艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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マミヤ・コミント

「伊良湖ちゃーん! 洗濯板五本と最中三十個!」

「抹茶アイス、抹茶アイスを八人分ください!」

「スポンヂケーキ、スポンヂケーキはないんですか?」

 トビウメ提督の予見したとおり、給糧艦間宮の入港はタロタロ泊地に大きな混乱をもたらした。間宮が半月湾の入り口に姿を見せるや、艦娘や提督、基地の主計担当らが内火艇やカッターに飛び乗って、まだ係留作業も済んでいない間宮めがけて殺到した。すでに湾の真ん中で内火艇に乗って待ちかまえていた長良と初風もうかうかしていられなかった。間宮が錨を下ろし、艦舷から舟艇をつなぐための係船桁を広げると同時に長良がその下へ内火艇を滑り込ます。初風がもやい綱をつかんで急いで船に縛り付けた。

「長良さん行って!」

「うん!」

長良は操舵輪を手放し、縄梯子に飛び移ると、まるで猿のごとくするするとよじ登り、平均台のような細い係船桁の上を軽やかに駆け抜け、間宮の上甲板へとジャンプした。

――さすが、運動神経良いわね。ああ、わたしもこうしちゃいられないわ

すぐに別の内火艇も間宮に乗り移らんと係船桁へ近づいてきた。初風も麻のずた袋を肩にかけて縄梯子をよじ登る。初風がなんとか間宮の上甲板にたどり着き、周囲を見回すと、内火艇やボートが群がり、提督や艦娘が乗り移ろうと酷い騒ぎになってきた。その様はまるで獲物に群がる海賊の群れのようだ。

「皆さん、慌てないで。急いで縄梯子を登ると危険ですから。ゆっくりと!」

甲板から艦娘の伊良湖が声を張り上げて注意するが、聞く者はいない。

「い、伊良湖ちゃんがいるぞ!」

「イ・ラ・コ! イ・ラ・コ! イ・ラ・コ!」

「海賊」の群れは、間宮に次ぐ艦隊のアイドル・ナンバー2の降臨にかえって大はしゃぎとなり、謎の伊良湖コールまで始まる始末だ。

 すでに長良と初風の前には、デリックで船倉の冷凍庫から引き上げられた氷漬けの野菜や冷凍肉と並んで、アイスクリームの箱や果物の缶詰、それに間宮名物の羊羹「洗濯板」がすのこの上の山と積まれている。

「洗濯板五つと最中二十個にアイス一箱。えっと、それに……」

「長良さん、あそこに司令官の好きなドーナツケーキがあるわ!」

「あっ、じゃあドーナツケーキも十個、それにラムネを二ダースください」

伊良湖とともに手伝いに来ている主計科の職員に長良達は早口で注文する。二人が注文を終える頃には、間宮の甲板はすでに多くの艦娘や提督が押しかけ、大混乱になった。

 軍票で支払いを終えた長良は、箱に詰めてもらった品物を伊良湖から受け取り、甘味を求める餓鬼の群れを押し分けて係船桁まで戻る。内火艇は次々、集まってくる。

「そういえば、伊良湖さんはいたけど、間宮さんいなかったわね」

「そうだね。下で料理でもしてるのかな?」

初風の言葉に、長良もそう言われてみればと周りを見回す。

「出撃前にみんなで間宮さんの特製料理、食べられたらなぁ……」

状況が許すときは、間宮は停泊中、自艦の食堂を開放し、自慢の手料理を振る舞うこともあった。

 初風は長良の言葉で、ふわふわのオムレツやジューシーなカツレツを想像し、一瞬夢見心地になったが、望み通り手に入った手元のご馳走を思い出し、慌ててその想念を振り払う。

「あ、あまり出撃前にいいことばかりってちょっと、怖い……。わたしは、みんなが作戦から帰ってきた時にしたいかな……」

「もー、初風ちゃん、ちょっとナイーブだよ」

長良は呆れたように笑い、二人は自分たちの内火艇へ箱を下ろすため係船桁へ向かった。

 

 その頃、一隻の内火艇が間宮の艦橋から一番近い舷梯につき、白い制服姿の小柄な中年男と和服姿の艦娘が間宮の舷梯へ乗り移った。その提督は小柄だったが背筋がピンと伸び、穏やかながら常にキリッとした雰囲気まとった提督だった。艦娘の一人は頑丈そうな体格のボブカットヘア、泰然自若とした無愛想な艦娘で腰に軍刀を帯びており、まるで江戸時代の任侠者のような装いだ。三人目は鴇色の弓道着に袴をはいた長い黒髪をゆった穏やかそうな艦娘だ。三人連れは甲板上の大騒ぎを尻目に艦橋構造物へと上がっていった。

 ラッタルを上がると廊下のかすかな香水の残り香が三人の鼻をつく。

「彼は先に来ているようだ」

任侠風の艦娘がぼそりとつぶやく。通信室の前へやってくると内側からドアが開いた。

「お! お疲れ様です。来ましたね」

サングラスをとった匂いの発生源こと潜水艦隊司令のカメヤマ提督が顔を出した。

「おひさしぶり、カメヤマ提督もお元気そうで」

カメヤマ提督が薄暗い通信室に三人を招き入れると、その小柄な提督は帽子をとって室内の面々に挨拶する。

「どうも皆さん、ご無沙汰しています」

「ナス提督! お久しぶりです! さぁこちらにお掛けください。それに鳳翔さんと日向さんも、さあ入ってください。今冷たいお飲み物、お出ししますね」

この給糧艦の主、艦娘の間宮の表情がいつも以上にぱぁっと輝いた。白いエプロン姿の間宮は嬉しそうに氷出し玉露をグラスへ注ぐ。

「なんだよ、間宮さん。おれが来たときの営業スマイルとはちょっと態度違うんじゃない? 傷つくなぁ~」

カメヤマ提督がニヤニヤしながらからかうと、間宮は少し頬を赤くして、そんなことありませんと慌てて否定する。カメヤマ提督のそばに控えていた艦娘の大鯨と、ナス提督の横にいる空母艦娘の鳳翔は、もうお決まりとなったこのやりとりを笑顔で見守るのみだ。もう一人、いつもクールな表情でいることの多いナス提督の秘書艦である戦艦娘の日向でさえ、今は少し薄笑いを浮かべている。

 以前、任務で外南洋に進出した給糧艦間宮を執拗に付け狙った潜水艦隊の猛攻を全力で退けた時の海上護衛部隊の指揮官が、この物静かなナス トモズミ提督だった。ナス提督と合うと間宮さんがなぜかいつも以上に機嫌がよくなるというのは、一部の艦娘や提督の間でだけ知られていた。

「しかし、ナス提督も気をつけてください。うちの潜水艦が噂で聞いた話なんですが、ある機動部隊の司令官をやってる男が、みんなからアイドル扱いされてる部下の空母娘と場所柄もわきまえずイチャついたからさぁ大変だ。その艦娘のファンだった嫉妬に狂った男どもから陰湿な嫌がらせにあって、ほうほうの体で島から叩き出されたって話です。鳳翔さんを囲ってる提督が、間宮さんからも想いを寄せられてるなんてことが知れた日には……。想像するのも恐ろしいですよ」

「カメヤマ提督! 囲ってるだなんて人聞きが悪すぎます」

「そうですよ、いくら冗談でもナス提督と鳳翔さんにそんな言い方なさらないでください」

さすがに、鳳翔も間宮と口をそろえてカメヤマ提督をたしなめる。日向も笑い出す。

「あーあ、二人から揃って嫌われちゃったよ……。おれの理解者はやっぱり大鯨だけだな」

大鯨も、知りませんと笑いながらそっぽを向いた。

 狭くて薄暗い通信室にこれだけの人数が詰めかければ室内には熱気がこもる。扇風機はひっきりなしに首を振り、換気装置からも外気が流れ込んでくるが、肌にはじっとりと汗が浮く暑さだ。

「あら、おいしい日本茶ですね。本土の茶葉ですか?」

「はい、今年の新茶ですよ」

間宮は嬉しそうに答えた。

「甘いですね。冷たくて生き返る感じです」

「ああ、確かに悪くない。特に暑いときはな」

ナス提督と日向も舌を鳴らす。

「それは良かったです。氷出しだからですよ。鳳翔さん、あとで茶葉をお分けするから是非持って帰ってくださいね、もちろん、大鯨ちゃんとカメヤマ提督もね」

「呼ばれた順番が気になりますが、どーも……」

拗ねたようにカメヤマ提督がぼやき、一同ひとしきり笑ったあと、皆、急に静かになった。

「さて、出撃前の忙しい中、集まってもらってありがとうございます。特に間宮さんは軍令部の反対も押し切って、この前線のタロタロ島まできてくれました」

「本当にお疲れ様です」

ナス提督と鳳翔が間宮に頭を下げた。

「間宮さんに危険な前線まで出てきてもらったのは、艦隊の慰問のためだけではありません。というのも、深海軍の動静に少し気になる兆候があらわれたようです。そうですね?」

ナス提督に促されて、間宮はうなずいた。

「ええ、わたしはローリー泊地に停泊していた一週間前から南方戦域の電波発信状況をつぶさに監視していました。あらゆる周波数帯、特に新海軍がよく使う長波から超長波帯の電波の発信に耳を尖らせていると、四日前から突然、南西から南南西方向からの通信回数が急増したんです」

間宮はそう言って、ノートをテーブルに広げる。それは間宮が傍受したあらゆる通信の時間、周波数、方向、内容が全て記録されていた。

 給糧艦間宮。艦隊の胃袋を支え、甘味などの嗜好品の製造と輸送を一手に引き受ける艦隊のアイドル・ナンバー1として知られる間宮は、高性能の通信設備を擁して味方艦隊の通信をチェックし、機密漏洩有無や通信に用いるモールス符号の精度を監督する無線監査艦として顔を持っていた。司令部機能を有する艦に匹敵する間宮の通信装備は本来、敵の通信に耳をすませるための物ではなかったが、ナス提督とカメヤマ提督のたっての頼みで、密かに新海軍の通信傍受を続けていた。

「五日前の通信回数は、ローリー近海に潜む新海軍の潜水艦によるものを入れてもわずかに六回、その前も八回と五回と日に十回を超えることはありませんでした。それが四日前から、南南西の敵本拠の方角から発信されたものだけでも十八回、戦線の内側に浸透した敵潜水艦のものも合わせれば二十四回にまで急増しました。三日前は三十一回、一昨日は二十九回、昨日は四十五回、今日はすでに三十八回も受信しています」

「まだ一五○○か……。今日も増えそうだな」

日向が壁の時計に目をやってつぶやいた。間宮は黒いレコード盤を取り出し、小型蓄音機にのせる。

「今日午前中に録音したものです」

間宮がゼンマイを回してレコードを回すと、ざらついた雑音とともに、「た」とも「ち」ともつかない音が不規則に何度も発せられた。

ター、タタッター、ター、ター、ター、タタタタ、タッタタータタッタ……

「大鯨、意味わかるか?」

「いいえ、まったく……」

カメヤマ提督の質問に大鯨は困惑して首を振る。

「艦娘にわからなきゃ、おれたちに分かるわけ無いな」

深海棲艦が用いる言語は人間には到底認識できないものといわれており、艦娘にすらその解読はできていなかった。

「ふむ、この世界にもスパコンがあればよいのだがな」

日向がしみじみと言う。提督二人はくすりと笑うが、スーパーコンピューターどころか電算機すら知らない他の艦娘三人ははてな顔だ。

「さっすが日向ちゃん、勉強家だな」

 艦娘の日向は妙に現実世界の進歩に詳しい。実際、前の世界で自分が解体された後の歴史や戦史、兵器についても、後世から来た提督以上に詳しかったりする。どこで勉強したのか、この世界には存在しないはずのスーパーコンピューターの力も知っていたのだ。

「あ、またです! 今アンプに出します」

間宮は壁際の一際大きい木製の無線機と繋がったヘッドホンを耳にかけるとノートに鉛筆を走らせる。

チッチッチッ、チーチチチ、チチッチーチチ……

スピーカーから雑音紛れに小さな音が四十秒ばかり続いて突然途切れた。

「周期や長さに規則性はあるんでしょうか?」

鳳翔の問いに間宮は首を振った。

「通信の間隔も長さもばらばらです。なにか意味がわかればいいのですが……」

「四日前に何か動きがあったか? 例えば、我が方がなにか新しい変化を見せるようなこととか」

日向が誰にともなく言う。一方、カメヤマ提督は間宮のノートを見ながら自前のソロバンで何やら一人で計算し始めた。

「昔の偉い海軍参謀は、なんでも数字を可視化して考えるようにしていたらしい。えーと、昨日の通信回数はそれ以前の十日間平均と比べておよそ五百パーセント増、それに増加した四日前からはそれ以前と比べて平均四百パーセント増だ。知っての通り、長波は長距離通信や海面下の潜水艦との通信でよく使われる。恐らく遠方の艦とのやり取りが多いはずだ。やつら、かなり広い地域に散らばった艦を動かして何かをしようとしている」

ナス提督はなるほどとうなずき、間宮に尋ねる。

「敵の中波や短波はどうですか?」

「日に一、二件だけで、大きな変化はありません。きっと近くに潜んでいる潜水艦同士の通信だと考えられますね」

「四日前……、君、たしかブ島に上陸させる陸軍部隊を満載した輸送艦四隻がローリーへ到着したのが五日前の夜だったな。もちろん偶然かもしれないがね……」

日向が思い出したように言うとカメヤマ提督もうなずく。

「確かに、ローリー島の周辺には常に敵潜水艦が潜んでいて、こちらの様子を伺っているはずだ。陸軍部隊の輸送船を見つけてこっちの反攻の意図に気づいたかも知れない」

「軍令部やGF司令部は知っているのか?」

「ええ、毎日の通常報告とあわせて臨時報告も提出していますが、特に追加の指示や命令はきていませんね」

尋ねた日向は呆れたようにため息をついた。

 蒸した室内は重苦しい空気に包まれた。

「大鯨、予定変更だ。今日の夜出る。シオイはもう準備できているはずだ」

唐突にカメヤマ提督が言うので、大鯨は驚く。

「ええ、急にですか? 今日の夕飯は私特製のカレーでしたのに」

「情報が足りないからな。少しでも早いほうがいい。悪いことはっ早く知ったほうが得ってな」

「わかりました。シオイちゃんと二人分、急いでお弁当つくります」

大鯨は観念したようにうなだれた。どうやらみんなでの夕食を楽しみにしていたらしい。

「間宮さんはいつまでこの泊地にいられますか?」

「軍令部からは糧食を供給後すぐに帰還するよう命じられていますが、可能な限り、ここで皆さんのお手伝いをするつもりです」

ナス提督に間宮は決然と言った。

「間宮さん、ありがとうございます」

と鳳翔が頭を下げる。

「私と鳳翔で、自主的に付近の航空哨戒を強化しよう。敵は何を考えているかわからんぞ」

日向はそう言って腕を組む。

「間宮さん、引き続き、敵通信の監視をお願いします」

「はい、承知しています」

 一同が艦橋構造物から甲板へと出ると、そこでは相変わらず甘味の争奪戦が続いていた。

「島や艦隊の皆さんにはお気の毒ですが、明日から糧秣や嗜好品の供給量を減らして任務完了の時間を稼ぎます。そうすれば軍令部への言い訳も立つでしょう」

そう間宮が言ったのもつかの間、目ざとい艦娘の一人が甲板上の間宮本人を見つけた。

「見ちゃいました! あそこに間宮さんがいますよぁぁぁ!」

「うぉぉぉ! 間宮さーん」

「間宮さん、一緒に写真撮らせてください!」

「おれにはサインください!」

主に提督連中を主体とした間宮ファンが一斉に殺到するので、一同はまともな別れの挨拶をする間もなく、それぞれの内火艇で自分の艦へと戻ることになった。




7月あっという間ですね、なんとか更新。
一つ、お詫びが。無線監査艦としての間宮登場ですが、通信室の正しい位置が調べてもはっきりわかりませんでした。
方位測定室という電線が集まった小さな小屋みたいな構造物は中甲板に位置するのですが、どうにも狭すぎるような気が……。便宜上、艦橋構造物内としてありますが、それは不正確な記述となりますのであしあらず。あとで判明したら直します。

明日、海上自衛隊の8200トン型新イージス艦の進水・命名式が開催されます。みょうこう義姉様とあしがらさんはすでに就役してるので、那智さんが来る可能性も大いにあるわけです。(高雄さんや摩耶様の可能性もあり)
という訳ではありませんが、次の話は那智サイドの話になります。

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