ログ・ホライズン~マイハマの英雄(ぼっち)~   作:万年床

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どうにかギリギリ間に合った第三十一話。お気に入りも1500件を超え、皆様には感謝の言葉しかございません。今後もよろしくお願いいたします。

前回と前々回の話についていくつかご指摘をいただきまして、自分で見直してみてもちょっとご都合主義気味ではないかと思われる部分がいくつかありました。とりあえず軽く修正してフォローを入れてみましたが、どれほどの効果があるのかは大変微妙。普通にどこが変わったのか分からないレベルの修正なので、読み返していただく必要は特にないです。

さて今回は久しぶりのソウジロウ視点。多分17話以来ですね。ソウジロウ・クラスティ・アイザック・ミチタカの原作コミックス通りの豪華メンバーに、なぜかイサミが紛れ込んでいます。ガチガチの導入回なので、話自体はあまり進んでおりません。視点はソウジロウ→名も無き冒険者(仮)→マグス→ソウジロウ。文字数はおよそ8600文字です。


第三十一話 図らずも、ソウジロウは3人のギルドリーダーたちに遭遇する。

 預けていた刀の修理が終わった。〈海洋機構〉のギルドマスター(総支配人)であるミチタカより連絡を受けたソウジロウとイサミは、連れ立って〈海洋機構〉のギルドホールへとやって来ていた。

 ヤマトサーバートップの所属人数を誇るだけあり、そのギルドホールは巨大だ。しかもギルドホールはこの一棟だけではなく、周辺のビルのほとんどが〈海洋機構〉の持ちビルである。

 

「ご連絡ありがとうございます……って、クラスティさんとアイザックさんじゃないですか!?」

 

 しかし、ミチタカに招き入れられたその先にいたのは、〈D.D.D〉のギルドマスター・〈狂戦士〉クラスティと〈黒剣騎士団〉のギルドマスター・〈黒剣〉のアイザック。アキバ最強と目されている2人の〈守護戦士〉(ガーディアン)だった。

 〈D.D.D〉と〈黒剣騎士団〉と言えば、アインスの率いる〈ホネスティ〉と並んで、アキバの三強と呼ばれる戦闘系ギルドである。そこに〈西風の旅団〉と〈シルバーソード〉を加えて、アキバの五大戦闘系ギルドと言われることも多い。

 ちなみに〈黒剣騎士団〉の黒剣という言葉は、アイザックが持つ〈幻想級〉(ファンタズマル)武器、〈苦鳴を紡ぐもの〉(ソード・オブ・ペインブラック)に由来している。

 

「よう。ちょうどおめぇらんとこのサブマスの話をしてたところだよ。……っとわりぃ。元サブマスだったな」

 

 悪びれない風のアイザックの謝罪に、ソウジロウは笑顔を返す。

 ここにいるアイザックとクラスティも、〈西風の旅団〉を抜けたあとの八幡を自分のギルドに誘っていたはずだ。八幡が〈西風の旅団〉を抜けたことなど当然承知しており、今のはアイザックなりのジョークでしかない。

 

「アイザックさん!副長がウチのギルドから出て行ってるのなんて知って……ちょっと局長!邪魔しないでよ!!」

 

 ジョークでしかないのだが、運悪くというべきか、この場にはイサミもいた。アイザックと接することなどほとんどなかった上に、八幡のことには人一倍敏感なイサミである。

 一瞬でヒートアップしてアイザックに噛みついたイサミを止めるべく、ソウジロウは駆け寄った。

 

「イサミさん、落ち着いてください。今のは単なる冗談ですよ。……ちょっと悪趣味でしたけど」

 

「おいっ!!」

 

 レベルが同じ90である以上、イサミの力もソウジロウとはそんなには違わない。必死でイサミを押しとどめながらの言葉だったが、その言葉に、今度はアイザックがソウジロウに詰め寄った。

 

「ふふっ。やはり君たちを見ていると面白いですね。この場に八幡くんがいないのが残念です」

 

「面白いのは同意だが、出来ればうちの工房じゃないところでやってもらいたいんだがなぁ」

 

「のほほんと会話してないで、この2人をどうにかしてくださいよ~」

 

 他人事のように会話をするクラスティとミチタカに、ソウジロウは救いを求めるが、2人にしてみれば実際に他人事である。この場所が戦闘禁止区域に設定されていたのは、ソウジロウにとっては幸いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、結局なんでこんな豪華メンバーがそろってるんですか?」

 

 イサミとアイザックの興奮をどうにか治め、ソウジロウは聞きたかったことを口にした。

 ここにいるメンバーは、ソウジロウも含めて〈ヤマトサーバー〉でも有数の有名人ばかりである。このメンバーが一堂に会したのは、おそらく一年前のマイハマのとき以来だろう。

 

「先程アイザックが言ったように、八幡くんの話ですよ。彼が死からの復活を証明してくれたおかげで、我々も気兼ねなく外に出られるようになりましたからね」

 

「んでオレらはちょっくら装備の修理に来たわけよ。死んでも大丈夫とはいえ、万全にしておくに越したこたぁないからな」

 

 クラスティとアイザックの答えに、ソウジロウは複雑な気持ちになる。もしあそこで八幡が来なければ、死を証明していたのは自分であったはずなのだ。

 

「だからと言ってお前ら、2人同時に来るんじゃない。こっちにも予定ってものがあるんだぞ。そもそも脳筋集団の黒剣はともかく、〈D.D.D〉には修理できる奴なんていくらでもいるだろうに」

 

 預かっていた〈会津兼定〉をイサミに返しながら、ミチタカが2人に文句をつける。

 言われてみれば不思議である。1名をのぞいて戦闘狂しかいない〈黒剣騎士団〉は仕方がないにしても、〈D.D.D〉は後方支援用の部隊も充実しているはずだ。

 なのになぜギルドマスターであるクラスティが、わざわざよそのギルドに修理を頼みに来ているのだろうか。不思議に思ったソウジロウは、クラスティへと視線を向ける。

 

「私のギルドは人数が多くてね。手持ちに余裕のあるメンバーは他のギルドで、という話になったので、私が率先して実行しているというわけですよ」

 

 肩をすくめながらのクラスティの言葉に、一同はあ~っと納得顔を浮かべる。

 大方高山三佐(たかやまみさ)あたりの発案だろう、とソウジロウは考えた。見た目は麗しい女性だが、鋭い目つきや自分と他人の両方に厳しい性格など、高山三佐(たかやまみさ)はそこら辺の男よりもよほど男らしい人物なのだ。

 そんな三佐ならば、クラスティを外に出させるくらい平気でやりそうではある。

 

てめぇ(クラスティ)んとこの事情は理解したが……ミチタカさんよぉ。俺のギルドが脳筋ってのは聞き捨てならねぇなぁ」

 

「……合ってるじゃないの」

 

「ああん!?デコ女、なんか言いやがったか?」

 

「だからうちの工房の中でケンカすんなって言ってんだろ!」

 

 再びにらみ合いを始めたイサミとアイザックに対して、ミチタカが強引に止めに入る。割り込んだミチタカの巨体により、双方の視界から相手が遮断されたのが功を奏したのか、その場はなんとか治まった。

 普段は常識人なのに、八幡のことが絡むとたまに暴走気味になる。イサミのこういった様子はゲーム時代にも見られたが、〈大災害〉以降はそれがより顕著だ。

 

(やっぱり、この間八幡を取り逃がしたのは失敗でしたね~)

 

 なにせゲーム時代とは違って、ログアウトでの逃走の心配がない。とりあえず捕まえて簀巻(すま)きにでもしておけば、この世界では簡単には逃げられないのだ。

 そして〈西風の旅団〉のメンバーは、変態(くりのん)の存在のおかげで、人を拘束する技術に習熟しつつあった。放っておけばなにを仕出かすか分からない変態(くりのん)も、動けないようにしてしまえばどうということはない。

 次に八幡と会ったときは、確実に捕まえて簀巻きにしよう。イサミの抑え役確保のためにも、ソウジロウは心の中で決意を新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待てよセタ。てめえが今日ここに来たのは、本当にちょうど良かったぜ。話があったんだ」

 

 クラスティもすでに自分のギルドへと戻ったし、自分もイサミも刀は受け取った。自分もいつまでもギルドを留守にしているわけにはいかないと、ソウジロウはミチタカとアイザックへと別れを告げ、イサミと一緒に出口へ向かって歩き出す。

 しかし後ろから追いかけてきたアイザックに声を掛けられ、その場で立ち止まった。

 

「珍しいですね、アイザックさんが話があるだなんて。僕はてっきり決闘でも申し込まれるのかと……」

 

 お互いに戦闘狂のきらいがある2人は、ゲーム時代にもたまに決闘を行っていた。もっとも、大っぴらにやるにはどちらも有名プレイヤー過ぎたため、双方のギルドメンバーや他のプレイヤーにバレないように、ごくまれに、そして隠れてではあるが。

 ソウジロウの知る限りでそのことを知っているのは、ナズナと紗姫(さき)(うた)、そしてよく巻き込まれていた八幡くらいのものだ。〈黒剣騎士団〉のメンバーの何人かもおそらく知っているのだろうが、それはソウジロウには分からない。

 

「まあそいつも悪かねえが、もうちょっと状況が落ち着いてからだな。それで、肝心の用件だが……セタ。おめぇ、うちのギルドに入る気はねぇか?」

 

 アイザックの言葉に、ソウジロウは驚いた。横に立つイサミも同様のようで、こちらは驚きに固まってしまっている。

 このまま放置すれば、再びアイザックとイサミの戦争が起こるのは確実だ。機先を制すべく、ソウジロウは急いでアイザックに返事をすることにした。

 

「それは……僕が欲しいということでしょうか?」

 

「…………間違っちゃいねぇが、なんかその言い方だと気色わりいな」

 

 慌てて返事をしたはいいものの、言われてみれば若干ホ○っぽい気がしないでもない。

 

「あはは。えーとつまり〈黒剣騎士団〉に〈西風の旅団〉を吸収合併したい……ということでしょうか?」

 

 とりあえず笑顔で誤魔化しつつ、ソウジロウはもう一度質問を重ねる。

 その言葉に我に返ったのか、何か言おうと口を開いたイサミを、ソウジロウは手の動きだけで制した。これは、ソウジロウ自身が聞いて、ソウジロウ自身が答えなければならないことだからだ。

 

「悪い話じゃねえと思うぞ。少数ギルド同士で手を組むってのはよ。実力だったら〈D.D.D〉や〈ホネスティ〉にも負けねえ自信はあるが、それでも人数が多いに越したこたぁねえからな」

 

 アイザックからの答えは明快であった。〈黒剣騎士団〉と〈西風の旅団〉。どちらのギルドも入団条件が厳しく、所属しているメンバーは、知名度に対して意外に少ない。

 加えて〈西風の旅団〉は、女性メンバーばかりという点が大きく足を引っ張っており、五大戦闘系ギルドでも最小の人数である。〈黒剣騎士団〉にしても、レベル85以上という入団条件がある以上、今後の勢力の拡大は容易ではないだろう。

 

「勢力の拡大……本当に必要ですかねぇ?」

 

 しかしギルドの統合となれば一大事だ。ソウジロウは安易に返事をせずに、アイザックへ確認する。

 

「……セタ、お前今の状況で仲間以外の人間を信用できるか?俺らがこの世界で不安なく過ごすにはな、自分たちの手ではばを効かせなきゃならねえんだよっ!」

 

 現実になってしまったこの世界で、はたしてどこまで他人を信用できるのか。

 〈アキバの街〉の治安が悪くなっているのは知っている。つい先日の衛兵との一件でも、他者からの悪意にさらされたばかりだ。それに加えて最近のPKの増加。

 ギルドメンバーの安全を最優先にするならば、アイザックからの提案は飲むべき……だと思う。だとは思うのだが

 

「たしかにこんな状況ですから、色々な問題が起こるでしょう。それでも僕は……」

 

 〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)で教えられたこと。

 どんなところでも、どんなときでも楽しいことは見つけられる。そのことを他の人にも伝えたくて、ソウジロウは〈西風の旅団〉を作ったのだ。

 八幡(最高の相棒)と共に、最高のギルドを作るために。

 

「それでも僕は、〈エルダー・テイル〉がそんな世界だとは思いません。だからすみません。そのお誘いには答えられません」

 

 他人が聞けば批判されるかもしれない。

 ギルドの仲間よりも、自分の願望を優先したと。くだらないプライドのために、みんなを危険にさらしたと。

 

(だったら、僕が死んでもみなさんを守ります。……八幡がそうしたように)

 

 死からの復活は証明されたが、斬られたり殴られたりすれば当然痛みはあるし、恐怖が消えてなくなるわけではない。しかしそんなことは、仲間を助けるためならば些細なことだ。

 死んだらどうなるかすら分からない状況で、八幡はソウジロウを助けるために動いた。八幡の最高の相棒であろうとするならば、自分の仲間を全員守ってみせるくらいのことは、やれて当たり前でなければならない。

 

「……そうかよ。そんじゃこっから先は、オメェも俺たちの敵だってことだな」

 

 交渉の決裂を悟り、訣別の言葉を告げるアイザックだったが、ソウジロウには、彼にまだ言わなければならないことがあった。

 

「アイザックさん!確かにこの世界はゲームではなくなったかもしれません。僕の選択は、甘いと言われるかもしれません。それでも僕は……いや、僕たちはこの世界を楽しみます。1人1人が少しずつ気遣いし合って、1人1人がこの世界を楽しめるようになれば。この世界に争いの必要なんてなくなるはずですから!!」

 

 ソウジロウの言葉を聞き、アイザックは立ち止まる。そしてしばしの逡巡ののち、結局はなにも言わずにそのまま歩き去って行った。

 

「……局長」

 

 ソウジロウに言われて静かにしていたイサミが、おずおずと声を掛けてくる。その表情に、さきほどまでアイザックといがみ合っていたときの強さはなく、どこか不安げですらあった。

 

「……イサミさん、大丈夫ですよ。アイザックさんだって、僕たちと同じように〈エルダー・テイル〉が大好きですから」

 

 イサミを安心させるために、ソウジロウは言葉を紡いだ。

 

「アイザックさんが言っていたような世界なんて、それこそ本人ですら望んでいないはずです」

 

 アイザックが正しいのか、ソウジロウが正しいのか。今の時点ではそんなことは分からない。しかし分からないのであれば、自分が望んでいるような世界になる可能性も、ゼロというわけではないのだ。

 簡単にあきらめるようでは、元茶会の一員として胸を張ることが出来なくなってしまう。なにせ〈放蕩者の茶会〉というのは、リーダーのカナミや参謀役のシロエを始め、あきらめの悪さに定評のあるメンバーばかりだったのだから。

 

「……戻りましょうか。僕たちの仲間が待っている、ギルドホールへ」

 

「うん!」

 

 そして〈西風の旅団〉のメンバーたち。今の自分の仲間たちも、最高にあきらめの悪い人間ばかりだ。

 この仲間たちと一緒なら、どんな事態にも、どんな悪意にも立ち向かっていける。ソウジロウはそう考えながら、イサミと共にギルドホール(自分たちの家)を目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈エルダー・テイル〉のアップデートが行われたあの日。全てがおかしくなった〈大災害〉の日から、数日が経過した。当初の混乱も徐々に治まり始めており、それに合わせて、フィールドゾーンへと出る〈冒険者〉も少しずつ増え始めている。

 それは男の所属するギルドも例外ではなく、最初はこの事態に戸惑っていたメンバーも、死からの復活が分かったことを契機にフィールドゾーンでの狩りを行うようになっていた。

 最初はみんな怖がっていたものの、数日も続ければ慣れてくるものである。気心の知れた仲間と一緒だということも、非常に心強かった。

 

「よっしゃ!ぼちぼちアキバに戻るぞ!!」

 

 リーダーである〈妖術師〉(ソーサラー)が街への帰還を宣言したのは、太陽が沈み始めてしばらくしてからのことだった。

 〈アキバの街〉周辺のおいしい狩場は、すでに大手ギルドによって占拠されつつある。そのため男たちは、〈アキバの街〉から少し離れたフィールドゾーンまで足を運んでいた。

 電気を使った明かりが存在しないこの世界。月や星の明かりが差し込まない森は、日が落ちてしまえば真っ暗になってしまう。

 本来であればもう少し早く帰る予定だったのだが、今日はノルマの達成に時間がかかってしまった。自分たちと同じように狩りにやって来たギルドと、狩場がかち合ってしまったためだ。

 別に(いさか)いになることはなかったが、同じ狩場に複数のギルドがいれば、必然狩りの効率は下がってしまう。結果として、いつもの帰還時刻より1時間ほど遅れてしまったというわけだ。

 

「遅くなっちまったな。出来れば暗くなる前にアキバに帰り着きたかったんだが……」

 

 暗い森の怖さというのは、モンスターと戦うのとはまた別種の怖さがある。いくらこの世界に慣れてきたとはいえ、あまり好き好んで踏み込みたいとは思わない。

 暗闇に感じる、根源的な恐怖。それを誤魔化すために、男たちは大きな声でしゃべりながら歩いていた。

 そして、〈アキバの街〉までもう少しとなり、男たちの気が少し緩んだ瞬間。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 リーダーの体に、数十本の矢が突き立った。先程までは全快だったリーダーのHPが恐ろしいほどの勢いで減りはじめ、そのまま一気にゼロとなる。

 状況を理解できずに立ちすくむ男と仲間たち。しかしその一瞬の自失によって、彼らの運命は決してしまった。気付いたときには武装した〈冒険者〉たちに包囲され、完全に逃げ場を失っていたのだ。

 

「な、何なんだよお前たちは!!」

 

 思わず叫んだ仲間に、その〈冒険者〉たちが殺到する。そして一瞬で大神殿送りにしてしまうと、そのまま残った仲間たちへと襲い掛かってきた。

 目の前の連中がPK(プレイヤーキラー)だと気付いたときには、すでに手遅れだった。1人、また1人と斬り倒され、射倒され、殴り倒され。5分もしないうちに、生き残りは男1人だけとなってしまう。

 

 ゲーム時代の男たちは、決して腕の悪いプレイヤーではなかった。さすがに〈大規模戦闘〉(レイド)のクリア経験こそなかったが、高難易度のダンジョンはいくつかクリアしているし、〈秘宝級〉(アーティファクト)アイテムも複数所持している。

 

 だがそんなことは、何の意味も持たなかった。現実となったこの世界で、まさか他人を襲う人間がいるなど、自分たちには想像も付かない。

 これほどの悪意にさらされたことなど、ゲーム時代には一度もなかったし、そもそもPK行為自体がそうそう行われるものではなかった。悪質なPKはネット上でさらされることもあった上に、最悪アカウント停止措置すら取られることがあったからだ。

 結局のところ、自分たちは舐めていたのだろう。ゲームが現実となるというのがどういうことか、深く考えもせず油断していたのだ。

 

「くそっ!こんな奴らに……PKなんかに、何も出来ないまま殺されてたまるか!!」

 

 数の暴力の前に意味をはなさなかったとはいえ、少なくとも装備では負けていないのだ。

 敵の1人や2人くらいは巻き添えにしてやる。そう考えた男は、言葉と共に自分の愛剣を抜き放つと、目の前の敵へと飛び掛かる。

 そしてそのまま敵の1人を斬り倒そうとするが

 

「くっ……!?」

 

 その敵が浮かべた恐怖の表所に、思わず動きを止めてしまった。

 

「……貴様、躊躇(ためら)ったな」

 

「あ……が……」

 

 わずかな躊躇(ためら)いが、男から復讐の機会を奪った。己の胸から突き出ている刃を見た男は、ようやく自分たちと敵との、本当の違いを悟る。

 覚悟。自分たちには、それが圧倒的に足りていなかった。自分たちが生き残るためならばなんでもするという、必死さが足りなかったのだ。

 敵の顔を見て攻撃を止めるなど愚の骨頂。情けなど一切不要。ただ目の前の敵を斬り伏せる。そんな覚悟が足りなかった。

 

(今回は俺たちの負けだ。だけど……次に会ったときは絶対に……てめえら全員、皆殺しにしてやる……)

 

 次の瞬間。ふたたび降り注いだ矢弾の雨が、男の残りHPをすべて吹き飛ばす。

 その死の瞬間に男の顔に浮かんでいたのは、後悔の表情でも悲しみの表情でもない、あまりにも凄惨な笑顔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははは。いいぞ最高だ。やっぱりあいつらは最高の火付け役だよ……」

 

 男に何本もの矢が突き立った瞬間。その様子を遠くから眺める、マグスという名の〈冒険者〉がいた。

 メガネを掛けた黒髪の〈冒険者〉。もしその姿をイサミが見たら、驚きで声を上げていただろう。なにせ彼は、〈アキバの街〉でイサミとサラを襲った2人、パッシータとコーザと一緒にいた人物だったからだ。

 

「力をぶつけ合う〈冒険者〉。凶悪な魔物(モンスター)。鍛えぬいた装備品。己の魔法と特技。これで、キミの求めていた世界がやってくるよ……ソウジロウくん」

 

 〈大災害〉から数日。〈アキバの街〉を覆い始めた狂気が、ふたたび〈西風の旅団〉の元へと迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあソウジ。戻って来てからイサミの様子がおかしいんだけど、なんか理由知らん?」

 

 〈海洋機構〉のギルドホールから戻ってしばらくして。溜まっていた仕事を片付けるべく部屋にこもっていたソウジロウだが、そこへナズナが訪ねてきた。

 

「様子が変と言われても……どんな感じなんですか?」

 

 ナズナからの質問に、ソウジロウは首を捻る。

 帰り道のイサミの態度からは、特におかしな感じはしなかった。いつもとおなじように、他愛もない話をしながら帰ってきたはずだ。

 

「え~となんつうか……突然赤くなって不機嫌になったり、突然青くなって震えだしたりって感じ?」

 

「……あ~」

 

 イサミの様子を聞いたソウジロウは、思わず手をポンッと叩いた。

 帰り道ではなくその前、〈海洋機構〉のギルドホールで、ちょっとした(いさか)いがあったことを思い出したからだ

 

「ん?やっぱりなにか知ってんの?」

 

「いえ、ちょっと〈海洋機構〉のギルドホールで……いや、やっぱりなんでもありません。とりあえずしばらく放っておいてあげれば、イサミさんは大丈夫です。というかむしろ放っておいてあげてください」

 

 ソウジロウは、思いついた理由をナズナに伝えようとしたが、直前で考えを改めた。

 

「言いかけて途中でやめんなよ。気になるだろうが!」

 

 お預けを喰らった形のナズナが詰め寄ってくるが、こればかりはイサミの名誉のためにも教えるわけにはいかない。

 

 八幡のことで腹を立てて、〈ヤマトサーバー〉最強クラスの〈守護戦士〉(ガーディアン)にケンカを売ってしまったことに対して、アホなことをしてしまったと今更になって後悔しているのだろうなどということを。

 

 八幡式〈大規模戦闘〉(レイド)の極意その1。

 どんなときでも冷静に。後悔するぞ黒歴史。

 あとでイサミに伝えるのは、差し当たってはこの言葉だけで十分だろう。そう考えたソウジロウは、とりあえずはしばらく放っておこうと、ふたたび作業に戻るのだった。




というわけで〈西風の旅団〉PK編の敵役(かたきやく)・マグスさんが本格的に登場の第三十一話でした。本当ならラストの部分は、24話か間章のあたりに入れてないといけなかったんですが、完全に忘れていたのでこんな形に。ちなみに、ようやくこれでコミックス西風の旅団1巻の話を全消化しました。……あまりのペースの遅さに、自分でも愕然としております。第二章は五十話くらいには終わらせたいんですが……いけるのか?

今回4人の話し合いにイサミを混ぜてみた結果、なぜかアイザックにケンカを売り始めました。元々原作よりは多少強気にしてたんですが、これはどうなんだろう……。ただ、個人的には結構気に入っております。

さて次回以降について。次回第三十二話は、引き続き〈西風の旅団〉視点になる予定です。ただ、話の前後を迷っている部分があるので、もしかすると八幡視点やレイネシア視点になる可能性があります。投稿予定は、とりあえず今週中とさせていただきます。……今週は角川文庫・集英社文庫・新潮社文庫の夏のフェアを出すという、書店員としての激務があるので、死んでて更新が遅れたらマジですみません。

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