クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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隊長は魔法少女?

翌朝―――食堂では、エマが額に青筋を浮かべて眼前のアンジュに説教をしていた。

 

「ありえない……ありえないわ! 人間がノーマの使用人になるなんて!」

 

眼の前では、食事を取るアンジュに給仕するモモカがおり、その光景に立腹していた。ただでさえ、ノーマが人間を買うなどという前代未聞の事態を有耶無耶にされたため、アンジュがモモカを買い取った事にまだ納得ができていなかった。

 

「ノーマは反社会的で好戦的で無教養で不潔で、マナを使えない文明社会の不良品なのよ!?」

 

「はいはい」

 

怒鳴るエマの言などどこ吹く風とばかりに流し、アンジュは空になった器を置き、モモカがすぐさま次の器を差し出す。

 

「きぃぃぃ!」

 

まったく無視されていることに地団駄を踏み、エマはモモカに向き直る。

 

「モモカさん、貴女自分が何をしているのか分かっているの!?」

 

「はい! 私、アンジュリーゼ様にお仕えできて幸せです」

 

同じ『人間』として、モモカの状況に憂いを覚えたが故の義憤の行動だったのだが、当のモモカがあまりに嬉しそうに頷くので、エマは口を開けたまま立ち尽くす。

 

価値観は人それぞれというが―――人間がノーマに仕えるなどという異常な事態にエマは理解ができず、深々とため息をこぼす。

 

そんな様子を遠巻きに見つめていたヴィヴィアンが嬉しそうに頷く。

 

「良かったねモモカン、アンジュと一緒に居られて」

 

ヴィヴィアンは純粋にモモカが嬉しそうにしている様子に満足気だったが、同じ席で見ていたサリアは心境的にはエマと似たようなものだ。

 

ただでさえ悪目立ちしているアンジュなのに、その上『人間を買い取った』などとまた余計な事をしてくれたおかげでサリアの心労は募る一方だ。

 

(それなのに、どうしてジルは……)

 

敬愛する上官の意図が分からず、またもや深々とため息を零すよりも先に隣に座っていたエルシャが深いため息をつき、思わず顔を上げる。

 

「どったのエルシャ?」

 

普段は穏やかに笑みを絶やさないエルシャが、疲れた面持ちを浮かべているのにヴィヴィアンも気に掛かったのか、声を掛けると、苦笑を浮かべながら顔を上げる。

 

「ええ、もうすぐフェスタの時期でしょ? 幼年部の子供たちに色々と用意してあげたいんだけどね……」

 

エルシャは幼年部の少女達を世話をしており、彼女らから母親のように慕われている。面倒見はいいのだが、エルシャも決して稼ぎがいいというわけではない。

 

だがそれでも、そこそこの腕はあるので重砲兵ながらまだ稼いでいた方なのだが、ここ最近は実りが少なく、通帳に記載されている預金額も芳しくない。

 

言うまでもないが、幼年の子達とはいえ、ジャスミンがそういった慈悲を出すことはまずないだけに、どうすればいいか悩んでいた。

 

「アンジュやセラね?」

 

その原因は言うまでもない――その指摘に困ったように笑いながらも否定はしなかった。

 

事実、ドラゴンはアンジュにほぼ狩り尽くされている。それ以外の増援などの予期せぬイレギュラーにはセラの反応が速く、結果的にサリア達はここ連日ろくに稼げていない。

 

「何とかしなくちゃ……」

 

やはり、隊内の規律のため、なによりジルの命令を遂行するために、サリアはそう改めて口にするが、前方から気勢を削ぐような嘲笑が降り注ぐ。

 

「どう、何とかしてくれるのさ、隊長さん?」

 

顔を上げると、前方からロザリーとクリスを引き連れて歩み寄ってくるヒルダの姿がある。三人一緒に行動するのは珍しくはないのだが、恐らく昨夜も三人一緒にいたのだろう。

 

サリアにしてみれば、そこもゾーラの時からの悩みの種なのだが。

 

「どんな罰でも金でなんとかするだろうね、あの成金姫。それに、あのクリソツ女、頼りにならないからアンタの命令はきかないってさ――」

 

大仰に揶揄するヒルダの様子に、昨夜のエレノアからの言葉がまだ尾を引いているクリスなどはどこか眉を寄せているが、やはりそれを止める気配はない。

 

「――何が言いたいの?」

 

遠回しに告げるヒルダにサリアが軽く睨むと、ヒルダは鼻を鳴らす。

 

「舐められてるんだよ、アンタ。ゾーラが隊長だった時はありえなかった筈だけどね、隊長さん?」

 

その指摘にサリアはグッと奥歯を噛み締める。

 

「代わってあげようか? 隊長?」

 

嫌味を向けつつニヤリと笑うヒルダだったが、サリアは憮然とした面持ちのまま席を立つ。無視するようにその横を過ぎり、食堂を後にするサリアをヴィヴィアンとエルシャは心配そうに見ているが、ヒルダはどこか愉しげだ。

 

ヒルダにしてみれば、サリアをからかったことで少しはストレスが発散できたかもしれないが、サリアは逆に心労を重ねるばかりだった。

 

 

 

その後――サリアはジャスミンモールを訪れていた。

 

(みんな、好き勝手ばかり……私だって好きで隊長をしてる訳じゃ―――)

 

隊の現状に不満を持ち、サリアにばかり負担がのし掛かる状況にストレスは大きかった。元々クセの強いメンバーに副長として手を焼いていたのに、急に隊長に昇格し、今度はすべてを面倒みなければならなくなった。そればかりか、アンジュとセラがあまりに自分勝手な行動を取ることに、もうストレスの限界に達したサリアは、少し気分転換をしようとある物を持ち出してジャスミンモールに来た。

 

入口で煙管を手に座るジャスミンにキャッシュを無造作に放り投げ、顔を上げると憮然とした面持ちでボソッと告げる。

 

「…いつもの」

 

「――一番奥のを使いな」

 

サリアの現状を知っているが故に、ジャスミンも深く聞かずに告げると、サリアは荷物を持って試着室の方へ歩いていった。

 

数分後、ジャスミンモールにセラとナオミが顔を出した。

 

「ごめんね、セラ。付き合ってもらっちゃって」

 

「別にいいわよ、私も下着買い換えようと思ってたし」

 

二人は下着が並んでいるコーナーに入ると、互いに下着を物色する。

 

「どうしよう…今月あんまり余裕ないんだけどな~…」

 

ナオミは下着を取りながらどこか憂鬱気味にため息をつく。今月はパラメイルの強化に大分資金が必要だったため、手持ちに余裕がなかった。

 

そこに来てここ最近、今まで使っていたブラジャーが妙にキツくなり、カップを測ったら少し大きくなっており、買い換える必要が出てきた。

 

だが、カップが大きくなって今まで使っていた物が使えなくなるのも残念だが、新しく買おうと思ってもデザインが派手だったり、値段が高かったりとあまり気に入るのがない。

 

その事をココとミランダに話したら、何故か不機嫌そうにされたことに、ナオミは首を傾げるのだった。

 

本人は無自覚だが、同年代と比べても成熟しているナオミに、ココやミランダだけでなくサリアまで密かなコンプレックスを抱いている。

 

「セラは?」

 

「別にどうでもいいんだけど――誰かに見せるわけじゃあるまいし」

 

セラも自身の胸元に小さくため息をついた。

 

別に意識しているわけではないのだが、この胸はセラにとっても悩みどころだ。肩は凝るし、格闘戦時には邪魔になる。

 

持っていない者からしてみれば、贅沢な悩みと言われそうだが、セラも適当なデザインの下着を数着取り、手に抱える。

 

「そう言えばセラ、結局部屋のことどうなったの?」

 

不意に気に掛かったことを問い掛ける。モモカの件が終息したので忘れていたが、モモカが滞在する予定だった数日のみ空ける予定で、セラはナオミの部屋にいたのだが、今は元の部屋に戻っている。とはいえ、その部屋にはモモカもいるわけで、元々二人でも手狭な間取りなのに、どうしているのか?

 

その問い掛けに、セラは難しげな面持ちで頭を掻く。

 

「三人でいるわよ――なぜか」

 

セラ自身も腑に落ちていないのか、歯切れが悪い。モモカがアルゼナルにいることになったので、必然的に彼女の身柄を買い取ったアンジュと同部屋ということになる。元々部屋に愛着があったわけでもないし、幸いナオミの部屋が空いているからそちらに移ろうとアンジュに提案したのだが、是もなく拒否された。

 

「モモカまでなぜか引き止めてくるし……訳わかんないわよ」

 

鬼気迫るような剣幕で引き止めるアンジュとそれに追従するようにモモカも提案し、自身は床に寝ると寝袋を持ち込んで部屋の片隅で寝ている。なぜか、頼んでもいないのにセラのベッドメイクまでやっているので、別に主でもなんでもないセラにしてみればまったく理解できなかった。

 

その答にナオミはどこか小さくため息をつく。

 

「なによ?」

 

「別に…ただ、セラってばやっぱりそういうことには鈍いんだね」

 

どこか疲れた面持ちでぼやくナオミに首を傾げる。だが、それもすぐに一瞥してセラは手に取った下着を持ってジャスミンに声を上げる。

 

「ジャスミン、試着室空いてるー?」

 

「一番奥のを使いな」

 

キャッシュを数えるのに忙しいのか、投げやりに応えるジャスミンに小さく肩を竦め、そちらへ向かう。ジャスミンがキャッシュを数えている途中、ハッと思い出す。

 

「…………あっ!」

 

その頃―――その試着室にはサリアの姿があった。

 

「愛を集めて光をギュ☆ 恋のパワーでハートをキュン♪ 美少女聖騎士プリティー・サリアン☆ あなたの隣に突撃よ♥」

 

一言で形容するなら異様な光景が狭い試着室の中で繰り広げられていた。魔法少女のコスプレをしたサリアの足元には、彼女が愛読している少女漫画があり、サリアが着込んでいるのは、その主人公の服装だった。

 

サリアは度々、こうやってコスプレをして少女漫画のヒロインになりきることで、ストレスを発散していた。ここ最近は特に過度なストレスを溜め込んでいたので、余計に没頭していた。

 

姿見に映る自分の姿に思わず見とれ、魔法少女の衣装を着こなしてポーズを決めて、悦に入っているように笑う。本当なら、こんな狭い試着室ではなく、思いっきりコスプレをして楽しんでみたいのだが、相部屋のヴィヴィアンに知られようものなら、どんなにからかわれるかわかったものではない。

 

もっとキャッシュを溜めて個室が欲しい――そこでなら、もっと大胆にコスプレ姿を振る舞えるだけに、それを夢想したサリアは手に持った魔法ステッキを振る。

 

「シャイニングラァブエナジーで、私を大好きになぁれ♥」

 

テンションが最高潮に達し、姿見の前で決めポーズをするサリアの眼に、試着室のカーテンが開かれた。

 

「………」

 

「………あ」

 

鏡に映るセラの姿にサリアは一瞬にして、顔が引き攣る。対し、セラは興味無さげにサリアを一瞥する。

 

「…………邪魔したわね、隊長」

 

淡々とカーテンを閉め、その様子に背後で待っていたナオミが首を傾げる。

 

「どうしたの、セラ?」

 

「―――使用中だった」

 

「ほえ?」

 

首を傾げるナオミの後ろから慌てて駆け寄ってきたジャスミンは、あちゃーという面持ちで額を押さえる。

 

「試着室の使用状況ぐらい把握しておいた方がいいわよ」

 

そんなジャスミンにダメだしし、セラは下着代のキャッシュを投げてその場を後にした。

 

そんな中、試着室に取り残されたサリアは口をパクパクさせながら混乱していたが、やがて状況を理解し、頭を抱える。

 

(み、みみみみ見られた~~! よりにもよって、セラにぃぃぃぃ!!)

 

心の中で絶叫を上げる。

 

ただでさえ人には言えない趣味なのに、それをよりにもよって一番知られたくない筆頭のセラに知られてしまった。

 

元々薄かった隊長としての威厳が彼女の中で相当になくなったこともだが、なによりもし彼女の口からこの事実が広まれば―――

 

(こんなこと、みんなに知られたら……)

 

混乱する思考のなか、バカにするように笑うヒルダ達から『コスプレ隊長』というレッテルをはられ、さらにはジルの呆れた面持ちで失望する光景がそれこそ鮮明に過ぎる。

 

ヴィヴィアンとエルシャの生温かい視線―――ココやミランダのどこか引かれる顔………現実になれば、サリアは身の破滅だった。

 

なにより、アンジュにまでこの事が知られるのだけは絶対に避けたい。

 

「……こうなったら」

 

項垂れていたサリアが顔を上げると、鬼気迫る――いや、まるで仇敵を狙うほど思いつめた顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

その夜―――訓練を終えたセラとナオミはシャワールームで並んでシャワーを浴びていた。

 

アンジュも一緒だったのだが、待機していたモモカと一緒に今外の洗い場でいる。モモカはなぜかセラの背中も流すと息巻いていたのだが、セラは固辞した。

 

自分はアンジュと似ているだけでまったく関係がないし、なにより鬱陶しい―――口にはしなかったが、あまり慣れない状況に小さくため息をこぼす。

 

(それにしても……)

 

シャワーを頭から浴びながら、セラは先程の光景を思い出す。

 

(生真面目一辺倒かと思ってたけど…いや、むしろだからか―――)

 

セラのサリアに抱いていたイメージは教本に忠実な優等生――融通がきかない堅物だったのだが、試着室で見たサリアのあの姿に、今まで抱いていたイメージが変わったが、別に趣味は人それぞれ。それに口を出すつもりはないが、サリアのあの様子から察するに知られたくない秘密なのだろう。

 

というよりも、真面目な人間ほど変な一面を持っているものだが―――あの後は自主訓練だったので、サリアと顔をあわしてはいない。とはいえ、真面目な人間ほど極端から極端に走りそうなだけに、また面倒事に関わったような気がしてならない。

 

またもやため息をこぼすと、横でシャワーを浴びていたナオミが気づき。

 

「セラ、さっきから元気ないけど、どうかした?」

 

「いや―――トラブルが絶えないことに呪われてるのかと思ってね」

 

セラは別に厄介事を誘発するつもりないし、首を突っ込むつもりもないのだが、なぜかここ最近はトラブルの方が寄ってくるように立て続けに起こり、それに対して無視でもできればいいのだが、生憎と関わってしまっている。

 

「それって、やっぱりセラが面倒見いいからじゃないかな」

 

「そんなつもりはないんだけどね」

 

慰めのつもりなのか、そう煽てられても厄介事に関わるのは放っておいて、自分に面倒な状況を呼び込むのを避けたいだけなのだが、そんなセラにナオミは苦笑する。

 

「セラの髪ってやっぱりサラサラだよね、羨ましいな」

 

シャワーを浴びながら、ナオミはどこか見惚れるようにセラの髪を凝視する。どちらかというとクセッ毛のナオミは解いてもストレートにならず、手入れも大変なのだが、セラの髪は真っ直ぐにおりているので、同姓から見ても綺麗だった。

 

(アンジュも髪綺麗だしな~)

 

そういえば、今でこそ短くしてしまったが、最初にアンジュを見た時は本当に綺麗な人だなと思った。ココから聞いていたお姫様そのものだった。

 

「ナオミ?」

 

「へ?」

 

「にやにやしてどうしたの?」

 

思わず表情が緩んでいたようで、ナオミは慌てて顔を隠す。その様子に首を傾げながら、セラは濡れた髪を掻き上げ、小さく息を吐く。

 

「ナオミ、いい加減切っていいか?」

 

自身の髪を鬱陶しそうに持ち上げながら訊ねると、ナオミは一瞬の内に振り返り、セラに顔を寄せる。

 

「ダメだよ、せっかく綺麗な髪なのに!」

 

睨むようにそう嗜めるナオミにタジタジになる。セラにしてみれば、この髪も長くて鬱陶しいだけに、できればアンジュぐらいに短くカットしたいのだが、ナオミが許してくれない。

 

「なんでそんなに拘るかな」

 

別にセラのことなのだから、ナオミには関係ないのだが、頑として譲らないだけに深々とため息を零していると、不意に背後のドアが開く音がし、ナオミが振り返る。

 

「あ、サリア…どうしたの?」

 

その言葉にセラの表情が僅かに強張る。ゆっくりと振り返ると、なぜか制服姿のまま、サリアが無言で俯きながら佇んでおり、明らかに不自然だった。

 

「サリア……?」

 

反応のないことにナオミが再度声を掛けると同時に、セラを睨みつけ、腰からアーミーナイフを抜く。ギョッと驚くナオミを他所に、サリアは一気にセラに襲いかかる。

 

「殺す――っ!」

 

殺気を剥き出しに襲い掛かるも、セラは予測済みとばかりに、突き出されたナイフを持っていたタオルを薙ぎ、刀身に巻きつけて軌道を逸らし、引っ張られたサリアは僅かに体勢を崩すも、踏み止まり、ナイフを持っていた手をセラがもう片方の手で掴み、動きを拘束する。

 

歯噛みするサリアと冷静に見やるセラにナオミは訳が分からずあわあわと混乱する。

 

「随分物騒ね――そんなに怨まれる覚えはないけど」

 

「っ、見られた以上、殺すしかないわ!」

 

淡々としているセラに神経を逆撫でられ、サリアは怒りの形相を向ける。

 

「――別にバカにしないし、誰かに言う気もないけど」

 

「そんなこと……っ」

 

やや呆れたようにそう釈明するも、まるで駄々っ子をあやす様な態度にサリアの怒りはますまる煽られる。

 

「お、おお落ち着いてサリア! 仲間同士で殺すなんてダメだよ!」

 

ようやく我に返ったナオミが慌てて割って入ろうとするも、セラは一瞬眼を閉じると、掴んでいた腕に膝を振り上げ、ナイフを弾き落とす。

 

「少しは―――頭冷やせっ!」

 

「え? あっ……きゃぁぁっ!」

 

ナイフを落とされ、一瞬呆気に取られたところにセラはサリアの腕を掴んだままシャワー室内を駆け、勢いをつけてサリアを外の湯船に向けて投げ飛ばした。

 

大きな音を立てて湯船に沈むサリアにアンジュとモモカが思わず驚く。

 

「な、なに?」

 

「ど、どうしたのでしょう……?」

 

突然のことに戸惑うアンジュとモモカを他所に、セラは湯船から顔を出すサリアを一瞥する。

 

「どう? 少しは頭冷えた?」

 

「っ、あんたは――!」

 

湯船から飛び出し、セラに再度掴み掛かろうとするサリアの前に、思わずアンジュが割り込む。

 

「ちょっと、セラになにするのよ!」

 

「アンジュ……っ」

 

庇うアンジュにサリアの怒りが別の方向に向かう。

 

「元はといえば、すべてあんたが! あんたが勝手なことばっかりして!」

 

突然アンジュに掴みかかり、涙眼で叫ぶサリアに一瞬面喰らうも、すぐにアンジュの表情も怒りに染まり、言い返す。

 

「なに訳のわかんない言いがかりをしてんのよ! 私がどうしようがあなたには関係ないでしょ!」

 

「関係ないですって!? 私たちはチームなのよ! なのにあんたが勝手なことばっかりするせいで!」

 

「なら言わせてもらうわ! 後ろから狙ったり、機体を墜とそうとするような連中の、なにがチームよ!」

 

言い合うなか、サリアの言葉に我慢が切れたアンジュはそのままサリアの胸元を掴み、力任せに投げ飛ばした。再度湯船にダイブするサリアにセラは思わずポカンとなる。

 

いつのまにか、諍いの対象が変わり、セラは置いてけぼりをくらったように頭を掻いている。すっかり蚊帳の外となったセラを他所に湯船から起き上がるサリアだったが、投げ飛ばされた拍子に剥ぎ取られたのか、上半身が裸になっていることに思わず胸元を隠す。

 

そんなサリアを一瞥し、剥ぎ取った制服を捨てると、アンジュは鼻を鳴らして言い捨てる。

 

「連中を止めないってことは、あなたも私に墜ちてほしいんでしょ?」

 

その指摘にサリアは一瞬詰まり、アンジュはそれみたことかとばかりに言葉を続ける。

 

「あなた達に殺されるなんてまっぴらよ。だから私は、あなたの命令なんてきかないわ」

 

「セラに助けてもらってばかりいるくせに!」

 

その自覚はあったのか、僅かにアンジュを動揺させ、サリアは再度掴みかかり、アンジュも反撃しながら力を入れるも、その反動で足元がおぼつき、縺れ合ったまま湯船に落ちる。

 

顔を出すアンジュにサリアは鼻声で罵倒する。

 

「私が隊長にされたのも! みんなが好き勝手いうのも! セラに秘密を見られたのも! ヴィルキスを盗られたのも!」

 

アンジュの胸を掴み、強く握り締めるサリアにやり返そうと手を伸ばすも、アンジュの手は空を切り、手応えがないことにアンジュは戸惑う。

 

サリアも一瞬止まるが、セラは冷静に両者を観察し、小さく囁いた。

 

「サリアの胸じゃ、掴めるほどもないわね」

 

客観的に…それでいて致命的な言刃にサリアは一瞬にして羞恥と怒りで顔を真っ赤にし、胸元を隠す。ワナワナと震えながら、眼に涙を浮かべ、アンジュを睨みつける。

 

「なにもかも、あんたのせいよ!」

 

「はぁぁぁぁ?」

 

あまりに支離滅裂な言いがかりにアンジュも思わず上擦った声を上げる。サリアは悔し涙を浮かべながらアンジュに掴み掛かり、アンジュも反撃する。

 

ヒートアップする二人の諍いにセラの後ろから見ていたナオミが慌てる。

 

「た、大変! 止めないと――っ」

 

思わず割って入ろうとするナオミの腕をセラが掴み、ナオミは動きを止められる。

 

「やめときなさい…下手したら怪我じゃすまないかもよ」

 

振り返るナオミにセラは首を振る。ナオミでは恐らくあの二人を止められないだろう。あの状況に突っ込むのは、ガレオン級2匹に丸腰で挑むようなものだ。

 

「で、でも……」

 

「わ、私からもお願いします。アンジュリーゼ様を止めてください!」

 

躊躇うナオミとモモカも縋るように頼んでくる。どうしたものか、と考えていると背中から別の声が聞こえた。

 

「およ、なんじゃこりゃ?」

 

「あら、大変」

 

ヴィヴィアンとエルシャが眼前で繰り広げられている光景に眼を丸くする。

 

「セラ、アンジュとサリアどったの?」

 

「しいていうなら―――溜め込んでいたものが爆発したからかしら」

 

その最初のきっかけをつくったのは他ならぬセラなのだが、サリアの怒りが変な方向に曲がり、アンジュも売り言葉に買い言葉で炎上してしまったため、セラ自身も蚊帳の外に置かれているのだ。

 

「なるほど…だったら、やることは一つね」

 

おおよその事情を察したのか、エルシャは何かを思いついたように室内に戻り、すぐに戻ってきた。手に二本のデッキブラシを持っており、戸惑う面々の前で、エルシャはデッキブラシをアンジュとサリア目掛けて放り投げた。

 

突然降ってきたデッキブラシを何の疑問も抱かずに二人はキャッチし、それを構えると今度はデッキブラシを使用しての激突に変わり、よりヒートアップしてしまった。

 

「エ、エルシャ~よけいに酷くなってるよ~」

 

ナオミが泣きそうになりながらエルシャに抗議する。事態を沈静させるどころか、火に油状態にセラも内心同意する。

 

「あら? ここはお風呂場だもの、溜まってた汚れは、しっかり落とさなくちゃ」

 

いつものニコニコとした笑顔でそう告げるエルシャの意図を察する。

 

(ま、確かに一度吐き出させた方がいいか……お互いに)

 

そこまで考えると、突然セラの腕が引っ張られる。

 

「ほら、あとは二人でゆっくりとさせてあげましょ」

 

エルシャがセラの腕を取って引っ張っていく。その横で後ろ髪引かれるナオミとモモカをヴィヴィアンが引っ張っていく。こちらは単に放っておいた方が面白いと思っているだけかもしれないが……引っ張られながら、セラは軽くジト眼でエルシャに毒づく。

 

「意外と策士ね」

 

「そうかしら? それより、セラちゃんの背中洗ってあげるわ――少し興味もあったし♪」

 

鼻歌混じりに歩くエルシャに、セラは小さくため息をつき、背後から聞こえる『ど貧乳!』や『筋肉豚!』という罵倒を浴びせながらエキサイトしていく二人を無視した。

 

 

 

 

 

数時間後―――部屋に戻っていたセラとモモカのもとに顔を傷だらけにしたアンジュが戻ってきた。

 

「ア、アンジュリーゼさま……なんと酷い顔に………」

 

アンジュの惨状に顔を青ざめさせるモモカを無視し、ベッドに乱暴に腰を下ろす。

 

「随分派手にやったわね」

 

皮肉としか聞こえないその言葉にアンジュは不機嫌そうにセラを睨む。

 

「ええ、おかげであの監察官の嫌味を一時間も聞かされたわ」

 

ウンザリした面持ちで悪態をつく。サリアとの乱闘騒ぎはあの後、騒ぎを聞きつけたエマの雷が落ちるまで続けられ、お互いに殴り合いや叩き合いでズタボロになっていたアンジュとサリアは司令部に連行され、エマから延々と説教を受けた。

 

さしものジルも呆れた面持ちだったが、アンジュにはどうでもよかった。

 

「反省文まで出されるし――だいいちセラ、あなたのとばっちりじゃないの?」

 

ジト眼で睨まれ、セラは肩を竦める。確かに事の発端はセラにあるのだが、途中から蚊帳の外にやられてしまい、派手にやり合ったのは自業自得なのだが、口にすると面倒なので出さなかった。

 

「だいたい、サリアと何があったのよ? 秘密がどうとか言ってたけど……」

 

アンジュ自身も別にサリアに対してはあまりいい感情は持っていなかったが、あんな実力行使に出るような性格だとは思っていなかった。

 

故になぜサリアとセラが諍いを始めたのか分からず、戸惑う。

 

「―――まあ、いろいろとね」

 

言葉を濁すセラに眉を顰めるも、セラはそれ以上話すことはなかった。もっとも、あの後セラもエルシャにシャワールームに連行され、胸を触られるなどひどく疲れさせられたのだが……その瞬間、アンジュは小さくクシャミをする。

 

「くしゅん……疲れたからもう寝るわ。モモカ、反省文代わりに書いておいて」

 

「あ、はい!」

 

原稿用紙を放り投げ、返事を待たずしてシーツに包まるアンジュに応えながら、モモカは窺うように見ていると、セラが小さく首を振る。

 

取り敢えず、今は休ませておくべき―――無言でそう伝えると、伝わったのか小さく頷き、モモカは部屋の隅に移動し、頼まれた反省文を書いていく。

 

アンジュの反省文をモモカが書くというのもまた後で文句が出そうだが、そのへんはアンジュがなんとかするだろう――セラも疲れたのか、ベッドに横になる。

 

(確かに―――キレると厄介かもね)

 

先程のアンジュの言葉ではないが、セラもサリアの別の一面を垣間見て、どうしたものかと悩みながら眠りに就いた。




魔法少女の回です。原作でもビックリした回でしたね…キタエリの本領発揮といった感じで。

ある意味ここで一回纏まったと思いきや、次回でいきなり脱走でしたからね。

もし4クールの話だったら、もう少し間で第一中隊の日常パートが描かれたかもしれないですね。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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