機動戦士ガンダム Silent Trigger 作:ウルトラゼロNEO
バーニングブレイカーの撃墜。それはカガミとヴェルにも届いていた。しかしカガミもヴェルもそちらに意識を向ける事は出来ない。何故ならばユーディキウムの猛攻がそれを許さないからだ。
(まるで自分の力を試し、楽しんでいるような戦い方ね……ッ!)
ユーディキウムの銃撃を紙一重で避けながら、バックパックの二門のビームキャノンを発射するライトニングFB。しかしユーディキウムはさながらダンスでも踊るかのようにその巨体に見合わぬ軽やかな動きで避け、それがカガミに違和感を持たせる。
「いつまでも試せる相手だとは思わない事よ……ッ!」
人間は成長するものだ。特にカガミに至ってはこの短い時間で少しずつユーディキウムに対応していけるだけの反応を見せていた。
眼光鋭くモニターに映るユーディキウムを見据えるカガミは素早くライトニングFBを動かし、ハイビームライフルを数発発射。またもや悉く避けられるが、それはカガミの計算の内だ。
「攻略法がない訳ではありませんッ!!」
カガミの意図に気づいたのだろう。
ライトニングFBに合わせるようにスターストライクが飛翔しながらユーディキウムへ向けてドラグーンを全て射出する。
四方八方、縦横無尽とヴェルの意思によって放たれるビームの嵐はユーディキウムを襲い、流石に避けきれる事もなく少しずつではあるがユーディキウムの装甲を削っていく。
「……流石です、ヴェルさん」
ヴェルのサポートは十分な働きをしてくれた。
ヴェルを賞賛するカガミの口元に微笑みが浮かぶ。だがそれもセンサーにロックされているユーディキウムを見据える事で笑みは消え、トリガーを引く。
肩部のセンサーにドッキングした事によって放たれたビームは閃光の如く一瞬にしてドラグーンを避け続けるユーディキウムの右足部を貫き損傷を与えたのだ。
「っ……!?」
しかしここでユーディキウムに異様な異変が起きる。
機体を震わせ、怒号を上げるかのようにのけ反ったではないか。
まるで人間のようなその動きにカガミは息を飲む。だがユーディキウムが止まる事はない。怒りを表すかのようにその身全てに装備された武装を解放しようとする。
「やらせませんッ!!」
だがここで動いたのはヴェルであった。
ドラグーンを再び操作し、ユーディキウムを囲むと巨大バリアを形成する。同時に放たれるユーディキウムの暴走に等しき一斉発射もバリアを突破する事なく全てバリアによって外に漏れる事は防がれ、逆に中にいるユーディキウムに激しい損傷を与える。
「流石にそろそろまずいかしら……」
今までデータ取りの為に静観していたノエルは装甲が焼け焦げたユーディキウムを見やると、そろそろ撤退の頃合いを見計らう。あぁも損傷を与えられてしまった事は想定外であったが、お陰で良いデータが取れた。
「兄さん、そろそろ行こうよ」
「まぁ待ってよ。折角出会えたんだ。顔くらい拝んだってハチは当たらないだろ」
ユーディキウムを回収してこの場を撤退する。あのガンダム二機のパイロットは相当の手練れのようだが、撤退程度ならどうとでもなるだろう。
修司がサクヤに声をかけると、ディナイアルは既に地に降り立ち、コクピットを開くとバーニングブレイカーのコクピット周辺に与えた損害個所からファイターの顔を見ようとする。
「シュウ……ジ……?」
飄々とした人を食ったような笑みを浮かべるサクヤだが、隙間から見える傷つき頭を切ったのか、頭部から顎先を伝う生々しい鮮血を流すシュウジの顔を見た瞬間、その表情が露骨に歪み、唖然としている。
サクヤの口から信じられないと言った様子で震える唇から漏れ聞こえる。紛れもなくそこにいるのはシュウジ以外の何者でもない。
『兄ちゃんっ!!』
脳裏に蘇る笑顔で自分に駆け寄ってくる幼い弟の姿。それは近くにいる修司の筈だ。
ならば目の前で痛々しい姿にいる青年は誰だ?
何故、自分の心はこれほどまでに不安定になる?
「くぁっ……ぅっ……!!?」
目の前の彼こそがという本能が訴えるようなそんな感覚に陥る。
あまりの違和感に何度も頭を打ち付けられたような気分で吐き気さえ催すほど気分が悪い。自分が何よりも大切に思っている弟は近くにいるはずだ。えなければ近くにいるあの“しゅうじ”は何者なのだ。
「……に……ぃ……」
「っ!!?」
分からない……分からない分からないワカラナイ!! なにもかもが分からなくなってくる。そんな中、おぼろげな意識の中でサクヤを見たシュウジがうわごとのように呟く。その言葉が耳に届いた瞬間、サクヤは目を見開き、たまらずコクピットに戻る。これ以上、そこで言葉や彼の姿を見れば自分の心はかき乱されるからだ。
「サクヤさん、撤退です! 急いでください!!」
「……」
すぐにノエルからの通信が入る。
どうやらノエルと修司はユーディキウムを援護しつつ撤退の為の準備をしてくれていたようだ。しかしカガミとヴェル相手では余裕がないのか緊迫した様子だ。
だが呆然としているサクヤから返答が返ってくることはない。ディナイアルはただ静かに動き、撤退していくのだった……。
「深追いは禁物ね……」
「それよりもシュウジ君をッ!!」
撤退していく四機のMSの背を見やりながら構えたハイビームライフルを下すライトニングFB。一応、防衛の任務はこなす事はできた筈だ。
問題はシュウジだ。
焦った様子のヴェルはすかさずバーニングブレイカーまで機体を動かす。
・・・
『サクヤ、シュウジ、拳は相手を殺す事が出来る。だが我々武道家の拳は人を活かす事も出来る。拳を振るう時はそれをゆめゆめ忘れるな』
夢を見ていた。
いや正確に言えばかつての記憶の断片。
おぼろげにしか覚えていない過去の出来事。
かつてシュウジは日本という土地で生まれ育った。
彼の父は代々続く由緒正しき流派を持つ武道家であった。兄であるサクヤは既に父から学びを受け、シュウジも何れは兄と共に父から学べるものであると幼いながらに考えていた。
しかしそれは未来永劫、訪れる事は決してなかった。
地球軍とコロニー軍による戦争の勃発。
それによって日本もまた戦火に晒された。人が死ぬときは呆気ないものだ。それはシュウジの中で強さの象徴であった父もまた同じ事であった。
戦争によって全てが燃えた。
戦争によって全てが朽ちた。
生まれ育った家も仲が良かった友達も愛情を注いだペットの犬もいつだって慈しんでくれた母も強さとは何かを見せてくれた父も。
全てが灰塵と化した。
残ったのは荒れ果てた心と同じ周囲の光景。
何もかもを奪われ消え去ったのだ。食べる物も喉を癒す物も肌を温める物も見当たらない。これならいっそのこと、みんなと一緒に死んだほうがマシだ。幼いながらにシュウジはそう思っていた。
『シュウジは俺が守るから……』
だがそんな考えもただ一人、同じく生き残り自分の心の支えとなってくれた兄の存在によって消え去った。
兄はいつだって自分を守り、傍にいてくれた。それが何より嬉しくて、きっと兄がいるのならこの先も辛くたってきっと生きていける筈だとそう思っていた。
『中々、活きが良いじゃないか』
『頼む!! 弟は……弟だけはァッ!!』
あの日、悪魔のような男に出会うまでは……。
・・・
「シュウジが重体……?」
ルルトゥルフ防衛戦より数時間後、日本の京都ではショウマがルルからの連絡を受けていた。その内容はシュウジに容態についてだ。
≪はい、戦闘があって……≫
「分かった。俺の弟子だしな。顔出すよ」
どうにも歯切れが悪いルルの様子からそれ程までにシュウジは重体のようだ。
だからこそショウマに連絡したのだろう。何かあってからでは遅いからだ。
ショウマも弟子がそのような状態になっているのならば、黙ってはいられないのだろう。すぐに向かう事を告げ連絡を終える。
「……戦うの?」
「……かもな」
その様子を眠るヒカリを抱きながら見ていたリンが不安な面持ちで声をかける。
何となくではあるがショウマの雰囲気がそう感じさせるのだ。そしてショウマの口からもその言葉が出てくる。
「アタシも行く! アタシも一緒に……!!」
「リンはここで待っててくれよ。俺の帰る場所にリンとヒカリがいてくれなきゃ俺はどこに帰れば良いのか分かんないからさ」
それを聞いて、悲痛な表情で叫ぶ。
愛する夫が戦場に出ようと言うのだ。
戦う力を持つ自分だって彼の隣にいたい。彼の傍にいたのだ。だがショウマはそれを許さず、首を横に振って諭すように話す。
「……なんでだろ……。今までだってショウマと一緒に戦って来た筈なのに……。今じゃ怖いよ……。不安だよ……。ショウマぁっ……!!」
「……大丈夫だって。俺は絶対に帰ってくる。こんな顔してくれる嫁さん残して死ねるかよ」
アイランド・イフィッシュまでの戦いは無我夢中で駆け抜けてきた。
だが今では黙って夫を戦場に送り出す身となってはしまえばどうしてこんなに胸が締め付けられる想いなのだろうか。ボロボロと涙を零し、悲痛な泣き顔を見せるリンにショウマはそっと涙を拭うとリンを抱き寄せる。二人は見つめ合うと唇を重ね、リンの涙の痕がキラリと光るのであった。
・・・
「レーアお姉ちゃん……」
「リーナっ!? 大丈夫なの!?」
また同時刻、サイド6のハイゼンベルク邸。気が触れたかのように取り乱していたリーナはその後、自室のベッドで眠り、今こうしてリビングに一人いるレーアの元に来た。やつれた様子だが落ち着いた様子を見せるリーナにレーアはすぐに駆け寄る。
「うん……。それよりレーアお姉ちゃん……。私、アークエンジェルに行かないといけない」
「アークエンジェルに……?」
両肩に手を置き、リーナを心配するレーアに安心させるように微笑んだリーナはすぐに表情を真剣なモノに変え、アークエンジェルに向かおうとすると、突発的な話にレーアは首を傾げてしまう。
「……うん。私を呼んでいる人がいるの……」
「……なら私も行くわ」
今でも感じる強烈な感覚。自分の存在を示すようなその感覚は地球から感じる。
これは禍でしかない。
きっと戦いになる。
ならば自分がすることは分かっている。向こうが呼んでいるのだ。決着をつけてやる。
しかし、レーアは同行すると言うのだ。
「私は貴女の姉よ? 世間知らずの貴女を一人で送り出す事なんて出来ないわ」
レーアはリーナに微笑みながらその頬に手を添える。
何となしではあるがリーナがどうしようとしているのかを察したのだろう。
ならば自分は姉として彼女を守り支えるだけだ。レーアがこう言ってしまうともう折れないだろう。リーナは苦笑した様子ながらか細い声で「ありがとう……」と呟くのであった……。