機動戦士ガンダム Silent Trigger 作:ウルトラゼロNEO
「……翔君」
宇宙へ上がり、アークエンジェルも漸く一息つける頃となった。
だが艦内の雰囲気は重苦しいものだ。
宇宙へ上がるためにフェズは身を挺してアークエンジェルを救った。
そのフェズは今はこの艦内にいない。憧れの師を失ったショウマは部屋に篭もり、翔も目が覚ます気配がない。
医務室ではカプセル内に眠る翔を椅子に座ったルルがジッ……と見ていた。
「私、作戦中はずっと頑張ってたよ……」
グレートキャニオンでの自分は情けなかった。
そのせいでアークエンジェルの士気に関わっていた。
だから今度はせめて艦長としての責務を果たそうした。
それは翔への誓いもあったからだ。しかしその翔は目を覚ます気配もない。彼女の心に悲しみだけが満ち溢れる。
「やだよ……。翔君までいなくならないでっ……!」
彼女の頬に涙が伝う。
翔が目を覚まさないのではないかと考えるだけで頭の中がグシャグシャになりそうだ。
フェズを失うだけではなく翔まで失いたくない。そこで漸く気付く。
(……私……翔君のこと……こんなにも特別に想ってたんだ……)
それが恋愛から来るものなのか、親愛から来るものなのかは分からないが、それでも翔は自分の中では特別な存在の一人なのだ。
そのことに気付いたからこそ悲しみが広がり、余計に涙が流れる。ついには両手で顔面を覆い、涙を流すのだった。
「……」
それを医務室の外でレーアが壁に寄りかかって聞いていた。
彼女も翔が気になって来たのだが、ルルの様子を見て入るには入れなかった。
(彼にとってどっちが幸せなのかしら)
翔を想いながらふと、そう考える。
彼が戦争を好ましく思っていないのは知っている。
戦うことを選んだとは言え、辛くない訳ではないだろう。
戦う度に傷つくのと、このまま意識を手放したままでいること、どっちが彼の救いになるのだろう、そこまで考えて馬鹿らしいと頭を振り、その場を去るのだった。
・・・
「どうだ、MSは?」
「ひどいものだよ。作戦に間に合わせなきゃなんないから暫くは徹夜だろうよ」
格納庫ではカレヴィはクレーンを使ってプロトゼロのバーニア付近で整備をしているグレイに声をかけると、グレイは手に持った端末をバーニアと交互に見ながらバーニアを弄り、額に流れる汗を拭いながら答える。
「……悪いな」
「軍でメカニックなんてやってるとこんなもんは当たり前だし、その類の言葉は聞き飽きた。だけどいくら機体を直せても戦場に出た奴らが必ずしも帰ってくるわけじゃない。俺達の仕事はお前らを、“いかす”ためだ。お前らの能力を活かすために、そしてまたここに生かして戻ってこれるように機体を整備する。だからお前らはそのことだけを考えて仕事をしろ。私達は機体を直せても命まではどうこう出来ないんだからな」
ポツリと謝るカレヴィにグレイは顔こそは向けないものの彼なりのポリシーを持った仕事とその言葉の温かさにカレヴィは微笑を浮かべ、これ以上邪魔をしてはいけないと思い、その場を去るのだった。
・・・
今にも消え去りそうな虚ろな表情を浮かべながら、ショウマは休憩室へとやって来た。
元気が取り柄と思っている自分も今ではそんな風に振る舞えない。
当然だ。
憧れの師であるフェズとの別れ。それが心に響いていた。
このままではいけないと思って休憩室に来たのだが、やはり気分は優れない。
「あっ……」
「おや……」
休憩室には先客がいた。
新しく配属されたばかりの自分は詳しくは知らないが、確かこの艦のドクターである人物だ。両者互いにその存在に気づき、小さく頭を下げる。
「君とはちゃんと挨拶を出来ていなかったね、ここのドクターであるクリス・ハーネルだ。もっともここの人達はドクターと呼ぶから名前で呼ばれることは少ないがね」
「えっと……ショウマっす」
立ち上がり、にこやかに自己紹介をするドクターことクリス・ハーネル。
見るからに白人金髪のクリスのその柔らかで紳士的な佇まいと握手のため差し出された手にショウマは恐縮し。おずおずとその手を掴んで、握手をしつつ己の名を口にする。
「その、ドクターはなんでここに? 翔は良いんですか?」
「ん……。まあ、ね。今は艦長がいる。邪魔をする訳にもいかなくてね。それに一応、今彼に出来ることはカプセルで安静にさせるだけだ。君も知っているだろう? 原因は彼の放つ光だ。今の私にはどうしようもない」
ドクターに席へ勧められたので座る。
ドクターは自販機で新しく買った飲み物をショウマに差し出して彼の隣に座る。
接点のないことから少し距離感を感じる話し方でドクターに問いかけると複雑そうな表情を浮かべ、最後には自嘲気味に答えられる。
ドクターの言う原因に心当たりがあるショウマも俯く。
実際に見たが確かにあれが原因なら治療など、どうしろ言うのだろうか。
「だが何もしていない訳ではないさ。私だって医師としての誇りがある。今、副長の力を借りて過去に前例がないか調べていた。ニュータイプ、イノベイター、Xラウンダー……。彼は少なくともこの類の人間だ。何かあるはずなんだ……。このまま何も出来ないのは悔しい、だからこそ出来ることをやるんだ。彼が月で自分にしか出来ないことをして我々を救ったように」
「自分にしか……出来ないこと……」
ポンと握った拳を片方の手で包みながら、その強い意思を感じる瞳をショウマに向けながら話を続ける。
月での翔が戦いに踏み切った話はマドックから聞いている。
その際の言葉も。その結果、Vガンダム小隊との戦闘は危うく死ぬ恐れもあったが彼はアークエンジェルを救って戻ってきた。
地上からの合流となったショウマはその出来事は詳しく知らないが、翔のそんなエピソードに彼の中での翔の評価はまた一つ上がり、己に言い聞かせるように呟く。
「そう、だよな。先生は俺達の為に命を燃やした。そんな俺が何時までもくよくよしてたら先生に会わせる顔がないもんな……。翔が戦えないなら、戦える俺達が出来ることをしないと」
「ふっ……中々良い眼だね。私も負けていられないよ」
先程まで虚ろだったショウマの瞳に生気が宿り、その瞳は力強ささえも感じる。
そんなショウマに触発されるようにドクターもまた立ち上がり己の出来ることを始める為、その場を去るのだった。
・・・
「例の艦が
コロニー軍の司令室にて以前から注目はしていたガンダムブレイカーを載せたアークエンジェルが
話では同じく既に
するとヴァルターはある映像を見る。パナマ基地での戦闘の様子だ。
(……ルスランと同じようにリーナも例の光を放った。シーナのなりそこないと思ってはいたが、まさかこんな事になるとは……。腐ってもシーナのクローンというわけか)
映像はバンシィとブレイカーFBとの戦闘だ。
ハッキリ言って異常な光景に記録は録られていた。
映像を見て、その心中はリーナへの有用性を考え直していた。
あくまでヴァルターにとってはリーナはシーナの劣化コピーだ。
ヴァルターはリーナ・ハイゼンベルグを望んだのではない、シーナ・ハイゼンベルグを望んでいたのだ。
「……連絡を。地上に居るリーナ・ハイゼンベルグへ」
端末を操作し、オペレーターを伝ってリーナとの連絡をする。
オペレーターも親が子に連絡するということもあってすんなりと繋げてくれた。
《お、お父様……?》
「……リーナ、この度に作戦はよくやったな。あんな光まで出すとは……」
《そ……そんなこと……。それに……シーナお姉ちゃんが止めてくれなかったら……》
応答するリーナの声は少し上ずっている。
まさかヴァルター本人からの連絡など目を向けられていないと思っていた彼女には信じられないことでもあった。
実際、ヴァルターも今の今まで目を向けていなかったが、今回のこともあり連絡をした。
その言葉に偽りはない。本当によくやった。シーナと同じあの光を出したのは評価に値する。だが、次のリーナの言葉にヴァルターの態度は豹変する。
「シーナだと!? どういうことだ!?」
《っ……!? わ……私が……あの光を制御出来なかった時、お姉ちゃんが助けてくれたの……。あのガンダムが組み付いてきた時に私の中に何かが入ってきた……。きっとアレはシーナお姉ちゃん……。だってそう言ってた……。とても優しかったあの声……きっとお姉ちゃんだよ……》
(何故、私ではなくコイツに……! だが……やはりあのガンダムはシーナに関係があるのか……?)
なにを言っているんだ、この小娘は。そう言わんばかりに机を叩いて立ち上がり、凄まじい剣幕で通信相手であるリーナに問い詰めると、彼女の言葉にその部分の映像を探す。
思いの外、早く見つかったその場面はガンダム2機が組み合い、互いが放つ光がブレイカーFB側から混ざり合いを起こし、確かに彼女が言うようになにかが入ってきたかのようにも見える。
にわかには信じ難いがもし、彼女の言うことが本当なら他の感情は湧き上がる。
自分はシーナを失ってから自覚をするほど変わった。それこそクローン技術にまで手を出し、リーナを生み出すほどにまで。
それ程までの想いなのに、シーナはリーナの元に現れた。怒りが増すがそれでも冷静さはどこか心に残っており、そこから再びブレイカーFbへの執着を見せる。
「しかし本当にシーナだったのか? 幻覚ではないのか?」
とはいえ、やはりリーナの幻覚などではないのかとも考えてしまう。
ヴァルターの言葉にリーナは押し黙る。ヴァルターもその様子にやはり幻覚ではと考えるのだが……。
《……初めて私に温もりをくれたアレは絶対にシーナお姉ちゃん……。お姉ちゃんは私を苦しみから救ってくれた……。お姉ちゃんは私を見てくれた……。ありえない……。アレがお姉ちゃんじゃないなんて……絶対にありえないんだから……ッ》
その言葉にゾクリとする。
今までリーナと接してきて決して反論もせずに自分に対して控えめだった彼女が聞いたこともないくらいの冷たい声で話してくる。
それは例え自分でも決して許さないと言わんばかりだ。
事実、空っぽだった彼女にとってヴァルターが全てだったが、今ではその心にはシーナの存在が強く根付いていた。
「……リーナ、今から
《そのつもり……。流石に地球攻略作戦には間に合わないけど》
なんであれ、やはりあのガンダムはシーナに関係があると考えて良いだろう。
リーナの今後の予定を聞くと落ち着いたのかリーナも静かに答える。そこには先ほどのどこまでも冷たい声ではなかった。
「そうか……。それは楽しみだ」
《うん、私も……。作戦……頑張って》
これ以上、話すことはない。
ヴァルターは話を切り上げ、それを悟ったリーナも最後に作戦の成功を願うと両者は通信を終える。
(……シーナ……。お前は……)
シーナを考えながら背もたれに身を預ける。
パナマでの戦闘の記録を見る限り、ブレイカーFBに触発されてバンシィも光を放った。
今までのリーナはあの光を放つことすら出来なかったのに。
もしリーナを抑えたのが本当にシーナの意思ならばどのような意図があるのか、そう考えながらブレイカーへの執着を強めるのだった。