機動戦士ガンダム Silent Trigger 作:ウルトラゼロNEO
「ぁっ……」
ルルトゥルフでの戦いから数日。アークエンジェルの医務室のベッドの上ではシュウジが眠っていた。呼吸器や包帯を体のあちこちに巻いている姿は非常に痛々しい。
しかしそんなシュウジも漸く目を覚ましたのか、ゆっくりと目が開かれる。
「目、覚ましたみたいだな」
頼りなく上がられた手は宛もなく彷徨っている。
しかしその手をしっかり掴む者がいた。
シュウジの意識が次第に覚醒していく。
ぼんやりとおぼろげに映る視界は次第に定まり、そこにはショウマが柔和な笑みを浮かべて確かにシュウジの手を掴んでいた。
・・・
「まさかレーアさん達まで来てくれるとは思いませんでした」
「私もまさかアークエンジェルが今、こんな状態になっているのなんて思ってもみなかったわ」
シュウジが目を覚ましてから一週間が経とうとしていた。
今、アークエンジェルにはハイゼンベルグ姉妹の姿もあり、艦長室ではルルとレーアが握手を交わして再会を喜び合う。
現在、アークエンジェルはルルトゥルフの山岳地帯の格納庫周辺に停泊していた。ルルと連絡を取り、漸くレーア達も合流する事が出来たのだ。
「一体、なにが起きているの?」
「……このルルトゥルフの国にパッサートの残党が抗争中で私達はその防衛の任についたのですが、パッサート側から新たな新兵器が投入されたんです」
レーア達はまだアークエンジェルに到着したばかりの身。
負傷したシュウジや慌ただしく動いているクルーたちの姿は見たが具体的な事はまだ知らない。
説明を求めるレーアに立体映像を表示させ、先程の戦闘の様子からユーディキウムの映像を映し出しながら説明を始めるルル 。
「この新型……。統合軍で開発中の新型兵器に非常に類似しているんです。そしてその開発者であるカイウル・レードン博士はこの新型が現れて以降、行方が分からなくなっているんです」
「パッサートに寝返ったと言うの……?」
「恐らくは……。博士の調査及び追跡はグランさん達の隊も行っているようです」
映像のユーディキウムは細かい分析の映像に切り替わると同時に表示されるカイウルの顔写真を見ながらルルが説明する。
しかし今のパッサートはシャミバ・ラードルを失い、言ってしまえば衰退し滅びの一途を辿っている事から今のタイミングで寝返るメリットがあるのかと顔を顰めているとルルも同意見なのか頷きながらグラン達の事を話す。
・・・
「まさに蛻の殻だな……」
「データも全て消去済み……。私達のデータを取ってから消えるなんて……」
同時刻、クルオネア島の研究所ではグランやティアなどの統合軍に所属する者達が調査をしていた。
かつてカイウルと初めて出会った一室には二人の姿があり、辺りになにかないか探すグランにコンピューターを調べながらティアが声をあげる。
「データを取っていたのも、その新型を完成させてパッサートに行くからなのかもしれないな……」
「利用されただけとしたら、なんだか癪ね」
顎に手を添えながらカイウルの目的について考える。
だがどんな目的にせよ、もしも本当に離反をしたのだとしたら自分達はただ利用されただけだ。不愉快そうにティアは顔を顰める。
「ライスター大尉! カイウル・レードン博士の所在が判明したと別部隊から連絡が!!」
「やっと見つかったか……。よし場所次第で俺達も行くぞ」
そんな二人に部下が慌てた様子でカイウルについて報告をする。報告を聞きため息交じりにグランはティアと共に出て行く。
・・・
その話の話題となっているカイウルはルルトゥルフを襲ったパッサート残党が所有する大型陸上戦艦レセップスに身を寄せていた。
カイウルがいるブリッジには重苦しい空気が流れている。それは彼の前にいるサクヤのせいだろう。
「前の戦場で俺が見た“シュウジ”はなんだ……ッ?!」
汗ばみ髪が額に張り付く中、余裕を失ったサクヤは眼光鋭くカイウルを見据えながら問うが、カイウルは怯むどころかどこ吹く風か。気にした様子を見せない。
「やれやれ世の中狭いものだな。そんな場所で出会うとは」
「じゃあアレはシュウジなのか……? じゃあ俺の傍にいるアイツは……ッ!!?」
サクヤの発言でシュウジについて察したのだろう。
サクヤにも臆することなく肩を竦めながらお道化た態度がサクヤの神経を逆撫でする。だがそれでもカイウルは否定する様子も見せないことが先程の自分の問いを肯定する事だと察する。
「おいおいアイツなんて言い方はないだろう? シュウジを失くしたお前の為に用意した人形を……。当時、まだ地球軍とコロニー軍で別れていた時、お前達兄弟は食料を求めて、警備の目を潜って食糧庫から食べ物を盗んでいたな。だが所詮は子供。その行いも何れは我々にバレてしまったな」
混乱をしているのだろう、サクヤは愕然としたような表情を浮かべる。
だがカイウルにとってはその様子が心底可笑しいのかクツクツといやらしい笑みを浮かべながら答える。そのまま近くの壁に寄りかかりながら過去の事を思い出し始める。
・・・
「頼む!! 弟は……弟だけはァッ!!」
カイウルが思い出すのは初めて彼らに出会った時のこと。
警備兵に取り押さえられ、地面に押さえつけられるサクヤは一緒にいるシュウジをせめて見逃して欲しいと必死に懇願していた。
「中々、活きが良いじゃないか。監視カメラから様子は見ていたよ。良い動きだ。格闘技の類かな?」
サクヤ達をどう処理するか話し合っている警備兵達の後ろ声を上げるのは当時のカイウルであった。
サクヤのもとに歩み寄るカイウルは周囲を見渡す。激しい抵抗をしたのだろう。何名かの警備兵はうずくまり、者によってはあらぬ方向に手足を曲げられた者もいる。
「弟を助けたいかい? なら一つだけ条件がある。私に君の全てを捧げろ」
それがカイウルとサクヤ達の初めての出会い。
サクヤの能力や強靭な肉体を見て提案され、兎に角、自分はどうでも良い。シュウジを助けたい一心のサクヤのその提案に乗るしかなかった。
・・・
「お陰で強化実験に使ったり単純なMS問わずの殺し合いなど君は何かと重宝した。全てはシュウジの為。だが私も価値のない者をいつまでも置いてはおかない主義でね。何か使えないかと奴を別の研究所に送ったのだが……そこで事件が起こりアイツはいなくなった」
あの出会いからと言うもの、非人道的な実験をサクヤで試したものだ。
だが毎回、サクヤは耐えて見せた。
でなければシュウジになにをされるかが分からなかったからだ。
実験の度に薄れゆく意識の中、そのまま死のうと思った時もあった。でも死ねなかったのは全てはシュウジの為であった。
だがサクヤの想いとは裏腹にシュウジにも実験の手を伸ばそうとしていたカイウルだが予期せぬことがあったのか忌々しそうな様子で呟く。
「シュウジの為だけにこれまで実験に耐えてきたお前はシュウジを失ったせいで精神が触れたようになっていった。そのまま使い道がなくなるのは不味いと思ってシュウジの背格好に似た戦災孤児をシュウジに仕立て上げたのだよ。お陰でお前は依代を得られて少しはマシにはなったがね」
どれだけの地獄を見ても耐えてきたのはシュウジの存在があったから。
だがシュウジを失ったサクヤにその意味はない。
元々、強化人間の実験も受けていたサクヤの精神は日に日に不安定になっていき、まだサクヤを失うには早いと判断したカイウルによって整形手術によって可能な限りシュウジに似せた替え玉があの修司なのだ。
「滑稽だったよ。外見が似てるだけの存在を弟として愛でる姿は」
「貴様ァッ……!!!」
「おっと下手な真似をするのは止めたまえ。その首輪ごと吹き飛びたいのかね」
もう精神的にも限界に達していたサクヤには替え玉をシュウジと思い込むには十分であったのだろう。
シュウジの為ならば頑張れる。
そんな風に替え玉である修司と接しているサクヤを思い出しているのだろう。
サクヤを嘲笑するカイウルに今すぐにでも喉笛を噛み切らんばかりに顔を歪めるサクヤを見て、冷ややかな目をサクヤの首輪に向ける。
サクヤがつけている首輪はカイウルによってつけられた小型の爆弾。
精神的に不安定になり、精神を保つように強者を求めるようになったサクヤをいざと言う時に処理する為に作り精神的にも飼い犬に過ぎないと言う事を分からせるために作ったものだ。
「さぁ御託はお終いだ。連れていってくれ」
これ以上の話し合いは無意味と言わんばかりのカイウルは立ちすくんでいたパッサートの兵士に声をかけると、数人がかりでサクヤは押さえつけられ、この場から強制的に連れて行かれる。
「奴はまだ使えるのか?」
「使えるさ。今まで何度も実験で仕込んできたかね。簡単な調整で意のままさ」
今まで顛末を見ていた館長が重い空気を破るように声を上げる。
その言葉にカイウルは歪んだ笑みを浮かべながら絶対的な自信を持って答えると扉の開閉音が聞こえ、そこにはノエルがいた。
「……お父様」
「……またサクヤを解放してくれとか言う気か? 学習しないな。お前は本当に私の娘か? そんな選択肢などない」
「でもっ、あんな姿はあんまりにも……っ!!」
ノエルはそのままカイウルに静かに声をかけるとまるで興が削がれたと言わんばかりにため息をついたカイウルが視線さえ向けず背を見せたまま答える。
その様子からはノエルが何度もサクヤについてカイウルに頼んでいたと言うのが分かる。冷たいカイウルの言葉に悲痛な表情を浮かべ、胸に手を当てながらノエルは叫ぶ。
「──統合軍の部隊が接近中です!!」
「無駄話は終わりだ。お前も役割を果たせ」
張り詰めた空気もオペレーターの報告によって緊張が走る。ブリッジが慌ただしくなっていく中、これ以上話すことはないと言わんばかりにカイウルはノエルを突き放す。
「さてユーディキウム。準備運動は済んだだろう」
ノエルは俯き、表情が見えぬまま頼りない足取りでブリッジを去っていく。
その様子にも目もくれずカイウルは口角を吊り上げ歪に笑う。格納庫には修復を終えたユーディキウムが再び戦場に降り立つ事を待ち望むように駆動音を鳴らしていた。