クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月 作:MIDNIGHT
アンジュは動かないヴィルキスのコックピットで未だに諦めず起動を試みていた。
「ダメ、通信機も使えない―――」
非常用の通信装置も落ちており、救難信号を発信することもできない。操縦はできても、パラメイルの整備などはさすがに専門的な知識が必要なので、アンジュにはヴィルキスを修理するなどという芸当もできない。
前にセラが言っていた――『棺桶』にはしたくない、と……部屋でよくパラメイルの資料を読んでいたのを横で見ていたが、少しでも教えてもらっておけばよかったと思う。
次になにか非常食かサバイバルキットなどがないか調べていたが、それと思しきものは一向に見つからなかった。
「どうして非常食も積んでないの……」
思わず愚痴った瞬間、脳裏に以前、サリアに言われた言葉を思い出す。
「――ノーマの棺桶、か……」
死人に食料など不要――パラメイルに乗れば生きるか死ぬかの二つに一つ。そして、万が一戦闘中に逃亡しても生き延びる術など与えない。
徹底したそのやり方に、アンジュは悔しげに唇を噛む。その時、海水が胸部ハッチ付近にまで増してきていることに気づき、慌てる。
「うそ……っ」
満潮により水位が上昇してくる。アンジュは急いでその場を離れ、既に胸の辺りまで上がった水中のなかを必死に歩き、陸を目指す。さらに空が薄暗くなり、黒い雲が覆ってくる。
雷鳴が轟くなか、雨が降り注いできた。降りしきる雨と雷鳴が轟く中、アンジュは雨宿りできる場所を探して、森の中へと入っていった。
雨はますます強くなり、遠くで聞こえる雷がアンジュの不安を煽る。いつになく心細さが胸を締めつけるも、それを気丈に抑え込んで周囲を窺っていると、一際大きな音と光が走り、眼前に落ちた。
「ひっ……」
思わずしゃがみ込むアンジュの前で、雷が落ちた木が無残に裂け、切り口が微かに火に焼け焦げている。呆然とそれを見つめていたが、ふと動かした視線の先に大木の幹の下に小さな窪みができているのを見つけ、そこへ駆け寄り、腰を下ろす。
一息つくアンジュが身体の力を抜くと、幹の隙間からスーっと動く影が静かに忍び寄る。それに気づかないアンジュは不安な眼差しで空を見上げる。
雲は切れることなく拡がっており、雨が止む気配もない。窪みもそれ程の大きさではなく、雨が容赦なくアンジュの体温を奪う。それに加えて、ロクに食べていないアンジュは飢えと寒さで身体が震えるていると、不意に痛みを感じた。
「――っ」
アンジュが下を見ると、腿に蛇が噛みついており、引き攣った声を上げると、立ち上がり、蛇を無我夢中で振り払い、必死にその場から逃げ出す。
それからどれ程歩いたのか――アンジュは時間の感覚すら危うくなってきた。体温が奪われ、徐々に体力も低下してきた。さらに、先程噛まれた蛇に毒があったのか、感覚も麻痺してきた。睡魔と立ち眩みが襲い、アンジュは足を縺れさせて、その場に倒れ込む。
仰向けに倒れ伏すアンジュに容赦なく降り注ぐ雨―――まるで、世界に独り取り残されたような孤独感が彼女を苛める。
「……だれか――」
霞む視界のなか、アンジュは助けを求めるように呟く。
独りはいや――心の中で呟くと、脳裏に過ぎるのは、自分を助けてくれたセラの顔……あの時も、一人で戦おうとするアンジュを制してくれたが、それを振り切ってしまった。
呆れているかもしれない――いや、もしかしたら自分のせいでまた怪我をしているかもしれない……そう考えると、ますます自分が惨めになり、涙がこぼれる。
「来るわけ…ない―――」
自嘲気味に呟く。セラを傷つけ、他の面々とは距離を取っていた。思考がどんどん暗い方へと傾き、涙を流すアンジュは、もう起き上がろうという気力すら出てこなかった。
―――――死……それが明確に湧き上がってくるなか、アンジュに声が掛かった。
「あの…大丈夫?」
声がした方に視線を向けると、先程吊るした青年が心配そうに見下ろしている。彷徨ううちに、先程の場所に辿り着いてしまったようだ。
青年は、アンジュの様子がただならぬ状態であることに不審そうに声を掛ける。
「たす…け…て……」
か細い声で手を伸ばした直後に、力つきてしまい、倒れ伏す。青年は驚きに眼を見張り、慌てて持っていたナイフで縄を切り、下りると同時に急ぎアンジュのもとへと駆け寄る。
「おいっ、しっかりしろっ」
アンジュの身体を抱き起こし、呼び掛けるも、アンジュの意識は既に朦朧としていた。
『アンジュ』
呼び掛ける青年の姿が、自分が一番会いたかった相手と錯覚し、安堵するように呟いた。
「セ…ラ……また、たす………」
青年に向かって伸ばした手が落ち、アンジュは完全に意識を失った。小さく息を呑むも、青年は慌てずにアンジュの額に手を伸ばし、熱が高いことを確認する。
次に身体を見て容態を確認していると、腿に蛇に噛まれた傷跡を見つける。雨による体温低下と蛇の毒が高熱を促していると気づき、青年はシャツを脱いで地面に敷き、アンジュを寝かすと腿の部位に口を当て、傷口から毒を吸い出していく。
あらかたの血を出し終え、応急処置すると、アンジュを抱え上げ、一路自分の寝座へと走った。
同じ頃―――空を飛ぶアーキバスの上から、セラは時折眼下の海面や点在する岩礁などに視線を走らせながら低空飛行をしていた。
輸送機と分かれ、単機で捜索するセラだったが、手がかりらしいものは一切発見できず、表情にも若干の焦りが出ていた。
その時、水平線から黒雲が忍び寄ってくるのが見え、顔を顰める。
「スコールか……」
通り雨だが、雷を伴うなかで飛ぶのは危険が高い。セラは手近な岩礁に機体を降下させ、着陸する。着陸と同時に視界に入った光景に眼を細める。
「―――墓標、か」
小さな岩礁だが、そこに横たわるパラメイルの残骸――いつのものかは分からないが、長く潮風と海水に晒されたのか、装甲は黒く錆びている。
アルゼナル周辺の海はドラゴンと命を落としたノーマとパラメイルの残骸が漂う死の海だ。その血の臭いを嗅ぎつけてくるのか、サメといった獰猛な肉食魚が度々目撃される。
【セラ、聞こえる?】
その時、メイからの通信が入り、受信する。セラは気分を持ち直し、応じる。
「なにか見つけた?」
【全然…そっちは?】
「こっちも、何も見つかってない……」
通信でも呼びかけてみたが、故障しているのかそれとも圏外なのか反応はなし。緊急信号も受信できていないことから、機器の故障も考えられる。
互いに落胆を隠せないなか、メイが言いにくそうに告げる。
【セラ、輸送機の燃料も少なくなってきてるから、一度アルゼナルに戻るよ】
既に捜索を開始してから数時間――輸送機の航行時間にも限界がある。一度アルゼナルに戻り、補給を受けねば捜索は続行できない。
「分かった。こっちは今、スコールに遭ってるから、これが通り過ぎたら合流する」
【OK、あとで座標を送るね】
通信が途切れると同時にスコールの圏内に入り、雨が降り注いでくる。雨を受けながら、セラは機体の陰に身を隠し、思考を巡らせる。
(アンジュ……)
彼女は生きている――それは間違いない。だが、このまま時間が経過していけば、どうなるか分からない。
パラメイルは操縦できても、先日までは何不自由ない皇女だった彼女に、過酷な自然環境で生き延びるだけのサバイバル技術があるとは思えない。
たとえ、助かっていたとしても、時間の経過は生存の可能性を低くしていく。
いや―――この海は、命あるものを拒むかのように呑み込んでいくような感覚を覚える。
彼女の身を案じながら、セラは無意識に胸元のペンダントを持ち上げる。アンジュの指輪と同じ宝石――彼女の指輪を見た時から膨らんでいく疑問。
アンジュと出会ってから時折見える光景――――
「私は…何なの―――――」
これまで自分の過去に思いを馳せたことなどなかった。顔も知らない親、
だが、アンジュと出会ってからそう考えることが多くなってきた。
「ホント、らしくないわね…セラ―――お前はお前、でしょ…―――それ以外にないんだから………」
機体を叩く雨音が強くなってくる。スコールの勢力が強まり、セラは濡れていく。
轟く雷鳴が陰をつくり、セラを包む。
彼女の中に漂う闇を包むように―――――セラは口ずさむ。
記憶の奥底に残るあの唄を………どこか遠くにいるであろう『彼女』に届くように―――――
雨が降り続くなか、寝座へと戻った青年はアンジュの傷を包帯で手当し、ライダースーツを脱がせてベッドに横にすると、泥で汚れた身体を拭いていく。
その拍子にアンジュの指にある指輪を見て、青年の脳裏に過去の記憶が呼び起こされる。
紅蓮の炎が舞う破壊された廃墟。破壊されて散らばるパラメイルと、無残な骸を晒すノーマ達――周囲には黒いバトルスーツを着た者の姿もある。
それらの破壊の光景を、遥か天より見下ろす一体の黒い機体とその背後に見える巨大な影――まるで神に逆らったことを罰するかのように見下ろすなか、一人の少年が泣いていた。
「父さん…母さん!」
少年が縋る先には、石塊に同化したような状態で息絶える父親と四肢がなくなった母親の骸が横たわっている。泣く少年が、顔を上げると、炎のなかで倒れ伏す白い機体を背に、ゆっくりと歩いてくる女性がいる。
片腕をなくし、血に濡れながらもその瞳には燃えるような炎が宿っている。それが周囲の炎が反射したものなのか、女性のなかに滾るものなのかは分からない。
だが、黒髪のポニーテールの女性は何かを背負うように近づいてくる。
その背後で燃える白い機体には、女神のオブジェが輝き、次なる目覚めを待つかのようだった。
そこで記憶は途切れ、青年は傍で灯るランプの灯を凝視していたことに気づく。
「……ヴィルキス」
呟きながら、青年はアンジュを見やる。ようやく容態が安定したのか、静かに眠るアンジュを見つめながら、青年は思考を巡らせる。
(似ている――あの子に……それに――)
何故『彼女』が乗っていた機体に乗っていたのか――何故あの機体が再び自分の前に姿を現わしたのか―――それらが過ぎりながらも、青年は思考を断ち切り、ベッドから立った。
アンジュは夢を視ていた―――――
それは、今となってはもう遠い過去と思えるような記憶だった。アンジュリーゼはミスルギ皇宮のバルコニーに立っている。それは、皇国を見渡せるアンジュリーゼのお気に入りの場所だった。
実感のない感覚のなか、アンジュはこれが夢だと感じる。夢のなかでバルコニーに佇む過去の自分が唄い、そこに母であるソフィアが現われる。今となっては、母親と最期に過ごした記憶となってしまったあの夜だった。
昼間に見たノーマの親子を引き離し、自身の迷いを払拭するために唄っていた自分に声を掛けたソフィアが、夢の自分に指輪を渡す。
感激する過去の自分は気づかないが、この夜が明けると、あの日が訪れる。『洗礼の儀』――自分が『ノーマ』だと暴かれた日、母親を喪った日、そして…『セラ』と出逢った日が――――――
不意に、ソフィアを見やると、どこかもの言いたげな面持ちで見ているが、感激に抱きつくアンジュリーゼには見えない。
「アンジュリーゼ…忘れないで。あなたは一人ではありません。あなたには…大切………――」
耳元で囁かれるソフィアの声がまるで聞こえない。だが、何かを伝えようとしている――視ているアンジュはそれを必死に聞こうと意識を向けた瞬間、思考が引っ張り上げられるような感覚に包まれた。
「っ」
アンジュが眼を覚ます。視界に入ったのは、最初に目覚めた洞窟の天井だ。どの程度意識を失っていたのか――今、なにか大事な夢を視ていた気がするが、まだ思考がうまく纏まらずにいる。
徐に身体を起こそうとするも、全身が気だるく、うまく起き上がれない。
「無理しない方が良いよ?」
不意に掛かった声に顔を上げると、洞窟の入り口の傍にある竈の前で調理する先程の青年の姿があった。
「毒は吸い出したけど痺れはまだ残ってるから……森の中には危ない生き物も多いから」
話を聞きながら、どうにか上半身が起き上がったアンジュは、自身がライダースーツではなく、裸の上にワイシャツだけを羽織っている姿に気づき、思わず青年を睨む。
「言っておくけど、動けない女の子にエッチな事なんてしてないからね」
信用されていないのか、それでもまだ睨むアンジュにため息をつきながら、煮込んでいたスープを器に盛り、それを手にアンジュに歩み寄る。
「もう少し治療が遅かったら危ない所だったんだ。これに懲りたらそんな格好で雨の森に入ったらダメだよ」
幼ない子供に言い聞かせるような口ぶりに、アンジュは拗ねたように悪態をつく。
「…余計なお世話だわ」
あさっての方向を向く様に苦笑し、青年は湯気がたつスープの具をスプーンに載せて、アンジュに差し出す。
「はい」
「…え、何よ?」
「食事、君何も食べてないだろ?」
「いらないわよ! そんな訳の分からい物……!」
その時、空腹でお腹が鳴り、アンジュは顔を真っ赤にする。先日のセラの時といい、自分も身体が恨めしくなってくる。
俯く彼女をどこか温かく見やり、青年は再度差し出す。
「大丈夫、変な物は入ってないよ、ほら」
湯気がたつスプーンに、アンジュは不貞腐れた面持ちのまま、渋々と口を開けて、食す。
「……不味い」
顔を顰めたままだったが、それでも空腹よりはマシと口を動かす。その様子に、青年は小さく笑う。
「気に入ってもらえてよかったよ、ウミヘビのスープ」
その言葉にギョッと眼を見開き、一気に飲み込むアンジュはどこか睨むように見る。
「少しは信用してくれた?」
訊ねる青年にアンジュはまだ眉を顰めたままだったが、困ったように笑う。
「できれば、もう殴ったり撃ったり、簀巻きにしないでくれると嬉しんだけど……」
「―――考えとく…」
口を尖らせたまま、おかわりとばかりに、アーンッと顔を近づけ、青年は笑いながら食べさせる。食べながら、アンジュはふと、ある言葉を思い出す。確か、蛇にかまれた部分は――視線が思わず泳ぎ、少しばかり頬を赤くする。
「どうしたの? 痛む?」
固まるアンジュに心配そうに訊ねるが、アンジュは真っ赤になったまま聞き返す。
「さっき、毒を吸ったと言ったわよね…?」
「うん、そうだけど…」
首を傾げる青年にアンジュはますます赤くなる。
「口で?」
「うん…」
「『ここ』から?」
視線がアンジュの腿に向けられ、ようやく理由を察した青年が慌てる。
「あっ! いや、そ、それは…!」
狼狽する青年にアンジュはワナワナと震え、口を大きく開けて噛み付いた。
「いだだだだっ!」
「噛まないとは言ってない!」
深夜の洞窟内に情けない悲鳴が木霊する。いつのまにか、雨は上がっていた………
夕暮れのなか、アルゼナルに輸送機は帰還していた。半日捜索したにも関わらず、手がかりらしい手がかりは一切発見できなかったのだ。
メンバーの落胆も大きいが、ここで打ち切ることはできない。メイはすぐさま補給を指示し、整備班が慌しく動き回るなか、セラはアーキバスの整備をしていた。
スラスターの伝導回路のハッチを開き、ケーブルを外して咥え、ドライバーで開けた内蔵パーツの疲労度をチェックしながら、回路を付け替えていく。
長時間の飛行でスラスターに負荷が掛かっている。このまま飛ぶだけなら問題ないが、いざ戦闘になれば微かな反応を遅らせる。視線を内蔵パネルに向けたまま手を動かし、工具を探している。
そこへ、道具を手に取ったナオミが手渡す。
「はい」
「ありがと」
声だけで応え、そのまま調整するセラを見ながら、心配そうに呟く。
「セラ、少し休んだ方がいいよ。ずっと一人で捜してたんだし……」
捜索から帰還し、ココやミランダなどは慣れない作業に疲れたのか、今は輸送機内で仮眠を取っている。だが、セラは海上の捜索からずっと休みも取らずにしており、帰還してすぐに機体の整備に入っていた。
どこか鬼気迫るものだけに、さしものナオミも不安を覚えても仕方なかった。
「これが終わったら、少し休むから大丈夫よ」
そんな懸念を他所に応えるセラに、ナオミはますます表情を顰める。
「無理はしないでね」
返事はなかったものの、ナオミはその場から離れ、手持ち無沙汰に周囲を歩く。
(アンジュ、どこにいるんだろ――)
ナオミもアンジュは生きていると信じたいが、こうも進展がないと不安が増してくる。セラも、なにか様子がおかしかった。
アンジュを助けられなかったことを思いつめているのか……それとは別になにか悩んでいるようにも見えた。
(私には話してくれないのかな……)
セラが何かに悩んでいる時は決まって話してくれない。あまり、そう深刻に悩むこと自体ないが、それでも大抵のことは自分で解決するだけに、歯痒い気持ちを抱いても仕方なかった。
同時に、力になれない自分にも腹がたつ―――せめて、少しでも休めればとなにか飲み物でも取りにいこうとするナオミの視界に、会話するエルシャとヒルダが映った。
捜索活動に加わっていないヒルダが何の用なのか――昨日の指導室の一件もあり、気になったナオミは二人に近づく。
管制塔の壁に背を預けてドリンクを飲んでいるエルシャに、ヒルダが不適に笑いながら近づく。
「まだやんのかよ――付き合いのいいことだね、連中も、エルシャも」
慇懃な物言いだが、エルシャは笑みを崩さず肩を竦める。
「ホント、司令もわっかんないね~生きてるかどうかも分かんない奴を捜せなんて」
捜索が続けられていることに、ヒルダは不審なものを感じずにはいられない。MIAになったライダーの捜索が行われること自体があまりないことだ。
仮に実施されたとしても、せいぜい一回の捜索で打ち切りだ。なのに、アンジュを発見するまでは捜索を続けるということは、何かを勘ぐらずにはいられなかった。
エルシャもそれには同意見なのか、顔を顰めているが、気を取り直し、ヒルダに向き直る。
「だからじゃない」
「あん?」
「生きてるかどうか分からない…確かにそうよ。でも、アンジュちゃんは仲間なのよ。仲間を捜さないわけにはいかないじゃない。それに、セラちゃんが信じてる――なら、私も信じないわけにはいかないじゃない」
視線が輸送機のカーゴで整備を行うセラに向けられ、ヒルダは面白くなさそうに悪態を返す。
「ヒルダちゃん達がアンジュちゃんのことを赦せないってのも分かるわ。でも、いつまでもそうやって拒んでいるのはよくないと思うわ。どこかで受け入れていかないと――同じノーマなのに、寂しいじゃない」
「はっ、ご高説ありがとう。けどね、あたしはゴメンだね」
あくまでも態度を変えないヒルダにエルシャは困ったように笑う。
「そんなに気に入らないのは、似てるからかしら? 昔のヒルダちゃんに――だから、セラちゃんとアンジュちゃんが気に入らないの? でも、だからお姉さん放っておけないの」
その言葉に一瞬、ヒルダが口を噤むも、その口元を吊り上げ、顔をエルシャに近づける。
「似てる? あんなクソ女共と? あんまりフザケたこと言ってると…墜としちゃうよ? あんたも………」
「やっぱり…あなたがアンジュちゃんを墜としたのね………」
ヒルダの脅しに、エルシャの眼がどこか剣呑なものに変わる。
「――だったら?」
動揺した素振りもなく、嘯くように笑うヒルダに、エルシャは静かに告げる。
「今のこと、セラちゃんには絶対言わない方がいいわ―――彼女、本気でヒルダちゃんを殺すわよ」
真剣な眼差しで、脅すように告げるエルシャ。セラも恐らく気づいているかもしれない。だが、それを見逃すことはエルシャにはできない。
「あの女に? あたしが?」
「そうよ――嘘でも冗談でもなく、よ。ヒルダちゃんが一番、よく分かってるんじゃない?」
忠告のように告げるエルシャに、ヒルダも忌々しげに舌打ちする。昨日、心臓にナイフを突きつけられた時の動揺はさすがに隠せなかった。
「今の話、本当なの?」
唐突に掛けられた声にハッと二人が顔を上げる。
「ナオミちゃん……」
ナオミはどこか強張った面持ちでヒルダを見ている。
「ヒルダ、今の話は本当? あなたがアンジュの機体を墜としたの?」
「だったら、どうだっての?」
問い詰めるナオミに肯定とも否定とも取れない返事を返すが、ナオミはなおも言い寄る。
「もしかして、セラの機体のトラブルも―――」
ヒルダは応えなかったが、それでもどこか慇懃に笑い、ナオミは確信に近いものを得る。
「どうして…アンジュもセラも、仲間なのに――」
「はっ、仲間? あたしは認めてないよ、あんな奴ら」
「……本心なの?」
対峙するナオミにヒルダは応えないが、ナオミは強張った面持ちのまま、ヒルダに言い放つ。
「だったら、私はヒルダを赦せない。セラも、アンジュも仲間なんだよ。仲間を危険に晒すなんてのは、絶対にしちゃいけないんだ……!」
「言うじゃねえか…それとも、あいつに告げ口するからかい?」
暗にセラに頼るのかと挑発するヒルダに動じることなく、ナオミは首を振る。
「そんなことしないよ。でも、セラやアンジュに何かしたら、私は絶対助けるから」
ハッキリと意思を込めて告げるナオミにヒルダは不敵に笑う。
「へっ、あいつの背中に隠れているだけかと思ったが、ちょっとは骨があるじゃねえか……ま、せいぜい気をつけな」
慇懃な物言いで揶揄すると、ヒルダはその場から離れていった。
その背中を険しい面持ちで見送るナオミに、エルシャが微笑みながら声を掛ける。
「驚いた、ナオミちゃん結構ハッキリ言うのね」
エルシャもナオミはどこか大人しげなイメージが強かっただけに、今のヒルダに対して動じることなく対峙した様子には驚かされた。
それに対してナオミは首を強く振る。
「そ、そんなことないよ…自分でも驚いてるんだ。でも、セラやアンジュが危ないって思ったら、つい……」
「ふふふ…ナオミちゃん、それだけセラちゃんのこと大好きなのね」
「え、え、ええっ? そ、そんなことないよ……!」
瞬く間に顔を赤くして狼狽える様に微笑ましくなる。
ヴィヴィアンとサリアが戻ってくるまで、ナオミはエルシャにからかわれるのだった。
昨夜の雨が嘘のように澄み渡る青空のなか、目覚めたアンジュは、青年の姿がないことに気づき、ベッドから身を起こす。
身体の疲労も大分取れ、痺れもない。アンジュはなんとはなしに、洞窟から出て海岸へと向かう。砂浜に出ると、ヴィルキスに青年が張り付いていた。
傍のシートには工具類が散らばり、それらを手にヴィルキスの破損した部位に張り付いている。徐に近づくアンジュに気づいたのか、青年が振り向く。
「もう動いて大丈夫?」
「――何してるの?」
小さく頷きながら、問い掛けると青年はややバツが悪そうに頭を掻く。
「修理…かな。勝手にやってすまない」
そのまま作業を再開する青年に咎めることなく、アンジュは訊ねる。
「…直せるの?」
「此処には、たまにバラバラになったパラメイルが流れ着くんだ。それを調べてるうちに何となくね。そこのHEXレンチ取ってくれる?」
「これ?」
アンジュはごく自然にシートに置かれている工具を手に取り、それを手渡す。青年はそれを受け取ると、作業を進めていく。だが、アンジュはふと疑問に感じたことを呟く。
「『マナ』で動かせばいいじゃない」
『マナ』は万能の力――外の世界では、機械の操作からそれこそ修理までを瞬時に行える。アルゼナルに来た当初は、整備班が作業する様にアンジュ自身も驚いていたほどだ。
だが、その問い掛けに青年は応えず、手を止めてしまう。
「どうして使わないの? どうしてパラメイルの事を知ってるの? あなた……一体何者?」
次々に沸き上がる疑問をぶつけるも、青年はアンジュに背を向けたまま表情をどこか険しくする。だが、一瞬眼を閉じると表情を隠し、取り繕ったような笑みを返す。
「……俺はタスク。ただのタスクだよ」
青年はそう名乗り、アンジュはそこで初めてこの青年の名を知るのだが、根本的な答えにはなっていなかった。だが、タスクは再び作業を再開し、その背中に声を掛ける。
「いや、そうじゃなくて――」
「あー! やっぱり出力系の回路が駄目になってるのか……」
アンジュの言葉を打ち消すように声をわざとらしく上げ、中断させると工具を握ったまま立ち上がる。
「でもこれさえ直せば無線は回復する。そうすれば君の仲間とも連絡が取れるよ」
故障の原因が分かり、そう告げるとアンジュの表情がどこか曇る。
「………来て、くれるかしら…」
「え?」
戸惑うタスクを横に、アンジュはシートの上に腰を下ろし、空を仰ぐ。
「誰も私のこと、待っていないかもしれない――捜しても、くれてないかもしれない……」
自虐するように笑うアンジュ。
勝手なことをした自分に、彼女は呆れているかもしれない。自分を慕ってくれていたあの少女達ももう死んだと割り切っているかもしれない。距離を縮めようとしてくれた少女も振り払った―――自分自身が招いたことかもしれない。
以前、ジャスミンに言われた――仲間を、セラを理解してやれ、と……身体を縮め、顔を埋めるアンジュ。
(セラ………)
それでも、彼女に会いたいと思うのは我侭だろうか……沈痛になるアンジュにタスクが声を掛ける。
「…そんなことないさ」
「え……?」
思わず顔を上げるアンジュに、タスクはどこか困ったように笑う。
「会いたい人がいるんだろ――君がそれだけ想ってるんだ、向こうだってそう思ってるはずさ」
アンジュの今の気持ちを見透かしたような物言いに、アンジュが動揺する。
「な、なんであなたにそんな事分かるのよっ」
顔を赤くして戸惑うアンジュに、タスクも歯切れが悪くなる。
「あ、いや…その、まあ、君じゃないから分からないけど……そうだ、修理が終わるまで此処に居たら? あの…変な事はしないから……」
露骨に話を逸らしたタスクに、慰めだったのかとおかしくなり、アンジュは小さく失笑する。視線を水平線へと向け、思考に耽る。
自分を助けてくれたタスク、慕ってくれるココやミランダ、気遣ってくれたヴィヴィアンやナオミ……そして、自分を受け入れてくれたセラ―――それらが思い浮かび、アンジュの心になにかしらの変化を齎し始めていた。
ただ今は――こうして静かに海を見ていたかった。
ゲームをやったので、ナオミのキャラクター象をもう少し掘り下げていきたいなぁと思い、少しずつ修正を加えてきますが、やはりどうしてもゲーム版と差異が出てしまいますので、その辺はご了承お願いしたいです。
アンケートの結果もA案に纏まりそうなのですが、まだ受け付けておりますので、よろしければご回答ください。
フェスタぐらいまでの話数を書いたら締め切ろうかなと思います。
次回は5話の最後で少しサプライズを考えていますので、お楽しみにしていただければ幸いです。
次に書くのはどれがいいですか?
-
クロスアンジュだよ
-
BLOOD-Cによろしく
-
今更ながらのプリキュアの続き