クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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ふたりだけの孤島

夜の帳が包み、各々が休みに入るなか、唯一忙しなく活動している区画があった。

 

第一中隊のパラメイルが格納されているハンガーでは、メイを筆頭に整備班が機体の調整を進めていた。

 

「班長、セラ機のデータです」

 

「ほい、サンキュ」

 

セラのアーキバスの調整を終え、レポートを受け取ると、次の機体へと向かう部下を見送り、メイはレポートに眼を通していく。ここ数日でセラに協力してもらい、収集したデータを見つめながら、メイは難しげに顔を顰める。

 

(セラの反応に機体が少し遅れてる――結構、無茶なチューニングをしてるんだけどな……)

 

本人には伝えていないが、ジルがセラにアーキバスを与えたのは伊達や酔狂ではない。セラには内密に彼女の機体でデータを収集しろという命令がメイには下されていた。幸いに強化しての運用を考えていたので、本人も気づいていないが、それでも限界ギリギリのチューンナップを施している。

 

なのに、データからは若干反応の遅れが出ている。それが出ているのは、瞬間瞬間の反応の時だけなので、今はまだ問題はないが、今後はどうなるか分からない。

 

とはいえ、これ以上の強化はさすがにライダーの意向なしには実施できない。

 

(それとなく、セラに伝えようかな……)

 

生死に関わる問題である以上、セラも機体を強化することには異は挟まないだろう。

 

元々、ゾーラの機体で収集していたのだが、ゾーラが現在復帰できていない以上、今後のためにもセラのアーキバスでデータを取り、今後にフィードバックしたい。

 

来るべき刻のために――――そう決意を秘めながら、メイはヴィルキスの傍まで歩み寄る。

 

「集合!」

 

号令に撤収準備をしていた面々がメイのもとまで集合する。

 

「今日の作業は終了、お疲れ。各自上がって」

 

整備班の面々が応じると、一同は工具などを持ち、ハンガーを後にしていく。やがて、一人残ったメイは傍のヴィルキスを見上げる。

 

整備を終え、固定される機体を見据え、表情を引き締める。

 

「おねえの分まで、私頑張るから」

 

小さく呟くと、メイもその場を離れ、やがてハンガー内の照明が落とされ、静寂に包まれる。

 

完全に人の気配が途絶えるなか、ハンガーに続くドアが開く。数人の人影が周囲を憚るように入り、先頭に立つツインテールの少女が後方に連れていたツナギを着た面々を促し、指でハンガーの奥にある機体を指す。

 

意図を理解した面々は小さく頷き、小走りに暗闇に同化する黒い機体へと向かい、それを一瞥すると、少女はゆっくりと手前にあるヴィルキスに近寄る。

 

暗闇のなかで、口元がニッと不適に歪んだ。

 

 

 

 

 

夜が明け、陽の光がアルゼナルを包む。大多数の面々がまだ眠りのなかにある中、突如として警報が鳴り響き、アルゼナル内に木霊する。

 

反射的に眼を見開き、シーツを跳ね除けて飛び起きるセラとアンジュは、すぐさま制服を着込み、一目散にデッキを目指す。

 

【第一種遭遇警報発令! パラメイル第一中隊出撃準備!】

 

朝の緩んだ空気を払拭するように響く警報とオペレーターからの通信が、アルゼナルを緊迫したものに包む。

 

【第21観測ポストより入電、高度2400、方位角83――】

 

【シンギュラー確認、反応不明瞭のため、数及びクラス識別不能、接敵次第即時対応せよ】

 

矢継ぎに届く報告を聞き留めながら、ライダースーツに着替えた第一中隊の面々がデッキに集合する。合わせてハンガーより移送されてきたパラメイルがスタンバイ位置にセットされる。

 

「総員騎乗! いくぞ!」

 

サリアの号令に応じ、各々のパラメイルに向かって駆け寄り、飛び乗っていく。セラも漆黒のアーキバスに向かい、シートに跨ろうとすると、そこに微かに光る物体を留め、思わず動きを止める。

 

手を伸ばしてそれを掴み上げると、掲示物を留める画鋲だった。

 

「どうしたの?」

 

隣に控えるヴィルキスの上で動きを止めたセラに怪訝そうに問い掛けるアンジュに首を振る。

 

「なんでもない」

 

一瞬、不審そうに見るも、アンジュも機体を起動させる。

 

「――ホント、感心する」

 

よくもまあ、こんな手を考えつくものだと。

 

呆れとともに画鋲を捨て、改めて機体に跨り、スイッチを上げ、システムを起動させる。正面モニターに表示される機体のステータスがグリーンを表示し、セラは操縦桿を握る。

 

同時に全機の出撃体勢が整い、カタパルトラインが点灯する。

 

「サリア隊、発進します!」

 

サリアが先陣を切り、続いてヒルダ、ヴィヴィアンが続く。

 

「サリア隊、アンジュ機、発進します!」

 

「サリア隊、セラ機、出る!」

 

ヴィルキスとアーキバスがリフトオフし、スラスターを噴射させ、機体を打ち出す。カタパルトを滑走し、空中へと舞い上がる。続けてナオミ、ココ、ミランダが発進し、最後に後衛のエルシャ、ロザリー、クリスが発進し、発進を終えた第一中隊は空中で陣形を組み、観測地点へと向かう。

 

【シンギュラーまで距離12000】

 

「了解、全機セーフティ解除、ドアが開くぞ!」

 

刹那、前方の空間に赤い紫電が満ち、それがスパークする。次の瞬間、空間に巨大な歪みが生まれ、その奥に見える空間―――心なしか、それは空のようにも見える。

 

(あの向こう…いったい、何だというの)

 

シンギュラーを見るたびに見える空間の向こう側に疑念を抱きつつも、そんな逡巡など一笑するように姿を見せるドラゴンの群れ。

 

【スクーナー級20確認、第一中隊即時対応せよ】

 

「全機、ファイア!」

 

サリアの号令に続き、後裔の機体群から砲口が轟く。砲弾が群れの中で爆発するも、それに怯みもせず迫るドラゴンに射程に入ると、前衛のライフルが火を噴く。

 

弾幕のなかで撃ち落され、海へと落ちていくも距離が徐々に狭まりつつあるなか、アンジュはギアを踏み込み、ヴィルキスを加速させる。

 

隊列から飛び出すアンジュにサリアが叫ぶ。

 

「アンジュ、勝手に突っ込むな!」

 

そんな命令など知ったことかとばかりに加速するヴィルキスはライフルを斉射しながら、ドラゴンの密集帯へと突撃し、次々と屠っていく。

 

「ったく」

 

セラは小さく舌打ちし、アーキバスを加速させてヴィルキスの後を追う。

 

「セラ! ああもうっ」

 

指揮系統を乱され、サリアが毒づくもそれを背に、セラはアーキバスのライフルを斉射しながらヴィルキスを援護する。

 

一瞬動きを止めるアンジュの横につき、小さく呟く。

 

「独りで抱え込むな――正面からだけじゃ、いつまでも通じなくなる」

 

ドラゴンに高い知性があることは確認されている。アンジュのように力押しだけで戦う方法にも限界がある。だが、アンジュは視線を逸らす。

 

「もう――私のせいで、傷つけさせない」

 

あまりに小さく、セラは聞き取れなかったが、アンジュはすぐさま離れ、ヴィルキスをドラゴンへと向ける。

 

「はあああっ!」

 

味方からの火線が飛び交うなかを突っ切り、ドラゴンに照準を合わせた瞬間、突如ヴィルキスの胸部ファンから爆発が起こり、アンジュは混乱する。

 

「え、ええ……きゃぁっ」

 

突然の事態に戸惑い、混乱するアンジュはドラゴンの体当たりを受け、ヴィルキスは体勢を崩す。

 

「アンジュ!」

 

セラも一瞬戸惑うも、ヴィルキスに何かしらのトラブルが起こったことは明白だった。黒い煙を噴き上げながら失速していくヴィルキスの操縦桿を必死に動かすアンジュ。

 

「助けてやらないのか?」

 

不意にセラの耳に聞こえた声に振り返ると、すぐ横で不敵な笑みを浮かべるヒルダが眼に入り、ハッとする。

 

「まさか――」

 

「墜ちるよ、あの子」

 

煽るヒルダを鋭く睨みつける。

 

「クソムシが――っ!」

 

大仰に毒づき、セラはアーキバスを急降下させ、ヴィルキスを追う。

 

その間にもアンジュは操縦桿を動かしてなんとか体勢を戻そうとするも、コントロールがやられたのか、反応がない。

 

「何をしてるの!? 早く体勢を立て直してっ」

 

こっちの気も知らないで、とサリアに毒づきながら、ようやく操縦桿の引っ掛かりが外れ、ヴィルキスは駆逐形態になるも、依然として胸部ファンから煙が噴き出たまま、失速していく。

 

(ダメ――!)

 

海面が迫るなか、アンジュの耳に最も聞きたかった声が響く。

 

「アンジュ!」

 

アンジュが顔を上げると、セラのアーキバスが急降下し、機体を変形させて右腕を伸ばす。アンジュはその手を取ろうとヴィルキスの腕をなんとか伸ばす。

 

アーキバスがヴィルキスの手を掴み、セラとアンジュが一瞬気を緩めた瞬間―――アーキバスの関節部が突如砕ける。

 

「「なっ……――!」」

 

セラとアンジュが互いに驚き、反動で吹き飛ぶアーキバス。そして、体勢を崩したヴィルキスに横殴りにスクーナー級が突撃し、そのまま海面へと落下する。

 

「アンジュ!」

 

「ヴィルキスが――!」

 

飛沫を上げる光景に空中で静止したセラの耳にその声が響き、思わずそちらを見ると、サリアが急降下してきた。

 

「サリア……?」

 

その行動に怪訝そうになるなか、サリアを押し留めるようにエルシャからの通信が入る。

 

「何処へ行くの、サリアちゃん!? 大きいのが出てくるわ!」

 

その言葉にセラもハッと顔を上げると、シンギュラーから巨大な影が姿を見せる。

 

(ブリック級…! こんなタイミングで!)

 

ガレオン級ほどではないが、それでも厄介なクラスだ。おまけにシンギュラーからはさらに増援のスクーナー級が現われ、第一中隊に襲い掛かる。

 

「今は殲滅が最優先よ!」

 

エルシャの言葉は正論だった。浮き足立てば、部隊は大きな被害を被る。公私の間で揺れていたサリアは脳裏にジルの姿を思い浮かべるも、すぐに振り払い、機体を急上昇させる。

 

「全機、目標ブリック級に集中攻撃!」

 

指示されるまでもなく、全員の意識はブリック級へと向けられる。だが、周囲にはスクーナー級も残存しており、そちらに気を取られ、ココとミランダが被弾する。

 

ヒルダとヴィヴィアンを中心に援護しながら応戦するなか、セラはアーキバスの右腕のシステムを閉鎖し、再起動をかける。

 

どうにか体勢を戻したアーキバスは海面でドラゴンと取っ組み合いを続けるヴィルキスを助けようと急ぐ。

 

水中で動きが取れないなか、振りほどけずに徐々に水没していくヴィルキス。機密性のないパラメイルのコックピットに海水が徐々に浸水し、アンジュは表情を引き攣らせていく。

 

既に上半身まで水没するヴィルキスの動きが徐々に鈍っていることに気づき、セラは急ぐが、そこへスクーナー級の攻撃が降り注ぎ、急旋回する。

 

サリア達が取り逃したスクーナー級が迫り、セラは舌打ちする。

 

右腕を喪っているため、変形はできない。左手にライフルを構え、応戦する。血飛沫を上げながら落ちるも、怯まずに向かってくるスクーナー級がアーキバスに組み付き、機体を揺さぶる。

 

動きを鈍らせるアーキバスに群がるように襲い掛かる光景を水没するコックピットで見たアンジュは眼を見開く。

 

浸水した海水が充満し、呼吸が苦しくなるも、その瞳だけは必死に開く。

 

(セ…ラ……)

 

だが、アンジュの意識はやがて濁流のなかに呑まれ、埋没していった。

 

群がるドラゴンをスラスターを噴射させて振り払い、一匹の首を掴み、それを振ってドラゴンにぶつけ、引き離す。

 

「アンジュ……!」

 

視線を海面に向けるも、そこにはヴィルキスもドラゴンの姿もなく、ただ波紋だけが静かに拡がるのみだった。

 

微かに動揺するセラの背後にスクーナー級が迫り、ハッとするも、反応が遅い。刹那、ドラゴンの背後に銃弾が撃ち込まれ、墜ちる。

 

「セラ、大丈夫?」

 

高機動スタスターに換装した『グレイブType-01』に改修され、狙撃ライフルを構えるナオミが心配そうに近づく。

 

「ナオミ」

 

「アンジュは?」

 

その問い掛けに、セラは小さく唇を噛み、口を噤む。その態度にナオミは一瞬戸惑うも、やがて理由を察したナオミも驚愕する。

 

「そんな……」

 

だが、そんな逡巡する暇など与えずとばかりに残存するスクーナー級が集まり、ブリック級に集中しているサリア達に襲い掛かる。

 

「ナオミ、今はこっちに集中する!」

 

それに気づいたセラは歯噛みしながら叫ぶ。被弾したココとミランダをエルシャがカバーしているが、ロザリーやクリスも若干、押されている。

 

このままでは損耗が大きくなる。

 

「で、でも……」

 

「ナオミ!」

 

アンジュの安否が気に掛かるナオミに、セラの一喝が飛ぶ。

 

「アンジュのことは、信じるしかない…今は、ドラゴンに集中しなさいっ」

 

その声が微かに震えているのを感じ取り、ナオミは黙り込む。すぐにでも捜索したいのはセラも同じだが、今は生き延びることが優先だ。

 

セラが必死に感情を押し殺しているのを感じ取る。

 

「……うん!」

 

だからこそ、ナオミも断腸の思いで頷く。

 

セラとナオミは機体を上昇させ、戦場へと舞い上がる。

 

(アンジュ…無事でいなさいよ―――)

 

セラは背後に向かってそう呟き、視線を前方のブリック級へと向け、機体を加速させる。

 

「はぁぁぁぁぁっっ」

 

サリア達の集中攻撃で怯むブリック級に向かい、咆哮を上げながら凍結バレットを打ち込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん」

 

微かな声を漏らし、意識が覚醒する。

 

(生きてる……)

 

まだぼやけるアンジュの視界に入ってきたのは、見覚えのない天井。植物が敷き詰められたような天井を虚ろなまま見上げ、起き上がろうとするが、動かない。

 

「え……?」

 

ふと顔を上げると、両腕が縛られている。拘束されている状態にアンジュの思考はますます混乱し、不意に人の気配を感じ、横を見ると、自分が寝かされていると思しきベッドの隣には、見覚えのない青年の姿がある。

 

「え、え、え? ええええええええええー!?」

 

混乱するアンジュは視界に自分が裸の状態でいることが入り、驚愕の声を上げた。

 

その悲鳴に夢うつつだった青年も眼を覚まし、こちらを見やった。

 

「よかった、気がついたんだ」

 

眼を覚ましたアンジュを覗き込むように見る青年にアンジュは顔を真っ赤にする。こんな間近にまで接近していることもだが、なによりこの状況が羞恥心を煽る。

 

アンジュの様子に怪訝そうにしていた青年がようやく自分の体勢に気づき、こちらも顔を真っ赤にする。

 

「ご、ごめん! 決してやましい気持ちじゃなくて、身体が冷えていたから、人肌で温めた方がいいと思って! 悪いけど、念の為に縛られせてもらったんだ……」

 

慌てて身を起こした青年はアンジュから離れる。アンジュは混乱したまま首を動かし、周囲を見渡す。

 

見慣れないが、洞窟のような場所に家具類が備わっており、生活感がある。すぐ傍にある机に自身のライダースーツが置かれているのが視界に入る。

 

青年はポッドから水を入れ、カップを手に再び寄ってくる。

 

「君は、どうしてここ、にぃ――っ」

 

声を掛けようとした瞬間、足元のビンを踏んづけてしまい、その拍子にバランスを崩し、転んでしまう。

 

カップが宙を舞い、アンジュの股に突っ込んでしまう。

 

「きゃぁっ!?」

 

水を頭から被り、アンジュの股に顔を埋めた青年の視界には、女性の大切な場所があり、アンジュの羞恥は限界に達した。

 

「ご! ごめん! これは――」

 

「い、いやああああああっ!!!」

 

真っ赤になったアンジュは男を全力で横蹴りして、腹に足を乗せて、投げ飛ばす。投げ飛ばした際に背後の家具にダイブし、派手な音が響くがアンジュには知ったことではなかった。

 

だが、その際に縛っていた縄が解かれ、それを外してライダースーツを持つと、洞窟から一目散に飛び出す。

 

走りながら見えるのは、生い茂った木々に照りつける日差し――まったく見覚えのない風景に戸惑う。

 

(何なのここ…私、どうしてこんな場所に……っ)

 

アンジュはようやく気を失う前の経緯を思い出す。戦闘中に突如ヴィルキスが異常をきたし、海面に落ちようとした時、セラが―――

 

「セラ――!」

 

助けにきてくれたセラのアーキバスも突然右腕を損壊し、体勢を崩したところへドラゴンが群がる光景が蘇る。だが、アンジュもそこで海水に呑まれて意識を失ってしまい、あの後どうなったのか分からない。

 

(また、私のせいで――っ)

 

自虐しながら森を抜けたアンジュは息を切らしながら砂浜に出る。海岸には打ち上げられたと思しき状態で擱座するヴィルキスがあった。

 

アンジュはすぐにライダースーツを着込み、ヴィルキスに駆け寄る。すぐに乗り込み、発進しようと起動スイッチを押すが、何の反応も返らない。

 

「なんで? どうして動かないの?」

 

何度も押すが、まったく反応せず、アンジュは戸惑いがちに戦闘中に突然煙を噴き出した胸部ファンの方まで下りる。外装が焦げており、ハッチを開放して原因を調べようと奥に手を伸ばすと、そこから大量の下着が出てきた。

 

焼け焦げた下着を掴み、アンジュの脳裏に不適に笑うヒルダの嘲笑が過ぎる。

 

「あの、ゴキブリ女――このっ、このっ、このぉぉぉっ!」

 

怒りに打ち震え、アンジュは下着を引き裂き、それを砂浜に叩きつけ、何度も踏みつける。

 

それでも怒りは収まらず、肩で息をするアンジュだったが、そこへ先程投げ飛ばした青年がやって来る。

 

「酷いじゃないか、君は命の恩人になんてことを……」

 

打ちつけた部位を擦りながらやって来る青年にアンジュは怒り収まらぬ表情で、すぐさま脇のホルスターから銃を抜き、撃鉄を起こして足元目掛けてトリガーを引く。

 

足元に撃たれる銃弾に慄き、慌てて後方に飛び退いて、両手を上げる。

 

「ちょ、ちょっとタンマ!」

 

「それ以上近づいたら撃つわ!」

 

「お、落ち着け! 俺は君に危害を加えるつもりはない! それに、君もう撃ってるし……」

 

迂闊にもそう漏らすと、アンジュは再度銃を撃ち、銃弾が掠める。

 

「縛って脱がせて抱き付いておいて…!」

 

「だ、だから、あ、あれは…」

 

青褪める青年を睨みつけると、青年はさすがに返答に窮する。

 

「目覚めなかったら、もっと卑猥で破廉恥なことをするつもりだったんでしょう!」

 

先程の状況を思い出し、顔を怒りと羞恥で真っ赤にして睨みつける。

 

「もっと卑猥で破廉恥? 女の子が気を失っている隙に、豊満でカタチのいい胸の感触を堪能しようとか、無防備な肉体を隅々まで味わおうとか、女体の神秘を存分に観察しようとか、そんなことをするような奴に見える―――わわっ」

 

語るに落ちたとばかりに喋る内容にアンジュの顔はますます赤くなり、脳内で自分がその対象にされる光景が再生され、身体が震える。

 

反射的に銃を撃ち、頭を掠める弾丸に青年が飛びのく。

 

「そ、そんなことをするつもりだったの!? なんて汚らわしい、このど変態! やっぱり殺すわ!」

 

「ご、誤解だ! 俺は本当に君を助けようと!」

 

弁明しようと必死だが、アンジュは聞き入れず完全に殺るつもりで近づくが、その時青年の足元にいたカニが、ハサミで青年の足を挟む。

 

「いだぁぁぁっ!」

 

突然の痛みに驚き、身体が跳ね、アンジュの方に倒れ込んでくる。

 

「ええっ? きゃぁぁっ」

 

縺れたまま倒れ込み、仰向けになったアンジュの股にまたもた顔を埋めてしまう。

 

「ご、ごめん――決して、ワザとじゃ!」

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

すぐに離れるも、アンジュは理性が外れたように涙眼でトリガーを引き、銃声がしばし砂浜に響いた。

 

「変態! ケダモノ! 発情期! そのまま死ね!」

 

それから後――ボロボロになった青年を簀巻き状態にして木に吊るし、怒り心頭の状態で吐き捨て、去っていくアンジュ。

 

「あの~もしも~し…今のは事故だって……」

 

その弁明は、アンジュの耳には届いておらず、青年はトホホとその場に項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

アンジュが青年と邂逅している頃、ドラゴンを撃退した 第一中隊が帰還していた。

 

ヴィルキスの喪失に捜索を行おうとしたサリアだったが、それをヒルダが制した。数機が被弾し、またエネルギーの残りも少ない状況では、闇雲に捜索すればこちら側の危険も増す。

 

ヒルダの正論にサリアは黙り込み、セラもそれに反論はなかったが、帰還と同時にメイにアーキバスの破損箇所の調査と修理を頼むと、横を過ぎるヒルダを睨む。

 

「おお、こわ…イタ姫が墜ちたのはあたしのせいじゃないだろ」

 

「――クズが」

 

「けっ、クリソツ女」

 

不適に肩を竦めるヒルダにセラは小さく舌打ちすると、踵を返す。去り際に吐き捨てると、ヒルダも些か害した面持ちで悪態を返す。

 

「セラ、どこ行くの?」

 

「野暮用…すぐ戻る」

 

その背中にナオミが声を掛けると、小さく言い放ち、そのままデッキを後にした。

 

しばらくした後、報告書を纏め終えたサリアがジルの執務室に向かっていると、通路の道すがら、セラが腕を組んで壁際に寄りかかっていた。

 

「セラ……」

 

「司令への報告でしょ、私も確認したいことがあるから同行させてもらうわ」

 

身を起こし、有無を言わせぬ口調で告げるセラにサリアは気圧される。だが、ジルの執務室での会話はあまり聞かせられないものがある。

 

「悪いけど、それは認められないわ」

 

理由を告げることもできず、拒否を伝えると、セラは小さく鼻を鳴らす。

 

「なら、今後は私も勝手をやらせてもらうわ――隊長?」

 

脅しとも取れる口調で揶揄する。だが、その内容にサリアは小さく動揺する。セラに勝手に動かれては、それこそ部隊の和を保つことはできない。

 

「心配しなくても、別に何もしない――ただ、司令に確認したいことがあるだけよ」

 

「――分かったわ」

 

不了承気味だったが、今後のことを踏まえ、サリアは小さく頷き、歩き出す。その後を不遜な態度で続き、二人はやがてジルの執務室に辿り着く。

 

「失礼します」

 

ドアをノックし、入室すると中にはジルの他にジャスミンとマギーの姿もあった。サリアの背後にセラがいたことに二人は微かに動揺した素振りを見せたのを見逃さなかったが、敢えて無視した。

 

「おや、セラも一緒だったのかい?」

 

そんな動揺を億尾にも出さずに話し掛けるジャスミンに応えず、視線をジルへと向ける。居心地の悪さを憶えながらも、前に立ったサリアを促すように、ジルは告げた。

 

「報告を聞こう」

 

「イエス・マム――戦闘中、突然ヴィスキスの胸部ファンが異常をきたし、推力を低下させたヴィルキスをセラの機体が一度は確保したのですが、その際にセラの機体も突如損壊し、体勢を崩したヴィルキスにスクーナー級が接触。ヴィルキスと絡み合いながら海中に落下しました。詳細はここに……」

 

簡潔に述べ、報告書を提出すると、同じタイミングでドアがノックされる。

 

「失礼します」

 

飛び込むように入室してきたのは、メイだった。

 

「セラ、ここに居たんだ。分析の結果が出たよ」

 

その言葉に耳を傾けると、メイがどこか不可解といった面持ちを浮かべている。

 

「アーキバスの右腕駆動部の部品が一部抜かれてた――恐らく、これのせいで強度が足りずに、破損したんだと思う。でも、昨日の最終チェックではそんなことなかったのに……」

 

戸惑うメイだが、セラは原因に目星をつけていた。

 

(ヒルダか―――どうやったかは知らないけど…っ)

 

アンジュを助けることを見越してまでかは分からないが、犯人は十中八九ヒルダだろう。だが、本人は絶対に認めないだろうし、今はそんなことを議論する時間もない。

 

「それに、ヴィルキスも墜ちたんでしょ? 機体の調子は良かったのにどうして……」

 

立て続けに起こる機体の不良に整備班長として責任を感じているのか、メイは悔やむように拳を手に打ちつける。

 

「機体は壊れてないんでしょ! すぐに回収班を編成する!」

 

責任を感じてか、そう告げるメイにサリアが頷く。

 

「そうね、今は機体の回収が最優先に――」

 

「『アンジュ』もだ」

 

無言で報告書を読んでいたジルが眼を通し終えたのか、タバコを咥え、無表情で告げる。

 

「アンジュも必ず回収しろ。最悪…死体でも構わん―――」

 

その指示にサリアはどこか腑に落ちないように顔を顰める。だが、セラは微かに眼を細め、その意図を探っていた。

 

(死体…っ、指輪―――)

 

ヴィルキスはともかく、ノーマの死体を回収することに意味などない。だが、ジルが欲しているものが別のものなら―――

 

(ヴィルキスと指輪――やっぱり、あの機体には何か秘密がある)

 

それを確信すると、セラは顔を上げ、メイを見やる。

 

「メイ、アーキバスの修理は?」

 

「え? あ、うん、パーツの交換さえ終わればすぐだよ」

 

唐突に掛けられた問いに、唖然となっていたメイが我に返り、慌てて応える。

 

「なら、アーキバスも使う。捜索中にドラゴンが出ないとも限らないから」

 

セラの言葉通り、捜索中にシンギュラーが開かないという保証はない。回収用の輸送機だけではいざという場合の対処ができないが、メイが窺うようにジルを見やる。

 

「構わん、許可する」

 

短く応じると、メイも弾んだ面持ちで頷く。

 

「分かった、すぐに準備させるよ!」

 

言うやいなや執務室を飛び出すメイを見送り、セラはジルに対峙するように向き直る。

 

「心配しなくとも、アンジュも必ず連れて帰りますよ。『生きて』、ね――」

 

吐き捨てるように告げると、セラは踵を返し、執務室を後にした。サリアはその姿に唖然となっていたが、我に返ると敬礼し、執務室を後にした。

 

「嫌われたねぇ」

 

喰ったように笑うジャスミンにジルはなんの感慨も抱かず、タバコを噴かした。

 

 

 

一時間後―――フライトデッキに大型輸送機が準備され、後部カーゴにセラのアーキバスが誘導されて積載されていく。

 

そして、捜索用の装備を持ったメイとサリア、ライダースーツの上から制服のジャケットを羽織ったセラが輸送機に乗り込もうとすると、呼び声が掛かった。

 

「おーい、セラー! サリアー!」

 

顔を上げると、ヴィヴィアンを先頭にエルシャ、ナオミ、ココ、ミランダが駆け寄ってきた。

 

「あなた達――」

 

サリアも眼を丸くするなか、駆け寄ってきたヴィヴィアンが開口一番に告げる。

 

「アンジュの捜索でしょ? あたし達も手伝うよ!」

 

「でも、みんなさっき戻ったばかりじゃない?」

 

休息を取るのもライダーの務めだ。なにより、第一中隊のメンバーの大半が同行するのもアルゼナルの防衛の面から考えるとあまり好ましくない。

 

「大丈夫、アルゼナルの警戒は第二中隊が引き継いでくれることになったから」

 

ナオミがそう笑顔で告げると、メイは眼を丸くする。

 

いったいいつの間に――と言わんばかりだが、こうした行動力が時に驚かされるのを知っているセラとしては、呆れるように肩を竦める。

 

「それに、すぐに行かないと死んじゃうから!」

 

乗り出すように告げるヴィヴィアンにメイとサリアが小さく驚きに眼を見張る。

 

「アンジュ、まだ生きてる! 分かるもん!」

 

根拠もなにもないような口振りだったが、不思議とそう思わせるような説得力がある。セラは微笑を浮かべ、ヴィヴィアンに応じる。

 

「そうね…生きてるわよ、絶対にね」

 

「へっへー! セラもそう思う」

 

得意気に笑うヴィヴィアンに苦笑し、エルシャが持っていたバスケットを上げる。

 

「早く見つけてあげなくちゃ、きっとお腹空かしてるわ」

 

「絶対に生きてますよね、アンジュさん!」

 

「だから、みんなで迎えに行ってあげないとね」

 

「よーし、レッツラゴー!」

 

ヴィヴィアンを先頭に乗り込んでいく様にサリアは疲れた面持ちで肩を落とす。

 

「ピクニックじゃないのよ……」

 

ため息混じりに苦言を漏らし、乗り込んでいき、セラが続こうとすると、不意にナオミが呟いた。

 

「アンジュ…生きてるよね?」

 

「――ええ、必ずね」

 

不安だったナオミにそう笑みを返すと、ナオミも払拭するように弾んだ面持ちを浮かべ、二人も輸送機に乗り込み、アンジュを捜索するため、輸送機はアルゼナルを飛び立った。




股間ダイバー、もといエロタスク登場です。

この回は何度観ても今までの流れから外れてほのぼした展開でしたね。

最初のプロット段階では、ここで墜落するアンジュをセラが助けて、その身代わりでセラが行方不明になるという展開で組んでいたのですが、後後のプロットと噛み合わない部分が出てきてしまい、最終的には原作通りの展開になった経緯があります。

ゲームもなかなか楽しいですし、後半少しプロット変更中です。

少しずつオリジナルな展開も入れ込んでいきたいなと思います。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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