「
ギルドの設立から一週間、〈西風の旅団〉には、ソウジロウのファンを主とした新メンバーが続々と増えている。ナズナたち創設メンバーは、加入希望者の入団手続きや、すでに加入した者に対するギルドの決まりの説明など、次々と湧いてくる仕事をこなしていた。
そんな中で空いたちょっとした時間。真新しいギルドホールで
「いや、なんで俺が引き受けることが前提になってるんですか。サブギルドマスターなんて面倒な仕事、引き受けたら専業主夫志望の名が泣いちゃいますよ」
心底嫌そうな声を出す八幡に、ナズナは内心少し困っていた。サブギルドマスターというのは、空席のままにしておくには重要すぎるポジションなのだ。
「でもソウジロウから頼まれてるんだろ?しかも毎日の様に」
ナズナの言葉を聞いた八幡だったが、何かを考えるように少し間を取り、返事を返してきた。
「……ほんと、セタの奴少ししつこすぎませんか?そもそも俺にサブマスなんて務まるわけないじゃないですか。学校でも、スクールカースト最下位どころかカースト外のぼっちですよ、俺は」
茶会のメンバーの中ではソウジロウと並んで最年少。面倒くさがりな性分と捻くれた言動、ついでに腐った目。変人揃いの茶会のメンツの中でも埋もれない程の個性の持ち主であったが、それでいて茶会に対する貢献度という点では、おそらく上位十傑には入っていただろう。
〈放蕩者の茶会〉という集団が他者の口で語られる場合、まずその口の端に上がるのが彼らの〈
〈大規模戦闘〉というのは、6人組×4パーティー=24人という構成で行われるその名の通りの大規模な戦闘のことである。〈エルダー・テイル〉の中でも最高峰の難易度を誇るレイドダンジョンに挑むそのコンテンツは、多くのプレイヤーにとっての憧れなのだ。
そしてかつて〈放蕩者の茶会〉に所属していたメンバーは最大時で28名。つまり〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉を始めとする大手ギルドが用意している様な予備人員が、彼らにはほぼ存在していなかったということだ。
一口に〈大規模戦闘〉、レイドダンジョンと言っても、そのギミックや出現する敵、難易度はそれぞれに異なる。当然、前衛職が有利な場面もあれば後衛職が有利な場面もあるわけであり、大手ギルドがメンバーの入れ替えで対処していたソレに、茶会は同一メンバー内での調整で対応しなければならなかった。
その『対応』を主に行っていたのが八幡であった。〈
が、これは言葉で言う程に簡単なことではない。
まず当然ながら武器が違う。〈エルダー・テイル〉のアイテムにはランクが存在し、下から順に
次に特技。〈暗殺者〉の特技には、〈アサシネイト〉の様に剣でも槍でも弓でも使える特技も存在する。しかし大多数の特技は、白兵戦用と射撃戦用とに分かれており、それぞれ別々に習熟ポイントを貯めなければいけない。また、特技にも階級が存在し、「会得(習得しただけ)→初伝→中伝→奥伝→秘伝」という順で強くなっていく。さらに、中伝以上の階級に上げるには、その度に専用の巻物が必要となり、当然ながら上の階級に上がれば上がるほど巻物の入手も困難となる。ちなみに〈大規模戦闘〉において使用するには、奥伝以上が望ましいとされている。
そしてもっとも困難なのが、白兵戦と射撃戦、そのどちらにも習熟すること、ようはプレイヤースキルの向上だ。前衛における立ち回りと後衛に立ち回りは全く違う。特に〈暗殺者〉というのは、突出した攻撃力によるヘイト管理が難しい。白兵戦と射撃戦とで異なる特技の威力や
そんな難事を
ナズナの考えるこの少年の問題点はそこだ。普段は自分が大好きだと公言するのに、実のところ自己評価が異常に低い。本質的には自分を信じておらず、自分のことを嫌っているのだ。そしてそれこそが、ナズナが八幡という存在を理解しきれない原因でもある。
「それはアンタがサブマスを"やれない"理由だよね?じゃあ"やりたくない"理由はなんなのさ?」
だからこそ、ナズナはこの少年を理解するための努力をする。言葉だけでは駄目なことも多いが、言葉を尽くすことで解決することも多いのだから。
「……単純に面倒だからですよ。それ以上の理由はありませんね」
強い感情がこもっているわけでもないその声色であったが、ナズナは最初に空いた一瞬の間を見逃さなかった。
「それも理由の一つなんだろうけど、それだけじゃないだろ?どうせ……」
おそらく八幡に口を割らせるには、それこそ事実を突きつけるしかないのだろう。彼が実際に思い浮かべているであろう、その理由を。
「俺みたいな奴がサブマスなんて相応しくない、いつかギルドの顔に泥を塗ることになる。そんなことを考えてるんだろ?」
「…………」
「さらにアタシや紗姫、詠に対する気兼ねもあるんだろうね。まあアタシらの方が年上だしね~、アンタなんだかんだで年上に対してはある程度礼儀を
八幡が自分の言葉に黙り込んだのを確認したナズナは、更に言葉を重ねる。
「ソウジロウがアンタにやって欲しいと願った。それだけでアンタがどんな性格だろうとどんな人間だろうと、もうアタシら三人には反対する理由はな~んにもないんだよね~。ついでに付け加えると……、八幡はアタシらがソウジロウのことをどう思っているかなんて、当然気付いてんだよね?」
「ま、まあその一応は……」
滅多に聞けない様な八幡の声色に、ナズナはニヤリと笑みを浮かべる。普段は異常なほどに大人びた言動を見せるこの少年にも、年相応な、純情な男の子面もあるのだ。あらためてそれを確認したナズナは、そのことがなんだか少し嬉しかった。ソウジロウは、八幡のこういった一面にも惹かれたのかもしれない。人懐っこいソウジロウではあるが、ああ見えて敵味方の判断や好悪の感情に容赦がないのだ。
「ちょっとした話をしようじゃないか。あるところに、一人の男の子と、その男の子を好きな女の子が三人おりました。三人は男の子を巡って争いを繰り広げながらも、男の子を中心に何だかんだで仲良くやっていました。そんなある日、突然男の子が言いました。『自分は会社を作ります。だから誰か副社長になってください』と。さて質問です。三人の内誰か一人が副社長になったとして、男の子を含めた四人は果たしてそのままの関係を維持できるでしょうか?」
「…………」
「何でアタシたちが八幡にサブマスを引き受けて欲しいか、その理由が分かったかい?」
再び黙り込んだ八幡に、ナズナは伝える。自分たちは今の関係を壊したくないのだと。そしてそのためには、自分たち三人以外にサブマスになってもらうしかないのだと。そして同時に、心の内では若干の自己嫌悪も覚えていた。それは目の前の少年に、自分たちの事情を押し付けていることに対する後ろめたさなのだろう。
しかし、これがきっかけになることにも期待していた。八幡が、自分の本当の実力を、自分の本当の価値を見つめ直す、そんなきっかけになることを。
「ああ~、もう!分かりましたよ。引き受けりゃいいんでしょ。どうせここで断っても、この後沙姫さんや詠さんにも同じようなことを言われるんだろうし、そんなことになったら俺の繊細な胃袋に穴が空いちゃいますからね」
捻デレ。八幡が話すのを聞いたナズナの脳裏に、唐突にそんな不思議な単語が浮かんだ。
「あっはっは、よっく分かってんじゃないの。それでこそアタシらのサブギルドマスターだよ」
ようやく八幡という存在を理解できるきっかけを掴んだナズナは、笑う。大きな声で、ギルドホールに響くような大音量で。
ソウジロウの隣にいられる、それだけで参加した〈西風の旅団〉だったが、このギルドは想像していた以上に楽しくなるだろう。大好きなソウジロウがいて、ライバルの沙姫と詠がいて、そしてこの八幡という捻デレな少年がいる。
「……あ~、やっぱり面倒くさいな~。俺のバッカ、なんで勢いで引き受けちゃったかね。いや、セタには伝えてないわけだし、まだなかったことに出来るんじゃね?……ちょっ、怖い怖いやめてくださいお願いします。じ、冗談ですよ冗談。……えっ?これからセタの所に連れて行く?いやいやいや、大丈夫ですって。俺も子供じゃないんだから一人で行けますから。N○K教育の番組でも言ってたじゃないですか。ひとりでできるもん!って。……ある意味俺は子供よりも信用ならない?フヒヒ、サーセン。……あ、冗談ですって。ちょっとしたお茶目じゃないですかお願い殴らないで!…………アッーーーーーー!!!!」
八幡に制裁を加えながらナズナは思う。誰もが羨む『最高の』ギルド。ソウジロウが目指すそれは、いつか実現できるだろうと。そしてその隣にはきっとこの八幡という、捻デレの〈暗殺者〉がいるのだろうと。
「あ、そういやさっきの例え話ですけど、流石にナズナさんたちが女の子ってのは年齢的に無理がある気が。…………あ、これ俺死んだわ」
……その時まで八幡が生きていればではあるが。
ギャグも含めて今まででは一番満足出来る仕上がりとなったお話。ただ、長くて前後編になりましたがw
次話にあたる第七話は、3月24日に大きく改稿したバージョンとなります。改稿前にご覧になられていた方は、よろしければご拝読ください。