機動戦士ガンダム Silent Trigger 作:ウルトラゼロNEO
「なんだかあっという間でしたね」
クルオネア島にて予定通りのデータ取りを終えたヴェルはカガミに話しかけながら「んんっ……」と背を伸ばす。その横ではグランがカイウルと会話をしていた。
「お陰様で貴重な皆様のデータを頂くことが出来ました」
「私達の力が役に立つのならば、こちらとしても喜ばしい限りです」
握手を交わして感謝の言葉を伝えるカイウルにグランも微笑を浮かべながら答える。
今、この場には派遣された統合軍のエースパイロット達がカイウルとノエルやサクヤ達を含めた使用人に見送りを受けていた。
「……博士、一つだけお聞きしたい事があるのですが」
「なんでしょうか」
間もなく出発時刻となる。
その前にカガミがその切れ長の瞳をカイウルに向けながら問いかけると、握手を終えたカイウルはカガミに顔を向け、その続きを待つ。
「なぜ、博士はわざわざ統合軍のエースパイロットに声をかけてまで無人兵器の着手を?」
「何よりも勝る力を手に入れる為、でしょうか」
それはルルに話を持ち掛けられた際に気にかけていた無人兵器の着手を行った理由についてだ。カイウルは顎に手を添えて答える。
「この世界には様々な人種が存在します。ニュータイプ、SEED、イノベイター、Xラウンダー……。そしてエヴェイユ。我々のような何も持たぬ人間が持つべき抑止力……。それがきっかけでしょう」
「……特殊能力を持つ存在は脅威と言う事でしょうか?」
名前があがるこの世界で確認されている超能力や力を持つ者の名。
カガミの返答に軽々しいかと思ったティアが止めようとするが、その前にカイウルが手で制止する。
「アイランド・イフィッシュ落下阻止の際、輝きと共に虹色の光の刃を放ったあの存在……。もしも同じような存在が人類の敵となったとしたらどうなりましょう。何も持たぬ我々は駆逐されるのを待つだけか?全てが全て如月翔のような存在ではありませんからねぇ。備えあれば、とやらでしょう」
「……その備えを使う事がない事を祈ります」
歪な笑みを浮かべて答える。
その笑みは狂気を感じさせ嫌悪感すら抱かせた。
カガミはそれだけ言って話を終えると、張り詰めた空気のままパイロット達は車に乗り込む。
「……ああ。だが、まずは知らなくては。その備えで十分なのかを」
カガミ達を乗せた車両は研究所の敷地内を出て行く。
それを見届けながらカイウルは踵を返し、白衣の裾を風に靡かせながら口角を吊り上げる。それはまるで準備は完了したと言わんばかりに。
「さぁ始めようか。テスト場は決まっている」
カイウルは1人研究所に入っていくと、その後を追うようにサクヤと修司はそれぞれ口角を僅かに上げながら後に続く。ただ一人残ったノエルは不安そうな表情を浮かべたまま天を仰ぐのであった。
・・・
「ルルトゥルフ……。確か鉱山で有名な国でしたね。まさかそんな所にいたとは」
「ああ。そいつを狙ってパッサートの残党が食いついてきてるってわけだ」
カガミ達がクルオネア島を出発してから数時間後、アークエンジェルではシュウジが到着していた。艦長室でルルと向かい合って会話をして、これまでの経緯を話す。
「でもシュウジ君そのまま待っていれば良かったのに」
「あぁ? どういうこったよ」
すると、おかしそうにくすくす笑い始めたルルに用意された茶菓子をつまみながら首を傾げてしまう。それもそうだろう、今の言葉だけでは意味が分からないのだから。
「実はルルトゥルフのパッサートの件は知っていたんです。というよりは伝達があったと言うべきでしょうか」
「……おいおい、それってまさか……」
微笑を浮かべながら立体映像を表示してそこに映る一週間ほど前に送られた文面を一瞥するルル。その言葉を聞いて、ある事を予想したのだろう。シュウジはどんどん顔を顰めていく。
「はい、我がアークエンジェル隊はルルトゥルフ防衛の任につく事が上層部によって決定されました。もう間もなくカガミさん達も帰ってきますし、それと同時の出発になります」
机の腕で手を組んでにっこりと笑いながら任務と日程について説明される。鉱山で有名な国で送る部隊はそれなりに名が知られている部隊を、という人選だろう。
しかしシュウジからしてみればわざわざ日数をかけてここまで来たのに、結局待っていればアークエンジェルから来たのだと分かって、溜息と共にがっくりと肩を落とす。
・・・
「無駄足ね」
それからしばらくしてカガミとヴェルが帰って来た。
同時にアークエンジェルも出発し、シュウジがふらりと戻って来た事に大層、ヴェルは驚いきながらも喜んでくれた。
そんな中、食堂で改めてトライブレイカーズが集まった事もあって食事をしており、そこでカガミがバッサリとシュウジに言い放つ。
「まあまあカガミさん。シュウジ君は何も知らなかった訳ですし。それに全く無駄って訳じゃないじゃないですよ。こうやってシュウジ君が元気そうな姿が見れた訳ですから」
「やっぱヴェルさんは優しいぜ……」
カガミを嗜めながら戻って来たシュウジに嬉しそうな笑顔を向けるヴェルに、向けられた本人は彼女の優しさに触れて目頭を抑えている。
「……ところでシュウジ。貴方、家族が……いえ、兄はいるのかしら」
しかしそんなシュウジも煎茶を飲んでいたカガミの言葉によって動きを止める。
目頭を抑えながらでも、眉を跳ね上げ目を見開いている。明らかに衝撃を受け、動揺しているのが見て取れた。
「……貴方に似た人物に会ったの。名前はサクヤ」
「そいつはどこにいるんですかッ?!」
やはりサクヤはシュウジに関連があったようだ。カガミの口からサクヤの名が出た途端、シュウジはダンッとテーブルを音を上げて立ち上がると、そのままカガミに問い詰める。
・・・
「不憫だねぇ。そうなってまで利用されるなんて。哀れみすら感じるよ」
その話題の種となったサクヤはクルオネア島の格納庫にいた。
彼の眼前には一機の白銀の大型MSが。その巨体には大型ガトリングやミサイルポットなど様々な武装が施されていた。まるでそのMSに誰かがいるかのようにサクヤは同情するように語り掛ける。
「君にはないだろうけど、俺も君もあのオッサンには骨の髄までって奴だね。でも少しは鬱憤も晴らせるんじゃないかい?」
ここにはいないカイウルが操作しているのだろう。そのMSのカメラアイは妖しく発光する。怒りを表すかのように駆動音を鳴らすその機体にサクヤは愉しそうに歪に口角を吊り上げる。それはもう待ちきれないと言わんばかりに。
・・・
「リーナっ!?」
同時刻、サイド6のハイゼンベルク邸でも異変が起きていた。
キッチンでレーアと食事の準備をしていたリーナが手に持っていた皿を落とし、割れた音が響く中、両手で頭を抑えて苦しみ始めたではないか。レーアはリーナを心配して、すぐさま彼女の背中を擦る。
「だれ……? 誰なの……!?」
リーナの顔を覗き込めば、そこには恐怖に顔を歪めたリーナがいた。
冷汗は止まる事もなく流れ続け、だんだん苦しみも強くなっていったのだろう。悲鳴をあげて蹲る。
【ナんでアなたなノ?】
【なんデわたシジャないノ?】
【なんでナンデナンデナンデナんでナんデなンでナンでナンデナんでナんデナンデナンデナんでナんデなンでナンでなンでナンデナンデナんでナんデなンでナンでナンデナンデナんでナんデなンでナンでナンで】
「いや……っ!! いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっっ!!!!!!!?」
リーナの頭の中に響き続ける謎の少女の声はヴァルターの墓参りの後に幸せを感じていた時に聞こえたものと同じであった。
今もまだ壊れたスピーカーのように流暢のない声がリーナを襲い、リーナはあまりの異常な出来事に気でも触れたように悲鳴を上げるのであった……。