クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 紫銀の月   作:MIDNIGHT

10 / 66
泪のムコウ

戦いが終わり、帰還したアンジュは夕闇のなか、一人墓地を訪れていた。

 

心地よく吹く風が気持ちを慰める。墓地を見つめる彼女の瞳は、以前とは打って変わり、なにかを覚悟したように強く輝いている。

 

「さようなら、お父様、お母様、お兄様、シルヴィア、モモカ……」

 

尊敬する父、優しかった母、裏切った兄、最愛の妹、慕ってくれた友―――そして、『自分(アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ)』……過去の全てに別れを告げ、アンジュはナイフを抜き、自分の髪を首元でバッサリと切り落とす。

 

自分の好きだった髪――風にのって虚空へ舞っていく。それは、アンジュの決別だった。

 

「私にはもう何もない、何もいらない…過去も、名前も、なにもかも。生きるためなら、どんなに惨めでも、どんなに浅ましくても、這いつくばって血反吐を吐くわ。私は生きる。殺して、生きる―――」

 

決意をこめて空を見上げるアンジュの背後に人影が立つ。

 

「アンジュリーゼ様」

 

不意に呼ばれた名に振り返ると、そこにはココとミランダが佇んでいた。

 

「あなた達――」

 

「この子が、どうしてもあんたに会いたいって聞かなくて」

 

ミランダはどこか呆れた面持ちで頭を掻く。命令違反の処分としてココは一週間の謹慎、及び罰金が課されることになった。むしろ、問答無用で処分されなかったのは、まだ新兵であることとアンジュの件で情状酌量の余地があったからだろう。

 

とはいえ、アンジュ自身も何のお咎めもなかったわけではない。ゾーラを負傷させたことなど、他にもペナルティは課せられている。

 

「あの、私――憧れていたんです。外の世界に…昔、絵本で読んだような魔法が使える世界が、みんなが幸せになれる世界があるんだって」

 

物心ついた時には既に兵士として生きることを強要されるノーマ。明日も知れぬ命―――そんな世界で夢を見ること、戦いのない平和な世界があったなら、どんなに幸福だろう。

 

幼い少女はそれを夢見、今日まで来た。

 

「でも…そこは、私達が行っちゃいけない世界なんですね」

 

自虐するように沈痛な面持ちを浮かべる。ハッキリと突きつけられた現実――ノーマである以上、マナの世界は残酷なものでしかない。それが嫌でも刻まれてしまった。

 

「そのせいで、ミランダやみんなにも心配かけて、セラさんにも怪我をさせちゃって」

 

俯くココにアンジュも沈痛な面持ちになる。

 

「だから、決めたんです。私は、ここでみんなを守るために戦うって! みんなで生き残るんだって!」

 

顔を上げたココは、今まで見ていた幼いものではなく、何かを決意した凛々しいものに見えた。

 

「嫌かもしれませんけど、アンジュリーゼ様のことも仲間だと思ってます。だから――」

 

「アンジュ」

 

「え?」

 

ココの言葉を遮って顔を上げたアンジュはどこか穏やかな口調で告げた。

 

「アンジュよ。そう呼んでくれていいわ」

 

「は、はい! 改めて、よろしくお願いします! アンジュさん!」

 

笑顔を浮かべてはにかむココに、彼女の強さを感じ、羨ましいと思ってしまった。

 

「ココってば、ホントお人よしなんだから。私は、まだあんたのこと赦せないから。ココのこと、ゾーラ隊長のこと――」

 

親友と尊敬する相手を危険に晒したのだ。ミランダも簡単に赦せるほど、いや、だからこそ簡単には赦せなかった。

 

「だから、あんたの行動で示してよね」

 

それでも、歩み寄ることを放棄するには、彼女もまた優しすぎた。アンジュは苦い面持ちで頷いた。

 

「あ、あの――これ、もう一度貰ってくれますか?」

 

ココが両手で差し出したのは、プリンだった。

 

「これ――」

 

「ナオミから渡されたんです。アンジュ様、食べられなかったからもう一度渡してくれって」

 

屈託なく笑うココの笑顔が、昨夜セラに殴られた頬を微かに疼かせる。あの後、忘れていたが、セラはココのプリンをナオミに託け、それをナオミがうまく誤魔化して返していた。

 

差し出されるプリンを受け取り、蓋を開ける。どこか躊躇いながらも、スプーンで一口口に含む。

 

その様子を見守るココとミランダの前で、アンジュは難しげな顔を浮かべた。

 

「不味いわね」

 

「ええっ」

 

予想外の言葉に声を上げ、オロオロするココだったが、次に瞬間にはアンジュが小さく笑みを浮かべた。

 

「でも…悪くはないわね」

 

その言葉にホッとしたのか、肩を落とすココにミランダが苦笑を浮かべる。やがて、食べ終わったアンジュは、気になっていたことを問い掛けた。

 

「セラは――?」

 

傷だらけになったセラにアンジュは混乱して動けなかったところに、我に返ったサリアやナオミ達が駆けつけ、すぐさまアルゼナルへと帰還した。

 

格納庫には連絡を受けたマギーが待機しており、セラはすぐに医務室へと運ばれた。

 

その経過を尋ねると、ミランダはどこか困ったように頭を掻く。

 

「もう一人で歩いてたわ」

 

どこか呆れたような面持ちで告げるミランダに、アンジュも眼を白黒させる。

 

「だから、意識が戻ったらすぐに医務室から出ていっちゃったの。正直、もうダメかと思ったわよ」

 

収容されたセラの状態を見たとき、誰もがもう手遅れと思った。ナオミはセラの姿に失神しかけたほどだ。

 

だが、手当てを終えると意識が戻ったのか、そのまま起き上がって医務室を後にした。

 

その回復力には部隊の誰もが眼を白黒させていたので、アンジュの反応も至極当然だった。その答えにアンジュはホッと安堵を憶えてしまい、肩の力が抜ける。

 

「強いですよね、セラさん――」

 

不意にココがポツリと呟く。耳を傾けるアンジュに独白のように話す。

 

「あの後、謝りに行った時に言われたんです。間違わない生き方なんかない、正しい生き方もないって……」

 

意識を取り戻したセラにココは怪我をさせたことを謝りにいった。正直、どんなことを言われるか不安もあった。場合によっては、どんな目にあうかもわからない。だがそれでも、謝りたかった。

 

そんなココにセラが告げた。

 

生きるということは、自分で選ぶことだと――その選択が、正しいか間違っているかの判断など誰にもできない、と。

 

「間違っていると気づいたなら、自分でもう一度正しいと思うことを選べって――犯した過ちは、繰り返すなって………」

 

その言葉の重さを痛感する。

 

「ホント、達観しすぎじゃないかしら」

 

ミランダが大仰に悪態をつく。いったい、どういう経験を経て、そんな考えを持つに至ったのか、想像もできない。

 

アンジュは、手を握り締め、セラの言葉を刻む。

 

 

 

 

 

夜のアルゼナルの食堂――食事に訪れる誰もが驚きと怪訝そうな表情を浮かべて囁き合う。彼女らの視線の先には、全身を包帯で包み、右腕を吊ったどう見ても重傷人にしか見えない人物が座っていた。

 

渦中の視線に晒されている人物――セラはまたもや深々とため息をこぼした。

 

だが、それも仕方ないだろう。制服の下の肌はほぼ包帯ずくめ、右腕は吊っているので使えない。唯一といっていいほど肌が見える顔も、頭には包帯、頬には絆創膏、という痛々しい姿なのだから。

 

辟易しても、注目されるのは仕方がないのだが、それより厄介なのは隣に座るナオミのことだった。

 

「はい、セラ…あーん」

 

スプーンに掬ったものを笑顔で差し出すナオミに疲れた声で応える。

 

「一人で食べれる」

 

「ダメだよ! 右手は使えないんだし、そもそも歩けるような状態じゃないんだよ!」

 

途端に険しい顔で睨むナオミに、セラは気圧され、口を噤む。診断したマギー曰く、「全身裂傷と打撲、出血多量、おまけに肋骨にもヒビ――正直、生きているのが不思議よ~」と、あまり嬉しくない褒め言葉をもらった。

 

そこまでの怪我なら、大人しく医務室で寝ていればいいのだろうが、マギーがなにか解剖でもしたいぐらいに興味津々にカルテを見ていたので、恐怖を憶えて即座に脱出した。未だ昏睡状態のゾーラには悪いが、当面はマギーの相手をしてもらおう。

 

そこでナオミにバッタリと会い、泣きながら抱きつかれてしまった。

 

さすがに今回は心配をかけただけに、あまり強く拒否できないため、セラはニコニコと差し出されるスプーンを口に含み、食べながら疲れるという事態に陥っていた。

 

(でも、何だったの、あの光景―――)

 

口を動かしながら、セラは先の戦闘で見えた映像を思い起こす。ヴィルキスの姿を見た瞬間に見えた光景――紅蓮の炎が舞う世界とそこに見えた黒い影。

 

まるで世界の終わりとでもいうような映像に、セラは見覚えがなかった。何故、あんなものが見えたのか――それが分からず、戸惑うばかりだった。

 

「セラ?」

 

黙り込むセラに怪訝そうに声を掛けるナオミに気づき、思考が止まる。

 

「ごめん」

 

「ボウっとしてたけど、頭大丈夫?」

 

「―――その言い方だと、私がかわいそうな人みたいに聞こえるから勘弁して」

 

悪気はないのだろうが、怪我ではなく別の意味で頭が痛くなる。早く食事を終えて部屋に戻ろうと決めると、席の前に誰かが座った。

 

「あ、アンジュ……」

 

ナオミも気づいたのか、顔を上げるとアンジュがどこか戸惑いながらトレーを手に着いていた。

 

「もう、大丈夫なの……?」

 

窺いながら訊ねるアンジュに、セラは肩を竦める。

 

「動ける程度にはね―――もっとも、当面は出撃も訓練もダメだけど」

 

今回の負傷で、サリアもさすがに当面の訓練の参加や出撃は止めさせた。訓練ぐらいなら支障はないし、言外にあまり大げさにするなと言っているのだが、周りから見れば、不安なのだ。

 

「それに、セラの機体――」

 

ナオミがどこか引き攣った顔で呟く。

 

セラが搭乗していたグレイブは、ほぼ全壊といっていい。胸部装甲はほぼ喪失、各関節部やフレームにも深刻なダメージが及んでいた。それに留まらず、最後にあれだけの高機動を酷使したのだから、もはや修理不可能とさすがのメイもお手上げだったらしい。

 

唯一の救いは増設していたバックパックはまだ流用できるとのことだったので、新しく配備される機体に取り付け直すとのことだ。

 

「ま、そんな訳で今回は頼むわね」

 

アンジュに向けてそう呟く。

 

大破したグレイブに代わり、新しい機体が回されるとのことだが、その購入はアンジュの受け持ちというペナルティになった。別にセラは自分のミスで全壊させたのだから、自分で負担してもいいのだが、ジルやサリアからそうでもしないと示しがつかないということで、決まった。

 

「別に、それぐらい」

 

ぶっきらぼうに返すアンジュに苦笑しつつ、ナオミがアンジュの変化に気づいた。

 

「そう言えば、アンジュ髪切った?」

 

「ええ」

 

「そうなんだ、ショートカットも似合うね」

 

会話をしながら、セラはアンジュの様子を見やり、やがて小さく笑みを浮かべる。

 

「そう――それが、覚悟の証ってこと」

 

「――ええ。決めたわ…私は、ここで、この地獄で生きるって。殺して、生きるわ」

 

今まで見ていた現実から眼を背けるものではなく、覚悟を秘める表情にセラは肩を竦める。

 

「なら…よろしく、アンジュ」

 

それは、彼女を認めたということ――共に戦い、生きる『仲間』として……それが嬉しくなり、アンジュは照れ臭そうに顔を逸らす。

 

「――ありがと」

 

素直に言えないのか、そう告げるアンジュにセラは眼を白黒させる。

 

「な、なによ」

 

「――いや、あまりに予想外だったからつい」

 

あまりにこれまでのアンジュの態度とのギャップが強すぎて、思わず本音が漏れてしまう。というよりも、感謝することが予想できなかった。てっきり、悪態を衝かれるとばかり思っていただけに、アンジュも苦い顔を浮かべる。

 

「わ、悪かったわねっ」

 

そんなやり取りを見ていたナオミは「微笑ましいなあ」と笑顔を浮かべている。

 

「あ、そうだ。ねえアンジュ、セラ今右手が使えないから食事ができないんだ。よかったら、食べさせてあげて」

 

「ちょ、ナオミ!」

 

唐突なナオミの言葉にセラは焦るが、気にせずスプーンをアンジュに手渡す。

 

「い、いいわよ、それぐらい。私のせいでもあるんだし」

 

渡されたアンジュは、スプーンでトレーから掬うと、それをセラに差し出す。固まるセラにアンジュは顔を少し赤くしながら話す。

 

「は、早くしなさい! 恥ずかしいでしょ!」

 

―――なんだ、この拷問……先程からこちらを見る生暖かい視線を無数に感じ、羞恥と居心地の悪さをこれでもかと憶え、こんな状況なら、ガレオン級に囲まれていたほうがマシだと思うぐらいの心境だった。

 

とはいえ、いつまでもこうしていても終わるわけではなく、セラは諦めた面持ちでアンジュの差し出したスプーンを口に含む。

 

ひったくるように食べたが、いつもの味気のない料理がさらに味など感じなかった。

 

「はい、セラ…あーん♪」

 

今度はナオミが差し出し、セラは神経が擦り減るのを感じながら、早く食事を終えたいと真剣で思った。

 

そんな異様な空間が発生している状況を食事に来たサリア達がどこか呆れた面持ちで見ていた。

 

「なにやってるの、あの子達――」

 

「あらあら~若いっていいわね~~」

 

どこか年寄り臭い物言いで微笑ましく――言い方を変えれば、楽しそうに見ているエルシャはどこか怖かった。

 

「楽しそ~あたしも混ざる~~」

 

空気を読めていないのか、ヴィヴィアンが駆け寄りそうになったが、その襟をエルシャが掴んだ。

 

「およっ?」

 

「ダメよ、ヴィヴィちゃん。邪魔しちゃ――ここは、見守ってあげなきゃ」

 

首を傾げるヴィヴィアンに告げるエルシャに、サリアはなにか黒いものを憶える。とはいえ、あんな空間に飛び込むような勇気はないので、サリアもその意見には賛成だった。

 

夜は騒がしくも、少女達を包むように過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう? アレが僅かにだが反応したか?」

 

妖しげな金色の長髪を靡かせる紳士めいた出で立ちの青年とも取れる男が、どこか驚きと興奮を交えて声を発した。だが、その声に応えるものは誰もいない。

 

男は空中に浮かぶ巨大な黒いパラメイルのような機体の上で佇んでいたのだ。

 

「フフフ、1000年――待ったかいがあったというもの」

 

だが、次の瞬間にはどこか屈折したような笑みを零す。

 

「とはいえ、まだ片鱗を見せただけ――すぐに消えるようでは、拍子抜けしかねない。過度な期待は禁物だ」

 

自分に酔うように理路整然と独り言を述べる男は、ゆっくりと顔を上げる。

 

「果たして、『永劫』は目醒めるかな? 君とワタシの夢だったのだからね―――なあ、アウラ………」

 

見上げる先――巨大な空間に収められたカプセルには、白亜の巨体が閉じ込められている。男の声が聞こえているのか、それとも聞こえていないのか――巨大な影は何の反応も示さないまま、静寂だけが空間に満ちるのだった。

 




今回は、アンジュとココ・ミランダの会話を入れてみました。原作ではすぐに死んだため、どうにもキャラがつかめないところがあるので、今後はほとんどオリジナル化していきます。

セラを絡ませてもよかったのですが、この二人に話させた方がアンジュにはいいかなと思い、書いてみました。

後半のやり取りをプロットしているとき、アンジュってツンデレなんだよなーと思いました。一度ガードが外れると後はすごいデレデレなんですよね。

ここで原作3話まで終了。ストックが無くなったので、次回以降は少し更新が開くかもしれませんが、ご意見・ご感想よろしくお願いします。

次に書くのはどれがいいですか?

  • クロスアンジュだよ
  • BLOOD-Cによろしく
  • 今更ながらのプリキュアの続き

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。