ハリー・ポッターと滅びゆく一族の末裔   作:水湖 玲

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女王の失墜

エレンはナタリアの前に跪いていた。

 

「よくやったわね、エレン。使える子は好きよ」

「ありがとうございます」

 

ナタリアはこの上なく上機嫌だ。何といってもセレナ・ウォーターフォードの人気は地に堕ちたのだ。さらにエレンを怪我させたとして停学処分となり、1週間自宅謹慎となった。今回の策は被害者がスリザリン生ではない者かつセレナの近くにいる者でなければならなかった。セレナが疑わない相手、そしてホグワーツの皆が同情するような子。完璧な駒としてグリフィンドール生のエレンが選ばれた。セレナさえ消えれば目障りな者はいない。目の前のエレンなど本人は容姿に自信があるようだが、私の敵ではない。その証拠に私の取り巻きの男子らはエレンには目もくれない。しかし、セレナには…。やめよう。もうあの女は帰ってこない。この私が完璧にとどめを刺してやるのだから。

今回の策はエレンにとっても悪い話ではなかった。はっきり言ってセレナが目障りだった。ヘンリーに気がないくせに、いつもヘンリーと一緒にいる彼女が。寮を問わず、男どもにちやほやされて女子たちに憧れられて調子に乗っている彼女が。何よりも今まで周りの視線を一身に浴びていたわたしがセレナなんかにその地位を奪われたのが許せない。思えば、これが一番の理由かもしれない。いくらグリフィンドール1の美少女と言われようとも、ホグワーツで最も美しいのはセレナだった。いくらグリフィンドール内でちやほやされようと、一歩寮から出ればそこはセレナが頂上に君臨する世界だった。でもこれでやっとわたしが君臨する。わたしの望む学生生活が始まる。ヘンリーだってわたしを見てくれるはず。もう何も怖くない。

 

 

セレナは部屋の片隅で教科書を読みふけっていた。すっかり暗記した内容だが、ほかに何もすることがないのだ。するとドアが開いて妹のシレーヌが入ってきた。

 

「母上が呼んでるよ」

「ありがとう。今行くわ」

 

セレナは本を机に伏せるとシレーヌとともに母の待つ広間へと歩く。シレーヌはそっとセレナの手を握った。幼いなりにシレーヌは姉の哀しみを察していたのだ。

 

「セレナ、泣かないで」

 

シレーヌの言葉にセレナはハッとした。セレナは全く泣いていなかった。しかし心の中では泣き叫びたい気持ちでいっぱいだった。私は何を間違えたのか。エレンはどうしてあんなことをしたのか。そんなことよりもホグワーツの友達はみんな、今ごろ私を嫌っているだろう。そんな場所へあと数日で帰らなければならない。特にヘンリーとパトリックには嫌われたくない。シレーヌはそんな自分の声を聞き取っていたのだ。

 

「大丈夫よ、シレーヌ。泣いてないわ。泣かないわ」

 

ぎこちない笑みを浮かべてシレーヌの心配そうな瞳を覗き込む。シレーヌは何も言わずにセレナの手をさらに強く握りしめた。静かにゆっくりとシレーヌの手からセレナの手へ、身体へ染み渡り心へ染み渡ってきた。それは癒しだ。セレナの一族の持つ癒しの力は通常、心には効かない。しかしシレーヌだけは心も癒すことができる能力を持っていた。セレナはシレーヌに微笑んだ。なんて優しい子なんだろう。

母の待つ広間の前で二人は立ち止まり、セレナは手を放した。ここからはセレナだけで入らなければならない。

 

「ここで待ってるね」

「ありがとう」

 

セレナはシレーヌに頷いてから、扉に向かって深呼吸して少しでも緊張を和らげようとする。母に緊張するのには理由があった。母は厳格で冷酷でそして残忍な人だった。そんな母だからこそすべての海を統一して一つの王国を築くことができたのだが。女王セイレーン。後の世まで残るほどの大業を成し得た偉大な人物として讃えられ、畏れられる存在であった。

 

「入れ」

 

中から冷たい声が響いた。セレナは緊張したまま中へ入る。入ってすぐ母に座るよう手で示された。セレナはすぐに腰掛けて母の言葉を待った。

 

「それで今回の件はなぜ起こった?」

「嵌められました。予想だにしなかった相手から」

「ほう。首謀者は誰だ?」

「エレン・」

「そやつではない。単なる駒の話をしているわけではない。お前は首謀者の検討もついておらんのか?」

 

セレナは戸惑った。エレンは単なる駒で首謀者が他にいる?

 

「わからんのか、馬鹿娘め。首謀者はナタリア・アレクサンドロブナだ」

 

セレナはさらに混乱する。なぜここでナタリアの名が出てくるの?なぜ母は確信を持っているの?

 

「お前の様子を見るに、エレンという者はよもやお前を陥れるとは想像しがたい相手のようだ。しかし何らかの恨みや妬みを募らせていたのだろう。今までお前を陥れなかったのはその勇気も、陥れるための知恵もなかったからだ。さて。ここにきてそやつがお前を陥れるために動いた理由はわかるな」

「協力者が現れた。知恵も決断力も自信も兼ね備えた者が」

「そうだ。そして協力者は利害が一致する者に絞られる」

「しかし、わかりません。スリザリン内では嫌われておりましたゆえ、誰であってもおかしくはないのです」

 

セイレーンは空から手紙を取り出した。

 

「ナタリア・アレクサンドロブナが首謀者とわかった理由はこれだ。お前を二度とホグワーツに戻さないために父親の権力を利用した」

 

セレナは手紙を受け取ろうとしたが、セイレーンは手のひらから炎を発して燃やしてしまった。

 

「あの国の王は愚かではない。娘が父の名を借りて偽装した脅しの手紙だ。普通の家系の者ならば、大国の王の怒りに触れたと畏れて自主退学を選んだろうな」

 

セイレーンは愉しげに笑いながら話す。セレナは話の行き先を案じていた。無理を言って入学したホグワーツを本当に自主退学させられるかもしれない。あんなに戻ることが怖かったのに、今は戻れなくなることのほうが怖い。

 

「これが国を奪うための策でなくてよかったな。…お前の気にしていることについて結論を出そう。ホグワーツへ通い続けろ。国を守るために必要な素質を身につけるのだ」

「ありがとうございます!」

 

セレナは大喜びした。またヘンリーやパトリックに会える。あの2人なら説明すればわかってくれるはず。

 

「戻る前にアドバイスする。寛大さと冷酷さを使いわけろ。私の言っている意味はわかるな。下がってよい」

 

膝を軽く曲げて挨拶をしたセレナは弾かれるようにその場から出た。ドアを出てすぐにシレーヌの姿が見えた。シレーヌは姉の嬉しそうな様子を見て、笑顔になる。

 

「セレナ、アイスワーズって人から手紙が来てたよ」

 

シレーヌはさらにセレナに嬉しい知らせを届けた。セレナはシレーヌの手を取り、自分の部屋へ戻っていった。




まだ続きます。引き続きよろしくお願いします。

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