クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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EGO~eyes glazing over~

月明かりが照らす夜の空に同化するように飛ぶアーキバス。

 

セラは捜索範囲を拡げて小さな島々が点在するエリアに辿り着いていた。

 

(海流に流されていたら、この辺りの島に流れ着いている可能性が高いんだけど……)

 

戦闘空域の海の流れから察するに、海流に流された可能性が一番高い。もし、機体が浮上せずに海底に水没していれば発見はもはや不可能だろう。

 

僅かな可能性を信じ、セラはレーダーを最大限に張り巡らし、周囲の島々を肉眼で確認していく。既に搜索が始まって数日――生存のタイムリミットが迫るなか、セラは一際大きな島に接近する。

 

その時、アーキバスのレーダーが微かな信号をキャッチする。

 

小さく息を呑み、その信号を受信すると、第一中隊の周波数で発信されていた。

 

「アンジュ……!」

 

ここにきてようやく手がかりらしい手がかりを得たことで、セラの顔も安堵に綻ぶ。

 

高度を落として海面に降下し、ビーコンが発信されている島へと接近する。海岸に機体を着陸させると、警戒した面持ちで周囲を捜索する。

 

浜辺を少し歩くと、海岸に擱座しているヴィルキスを発見する。

 

「アンジュ!」

 

すぐさまヴィルキスに駆け寄り、コックピットを覗き込む。そこには、僅かに予想していたアンジュの遺体はなかったことに、最悪の結果だけは避けられたことには安堵したものの、肝心のアンジュの姿が付近にはなく、セラは窺うように視線を走らせる。

 

砂浜には自分以外の足跡があり、それが森の中へと続いていた。

 

(誰かいる……?)

 

足跡が二つあることに、訝しげに眉を顰める。

 

アンジュ以外に誰かこの島にいるのだろうか――とはいえ、こんな絶海の孤島に他のノーマがいるとは考えにくい。

 

(なら、『人間』か―――?)

 

アンジュは捕まったのだろうか――脇のホルスターから銃を抜き、撃鉄を起こして右手に構えると、警戒した面持ちで森の中へと入っていった。

 

 

 

 

アンジュがタスクと無人島で二人っきりで過ごして既に数日――その間にアンジュは海で魚を釣り、森で木の実を採り、ヴィルキスの修理を手伝い、初めて料理をしてトラブルを起こすなど、穏やかな日々を過ごした。

 

皇女の時とも違う、アルゼナルでの生活とも違う――自然の中で『生きる』という現実が見るもの聞くもの感じるもの、すべてが新鮮に映り、アンジュの心に安らぎを齎していた。

 

共に過ごすうちに、徐々に打ち解けたアンジュとタスクは、川岸で寝転び、夜空を見上げていた。

 

「うわぁ…こんなに星が見えるなんて――」

 

「気が付かなかった?」

 

「空なんて、ずっと見てなかったから……」

 

まるで手に届きそうなぐらいと思えるほど無数に輝く星。アルゼナルに来てからは、ゆっくりと夜空を見上げるなんてこともなかった。

 

その時、一筋の流星が過ぎり、思わず見惚れる。

 

「綺麗――」

 

不意に、遠い過去の記憶にあるミスルギ皇国での日々が過ぎる。あの頃はこうして星空を見上げながら『永遠語り』を唄うのがなにより好きだった。

 

(セラも、唄ってたっけ……)

 

何故彼女があの歌を知っているのか、今まで聞けずにいた。そこまで考え、結局彼女のことを考えていることに苦笑する。

 

「彼女も、この空を見てるのかしら……」

 

無意識にそう呟くと、川辺で手を洗っていたタスクが穏やかな面持ちで話す。

 

「その人って、『セラ』っていう人――?」

 

「な、なんで知ってんのよ!?」

 

予想外の言葉にアンジュが驚き、声が上擦ってしまう。

 

「君が倒れた時、その名前を言っていたから………君の大切な人なのかい?」

 

まるで悪戯が成功した子供のように笑い、隣に腰掛けるタスクに醜態を見られたようで口を尖らせ、どこか気恥ずかしげにしている。

 

「……最初は嫌ってたわ」

 

やがて、身体を起こし、どこか苦く漏らすアンジュにタスクが首を傾げる。

 

「でも…私を助けてくれた――――」

 

穏やかな眼差しを浮かべて星空を見上げる。

 

「自分でも不思議なの…彼女がいてくれたら、何もいらない…何も怖くない……そんな風に思えるの――――」

 

アンジュも自身の変化に戸惑いながらも、それを自然と受け入れていった。まるで、そうであることが当然のように――ただ顔が似ているというだけではない、不思議とそう思わせてくれた。

 

「でも、それだけじゃいけないって教えてくれたのに――私、それを振り払ったわ………」

 

自嘲気味にこぼし、表情を沈痛なものに変える。皇女としてのプライド故か、強情をはり、押し通した結果が今の状況だった。

 

「だから、私のことなんかもう見限ってるかもしれない……」

 

セラを――彼女に甘えたまま、彼女を危険に晒してしまった。俯く彼女にタスクも表情を顰める。どう言葉を掛けるべきなのか――悩みながらも、口が開く。

 

「大丈夫だよ」

 

「え?」

 

「前も言ったけど、君がそれだけ想ってるんだ。きっと、向こうも君のことを捜してるはずさ」

 

何の根拠もないことだが、そう励ますタスクにアンジュも小さく微笑を浮かべる。

 

「ありがとう」

 

「あ、いや……女の子には優しくしろって、死んだ親父とお袋に言われてただけだし―――」

 

素直に礼を述べられ、照れ臭そうに顔を逸らすタスクに、アンジュは笑みを浮かべたまま…その笑顔にタスクは見入ってしまう。

 

「…どうかした?」

 

凝視することに気づいたアンジュがそう声を掛けると、ハッと我に返る。

 

「いや、その……君を見てたら、昔会った子を思い出しちゃって――――」

 

頬を掻きながら、タスクは過去に思いを巡らせるように星空を見上げる。

 

「昔、俺が泣いてた時に、励ましてくれた子がいたんだ。泣いてばかりだと、何も変わらない――だけど、俺はそれを受け入れられずに、反発してしまった……だけど、その子はただずっと傍で居てくれたんだ」

 

脳裏に浮かぶのは、こちらを見つめる瞳――それが印象に強く残っている。

 

「君の瞳が、その子に似ていてね――放っておけなかったんだ……」

 

「そう――」

 

それっきり会話がなくなり、二人は寝転んだまま星空を見上げていたが、アンジュが小さなくしゃみをし、タスクが苦笑する。

 

「冷えてきたから、そろそろ戻ろっか」

 

夜に加えてアンジュの姿は防寒的なものに適さないため、アンジュも頷くと立ち上がろうとし、僅かに力が入らず、バランスを崩してしまう。

 

「きゃっ」

 

「あぶないっ」

 

タスクが慌てて倒れる先に回り込み、そのままもつれ合ったまま倒れ、アンジュとタスクはお互いに見つめ合ったままの状態で固まる。

 

間近にある顔に、二人は揃って赤くなり、鼓動が早くなる。

 

見上げるタスクの顔にドキドキしていると、不意に草むらで音が鳴り、二人がそちらに視線を向ける。

 

「アンジュ! ぶ、じ………」

 

森の中から姿を見せたセラの姿にアンジュとタスクが驚く。そして、セラもまたどこか驚きに眼を見張っている。いや、正確には二人の体勢だった。アンジュを押し倒すように上から被さるタスクの姿は、どう見ても誤解しかねないものだった。

 

「セ、セラ……?」

 

「え? おなじ、顔―――?」

 

予想外の人物にアンジュは戸惑い、思考が纏まらない。タスクはアンジュと同じ顔の相手が現われたことに軽く混乱している。

 

だが、当のセラは視線がどんどん冷めたものになっていく。

 

「――お邪魔だったみたいね、どうぞごゆっくり」

 

軽蔑した眼差しとどこか厭味たっぷりで一瞥し、踵を返すセラにアンジュはようやく今の状況を理解し、慌てて声を上げる。

 

「セ、セラ! ち、違うの! ってか、早く離れなさいよっ」

 

「わわっ、ちょっ……」

 

タスクを押しのけようとするが、急にバランスを崩され、タスクはアンジュの胸に顔を埋めてしまう。柔らかな感触に赤面とどこか顔がにやけ、アンジュは眉を吊り上げる。

 

「この変態っ! 死ねっ!」

 

「ぐぼっ」

 

ストレートが顔面に刺さり、タスクが悶絶する。

 

 

 

 

アンジュとタスクの痴話喧嘩を他所にセラは森を抜け、海岸まで戻っていた。

 

(アホくさ……心配して損した)

 

少し前までの心境はどこへやら――呆れた面持ちで嘆息し、肩を竦める。とはいえ、アンジュの無事を確認した以上、仲間に報告しないわけにはいかない。

 

輸送機に連絡を取ろうとアーキバスに戻ろうとした瞬間、突然どこからともなく音が響き、セラは反射的にそちらを見やった。

 

夜の空に巨大な氷塊を吊って飛行する輸送機の編隊が視界に入る。

 

「何……?」

 

明らかに怪しげな様にセラはバイザーの望遠機能を起動させ、ズームで拡大する。

 

「っ! ドラゴン!?」

 

氷塊の中にあるのは、凍結された大型ドラゴンの死骸だ。となれば、あれはアルゼナルで撃退したドラゴンに間違いない。

 

だが、ドラゴンの死骸の回収などこれまで見たことはない。ならば、あれはアルゼナルではなくどこか別の指示で動いている。

 

輸送機を拡大するも、勢力を特定するようなものは見当たらない。

 

(ローゼンブルム王家のもの…? それとも管理委員会か……?)

 

どちらにしろ、ドラゴンの死骸を回収してどうしようというのか……思わぬ光景を目撃し、戸惑うセラだったが、その時どこからともなく鳴き声が轟いた。

 

ハッと顔を上げると、森の中から一体の影が姿を見せた。

 

「スクーナー級ドラゴン……!?」

 

セラは知る由もなかったが、それはアンジュと一緒に海中へと消えたドラゴンだった。まるで怒りに狂うように咆哮を上げ、輸送機に襲い掛かる。

 

突然の襲撃にパニックに陥ったのは想像に難くないが、輸送機の機銃程度では何の役にも立たず、次々に被弾し、しまいには同士討ちまで始めてしまい、輸送機は反撃すらままならず、そのまま蛇行し、氷塊を抱えたまま、墜落していく。

 

頭上を過ぎる輸送機の残骸が突風を巻き起こし、セラは思わず歯噛みする。

 

そのまま島の奥へと墜落し、巨大な爆発が起こる。

 

「アンジュ……!?」

 

島の奥にはまだアンジュがいたはずだ。急ぎ戻ろうとしたセラの前に先程のスクーナー級が落ちてきた。動きを止めるセラの前で息も絶え絶えながら、未だ衰えぬ戦意を滾らせ、顔を上げてこちらを睨む。

 

向けられる敵意に息を呑むも、セラは銃を構えて発砲するが、意にも返さない。

 

「こんなんじゃダメか…!」

 

多少の傷を与えても、致命傷にはならない。せめて、パラメイルに乗らなければ――だが、セラは唇を噛む。アーキバスの着陸地点はスクーナー級の背後だ。スクーナー級をかわして辿り着くにはリスクが大きい。

 

鳴き声で威嚇するスクーナー級に銃口を向けたまま、セラは自身の背後にある機体に気づく。

 

「ヴィルキス――!」

 

確認すると同時にスクーナー級が襲い掛かり、セラは咄嗟にナイフを抜いて投擲した。飛ぶナイフがスクーナー級の眼球に刺さり、痛みに悶えるドラゴンに構わず、セラはヴィルキスに向けて駆け出す。

 

機体をよじ登り、コックピットに入ると起動スイッチを押すも、やはり反応はない。

 

「くっ、動け! 動け!」

 

墜ちたままで修理すらされていないのだから当然かもしれないが、それでもセラは必死に操縦桿を動かす。だが、やはり反応はなく、焦るセラを前に悶絶していたドラゴンが怒りに震えるようにヴィルキスを睨み、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「動け、動け、動け! 動けっていってんのよっ、ヴィルキス―――!」

 

思わず叫び上げた瞬間、セラの胸元のペンダントが光り、それに呼応するようにヴィルキスのバイザーに光が灯る。システムが起動し、ヴィルキスはまるで意思を持つように右手のライフルをスクーナー級へと発砲した。

 

突然の攻撃に反応できなかったドラゴンは銃弾によって貫かれ、断末魔の声を漏らしてその場に崩れた。ドラゴンの血が海水を伝って海に拡がっていく。

 

それを一瞥するでもなく、セラは起動したヴィルキスに呆然となっていた。胸元のペンダントの宝石がまるで共鳴するように輝いており、戸惑う。

 

その時、レーダーが警告を発した。

 

「シンギュラー? こんな場所で……?」

 

表示されるのは、ドラゴン出現時に観測される時空の歪みだ。だが、こんな辺鄙な場所に開いたことは過去聞いたことがない。

 

どちらにしろ、シンギュラーが開くのなら、放っておくわけにはいかない。近くにはナオミ達の乗った輸送機も航行しているのだ。

 

考察は後回しとばかりに、セラは操縦桿を握り、ギアを踏み込む。それに連動し、ヴィルキスはゆっくりと身を起こし、砂浜に立ち上がる。

 

「いくわよ、ヴィルキス!」

 

セラの言葉に呼応するようにスラスターが噴射され、ヴィルキスは飛び立つ。その光景を遅れて海岸に到着したアンジュとタスクが驚く。

 

「ヴィルキスが……!」

 

「そんな、まだ修理は終わってないのに……」

 

ヴィルキスが飛ぶ姿にアンジュはすぐにセラが操縦していると気づき、タスクはまだ修理が終わっていないはずのヴィルキスが何故起動しているのか分からず、困惑する。

 

そんな二人を他所に、ヴィルキスはシンギュラーの観測点へと向かう。そのポイントへ到着すると、虚空に紫電が走り、巨大なワームホールが開く。

 

身構えるセラの前で、シンギュラーからゆっくりと姿を見せる『モノ』に、セラが眼を見開く。

 

「パラメイル…? いや、違う……っ」

 

空間の裂け目から姿を見せたのは、見慣れたドラゴンではなく、パラメイルと同じほどの大きさの人型兵器――四肢を持つその姿は、鋭意なフォルムを持ち、まるで竜を模したような意匠だ。

 

闇夜でも目立つ山吹色のボディカラーを持つその機体に、セラは戸惑う。

 

「何者なの……?」

 

呆然と凝視するなか、シンギュラーより現われた山吹色の機体の中で、操者たる者の姿がある。だが、コックピットは全体が暗幕に覆われたように薄暗く、かろうじて計器類とモニターの光のみが点灯するだけだ。

 

「転移成功――出現ポイントは少しズレたけど、許容範囲内…各部チェック、問題なし」

 

自身の機体の状態を確認する中、レーダーが音を発し、顔を上げてモニターを見やる。

 

「敵? っ!? アレは……!」

 

モニターに映った機体の姿に、驚愕するが、次の瞬間には強く唇を噛む。

 

「『ビルキス』――忌むべき兵器、ラグナメイル………ここで遭ったが百年目!」

 

いきり立ち、山吹色の機体が携帯していたライフルを構え、ヴィルキスに発砲する。

 

「っ!?」

 

攻撃に我に返ったセラは反射的に操縦桿を切り、攻撃を回避する。

 

「何なの……問答無用ってわけ――!」

 

シンギュラーから現われた謎のパラメイルに戸惑っていたが、こちらを攻撃してきたことからも、友好的な存在ではない。

 

ヴィルキスもライフルを構えて斉射する。銃弾の応酬を竜も翼を拡げて回避する。トリッキーな動きで飛び回る竜に息を呑む。

 

「速い……っ」

 

予想以上の速さに眼を剥くも、竜が構えるライフルから放たれる閃光が機体を掠め、僅かに戦慄する。それは熱量を携えるビーム兵器だった。

 

実弾兵器が主兵装となるパラメイルにとっては、相性が悪い装備だ。だが、そんな事などお構いなしに竜は攻撃を繰り広げ、セラは回避に手一杯になる。

 

「チョコマカと――!」

 

ヴィルキスの回避機動に苛立つなか、手元のコンソールから警告が鳴り響く。

 

「熱オーバー!? 使い過ぎましたか――!」

 

己の迂闊さを責めるように舌打ちする。竜からのビーム攻撃が止んだことに、セラが訝しむ。

 

「成る程、連続使用は無理ということ……!」

 

すぐに相手の状態を看過し、一気に加速するヴィルキスはライフルを一斉に発砲し、竜を牽制する。相手の頭上を過ぎり、すぐさま反転機動を行い、一気に懐に飛び込む。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

気迫を込めて繰り出すラツィーエルの一撃を、竜も右腕のブレードを展開し、突き放つ。交錯する刃がエネルギーをスパークさせ、互いに押し合う。

 

歯噛みし、強引に弾き合い、至近距離でライフルを斉射するヴィルキスだが、竜は軽やかな動きで銃弾の中をくぐり抜けて離脱する。

 

「ちっ」

 

舌打ちし、距離を詰める。相手のビーム兵器がどれだけの間隔で使用できるのか分からない以上、距離を開けられるのは不利だ。

 

接近するヴィルキスに反転し、機体を大きく振って繰り出す一撃を受け止めるも、重さが加わった斬撃に刀身が震える。

 

「このっ」

 

竜のブレードを払い除け、相手のボディに蹴りを叩き込み、海面へと落とす。追い打ちをかけるように放つ銃弾を受け、装甲に火花を散らせながら体勢を戻した竜が急上昇し、左腕のビームガン発砲する。

 

先程のライフルよりも威力は低いが、まともに喰らえば危ない。ビームを回避するヴィルキスの懐に右腕のブレードを伸ばし飛び込む。

 

ヴィルキスもラツィーエルを構えて応戦し、激しい剣撃の応酬が空気を振動させる。

 

まるで互いに演舞するように交錯する天使と竜の死闘が月下の中で繰り広げられる。

 

(このままじゃ……っ)

 

互いに膠着しているに見えるが、セラには若干焦りが出てきた。互いに決定打が出ないが、ビーム兵器を持つ竜の方が優位なのは変わらない。加えて、ヴィルキスのエネルギーもあとどれぐらい持つか分からない。

 

理由は知らないがあちらは見逃すような真似はしないだろう――まるで仇敵を狙うかのような殺気を機体越しに感じる。

 

「この機体――相当恨み買ってるのかしら、ね!」

 

思わずヴィルキスに悪態をつき、鍔迫り合いする竜を弾き飛ばす。怯む竜に飛び込もうとするが、竜はスラスターを噴かして、機体を回転させ、横殴りにヴィルキスにブレードを薙ぎ払い、吹き飛ばされる。

 

「がはっ」

 

衝撃と振動に呻き、頭をコックピットにぶつけ、意識が霞むセラの耳に何かが聞こえた。

 

 

 

『唄いたまえ――』

 

 

 

突然耳に…いや、頭に直接入ったような声に息を呑む。刹那、セラの感覚がまるで実感のない浮遊感に包まれる。

 

 

 

『唄いたまえ…『永遠』の歌を―――』

 

 

 

「歌…………」

 

再度響く声に、思わず反芻する。まるで、その声に導かれるように、セラは無意識に口ずさむ。

 

コックピットに流れる旋律が機体を超え、まるで周囲に響くように流れる。唐突に聞こえた旋律に竜のコックピットに座る人物が戸惑う。

 

「これは…『真なる星歌』? 何故……?」

 

動きを止める竜の前で唄うセラの想いに呼応するように、ヴィルキスの前方コンソールが光り、天使の紋章を浮かび上がらせる。

 

刹那、ヴィルキスは真紅の粒子に機体が包まれていく。装甲の隙間や関節部、スラスターからこもれる粒子が紅くなり、ヴィルキスはバイザーを紅く輝かせ、咆哮を上げる。

 

「これは……っ!?」

 

眼を見開く竜の操者の前で、真紅の粒子を纏ったヴィルキスのコックピットで顔を上げるセラの眼はどこか焦点が合っていないように淀んでいた。だが、眼前の『敵』だけは正確に認識しているように、操縦桿を引いた。

 

スラスターが噴射され、加速するヴィルキスに竜も呼応して加速する。ラツィーエルを振り下ろすヴィルキスの一撃を受け止めるも、逆にブレードに振動が返され、息を呑む。

 

「重い――っ」

 

今までと違う出力に弾き、距離を取ってビームガンを発砲するが、ヴィルキスは鋭い機動でビームの弾幕を掻い潜る。いや、攻撃した瞬間にはその場所におらず、まるで実体が掴めない。

 

幽霊のように見えるヴィルキスが距離を詰め、ラツィーエルを斬り払い、竜の装甲をひしゃげさせ、怯ませる。

 

歯噛みする竜は吹き飛びながらも、ようやく冷却を終えたビームライフルを放つ。だが、それはヴィルキスを捉えることなく、またも影だけを浮かび上がらせる。

 

攻撃がすり抜けるように飛ぶヴィルキスが銃弾を浴びせ、気づけば、竜の頭上に陣取り、ライフルのガジェットを放つ。

 

グレネードが竜に直撃し、一際大きな爆発が包み込む。怯む竜に上段から斬り掛かる。竜も振り向きざまにライフルの銃身で受け止めるも、ヴィルキスはスラスターを噴射させて加速する。

 

「ああぁぁぁぁぁっっっ!」

 

咆哮を上げるセラの意思に呼応し、ヴィルキスの出力が上昇する。鍔迫り合いしたまま空を乱雑に動き、乱れる。

 

竜は強引に弾き、距離を取り、ヴィルキスを睨む。

 

「これが、ラグナメイルの力―――っ」

 

感じ取るその能力に畏怖する。だが、唇を強く噛み、ヴィルキスを睨む。

 

「退くわけにはまいりません……我が一族の名にかけて―――っ!」

 

未だ衰えぬ闘志を燃やし、竜が携帯していたビームライフルを構え、ヴィルキスに撃つ。迫る閃光の中を掻い潜るヴィルキスに向かい、ブレードを展開して急加速する。

 

真っ直ぐに向かってくる竜にコックピットで対峙するセラは虚ろな瞳の無表情のままだったが、口が小さく動く。

 

(……収斂時空砲(ディスコード・フェイザー)―――)

 

セラの言葉に従うようにヴィルキスが身構える。両肩に反応が起ころうとした瞬間――――

 

 

 

――――ダメ……ソレヲ使ッテハ…ダメ…………

 

 

 

「………っ」

 

突然聞こえるさっきとは別の声にセラの意識が覚醒する。まるで夢遊病から目覚めたように感覚が戻り、視界に迫る竜が入り、咄嗟に回避する。

 

過ぎる竜にセラ自身が戸惑う。

 

(何……どうなってたの―――?)

 

竜と戦っていたはずなのだが、記憶がどこか曖昧だ。セラの意識に連動するようにヴィルキスもまた放出していた粒子が止まり、元の状態に戻っていく。

 

戦意が弱まったことに怪訝になるが、好機と仕掛けようとした瞬間、竜のコックピットのモニターが灯り、そこに映ったものに驚く。

 

「退けと――何故、いえ……承知しました―――」

 

言われた内容に戸惑うも、それに従い、竜も構えを解き、シンギュラーのワームホールの中へと消えていく。それを追撃することもせず、セラは見続けた。

 

やがて、ワームホールが消え、周囲には再び静寂が戻る。

 

月と星が照らすなか、セラは自身の手を見やる。

 

(何だったの……私は―――)

 

謎のパラメイル以上に、自身の身に起こった事の一部始終をどこか畏れるようにセラは手を握り締めた。

 

いつの間にか昇り始めた太陽が夜に差込み、淡い紫のような色彩で世界を包んでいく。ヴィルキスを包むその陽光は、まるで包み込むように差し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「セラ……」

 

アンジュは彼女の身を案じるように名を呟く。突然森に墜ちたドラゴンの死骸を抱えた輸送機群に驚き、慌てて海岸に出た彼女の眼に映ったのは、飛び立つヴィルキス。その向かった先で起こった戦闘――遠目だったので、詳細は分からないが、それでも激しい戦闘が繰り広げられたのは見て取れた。

 

それだけに、不安を憶えていたが、どれ程経ったのか―――ゆっくりと島へと戻るヴィルキスの姿を見て安堵してしまった。

 

砂浜に膝をつくヴィルキスにアンジュが駆け寄り、タスクは不可解といった面持ちで見ている。

 

何故修理を終えていなかったヴィルキスが起動したのか――そして、ヴィルキスを操ったのは何者なのか…警戒した面持ちのなか、ヴィルキスから降りてきたセラにアンジュが抱きつく。

 

「セラ、無事だった?」

 

「なんとかね……」

 

苦笑いで応じるセラの姿に、タスクは曖昧だったものが一気に確信に変わる。そんなタスクに気づかず、セラはアンジュに軽くぼやく。

 

「無事だったのはよかったけど、まさか男と一緒だとは思わなかったけどね」

 

「ち、違うわよ! その、助けてもらっただけで…アレは事故なんだからっ」

 

ジト眼で見るセラに思わず叫ぶアンジュに苦笑しつつ、セラはタスクに歩み寄る。

 

「アンジュを助けてくれたみたいね、感謝するわ」

 

「あ、いや――大したことはしてないよ」

 

「そうよ、こいつは変態なんだからっ」

 

アンジュの辛辣な言葉に凹むタスクだったが、その時ヴィルキスの通信装置からノイズ交じりの声が聞こえてきた。

 

【おーい、アンジュー! 応答願いまーす! もう死んじゃってますか? 死んじゃってるなら死んじゃってるって言ってくださーい!】

 

通信機越しに聞こえるヴィヴィアンの声に、場違いな失笑が漏れる。徐にセラがアンジュの手を引き、訝しむ彼女に小声で囁く。

 

「―――アンジュ、もしここに残りたいなら、構わないわよ」

 

「え……?」

 

「何があったかは知らないけど、随分顔つきが変わったから――ヴィルキスは回収するけど、あんたはこのままMIAということにしてもいいわ」

 

アンジュの生存を知っているのは今現在セラのみ。さすがにヴィルキスは回収せざるをえないが、アンジュはこのまま行方不明ということで報告すれば、ジル辺りは怪しむかもしれないが、まだ誤魔化しができる。

 

なにより、アンジュの雰囲気が優しげなものになっている。そうしたのがこの青年だというなら、今更あんな血生臭いアルゼナル(じごく)に戻らなくてもいい。

 

セラにそう指摘され、アンジュは逡巡する。

 

この島に来て過ごした数日は確かに穏やかにいられた。それを心地いいもの感じてはいたが、それでもそれにこのまま居座っていいのかと問われると迷いが出る。

 

「――帰るわ、アルゼナルに」

 

やがて、静かにそう応えるアンジュ。

 

「あんなとこでも、シャワーとベッドぐらいあるし……それに――」

 

『あなた』がいるから―――口には出さなかったが、アンジュ自身は自然とそう応えていた。このままここで穏やかに暮らすのも悪くはない。だが――そうなれば、もうセラとは会えなくなる……ドラゴンとの戦いは文字通り命懸け、これが今生の別れになるかもしれない。

 

そう思うと、アンジュは穏やかな生活に身を委ねるつもりはなかった。なにより、アンジュ自身がそう決意したのだ――『殺して生きる』、と………

 

「そう―――分かったわ」

 

アンジュの想いか決意か――どちらで取ったかは分からないが、セラは微笑で頷き、肩を竦める。

 

「あんたの口から伝えなさいよ―――」

 

通信を取ろうとヴィルキスのコックピットに向かうセラが、受信する。

 

「こちらセラ」

 

【おお、セラじゃん!】

 

予想外の返答に通信の向こうでなにやら騒がしくなるのが聞こえる。

 

「アンジュは見つけたわ、無事よ――座標を送るから回収を頼むわ」

 

【オッケー!】

 

弾けるような返答が切れ、セラが肩を落とすのを見ながら、アンジュはタスクに近づき、窺うように見ているタスクに向き直る。

 

「私、帰るわ……今はあそこが――あそこが、私の帰る場所だから」

 

決意を込めて告げる言葉に若干、寂しげなものを浮かべるも、それでも笑い返す。

 

「そっか、じゃあお別れだね」

 

頷くと、アンジュは突然タスクの襟元を掴み、顔を引き寄せる。

 

「いいこと! 私とあなたは何もなかった。何も見られてないし、何もされてないし、どこも吸われてない。全て忘れなさい! いいわね!?」

 

「は、はい…」

 

睨むアンジュにタジタジになるタスクを見て、セラは失笑する。

 

やがて、アンジュは優しく微笑み、自分の名前を告げる。

 

「アンジュ――アンジュよ、タスク」

 

「良い名前だ」

 

互いに笑うなか、セラはどこか場違いな状況に肩を竦める。本気でこのまま置いていこうかと一瞬思ったが、そんなセラにタスクが声を掛ける。

 

「あのさ…」

 

「ん?」

 

「君も、名前…教えてもらってもいいかな……?」

 

そう訊ねるタスクにセラはキョトンと眼を瞬く。だが、アンジュはどこかタスクを睨む。腑には落ちなかったが、名乗らない理由もないので、セラは応えた。

 

「――セラよ」

 

「セラ、か……俺はタスク。君は……」

 

セラに歩み寄ろうとした瞬間、砂の中からひょこっと顔を出したカニがハサミでタスクの足の指を挟み、突然の痛みにタスクが悲鳴を上げる。

 

「いだぁぁぁっっ」

 

飛び上がり、バランスを崩してそのまま倒れそうになり、咄嗟にセラが受け止めるも、勢いを止められず、そのまま倒れ込む。

 

「たたたっ、ご、ごめん…だいじょう………」

 

気が付くと、タスクは右手に柔らかい感触を掴んでいた。視線を向けると、セラの胸を掴んでおり、その光景に驚く。

 

「あ、いや……これは!」

 

先日のアンジュの報復を思い出し、狼狽えるも当のセラは戸惑うように見上げている。

 

「どうした…なんでそんなに慌ててる……?」

 

タスクの様子に怪訝そうに見上げており、自分の胸が掴まれていることに何の反応もなかった。男という存在は知っていても、そういった方面の知識がまったくないアルゼナルで育ったセラにとっては、羞恥という感情自体が乏しかった。

 

だが、それに対して横で見ていたアンジュはワナワナと震えている。

 

「な、な、ななななっ何やってんのよー! このど変態!」

 

「ぐぼっっ」

 

横殴りに叩き込まれた地獄突きでタスクを吹き飛ばし、銃を抜く。

 

「少しでも見直した私がバカだったわ! 死になさい、このドクズ!!」

 

「わわっ、ご、ごめん! ワザとじゃないんだってばぁぁぁぁぁっ」

 

発砲するアンジュの銃弾を受けながら、森の奥へと走り去っていくタスクに、セラはどこか呆然となる。

 

「ア、アンジュ……?」

 

見たことがないアンジュの怒気に、どこか恐る恐る肩で息をするアンジュに声を掛けると、こちらを睨む。

 

「セラ! いいっ、今度あんなことされたら絶対に撃ちなさい! あんな変態、百害あって一利なしだわっ」

 

「イ、イエス・マム……」

 

あまりの剣幕に思わずそう応えてしまう。

 

数分後、輸送機が到着し、頭上でローター音を鳴らしながらハッチが開く。

 

「おおっ、発見!」

 

「セラ! アンジュ!」

 

無事な姿に安堵する仲間達に応えながら、二人は顔を見合わせる。

 

「帰りましょう、アルゼナルへ――」

 

「ええっ」

 

手を差し出すセラに応じて握り返す。ヴィルキスとアーキバス、そしてセラとアンジュを乗せて、輸送機はアルゼナルに向けて帰還の途につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

輸送機が飛び立つのを遠目で確認すると、タスクは徐に洞窟へと引き上げる。ほんの数日ではあったが、アンジュと過ごした日々は彼の心にも何かしらに変化を齎していた。

 

洞窟の奥に隠していた黒いスーツを纏い、ベストを身に付けていく。そして、取り出したのは大型のライフル銃だった。それを担ぎ、タスクは島の奥を目指す。

 

数分後、タスクは島の反対側の岬に到達していた。岬の先には地面に突き刺さるライフル銃がいくつもあり、白い布が巻かれ、上にはヘルメットが被せられている。時間の経過か、どれもが錆びている。それらはタスクの仲間達の墓標だった。

 

無言で墓標を見つめていたが、やがて、墓に花を添えると踵を返し、墓標を後にする。

 

洞窟に戻ったタスクはその奥に向かう。固い扉で閉じられていた部屋を開く。どれだけ閉じられていたのか、ドアから軋む音が響き、開かれた奥へと歩んでいく。

 

そこは倉庫だった…埃やクモの巣がはるなか、倉庫の中央にはシートに被さった何かが置かれており、シートを剥ぎ取る。拍子に表面を覆っていた埃が舞うが、タスクは気にも留めず、シートの下に隠していた小型の飛行艇を凝視する。

 

飛行艇のコンソールパネルには、一枚の写真が貼られていた。

 

幼い自分を囲う父と母―――幸せだった頃の残照…どこか複雑な面持ちで見ていたが、やがてタスクの表情に決然としたものが浮かぶ。

 

(父さん、母さん……俺、ようやく決めたよ―――『彼女』に逢った………)

 

タスクの脳裏に過去の記憶が甦る。

 

 

 

 

 

『父さん、母さん………』

 

泣きじゃくる幼いタスクに歩み寄る小さな影―――

 

『どうして泣いてるの……?』

 

顔を上げるタスクの眼に映ったのは、淡い銀色の髪を持つ少女だった。自分より年下かもしれない少女は赤い瞳をこちらに向けている。

 

『悲しいからに決まってるじゃないか、父さんと母さんが死んだんだ……』

 

嗚咽を零しながら泣くタスクの言葉を聞いた少女が、小さく頷く。

 

『そう―――』

 

少女は無言でタスクの横に座り、タスクの嗚咽だけが無音の空間に響く。どれだけ経ったのか、未だ泣き止まぬタスクの耳に、少女の声が入る。

 

『悲しんでばかりいても、何も変わらない―――あなたはそれでいいの……』

 

唐突に告げられた言葉に涙で赤くなる眼を向ける。少女はタスクを見ず、あさっての方向を見つめたまま、独り言のように呟く。

 

『悲しいのなら、もう悲しまないために強くなれ。思うでなく、願うでなく、自分の意思で動け。悲しまないために…負けない強さを求め、動き続けろ。自分の信じる道を進むために……悲しむことは悪くはない。でも、悲しんで逃げ続けることが、あなたの願いなの……?』

 

呟き、こちらをジッと凝視する少女に、タスクは呆然と見入った。

 

 

 

 

 

そこで回想が途切れ、タスクは考え込む。

 

(あの時、俺は応えられず逃げ出してしまった――)

 

両親を喪った悲しみ、仲間達の死、そして自らの使命の重さに耐えられず、逃げ出してしまった。子供ならそれも当然と言われるだろう。だが、あの時の少女の言葉がずっと離れず、自分が何の意味もなく生きていることに葛藤する日々が続いた。

 

そんな時だった――ヴィルキスが再び自分の前に現われた。まるで、逃れられぬ運命を見せ付けるように…そして、乗っていたアンジュと出会い、あの少女とも再会した。

 

自分のことを覚えてはいなかったが、それでもタスクは確信した――彼女は変わっていない、と………そして、燻っていたタスクの心に決意が生まれた。

 

飛行艇に乗り、ゴーグルをつける。

 

(俺も自分の意思で戦う――彼女達のように)

 

ヴィルキスが選んだのはどちらなのか、分からない――だが、タスクは確信していた。いずれ、彼女達の運命と重なり合う刻がくると……そのために、決意する。

 

(俺はタスク…ヴィルキスの騎士『イシュトヴァーン』、メイルライダー『バネッサ』の子、タスク―――!)

 

飛行艇のブースターが噴射され、島から飛び立つ。

 

(俺も始めよう…自分の戦いを―――!)

 

決意を胸に秘め、タスクもまた旅立つのだった。

 

 

 

 

アルゼナルの帰還につくなか、輸送機内でようやく一息ついたのか、アンジュは落ち着いた面持ちだった。

 

「アンジュさん、無事でよかったです」

 

「ホント、心配したんだから……」

 

ココやミランダが安堵した面持ちで話し掛け、アンジュも微笑を返す。

 

「そう簡単に死んだりはしないわよ」

 

苦笑混じりに応えると、二人は笑ったまま顔を見合わせる。

 

「ほら、ココちゃんもミランダちゃんも…アンジュちゃんを休ませてあげなさい。あなた達も疲れてるでしょ、アルゼナルに戻るまでは休みなさい」

 

エルシャに諭され、二人も疲労を隠せず、格納スペースに設けた簡易のシートの上で横になり、すぐに寝てしまった。

 

「あらあら、よっぽど疲れてたのね…はい、アンジュちゃん――」

 

微笑ましく見つめ、エルシャがカップに注いだコーヒーを差し出す。

 

「ありがと」

 

「あら、まあまあ……」

 

素直な様子にエルシャも顔を綻ばせる。

 

「セラちゃんのおかげかしら? セラちゃんもどうかしら……?」

 

アンジュの横に座っているセラが先程から無言なことに声を掛けると、セラは微かに寝息を立てており、機内が揺れるとそのままアンジュの肩に頭を倒してしまった。

 

「え、セラ……?」

 

戸惑うアンジュを他所にアンジュの肩に頭をのせ、寝息を立てて眠るセラにエルシャも眼を丸くする。

 

「疲れてたんだよ、セラ…ずっと休まずアンジュを捜してたから」

 

この数日はまとも寝てもいなかったこともあり、疲労が出たのだろう。

 

そんな様子にナオミが気遣うように毛布をセラにかけ、アンジュにも無言で被せる。ナオミの言葉を聞き、アンジュはどこかいたたまれなくなる。

 

「そうね…ずっと心配してたものね。アルゼナルに着くまで、寝かせてあげてくれる?」

 

小さく頷くと、エルシャはココとミランダの様子を見に、離れていき、セラを起こさないようにナオミがアンジュの横に座る。

 

「セラが言ったの。アンジュは必ず生きてるって――だけど、ずっと休まずに捜してたの。昔から自分のことを考えずに無茶ばかりして…少しは頼ってほしいんだけど」

 

どこか困ったように笑うナオミに、アンジュは不意に疑問に思ったことを訊ねる。

 

「ねぇ、ナオミ…セラとは、長いの?」

 

「え? そうだな…私が会ったのは4つのときだから――10年ぐらいの付き合いかな」

 

「そう……」

 

素直に羨ましいと思ったのは口には出せなかった。だが、それに対してナオミはやや苦く顔を顰める。

 

「アンジュが羨ましいな……」

 

「え?」

 

「セラ、あまり自分に誰かを近づけることをしなかったんだ――でも、アンジュはすぐにセラに受け入れてもらった。少し悔しいかな」

 

昔はどこか他人を拒絶していた。そのくせ、他人には優しい――どこか矛盾したセラに会って間もないのに受け入れられたアンジュにナオミは羨望を抱いていた。

 

「セラがこんな風に人前で眠ることなんか、今までなかったんだよ」

 

誰かに頼ることをしないセラが、こんなに無防備に寝ている姿をナオミも見たことはない。張り詰めていたものが切れただけかもしれないが、それでもアンジュの肩に頭を預けて眠るセラは穏やかに見える。

 

ナオミの言葉にアンジュも微笑を浮かべる。

 

そうやって頼ってくれているのが嬉しかった――それだけ、自分を必死に捜してくれていたのが嬉しかった……眠るセラに心の中で礼を告げる。

 

(――ありがとう)

 

「本当――まるで姉妹みたいだね」

 

その様子にナオミが口にすると、アンジュは以前は嫌悪したものが、変わってきていることに気づく。

 

(妹、か……)

 

もう会えない最愛の妹を思い浮かべ、アンジュは穏やかに微笑む。

 

「ねぇ、ヴィヴィアン。あの変なマスコット…まだある?」

 

「へ……アンジュ、今…名前………」

 

不意に掛けられた言葉にヴィヴィアンが嬉しそうになる。これまで、アンジュはセラかナオミぐらいしか名前で呼ばなかっただけに、驚きを隠せない。

 

「私のコックピット…何もないから……」

 

「……! うん!」

 

表情がパッと明るくなり、飛び上がんばかりに跳ねるヴィヴィアンは懐から二個のキーホルダーを取り出す。

 

「それじゃ、これを渡すよ。『おでかけペロリーナ・グッタリバージョン』! あたしのお気に入りなのだ、セラとお揃いだよ!」

 

そう言って見せたのは生気が微塵も感じられないほどグッタリとなっているペロリーナのマスコットだった。

 

「ちょーっとカレー臭いけど……」

 

先日の夕食時に落ちた時のものか、カレーの香辛料の臭いは一度染み付くとなかなか取れない。アンジュは引き攣った面持ちで少し早まったかと後悔した。

 

そんな様子をナオミやエルシャは笑みを噛み殺すように見ており、サリアはアンジュの変化にどこか戸惑っているようだった。

 

 

 

 

そんななか、セラは独り眠り続ける―――己が身に起きた異変を押し込めるように…………




今回は予想以上に長くなってしまいました。

タイトルは某特撮のEDからいただきました。

ともあれ、今後の伏線も少し書けましたし、まだ詳細は明かせませんが、ヴィルキスはあくまでアンジュの機体で進めますので。

原作でもバトルシーンのないところでしたが、なかなかにバトルシーンは難しいです。


次回ではいよいよ忠犬メイドことモモカも登場です。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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