雪風が我が家に来た日の翌日。
俺はある問題に直面していた。
「しれぇ、お背中流します!」
これだ。
俺の家、というかマンションの一室なわけだが、それはいい。
とにかく部屋には布団は一式しかなく、夜も遅かったので仕方なく雪風と一緒の布団で寝た。
それから起きて六時前くらい。
眠気目を擦って隣を見てみれば、雪風が丸まってすぅすぅと静かな寝息を立てている。
穏やかな寝顔だ。安心しきっている表情だ。
安心されても困るんだが。俺とて二十代の男性。しかも未使用品。すっげぇシたくなる。
そして目の前には無防備な美少女。そらもう、俺、爆発しそう。
急いで便所に急行。三十分ほどで出る。
さて朝食の準備でも、と考えたところで。昨晩は雪風に圧倒されて風呂に入っていないことを思い出した。
たまには朝風呂もいいかな。
そう思い、風呂場へ向かうと、雪風も起き出したらしい。
眠そうに微睡んだ目をこすっている。まだ覚醒しきっていないだろうが、一言風呂に入ることを告げて風呂場へ向かう。
そして、服を脱いでいると雪風が脱衣所へやってきて、言ったのだ。
「しれぇ、ご一緒します!」
そう言って自らの服に手を掛ける。待てや。
すかさず慌てて止めた。
いや、この時ばかりは止めれた自分を褒めたね。そうじゃない。
ぶーたれた不満顔の雪風であったが、丁重にお断りを申して居間で待つようにしてもらった。
ようやく風呂に入ることができた、五分後。
「しれぇ、お背中流します!」
突入してきやがった。
「…………」
しかもマッパで。
「おぉーいッ! 前隠せ前!」
「ふぇ?」
予備として置いてある二枚目のタオルを雪風に巻き付ける。この早業、自分でも驚愕したね。
いくら見た目が子供とはいえ、年齢はそう幼くはないだろうに。就役から解体まで約三十年だから、三十歳?
……ないな。
いやまあ、年齢はいい。
問題は俺と雪風は出会ったばかりであり、裸の付き合いをするには些か、というか余りにも早すぎるわけであり。
こう色々とネタにされがちな雪風といえど、こうして見てみれば美少女。体のメリハリはないが胸の膨らみも、ぷにぷにしてて真っ白い肌も、あと、あれ、無毛な恥丘も丸見えでですね。
これ以上は俺の思考がぶっ飛んでて明記できないために割愛するが。ここまで言えば諸兄らも分かると思う。
いやまあ、そんなことはどうでもいい。よくないけど置いておく。
何はともあれ、ほぼ初対面の美少女と一緒にお風呂なんてまず無理。
しかし雪風は動じようとしない。
苦肉の策として、タオル巻かせて一緒に入ることとなった。
「…………」
「あったかいですね、しれぇ!」
「……そうですね」
無心にする作業で忙しいので話しかけないでくれません?
無論そんなこと言おうものなら、雪風はそれはもう傷付いて家出てって路頭に迷うことは予想済みなので、言うに言えない。
というか、雪風が出ていって艦これ知ってる奴に見られてみろ。攫われてアレやらコレやらにされるぞ。
諸兄らならばどうする。
街中を歩いていたときに雪風を発見してみろ。
はぅぅぅおっもちかえりぃぃってなる。ナタは持ってないけど。
そんな無心に努めながら諸兄らに話しかけるという離れ技をしていると。
「しれぇ、お背中流します!」
いつの間にか湯船から出ていた雪風が泡立てながらそう言ってきた。
断れるはずがなかった。
雪風に充分暖まってから出てこいと先に上がって、朝食を作る。
どうにも雪風は俺の世話をしようとする。
恐らく昨晩のあれが原因なんだろうな。いらんこと言ったわ。
世話してくれるってのは有り難いが、艦娘という生態故か、精神年齢故か、恥というものがない。
あれで下手に知識なんぞ持ってたら下世話までやってきそうで怖い。さすがにそこまでやらせる度胸もないし。
「上がりました、しれぇ」
ほくほく顔で風呂場から出てきた。
ちょうど朝食も作り終え、二人で食べる。
「いただきます」
「いただきます、しれぇ」
一々しれぇって言ってくるね。
今朝の献立も適当だ。ベーコンエッグにワカメさんの味噌汁。
そこいらの主婦程度には調理出来るんだが、男のサガ故か適当になりがちだ。まあいいんだけどさ。
そんな適当な料理を、それでも美味しそうに頬張る雪風を見ると、やはりというか心が温まる。
朝食を食べ終えた頃には七時半。
会社に向かうのはいつも八時半頃なので、あと一時間の猶予がある。
さて何をするか? 論ずるまでもない。
艦これだ。
「昨晩の遠征組帰ってきたな」
雪風に見られながらパソコンに見入る。
現在イベントもないので、取り敢えずのオリョクルと、適当な海域でレベリング……と言うほど高尚なものでもないが。
「ほぉー……」
別段珍しいものでもないだろうに、雪風が感嘆としたような声をあげる。
そうか、艦娘じゃこういう画面は見ないよな。
「普段しれぇはコレで雪風たちに指示を送ってたんですねぇ」
「雪風らにはどんな感じになってんだ?」
「基本は通信室に指令がきて、秘書艦さんが府内に指示を送る感じです」
「へぇ」
つまり、基本的に誰も俺のことは見ないんだな。
そらそうか。これで向こうに俺がいる、とか言ったらそれこそビビる。
そうこうしている内に八時半前になる。
スーツに着替えて、カバンを準備。忘れ物チェックをして定期を手に取る。
いざゆかん、という時に気付いた。
雪風どうする?
帰ってくるのは早くても八時頃、残業があれば十時近くにもなる。
その間雪風は? 十時間以上もほったらかし?
お昼はどうする。十時間じゃ暇だろう。燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトはなくて問題無いのか。
「しれぇ」
様々な疑問、問題点が頭の中でぐるぐる回してると雪風が声を掛けてきた。
そして笑顔で一言。
「雪風のことは気にせず行ってらっしゃいませ!」
今日のところは致し方無い、明日考えよう。
雪風に甘えてそう考えてしまい、俺は仕事に出た。
残業も早急に終わらせて午後九時。
疲れた体に鞭打って急いで家に帰った俺を出迎えたのはーー
「しれぇ、お帰りなさい!」
光溢れる笑顔を惜しげも無く向けてくれる、所謂天使というものだった。
おいおいなってこった。この目の前で笑顔を振り撒く天使はなんだ。神が俺のために遣わしてくれたのか? ありがとうございます勝利の女神様。
お陰で疲れも吹き飛んだ。いやもうほんと、今から仕事出掛けられる。やっぱ無理だ、この天使見てるととても仕事なんて身に入らない。もう、これ、死んでもいいんじゃね? 今死ねば幸福過ぎて精一杯の笑顔で逝けるはず。
いやいやいや死ぬのは嫌だな。この笑顔ずっと見てたい。すごいよ、殴りたくない、守りたい笑顔だよ。
「あぁ、ただいま雪風。退屈じゃなかったか?」
ここまでゼロコンマ一秒の思考でした。
「お昼はどうだった? 寂しくなかったか? お昼寝の時間は?」
そして無意識の内に質問攻めしてします。致し方ない、仕事中も心配すぎて色々考えてたんだよ。
そんな俺の心配を吹き飛ばすように、雪風はやはり笑顔で答えてくてる。
「はい、大丈夫です! お昼も簡単なもので済ませましたし、お昼寝も一時間くらい取りました!」
あ、お昼寝あるんだ。
なんだか拍子抜けな答えが返ってきて、思わず口元が緩んだ。