クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

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反逆者達

澄み渡るような青空を飛ぶパラメイル。

 

アルゼナルより出撃した第一中隊ことサリア隊は編隊を組んで戦線に向かう。

 

【サリア隊各機へ、シンギュラーまで距離3000】

 

「了解、全機に通達。これより戦闘空域に入る、セーフティ解除!」

 

『イエス・マム!』

 

サリアの指示に従い、各機が所定の位置につく。指示を聞きながら、セラは操縦桿を動かし、ギアを切り替えながら背部のスラスターの動きを確かめ、感覚に馴染ませる。

 

「セラ、あなたはその機体で初めての戦闘だけど、無理はしないように」

 

「イエス・マム」

 

サリアの気遣いに応じながら、セラは『アーキバス』を駆り、前衛へと向かう。

 

先の戦闘で大破したグレイブに代わり、新たにセラに供与されたのは、指揮官用に強化された上位機種である『アーキバス』だった。これにはさすがにセラも面を喰らってしまったのだが、サリアからはジルの指示だと聞き、釈然としないものの、せっかく与えられた機体を使わない手もないので、そこは異論を挟むことなく受領した。

 

セラの駆るアーキバスはグレイブから流用した強化スラスターに換装しているので、機動力と出力が向上している。また、彼女の要望に応じて機体カラーは漆黒のボディに銀と真紅のラインが入るカラーリングになっていた。

 

右手の感覚を確かめながら、機体を加速させる。既に全快しているとはいえ、実機を使用しての戦闘は久々だ。また再編成された第一中隊のなか、彼女は突撃兵として前衛のポジションについた。先行するヒルダ、ヴィヴィアン、そしてアンジュ――彼女らとともに並ぶ。

 

「へっ、タダでいい機体もらえて羨ましいねぇ」

 

「うっほ~セラの機体まっくろくろすけだ~o(^▽^)o」

 

相変わらずの嫌味な悪態をつくヒルダと、無邪気にはしゃぐヴィヴィアンに適当に返しつつ、並行するアンジュを見やる。不意にアンジュもこちらを見やり、どこかぎこちなく頷く。

 

【シンギュラー開きます!】

 

オペレーターの通信に呼応するように前方の空間に紫電が走り、それらが肥大化する。やがてそれは空間を歪ませ、巨大な穴を構成し、その奥から巨大な影が姿を現わす。

 

【ドラゴン・コンタクト! ブリック――いえ、ガレオン級2! スクーナー級50!】

 

咆哮を上げて迫るドラゴンの大群――その数に第一中隊の面々は慄く。

 

「スクーナー級が50だって!?」

 

「ガレオン級まで2匹もいるのに!?」

 

ロザリーやクリスが息を呑み、ココやミランダも引き攣った面持ちで緊張を隠せない。

 

「サリアちゃん、どうするの!?」

 

「あ――こ、これより殲滅攻撃に入る! 各機スクーナー級を優先的に排除し、航空優勢を確保! 全機、砲撃用意!」

 

圧倒されていたサリアもハッと我に返り、慌てて指示を飛ばす。

 

全パラメイルが機首の銃火器、そして後衛の機体が砲を向ける。ドラゴンが射程圏内に入った瞬間、サリアが叫ぶ。

 

「発射!」

 

刹那、無数の火線が迸り、一斉に襲い掛かる。爆発の華が咲くなか、ドラゴンが血飛沫を飛ばしながら撃墜されていく。だが、その火線を潜り抜け、迫るスクーナー級の数はまだまだ多い。

 

「全機駆逐形態! 散開! 後衛は援護を!」

 

駆逐形態に変形したパラメイルが散らばり、ドラゴンの中へと飛び込んでいく。セラもアーキバスを変形させ、真紅のバイザーが輝く。構えるライフルから発射される弾丸がドラゴンを穿ち、撃墜していく。

 

「セラ!」

 

そこへナオミ達が合流してくる。索敵に優れたアーキバスのレーダーを使用し、戦況を素早くマッピングし、瞳を動かしながら第一中隊の配置、敵のマーカー及び行動を予測し、指示を飛ばす。

 

「ココ、ミランダ! 3時方向にスクーナー級が固まっている、二人掛りでしとめて!」

 

「「イエス・マム!」」

 

機体を翻すココとミランダを一瞥し、今度はナオミに指示を出す。

 

「ナオミ! 直上に2匹、それを牽制したらすぐに左に向かって! そこならポジションを取れる!」

 

「OK!」

 

ナオミは機体を上昇させ、真上方向に向かっていく。先の戦いでガレオン級をしとめ、その後も何度かの実戦を経て、ナオミの動きも徐々に洗練されたものになっていた。

 

真上にいるドラゴンに向けてライフルを放つも、セラの読み通りそれは囮だったらしく、簡単にかわされるも、すぐに機体を旋回させ、側面に回るとそこは戦場のエッジだ。背後を気にせず回り込んだナオミが迫るドラゴンに正面からライフルを放ち、撃墜する。

 

ココとミランダもお互いに協力しながら一匹一匹、的確に落としていく。とはいえ、油断をすればどこから狙われるか分からないため、一匹しとめたら、すぐに離脱し、できる限り留まらないように努めている。

 

それらを横にセラは単独でスクーナー級を屠りながら戦場を見渡す。そんななか、アンジュのヴィルキスも単騎で次々とライフルと剣でスクーナー級を屠っているが、その背後で銃を構えるロザリーとクリスの機体が視界に入り、セラは反射的にそちらに向けてライフルを放った。

 

刹那、二機の放った弾丸は空中で撃ち落とされ、ヴィルキスの背後で爆発する。

 

「「なっ―――!?」」

 

「!?」

 

その光景に眼を見開く二人とアンジュは小さく息を呑む。

 

まさか、発射した弾丸を空中で狙い撃つなどという芸当は思いもしなかっただろう。すぐさまセラはヴィルキスの背後に背中合わせにつき、ロザリーとクリスに銃口を向ける。向けられた二人は眼を見開き、表情が引き攣る。

 

「て、てめえ何の真似―――!」

 

上擦ったロザリーの言葉が最後まで言い終わるより早くトリガーが引かれ、迫る銃弾にクリスが眼を閉じて悲鳴を上げる。

 

「いやぁぁぁぁっっ」

 

だが、銃弾は二人の機体をすり抜け、その後方に迫っていたスクーナー級を穿った。

 

「へ………」

 

「あ………」

 

背中で上がった断末魔の悲鳴に、間の抜けた声を上げる二人にセラは小さく悪態を衝く。

 

「後方注意――次はないから」

 

それは警告だった。薄ら寒いものを憶える二人を一瞥し、ヴィルキスに向き直る。

 

「セラ……」

 

「言っても聞かないだろうけど、気をつけなさい。道は私がつくる」

 

それだけ伝えると、アーキバスを加速させ、アンジュもヴィルキスを加速させた。

 

黒と白の機体がコントラストを描くように飛ぶ。スクーナー級の包囲網のなか、セラはライフルを斉射して、スクーナー級を数匹屠ると、急速に背を向けて離脱する。それを追ってスクーナー級が殺到するが、それをどこか表情を歪めて見やるも、アンジュはすぐさま気を取り直して機体を加速させ、後方に控えるガレオン級に迫る。

 

アーキバスに群がるスクーナー級に、セラは加速したままだったが、やがて機体に制動をかけ、機体を強引に進路から外す。進路が外れた瞬間、スクーナー級の前方にはヴィヴィアンのレイザーが控えていた。

 

「にししっいっけぇぇぇ!」

 

レイザーがトリッキーな動きでスクーナー級の中に踊り込み、切り裂きながら舞う。セラもアーキバスの剣を構えて突撃し、次々に駆逐していく。

 

「大漁大漁!」

 

ガッツポーズをするヴィヴィアンに小さく失笑し、すぐさまガレオン級の方へと向かう。

 

大方のスクーナー級は駆逐したが、まだガレオン級が2体残っている。先行したヒルダが一体に向けて集中攻撃を行い、魔法陣を打ち消す。好機と睨んだヒルダはトドメを刺そうと凍結バレットを装填する。

 

そこへヴィルキスが強引に割り込んだ。

 

「邪魔よっ」

 

「うわああぁぁ! てめぇっ」

 

ヴィルキスがヒルダのグレイブを弾き飛ばすと凍結バレットを素早く装填し、一気に懐に飛び込んでガレオン級に撃ち込む。撃ち込まれたバレットが弾け、心臓を凍らせ、身体を内側から喰い破る。

 

断末魔の悲鳴を上げて落下するガレオン級が海面に墜落した瞬間、氷原をつくり出す。その光景をアンジュは息を切らしながら見届けている。

 

セラは小さく溜め息をつくと、もう一体のガレオン級がこちらへと迫ってきた。

 

気づいたセラはすぐさま回避に入り、真下を過ぎるガレオン級目掛けてライフルを放ち、魔法陣を打ち消す。

 

「セラ!」

 

そこへ前線に向かってきたナオミが合流し、ライフルでドラゴンを狙い撃つ。二人は集中して魔法陣を打ち消し、ナオミが凍結バレットを装填する。

 

「やぁぁぁっっ」

 

狙いをつけて放つアンカーが空いた巨体に突き刺さり、弾ける氷結が動きを鈍らせる。よろめくガレオン級に突撃するセラがアーキバスの腕を振り被り、左手の凍結バレットを心臓目掛けて撃ち込む。

 

喰い破る氷結にドラゴンは断末魔の悲鳴を上げ、素早く離脱する。

 

力尽きたドラゴンは先程できた氷柱に向かって落ち、触れた瞬間、身体が凍結する。高く聳えるように出来上がった氷の墓標――誰もがその光景に呆然となるなか、セラは小さく眼を閉じた。

 

自ら奪った命に対して哀悼を向けるように――――

 

 

 

 

 

 

 

その夜――ジルの執務室に数人のメンバーが秘密裏に招集されていた。

 

「3度の出撃でこれほどの戦果――なかなかじゃないか」

 

提出されたここ最近の戦闘報告にジルは上機嫌な面持ちだ。サリアを中心に再編成された第一中隊が活動を始めて約一カ月――その間に3度ほどの出撃があり、各々の撃墜スコアが明記されている。

 

その中でもアンジュの戦績は飛び抜けて高い。

 

机のスタンド灯のみが灯る薄暗い部屋の中には、報告に訪れたサリアの他に、メイ、マギー、ジャスミン、バルカンの姿がある。

 

「今まで誰も動かせなかった機体をこうも簡単に動かしちゃうなんてねぇ――やっぱ、デキがいいのかねぇ」

 

揶揄するようなマギーの一言にサリアは若干、不満気な表情を浮かべる。

 

「多分、ヴィルキスがアンジュを認めたんだと思う。でなきゃ、あんな出力は出ないよ」

 

「じゃあ、あの子が……」

 

サリアが驚きと不安を交えて声を上げるも、ジルは不敵に笑い、肩を竦める。

 

「……では、始めるとしようか、【リベルタス】を」

 

その一言に部屋にいたメンバーの顔に緊張が走る。

 

それは、ジル達が極秘裏に進めている世界に対するノーマの反抗作戦だ。その要となるのがヴィルキスだ。真剣な面持ちで頷くなか、サリアだけは同意しかねるように顔を顰めている。

 

それに気づいたジルが声を掛ける。

 

「不満か、サリア?」

 

「……すぐに死ぬわ、アンジュ。無茶ばかりするし、命令はきかないし」

 

今日の戦闘でも一人だけ独断専行をし、命令をきかない。おまけに味方を押しのけてのドラゴンを殲滅など、なまじ実力があるため、余計にタチが悪い。そうでなくとも、ゾーラの一件で、彼女を敵視しているロザリーやクリスが遂に戦闘のどさくさに紛れて故意のフレンドリーファイアという行為にまで出た。

 

同じ突撃兵として獲物を横取りされているヒルダも今はまだ表立って何かをしかけていないが、今後はどうなるか分からない。

 

「だが、セラの言葉には従っているのだろう?」

 

その指摘に苦虫を噛み潰したように顔が曇る。

 

セラが復帰すると同時に彼女を中心にナオミ、ココ、ミランダは戦闘中は彼女の指示に従うようになった。あのアンジュもセラの言葉だけはどこか素直に聞いている素振りが見える。

 

先の戦闘で庇われたのも関係しているかもしれない。おまけにセラの指示も的確で、ナオミ達も新兵とは思えないような戦果を上げているのもまた、サリアの隊長としてのプライドを刺激し、苛立ちを煽る一因になっていた。

 

そのセラもどこかアンジュを擁護するように今回のロザリー達のフレンドリーファイアを止めたので、部隊内は今非常に危うい状態だ。

 

「愛しい隊長を危険に晒した皇女殿下と、その命を守ったのが瓜二つのノーマ――まるでお姫様とそれを守る騎士様だねぇ」

 

マギーがそう例えて小さく笑うも、妙に的を得ている気がする。だが、だからといってリベルタスの要であるヴィルキスをアンジュに任せられるかといわれれば、納得できない。

 

「私ならもっと上手くやれる。あんな子よりも、ヴィルキスを使いこなす事ができる! なのにどうして?」

 

「適材適所、ってやつさ。アンジュにはヴィルキスを動かす役割がある様にサリア、お前にはお前の役割がある…そういう事だ」

 

憤るサリアをジルが宥めるも、納得はできなく、なおも言いつのる。

 

「でも、もしヴィルキスに何かあったら!」

 

「その時はメイが直す! 絶対に! それが私達、『甲冑師の一族』の使命だから!」

 

誇り高く告げるメイに、サリアも何も言えなくなってしまい、口を噤んでしまう

 

「お前には、お前にしかできないことがある。部隊をまとめるという役目だ――それはお前にしかできない、いいね?」

 

歩み寄ったジルが期待をこめるように肩に手を置き、笑いかける。その言葉に、どこか落胆したように落ち込むも、サリアは頷くことしかできなかった。

 

「いい子だ」

 

「さあて、これから忙しくなるねぇ」

 

「くれぐれも悟られない様にな…特に監察官殿には」

 

唯一のこのアルゼナルにおいての『人間』――下手に耳に入って計画が破綻するのだけは避けなければならない。故に慎重に慎重を重ねて行動する必要がある。

 

来るべき時まで―――その意図を理解し、周囲を警戒しながらサリア、メイ、マギーは執務室を後にした。

 

後に残ったジャスミンはバルカンの頭を撫でながら、どこか苦言を呈するようにジルに告げる。

 

「『いい子だ』、か…相変わらずヒドイ女だねぇ――あの子が欲しいのはそんな言葉じゃないだろうに」

 

タバコを吸うジルは苦言を聞いているのか、聞き流しているのか応えない。

 

「サリアにはちと荷が重いんじゃないのかい? アンジュにしろ、セラにしろ、そう簡単に御せるとは思えないね」

 

「なら――お前からセラを引き込んでくれないか?」

 

唐突にこちらを向いて放たれた言葉にジャスミンも表情を若干、強ばらせる。

 

「奴を引き込めば、アンジュもこちらにつく――それに、奴は能力も優れている。今後のためにも、是非とも欲しい駒だ」

 

メイルライダーとしての腕も指揮官としての素質もある……ゾーラの復帰が不明な以上、今後のためにも優秀なライダーは手の内に引き込んでおきたい。

 

「そのために奴を育てたんだろ?」

 

どこか挑発するように告げると、ジャスミンも反論はしないが、微かに顔に皺が寄っている。

 

「なにより――奴のあの眼さ」

 

先日の墓地で見せたこの『歪んだ世界』への怒り――そして、生きることに対する執着……それはジルを気に入らせるだけの何かがあったのだ。

 

ジャスミンは小さく息を吐くと、背を向ける。

 

「そうかい? けどね、あの子達が利用されることを良しとするかねぇ」

 

それだけ忠告のように告げると、ジャスミンもバルカンを伴って部屋を後にした。

 

「―――利用できるものなら何だって利用してやるし、利用させてもらうさ。『想い』も『命』も全て。地獄にはとっくに落ちているからな」

 

独り残ったジルは吸っていた煙草を、義手で握り潰しながら己に向かって歪んだ決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

夜が明け、アルゼナルの一画は俄かに活気づいていた。

 

今日は、週に一度の報酬の支払日だった。アルゼナルにいるノーマ達は、幼年の子を除き、それぞれの職種に応じてキャッシュが給与される。マナの発達した外の世界では既に廃れてしまった貨幣経済というシステムは、ここアルゼナルにおいては唯一の経済活動だった。

 

事務職やオペレーター、整備職、その他の雑用などの様々な仕事があるものの、キャッシュを稼ぐ花形はやはりメイルライダーだった。

 

そして、給与窓口には第一中隊の面々もまた報酬を受け取ろうと集まっていた。

 

「ココ、どうだった?」

 

「あ、私8万キャッシュ」

 

「へへん、勝った…私、8万5千キャッシュ」

 

「ちょっとだけじゃない」

 

初めてもらったお小遣いのように一喜一憂するココとミランダ。先日まで命令違反の罰金の返済に追われており、ミランダも僅かながら協力し、ようやく完済できたので、喜びもひとしおだったが、それでも新兵としてはかなりの額なだけに、その後で受け取ったクリスはどこか不満と羨望を交えて二人を見ている。

 

「撃破、スクーナー級3。ガレオン級へのアンカー撃ち込み。弾薬消費、燃料消費、装甲消費をマイナスして、ロザリーさんは今週分、18万キャッシュ」

 

事務官のノーマの女性がトレーに載せた札束を差し出し、それを受け取ったロザリーは不満気に舌打ちする。

 

「ちっ! これっぽちかよ……」

 

「十分だよ。私なんて一桁だよ」

 

クリスの報酬はロザリーよりも更に少なく、ココやミランダとそれ程差異がない。砲兵として後方支援に徹しているため、高額な大物を狙えないという立場もあるが、なにより二人のライダーとしての実力も低く、それがより輪をかけていた。

 

「ヒルダは?」

 

先に受け取ったヒルダに訊ねると、小さく笑いながら二人に札束を見せ付ける。第一中隊のエース級ライダーとして、突撃兵でもあるだけにその報酬額は二人よりも当然高かった。

 

「「おお~!」」

 

感嘆の声を漏らす二人の背後で、今度はナオミが受け取っていた。

 

「撃破、スクーナー級21。ガレオン級へのアンカー撃ち込み3回。ナオミさんは今週分、90万キャッシュ」

 

「は、はいっ」

 

渡された額にナオミが上擦った声で受け取ると、その額にロザリーとクリスは驚いたように振り返る。

 

「な、なにぃ!?」

 

新兵であるナオミの額が自分よりも遥かに高額なことにロザリーとクリスは耳を疑い、ヒルダも自分よりは少ないものの、その額にはどこか面白くなさそうだ。

 

「すごいよ、ナオミ!」

 

「やったじゃん!」

 

「ええと…あ、でもでもセラのおかげだし」

 

ドラゴンを効率よく倒せたのも戦闘中にセラの指示が的確だったおかげだ。それはココとミランダも同意なのか、頷いている。そのセラはナオミの後で、報酬を受け取っていた。

 

「撃破、スクーナー級41。ガレオン級1。弾薬消費、燃料消費、装甲消費をマイナスして、セラさんは今週分、300万キャッシュ」

 

差し出される札束に、ナオミ達は感嘆の声を上げ、ロザリー達はさらに驚きに包まれる。

 

「ちっ、マジむかつく……」

 

ヒルダは睨みながら舌打ちする。

 

「おお、セラってばすごい~」

 

「戦闘中も大活躍だったものねぇ」

 

後に控えているヴィヴィアンやエルシャも称賛してくる。この辺はさすがにヒルダ達と違い、蟠りがないこともあるが、なにより人柄だろう。

 

次の番で控えているアンジュは特になにも言わなかったが、それを一瞥し、セラは必要分だけを受け取って後は預金する。離れると同時にアンジュの計算が始まり、やがて纏まったのか、事務官がやや驚いたような面持ちで告げる。

 

「えーと…アンジュさん、今週分は550万キャッシュとなります」

 

アンジュの前に差し出された札束の山に、ヒルダは忌々しそうに顔を顰め、ロザリーやクリスは聞いたことも見たこともないような額に口をあんぐりと開けている。

 

「うっひょ~アンジュもやる~!」

 

「ホント、上には上がいるものね~」

 

ヴィヴィアンとエルシャも驚きを隠せないのか、眼を見張っている。ナオミ達も食い入るように見つめており、セラは思わず苦笑する。

 

アンジュは特に気にすることもなく、札束を少し持つと、後は預金に回す。振り返ると、そのままセラに歩み寄り、気づいてこちらを向いたセラに札束を差し出す。

 

「――この前の御礼と迷惑かけたお詫び」

 

首を傾げるセラに向かって、言い慣れないのか、どこか照れ臭そうに呟き、無理矢理押し付けるとすぐさま踵を返して離れていく。

 

渡されたセラはどこか呆然となっており、周りにいた面々もあまりに予想外の展開に眼を白黒させている。

 

「な、なあ…あたし、変なもん見た気がするんだけど――」

 

「安心してロザリー…私も驚いたから」

 

それぐらい、インパクトがあっただけに、呆気に取られるのも仕方がないだろう。

 

ようやく我に返ったセラだったが、徐に渡された札束を見ていたが、やがて肩を竦め、さっき受け取った自分の札束をミランダに放り投げた。

 

「うえっ、ととっ」

 

急に放り投げられた札束に気づき、慌てて受け止める。

 

「え? え?」

 

「それあげるわ――ココと分けて」

 

混乱するミランダに拍車をかけるようにそう告げると、ココともども驚きに包まれる。

 

「え、でも……」

 

「私はアンジュからもらったコレがあるから――それに、今は別にお金に困ってないしね」

 

「あ、セラ」

 

アンジュから受け取った札束を見せ、踵を返すと、セラはそのまま歩き出し、ナオミも慌てて後を追った。暫し、フリーズしていたココとミランダだったが、やがて笑顔で頷き合うと、すぐに後を追った。

 

「ちっ、やすっぽい友情ゴッコかよ」

 

眼の前の一部始終に悪態を衝き、ヒルダは不機嫌な面持ちだ。

 

ただでさえ、戦闘中にアンジュに邪魔をされて獲物を横取りされ、機嫌が悪い上に、そのアンジュを庇ったセラも気に喰わなかった。顰めた面持ちのまま歩き出し、ロザリーとクリスが慌てて続く。それを見送るエルシャは困ったように笑い、ヴィヴィアンは一人よく分からずに頭を擡げるのだった。

 

 

 

 

 

報酬を受け取り、着替えのためにロッカールームへと入る第一中隊の面々。自分のロッカーを開けた瞬間、アンジュが小さく息を呑む。

 

彼女のロッカーの中はスプレーで誹謗中傷の落書きがされており、中に掛かっていた制服は無残に切り裂かれ、ボロボロの状態だった。

 

「およ、どったの? うわっ、ひでえ」

 

「あら、まあ……」

 

アンジュの背後から覗き込んだヴィヴィアンが驚き、エルシャも口に手を当てて小さく驚いている。

 

「またあなた達ね!」

 

サリアがロザリー達を咎めるも、彼女達は悪びれもなく、シラを切る。

 

「さあねぇ~?」

 

「私達がやったっていう証拠はあるの?」

 

明らかに怪しいのだが、確かに証拠はない。セラは呆れた面持ちで溜め息をこぼし、自分のロッカーを開ける。幸いに制服は無事だった。自分も標的にされているかと思ったが、今回はアンジュだけだったらしい。

 

「アンジュ」

 

制服を取り出すと、それをアンジュに向けて放り投げる。声を掛けられたアンジュはそれを受け取ると、戸惑ったように見やる。

 

「それ着なさい――サイズは多分そう変わらないと思うから」

 

その言葉にアンジュは小さく驚き、声を出す。

 

「でも、セラが……」

 

ナオミが心配そうに見るも、肩を竦める。

 

「もう一着あるからいいわよ――後で部屋で着替えるし。私も同じ目にあったことあるから」

 

ややウンザリした面持ちでロッカーを閉める。幼年の頃は、陰湿な嫌がらせを受けたことも数え切れない。机に落書き、制服の切り裂きに紛失――無論、そういった連中には後で調べて制裁を与えたが。もっとも、まさかこんな所に来てまで目の当たりにするとは思っていなかったが―――事の顛末を知るだけに、ナオミも引き攣った笑みしか出てこない。

 

セラなら絶対にやる――それこそ徹底的に。今回標的にされなかったからよかったものの、仕掛けていればその後は…思わず想像してしまい、仕掛けたロザリー達に同情した。

 

「私は別に気にしない」

 

「あんたは気にしなくても、周りが気にするの――目立つと、余計眼をつけられるわよ」

 

アンジュがそう告げるも、制する。変に目立てば、別のところで要らぬやっかみや嫉妬を買う。降りかかる火の粉は払うが、好き好んでトラブルを抱え込む必要もない。

 

「とにかくやることが幼稚ね。こんなことしかできないぐらいだから、相当頭が貧相か、ガキなんでしょうね」

 

「な、なんだとぉ!」

 

セラの毒舌に思わずロザリーが激昂してしまい、声を荒げる。

 

「ロ、ロザリー…」

 

「あ……」

 

クリスがオドオドと声を掛け、間の抜けた表情を浮かべる横でヒルダが呆れたように嘆息する。自爆したことに全員の呆れた視線が集中するなか、アンジュは渡された制服を素早く着込み、ボロボロにされた制服を掴み、それをロザリーに投げつけた。

 

「うわっ、なに――」

 

次の瞬間、アンジュはナイフを抜いてロザリーに近寄り、一気に切り掛かる。刃の軌跡が止まると、ロザリーの肌には傷がなかったものの、彼女のライダースーツのバストの部分がキレイに切れ、ずり落ちる。

 

「きゃーー!」

 

「ロ、ロザリー」

 

露出する胸に悲鳴を上げ、慌てて押さえるロザリーをクリスが支える。

 

「―――ガキ」

 

それを侮蔑するように一瞥し、ナイフをしまう。セラに小さく笑うと、そのままロッカールームを後にした。

 

「す、すげぇ……」

 

あまりに一瞬の出来事にヴィヴィアンが感嘆の声を上げる。鮮やかとも形容できる一部始終に誰もが苦笑いだ。

 

セラは小さく肩を竦め、悔しげにドアを睨んでいるロザリーとクリスを一瞥し、ロッカールームを後にした。




今回からセラはアーキバスに乗り換えです。

結構、この機体大好きなんですよね――劇中では後半のヒルダやタスク以外はそれ程目立った活躍なかったけど。

アンジュ少しデレさせすぎたかな…と反省しましたが、後悔はしてません! 早くデレたアンジュ書きたかったから。

キャラ設定も公開しましたので、楽しんでいただければと思います。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

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