クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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ファースト・アタック

アルゼナル――「兵器工廠」という意味を持つ、ローゼンブルム王家管轄の、世界で唯一の対ドラゴン用軍事基地。

 

世界のどこかに現れるゲートを通って侵攻してくるドラゴンを駆逐する任務を遂行する唯一の場所であり、ノーマにとっての地獄ともいえる場所だった。

 

絶海の孤島ともいえる岩礁に無理矢理に造ったとでもいうべき無骨な外観はいかにも、といったものだ。ノーマという事実を突きつけられた者達は例外なくここへと送り込まれてくる。それこそ物心つく前の赤ん坊ですらだ。

 

「ノーマには生きる権利はないが、ドラゴンを殺す兵器としてのみ生きることを許されている―――か」

 

セラは自分の過去を知らない――物心ついた時には既にこのアルゼナルにおり、無論真実(ほんとう)の名前も両親の顔すら知らない。それを悲観したことはないが、幼少より教えられたノーマの役割とでもいうべき生き方には僅かながらに不快感を憶えていた。

 

アルゼナルの工廠にて作業を見つめていたセラがボソッと呟き、隣にいたナオミが反応した。

 

「え? 何か言った、セラ?」

 

「別に」

 

会話を切るセラに不思議そうに首を傾げる。見た目の幼さと明るさに反して、このナオミも2歳の時にノーマであることが分かり、ここへと送還されてきた。

 

詳しく聞く気も聞こうとも思わないが、壮絶な過去を歩んできた一人でもある。もっとも、ここにいるノーマはだいたいが似たような境遇だ。

 

そして、ナオミはノーマの中でもセラと付き合いが長い。人付き合いをほとんどしないセラにとって、めげずに話しかけてきた幼年の頃から一緒にここまできて、ついこの前にパラメイルのメイルライダーに揃って選ばれた。

 

シミュレーターを終え、今日初めて実機を使用しての飛行訓練に臨む。

 

ナオミは先程から落ち着かなさげにそわそわしており、小さくため息をつく。

 

「ナオミ、少し落ち着いたら」

 

「だ、だって……私、さっきから心臓バクバクなんだよ~~」

 

泣きそうな表情でこちらを見るナオミにジト眼で告げる。

 

「今からそんなに緊張してたら、飛んでる時に漏らすわよ」

 

「ぶっ!」

 

唐突に掛けられた言葉に顔が真っ赤になり、盛大に噴き出す。

 

「な、なななな……/////」

 

「ま、ライダースーツを着てれば漏らしても大丈夫だろうけど」

 

「も、漏らさないもん!」

 

顔を真っ赤にしたまま反論するナオミはイー、と頬を膨らませてそっぽを向く。その様子に苦笑するなか、待機していた面々に声が掛けられた。

 

「みんな、お待たせ。みんなに乗ってもらうグレイブの準備ができたよ」

 

軽快な口調で寄ってくるのは、アルゼナルの兵器であるパラメイルの整備を一手に引き受けている整備班を率いるメイだ。見た目はセラ達よりも幼いが、その腕は高く整備班長を担っている。

 

メイが指し示す先には、同型のパラメイル『AW-CBR115:グレイブ』が並んでいる。新人メイルライダーに配備される量産機種だ。秀でた能力こそないものの、安定した汎用性故に配備数も多い。

 

「わぁぁ…」

 

その勇姿にナオミは感激し、今回同じように訓練に臨む他の面々も似たような表情だが、セラは一人だけ冷めた面持ちだ。

 

パラメイル――別名、『棺桶』――――一度乗ってしまえば、生きるか死ぬかの二択しかない兵器だ。

 

「さ、それじゃ順番に乗って」

 

メイの促しに従い、一行はそれぞれ充てがわれた機体に乗り込んでいき、セラもグレイブのコックピットに跨るように搭乗する。

 

そして、バイザーを顔にかけ、操縦桿を握り、グリップを動かし、ギアを操作しながら感覚を掴んでいく。

 

やがて、各々の準備が整い、発進ゲートへと機体が移動していく。カタパルトを上がり、先に見える発進口に向かってグレイブが次々と発進していく。

 

「ナオミ、いきますっ!」

 

ナオミの番になり、ギアを切り替えて発進する。最後にセラの準備が整い、誘導に従って発進口を睨むように見据え、グリップを回した。

 

「セラ、でるっ!」

 

同時に打ち出される機体のGが身を襲い、それに耐えながらゲートを抜け、発進口の中に飛び込むと同時に機首を上げて上空へと機体を上昇させる。

 

瞬く間にアルゼナル上空へと舞い上がったグレイブは距離を取りながら空中を飛行する。

 

吹く風が髪を靡かせ、見える世界が新鮮なものに映り、ナオミはますます感激するように声を弾ませる。

 

「すごい…すごいよ、セラ!」

 

子供のようにはしゃぐ様に小さくため息をつき、セラは操縦桿を操作して突如旋回した。

 

「え? セ、セラ?」

 

「テスト飛行――勝手にやらせてもらう」

 

「ええっ? ちょっ……!」

 

ナオミの戸惑いを他所に隊列を離れて急降下するセラのグレイブ。無論、テスト飛行用の項目はもらっているが、シミュレーターで散々やったような基本動作など意味はない。

 

空中で真価を発揮するパラメイルにとって全方位に対応できなければ意味はないからだ。急降下からセラはグレイブのもう一つの機能を作動させる。

 

降下しながら各部が変形し、戦闘機から人型へと変形する。フライトモードとアサルトモードの可変性こそがこのパラメイルのもう一つの特徴だ。海面スレスレでブレーキをかけ、静止すると同時に再び変形してバレルロールの要領で一気に急上昇する。

 

縦横無尽に飛び回るセラにナオミを含めた他の面々は呆気に取らており、見入っている。

 

「すごい…セラ、やっぱりすごいよ」

 

彼女の操縦技術が飛び抜けているのは一番近くで見てきたナオミ自身がよく分かっている。だからこそ、彼女に対して憧れを抱く。

 

「負けないよ、私も!」

 

気合を入れてナオミも指示されたフライトテストを行うべく空を駆ける。他の面々も触発されたのか、続くように空を飛ぶ。

 

 

 

数分後―――空中に舞い上がり、静止するセラは小さく息をつき、やや不満気な面持ちだった。

 

「やっぱり、反応が遅い――」

 

確かに悪くはない――だが、それはセラの技量に応えてくれるほどの能力を有してはいない。

 

「所詮は『ノーメイク』か」

 

新兵に配備されるグレイブのもう一つの皮肉――何のカスタマイズもされていない揶揄とも取れる形容に些か辟易する。

 

「あとは、自身の力次第、か―――」

 

そう――グレイブに限らず各々に配備されるパラメイルには個人カスタマイズが許可されている。だが、それは戦闘によって得た報酬によって成せるもの。いうなれば、敵を倒さなければずっとこのままの性能で戦うしかなくなる。

 

故に初戦から無茶をやって戦死したライダーも数知れない。前途多難なことに肩を落とす中、セラの横にナオミが上がってきた。

 

「セラー、もう、無茶やりすぎっ」

 

開口一番咎めるも、セラは変わらず聞き流すだけ。

 

「もう…それより、そろそろ戻れって―――」

 

没頭していたらしく、セラも帰還の電文が届いているのに今気づいた。

 

「ああ」

 

セラとナオミは揃って降下し、アルゼナルへの帰還につこうとした瞬間――セラは突如脳裏に電流のようなものが走る感覚に襲われ、苦悶に歪む表情で頭を押さえる。

 

「ど、どうしたの、セラ?」

 

ただならぬ様子に不安そうに見るナオミの言葉も聞こえず――ジンジンと響く痛みに歯噛みしながらセラは顔を僅かに上げ、小さく呟いた。

 

「―――くるっ…」

 

刹那――――セラ達の前方の空間に電流が走り、歪が生じた。

 

 

 

 

 

 

その異常はアルゼナルの司令室でも捉えていた。

 

「シンギュラーポイントの発生を確認!」

 

「総員、第一種攻勢警報発令!」

 

「ライダー各員、ただちに発進準備に入ってください!」

 

オペレーター達が報告する中、司令であるジルは小さく舌打ちした。

 

「よりにもよってこのタイミングとはな……」

 

新兵が飛行訓練に出ているこのタイミングをまるで狙ったかのように現われる敵に悪態を衝きながら、ジルはパメラに問い掛ける。

 

「パメラ、敵の種類と数は?」

 

「確認中――照合、スクーナー級が20です!」

 

報告されたのは頻繁に現われる小型種の群れのようだ。大型種がいないことが救いだが、それでも新兵にとっては悪夢以外のなにものでもない。

 

「どうするのですか、司令?」

 

ジルの隣に控えているこのアルゼナルで唯一の『人間』であるエマ・ブロンソンが特に動揺した素振りも見せずに問い掛けると、ジルは端的に返す。

 

「無論、迎撃するだけだ。第一中隊にスクランブルをかけろ!」

 

「は、はい!」

 

慌てて指示を遂行するも、今から発進しても新兵達のパラメイルとドラゴンが会敵する方が早い。

 

(一人でも生き残れば御の字か――)

 

最悪新兵の全滅もありうる、と――内心では既に新兵達に見切りをつけ、次のライダーの選定に思考を巡らせる。

 

 

 

 

 

「な、何、あれ――?」

 

震えるような口調で呟くナオミ――他の面々も初めて見る…いや、既に何度か映像では見ていたが、実際に見るのは初めての現象のため、呆然となっている。

 

スパークする空間に亀裂が生じ、巨大な穴『シンギュラー』が発生し、その中から複数の生物が姿を見せる。大きさ的にはパラメイルと同じぐらいだ。

 

(スクーナー級というやつか…!)

 

小型種とも言われているもっとも数多く確認されているタイプだ。ドラゴンの中でも飛び抜けた強さはないが、それでも群れで行動するため、数に押されてしまう場合も多い。

 

ざっと確認できただけでも数は20近い――セラは無意識に操縦桿を握る手が強くなる。

 

咆哮を上げて迫るドラゴンの群れは瞬く間に距離を詰め、数匹がレーザーを唐突に放った。

 

「え……?」

 

その閃光に一瞬視界を遮られた瞬間――ナオミはすぐ傍にいたグレイブが爆発したことに声を上げた。

 

「エ、エリス―――」

 

遂、今しがたまで一緒に飛んでいた仲間の機体が突如爆発したことに思考が追いつかない。

 

「ちっ」

 

セラは舌打ちし、グレイブをアサルトモードに変形させてナオミの機体を掴み、その場から離脱する。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ」

 

だが、その光景を見たもう一人が恐怖に叫び、恐慌に駆られて機体を反転させて逃げようとする。

 

「バカっ! そいつらは――!」

 

叫ぶも遅く――スクーナー級は一斉に逃げるグレイブに追い縋り、瞬く間に距離を詰められ、組み付かれてしまう。

 

「いやっ、いやぁぁ! 離してぇぇぇ!」

 

必死に叫ぶも、ドラゴンはそんな慈悲などなく、機体がミシミシと悲鳴を上げ、遂に空中分解する。放り出されたライダーは空中に身を晒すも、次の瞬間にはドラゴンによって捕まり、捕食された。

 

「ミ、ミリア……」

 

そのあまりの凄惨な光景にショック状態となったナオミはガチガチと口を震わせ焦点が定まっていない。

 

そして、残りのセラとナオミにターゲットを移したドラゴン達が一斉に向かってくる。

 

それを睨みながらセラはグレイブに装備されたマシンガンを構え、トリガーを引いた。発射される弾丸が正面から向かってきた一体を捉え、頭を砕かれたドラゴンは力尽きて落下していく。

 

「ナオミ、しっかりしろっ! ナオミ!」

 

「あ、……セ、セラ――――」

 

その叫びに反応したナオミになおも告げる。

 

「今は戦え! 死ぬぞっ!」

 

「で、でも私……」

 

「死にたくないなら戦えっ!」

 

臆するナオミに再度一喝が飛び、セラはナオミの機体を強引に弾き、向かってくるドラゴンの中へと突っ込んでいく。

 

マシンガンを連射してドラゴンの注意を逸らし、そこへソードを構えて突撃する。振り払う一撃が翼をもぎ取り、悲鳴を上げて落下する。

 

落下した先にいたもう一匹が受け止めるも、そこへ急降下してソードを突き刺す。

 

胴体を貫かれた二体は断末魔の悲鳴を上げて今度こそ海へと落ちていった。だが、それを喜ぶことも一瞥することもない。すぐさま機体を変形させて翻し、その場から離脱をかける。

 

空いた空間を光線が過ぎり、その中を紙一重でよけながら上昇する。

 

「っ、やっぱり反応が遅い――!」

 

身体に掛かるGに歯噛みしながら今度は急降下でマシンガンを乱射し、ドラゴンの中へと突っ込んでいく。

 

「セラ……――」

 

その光景に呆然となっていたナオミの意識が徐々に戻ってきた。

 

臆することなくドラゴンに立ち向かうその姿は、打ちひしがれていたナオミの心を僅かながらでも奮い立たせた。操縦桿を握る手は未だに震えている。

 

怖い、怖い―――この場から逃げ出したいぐらい……

 

「でも、逃げちゃダメだよね……」

 

自分に言い聞かせるように呟く。自分はあのドラゴンと戦うためにライダーになったのだ。なにより、セラが命懸けで戦っているのに自分はこれでいいのかと震える心に一括する。

 

強ばった面持ちで顔を上げたナオミのもとに数匹のドラゴンが襲い掛かる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ」

 

ナオミはアサルトモードとなり、照準もつけずにマシンガンを撃ちまくり、突然張られた弾幕に加速していたドラゴンはよけきれず、二匹が頭を撃ち抜かれ、その場から落ちていく。

 

「やった――きゃぁっ」

 

喜んだのも束の間、空中で棒立ちしていたナオミのグレイブにドラゴンが組み付き、マシンガンごと右腕を引きちぎろうとする。

 

軋む音のなか、右腕が胴体から引きちぎられ、体勢を崩すナオミに向かってトドメを刺そうとするドラゴンにナオミは恐怖した。

 

(ああ、これで終わりなんだ――ココ、ミランダ、あなた達は生きて。それと…ゴメン、セラ―――)

 

諦めたナオミの眼にドラゴンの光線が放たれようとした瞬間、横合いから飛来した一撃に身体を貫かれ、ドラゴンが倒された。

 

(え……?)

 

声にならない驚きを浮かべたその時――数体のパラメイルがその後を過ぎっていく。

 

「アレって――」

 

ナオミが思考を巡らせるなか、独りでドラゴンの群れと戦闘を繰り広げていたセラも疲労を蓄積させていた。

 

「たぁぁぁぁっ」

 

気合とともに一閃した一撃でドラゴンの首を落とし、また一匹海に落としたが、既にマシンガンの弾は切れ、もはやソードのみだ。

 

何匹倒したか数えてなどいないが、まだそれなりに残っている。

 

(それに――)

 

不意に眼をやったエネルギーゲージは既にレッドゾーンだ。元々テスト飛行用の分しかなかっただけに、あれだけ激しい高機動を繰り返せば、当然だ。

 

このままではエネルギー切れで動けなくなる方が早い。

 

どうする―――と、思考を巡らせるなか、ドラゴンはそんな時間さえ赦さないとばかりに一斉に仕掛けようと雄叫びを上げる。グレイブに向かって殺到するドラゴンにセラが身構えた瞬間、飛来した銃弾の応酬にドラゴンが次々と駆逐された。

 

軽く驚くセラの前に数体のパラメイルが飛び込んでくる。

 

【新兵、よく生き残ったな! ここからはアタシらに任せな! いくよ、オマエ達!】

 

【イエス、マム!】

 

通信越しに聞こえる威勢のいい声に呼応するように飛び出すパラメイル達。

 

それらの機体群に刻まれたエンブレムは、アルゼナルに所属するライダーなら誰もが知っているものだ。

 

「死の第一中隊―――」

 

アルゼナルの中でも特にベテランライダーを抱える部隊だ。その証拠に、数を減らしていたとはいえ、スクーナー級を次々と駆逐していく。

 

どうやら、危機は脱しただけに、張りつめていたものが切れたのか、セラも大きく息を乱す。

 

まるでずっと呼吸をしていなかったぐらいに胸が苦しかった……予期せぬ初陣を、セラは生き延びた。

 

「これが、戦い―――」

 

初めて味わう感覚に戸惑いながらも、自分は生き延びたという現実を噛み締めるのだった。

 

 




今回、初戦闘を書いてみました。

主人公は当面グレイブで戦います。ナオミもゲームがまだ出ていないので、どちらかという公開されている設定から性格を考えてますので、少し違うかもしれません。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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