クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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メイドは1億キャッシュ!?

第一中隊の面々は、シミュレーションルームにて各々に訓練に励んでいた。

 

今朝の哨戒に出ていた第二中隊がドラゴンの一団と遭遇し、新兵の内二人が撃墜され戦死、一人が負傷という状況を聞き、シミュレーションといえど気が抜けない。

 

特にようやくライダーとしての自覚が出てきたココやミランダなどは真剣に取り組んでいる。

 

そんな中、アンジュは一人最高難度のシミュレーションに挑んでいたが、その動きはどこか危なげだった。苛立ちが隠せないかのように仮想のドラゴンを墜としながらも、被弾する率も高い。どうにかクリアしたものの、アンジュは満足いく結果ではなく、また苛立ちも収まっていない。

 

憮然と佇むアンジュにタオルが投げられ、反射的に受け取る。

 

「お疲れ、随分動きが雑だったけど…」

 

シミュレーションを見ていたのか、セラがそう嗜めると、アンジュはそっぽを向く。

 

「なんでもないわ」

 

ぶっきらぼうに告げると更衣室へと向かっていく。その背中を見送りながら、セラは肩を竦める。

 

「アンジュ、機嫌悪いね」

 

横で心配そうに見つめるナオミ。シミュレーションの訓練時間は既にとっくに終わっている。他のメンバーは既に着替えて終わっており、残っているのはセラとナオミ、そして訓練結果を纏めていたサリアだけだ。

 

アンジュは一人、時間を過ぎてもシミュレーションに取り組んでいたのだが、その結果は芳しいとは言い難い。まるで、八つ当たりでもするような動きだっただけに、その理由は容易に察せられる。

 

とはいえ、これは当人の問題だ。部外者である自分達が口を挟むことではない。

 

「それよりナオミ、随分操縦の腕が上がったわね」

 

「え、そうかな?」

 

「ええ、最初の頃の危なっかしさが大分なくなったわ」

 

驚くナオミに頷き返す。事実、彼女の成長は著しい。ずっと彼女の操縦を見てきたが、機体に振り回されたり無駄な動きもなくなってきている。

 

現に、先程のシミュレーションもかなりの好成績だった。

 

「セラにそう言ってもらえると、嬉しいな」

 

満更でもないといった面持ちで笑顔を浮かべる。ずっと強くなりたかった――セラと一緒に戦えるように……そう心に秘めてこれまでやってきただけに、セラに認められたことが嬉しくて仕方なかった。

 

「にやにやしすぎ、あまり調子にのらないこと」

 

「ご、ごめん」

 

あまりに崩れた面持ちだったので、軽く嗜めると慌てて表情を整える。

 

「それじゃ、私達も上がるわよ」

 

「うん」

 

すっかり話し込んでしまい、遅れてしまった。もうすぐ夕食の時間だ。さすがに遅れては食いっぱぐれてしまう。更衣室へと向かい、セラがドアを開けた瞬間、一瞬固まり…すぐに閉めた。

 

「セラ?」

 

どうしたのかと首を傾げると、セラもどこか不可解といった面持ちで戸惑っている。

 

「いや…疲れてるのか――なにか、変な光景が………」

 

額を押さえる彼女にナオミはますます困惑する。気を取り直し、改めてドアを開け、今度はナオミも覗き込むと、その表情が固まる。

 

「え……?」

 

思わず間抜けな声を上げる先――殺風景な更衣室の一画に、明らかに不釣合いな豪奢なクローゼットが陣取っており、その前にはアンジュの悩みの原因であるモモカが笑顔で佇んでいる。

 

「何、これ……?」

 

見間違いではなかったことにセラもどこか唖然となっている。そこへ、シャワーを浴び終えたアンジュがシャワールームから顔を出し、モモカが弾んだ声を上げる。

 

「お帰りなさいませ、アンジュリーゼ様!」

 

その声に頭を拭いていたアンジュが顔を上げた瞬間、驚愕に眼を見開く。

 

「何、これ!?」

 

眼を丸くするアンジュの前でモモカがはにかむ。

 

「アンジュリーゼ様といえば、ミスルギ皇国のファッションリーダー! あの頃の気持ちを思い出していただこうと、アンジュリーゼ様が大好きだったアイテムを揃えてみました!」

 

徐にクローゼットを開けると、そこにはドレスがズラリと並び、どれもが見たことがないような豪華なものだ。

 

ナオミは口をあんぐりと開けてしまい、セラは頭痛を憶えてしまう。

 

(というより、どっから持ってきたのよ、こんなもの……)

 

どうやってもこの狭い入口からあんな巨大なクローゼットを入れられるはずがない。中のドレスにしても、どこから集めたのか―――それも、『マナ』でどうにかなる問題なのだろうか……なにか、思考が混乱する一方で冷静に物事を分析しようと頭が動き、セラは大仰にため息を吐く。

 

「さあ、どれからお召しになります?」

 

促しながら返事を楽しげに待つモモカに、アンジュは小さく唇を噛み、冷たく言い放った。

 

「――戻して」

 

「はい! ……はい?」

 

反射的に返事をしたものの、その言葉に思わず首を傾げるモモカに、アンジュはキツく怒鳴った。

 

「元に戻しなさい! 今すぐ!」

 

踵を返し、再びシャワールームに戻るアンジュが扉を強く閉じ、その音に思わず萎縮してしまい、顔を顰める。

 

「アンジュリーゼ様……ううん! まだまだこれから!」

 

寂しげに呟くも、すぐに表情を引き締め、意気込みを新たにするモモカだったが、その横でクローゼットを置くために無造作にどかせられたロッカーの傍で自分のロッカーの惨状に呆然となっているサリアの姿が非常に哀愁漂い、痛々しい。

 

眼の前の惨状にセラは嫌な予感が現実になることに、大きくため息をついた。

 

 

 

数時間後――夕食を終えてアンジュとセラ、ナオミは居住区を部屋に戻っていた。

 

「セラ、昨日はどこで休んだの?」

 

不意に疑問に思ったことを訊ねると、セラが顔を上げる。

 

「ナオミのとこ。今、一人らしいから……」

 

セラの返答にアンジュが一瞬、顔を顰めるも、すぐに戻り、そのまま部屋へと着き、ドアを開けた瞬間、動きが止まる。

 

「お帰りなさいませ、アンジュリーゼ様」

 

部屋の中で佇むモモカ――だが、部屋の様相が大きく変わっていた。殺風景だった室内は、どこぞの貴族の部屋かと錯覚するほどの家具や装飾が施されていた。

 

「お部屋のインテリアを、アンジュリーゼ様の大好きだったものに変えてみました」

 

以前の面影がまったくないその変貌ぶりとかつての自身の部屋がほぼ完璧に再現されていることにアンジュは呆然となり、後ろから覗き込んだナオミは感嘆する。

 

「すごーい! マナってこんなこともできるんだね!」

 

先程の更衣室での一件を見たからだろうか、素直に受け入れるナオミを羨ましく思う。

 

そういう問題だろうか――セラはため息を心中に零す。どうやってあの短い時間に家具を調達し、模様替えしたのか……とてもではないが、不可能だ。『マナ』は万能と聞いているが、確かに『魔法』だな、とセラも改めて思う。こんな力があれば、依存したくなる人間の気持ちも分からないでもない。

 

図らずもアンジュの昔の一面を垣間見たセラは頭を掻きながら、唖然となっているアンジュに声を掛けた。

 

「アンジュ、やっぱ私、部屋代わるわ」

 

「え? セラ……?」

 

「一人の方が気がラクでしょ、お互い」

 

やや疲れた面持ちで歩いていくセラにアンジュは狼狽え、声を上擦らせながらモモカに怒鳴った。

 

「戻して!」

 

「え……アンジュリーゼ様?」

 

「戻しなさい! 今すぐ!」

 

あまりに鬼気迫る表情で怒鳴るアンジュにモモカは怯み、アンジュはそれだけ告げるとドアを強く閉めた。その音にまたもや萎縮するも、すぐに次の手を考えるのだった。

 

 

 

その後―――セラの姿はジャスミンモールにあった。

 

既に時間は遅く、ジャスミンモールには人影はなかった。テーブルを挟んで対峙するセラとジャスミンの手元にはカードが握られており、それをジャスミンがニヤリと笑って山札から交換する。

 

「あたしは2枚チェンジだ」

 

「こっちは4枚交換するわ」

 

対し、セラはポーカーフェイスを貫いており、手札の状況は読めない。

 

交換が終わると、ジャスミンは不敵な笑みを浮かべて手札を晒す。

 

「7のフォーカード、こいつはラッキーだね」

 

4枚の『7』のカードに意気揚々と告げるジャスミンにセラは特に動揺した素振りも見せず、カードを広げる。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ」

 

「ぬあっ!?」

 

セラの手札にはスペードの『10』・『J』・『Q』・『K』・『A』の5枚が揃っており、最強無比の手札だった。ジャスミンは驚愕を通り越して口をあぐんりと開けてしまっている。

 

こんな手札など、ジャスミン自身も出した記憶がない。それ程までにこの手札を手元で揃えるのは奇跡に近い。とはいえ、イカサマなどは自分の眼が節穴でない限りは見逃さない。

 

「―――私の勝ち、よ」

 

静かに勝利宣言するセラにジャスミンは悔しげに歯噛みする。

 

「ああ、分かったよ。例のパーツはちゃんと手配して回しておくよ!」

 

ヤケクソ気味に頭を掻いて悪態をつくジャスミンに肩を竦め返す。セラはパラメイルの装備パーツを賭けて、再びジャスミンとのカード勝負に臨んでいた。リベンジ、と燃えるジャスミンも喜んで挑んだのだが、結果は返り討ちにあってしまい、表情が不機嫌だ。

 

(ジャスミン、表情に出やすいのよね―――ま、こっちも運任せだけど)

 

いい手が来ると表情に出る。それのおかげで勝負に出るかどうかを判断はできるが、こちらに手が揃うかはまさに運だ。

 

だが、結果的にこちらが勝った。過程はどうあれ、最後にものをいうのは『結果』だ。購入したパーツの改修案を描きながら、セラは背中をテーブルに預け、不意に疑問に思ったことをジャスミンに問い掛けた。

 

「ジャスミン」

 

「何だい? 心配しなくても今更反古にはしないよ」

 

随分根に持つな――と内心苦笑しながら、頭を振る。

 

「あの子――どうなるの?」

 

セラの一言に不機嫌だったジャスミンの表情が変わる。何を指しているか――言わずとも察せられた。

 

「随分アンジュを慕っているみたい――けど、今のままじゃどうにもならない」

 

あの手この手でアンジュを皇女時代の彼女に戻そうと奮闘している。その忠誠心だけは称賛できる。誰もが蔑む『ノーマ』をあそこまで慕うことはなかなかできることではない。当のアンジュもだからこそ戸惑い、余計に冷たく当たっているのだろう。

 

だが、このままいけばいずれ別離が来る。そして彼女は―――――

 

「このままなら、あの子――闇に葬られる……違う?」

 

背中越しに低く問うと、ジャスミンは応えずに口を噤む。だが、それが『答』だった。

 

『アルゼナル』と『ドラゴン』はこの世界の暗部―――決して表には出さない…出してはならない事実だ。それを知った者は、例外なく処分される。事実すら闇に葬られて……

 

「そこまでして秘密を隠す……どっちが『化物』なんだか」

 

揶揄するように嘲る。

 

「で……あんたはどうしたいんだい?」

 

そこまで無言で聞いていたジャスミンが徐にそう問い返した。ただの酔狂でこんな話をするはずもない――セラの性格を熟知しているがゆえだ。

 

「できるのなら、アンジュのためにもこのままの方がいい」

 

アンジュの拒絶する態度の裏に、モモカに対する親愛が見え隠れしている。かつての自分とは違うと、必死に壁を作るのも、彼女を危険に巻き込みたくないからだ。それだけ、彼女との関係が深いものだったのは見て取れる。先日の無人島の一件でアンジュの心が僅かに変化した。それはいい変化だと思う。

 

だが、このままいけば最悪の結果となる。アンジュはその事にまだ気づいていない。後からその事を知ってしまったら手遅れになる。なら、無理をしてでも近くに置いた方がいいだろう。あとは二人の問題だ。

 

「まったく、お節介焼きだね」

 

ジャスミンは微笑を浮かべ、表情が和らぐ。

 

「そんなんじゃない――ただ、アンジュが不安定になるのが面倒臭いだけよ」

 

そう言って肩を竦める。ルームメイト、同じ容姿、同じ隊の仲間――理由はどうでもいいが、アンジュの面倒でまた厄介事を起こされるのだけは御免だ。

 

その様子にジャスミンはニヤニヤと笑っているが、生憎と背を向けているセラには見えなかった。

 

「そうさね……あの子がここに居れるだけの理由でもできればねぇ」

 

必要なのは外堀だ。本人がいくら望んでも、管理委員会は許可しないだろう。なら、外堀から理由を作ってやればいい―――その言葉にセラは考え込む。

 

現状、モモカがここにいる理由がない。なら、理由ができれば―――ただでさえ危険なアルゼナルに、秘密を知った厄介な存在をノーマと一緒に閉じ込めておけるなら、わざわざ始末する理由がない。

 

そこまで考え、セラは何かを思い出したように顔を上げた。

 

「ジャスミン――あの子、確か物資と一緒に来たんだったっけ?」

 

「ああ、そうさ。といっても、ここに来るのはそれ以外じゃ連行するものだけだけどね」

 

皮肉るように告げる。それに対してセラは口元を小さく薄める。徐に身体の向きを変え、ジャスミンに向き直る。

 

「なら、彼女も『商品』にしてしまえばいいんじゃない?」

 

唐突に告げたその一言にジャスミンは一瞬戸惑ったようになるが、一拍後意図を悟ったようにニヤリと笑う。

 

「成る程ね――そいつはおもしろい趣向だね」

 

確かにその方法なら、理由ができるだろう。『人間』を商品にするなど何事と、エマ監察官辺りは煩そうだが、なんだかんだで抜けている御仁だ。適当に理由付ければどうとでもなる。

 

「だけど、あの嬢ちゃんにそこまでする義理があるかね」

 

だが、アンジュが自分で動かねばそれも無意味だ。それに対してセラは小さく頭を振る。

 

「その程度の関係なら、あそこまで拗れないわよ」

 

その言葉にジャスミンも呆気に取られる。だが、次の瞬間には笑い上げた。

 

「いいさ、ならあたしの方でやらせてもらうさ」

 

「頼むわね」

 

踵を返し、セラはジャスミンモールを後にする。その背中を見送りながら、ジャスミンはどこか苦笑混じりに零した。

 

「ったく……ただの仲間にそこまで世話を焼くはずがないだろうよ。やっぱり、なのかね――――」

 

最後はまるで呑み込むように呟いた言葉は誰に聞こえることもなく消えていった。

 

 

 

 

翌朝―――食堂では、訪れるノーマ達がどこか遠巻きにその光景を見つめ、囁いている。

 

食堂の外に突き出たテラスでは、いつもは置いてあるはずの簡易テーブルが片づけられ、テントと丸テーブルがある。テーブルクロスが敷かれた上には見たこともない料理が並べられており、それを見たヴィヴィアンなどは口元に涎を垂らしている。

 

そのテントの下でテキパキと動く話題の人間であるモモカだったが、食堂に入ってきたアンジュがそれを見つけ、こめかみを押さえながら歩み寄る。

 

「何やってるの?」

 

「あ、アンジュリーゼ様。いらっしゃいませ、今日の朝食はアンジュリーゼ様の大好きだったヤマウズラのグリル夏野菜のソース添えとなります。これを召し上がれば、元気100倍に―――」

 

笑顔で告げるモモカの前でアンジュはテーブルクロスを掴み、それを引き抜いた。

 

「いい加減にして!」

 

引っ張った拍子にのっていた料理も床に落ち、ヴィヴィアンが「もったいなし!」と声を上げるが、そんな外野などアンジュは気にも留めない。

 

呼吸を荒げながら睨むアンジュにモモカは萎縮する。

 

「ア、アンジュリーゼ様……」

 

そう呼ぶと、アンジュはまたしても唇を強く噛む。

 

「私はアンジュリーゼじゃない! 『ノーマ』のアンジュよ! 何度言えば分かるの、これ以上私に関わるな!」

 

あらん限りの力でテーブルを叩き、浴びせられる怒声にモモカはビクッと身を震わせるが、そんな様子を一瞥し、アンジュは不機嫌な面持ちのままズカズカと食堂を出て行く。遠巻きに見ていた外野はまるで腫れ物でも触るような表情で道を開ける。

 

その様を食事をしていたヒルダが楽しげに見ており、モモカも見やりながら何かを思いついたように口元を歪めた。

 

「アンジュリーゼ様……」

 

一人残されたモモカはショックを隠し切れない面持ちで呆然となっている。

 

かつてのアンジュリーゼとは思えないほどの行動と拒絶に彼女は落ち込んでしまう。誰もが遠巻きにそんな彼女を見ながら囁いていたが、そこへ思いもしない人物が現われた。

 

「はい、ちょっとごめんよ」

 

人ごみを掻き分けながら食堂に現われるジャスミンに慌てる。そんな周囲に反応を気にも留めず、ジャスミンは真っ直ぐにモモカに近づく。

 

誰もが予想だにしていなかった状況に注目するなか、ジャスミンが落ち込むモモカに声を掛けた。

 

「あんた、ちょっといいかい?」

 

「はい?」

 

声を掛けられて顔を上げるも、アンジュにことごとく行ったことが拒絶され、かなり沈んでいるがそれを意にも返さず、笑う。

 

「なんだいなんだい、辛気臭いね」

 

「申し訳ありません。私に何か――」

 

「ああ、お前さんに大事な用があるのさ」

 

言うやいなや、ジャスミンはモモカの腕を掴み、戸惑うモモカを引っ張っていく。

 

「え、え、え?」

 

訳が分からずに混乱するモモカを引いたまま悠々と進むジャスミンにこれま先程のアンジュとは別の意味で驚き、道を開ける群衆の中を突き進み、食堂を出て行く。

 

まるで嵐のように過ぎた一部始終に誰もが呆気に取られるなか、セラは離れた席で見ていた。

 

「セ、セラ……何がどうなってるのかな……?」

 

一緒に食べていたナオミは混乱し、声が裏返っている。

 

「さあ? ジャスミンが突飛なことをするのは今に始まったことじゃないでしょ」

 

惚けた口調で応え、今日は珍しく食事に付いているお茶を啜る。

 

合成茶だが、別に味はこの際どうでもいい――ほどよい熱さが喉を潤し、小さく一息つく。

 

「セラは動じなさすぎでしょ」

 

その様子に思わずミランダがツッこむ。あの一部始終を気にもとめず、マイペースで食事をするセラに驚きを隠せない。

 

「アンジュさんとあのメイドさん、どうなっちゃうんでしょ……?」

 

そんな中、ココは不安そうに呟く。ただでさえギスギスと不機嫌なオーラを発しているアンジュに、彼女が入隊した頃を思い出し、迂闊に話し掛けられない状態だった。

 

「ま、なるようになるわよ――」

 

そんな中、そう応えたセラに一同は顔を見合わせ、首を傾げた。

 

 

 

 

その日の訓練は、射撃演習だった。さほど効果は望めないが、銃火器を携帯する以上、その取り扱いにしても練度を高めておく必要がある。

 

射撃場で、ドラゴンの絵が描かれたボード目掛けて、並ぶサリアとエルシャがライフル銃を構えている。最初にエルシャが撃つが、その反動で胸が揺れ、照準がずれる。弾は的を大きく外れてしまう。

 

「あらら?」

 

眼を丸くするエルシャの横でサリアが撃った弾は、的確に的の中心に当たり、エルシャは感心する。

 

「ど真ん中、お見事~♪」

 

エルシャは胸元から出したハンカチでサリアを称賛する。

 

「何時まで経ってもサリアちゃんの様に上手くならないわね~? 何が違うのかしら?」

 

可愛く首を傾げるエルシャに、サリアは忌々しげにエルシャの胸を睨む。

 

「ちっ、四次元バストが……」

 

反動に対する影響が少ない己の身体の貧相さに対する怒りとそれとは逆のエルシャの巨乳に対する嫉妬で、サリアは苛立ち、それをぶつけるように再度ライフル銃を構えてトリガーを引いた。

 

「こ、これでこうなると…わわっ」

 

「ココ、慌てすぎ」

 

「そうだよ――落ち着いてやれば……ふぎゃっ」

 

離れた場所でココ、ミランダ、ナオミの三人は分解した銃の組み立てを行っていた。ただでさえ、アルゼナルで支給される装備は不安なものが多い。故にもしもの場合は自分で使えるようにするため、重火器の構造を覚えておくのも重要な仕事だ。

 

だが、分解したパーツは百以上にもなり、それを説明図などなしで組み立て直すというのがいかに至難か――ココは部品を付け間違え、慌てふためき、ミランダも嗜めながらもその手は非常にゆっくりだ。ナオミは組み立てようと填めたパーツは合わずに手元から飛び、鼻に当たって悶絶している。

 

三者三様のなか、アンジュは一人で射撃の練習をしていた。真っ直ぐに構えるアンジュの眼が的を捉え、トリガーを引くと、放たれる弾丸は的の急所に当たる。

 

続けて引こうとするアンジュの耳にすぐ傍で談笑するヒルダ達の声が入った。

 

「ええ! それ、マジで!?」

 

「ちょっとっ…声が大きいよ!」

 

驚きの声を上げるロザリーを嗜めながらも、ヒルダの声はそれに劣らずよく響く。

 

「けどさ、あの侍女が殺されるって?」

 

その言葉に無視していたアンジュは小さく息を呑み、動きを止める。その様子を遠巻きに確認したヒルダはどこか不敵に笑いながらわざとらしく告げる。

 

「ど、どういうこと?」

 

穏やかでない内容にクリスも驚きながらも、問い返す。

 

「アルゼナルやドラゴンの存在は一部の人間しか知らない極秘機密だって知ってる?」

 

「え、そうなの?」

 

「聞いたことがあるよ」

 

余計な反感を抑えるため、ノーマの間ではあまり公にはしていないが、マナの世界ではドラゴンの存在は伏せられている。それこそ、モモカのようにノーマは更生施設のような場所に隔離されているとの認識ぐらいしかない。

 

「こんな所にやってきて秘密を知っちゃった人間を―――」

 

「素直に帰すはず…ない――」

 

「そういうこと」

 

「へぇ~成程ね」

 

途端にニヤニヤと笑いながらアンジュに視線を向ける。アンジュは頑と無視しているが、その様子に嘲笑する。

 

「かっわいそうにね~あんな冷血女を追ってこんなところに来たばっかりに」

 

「だな」

 

「ホント、かわいそう」

 

遠巻きに、そしてこれみよがしに浴びせられる嫌味に、アンジュはギリっと唇を噛む。

 

「アイツに関わる奴はみ~んなロクな目に合わない。酷い女だよ、ほんと」

 

言葉の刃がアンジュを苛め、動揺し、ざわつく心持ちで撃った弾丸は的を大きく外れる。

 

「失礼するわよ」

 

その時、アンジュの横にセラが屈み込み、ライフル銃を構え、照準を合わせる。トリガーを引き、放たれた弾丸が的に向かい、アンジュの当てたすぐ真横に着弾する。

 

「セラ……」

 

思わず注意が逸れ、振り向くアンジュだが、セラは視線を的へ向けたまま小さく呟く。

 

「相変わらず、ネチネチする連中ね―――けど、あのアホどもが言ったことは事実よ。このままいけば、あの子は間違いなく殺される」

 

ただの嫌味でヒルダ達が言ったわけではない――セラの言葉にアンジュは視線を落とす、見せないようにしているが動揺は隠せない。アンジュ自身も知らなかったのだから仕方ない。

 

どう伝えようかと考えていただけに、ヒルダ達の嫌味で余計な手間は省けた。

 

「このままでいいの―――?」

 

静かに問うセラにアンジュはビクッと身を震わせる。

 

「関係ないわっ、私には……っ」

 

ずっと騙されていた――信じていた者に裏切られた不信感は未だアンジュの中で拭えない。だが、その声が震えていることにセラは再度ライフルを構え、発射する。

 

発射音が木霊するなか、セラは一拍置いて続ける。

 

「でもあの子はここまであんたを追ってきた――ノーマだと知っていたあんたをね。そこまで慕っている子よ」

 

現状、唯一といっていいほど人間でアンジュを慕っている存在ではなかろうか。引き離される家族にしても、どうしようもないと諦め、何年も経てば記憶の彼方へと押しやってしまう。その意味では希有な存在だ。

 

口を噤むアンジュの頑なな様子に小さく息を吐く。

 

「最後にひとつ――後悔しない方を選びなさい……私からはそれだけ」

 

立ち上がり、離れていくセラにアンジュは沈痛な面持ちのまま悩み続けた。

 

 

 

 

「さあ、今回の目玉はこれ! ミスルギ皇国皇室侍女!」

 

威勢のいい声がジャスミンモールに響く。集まった面々は何事と注目するが、このために用意した特別ブースに立つジャスミンの後ろには、椅子に座らされたモモカが座っているが、事態が呑み込めず混乱している。

 

そんな彼女を他所に、ジャスミンは言葉を続ける。

 

「『マナ』が使える『人間』の侍女が今なら1億キャッシュだよ!」

 

巻き起こる驚きは、果たしてその内容だったのか、それとも価格なのか―――どちらにしろ、『人間』を商品にしたことは大きな注目を集め、どこが発行したのかは分からないが、号外まで出る始末だ。

 

当然ながら、この号外はジルをはじめ、エマ監察官の眼にも留まることとなり、ジルはまた面白い趣向だなと小さく笑う。

 

(さて、ジャスミンの考えか、それとも……)

 

どちらにしろ、退屈はしなさそうだと思うジルとは打って変わってエマ監察官はワナワナと震え、一目散にジャスミンモールに突撃した。

 

「ノーマが『人間』を商品にするなど、なんたることですか!?」

 

案の定というか、というよりも事前に予想できる事態だっただけに、ジャスミンは飄々と応じる。

 

「まあまあ、監察官落ち着きな」

 

「これが落ち着いていられますか!」

 

血管が切れそうなほど怒り心頭になるエマ監察官だが、ジャスミンは動じない。

 

「固いこと言うもんじゃないよ。それに、あの子は正式な手続きを経てここへ来た訳じゃないだろ。なら、どう扱っても問題はないんじゃないのかい?」

 

「そ、それは……いえいえ、そもそもあなた達ノーマは人間に対してこんな―――!」

 

「第一、購入できる奴なんかいやしないよ。ま、ここのとこ話題がなかったからね…ちょっとしたプロモーション代わりさ」

 

一瞬、言い淀むもすぐに首を振って反論するが、ジャスミンはそうはぐらかす。『1億キャッシュ』という額は個人で出せるような額ではない。そもそも、それだけの額を払ってまで人間を買うなどということをするノーマなど皆無だ。

 

「ま、明日になったらあの子は帰るんだ。その前に少しばかりウチの売上に貢献してもらってもいいだろ?」

 

そう言い包められ、エマ監察官は怒鳴り込んだ当初の勢いも完全に消え、渋々と応じた。ジャスミンの言うとおり、そんな可能性など皆無に等しいため、諦めたかっこうだが、当の彼女は失念していた。

 

個人的に『モモカ』との友誼があり、個人で莫大なキャッシュを稼いでいる存在がいることを――――




6話の終わりまでいけませんでした。
原作でも戦闘のない回だけにもう少し短くなるかなと思ったのですが、モモカをキャッシュで買う理由付けやセラとの会話シーンも考えると、あと1話のなかで収まらなかったので、分けました。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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