クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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Pretty an intruder

アンジュの捜索を終えて帰還した夜―――執務室でタバコを噴かすジルと、ソファに腰掛けて難しい面持ちでジルから渡された資料を読むジャスミンの姿があった。

 

どれだけ時間が経ったのか、噴煙が天井に霧散するのを眺めていたジルに、ジャスミンが読み終えたのか、顔を上げる。

 

「成る程――これは、あたしにしか見せられないわけだ」

 

神妙な面持ちで告げるジャスミンに、ジルも頷く。この場にいるのはジャスミンのみ。いつもは招集をかける他の面々の姿はない。

 

ジャスミンが読んだ報告書には、既にジルも眼を通していた。先日のアンジュの行方不明における調書を各々にとり、それを纏めたものだったが、ジルはサリアを通さず直接ジルに提出するように指示していた。

 

アンジュの報告書は島での生活だが、所々穴があり、不完全なものだがこちらは正直どうでもいい。それより問題なのは、セラの方の報告書だった。

 

「謎の機体――『奴』の仕業かい?」

 

「いや、報告ではシンギュラーから出現したらしい……なにより、『奴』のソレとは特徴が違いすぎる」

 

セラの報告書には、シンギュラーから出現した正体不明のアンノウンのパラメイルと思しき機体と戦闘を行った旨が記載されていた。

 

さすがにこれはヴィルキスのレコーダーにも記録されているため、誤魔化しはきかない。故に報告書に記載したのだが、それは二人にある憶測を掻き立てさせたが、腑に落ちない部分が多すぎた。

 

「なら、もうひとつの方かい?」

 

どこか顔を顰めて告げるジャスミンにジルは無言でタバコを噴かせる。

 

「ジル――これはセラの報告書だろ? あの子のことだ、薄々察しているかもしれないよ……いい加減、隠し通すのも無理があるんじゃないのかい」

 

「知ったところで、何も変わらんさ……知らずにいた方がいいこともある。それよりも、私はセラがヴィルキスを『動かした』ことの方が大事だと思うがな」

 

ジルの指摘にジャスミンが苦虫を噛み潰したように苦くなる。その表情で何かを確信したように、ジルの眼が細まる。

 

「やはり、奴も『鍵』を持っているのか――まさか、こんな近くにいたとはね。それも15年も前から……」

 

自虐するように呟くジルに、ジャスミンが苦々しく顔を逸らす。だが、次の言葉にはハッとさせられる。

 

「なら、奴はこの先我々には必要な駒だ」

 

「――セラに、ヴィルキスを与えるのかい?」

 

ジルの真意を問うように訊ねると、小さく頭を振る。

 

「いや、無闇に乗り手を変えれば要らぬ憶測を招く。当面はまだアンジュに任せるさ」

 

『ヴィルキス』はジル達の求めるものに必要不可欠なもの。それ故に迂闊に扱うわけにはいかない。現状、アンジュをヴィルキスから降ろすのは簡単だ。だが、そのままセラに任せるというのは、余計な不審感を抱かせるだろう。

 

「最後の『鍵』を持つのがどちらなのか分からない今、アンジュにヴィルキスを覚醒させてもらう。それが無理なら、セラを使う―――我々の目的のためにな」

 

不適に笑うジルに、ジャスミンは顰めた面持ちのままだった。

 

 

 

 

夜も更けるなか、アンジュは不意に眼が覚めた。ぼやけた視界に入ってきたのは、殺風景な天井――そこで初めて、自分はアルゼナルの部屋にいると自覚した。

 

昨日までは無人島で過ごしていただけに、少し身体が違和感を感じているのかもしれない。外はまだ暗く、起床時間はまだ早いと思い、寝直そうとする。不意に隣のベッドに視線を向けると、そこは蛻の空だった。

 

「……セラ?」

 

ベッドの主たるセラの姿はなく、アンジュは思わず身体を起こす。どこに行ったのだろうか、と視線を動かすと、棚にかかっているはずの制服がなく、アンジュはますます戸惑う。

 

徐に身を起こす。窓から差し込む月明かりのなか、空のベッドを暫し見つめていたが、やがてアンジュも制服に着替え、部屋を出る。

 

消灯時間のためか、居住区画は静けさに包まれている。とはいえ、夜間に出歩いてはいけないという規則もないため、アンジュは無言で歩き出す。

 

不意に、セラがどこにいるのか考えたが、それは自然と浮かび上がった。彼女がいるとしたら、『あそこ』しかない――アンジュは足を進めた。

 

 

 

夜の帳が包むアルゼナルの丘で、セラは寝転んで星空を見上げていた。

 

セラは基本眠りが浅い――長年このアルゼナルで育った故か、即応できるように身体に染み付いてしまっている。だが、ここ数日はアンジュの搜索で無理をしたせいか、帰還時に深く眠ってしまった。

 

あれ程深く眠った記憶は数える程しかない――あとでエルシャやヴィヴィアンにからかわれ、ナオミからは微笑ましく見られた。

 

らしくない醜態を晒したなと苦笑する。

 

見上げるなか、流星が流れる――今日は雲ひとつなく、星が無数に輝き、アルゼナルを包み込んでいる。星明りのなか、セラは昨夜のことを思い出していた。

 

移送されるドラゴンの死骸、シンギュラーから現われた謎のパラメイル――そして、ヴィルキスに乗っていた際に抜け落ちた記憶……それらが、セラに不審感を抱かせていた。

 

ドラゴンのこと、ヴィルキスのこと、そしてなにより、自分自身のこと――もやもやしたものがセラの中に渦巻き、苛立ちと怒り、そして不安を煽る。

 

(あの声は――いったい何だったの……?)

 

脳裏をよぎるのは、竜と戦うなかで聞こえた声――聞いたことのない声が発した言葉………

 

「歌、か……」

 

まるで誘われるようにセラはあの瞬間、あの歌を口ずさんでいた。そして、その瞬間意識が暗転するように記憶が曖昧になっている。

 

竜と戦っていたのは覚えている、だがそれはまるで映像を見ているような感覚だった。気づいた瞬間には、竜は去り、自身は戸惑っていただけだ。

 

まるで、自分ではない『自分』に身体を乗っ取られたような―――

 

(この戦い、それにヴィルキス―――何か、裏がある)

 

それは憶測ではなく確信に近いものだった。未だ分からぬドラゴンの正体、目的――単なる異世界からの侵入ではなく、明確ななにかを持って攻め入ってくるのではと、薄々感じてはいた。その謎をジル司令は知っている。そして、あれだけ執拗に拘る『ヴィルキス』にも、なにか秘密があるのかもしれない。

 

(私が、『セラ』(わたし)であるために――!)

 

セラは曖昧なまま戦うことがなにより嫌いだ。このまま不審感を抱いたまま戦うことよりも、ハッキリとさせたい。誰かに言われたまま戦うことは、セラの矜持に反する。

 

星空に手を突き出し、握り締める。己の決意を示すように―――

 

夜風が吹き、セラを包む。静かに身を起こし、星を見上げながらセラは唄う……何があろうとも、この歌だけは忌避できない。誰も聞く者のいない夜のアルゼナルにセラの歌が響き、旋律を奏でる。

 

その時、その旋律に重なるように響いた声に息を呑む。

 

セラは思わず唄うのを止め、声のした方向を振り返ると、そこにはアンジュが静かに唄いながら歩み寄ってくる。驚きに呆然となっているセラの傍に近づくと、アンジュは微笑を浮かべる。

 

「あなたでも、そんな顔をするのね。私は、ここに来てからあなたに驚かされてばかりだったけど」

 

小さく笑い、アンジュはセラの横に腰を下ろす。

 

「やっぱりここに居たんだ――少し前に、あなたがナオミとここで唄っているのを聴いたの。この歌を……ね」

 

セラは困惑していた。

 

この歌を知っているのは、自分以外には育ててくれたジャスミンか、一緒に唄うナオミぐらいしかいない。少なくとも、アルゼナルに来て日の浅いアンジュの前で唄ったことはない。

 

「『永遠語り』…進むべき道を示す守り歌―――セラ、あなたはどこでこの歌を?」

 

ずっと気になっていた……何故、彼女がこの歌を知っているのか――問い掛けるアンジュにセラは一瞬逡巡するが、やがて静かに視線を水平線へと向ける。

 

「『永遠語り』……初めて知ったわ。名前さえ、知らなかったんだから……」

 

自嘲気味に笑い、セラはポツリと呟く。

 

「私は、物心着く前にアルゼナルに送られた――『セラ』って名前も、『真実』(ほんとう)の名前じゃない。なにもない中で、唯一『私』が持っていたのが、このペンダントとあの『歌』だけだった」

 

両親の顔も知らない、どこで生まれたのかも分からない、『真実』(ほんとう)の自分すら知らない――そっと、胸元のペンダントを持ち上げる。

 

息を呑むアンジュの前で苦笑を零す。

 

「そう――あなたの指輪と同じ………記憶の彼方で誰かが唄っていた『歌』。なんで自分が識っているのか、何故持っているのか……考えたこともなかった」

 

アルゼナルに送られた時点で過去は断ち切られる。『真実』(かこ)などここでは無意味――ただ、それを持ち続けたのは、セラにとっても捨てられぬものだったかもしれない。

 

他人には偉そうに『過去は関係ない』と言っておきながら、自分はその『過去』を捨てられないでいる。矛盾した自身に自虐する。

 

「だけど、この歌だけは迷った時に、荒んだ時に気持ちを落ち着かせてくれた。私にとっては、それで十分だった」

 

名すら知らない歌――だが、それらはセラにとって微かな安らぎをくれた。まるで子守唄のように……誰が唄ってくれたのかも知らないというのに………

 

「―――そう…」

 

無言で聞いていたアンジュはそう頷いた。

 

夜風が二人を包む――静寂が満ちるなか、アンジュが呟いた。

 

「そろそろ戻りましょ――夜風にあたりすぎるとよくないわ」

 

そう言って立ち上がろうとするアンジュにセラが小さく首を振った。

 

「今戻っても、ほとんど眠る時間は取れないわよ。それに、もう少しここにいなさい――いいものが見れるから」

 

そう言って微笑を浮かべ、セラは水平線を見つめ、アンジュも首を傾げながら腰を落とす。

 

十数分後――水平線が微かに淡く輝いてきた。陽が顔を出し、陽光が夜の闇に差し込み、世界を淡い紫色に染めていく。

 

「綺麗―――」

 

アンジュは思わずその光景に見惚れた。

 

「太陽が顔を出し、夜と朝が交じり合うこの光景が、私のお気に入りなの―――」

 

たとえどんなに夜が来ようとも、必ず陽は昇る――『明日』を生きるために戦う……自分の意思で――それが、ノーマであるセラの矜持だ。

 

水平線を見つめるセラをアンジュは見つめる。

 

朝焼けのなか、吹く風がセラの髪を靡かせ、微かな陽光が髪を紫銀に彩る。遠くを見つめるその姿はどこかとても儚げで、酷く希薄に見えてしまう。まるで、そこにいるのが幻のように、次の瞬間には消えてしまいそうな――深い隔たりが見えるような…そんなどうしようもない不安が湧き上がり、アンジュは思わず口を開いた。

 

「セ、セラっ」

 

「何、いきなり大声出して……?」

 

唐突に上がった声に、小さく驚いて振り返るセラにアンジュは安堵する。

 

「な、なんでもないっ」

 

挙動不審になるアンジュに首を傾げるが、やがてセラは立ち上がる。

 

「これを誰かに見せたのは、アンジュが初めてよ」

 

ナオミにもこの光景は見せたことがなかった。自分も夜に部屋を抜け出すのは滅多にしないこともあるし、今回はたまたまアンジュが気づいてきた。

 

ただの巡り合わせ――そう言ってしまえば簡単だが、アンジュは心なしか嬉しくなる。

 

「それじゃ、そろそろ戻ろっか――遅れると煩い隊長がいるしね」

 

冗談めかして告げるセラにアンジュも失笑する。そんなアンジュにセラが手を差し出す。

 

「ほら」

 

手を差し出しながら笑うセラの顔はすごく綺麗で――アンジュはドキッとなる。

 

「アンジュ?」

 

いつまでも動かないアンジュにセラが不審そうに見るが、アンジュは慌てて手を取る。

 

(な、なんで私ドキドキしてんのよっ)

 

立ち上がりながら、内に響く鼓動に混乱する。だが、セラと少し近づけた――それだけが心地よいリズムとなってアンジュの心に響き続けた。

 

 

 

 

 

 

数日後、アルゼナルでは俄かに活気づいていた。月に数回の外部からの補給物資が運搬されてきた。数隻の輸送機が着陸し、積載されていたコンテナが降ろされてくる。

 

自給自足が難しいアルゼナルにおいては、この補給物資が生命線だった。食料や医薬品に限らず、生活物資にジャスミンモールでの商品・娯楽品――そして、パラメイルの武器、弾薬、資材……ノーマ管理委員会による『慈悲』という名の下、管理されていた。

 

もっとも、それに対して嫌悪するノーマは極限られるが……そんな中、エマとジャスミンを中心に物資に引き受けが行われていた。

 

「食料4、医療品1、医薬品1、補修用パーツコンテナ1…」

 

エマが降ろされた物資を確認している中、ジャスミンは同じようにコンテナを確認しながら、運搬担当者に指示を出していた。

 

「下着用コンテナはウチの、下に回しておくれ」

 

フォークリフトでコンテナを運ぶなか、コンテナの陰をサッと走る影にバルカンが反応し、顔を上げる。

 

「どうした、バルカン?」

 

ジャスミンが声を掛けると、バルカン自身もよく分かっていないのか、周囲を見渡している。やがて、リストを確認し終えたエマがマナのウィンドウを閉じる。

 

「確かに受領しました、御苦労様です」

 

『ではまた明後日に』

 

運搬を終えた管理委員会の輸送機が飛び立つと入れ替わりに第一中隊のパラメイルが帰還してくる。輸送機の航行に伴い、周辺空域の警戒を命じられ、出撃していたがその最中にシンギュラーが開き、迎撃してきた。

 

フライトデッキに着陸し、リフト台に機体を固定する各パラメイル。ライダー達が機体から降り、デッキを後にすると待機していたメイが指示を飛ばす。

 

「総員掛かれ! ちんたらやってると晩ご飯に間に合わないよ!」

 

『イエス・マム!』

 

号令に応じ散らばる整備班の中、先程コンテナの中を突っ切ってきた影が慌てて身を隠す。

 

デッキを後にしたアンジュが更衣室に向かって歩いていると、その背中に声を掛けられた。

 

「アンジュ、おつっ」

 

肩を叩いて並ぶヴィヴィアンとエルシャにアンジュが軽く反応し、振り返る。

 

「お疲れ様」

 

「今日もキレッキレだったにゃ~」

 

「アンジュさん、やっぱりすごいですっ」

 

称賛するヴィヴィアンやココにぎこちなく頷く。帰還以来、僅かに態度が軟化したアンジュは、ヴィヴィアンやエルシャ、ココやミランダに対しても僅かばかりコミュニケーションを取るようになっていた。

 

「セラは?」

 

セラの姿が見えないことに訊ね返すと、ミランダが応えた。

 

「まだデッキにいるよ。機体の調整をしたいんだって、ナオミも付き合ってるみたい」

 

パラメイルの修理や調整は基本は整備班の仕事となる。自ら行うというのはほとんどないが、先日のような機体トラブルもあるだけに気になるのだろう。

 

「そう――」

 

「およっ、アンジュってばセラがいなくて寂しい?」

 

「そ、そんなんじゃないわよっ」

 

笑いながら覗き込むヴィヴィアンに思わず言い返す。のどかな会話が交わされるのとは違い、その後方を歩くヒルダ、ロザリー、クリスの三人は不満な顔でアンジュを睨んでいる。

 

「クソ! またアイツだけ荒稼ぎしやがって! おまけにあいつに邪魔ばっかされて!」

 

「…なんで帰ってきたのよ?」

 

「ホント、ゴキブリみたいな女……」

 

先の戦闘にてブリック級2匹を含めたドラゴンの一団と交戦し、ブリック級2匹はアンジュが仕留めた。随伴のスクーナー級もヴィヴィアンやエルシャはともかく、ロザリーやクリスが狙おうとする獲物に先んじて仕留めるココやミランダ。

 

それに指示を出しているのがセラだった。そのセラもまるでこちらを封じ込めるように機体を動かし、ナオミと共に阻んできたため、迂闊にアンジュを狙うという真似もできない。

 

「それよりヒルダ、大丈夫だった?」

 

クリスがそう訊ねると、ヒルダがキッと睨み、クリスが引き攣った顔を浮かべる。

 

「あのクリソツ女――!」

 

ヒルダはヒルダでセラに後方から銃弾を撃ち込まれた。当てることこそなかったが、被弾ギリギリの紙一重で撃ち、ヒルダが狙おうとした獲物を撃ち落としている。

 

本気になれば、ヒルダを間違いなく墜とすという脅しだった――迂闊に動けず、ヒルダ自身もがんじがらめになってしまい、今日の戦闘ではヒルダもロクに稼げなかった。

 

アンジュには荒稼ぎされ、セラには邪魔される――二人に対する不満を募らせるなか、ロザリーは胸からネジを取り出し、それを見たクリスが眼を丸くする。

 

「ロザリー? 何するの?」

 

「へっ、こいつでアイツのど頭にネジ穴開けてやるのさ!」

 

まだ懲りてなかったのか、とクリスは慌てる。

 

「ダ、ダメだよ…司令に怒られるよ」

 

ただでさえ、アンジュの捜索はジルの指示で行われた。そして帰還したアンジュに下手な真似に及べば、ジルの耳に入る。さすがにそれは効いたのか、ロザリーはやや怖気づくも、ヒルダが煽るように告げる。

 

「バレなきゃいいじゃん」

 

ヒルダの言葉に、クリスもやや怖れが和らいだのか、悪乗りするように頷く。ロザリーもニヤリと笑う。

 

「だよなぁ…喰らえ、害虫女……!」

 

ロザリーがネジを投げようとした瞬間、突如警報が鳴り響き、ロザリーは慌てる。

 

「ひえぇっ!? 違います違います! 私何もしてません、ホントです!」

 

いきなりバレたのかと脇目も振らず平謝りするロザリーだったが、クリスが制する。

 

「ロザリー、違うみたいだよ……」

 

「へ……?」

 

【総員に告ぐ! アルゼナル内部に侵入者有り! 対象は上部甲板からフライトデッキ間を逃走中! 付近の者は確保に協力せよ!】

 

間抜けな声を上げるロザリーだったが、次の瞬間流れたアナウンスにアンジュ達も驚く。

 

「侵入者?」

 

初めて聞く単語に戸惑うなか、ココが声を上げる。

 

「あ! セラさんとナオミ、まだデッキにいるんじゃ……」

 

それを聞いた途端、アンジュが走り出す。真っ直ぐに向かう中、固まっていたロザリーを突き飛ばす。

 

「邪魔よ!」

 

「うわぁっ」

 

「いやぁっ」

 

弾かれた拍子にバランスを崩し、そのままクリスを巻き込んで倒れ込む。身を打ち付け、痛みに悶える二人を他所に、ヴィヴィアン達もアンジュの後を追って戻った。

 

 

 

少し前――フライトデッキに格納されたパラメイルのなかで、セラはアーキバスのシートに跨ったまま、パネルを打ち、データを確認していた。

 

(やっぱり、これ以上の反応値の上昇は無理か)

 

小さく嘆息して肩を落とす。先日のヴィルキスの操縦で感じた反応の良さ――悔しいが、現状のアーキバスではあそこまでセラの反応に追随してくれない。

 

(またジャスミンモールでパーツを買うしかない、か……)

 

やや憂鬱気味に頭を掻いて機体から降りるセラに、下で待っていたナオミが声を掛ける。

 

「セラ、お疲れ」

 

「別に待たなくてもよかったんだけど…」

 

「いいんだよ、私がしたいだけだから」

 

はにかむナオミに肩を竦め、そんな二人にメイが声を掛ける。

 

「セラ、ナオミお疲れ」

 

「メイ」

 

「機体の整備頼むわ――それと、近々機体を改修すると思うから準備しておいて」

 

セラの言葉にメイは頭を掻く。

 

「あー、やっぱりか……けっこうギリギリまでチューンしてるんだけど。セラってば、ホント短期間で機体をモノにするね」

 

称賛なのか呆れなのか、そう評するメイに苦笑する。

 

「ま、いいよ…こっちにパーツが回ってきたらまた呼ぶから」

 

「頼むわ」

 

「うん…あ、そう言えばセラ、昨日別の隊の整備班の子がヒドイ怪我したみたいなんだけど、何か知らない?」

 

思い出したように訊ねる。

 

昨日、整備班に所属するメイの管轄外の工員が何者かに闇討ちされたようで、負傷したのだが、当人達も覚えていないと、どこか震えながら証言しているとのことだった。

 

「――別に」

 

特に動揺した素振りもなく応えるセラにメイも拍子抜けする。

 

「そっか、変なこと聞いてゴメン。それじゃ、またね」

 

離れていくメイを見送ると、ナオミは恐る恐るセラを覗き込む。

 

「ね、セラ…まさかとは思うけど―――」

 

「さあ? 想像に任せるわ」

 

投げやりに返し、不適に笑うセラにナオミは戦々恐々するも、それ以上の追求は止めた。

 

二人が移動していると、ふとデッキの隅で頭を抱えるサリアが留まる。

 

「サリア、また悩んでるのかな?」

 

「いつものことでしょ、放っておきなさいよ」

 

独断専行するアンジュだけでなく、ヒルダ達と諍いが絶えない状況にいつも戦闘が終わるとああして、奇行に近い状態になっている。セラもその一端を担っているのだが、いけしゃあしゃあと一瞥し、着替えようとデッキを出ようとした瞬間、警報が鳴り響いた。

 

【総員に告ぐ! アルゼナル内部に侵入者有り! 対象は上部甲板からフライトデッキ間を逃走中! 付近の者は確保に協力せよ!】

 

突然のことに動きを止め、眉を顰める。整備班も聞き慣れぬ警報に戸惑っている。

 

「セ、セラ、侵入者って、ど、どうしよう!?」

 

ナオミは困惑し、上擦った声でアタフタする。

 

「落ち着きなさい…私はこんなとこに侵入してくる物好きがいることの方が驚きだけど」

 

ここは言うまでもないが『ノーマ』の収容施設だ。自ら望んでくるような『ノーマ』はまずいない――ましてや、世間ではほとんど知られていない『アルゼナル』に侵入してまで来る『人間』も考えにくい。

 

(となれば、『ノーマ』の身内、もしくは親しい人物か)

 

とはいえ、かつてそんな真似をしてまでここに来た者など皆無だが。思考を巡らしながら、ホルスターから銃を抜き、撃鉄を起こす。

 

「うう…侵入者と鉢合わせしちゃったらどうしよう……」

 

銃を同じように抜きながら、臆するナオミに肩を竦める。ナオミの中ではどんな侵入者像ができているのか気になったが、苦笑する。

 

「私から離れないようにしなさい」

 

「あ…うん!」

 

その言葉に勇気づけられたのか、笑顔で頷くナオミに頷き返し、周囲を探ろうとした瞬間、コンテナの隙間から飛び出してきた影とぶつかった。

 

「たぁぁっっ」

 

予想もできなかっただけに、衝撃が頭を駆け抜け、セラは思わず尻餅をつく。それはぶつかった相手も同じだったようで、反対側に座り込んでいる。

 

「セ、セラ大丈夫!?」

 

慌てて駆け寄るナオミに応えず、ぶつけた頭を抱えながら、セラはぶつかった相手を睨む。

 

「っっ、ちょっと、どこ見て歩いてんのよ!」

 

「も、申し訳ありません、急いでいた…もの、で………」

 

怒鳴られ、慌てて謝罪する相手もぶつけた頭を抱えながらこちらに視線を向け、表情が固まる。見たことがない衣装に、見慣れぬ顔だった。

 

戸惑うセラを前にその少女はセラを凝視していたが、眼に涙を浮かべていく。

 

「ア…アンジュリーゼさまぁぁぁぁぁっ」

 

次の瞬間、タックルでもするように少女がセラに抱きついてきた。

 

「へ……?」

 

「え、え、え?」

 

セラは眼を白黒させ、ナオミも突然のことに思考が追いつかない。そんな混乱を他所に、少女はわんわん泣きながらセラに抱きつく。

 

「お会いしたかったですぅ!」

 

「ちょ、あんた誰よ?」

 

感涙する少女を引き離し、問い掛けると、『ガーン!』という擬音が見えるかのごとく、少女はショックを受け、まるでこの世の終わりかのように顔を悲壮に歪める。

 

「そ、そんな…私をお忘れですか? あんなにお仕えしたのに……」

 

項垂れるものの、セラにはまったく覚えがない。

 

「ああ、お労しや……私のことをお忘れになるほど、さぞ苦労されたのですね。あんなに素敵だった髪もこんなに白くなってしまわれて………」

 

泣きながら凄まじく失礼なことを言われ、セラの表情がヒクっと引き攣る。その様子にナオミは「ひっ」と、恐怖に身を固まらせる。

 

セラは無言で少女の頭に拳骨を落とした。

 

「あいたっ」

 

「これは生まれつきよ! ったく……ん?」

 

この少女は最初、何と自分を呼んだ? 記憶を辿り、少女が言った名を反芻する。

 

「アンジュリーゼって…あんた、アンジュの知り合い?」

 

「ふぇ?」

 

痛みに呻く少女が涙眼で顔を上げた瞬間、別の声が上がった。

 

「いたぞ! あそこだ!」

 

侵入者確保のために出払っていた保安係のノーマ達が一斉に集まってくる。警棒を構えてセラ達ごと少女を囲うと、一人が警棒を振り下ろそうと近づく。

 

「待ちな……っ」

 

慌てて制止させようとセラが叫ぶより早く、少女がキッと手を翳すと、少女の眼前に光の壁ができ、警棒を弾く。その光景に保安員達が驚き、どよめく。

 

「マナの光―――」

 

その光に驚き、眼を見張る。

 

エマ監察官が使用しているのをセラも何度か見たことがある。だが、このアルゼナルにおいてはほとんど見ることのない歪んだ光だ。故に戸惑う保安員達に少女はセラに抱きついたまま叫ぶ。

 

「やめてください! 私は…私は、アンジュリーゼ様に会いに来ただけです!」

 

そう叫ぶ少女にセラは確信する。

 

「モモカ!?」

 

その時、離れた位置で驚きの声が上がり、反射的に振り向くと、そこには引き返してきたアンジュが驚きに佇んでいる。

 

「アンジュ……」

 

「え? アンジュリーゼ…さま……?」

 

名を呼ばれた少女――モモカは、アンジュの方を見てしばらく唖然となる。すっかり雰囲気が変わっていたが、紛れもなく自分が慕う『アンジュリーゼ』だった。

 

ならば、今自分が抱きついているこの人物は誰なのか―――?

 

「え? え? アンジュリーゼ様が二人……? えーと……ど、どういうことなのでしょう?」

 

訳が分からず困惑し、首を傾げるモモカに駆けつけたサリア達は一気に脱力し、アンジュも予想もしなかった再会に戸惑ったままモモカを見ている。

 

そんな微妙な空気が満ちるなか、セラは疲れた面持ちでため息を零した。

 

また厄介なことが舞い込んできたな、と――なんとなく、サリアの気持ちが少し分かった気分だった。




モモカ参上!

ってな感じのモモカの登場回でした。
クロスアンジュ中でも最後までブレなかったキャラですよね。

設定では、モモカも裏切るっていう展開が初期ではあったようですが……セラとの絡みは出会いからこんな形で書いてみました。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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