手紙
セレーンはいつものように孤児院の裏手にある山へ入った。両手で残飯の入った大鍋を抱え、よろよろと進む。目的地はセレーンだけの秘密の場所。大きな樹の虚をふくろう便の郵便ポスト代わりにしている。手紙を毎朝取りに来ること、そしてそこへ集まってくる野良犬や野良猫などの動物たちに残飯をあげることがセレーンの習慣だった。孤児院の近くの食堂のおばさんと親しく、いつもセレーンに動物用として残飯を譲ってくれるのだ。待ち構えていた動物がセレーンの周囲にじゃれつく。
「ちょっと待ってね。いっぱいあるから…あれ?新入りさんがいる」
見慣れない犬が残飯を必死に食べていた。黒く大きな犬で、ずいぶんくたびれているようだった。いつも来る茶色の犬が、その黒い犬の身体に頬ずりしセレーンのほうを向きてひと吠えした。
「ミスター・ブラウンのお友だち?」
茶色の犬をミスター・ブラウンと名付けているセレーンは優しく彼を撫でた。ミスター・ブラウンは嬉しそうに尻尾を振る。セレーンのネーミングセンスの無さはさて置くとして、セレーンはさっそく黒い犬の名前を考え始めた。
「うーん…困ったなぁ。やっぱりブラックかなぁ」
すると、必死でご飯を食べていた黒い犬がぴくりと反応した。セレーンはそれに気を良くしてぱちんと手を叩いて言った。
「よし!ミスター・ブラックね!」
ミスター・ブラックはひと吠えして激しく尻尾を振り始めた。セレーンは満足しながらポストの中を覗く。ハーマイオニーはもちろんのこと、サムから手紙が来ていてはしゃいでしまった。そしてハグリッドからの手紙も見つけてにっこり微笑んだ。手紙のおかげで今日は楽しい1日になりそうだ。
それは魔法力の爆発だった。セレーンの居た部屋のガラスでできているものはすべて粉々に割れ、セレーンの杖を折ろうとしていた同じ孤児院育ちのシェリーが部屋の端に吹き飛ばされた。シェリーは頭を壁に強く打ってしまい、気絶している。セレーンは我に返った。真っ白になっていた思考が再び動き出す。
「何があったのです‼︎」
そこへ世話係のメアリーが入ってきた。よりによって意地の悪いメアリー先生である。飛び散ったガラス片、倒れているシェリー、部屋の中央で杖を拾おうとしているセレーン。メアリーは一瞬にして判断した。
「セレーン!!荷物をまとめて出て行きなさい!!今すぐに!!!」
顔を真っ赤にして喚き散らすメアリーは容赦なくセレーンを追い立てる。メアリーはセレーンの持ち物を次々にトランクに放り込み、あっという間に荷物をまとめてしまった。セレーンはただ杖を手にしっかり握りしめて立ち尽くすより他なかった。そして文字通りセレーンは孤児院から叩き出されてしまった。途方に暮れるセレーン。もうすっかり夜である。どこにも行くあてがない。今日はハーマイオニーたちからの手紙のおかげで楽しく穏やかに過ごせるはずだった。そう、夕食後にシェリーが勝手にセレーンの杖を持ち出して壊そうとしなければ何も起こるはずがなかったのだ。しかしセレーンにはシェリーを責めるつもりはない。魔法力をコントロールできなかったわたしが悪いんだ。落ち込みながらふと胸元のペンダント、サムがプレゼントしてくれたお守りに触れた。そうだ!サムのところへ行って相談しよう!しかし場所がわからない。そのうえ未成年の魔法使いは、通常は学校外での魔法の使用を禁じられている。だが、緊急時には特別に魔法を使っていいとする法律があることをセレーンは知っていた。さっそく杖を振り上げる。すると耳をつんざくようなバーンという音がした。セレーンは突然目の眩むような光に照らされる。あわてて目を庇いながら後ろへ飛びのいた。セレーンが避けた途端、さっきまで正に立っていた場所に3階建の派手な紫のバスが現れた。フロントガラスの上に、金の文字で「ナイトバス」とある。バスの中から紫の制服を着た車掌が飛び降り、こう叫びかけてきた。
「ナイトバスがお迎えに来ました。迷子の魔法使いたちの緊急お助けバスです。わたしはスタン・シャンパイク、車掌として」
「セレーン!?」
車掌の背後から何とハリーが出てきた。
「ハリー!どうしてここに?」
「僕、家を追い出されたんだ。ちょっとやらかしちゃって…。君は?」
「わたしも今追い出されたとこ。あなたと同じくちょっとやらかしちゃった」
「アリー?おめえさん、ネビルのことをアリーって呼んだか?」
2人にスタンが割って入ってきた。セレーンはスタンの発言で一瞬にして状況を把握する。
「アリーなんて言ってないわ。聞き間違えじゃない?車掌さん、わたしもネビルと同じとこに連れてって」
「了解。11シックルかかる。13出しゃあ熱いココアがつく」
セレーンはほっとしながら、不思議なバスに乗り込んだ。