クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月 作:MIDNIGHT
今日も今日とてドラゴンは襲ってくる。群れなすスクーナー級とガレオン級の姿にセラはここ最近は特に何の感慨も抱かなくなっていた。
「毎度毎度、ワンパターンね」
慣れてしまった―――あまり思いたくはないが、そうなのだろう。変化のないドラゴンの侵攻に対しての慣れが一番怖い。
自分の中でのパターンができてしまい、イザという時の即応ができなくなる。
(以前のヤツもあれ以来姿を見せていない……)
脳裏を過ぎるのは、先日のアンジュ捜索時に邂逅した竜のパラメイル―――シンギュラーから現われたことからも、ドラゴンとの何らかの関係があるはずだ。
それは、この戦いが複雑な何かを孕んでいるということに他ならない。
(なのに、司令はそれを言おうともしない)
報告書は出した――だが、ジルはそれを誰にも伝えていない。緘口令を言われた訳ではないが、それは暗に他言無用だということだろう。
サリアですら知っている素振りを見せない―――知る必要などない、ということか。
(なら、私にも考えがある)
ジルへの不審感から、セラはある決意を秘めると、眼前にスクーナー級が迫り、反射的に機銃を発射し、撃ち落とす。
「まずは…この戦いを生き残るか」
独りごち、セラは新たに開いたシンギュラーから姿を見せる増援に向かってアーキバスを加速させた。
戦闘後、帰還した第一中隊の面々で、ロザリーがアンジュに喰ってかかる。
「いい加減にしろよ、この銭ゲバ!」
アンジュは煩わしそうにロザリーを見やり、その態度がますます怒りを煽る。
「テメエが報酬独り占めしてるせいで、こっちはおまんまの食い上げだ!」
そう言って怒鳴ると、背後にいる他の面々を指す。ヴィヴィアンは首を傾げ、エルシャはどこか苦い面持ちだが、サリアを含め不満を見せるように佇んでいる。
今回の出撃でも、ドラゴンはアンジュがほとんど狩り尽くした。その後、増援が現われたものの、その位置に近かったセラを含めナオミ達がほぼ全滅させた。
だが、単機での稼ぎはダントツにアンジュがトップだ。
「借金があるのよ、それを返済しないといけないから」
アンジュは淡々と告げ、話すことはないとばかりにあしらうと、ロザリーは青筋を浮かべて身を震わせる。
「て、てめえ……!」
思わず殴ろうと、拳を繰り出し、脇眼を向いていたアンジュの反応が遅れるも、そこへ割り込んだ手がロザリーの腕を掴む。
「そこまで」
「っ、テメエもか!」
ロザリーを止めるセラに忌々しげに見つめる。
「アンジュに喰ってかかるぐらいなら、自分の腕を少しは磨いたら? 少なくとも、スクーナー級に手古摺っているようじゃ、大物は墜とせないわよ」
その指摘にロザリーはグッと言葉を詰まらせる。現に先の戦闘でもロザリーはスクーナー級に組み付かれ、それをなかなか振り解けずにいた。そんな状態でもアンジュを狙うということをやってのけるのはある意味では感心するが。
「だけど……」
「あだだだだっ!」
セラは掴んでいたロザリーの腕を捻り上げ、ロザリーが苦悶を浮かべる。数秒固めると、セラは無造作に離し、ロザリーは腕を押さえて後ずさる。
その背中をクリスが不安そうに支え、ロザリーはセラを睨みつける。
「アンジュに撃っても弾の無駄よ、撃ち返されないだけマシだと思いなさい」
そんな視線などどこ吹く風とばかりに鼻を鳴らすセラに、サリアが堪えきれず口を挟む。
「だけどセラ、アンジュの行動は目に余るわ! あなたも勝手なことをして――!」
「なら、もっと早く判断できるようにして欲しいわね」
サリアにそう切り返すと、痛いところをつかれ、口を噤む。先の戦闘でも突然現われた増援にサリアは戸惑い、指示が遅れてしまった。
他の面々もまだ戦闘を継続していたこともあり、反応できなかったが、たまたま近くにいたセラがすぐに反応し、ナオミ達を指示して増援をほぼ一掃した。
その判断の的確さだけはサリアには到底できず、悔しげに歯噛みするも、セラは冷ややかな視線を向ける。
「いい加減、ドラゴンは単細胞って考え方を止めた方がいいわよ。むしろ明確な目的を持っている『敵』と認識しないとね」
その言葉に聞いていた面々が思わず驚きに戸惑う。
「は、何を言うかと思えば……連中はただのトカゲだろうが。そんな連中に神経尖らせて、デキるライダーさんは存外に臆病なのかね」
セラの言葉に鼻を鳴らし、嘲笑するヒルダに対して、真剣な面持ちを浮かべる。
「『臆病』じゃなきゃ生き残れないからよ――相手を侮って死ぬなら勝手に死ねばいい。けど、私は御免よ…生き残るためなら、私は自分の判断を優先する。それが私が一番信じるものだから」
他の連中は知らないが、セラにとってはドラゴンは明確な意思を持っている敵だ。ただの化け物退治ではない――ドラゴンとの『戦争』なのだ。
だからこそ、迂闊なことも思い込みもしない。言外に、サリアの指示には従わないと告げられ、サリアは歯噛みする。
「いつまでも同じ戦い方が通用するわけじゃない―――隊長なら、それぐらい考えて」
「っ、だったら! 命令に従いなさい! 勝手なことをして戦場を乱さないで!」
セラの言葉は正論だ。事実、ドラゴンの戦闘は時折過去のパターンを覆すようなものがある。増援のタイミングや連携など、明らかに組織的な何かを感じさせることはこれまであった。
サリアとてそれは理解しているが、それよりもアンジュが戦場を混乱させることに気を取られているため、自分の考えたフォーメーションができないことが苛立ちを煽り、思わず怒鳴る。
規律の徹底と命令の順守――隊長としての責務からか、それがまったくもって機能していないことにサリアは我慢の限界にきていた。
「ドラゴンなら倒しているじゃない、問題ないでしょ」
黙っていたアンジュがセラを横へどかし、サリアを小馬鹿にするように告げる。
「そういう問題じゃないわ! これ以上、命令を無視をするなら……!」
「――罰金でも処刑でも好きにすれば」
アンジュは軽くあしらうと、そのままデッキを後にする。その背中を睨むサリアだったが、セラは肩を竦める。
「少なくとも、隊がこんな状態のままなら、アンジュは絶対に従わないよ」
横からの指摘にサリアがセラを睨む。
「セラ、あなたもアンジュを甘やかさないで! あなたが庇うから、アンジュが増長するのよ!」
アンジュの無茶にヒヤッとする場面はこれまでもあったが、その都度セラがフォローしている。そしてアンジュもセラの指示には素直に従っており、サリアにはアンジュを調子づかせる要因がセラにあると思っても仕方なかった。
「別に甘やかしてはいないけど…アンジュは確かに腕はたつけど、それを言うなら、機体の問題かしらね?」
咎めるサリアに横眼でそう問い掛けると、グッと詰まり、勢いを萎縮させる。確かにアンジュの腕は高いが、サリアやヒルダがそれに劣っているかと言えばそうでもない。ヴィヴィアンも純粋な技量なら恐らくアンジュにも負けないだろう。なら、後は機体性能の差が出てくる。
ジルはヴィルキスを旧式のポンコツだと言った―――だが、それが『ブラフ』だとしたら……アンジュにあの機体を与えたことに別の『意味』があるなら……暗にそう揶揄するセラに、ヴィルキスの背景をなまじ知っているだけに、サリアはうまい言葉がでず、反論ができない。その様子にヒルダや他の面々がどこか懐疑的な視線を浮かべるが、その様子にセラは小さく肩を竦める。
「ま、どうでもいいわ。けど、前にも言ったけど、自分が納得できないものを他人にさせることなんてできないわよ」
少なくとも、味方から撃たれるような空気をのさばらせているままで、何もしない―――そんな状態で、命令を聞けというのは酷なものだ。サリアには個人的な『私怨』も感じるが、隊の規律を尊ぶなら、個人的な感情は抑えなければならない。
その意味では、まだサリアは割り切れないところがあるかもしれない。
「それが無理なら、司令に頼んで別部隊に回してくれてもいいわよ」
別に自負する訳ではないが、損耗率の高いメイルライダーは戦力を確保するのが難しい。いくら扱いにくくとも、セラやアンジュをメイルライダーから降ろすなどという下策をするようなことはジルもしないだろう。
第一中隊から除籍されることはあるかもしれないが、別に他の部隊に回されようとも、構わない。話は終わりと、その場を立ち去るセラにサリアは悔しげに歯噛みするのだった。
その夜―――ジルの執務室には、いつもの面々が揃っていた。
突然の招集は、アルゼナルの外部からメッセージが入ったことによるものだった。薄暗い執務室のなか、ジャスミンが渡された電文を読み上げる。
「『ガリアの南端に到達、しかし仲間の姿は見当たらず。また、『アイビス』さんの消息も未だ不明――今後はミスルギ方面に移動し、捜索を続ける』―――生きてたんだね、あのはなたれ坊主」
どこか嬉しそうに告げるジャスミンにジルは小さく笑みを浮かべ、サリアはジャスミンが指した人物に考え込み、何かを思い出そうと思考を巡らせる。
「……タスク? あっ!」
サリアの脳裏を過ぎる幼い日の光景―――ヴィルキスをはじめとしたパラメイルの下に佇むかつての仲間達の姿に、同じものを浮かべたのか、ジルもどこか懐かしむように頷く。
「そうだ」
ジルの肯定にマギーは得心がいったのか、どこか楽しげにしている。
「アンジュを助けたのがあいつだったなんてね」
「じゃあヴィルキスを修理したのはその『騎士さん』だったんだ!」
メイも弾んだ面持ちで頷く。
回収したヴィルキスのメンテナンスをした時、修理された跡があり、パラメイルの構造に詳しい者でなければできない部分もあり、メイも戸惑ったのだが、大事な機体を修理してくれた相手に感謝するように笑う。
「まさか…アンジュはセラに発見されるまで、男の人と二人っきりだったって事!?」
女性しかいないアルゼナル故か、男に対しては免疫がないサリアは少女漫画で読んだ光景を思い浮かべ、顔を赤くする。
そんな様子を苦笑しながら、ジャスミンはやや表情を顰める。
「しかし、アイビスの奴は未だ行方不明か――あいつがいれば、あの時も少しは変わったんじゃないかって思うけどね」
その言葉にマギーは眉を顰め、ジルはどこか難しげな面持ちだ。
「ジル、あんたは本当に知らないのかい? あいつは最後はあんたと一緒にいたんだろ?」
「さあね? どの道10年も音沙汰がないんだ。生きてるか死んでるかも分からない奴など、アテにはできん」
軽く鼻を鳴らし、そう言い捨てるジルにサリアとメイは互いに見合って戸惑う。
「あの…その『アイビス』というのは――?」
思わず疑問に思ったことを訊ねると、マギーが相槌を返す。
「ああ、そうか。あんた達はまだ小さかったから覚えてないかもね。『アイビス』は昔、アルゼナルにいたライダーの一人で、昔のジルとタメ張れるぐらい腕が立つ奴だったのさ」
「そして、ヴァネッサの妹であり、タスクの『叔母』さ」
マギーの説明を聞いていたジャスミンがそう告げ、やや表情を陰らせる。
「タスクの…!?」
「そうさ――凄腕のライダーだったんだけどね、10年前の戦いの途中で行方不明になっちまってね。あいつが抜けた穴は正直デカかったさ」
どこか苦々しく告げるマギーだったが、サリアはその内容に驚きを隠せない。ジルの過去の姿を知っているだけに、そのジルと対等ともなると、どれほどの腕だったのか。そして、タスクの血縁者ということも驚きだった。
ジルは徐に煙草に火をつけ、一服した後に会話を切るように言う。
「いない奴の話はいい。それよりジャスミン、タスクとの連絡は任せたよ。いずれまた『彼ら』の力が必要になる」
「あいよ」
「で…問題はこちらか」
その言葉にやっと本題が来たとばかりにサリアが表情を引き締め、ジルがサリアに向き直る。
「アンジュをヴィルキスから降ろせ、と」
連日の戦闘でのアンジュの独断専行・命令違反の数々は既に何度も報告しており、遂に我慢の限界にきたサリアはこの招集の前にアンジュをヴィルキスから降ろす旨を議題としてあげていた。
ジルの問い掛けにサリアは厳しい面持ちで頷く。
「ヴィルキスに慣れてきたことで、最近のアンジュは増長しています。彼女の勝手な行動は以前のような事故を引き起こす可能性もあります。隊の規律と維持の面から考えても、これ以上大事な『ヴィルキス』を任せてはおけません」
理路整然とアンジュの解任を要求するサリアにジルはやや考え込み、持っていた煙草の灰が落ちると、小さく頷く。
「そうか、なら―――」
その言葉にサリアは自身の要望が受け入れられたと表情を緩めかけるも、続けて放たれた言葉に眼を見開く。
「『ヴィルキス』はセラの奴に任せるとしよう」
「なっ……!?」
「ジル!」
予想外の言葉にサリアは声を詰まらせ、ジャスミンも厳しい面持ちで声を荒げる。
「な、なぜ…どうしてセラに!?」
サリアにしてみれば、セラもアンジュと同じく手を焼いているのだ。アンジュほど勝手な行動はしないが、それでも『ヴィルキス』を任せるなどとジルが言い出すとは思わなかっただけに、困惑している。
思わず前のめりになるサリアにジルは表情を変えず、メイを見やる。
「メイ、データは取れたのか?」
「う、うん――ヴィルキスの戦闘レコーダーを解析したんだ。セラが搭乗した時の戦闘で、一時的にだけど出力が普段のアンジュの時の倍近く出ている。10年前の『アノ時』にも匹敵するかもしれない」
サリアをチラチラ窺いつつ、気まずげに告げると、ジルは不敵に笑う。
「結構なことじゃないか」
「ど、どういうことですか? セラがどうしてヴィルキスに?」
いったいいつセラがヴィルキスに――あまつさえ、戦闘までするような事態になったのか、戸惑うサリアにジルが前回の無人島での戦いを告げる。
謎のパラメイルの存在はぼかしつつ、シンギュラーから現われた敵と戦闘を行い、その際のヴィルキスの出力を計測し、それが予想以上のものであったこと。そして、ヴィルキスの『本来』の能力を引き出す上で役立つかもしれないということを説明する。
「しかし……っ!」
報告を受け取っていなかったサリアはやや不満を抱き、憤る。ジルの意図は分かる。だが、感情が納得しない。憤るサリアに、ジルは新しい煙草を咥え、煙を噴かす。
「無論、すぐにというわけではない。まだ奴にもデータを取ってもらわなければならないからな。当面はアンジュを降ろすつもりはない」
セラにはまだ戦闘データを収集してもらわなければならない。今後のパラメイルの強化のためには必要不可欠だ。ヴィルキスもまだ完全に能力を発揮しているわけではないため、アンジュに機体を守ってもらわねばならない。
最終的にどちらかが使えれば、問題はないのだから。
「だが、駒に好き勝手されては困る。駒は指手の意図に沿ってもらわねばな。それがあんたの役目だよ、サリア」
その言葉の意味は、結局は現状維持だということ――そして、ヴィルキスは自分に与えられるということはないことを意味していた。落胆するサリアにジルは優しく微笑む。
「お前なら上手くやれる。期待しているよ、サリア」
いつもの期待を込めた言葉―――だが、今はそれが重く煩わしく思えるのは何故だろう……だがそれでも、サリアには頷くことしかできなかった。
「―――イエス・マム」
沈痛な面持ちで頷き返す。たとえ、どんなことであっても、ジルに認めてもらいたい――サリアはそう思うことで無理矢理不満を抑え込んだ。
そんな様子にマギーとジャスミンは顔を見合わせて心配そうに顔を顰める。
「刻は近い…今度こそ、なんとしても『リベルタス』を―――っ」
言葉を続けようとしたジルが突然眉を吊り上げ、サリア達は思わず息を呑む。
「誰だっ!?」
怒鳴るジルの視線が執務室のドアに向けられ、ジャスミン達が身構え、サリアは瞬時にナイフを抜いてドアに駆け寄り、開く。
通路は薄暗く、視界が悪い――サリアは周囲を窺うも、人の気配も影も見えず、戸惑いながら振り返る。
首を振るサリアにジルは険しい面持ちのまま、浮かせていた腰を落とす。
「あまり長くいると危険だな。今回はこれで解散――当面は不要な招集は禁止する」
気のせいだと思いたいが、どこから情報が漏れて計画が破談するのだけは避けなければならない。強ばった面持ちで頷く面々のなか、サリアは今一度周囲を見渡しながらドアを閉める。
静寂と闇に染まる通路の陰―――微かに差し込む月明かりが人影を浮かび上がらせる。
(―――『駒』、ね。言ってくれるじゃない、司令)
壁に背を預け、腕を組むセラは閉じていた眼を開け、小さく鼻を鳴らす。ジルの態度に不審なものを憶え、サリアが夜に部屋から人目を憚るように出るのを偶然目撃したセラは、その後を追い、今しがたジルの執務室に聞き耳を立てていた。
肝心の内容は部屋の防音や音量が小さかったこともあり、聞き取れなかったが、それでも最後にジルが漏らした言葉だけは聞こえていた。
元より替えのきくライダーである以上、『駒』扱いされることは別に構わない。それよりも気になったのは最後のキーワードだ。
(『リベルタス』―――自由、ね)
身を起こし、周囲を警戒しながら思考を巡らせる。それが何を意味するのか、予想は立つ。
(人間に戦争でも仕掛けるつもり……?)
迫害されるノーマの解放だとでもいうのだろうか―――だが、それにしては不審な点が目立つ。なにか、もっと別の意味があるはずだ。
(司令の過去にその手がかりがあるか)
詳しくはセラも知らないが、ジルの過去は謎に包まれている。とはいえ、このアルゼナルに来た時点で過去など消されたも同然だが。問題は、ジルが司令になった辺りの経緯だ。
セラの記憶では、10年前はジャスミンがアルゼナルの司令だった。それが突如、ジルに譲り、自身はサポートに回った。その事からも、ジルが何かしらの理由を持っているはずだ。
(それを調べるには……)
手がかりを求めるセラが通路を歩き、居住区に戻ると、不意に掲示板に貼られたポスターが眼に入る。
(『フェスタ』――この日なら)
このアルゼナルには、一般のノーマには秘匿されている区画がいくつかある。普段は警戒が厳しいが、そこに探りを入れるなら、この日しかない。
「司令―――いや、ジル…悪いけど、私はただの『駒』になってやるつもりはない」
宣戦布告するような物言いで、セラはまるで自身に誓うように窓から見える月を見上げながら呟いた。
数日後――ドラゴンの襲撃が少しナリを潜めているなか、ヒルダ、ロザリー、クリスはゾーラを見舞うため、医務室を訪れていた。
ベッドの上では、静かに眠るゾーラの姿がある。数ヶ月前の収容された時と違い、既に呼吸器も外され、外傷はほぼ塞がっている。傍目にはただ眠っているだけにしか見えないが、意識が戻らない。
「お姉様、まだ起きないね……」
「ああ、そうだな」
クリスが寂しげに呟き、ロザリーもやや落ち込んだ面持ちで頷く。マギーの話によれば、外傷はもう問題はないらしいのだが、やはり負傷時に頭部を打ち付けたことがなにかしらの要因かもしれないとのことだが、生憎とそこまで精密に検査できる医療機器はアルゼナルには備わっていない。
医者としので腕が高いマギーでも、原因がハッキリしない状態で頭にメスを入れるわけにもいかない。そのため、現状は様子見だった。案外、ふとしたことで目覚めるかもしれないとマギーは言っていた。
今はそれを信じるしかなく、ただただゾーラが早くに目覚めてくれることを祈るばかりだった。
「お姉様をこんな姿にしたくせに、あのクソブタは好き勝手やって」
「ああ、なにもかも、あいつらが入ってきてからだ!」
やがて、彼女達の不満と不安の行き先はアンジュとセラに向かう。思えば、入ってきた時から気に喰わない連中だっただけに、好き勝手やっている(少なくとも二人にはそう見える)ことに腹立たしい気持ちだった。
「ほら、気持ちはわかるけど、あまりゾーラの前でみっともないことをするんじゃないよ」
そんな二人を今まで黙っていたヒルダが嗜め、二人はバツが悪そうにしている。
「そんなに腐るんじゃないよ。ゾーラだって死んじゃいないんだ、案外ひょっこり眼を覚ますかもしれないだろ。ゾーラが眼を覚ませば、あいつらも好き勝手はできないさ」
「そう、だよね」
「ああ、お姉様が元に戻ったら、あいつらだって何とかしてくれるし、また一緒にベッドに寝れるさ」
ヒルダの言葉に元気づけられ、ロザリーとクリスの表情も和らぐ。
「それまでは、あたしがあんた達の面倒を見てやるさ。だから泣くんじゃないよ」
ヒルダの言通り、ロクに稼げていない二人は今ヒルダの世話になっている。ゾーラの部屋の鍵をヒルダが現在は所持し、そこに二人を連れて出入りしている。
元々はゾーラに合鍵をもらっていたからなのだが、二人はすっかりヒルダに傾倒していた。
徐にヒルダはロザリーに顔を寄せ、不意打ちのように唇を重ねる。突然だったが、驚いたのも一瞬で、ロザリーはすぐに顔を赤くして受け入れ、唇を離す。物欲しそうに見つめるクリスに向き直り、期待に待つクリスにも口づけする。
やがて離れると、クリスはどこか物足りなさそうだが、ヒルダは二人に笑う。
「あんた達はなにも心配しなくていいさ。あたしが付いてるんだからね」
その言葉は凄く頼りになり、二人はますます信頼を強くしていく。そして、医務室を後にするなか、二人が出たのを確認すると、ヒルダは今一度ゾーラを見やる。
(悪いねゾーラ。もう少し寝ててくれると助かるんだよ……あたしの目的のためにね)
小さく独りごち、一瞥すると、ヒルダも医務室を後にするのだった。その顔に、どこか寂しさと譲れないものを浮かべながら。
廊下に出たロザリーとクリスはやや浮ついた面持ちと足取りで歩いていた。ゾーラがまだ目覚めないのは確かに落ち込んだが、今はヒルダがいてくれる。そのままゾーラの部屋へ向かうなか、クリスがボソッと呟く。
「でもやっぱり、ゾーラお姉様の仇をとりたいよね」
「そうだな――なんとかして、あいつ本気で墜としてやりてえぜ」
ヒルダがついてくれているとはいえ、やはりゾーラの件は簡単には収まらない。以前、アンジュに嫌がらせをしていたが、ことごとくかわされ、戦闘中はセラに邪魔をされる。
どうにかしてアンジュをイタイ目に合わせたいと顰めた面持ちで歩いていると、不意に前方から声が掛かった。
「おいおい、随分物騒な話してるなぁ」
唐突に掛けられた声に思わずドキッとし、顔を上げると、そこには褐色肌の髪をオールバックにした女性が佇んでいた。
「あ、エレノア隊長――」
「ゾーラの見舞いか?」
「あ、はい……」
眼前にいるのは、パラメイル第二中隊を率いるエレノアだった。機体を真紅に染め、部隊全員のパラメイルを同じカラーリングに統一している。そして、ゾーラの同期のメイルライダーだった。
「あいつ、まだ起きないのかよ。ったく、そんなに寝ぼすけだったか」
ため息とともに、肩を落とす。同期であり、今となってはもう少なくなった仲間だ。そのゾーラが負傷したと聞いたときは驚いたが、今もまだ眠ったままというのは不安を憶える。
「みんな、あいつのせいだ」
ボソッと漏らすクリスにエレノアが反応する。
「いけ好かないイタ姫がゾーラお姉様をあんな姿にしたんです!」
思わず声を荒げるロザリーに考え込み、何かを思いついたのか、顔を上げる。
「ああ、聞いてるぜ。どっかのお姫様が入ってきたって話だったな。なんでも凄腕のライダーだそうじゃないか」
少し前にゾーラ本人から聞いたことを思い出す。そして、第一中隊の活躍も耳に入っているのか、エレノアが告げると、クリスが悪態をつく。
「あのクソブタがお姉様をあんな姿にしたんです。あの女、お姉様を盾にしたんだ」
憤るクリスはアンジュへの悪態をつき、ロザリーは拳を打ち付ける。
「だからあたしら、どうにかしてあのイタ姫を墜としてやろうか、考えてるんです。ゾーラお姉様の仇をとるために!」
アンジュへの怒りを再燃させる二人の言葉を黙って聞いていたエレノアだったが、やがて徐に拳を振り上げ、二人の頭に落とした。
「あだっ!」
「ふぎゃ!」
突然のことに反応できず、二人は頭の痛みに悶える。対し、エレノアはやや冷ややかに見つめている。
「な、なにするんですか、いきなり!?」
いきなり殴られ、まったくもって意味不明なことに思わず噛みつくも、エレノアはやや厳しい面持ちで見ている。
「お前らがやっちゃいけねえことを言ったからだよ。ゾーラだったら、間違いなく殴ってただろうよ」
強い視線で睨まれ、二人は萎縮する。
「いくら相手が気に入らねえからって、仲間を撃つ奴がいるか。ドラゴンとやり合うのが先だろうが」
「で、でも! あいつはゾーラお姉様をあんな姿に…」
「たとえ負傷させた原因があるとしてもだな、ゾーラの奴は仲間を撃てなんてことを教えたのか!?」
そう返され、ロザリーとクリスは思わず口を噤み、視線が泳ぐ。
「あいつも確かに褒められた奴じゃなかったけどよ、仲間を撃つなんてことだけは絶対にしない奴だった。仲間と協力して生き残れ――ゾーラはそう教えていたはずだぞ」
エレノアの言葉に、二人は最初に配属されたときのことを思い出す。ゾーラはどんなにソリが合わなくとも、同じ隊にいる以上は生死を共にする仲間だ。だからこそ、生き延びるためにも仲間と協力しろと―――慕うゾーラの言葉に反している今の状況にロザリーとクリスは気まずくなる。
「エレノア隊長、あまりあたしの仲間をイジメないでくれますか」
その時、唐突に掛けられた声に振り返ると、遅れていたヒルダが追いついてきた。
「「ヒルダ……」」
不安そうに見る二人を小さく一瞥し、ヒルダはエレノアの前に立つ。
「お前、確かヒルダだったか?」
「ええ、そうです。ご高説ありがとうございます。ですが、これはあくまで第一中隊の問題ですので」
言外に余計なことはするなと告げるヒルダの顔に不敵なものが浮かんでいるが、後ろで見ている二人はハラハラしている。
「あははは、面白いな、お前」
だが、そんな不遜な態度が気に入ったのか、エレノアは豪快に笑う。
「話は聞いてるぜ、単騎でえらく稼いでいる奴と新兵をまるでベテランのように指揮するライダーが第一中隊にいるってな」
「そのせいで、あたしら全然稼げないんですよ」
思わずロザリーが不満を零し、クリスも小さく頷く。
「けどな、それだけ稼いでいるってことは、そいつらが一番危険な場所へ突っ込んでるってことだろ」
その指摘に、一瞬思考が回らず、首を傾げる。
「キャッシュは墜としたドラゴンの数だ。それだけの額を稼ごうと思ったら、真っ先に切り込んででもしねえととてもじゃねえけどできねえよ。よっぽどの死にたがりなら別だが、オレだって単騎でドラゴンの中に突っ込めるほどの気持ちはねえよ」
やや忸怩たる思いで零す。隊を率いる者としてはあまり表にはできないが、ドラゴンの群れなす中に突撃を仕掛けるのはそれだけの度量と技量があるということだ。
「それに、お前らの隊はここのところ死んだ奴はいねえっていうじゃねえか。オレの隊は、この前入った新人二人が初陣でやられちまって、一人は再起不能だ。おまけに新兵一人を庇って一人がやられちまった」
メイルライダーの損耗はとにかく大きい。新兵がある程度まで使いものになるまでにやられてしまうことも多いからだ。それだけに留まらず、新兵の自爆やフォローで戦死するライダーも多く、アルゼナルのパラメイル隊は3中隊しか実質稼働できていない。
そして、損耗の大きいために第一中隊の出撃頻度が多いのだが、第一中隊以外では連日の死亡者数はさほど変化はない。だが、そんな中で死亡者がゼロというのは珍しいことだ。
そこまで指摘されて思い出す。アンジュやセラが来るまでは、第一中隊もそれなりに死亡者が多かった。ロザリーやクリスのようにゾーラに取り入っていた者も中にはいた。だが、アンジュやセラ達が配属されてからは、昏睡状態となったゾーラを除いて、誰も戦線離脱していない。
ドラゴンのほとんどをアンジュやセラ達に狩り尽くされているからだが、そう指摘されるまでは気づきもしなかった。
「ま、確かにオレは部外者だけどよ。出過ぎた真似したな…けど、ゾーラがめぇ、覚ましたときにあまり後ろめたいことするんじゃねえぞ」
考え込むロザリーとクリスを一瞥すると、エレノアは本来の目的であるゾーラを見舞うため、医務室に向かって歩いていった。
その背中をどこか複雑な面持ちで見つめる二人に対し、ヒルダがやや不機嫌そうに告げる。
「あんな奴の言うことなんか、聞く必要なんてないよ」
「でも、ヒルダ……」
「所詮、よその奴さ。あたしらの問題に口出しはしてほしくないね。ほら、それより、やるんだろ?」
最後まで悪態をつき、話題を逸らそうと逢瀬を仄めかし、ロザリーとクリスはややぎこちなく頷く。だが、心の中に引っ掛かりを抱えたままだった。
前回から本編に戻り、魔法少女回―――いけませんでした、すいません。
後半の話が少し長くなってしまい、次回に持ち越しです。原作のこの回でロザリーとクリスはアンジュと和解しますが、そこに至るまでの過程がやや少ないかなと感じていたので、彼女達に指摘できる相手として、原作であまり出番のなかったエレノア隊長に出てもらいました。
ゾーラの同期とかの設定はオリジナルです。
次に書くのはどれがいいですか?
-
クロスアンジュだよ
-
BLOOD-Cによろしく
-
今更ながらのプリキュアの続き