ログ・ホライズン~マイハマの英雄(ぼっち)~   作:万年床

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ギリギリセーフな第二十九話。ちょっと仕事以外で色々ありまして、こんな時間になってしまいました。申し訳ないです。

さて、この作品のUAがついに10万を超えました。お気に入り1000件と合わせて大きな目標だったので、達成できて喜んでおります。今後も本作品をよろしくお願いいたします。

今回の話は、案の定の中編です。前回に引き続きコメディよりですが、まあ前の話よりは多少はマシ……なようなそうでないような。第二章からは視点の切り替えを少し多くしようと思っていまして、今回の視点は八幡→エリッサ→材木座となっております。文字数はおよそ8000文字です。

なお第二十九話・三十話には女装ネタが入ります。苦手な方には申し訳ありませんが、今後の展開上に必要となる描写なのでご容赦いただけますと幸いです。


第二十九話 突然の呼び出しに、比企谷八幡は逡巡する。 中編

「あらためて近くで見るとでけぇな……」

 

 翌日の朝。コーウェン公爵の呼び出しに応じた八幡は、〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)を見上げていた。さすがは〈自由都市同盟イースタル〉の盟主の居城というべきか、堂々たる偉容である。

 見た目の迫力もあるが、人の出入りの多さも凄まじい。城の使用人。警護の兵士。出入りの商人。他国からの使者。城門前で立ち尽くす八幡の横を、幾人もの〈大地人〉が通り過ぎていく。

 現実世界でディスティニーランドの混雑を体験していたことが功を奏したのか、人混みに酔うことがなかったのは幸いであった。……というか休日のディスティニーランドは、人が多すぎて死にそうになる。

 

(ただ、めっちゃじろじろ見られてんだよな~)

 

 現実世界とは違うのは、〈冒険者〉という存在がここでは非常に目立つということだ。総武高校においては学校一目立たない生徒を自認している八幡だが、こちらの世界の八幡は〈冒険者〉である。城の前に立ち尽くす〈冒険者〉というのは、〈大地人〉側から見れば完全な異物でしかない。まあ、異物扱いなのはどちらの世界でも変わらないが。

 長々とここで立ち止まっていたら、時間の無駄どころかSAN値が下がってしまう。そう考えた八幡は、とりあえずはと門番へと話しかけようとしたのだが……。

 

(さてここで問題です。〈自由都市同盟イースタル〉の盟主の居城の門番というのは、一体どんな人物が選ばれるでしょうか?正解は……強面(こわもて)のおじさま方でした!!)

 

 門の前で武器を構えているのは、筋骨隆々な男たちであった。この〈灰姫城〉に不届き者が侵入しないように、その(いか)めしい顔をさらに鋭くし、城門を出入りする人々に目を光らせている。

 

(あ、これ無理だわ。この人たちに話しかけるくらいなら、城壁を飛び越えて不法侵入かました方がマシまである)

 

 実際に戦えば確実に自分が勝つだろうが、見た目の強さではこちらの圧敗だ。たまに向けられる不審の眼差しだけで、基本ビビリな八幡の心はいっぱいいっぱいである。

 とりあえずは、門番から見えない位置に移動しよう。そう考えた八幡が、城門へと背を向けて歩き出したその瞬間だった。

 

「お待ちしておりました。〈冒険者〉の八幡様でよろしいでしょうか?」

 

 凛と響いたその声に、八幡は思わず肩をびくりと震わせる。明らかに女性と思われるその声は、八幡の背後、城門の側から聞こえた。

 

「メイドさん……?」

 

 振り向いた八幡の視線の先にいた女性が着ていたのは、黒いワンピースに、白のフリル付エプロンが一体となった服。そして胸元にはリボンがあしらわれている。

 そこにいたのは、(まが)う方なきメイドさん。しかも、古式ゆかしいヴィクトリアンメイドであった。

 さすがは異世界というべきか、逆に異世界なのにというべきか。メイドなどという職業が実際に存在していることに、八幡は大いに動揺した。

 

(どうせだったら、この世界にMMM(もっともっとメイドさん)が実在してたらおもしろ……いや、あんな武装メイド集団が実在したら怖すぎるな……)

 

 驚きで固まった八幡は、まともに動かない頭の中で、あまりまともではないことを考える。というかこのネタ、おそらく材木座くらいにしか伝わらない。

 

「あの、八幡様……大丈夫ですか?」

 

 反応が返って来ないのを(いぶか)しく思ったのか、近寄ってきたメイドさんが声を掛けてくる。ただ、その距離があまりにも近すぎた。

 

「ひ、ひゃい。だ、大丈夫れす」

 

 顔を(のぞ)きこむような姿勢から発された、自分の身を案じる質問。ふわりと鼻をくすぐる香りに緊張した八幡は、慌てて返事をしようして、盛大に舌を噛んでしまった。

 何度も言うようだが、たとえ〈冒険者〉の体でも痛いものは痛いのである。あまりの激痛に、八幡は口を押さえてうずくまってしまう。

 

「ぷっ……、し、失礼いたしました」

 

 思わずといった風に笑い出したメイドさんに、八幡は恨みがましげな視線を向けた。その結果、とりあえず謝罪はいただいたものの、どう見ても顔がまだ笑っている。

 

「ご、ごほん。それでは八幡様。ご案内させていただきます」

 

 メイドさんはそう告げると、笑っているその顔を隠すように後ろを向いた。どうやら付いてこいということらしいが、一つ重要なことを聞いていない。

 

「あ、あの、一つだけ聞きたいことがあるんですけど……あなたの名前を聞いても?」

 

 八幡の質問に、メイドさんは足を止める。そして綺麗に半回転して振り返ると、八幡に向かって優雅に頭を下げた。

 

「これは大変な失礼を。……わたくしの名前は、エリッサと申します。以後お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 エリッサに連れられた八幡は、城門のほど近くにある、門番の詰所へとやって来ていた。てっきり中に誰かいるものかと思ったが、詰所の中をもぬけの(から)である。

 

(ここで誰かに案内を引き継ぐんだと思ったんだが……そうじゃないなら、俺は一体なんでここに連れてこられたんだ?)

 

 人ではないのであれば、なにか特別な物でも置いてあるのだろうか。そう考えた八幡は詰所の中を見回す。

 休憩用だと思われる木のテーブルに、それを囲むように置かれた4つのイス。食器棚に収納されているのも、見る限りではコップと数枚のお皿くらいだ。

 扉は三つだけ。まずは外への出入り口。そのすぐ近くにある扉は、どうやらトイレのようだ。奥の扉は、おそらく仮眠室といったところだろう。

 つまり率直に言うと、何の変哲もない普通の小屋である。

 

「どうぞ。こちらです」

 

 疑問に思った八幡は、エリッサへと視線を向ける。しかしそのエリッサはというと、八幡に一声掛けると、そのまま奥の扉の中へ入っていく。

 慌てて八幡もついていくが、予想通りに部屋の中には3つばかりのベッドが並んでいた。他にあるのは、タンスが1つだけ。わずかに開いた隙間から見えているのは、門番の制服のようだ。

 

「では八幡様。脱いでください」

 

「は、はい……ん?」

 

 後ろ手に扉を閉めながらのエリッサの言葉に、八幡の思考が停止する。

 はて、ヌイデクダサイとはどういう意味であろうか。もしかすると自分が知らないだけで、この世界の〈大地人〉の言葉では、何か別の意味があるのかもしれない。

 目の前にあるのは、いわゆる1つのベッドという奴である。そしてここにいるのは、男が1人に女が1人。

 

Pardon?(もう一度お願いしても?)

 

 思わずフランス語で返事してしまった自分を、一体誰が責められるというのだろうか。

 

Enlevez des vetements(服を脱いでください)

 

 そして同時に、平然とフランス語で返事をするこのエリッサという女性、一体何者なのだろうか。服をひん剥かれながら、八幡は思うのだった。

 

 

 

 

 

―10分後―

 

 

 

 

 

(うん。知ってた。きっとこうなるだろうな~って)

 

 門番の詰所、その仮眠室で行われたのは、単なるお着替えであった。

 八幡を呼び出したコーウェン公爵。エリッサが言うところによると、彼は八幡との一対一での会談を希望していたらしい。しかし、何かあったらどうするのかという、家臣団の猛反対の前にその願いは打ち砕かれた。

 何せ相手は、得体のしれない〈冒険者〉である。その得体のしれない〈冒険者〉たる八幡の目から見ても、家臣団の判断は妥当なものだと思えた。

 通常の領主ならば、そこで家臣団や護衛を交えての会談としよう、となるところだ。しかしマイハマ領主・セルジアッド=アインアルド=コーウェンは、一般的な領主とは一線を画していた。

 合法的な手段での一対一の会談が実現できないのなら、非合法的な手段で実現させようと考えたのである。つまりは八幡を、客人としてではなく、使用人として城へと入れようと考えたのだ。

 

(まあ、方法としては悪くないとは思う。今日見ただけでも、あれだけの人が出入りしているんだ。紛れ込むのは簡単だろう。だけどな……)

 

 ここまでは特におかしなところはない。しかし、問題となるのはどんな使用人に変装するかだ。

 料理人。庭師。清掃人。その他にも、色々な選択肢が存在している。その中で選ばれたのは……

 

(だけどな……なんで、なんで俺がメイドさんにならないといけないんだよ!!バカなの?死ぬの?というか恥ずかしくて俺が死にそうなんですけど!?)

 

 黒いワンピースに、白のフリル付エプロン。そして胸元にはリボンがあしらわれている。そう、(まが)う方なきメイドさん(本日二回目)であった。ちなみに(よど)んだ目元を隠すためのメガネに加え、顔にはメイクが施されていたりする。

 腐った目を除けば、元々の素材自体は悪くないのだ。よほど近づいて注視されでもしない限り、今の八幡は、どこからどう見てもメガネっ子メイドさん状態である。

 

(このあたりに知り合いがいなくてよかったわ……。雪ノ下に見られたら通報確実だし、ナズナさんやくりのんに見られたら大爆笑確実だぞコレ……)

 

 幸いというべきか、現在の〈マイハマの都〉にはほぼ〈冒険者〉が存在しない。この格好を知り合いに見られることは、まずないと言っていいだろう。まあ幸いは幸いでも、あくまで不幸中の幸いではあるのだが。 

 

「八幡様には、レイネシア姫付きのメイド見習いとして入城していただきます。理由は二点ありますが、まず一点目。レイネシア姫の身の回りのお世話は、基本的にほとんど私が仕切っていること。二点目は、レイネシア姫の部屋であれば、公爵様が訪れてもそこまで不思議ではないこと。なにせあの方は、姫様を溺愛されていらっしゃいますので。……構いすぎたせいで、この間は姫様がつむじを曲げてしまいましたが」

 

 

 どうやらこのエリッサというメイドさん、コーウェン公爵からの信頼が厚いようだ。いわば機密に属するであろうこの仕事に(たずさ)わり、公爵の孫娘の世話係にも任じられている。

 とはいっても、必ずしもエリッサでなくても良かったはずだ。なんといっても公爵様なのだから、他にも色々と信用できる人物がいるだろう。

 ではコーウェン公爵は、なぜエリッサに頼んだのか。

 

「……つまり俺がこんな格好をする羽目になったのは、公爵が孫と仲直りする口実に使うためだと?」

 

「……否定は致しません」

 

「「…………」」

 

 場に長い沈黙が下りる。

 八幡にしてみれば、逃げる選択肢を選びたいところである。というか、普段であればそれ一択だ。

 ただしそれは、相手に対して何の負い目もない場合の話である。そう、今の八幡には負い目があるのだ。〈大地人〉への襲撃が増えるきっかけを作ってしまったという、大きな負い目が。

 もしこの呼び出しがそのことに関するものだとしたら、逃げ出すわけにもいかない。

 

「……はぁ。エリッサさん。案内してもらっても?」

 

「本当に申し訳ありません……」

 

 結局のところは、動かなければ始まらない。そう考えた八幡は、エリッサに引き連れられて、〈灰姫城〉へと入っていく。

 八幡の心の中にある、絶対に許さないリスト。そのページに、セルジアッド=アインアルド=コーウェンの名を記しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コーウェン公爵の孫娘であるレイネシアには、エリッサも合わせて5人ほどのメイドが仕えている。普段はエリッサを筆頭としたその5人で、レイネシアの身の回りのお世話の行っているのだ。

 しかし本日。公爵の秘密のゲストである八幡を呼び寄せるにあたり、エリッサ以外の4人には休暇が与えられていた。4人とも気立てが良く、レイネシアにも忠実ではあるが、可能な限り情報が漏れるのを避けるための措置だ。

 仕方がないことではある反面、それは同時に普段5人でやっている仕事を、エリッサ1人で片付けなければならないということでもある。

 

 毎日のように様々な習い事をさせられていたレイネシアだが、社交界へのお披露目が迫る昨今は、特にダンスの指導が厳しく行われているようだ。

 そして、習い事でレイネシアが部屋を留守にしている日中。その間に彼女の部屋の掃除を済ませてしまうのも、エリッサたちの重要な仕事の一つである。

 なにせ公爵家の孫娘の居室だ。正直な話、不必要なレベルの広さがある。普段は5人がかりで1時間以上かかる掃除も、今日は当然エリッサ1人の仕事となるわけで、腕まくりをして気合を入れていたのだが……

 

(は、速い……)

 

 見かねた八幡が半ば無理矢理に手伝った結果、いつもの半分以下の時間で片付いてしまっていた。

 エリッサとてレイネシアに仕えるメイドたちの長だ。自分のメイドとしての実力には、少なからず自信を持っている。

 しかしこの八幡という〈冒険者〉。彼のスキルは、そんなエリッサをはるかに凌駕していた。

 ほんの数分で棚の上などを拭き上げ、窓や壁も一瞬でピカピカに磨き上げる。極めつけは床掃除だった。目にも止まらないようなスピードでゴミを掃き集めた後で、ゴミ一つ落ちていない床を一瞬で拭き上げたのだ。

 本来であればまだ掃除をしていたはずの時間なのに、気が付けば八幡と2人で優雅にティータイム中である。

 現在エリッサの前に広がっているのは、未だかつてないほどに光り輝く主の部屋。棚や壁に見受けられる細かな傷を除けば、この部屋が作られた当初とほとんど変わらないのではないかと思わせるほどの状態だ。

 

「エリッサさん。公爵とはあとどれくらいで会えるんですか?」

 

 ティーカップを口元に運びながら、八幡が声を掛けてくる。あれだけ動いたはずなのに、目の前の少年は息一つ乱していないようだ。

 自分たち〈大地人〉と、八幡たち〈冒険者〉。八幡にとっては造作もないことかもしれないが、エリッサからしてみればとても真似できないレベルの動きだ。両者の間にある能力の違いをまざまざと見せつけられ、エリッサはあらためて驚嘆する。

 

「え、ええ。午前の執務を終えてからということでしたので、もうそろそろお越しになるかと……」

 

 メイドの格好をさせている上に掃除まで手伝ってもらってしまったが、本来八幡は客人だ。客人を待たせるというのは礼を失した行為ではあるものの、セルジアッド=コーウェンという人物は、とにかく忙しい。

 娘婿でありレイネシアの父親でもあるフェーネルが色々とサポートしてはいるのだが、もともとは財務関係の文官であった彼は、軍事方面にはあまり明るくないのだ。また、領主であるコーウェン自身が決済しなければならない事柄も多い。

 フェーネルがコーウェン家の血を引いていればまた違ったのだろうが、結局のところ彼は婿養子でしかないのだ。

 

 そこに最近加わった問題が、〈冒険者〉による〈大地人〉への襲撃である。領民の安全が脅かされているというのは、領主にとって最大級の重大事だ。

 フィールドゾーンが危険であれば、交易商人は都市間を行き来できない。そうなれば商品の流通が滞り、徐々に経済が回らなくなるだろう。

 さらに農民の多くは、〈マイハマの都〉の外に畑を持っている。商品の流通が滞った上に農家が食料を収穫出来なくなれば、待っているのは飢饉とそれによって起きる暴動だ。

 コーウェン公爵は普段の仕事にプラスして、〈公爵領騎士団〉(グラス・グリーヴス)の指揮官と領民の警護計画の打ち合わせをし、訪れる他都市の使者たちと会談を行っている。60歳を越えた彼にとっては、明らかなオーバーワークと言えた。

 

「そうですか。じゃあ……んっ?」

 

 八幡が何かを告げようとした瞬間、部屋の扉がノックされる。

 エリッサはすぐに立ち上がろうとするが、なにせこの広い部屋の掃除をたった2人で行ったのだ。大半を八幡がやってくれたとはいえ、エリッサと八幡では元々の体力が違う。

 疲労から反応が遅れたエリッサを手で制し、代わりに八幡が椅子から立ち上がった。

 

「俺の方が近いですから。そもそも、メイド長を差し置いて新人メイドが休んでるわけにもいかんでしょ。……どちら様ですか?」

 

 そう言うと八幡は扉へと歩み寄り、部屋の外へと声を掛ける。その裏声は少し気持ち悪かったが、賢明なるエリッサは無表情を貫いた。

 

「失礼いたします。こちらに〈冒険者〉の八幡様はいらっしゃいますか?」

 

「え~と、俺ですけど……あなたは?」

 

「わたくし、セルジアッド様の執事を務めている者です。あるじより言伝を預かってまいりました」

 

 外から聞こえてきた言葉に、エリッサは驚いた。自分以外にも八幡を招いたことを知っている人物がいたこともそうだが、なにより、その人物の声に全く聞き覚えがなかったからだ。

 こんな重大事を話すほどの人物だ。しかもコーウェン公爵付きの執事であれば、エリッサは全員を見知っている。

 であるならば、扉のところで八幡と話している人物、彼はいったい何者なのだろうか。

 

「どうぞ」

 

 エリッサが考えごとをしている間に、話が付いたようだ。八幡の招きに応じ、(くだん)の人物が部屋の中へと入ってくる。

 その視線は、部屋の中を見回し、最後にエリッサの顔を認めて止まった。悪戯っぽい表情を浮かべた顔を確認したエリッサは、驚きのあまりに声を上げそうになる。

 声に聞き覚えがないのも道理である。なにせエリッサは、この人物が誰かに丁寧な口調で話す場面になど、一度も出くわしたことがないのだから。

 

「エリッサ。わしの無茶な願い、よくぞ聞き届けてくれた」

 

 そう。レイネシアの部屋に入ってきたのは、完璧に執事服を着こなした老人。この〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)の主である、セルジアッド=アインアルド=コーウェン公爵その人だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。ここが八幡という〈暗殺者〉(アサシン)の宿か」

 

 材木座義輝、この世界では剣豪将軍義輝を名乗る少年がこの異世界に囚われてから、数日が経過していた。

 異世界に召喚された、もしくはゲームの中に入り込んだという状況に、最初は義輝も興奮していた。自分が大好きなマンガやライトノベル、それが現実化したようなものだからだ。

 だが何日かをこの世界で過ごすうちに、急に不安を覚えた。リアルでの知り合いが一人もおらず、アニメを観ることも出来なければライトノベルを読むことも出来ないこの世界。

 もし一生異世界暮らしとなってしまったら、自分は耐えられるのだろうか……と。

 

 そう考えたときに、ふと思い出したのだ。義輝の現実世界での唯一の友人が、〈エルダー・テイル〉をプレイしていると語っていたことを。

 率直に言って、その友人はひどい奴だ。こちらから声を掛けても普通に無視してくるし、時には平然と罵倒までしてくる。

 でもその友人は、ライトノベル作家になりたいという自分の夢を、一度も笑わなかったのだ。

 作品を読んでくれるように頼んだときもそうだ。最初は文句を言いまくっていたし、読み終わった後も散々に作品を(けな)してきた。それでも、いつだって最後まで作品を読んでくれる。

 友達の少ない自分にとって、彼はいつだって最初の読者で相棒なのだ。

 

 だから、その友人を探さなければならないと思った。自分と同じでぼっちなソイツのことだから、同じように困っているに違いない。そう思った義輝は、〈アキバの街〉で聞いたとある噂に食いついた。

 数日前に衛兵に殺されたという〈冒険者〉。死からの復活を証明したその人物の名前が、友人の名前と同じだったからだ。

 どうせ他に情報もないのだ。義輝は、その〈冒険者〉を探してみようと動き出した。

 

 アキバで聞き込みを行い、ときにソウジロウやイサミといった友人を増やしつつ、ついに義輝はその八幡という〈冒険者〉の居場所を突き止めることに成功する。

 その場所とは、アキバからほど近い〈大地人〉の町。この地方最大の町である、〈マイハマの都〉であった。

 

(さすがは八幡というべきか。よもや異世界でも千葉の地に居を構えようとは……歪みのない千葉愛よ!)

 

 実のところ八幡がマイハマで暮らしているのは、〈西風の旅団〉のメンバーから逃げるためというのが大きいのだが、残念ながら義輝はそのことを知らない。もっとも、千葉愛ゆえというのも否定は出来ないところではあるが。

 

「早く宿から出てくるがいい八幡!貴様の相棒である、剣豪将軍義輝はここにいるぞ!!」

 

 宿の前で高らかに叫ぶ義輝だが、彼が八幡と再会を果たすのはまだ少し先のお話。八幡がコーウェン公爵との会談を終えて戻ってくる、およそ半日後のことである。

 それまでの間、散々に不審者扱いされて涙目になる己の運命を、このときの義輝は知る由もなかった。

 




というわけで、なぜかメイド&執事な第二十九話でした。最初は兵士の格好で城に入るはずだったのに、どうしてこうなったんや……まあ結果的に〈専業主夫〉話を入れられたのでいいかな?

まえがきにも書きました通り、第二章以降は視点の切り替えを少し増やすつもりにしています。無理に視点を固定しなければ、第一章後半みたいにダレないと思いますので、しばらくこの形で言ってみたいと思います。

さて次回以降について。次回第三十話は最速で6月16日、遅くても18日くらいの投稿を予定しております。ただ、まえがきにも書いた仕事以外のあれこれによっては、もうちょっと遅れるかもしれません。お待ちいただけますと幸いです。

二話前でお願いしましたアンケートにご回答いただきました皆様、本当にありがとうございました。アンケート自体はまだまだ絶賛募集中です。よろしければ活動報告よりご回答をお願いいたします。

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