機動戦士ガンダム Silent Trigger 作:ウルトラゼロNEO
サイド6─幸せの時間─
「ガンダムエクシア、これより帰投します」
──3年前。
どこまでも続くこの宇宙をオリジナルの証である緑色のGN粒子をGNドライヴから放出させながら、ガンダムエクシアはサイド6に極秘裏に建造されたコロニー軍の実験施設に帰還していた。
パイロットはシーナ・ハイゼンベルグ。
それがレーア、そして後に生み出されるシーナの姉にあたる人物であり、この世界の運命の鍵を握る女性の名だ。
・・・
「ふぅ……」
「──姉さん、おかえりなさい」
エクシアが施設内に帰還してから数時間後、ハイゼンベルグの車庫に一台の車を駐車し、窮屈に感じていたのか頭を振って癖のある髪を動かして現れたのはシーナだ。
「ただいま、レーア」
そんな彼女を出迎えたのは妹のレーアだ。
休日なのか飾り気のまったくない寒色の服を着たレーアがシーナに駆け寄ってくる。
出迎えに来たレーアに優しさを感じさせる笑顔で答える。
「──何度言ったら分かるッ!!」
レーアもそんな彼女の笑顔に触れ自然と表情が綻ぶ。
しかし、和やかな二人の雰囲気を打ち消すように屋敷から一人の男の怒号が響く。
「……また来てるの?」
「……ええ」
声の主は誰か知っている。
自分達の父であるヴァルター・ハイゼンベルグだ。
寡黙な父があれ程の怒声を響かせる原因を一つしかない。
少しうんざりしたようなシーナの様子にレーアも目を伏せて頷く。足取り重く二人は屋敷内へ向かっていく。
・・・
「GNドライヴは軍事転用する気などない!!」
応接間にて家主であるヴァルターはテーブルをドンッと強く叩き、目の前の小太りの男を鷹のような鋭い目で睨みながら怒気に満ちた言葉をぶつける。その背後で控えるルスランも険しい表情でその男を見つめていた。
「しかしだね、ハイゼンベルグ大佐……。GNドライヴを搭載した兵器は活動領域に問われなければ半永久的に膨大なエネルギーを得られる……。これ程理想的なエネルギーがあるかね?」
小太りの男……シャミバ・ラードルはヴァルターの刺すような視線をまったく意に介さず粘っこい喋り方でGNドライヴの兵器として組み込んだ際の有用性をヴァルターに説く。
「第一、君はこの長く続く戦争を終わらせたいのだろう? 私だってそうだ。勝てば戦争が終わる。子供でも分かる事だろう?」
「貴公の手段が問題なのだ! 私は戦いの果ての戦争の終結よりも和平を選ぶ! その為に私はGN粒子を使うのだ! 貴様はただ手柄が欲しいだけだろう!?」
シャミバの喋り方や人を小馬鹿にしたような態度がヴァルターの神経を逆撫でし、怒りのままに怒声を浴びせさせる。
ヴァルターとシャミバでは戦争を終わらせるというのは共通していても過程や結果は違っていた。
「フンッ……。和平だ何だと甘っちょろい事を……。和平の交渉をしている間にも我が軍の兵は死ぬのだぞ? 引き金を引けばそれで済む話だ」
「兵の生存率を上げる術を私達は掴もうとしているのだ。貴公のような単純な考えしかない訳ではない」
ヴァルターが兵のことを常に気にする人物であることをシャミバは知っている。
だからその事で揺さぶりをかけるのだが、思ったほど動揺する事もなく逆にシャミバをせせら笑う。
「……これ以上は平行線だな。私を不快な気分にさせたこと忘れるなよ」
これ以上、ヴァルターになにを言っても無駄だろう。
シャミバはヴァルターの思想を甘いと断じ、毛嫌いしていた。
まるで同じ空気を吸いたくないと言わんばかりに立ち上がったシャミバは背後に控えていた部下の先導で開かれた扉の前に立ち、去り際にヴァルターに背を向けたまま言い放つ。
「──おや」
引き上げようと廊下に出た時、応接間の様子を伺うように少し離れた場所にいたシーナとその隣に立つレーアを見つける。
決して友好的とはいえない二人の視線を意に介さず、シャミバは姉妹に近づく。
「話は常々聞いているよ、シーナ・ハイゼンベルグ技術小尉。我がコロニー軍でもMSの操縦技術……。特に近接戦闘では熟練パイロットに引けを取らないほどの腕前だそうだな」
「……お褒めにあずかり光栄です」
シーナの噂は小耳に挟んだ事がある。
天性の才を持ち、その立場とは裏腹にテストパイロットを務めた際には機体の性能を引き出し、相手をした熟練パイロットなどを悉く打ち破っていると言う。手放しに褒めるシャミバにシーナは小さく頭を下げる。
「うむ、これも聞いたが君はニュータイプなどと言った特殊なセンスの持ち主なのだろう? 私は君を高く評価し価値を見出している。私の下でその価値を発揮する気はないか?」
「……その評価や価値と言ったものは“人殺し”としてのモノなのでしょうか? そんな価値はいりませんし、生憎ですが私は父のような道を進みたいのでご遠慮させていただきます。私は本来の役目はパイロットとして戦うことではありませんので」
その様子に父と違って可愛げがあるとシャミバは鼻を鳴らし自分の下へ来るよう勧誘をする。
シーナ自体、美しい見た目だ。
近くにいれば気分も良いし、戦闘のセンスも凄まじい。しかしシーナはそれをハッキリとそしてにこやかながらもその瞳はシャミバを拒絶をしていた。
「……フンッ、だが今の時代、君のような存在に和平なんて道を求める輩は少ないよ。パイロットとして戦うことで君の存在意義を果たせると思うがね。かつてのニュータイプやXラウンダーなどと言われた存在達が過去の戦争でそうであったように」
「……なんて言われようと私は私の道を進みます」
その瞳を見たシャミバは露骨に分かるくらいに不快そうな表情を浮かべながらシーナの考えを否定する。
彼はニュータイプといった存在に肯定的だった。
そして実体こそ知らないがこの時点でエヴェイユとして覚醒しているシーナが特殊な存在であることを見抜いていた。
シャミバの言葉に思う事があったのか少し暗い表情を浮かべるシーナの言葉を強がりと感じたのか、彼女を嘲笑うように鼻で笑い、シャミバは部下とハイゼンベルグ邸を出ていく。
「──シーナ、レーア、なにかあったのか?」
「……なんでもないよ、お父様!」
応接間からヴァルターとルスランが出てきて姉妹の存在に気づくと声をかける。
シーナは父にいらぬ心配をさせぬようにと気丈に振る舞い、笑顔を見せ、レーアは複雑そうに目を伏せる。
「あっ、そうだ。ルスランとレーアに渡そうと思ってたんだけど……。これね、アリスタって言うらしいの。ちょっと前に見つかって細かいのがあったから、それを加工してもらってペンダントにしたんだ」
「綺麗……。ありがとう、姉さん」
ふと思い出したかのようにシーナはスーツケースからなにやら三つのペンダントを取り出す。ペンダントの宝石はとても綺麗なモノだった。レーアとルスランの二人に手渡され、アリスタといわれる宝石を眺めながらレーアは礼を口にする。
「わ、私もよろしいのですか?」
「勿論っ! ルスランはもう家族みたいなものだから当たり前だよ」
ルスランはシーナに好意を抱いている。
渡されたペンダントに感激しながらも恐縮しているルスランに太陽のような眩しい笑顔を浮かべる。
先程までシャミバによって重苦しい雰囲気に包まれたハイゼンベルグ邸にいたヴァルター達も自然と顔が綻んでいく。
「……私のはないのか?」
「……あー……その……分けてもらえるアリスタにも限りがあって……。ごめんっ!!」
そんな中、一人ポツリと声を上げたのはヴァルターだった。
ギギギッとまるでブリキ人形のように所在なさげなヴァルターの方を引き攣った表情で振り向くと、自分だけもらえずどこかしょんぼりとしたヴァルターに必死になって理由を説明するが、最後には居た堪れなくなって手を合わせて謝罪する。それがレーア達の笑顔を誘う。
「まぁ良いが……。それよりエクシアの方はどうだ? 気は済んだか?」
「……うん。最後になるかもしれないから満喫してきたよ」
然程、気にしてはいないのかすぐに表情が変わり、今日、シーナの外出の理由に触れるとシーナは寂しそうな笑顔を浮かべて答える。
GNドライヴの製造はこのハイゼンベルグ一族が大きく関わっている。
GNドライヴから放たれるGN粒子が軍事転用するよりも、ずっと価値のあるものに使えることを見出したヴァルターによって彼が立場を得た時からずっと実験が行われていた。
エクシアはその為に開発された機体の一機である。
テストパイロットとしてシーナが乗り込み、ある意味、もう一人の家族といって良いほど愛着を持っていた。
「……ならいよいよツインドライヴ……。いやトランザムバーストの実験が出来るな」
「それでは遂に!?」
シーナの表情を見て、少し胸が痛むがそれでもヴァルターとシーナが目指す道は同じだ。ここは堪えてもらう。
するとルスランがヴァルターの言葉を聞いてどこか嬉しそうな顔を浮かべる。彼もシーナ達の近くにいるせいかある程度、話は知っていた。
「うむ、相性が良い二つの太陽炉の同調させて粒子生産量と放出量を二乗化させるツインドライヴシステムとそこから発展させたトランザムバースト……。これを行う為に作られた試作機……ダブルオーガンダム、それがいよいよ明日、実験開始だ」
「最初は起動にすら難儀して制御下に置く事も難しかったんだけどね……。それでも漸く進展してその為の支援機も出来たんだ。これが成功して更に発展する事ができれば、私達が目指す生存率を上げ物理的な距離に左右されない意思伝達システムの開発や和平の為の道だって作れるかもしれないの」
嬉しそうなルスランを見て、ヴァルターやシーナはどこか誇らしげに説明をする。
今まで何度も抗戦派のシャミバのように嘲笑われてきたが、これで和平の道を進む自分達の努力が報われようとしているのだ。
「和平が済んだ後の荒れ果てた地球の環境を再生する為の開発も進めている。お前達にいつか見せられると良いな。美しい地球の本来の姿を」
ヴァルターは和平の先の未来も考えていた。
地球は人間のものではない。しかし人間は我が物顔で地球を汚してきたのだ。
いわば地球の再生は人類に科せられた贖罪のようなモノだとヴァルターは思っていた。
・・・
「……お父様が和平を……?」
現代に戻り、レーアの話を黙って聞いていたリーナは信じられないといった表情だ。
今のヴァルターは地球に住む人間を根絶やしにせんと言わんばかりに行動している。
そんなヴァルターが和平の道を歩んでいたなんて知らなかった。
「ここまでは良かった。皆が幸せだった……。でも……この後……全てが変わったわ」
かつての生活を思い出し、寂しげな笑みを浮かべる。
戻れるならば戻りたいくらいだ。
しかしそんな事が出来る訳がない。
幸せだったあの頃の終止符を打ったあの事件の話をレーアは再び話し始めるのだった……。
・・・
「……アークエンジェルがサイド6に?」
「はい」
同時刻、コロニー連合軍の司令室にヴァルターがいた。
ヴァルターはたった今、自分が座るデスクの前で向かい合っている形で立っているルスランの報告をそのまま聞き返し、彼は頷く。
「……アークエンジェルにはレーアがいるそうだな」
「はい、以前の囮作戦の際、エクシアに搭乗している所を交戦しました。……残念ながらハイゼンベルグの姓は捨てた、と」
なにか思うところがあるのかヴァルターは椅子に身を預けながら間を置いてルスランに問いかけると、どこかレーアに対する不満さを感じさせる口調でルスランは答える。
「……ルスラン、この後の予定、空きはあるか?」
「はい」
「ならばついて来い」
少しなにかを考えた後ヴァルターは静かに立ち上がる。
ルスランの返答に頷くと彼に命令をして司令室から出る。
自分も時間にまだ余裕がある。ならば気がかりな事を済ませよう。
「あそこには今、リーナがいる。会うことはないとは思うが……。しかし万が一、余計な事を吹き込まれては堪らん」
それはリーナのことだった。
だがヴァルターの懸念は当たり、今こうしている間にもレーアはリーナに過去にまつわる話をしているのだ。
「……失礼ながらヴァルター様はリーナお嬢様のことをどうお思いなのでしょうか?」
「……シーナのなりそこないだが戦闘のセンスは素晴らしい。クローンである奴には金がかかっている。一人の優秀な兵士を育て上げるには時間と金、そして手間が必要だ。それに奴はお前のようにエヴェイユに覚醒しようとしている。奴自身の代わりなど幾らでもいるがエヴェイユの代わりは早々いない。必要な存在だよ」
以前から思っていた事を遂に問う。
出口の前で足を止めたヴァルターは振り向くことなく答える。そこにリーナに対する愛情などない。
(……リーナお嬢さん……。貴女は幸せなのか?)
ヴァルターが出て行き、ルスランのみとなった司令室で一人、ルスランはリーナを想う。
だが彼女に幸せかどうかなど聞いたところでこう答えるだろう。
──幸せってなに?、と
自分はヴァルターに従っている。
しかしリーナは本当に今のままでいいのだろうか?
ヴァルターの為に戦いを始めた彼女の想いが実る事などない。ヴァルターは愛情もなければ見向きもしないのだから。きっと彼女は短い人生で幸せを感じた事などないだろう。
(……私も人のことを心配していられないか)
ヴァルターは言った。
リーナの代わりなど幾らでもいるがエヴェイユの代わりはいない、と。
ヴァルターにとっては自分と言う存在も代わりがいるのではないかとも思う。幾らエヴェイユに覚醒したとしてもそう考えると他者を心配する余裕などない、
せめて主に捨てられないよう自分の役目を全うするだけだ。ルスランはヴァルターの後を追うのだった……。
ガンダムブレイカー2が発売されて、あと少しで一年が経とうとしています。っていうかもう一年も終わりなんですね…。今年中にアフリカタワー編書けるかな…。