げ、キーを叩く。

 

画面に表示されるデータファイルを検索しながら、セラはネットワークを通じてジルの執務室のコンピューターにアクセスをかける。

 

ここのデータがリアルタイムで送られるよう、通じているはずだ。それを逆手に取って逆アクセスを仕掛ける。

 

(バレたら懲罰ものどころか、下手をしたら銃殺ものね)

 

最も、先程の光景を見た今となっては銃殺程度に動揺などしないが。相当にヤバいことをしているセラだが、内心ではむしろ昂ぶった心持ちで作業を進める。『真実』を知るために―――

 

やがて、アクセスしていたデータが繋がり、記録領域を発見する。

 

「繋がった――!」

 

アルゼナルの全データ――随分とプロテクトが甘いなと内心警戒する。防護策も多少は施しているとは考えていたが、その兆候もない。それとも、誰も閲覧することなどないとタカを括っているのか……警戒は緩めないまま、データに検索をかける。

 

ドラゴンのこと、そしてリベルタスのこと――ジルの過去―――そこに、なにかしらのキーワードが隠されているはずだ。

 

ファイルを篩にかけながら、セラは目的のデータを探していく。そして、もう一つ調べなければならないことがあった。

 

「ミスルギ皇国―――今どうなっているの……?」

 

その答を求め、セラは作業を続けた。

 

 

 

 

セラが司令部にてデータを閲覧している頃――ゲストハウスでは、ミスティが落ち着かない様子で佇んでいた。

 

エマにアンジュリーゼに会いたいという旨を伝え、彼女が探しに出てから既に半時間ほど――時間の経過のなか、ミスティはなにを話そうかと悩む。

 

ここに来るまではただアンジュリーゼに会いたいとだけしか思っていなかった。だが、先程のセラとの会話の中で問われた言葉が彼女の内で戸惑いを生み、時間の経過とともに次第に不安へと広がっていた。

 

(どうしたらいいのでしょう―――?)

 

なにより、彼女に伝えなければならないことがあるのだ。それを伝えて、彼女がどうするのか――そこまで考えた瞬間、ドアの外から悲鳴が聞こえ、ハッと顔を上げた。

 

ドアの外で待機していたSPの悲鳴と何かを殴打する音――控えていた侍従が咄嗟にミスティを庇おうとするも、ドアが勢いよく開かれ、のっそりと入ってきた影に侍従は驚き、緊張が切れたのかそのまま気を失った。

 

倒れる侍従を尻目に入ってきた巨大な被り物をした影にミスティは息を呑み、眼を見開く。侍従のように気を失わないだけ、胆力があるのは皇族ゆえか。

 

それでも動揺するミスティの前にペロリーナの被り物をした人影が近づくと、くぐもった声を掛けた。

 

「会いに来てあげたわよ、ミスティ」

 

「えっ?」

 

自分の名を呼ばれたことにビクッと身を震わせると、人影は徐にペロリーナの頭を取る。

 

「私よ」

 

露になった顔に、かつての面影を垣間見、ミスティは思わず声を上げる。

 

「まさか……アンジュリーゼ様?」

 

真名を呼ばれたアンジュは若干不機嫌そうに顔を顰め、マスクをソファに投げ捨てると、ふてぶてしくシートに腰を落とす。

 

「――久しぶりね……私に何の用?」

 

眼を吊り上げ、睨むように見るアンジュに、以前までのギャップを覚え、思わずたじろぐも、ミスティはなんとか平静を保とうとする。

 

「ず、ずっとお会いしたいと思っていました……」

 

「フーン」

 

引き攣った口調で告げるも、アンジュはどこか胡散臭そうに見ている。ミスティは内心、なにを話していいか分からず戸惑う。

 

グルグル回る思考のなか、不意に先程の会話が過ぎり、ミスティは一度深呼吸を行い、気分を落ち着かせる。その様子にアンジュが戸惑っていると、ミスティは今までのオドオドしたものでなく、背筋を正してアンジュを直視する。

 

「あの……アンジュリーゼ様は、本当にノーマなのですか?」

 

躊躇いながらもそう口にするミスティに、アンジュはやや面を喰らいながら、そっぽを向きながら頷く。

 

「ええ、そうよ。私はノーマ――あなたの探しているアンジュリーゼじゃないわ」

 

どこか投げやりに応えると、ミスティは表情を沈痛に顰め、俯いてしまう。

 

「正直、信じられませんでした―――洗礼の儀での出来事は、何かの間違いではないかと……」

 

あの日のミスルギ皇国の洗礼の儀は全世界に中継されていた。当然ながらミスティもそれを視ていた。だが、その最中に暴露されたアンジュリーゼの秘密に驚愕し、数日は戸惑いと放心してしまった。

 

「ですが、事実だったのですね――」

 

「なによ、同情? 皇女がノーマに惨めに堕ちた様がそんなに?」

 

苛立たしげに呟くアンジュに、ミスティは何も言えず黙り込んでしまう。その様子にため息をつきながら、アンジュはさっさと本題を切り出す。

 

「それより、用件ってそれだけ? だったら、今度は私の頼みを聞いてちょうだい」

 

わざわざこんな所にまで来たのはミスティの同情を誘うわけでもなければ、喧嘩を売りに来たわけでもない。一瞬、眼を剥くも、ミスティはようやく思考が回りだす。

 

「あと一つ、お話したいことがあります」

 

絞り出すように開いた口から出た言葉に、アンジュは戸惑う。

 

「アンジュリーゼ様の国――ミスルギ皇国についてです」

 

次の瞬間、アンジュは驚愕に眼を見開き、語られた内容に息を呑み、いてもたってもいられず、ミスティの腕を引っ張ってゲストハウスから飛び出していった。

 

 

 

 

陽も落ち、夕闇がアルゼナルをオレンジ色に包むなか、フライトデッキに人影が現われた。

 

「あの……私をどこへ連れていかれるのですか?」

 

硬い声で背後に向かって問い掛けるモモカは、背中越しに拳銃を突きつけられており、それをしているのは、ヒルダだった。

 

「黙って歩きな」

 

モモカの問いを封じ、強ばった面持ちのまま指示に従う。アンジュが姿を消して暫くして後、モモカはアンジュを捜してアルゼナル内を回っていたのだが、そこへヒルダが突然銃を突きつけ、従うように強要した。

 

モモカは渋々と応じ、このフライトデッキへと誘導され、発着甲板まで移動すると、そこに見える輸送機に気づき、声を上げる。

 

「これは……?」

 

「ローゼンブルム王家の輸送機さ。マナを使えるアンタなら、こいつを飛ばせるだろ?」

 

問い掛けにモモカは戸惑う。

 

「できますが…何のために……?」

「決まってるだろ――脱走だよ」

 

不敵に笑うヒルダに小さく驚くも、すぐに呑み込んで視線を逸らす。

 

「――お断りいたします。私が従うのは、アンジュリーゼ様だけですから」

 

その態度にヒルダは内心舌打ちする。素直に応じるとは思ってはいなかったが、あまり時間も掛けていられない。

 

「じゃあ死ぬ? だぁいすきなアンジュリーゼ様のお世話ができなくなるけどね――」

 

銃口を突きつけ、脅すヒルダにモモカが微かに動揺した瞬間―――背後から音が聞こえ、視線を後方へと向ける。

 

「モモカ!?」

 

武器や弾薬を満載させたカートの上にチョコンと載せられたミスティを押したまま息を切らして現われたのはアンジュだった。

 

モモカの姿に戸惑うアンジュだったが、それはモモカも同様だった。

 

「アンジュリーゼ様とミスティ様?」

 

何故二人が一緒にいるのか――困惑するモモカに銃口を向けたまま、ヒルダも内心の動揺を抑えながら、余裕を見せるように口端を吊り上げる。

 

「これはこれは……イタ姫様、こんな場所に何の用ですか?」

 

喰ったように問い掛けるヒルダを一瞥し、アンジュはモモカに問い掛ける。

 

「モモカ、どうしてヒルダと?」

 

「この方が脱走するから船を飛ばせと」

 

「脱走?」

 

戸惑っていたアンジュはその言葉にさらに困惑する。

 

「どうして?」

 

「アンタには関係ないだろ」

 

ヒルダの脱走する理由が分からずに睨みつけるも、ヒルダは鼻を鳴らすだけだ。その態度に苛立つも、今はヒルダと諍いをしている場合ではないのだ。

 

アンジュはすぐさまカートに積んでいたライフル銃を掴み、どこか怯えるミスティの前で撃鉄を起こし、ヒルダに銃口を向ける。

 

「させない―――」

 

「へぇ…あたしを止めるってのかい?」

 

銃口を向けられたというのに余裕を崩しはしなかったが、それでも銃口をアンジュに向ける。一触即発のなか、アンジュは睨んだまま口を開く。

 

「この船は、私が使うから――!」

 

その言葉にミスティは息を呑み、予想外の内容にヒルダも思わず声を上げる。

 

「はあ?」

 

「まさか、シルヴィア様を――!?」

 

だが、その背後で意図を察したモモカが叫ぶと、アンジュは苦く唇を噛む。先程、ミスティから伝えられた内容――ミスルギ皇国は今や混乱の中にあり、皇族は、今反乱を起こした民衆に捕らえられている。そして、皇族にノーマが居たという事実を隠したという罪でいずれ処刑される。

 

その内容を聞いた瞬間、アンジュは頭が一瞬真っ白になってしまった。だがそのおかげで今まで悩んでいた覚悟が決まった。

 

アンジュはすぐさまミスティを連れ出し、ジャスミンモールに向かった。そこで留守番をしていたバルカンにハンバーガーを与えて注意を逸らしている隙に武器弾薬を調達し、このフライトデッキまで急行してきた。

 

すべては、自分に助けを求めた(シルヴィア)を助けるために―――――

 

「私は、あの子から自由を奪ってしまった―――」

 

「アンジュリーゼ様……」

 

過去の過ちを悔いるように吐露する。その様子にミスティもまた辛そうに表情を顰める。

 

「だから…守らなくちゃいけないの――私が…あの子を――――!」

 

ノーマに堕ちた自分に…忌むべき存在だった自分に助けを求める声が、アンジュをその決意へと誘った。そして、それを誓うようにアンジュはヒルダを見据える。

 

突発的ではあったが、アンジュはローゼンブルム王家の一人であり、友人であったミスティの訪問と、ミスティが乗って来た輸送機の存在を利用して脱走を試みようとした。

 

輸送機を動かす力もマナのため、マナを使える人間が必要だったのでミスティを連れてきたのだが、そこにモモカが居てくれたことは思いがけない僥倖だった。

 

「一緒に来てくれる、モモカ?」

 

「は…はいっ! 喜んで!」

 

その言葉に、モモカは熱いものがこみ上げ、是非もなく頷き返す。眼の前で繰り広げられるやり取りに完全に蚊帳の外になっていたが、逆にヒルダは好機と捉えた。

 

「へっ、利害の一致ってやつかい? だったら協力しない?」

 

銃を向け合うがヒルダは、アンジュに一つ提案をした。アンジュ、ヒルダ共にアルゼナルからの脱走が目的だ。お互いの利害が一致しているなら、手を組んだほうが得策と踏んだのだろうが、アンジュは逆に警戒する。

 

「お断りよ、あなたは信用できない」

 

未だ第一中隊内で――いや、アルゼナルに来た頃からの確執が一番強い相手に対して協力などできるはずもなかった。

 

「へぇ…じゃあ、アンタはどうやってこの船の拘束を外すんだい?」

 

拒否するアンジュに予想済みとばかりにヒルダは手持ちのカードを切る。その言葉にアンジュも眉を顰める。

 

「拘束?」

 

「この輸送機は、整備点検のためにアレスティングギアで固定されている。無理に外そうとすれば警報、無理に飛べば機体損傷―――アンタ、解除できる?」

 

そう切り返され、アンジュは返答に窮する。突発的に行動しただけに、細かなことにまで頭が回らなかったのは仕方ないにしても、ヒルダの言葉通りなら、すぐさまバレてしまう。そうなれば水の泡だ。

 

詰まるアンジュにアドバンテージを得たと確信したのか、ヒルダは自信満々に告げる。

 

「あたしはできる――この日のためにずっと準備してきたんだからね。どう、手を組まない?」

 

既に答は決まっているのだが、あくまで自分の優位性を誇示するために、改めて提案する。その交換条件に、アンジュは苦々しく舌打ちし、渋々応じるように銃口を下げた。

 

 

 

 

アンジュとヒルダが疑心暗鬼の共同戦線を張った頃、セラはどこか焦燥した面持ちでフェスタの会場に向かっていた。

 

司令室に入ってから3時間ほどしてオリビエは戻ってきた。つい楽しんでしまい、時間を大幅にオーバーしたことに平伏気味だったが、正直どうでもよかった。

 

感謝するオリビエに適当に相槌を返しながら、入れ替わるようにセラは会場へ向かった。だが、正直昼間に見た光景にも劣らないほどの『事実』を知っただけに、衝撃が大きかった。

 

(10年前の失敗の挽回か―――アレクトラ・マリア・フォン・レーヴェンヘルツ―――!)

 

内心に、先程掴んだ情報を反芻する。

 

肝心なことは掴めなかったが、10年前に実行されたという『リベルタス』についてはわずかだが知ることができた。意図していたピースとは違ったが、それは異なるパズルを完成させるという意味では思いがけないものだった。

 

だが、思い返せば思い当たる節は確かにある――セラもこのアルゼナルで15年間生きてきた。10年前といえば、自分はまだ年端もいかないガキだったが、その頃のアルゼナルが俄かに雰囲気が違っていたのは幼心なりに感じていた。

 

大量に戦死したライダーに、スタッフ――そして、突然司令の座を降りたジャスミン…アレが『リベルタス』の結果だったと考えれば納得ができる。

 

(だけど、何故ヴィルキスにこだわる……?)

 

それだけがいくら考えても分からなかった。それに、それだけの大規模な反乱があったなら、何故アルゼナルは今も活動できている。下手をすれば、今頃人間の厳重な監視が置かれていてもおかしくないはずだ。それこそ、ノーマは皆殺しにされていても不思議ではない。

 

(何かの『意思』が介入している――そう考えた方が自然か)

 

いくら政治家どもがマナに依存し、能天気とはいえ、反乱を起こしたノーマをそのままにしておくというのは明らかに不自然だ。なら、なにか別の思惑がそうさせている――ノーマにドラゴンを狩らせる……そのためにノーマが『必要』なのだとしたら………

 

(バカバカしい! そんな真似、誰にできるってのよ―――)

 

内心に浮かんだ考えを打ち消す。もし世界をそんな歪んだ形に成せる存在が居るとしたら、それこそ『神』の領分だ。

 

どちらにしろ、その『リベルタス』の中心にいたのは今の『ジル』だ。そして、かつての失敗をそごうとしているなら―――以前盗み聞いたジルの言から、近々それを実行する可能性は高い。なら、それに対して自分はどう動くべきなのか―――だが、今はその思考を隅に追いやった。

 

それよりも今は別のことが頭を占めていた。なにより、妙な胸騒ぎが先程から静まらない。

 

「アンジュ―――!」

 

会場に到着したセラはアンジュの姿を探す。

 

既に陽も落ち、空が薄紫に染まるなか、会場を見渡してもすぐには見つからない。微かに焦るセラは前方で大きな歓声が上がったことに気づき、そちらに視線を向けた。

 

フェスタ会場の中心では、大運動会がフィナーレを迎え、優勝者の表彰が行われていた。

 

「賞金百万キャッシュ争奪! 大運動会! 今年の優勝はぁぁぁぁ!」

 

ジャスミンの司会が今日一番の盛り上がりを見せ、表彰台に立つ人物を叫び上げる。

 

「意外や意外、大穴中の大穴! サリア隊の――クリスだぁぁぁぁぁっ!」

 

その存在を誇示するように賞金のプラカードを毅然と掲げるクリスに会場から拍手が上がる。サリア達もまたクリスの獅子奮迅と評せる活躍ぶりは圧巻だった。ヴィヴィアンは『蝶のように舞い、蝶のように刺す』と、妙にズレた称賛を送った。

 

「凄かったね、クリスさん」

 

「ホントホント、人は見かけによらないって言うけど、ホントそうよね」

 

同じく観戦していたココとミランダも、クリスの活躍には驚かされていた。まもなくフェスタの最後のフィナーレである花火が上がる。

 

少しばかり寂しい気持ちもあるも、目一杯楽しんだ二人もまた満足気だった。

 

「ココ! ミランダ!」

 

そこへ唐突に声が掛かり、二人は驚いて振り返った。

 

「あ、セラさん……」

 

「あんた何やってんの? それに何で制服……?」

 

駆け寄ってきたセラに、二人は眼を丸くする。そう言えば、今日はフェスタの会場で一度も見かけていなかったと今更ながら思い出し、そして何故制服姿なのか首を傾げる。

 

そんな二人に駆け寄ったセラはどこか焦った面持ちで問い掛ける。

 

「アンジュ見なかった!?」

 

普段はあまり見ない焦った口調にやや面喰らいながらも、二人はお互いに見合いながら記憶を辿る。

 

「そう言えば――大運動会が始まる前から見なかったような………」

 

「うん――あ、でもナオミと一緒に居たのを見たような………」

 

必死に記憶を辿りながら、アンジュがモモカとナオミと三人でパラソルで休んでいた光景が甦る。

 

「ナオミはどこ!?」

 

「あれ? 確か一緒に観てたはずなんだけど――」

 

大運動会が始まった頃は確か一緒に観戦していたはずなのだが、いつの間にかナオミの姿も消えており、ココとミランダも困惑が大きくなる。

 

「ひょっとして、モモカもいないの!?」

 

その問い掛けに、二人は戸惑ったまま沈黙し、セラは嫌な予感がさらに強くなる。その時、視界の端にエマが必死の形相でゲストハウスから飛び出してきたのが過ぎり、セラは今朝のことを思い出す。

 

ローゼンブルムの皇女、ミスティはアンジュの知り合いだと言った――もし彼女とアンジュが接触していたら…そこでハッと気づく。

 

「ローゼンブルム…輸送機……フライトデッキ――っ!」

 

独りごちた瞬間、セラは身を翻して飛び出していく。

 

「あ、ちょっ、セラ!」

 

背後で、花火が上がったことにも気づかず、ミランダの制止も聞こえず、セラはフライトデッキに向かって急ぐ。

 

先程のデータ検索で分かった事実――ミスルギ皇国は、滅びてなどいない。モモカがこのアルゼナルに来た頃から燻っていた予感が現実だったことに、セラは焦る心を抑え込み、アンジュのもとに向かうのだった。

 

 

 

 

 

フライトデッキではアンジュとモモカが輸送機にこの先必要になるであろう武器弾薬、その他の物資を大急ぎで積載していた。

 

その間、無理矢理連れてこられたミスティは特に反抗するでもなく、大人しく貨物室で作業を見ていた。アンジュがミスティをここへと連れてきたのは、輸送機を使うため、あわよくば『マナ』を使える人間として利用するためだったのだが、モモカが居れば、その必要もなくなった。

 

あとは、離脱する際の人質ということも考えたが、さすがにそこまでかつての友人にするほどアンジュも落ちぶれてはいない。当人が何をするでもなく静かにしているのは予想外だったが、今は眼の前のことに精一杯だったこともあり、そのまま放置した。

 

ヒルダは司令室へと向かった。司令室ではフェスタの間、レーダーを監視しているオペレーターがおり、下手な動きはすぐに筒抜けになる。だが、逆に最低限の人員しかいないため、潰すことはできる。アンジュは好きにしなさいと投げやりに応えた。

 

大方の物資は積み終え、モモカが輸送機のコックピットに移動し、あとはヒルダが戻ってアレスティングギアを解除すれば発着できる。

 

その時、アンジュの背中に声が掛かった。

 

「アンジュ、何やってるの?」

 

拳銃を調整していたアンジュが振り返ると、そこには戸惑った面持ちを浮かべるナオミが佇んでおり、アンジュは小さく舌打ちした。

 

「アンジュ…まさか、アルゼナルから脱走するつもりなの―――?」

 

詰め寄るように、そしてどこか震えた口調で問い掛けるナオミにアンジュは表情を逸らしたまま無言だ。ナオミは焦れるように叫んだ。

 

「答えて!」

 

肩で息をするように呼吸を乱すナオミを一瞥し、アンジュは憮然とした面持ちでナオミを見やった。

 

「そうよ――私は出て行くわ、ここから」

 

歯に衣着せぬように告げるアンジュに、既に理解してはいたのだろうが、ナオミはショックを隠せないように眼を見開く。

 

「邪魔をしないで、ナオミ!」

 

「――シルヴィアって子のため?」

 

拒絶するアンジュに一拍後、そう呟いたナオミにアンジュは驚愕に眼を見開く。

 

「ゴメン、今朝偶然聞いちゃったんだ―――シルヴィアって子が…アンジュの妹が助けを求めていたのを」

 

詫びるように告げるナオミに、戸惑っていたアンジュはすぐさま感情の乱れを抑え込み、声を荒げる。

 

「なら分かるでしょ、私はあの子を助けなきゃいけないの!」

 

「で、でも――」

 

「それに、あなたには関係ないことよ!」

 

「セラはどうするの!?」

 

拒絶していたアンジュだったが、その名前に虚を突かれ、そして表情を苦々しく歪める。

 

「セラには何も言わずに行っちゃうの!? 家族が大切だってアンジュの気持ちも分かるよ――だけど、セラは? セラには何も言わずに行っちゃうの!? セラはアンジュのこと、すごく大事に想ってるんだよ!」

 

どこか辛そうに叫ぶナオミは、瞳に涙を浮かべる。それがアンジュの心に痛々しく刺さる。

 

「言えるわけ…ないじゃない―――」

 

小さく…そしてか細い声で呟く。

 

「言えば、セラは絶対止めようとする――けど、私はどうしても行かなきゃいけないのよっ!」

 

葛藤を押し殺すように叫ぶアンジュにナオミも気圧され、口を噤むも、それに負けじと声を上げようとする。

 

「だけど――っ、うぁ………」

 

刹那、ナオミは首筋から衝撃を受け、意識を昏倒とさせ、その場に倒れ伏した。

 

「悪いね、ナオミちゃん――暫くおネンネしてな」

 

崩れ落ちたナオミの背後で、したり顔で笑うヒルダに、アンジュがどこか表情を硬くする。

 

「ヒルダ……」

 

「へっ、余計な邪魔はこれ以上御免だぜ――それより、急ぎな! もうすぐフェスタが終わるよ!」

 

既に司令室の目は潰した。現に、フェスタに少しではあるが参加できたオリビエは気を緩ませており、背後から近づいたヒルダに気づくことなく昏倒させられていた。

 

ヒルダはそのままコンソールパネルに駆け寄り、アレスティングギアの解除を進める。ヒルダの目論見は、花火音にまぎれて脱出するというものだった。

 

解除時と飛行時の音を誤魔化すためのものだが、アンジュも従うしかなかった。倒れたナオミを複雑な面持ちで一瞥し、アンジュはカーゴのハッチ付近で待機し、その横をモモカが抜け、操縦室へと急ぐ。ちょこんと座り込んでずっと事態の推移を見ていたミスティはこの状況でも特に取り乱したりせず、どこか呆然と見ているだけだ。

 

「降りたかったら降りていいわよ」

 

そんなミスティにアンジュが声を掛ける。ここまで来れば、別にミスティを解放しても問題はない。このまま一緒に連れて行くのも面倒なので、そう伝えるも、ミスティは静かに首を振る。

 

「私も――いっしょにいきます」

 

予想外の言葉にアンジュは眼を剥く。

 

「私は、どこまでも、アンジュリーゼ様の味方ですから」

 

屈託なく笑うミスティにアンジュは今まで抱いていた印象を変える。自分と同じ世間知らずのお姫様――そう考えていたが、この状況でそう言える芯の強さが、果たしてアルゼナルに来た当初のアンジュにあったか……己の過去の無様さを思い出し、アンジュは軽い自己嫌悪になる。

 

「好きにしなさい」

 

そう一瞥すると、アンジュは無言でフェスタの会場を無意識に見やる。その先にいる『誰か』を思うように―――その間に、ヒルダは射出システムの解除を行っていた。正規の段階で操作を行えば、間違いなく気づかれる。なら、操作を手動に切り替えるしかない。

 

ピンでロックの鍵穴を弄っていると、やがて手応えがあったのか、壁面に備わった各アレスティングギアジョイントの手動レバーのカバーが外れ、ヒルダはガッツポーズする。

 

「緊急射出システム、スタンバイ!」

 

《了解です》

 

インカム越しに呟き、輸送機の操縦席にいるモモカがシートベルトを締め、マナの光で輸送機のエンジンに火を入れる。

 

準備が整い、あとはアレスティングギアを解除するだけ――お互いが固唾を呑みながらその瞬間を待つ。やがて、花火が一際大きく弾けた。

 

「今だっ!」

 

ヒルダはすかさずレバーを回し、連動するように輸送機を固定していたアレスティングギアが解除され、既に火の入っていた輸送機がゆっくりと動き出す。

 

「よしっ」

 

すべてうまくいったと喜んだヒルダはすぐさま駆け出し、輸送機に向かう。駆け寄るヒルダを一瞥したアンジュはインカムでモモカに素っ気なく告げた。

 

「モモカ、発進よ。ハッチを閉じて」

 

その指示にモモカは思わず混乱する。

 

《え? でも、あの方がまだ――》

 

「いいから!」

 

モモカの戸惑いを封じ込めるように遮り、輸送機はヒルダを待たず加速していく。それに気づいたヒルダは大きく動揺する。

 

「ええっ、おい! 何のつもり!? 待てよ!」

 

上擦った叫びを上げながら全力疾走で輸送機を追うヒルダを、アンジュはどこか見下ろすように一瞥し、口を開いた。

 

「ブラジャーの恨み、忘れてないわよ」

 

「へっ?」

 

一瞬何のことか分からず戸惑うヒルダに苛立ったのか、アンジュはあの時の鬱憤を晴らすように言葉を続けた。

 

「あのせいで、大変な目に遭ったんだから――」

 

墜落に始まり、ヘビに噛まれる、変態に襲われる――とにかく、あの時に憶えた恨みつらみをぶつけるように告げると、ヒルダの顔が途端に苦くなる。

 

「そんな…昔の話!」

 

完全に自業自得なのだが、この状況では完全にあの時の行動が裏目に出た格好だった。だが、それでもヒルダは諦めるわけにはいかず、なりふり構わず叫ぶ。

 

「それだけじゃないわ。後ろから狙い撃つ…腰巾着の手下を使って嫌がらせをする。ペロリーナの着ぐるみが臭い―――」

 

「最後の何!?」

 

身に覚えのない謂れにさすがに突っ込まざるを得なかったが、状況が変わったわけでもなかった。

 

「なにより許せないのは――セラまで沈めようとしたことよ!」

 

睨みつけるアンジュにヒルダは思わず気圧される。

 

「とにかく、あなたは信用できない―――お友達と仲良く暮らすのね」

 

それはアンジュなりの強烈な皮肉だった。

 

「モモカ、後部ハッチ閉めて!」

 

その指示にモモカは戸惑いながら開閉ボタンを押そうとするも、その指が震え、なかなか定まらない。どんどん加速する輸送機に、ヒルダは歯噛みする。

 

「ふっざけんなぁぁぁぁっ!」

 

ヒルダは最後の力を振り絞って後部ハッチに跳び移った。鬼気迫るその行動に、アンジュも思わず唖然となる。何がそこまで彼女を駆り立てるのか―――

 

「ふざけんな! このために…このために、何年も、何年も待ったんだ!」

 

振り落とされないようにハッチを這いながら、ヒルダはその執念を吐露するように叫ぶ。

 

「生き残るためなら、ゾーラの玩具にもなった! 面倒な奴らと友達にもなってやった! 何だってやって来たんだっ!」

 

鬼気迫る気迫を出しながら、這い上がってくるヒルダに、アンジュは呆然と見入る。遠くで見ているミスティもその様に圧倒されている。

 

「ずっと待ってたんだ…ずっと、ずっとずっと、この日を――! 絶対に帰るんだ、ママの所に!」

 

必死に這い上がろうとするヒルダの眼には微かに涙が滲み、その言葉にアンジュはハッと息を呑む。なんとかよじ登り、立ち上がろうとするヒルダだったが、浮上しかける輸送機にバランスを崩して落ちかける。手を伸ばすヒルダはこれまでかと思った瞬間、アンジュは無意識に手を伸ばし、その手を掴んで彼女を助けた。

 

アンジュ自身も分からない――だが、ヒルダの姿がどこか己とダブったのかもしれない。家族に会いたい――今まで気に喰わなかった相手が、何故か急に身近な存在に思えてしまった。

 

アンジュは無言のままヒルダを引き上げ、貨物室へと引き寄せた。

 

「礼は言わないよ――」

 

「期待してないわよ」

 

そんな軽いやり取りをし、アンジュがモモカにヒルダの搭乗を伝える。

 

 

「アンジュ――――――――!!!」

 

 

刹那、最後にもう一度だけ聞きたかった――同時に、一番聞きたくなかった声がアンジュの耳に轟いた。

 

 

 

 

 

 

輸送機が発進し、落ちかけていたヒルダをアンジュが掴んだタイミングで、セラがフライトデッキに到着した。

 

「ナオミ!? っ―――!」

 

倒れているナオミに息を呑むも、すぐに輸送機に気づき、舌打ちして駆け出す。カーゴハッチにアンジュの姿を見つけ、セラは思わず叫んだ。

 

ヒルダを引き上げていたアンジュがその声にビクッと身を震わせ、こちらに視線を向けた。

 

「何やってるの!? 戻りなさいっ!」

 

「―――ごめんなさい、私はどうしても行かなきゃいけないの。助けなきゃいけない子がいるの」

 

セラの叫びに、アンジュは懺悔するように呟くも、セラは己の予感が最悪の形で当たっていたことを悟り、ますます焦る。

 

「バカっ、違う! このまま行ったら、アンタは―――!?」

 

言葉がうまく出ず、もどかしい気持ちで焦るセラに、アンジュはなおも別離の言葉を続ける。

 

「さよなら――あなたに会えて良かった! こんなこと、言えた義理じゃないけど……セラ、あなたは絶対に生きて!」

 

「アンジュ! っ!」

 

制止の言葉は届かず、セラの前で輸送機は離陸し、カーゴハッチが閉じられていく。巻き起こる突風で視界を覆われるなか、最後にアンジュが微かに寂しく笑っていた顔が見えた。

 

旋風が収まると、顔を上げたセラの眼には、既に加速して夕闇に消えていく輸送機があった。

 

「あの…大馬鹿が―――っ!」

 

大仰に悪態をつき、セラは悔しげに手を握り締めた。

 

(分かってるの? 今のアンタの故郷は…『ミスルギ』は、アンタにとって一番危険な場所なのよ――!)

 

内心で叫びながら、セラは上空に消え去った輸送機を睨み続けた。

 

 

 

 

 

その様子を遅れて到着したジル達も確認し、ミスティが連れ去られたこととノーマが脱走したという事実にエマは卒倒し、思わずマギーが支える。

 

「ったく、簡単に買収されやがって! 何のための番犬なんだい!」

 

睨まれたバルカンは力なく萎縮するのみであり、ジャスミンは大仰にため息をつく。そんなジャスミンに、ジルが静かに告げた。

 

「ジャスミン……あの坊やに連絡を」

 

「――はいよ」

 

意図を察したジャスミンは静かに頷いた。だが、ジルの言葉はまだ終わっていなかった。

 

「それと――アイツに監視をつけておいてくれ」

 

その言葉にハッと眼を見開く。ジルの視線が、消え去った輸送機を見据えるセラの背中に向けられており、ジャスミンは強ばった面持ちで黙り込むのだった。

 

花火大会で盛り上がるノーマ達にこの『事実』が伝えられたのは、すぐのことだった―――――




先月、声優の松来未祐さんが亡くなり、大ショックでした。あの独特のある声をもう聞けないかと思うと月の初めは執筆に気がのりませんでした。

改めて冥福をお祈りいたします。



今回でフェスタ編も終了です。
ここからいよいよ物語も急転換していきます。
ミスティですが、やはり好意的な意見も多かったので、少しキャラを変えて後々も関わるようにしていきます。

次はミスルギ皇国編です。といっても、前半はほとんどオリジナルでいくと思います。
この辺の原作は見ててやはり痛々しいので、必要な部分以外は特に描写しない方向でいきます。

ではでは、モチベーションにもなるので感想等ございましたらよろしくお願いします。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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