艦隊これくしょん The Bridge 君でないとだめなんだ   作:Piyodori

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反攻作戦

 那智と山城の出会いと別れは本当に一瞬のことだった。

「戦艦山城、これより姉様の元へ……前線の任務に赴きます。これまでお世話になりました」

 艦娘の山城はそうまくしたてて、マツエダ艦隊の面々に敬礼を送った。

「急で驚いたけど、私たちの分までよろしくね。でも絶対無理しちゃだめだよ」

「あーやっぱり戦艦はすぐに活躍の場がやってきていいなぁ~。もし連合艦隊に武蔵さんがいたら、清霜はメジロ島でがんばってるって、伝えてね」

衣笠が少し心配そうな顔をするが、清霜は元気に声をかける。

「武運を祈ろう」

菊月はかしこまって言った。

「山城さん、突然のことだったから満足にお見送りもできませんでしたが、任務の完遂を皆でお祈りしますね」

高雄は申し訳なさそうに送別の言葉をかける。

「転任先の艦隊が山城君に良い艦隊であるように。そしてブーメラン島の友軍を救うため、君の火力が大いに生かされるよう祈っているよ」

マツエダ提督はそうはなむけの言葉をおくるが、山城はどことなく上の空だ。

 最後に那智が挨拶する番となり、山城と向き合った。

「お互いままならぬ境遇でこういうことになったが、貴艦の転属先では戦艦が力を貸してくれるのを待っている。私の原隊の者達を助けてやってほしい」

それが那智の切なる願いだった。山城は軽くうなずいた。

「扶桑型戦艦の恥じることなく、姉様と一緒に戦果をあげてみせるわ」

山城は真剣な顔で言うと一同に礼をした。

「では山城、扶桑姉様の元に参ります」

そう言うなり山城は桟橋をかけていき自分の内火艇に飛び乗った。山城は内火艇ごと自分をダビットで甲板へ引き上げると、素早く錨を引き上げ、機関両舷全速で外洋へ滑り出す。

――頼む。私の分まで……

那智は祈るような気持ちで、黒煙を吐きつつみるみる小さくなってゆく戦艦山城の船尾を見つめていた。

「さて鬼怒君、清霜君、準備はできてるかい? 春雨君はいつでも出られるそうだ」

 マツエダ提督は言うと、二人は急に慌て出す。

「うわー、そうだった。こうしちゃいられないよ」

「ああ、鬼怒さん待ってよー」

自分の艦の係留場所へ走り出す二人を高雄が追いかける。

「二人とも、忘れ物がないか気をつけて。出港前の確認は急がずにね」

「本土まで行っての、陸軍の輸送船団の護衛任務かぁ。あーあ、衣笠さんも一度、本土戻りたかったなぁ……」

羨ましそうに言う衣笠を提督がなだめる。

「また戻る用事もできるよ」

 本土は大平洋の西の端に日本列島とそっくりそのまま地形で存在する陸地で、軍令部や造船所、そこそこ大きな都市が存在している。もっとも、そこへ戻ったことのある艦娘や提督は決して多くない。本土が生産の拠点であり、食料と工業製品の供給源であるため、そこへ行っておいしい物を食べ、贅沢をしたいというのは艦娘共通の思いだった。

「那智君、もし疲れていなければ、明日出港できるかな?」

唐突にマツエダ提督が切り出した。山城を送り出した直後とあって、那智は少し驚いたが、常在戦場を信条としている那智はすぐに承知すると、高雄とマツエダ提督は満足そうにうなずいた。

 

 なんとか自力航行できるよう工作艦明石から応急修理を受けた軽巡長良と駆逐艦初風を伴ったトビウメ艦隊とプラス某駆逐艦一隻がシューズ・ベラ島からタロタロ島へと帰還したのは太陽の高い昼のことだった。湾内には先日の海戦前と同様に多数の軍艦が錨をおろし、出撃に備えている。駆逐艦不知火の艦橋から湾内を見回したトビウメ提督は脳裏に先日の作戦発動前のことが浮かび、突然不快な既視感に襲われた。

「司令、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」

不知火が気遣うが、提督は魚雷戦方位盤にもたれかかりながら首を振った。

「大丈夫、なんでもない」

――おそらく初風と長良ちゃんの修理は作戦開始に間に合わないだろう

前の作戦で大きく損傷し、孤島で苦労した二人が来るべき作戦に参加しなくて済むことはトビウメ提督にとってせめてもの救いだった。

「司令、あそこに扶桑型戦艦がいます」

不知火の言葉に我に返った提督にも、その大型戦艦が重油を供給する油槽船に横付けされているのが見えた。まるで無造作に積み木を積んだような危なっかしいタワー状の艦橋がそそり立っている。

「あれが山城かな?」

「いえ、あれは1番艦の扶桑です。山城はまだ到着していないようですね」

トビウメ提督はぼんやりと艦橋を見上げる。

「高いなぁ……。ぬいぬいの艦橋の三倍くらいあるんじゃないかな?」

不知火がうなずく。

「それくらいはあるでしょう。遠い視界を確保することが艦隊砲戦の定石と考えられていました。あの艦橋はそのためのものです」

「ふーん……」

トビウメ提督はカメラを構えると、特に思い入れもなさそうに、無造作にシャッターを切った。

 一同が上陸すると、すぐに桟橋へ基地の職員が身元を確認にやってきた。所属を伝えると、職員はクリップボードを手に次々と必要事項を記入していく。

「艦隊構成は?」

「重巡二……じゃなくて一、あと軽巡一、それに駆逐艦が三です」

職員はすぐに湾内の泊地へと目をやる。二隻ずつブイに係留されている艦を数え直す。すぐに不知火がトビウメ提督の袖を引っ張った。桟橋には長い前髪の分け目から左目だけを覗かせた駆逐艦娘の早霜が、何がおかしいのか不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。

「えっと……。どうしよう……」

正直なところ、対応に困ったトビウメ提督だったが、相手の職員はかなり忙しそうだし、自分達の込み入った事情をうまく説明してみせる自信もない。

「す、すいません、今のところ駆逐艦は四隻みたいです」

「わかりました。整備、給油、弾薬補充は秘書艦を通じてお知らせします。それでは」

なんとも曖昧でいい加減なトビウメ提督の回答にもかかわらず、職員は合点して手早く書類に記入を終えると去っていった。

――これで良かったのかなぁ……

「フフフ、司令官、よろしくお願いしますね、今のところ。フフ、フフフ……」

怪訝な顔で考え込むトビウメ提督の心中を知ってか知らずか、早霜は妖艶に笑う。

――本当にこれで良かったのかな……

提督の問いに答えは出ない。

「ねぇ~、そんな事より、宿舎は大丈夫なんでしょうね~? また体育館なんて嫌よ~」

頭をボリボリかきながら眠そうに突っ立っている加古とスクワットしながら話を聞いている長良の間で、荒潮が潮風になびく髪をかきあげながら言った。

 港内はこの前の作戦準備の時以上に混雑している。当然、艦娘用の宿舎も不足しているはずだ。

「今回も宿舎は市街地のホテルが割り当てられています。よかったですね」

不知火が渡された書面に目を通しながら言った。不知火を除く艦娘達は一様に歓声をあげる。

「今日は夕方から連合艦隊司令部主催の戦術策定会議があるようです。司令はそれに出ないとだめなようですね」

トビウメ提督は黙ってうなずいた。もとより覚悟の上だった。

「秘書艦の同伴が許可されていますが、どうしますか?」

「その時間になにかやりたいことはある?」

「いえ、特には」

「じゃあ一緒に行こう」

そう言ってトビウメ提督は書類や本でパンパンになった手提げ鞄を手に宿泊先へと歩き出す。

「ぬいぬいも立派な秘書艦だね」

 提督の後を追い、すたすた歩いていく不知火の後ろ姿を見ながら長良が感心して言うと、加古が苦笑いした。

「ちょっち厳しいけどね……。ナッチはもちっと緩かったかな」

「ぬいぬいにとっては、この世の春ねぇ~。でも、季節はあっという間にうつろぐものよ~、うふふふふ」

子供らしい笑顔を浮かべつつも、荒潮が物騒な言葉を吐く。

「司令官、ちょっと感じ変わったわね……。うまく言えないけど、なんだか、あとがないっていうか、いつも以上に余裕無さそう……」

初風だけは、浮かない表情でそう口にするが、他の三人はのんきなものだった。

「えー、そうかなぁ? いつも通り写真ばっか撮ってるけどねー」

「そうだよ、提督は練習試合や消化試合でも真面目に全力出しちゃうタイプだからそう見えるんじゃないかな?」

「あらあら、初風ちゃんも、すっかりしおらしくなったわね~。今更イメチェンのつもりかしら~?」

加古、長良、荒潮は各々好き勝手言うが、早霜だけはその言葉を噛みしめるように黙ったまま、初風の肩に手を置いた。

 数週間前に訪れたときと同様に、折りたたみイスが並んだ会議室では、すでに白い第二種軍装の提督連中が金モールを付けた連合艦隊司令部所属の参謀達による作戦説明を受けているところだった。

「以上が先のブーメラン島沖海戦の総括である。次に、陸軍部隊及び上陸部隊と呼応したブ島奪還作戦の説明にうつる」

重傷を負ったモトヤマ司令長官にかわり、フルカワ司令長官代理が得意げに説明していた。

「そこに座りましょう」

 他の提督の邪魔にならぬよう、不知火はトビウメ提督を、すみにあいたイスへと座るよううながした。腰をおろした不知火は、提督の表情がいつになく険しく硬直していることに気が付いた。艦隊や島にいるときにそんな表情をしたことがなかったので、不知火は少し驚いた。

――他人が苦手と常々おっしゃっていましたが、確かに重症かもしれませんね

きっと那智は提督のこういう一面もよく知っていたに違いない。那智が、優しくもやや頼りないこの男をどう支えていたのか、不知火は自分で一生懸命に考えて行動するしかなかった。

「さてここからが、本題だ。今回の作戦は知っての通り、陸軍との共同作戦となる。作戦は大きくわけて五段階からなり、我々連合艦隊はその前段となる三段階で特に重要な役割を担うことになっている。諸君、今回は勝ちに行くぞ」

室内の各所から緩慢な拍手が鳴る。不知火はつられて拍手しそうになったが、トビウメ提督は手をたたかない事に気づき、やめることにした。トビウメ提督はむすっと口を閉じたまま、正面で自信たっぷりに話すフルカワを見据えている。

「具体的な作戦内容は艦隊旗艦の大淀から説明してもらおう」

フルカワがそう言うと、はいと澄んだ声で最善列に座っていた艦娘が立ち上がった。

 黒髪の長い、メガネをかけたクソまじめそうな学級委員長タイプの艦娘は丁寧にお辞儀をしてから自己紹介する。

「このたび、連合艦隊旗艦を拝命いたしました大淀です。わたくしから作戦概要を説明させていただきます」

大淀と名乗った艦娘は黒板に新しい作戦図を貼る。

「まず第一段階。ブーメラン島西方沖合に展開しているとみられる敵深海棲艦隊に対し、水雷戦隊を中核とした先遣隊が北西方向から接近、奇襲と威力偵察をかねて敵に肉薄、打撃を与えた後、速やかに南西方向へと離脱します。この先遣隊の役割はあくまで敵の規模や展開状況を探るためのもので、決して深追いはしません」

熱帯気候のもと、大勢の人間や艦娘が一室に集まっているので、室内はとても蒸し暑くなっている。不知火も汗が伝う額を拭いながら自分のメモ帳に内容を書き留める。トビウメ提督もノートを取りだし、一心に作戦説明を書き留めていた。

「次に第二段階。軽巡、駆逐艦を主とした快速艦で編成された第二分隊が、先遣隊の離脱と呼応しブーメラン島の北方から、まさに友軍が孤立するポートフリスビーへ向けて突撃、港口を閉鎖する敵艦隊を攻撃します。ただ情報によれば敵の封鎖艦隊は複数の重巡、さらに戦艦が加わっているという未確認情報もあるので、第二分隊の目的は奇襲による敵包囲網の攪乱をとなります。他方角から反復攻撃を加え、続く第三段階で戦艦を含む我が第三分隊をブーメラン島東岸へ肉薄、敵包囲艦隊の撃滅をはかる予定です」

大淀はそう説明し地図に描かれたひときわ大きい赤い矢印を指し示した。

「第三分隊の役割は、もっとも脅威となる敵主力艦隊を無力化し、続く陸軍の上陸部隊の突入路を切り開くことです。本隊は第三分隊の後方に展開し、敵艦隊の撃滅とともにこの位置、ブ島南西部のヤシガニ海岸沖で強行上陸を支援します」

 ブーメラン島。南北四十キロ、東西十~十五キロ、島の北半分は北東から南西へ約十七キロ、そこから南東方向に十三キロにわたって折れ曲がった、まさしく「く」の字型の島で、島名はその形から名付けられたとも言われている。現在、深海軍は島の南端にあるクラゲ海岸から陸上部隊を上陸させ北へ進行中で、陸軍一個連隊が狭隘な「く」の字の中央地点に防衛線を張り、なんとか島の北半分で持ちこたえている状況だが、海上の制海権は深海軍の手にあり、救助のために北端の港町のポートフリスビーに入港した輸送船団も、敵艦隊の封鎖にあって身動きがとれない状況にあった。

 トビウメ提督が見たところ、当初ポートフリスビー周辺と島の西部にしか展開していないと思われていた敵艦隊は、今では島の四方に位置し、南端のクラゲ海岸には敵の陽陸艦や補給艦が殺到していると言われていた。状況は前回の時より確実に悪くなっている。

「最終段階、西方、南方で敵艦隊に打撃を与えたタイミングで、ポートフリスビーに孤立している陸軍部隊は一斉に輸送船に乗艦。一方、封鎖艦隊は島の西方、南方で艦隊が撃破されたことを知れば、きっと一部を援護に差し向けるでしょう。敵の包囲が手薄になった時を見計らい、一度後退した第一、第二分隊がポートフリスビーを急襲し、味方船団を救出する手筈です」

大淀はそこまで説明し言葉をきった。

「一種の波状攻撃か……」

近くに座っていた提督が独り言をつぶやく。不知火はトビウメ提督がノートのその言葉もノートに走り書きしたのを目に留めた。すると別の提督の一人が手を挙げる。

「前回の作戦では陸軍部隊の撤退が第一目標でした。今回も、増援部隊の上陸よりまずポートフリスビーの船団救助に戦力を振り向けるのが筋だと思ったのですが」

その提督が疑問を口にすると、大淀は戸惑ったように、えっとそれは……と言葉を飲んだ。一方、フルカワや参謀連中を見ると、何度もウンウンとうなずく素振りを見せた。

「確かに君の言うとおり、ブ島に孤立した陸軍や輸送船を救助する事が本作戦の最重要目標であることは変わりはない。だが、非我の戦力差、大局的な戦略目標を考えた場合、救出だけを目標とするのはあまりに消極策に過ぎるという結論に達した。実際、戦力を結集すればブ島の守備は確実、さらに外南洋戦域の外に深海軍を駆逐する千載一隅のチャンスでもあり、いたずらに撤退作戦のみに拘泥してブ島を放棄するに及ばずというのが司令部と軍令部の共通した見解だ」

質問した提督は納得したようで、わかりましたとうなずいたが、すぐに別の提督が立ち上がった。それはかつて見覚えのある、あのきつい香水とサングラスをかけた第八艦隊司令のカメヤマ提督だった。

「質問が二つ。一つは制空権の問題だ。前回は序盤で空母が潜水艦にやられた。今回、機動部隊はどう動くのか? 二点目は、敵の戦力の見立ての論拠と、行動予測をもう一度詳しく聞きたい」

再び室内がざわついた。フルカワをはじめとする参謀連中は不真面目そうな苦笑いを浮かべる。

「おい、またカミツキガメだぜ」

前に座っていた提督の一人がバカにするようにつぶやいた。

「みなさんお静かに。お静かにお願いします」

大淀は一生懸命に場を収めようとするが、一向に静かにならない。フルカワ司令長官代理が何度か手をたたいてから立ち上がった。

「よしよし、そのへんで! カメヤマ提督の言うように、制空権の確保は作戦成功の前提条件だ。実際、今シューズ・ベラ島にある空母翔鶴は、作戦開始とともに三波にわたって、敵の西方艦隊、敵の陽陸地点であるブ島南岸に展開中の敵輸送船団及びクラゲ海岸の陽陸拠点を徹底的に叩く予定だ。さらにブ島近海の敵情は翔鶴航空隊の偵察機やローリー島から派遣された飛行艇による長距離偵察、さらにブ島の陸軍部隊による決死の沿岸監視により、島北部の敵艦隊の動きは、常時このタロタロ島の臨時司令部と連合艦隊旗艦の大淀まで無電連絡が届く手筈となっている。もちろん私も大淀から直々に指揮をとるつもりだ」

「是非、カメヤマ提督の潜水艦隊にも、前線の背後で有益な情報収集活動に励んでほしいと思っております。くれぐれも情報を一人で抱え込むようなことだけはおやめください」

フルカワの回答に続けて、一人の若い参謀が皮肉混じりに言ったので、さすがのカメヤマ提督はサングラスを自分の顔からむしりとって怒鳴る。

「おれが一度でも自分の知っていることを出し惜しみしたことがあったか! お前たちこそ、『通信機の故障で受信できませんでした』なんて言い訳だけはするなよ!」

一見強面のサングラス姿とは裏腹に、素顔は非常に柔和なのだが、今のカメヤマ提督の顔は怒りで紅潮し、眉間には深い皺が刻まれている。

――きっとあの人は自分の艦娘達には、絶対あんな顔、見せないんだろうな

トビウメ提督は妙に冷めた感覚で、参謀とカメヤマ提督の口論を眺めていた。

場が騒然とするなか、フルカワ長官代理がすぐに割ってはいる。

「まぁ二人とも落ちついて。指揮官同士で喧嘩しても始まらん。カメヤマ提督の疑問ももっともだ。海軍軍令部も陸軍の参謀本部も、深海軍の陸上部隊に対する増援ペースは非常に緩やかだという見解で一致している。それに敵は陸戦が苦手で、敵の兵器陸上も非常に鈍重との報告を受けている。それに、最新の情報では、ブ島近海の戦力比は輸送艦や補給艦など、支援艦艇を除いてもなお、総トンベースでおよそニ万四千総トンほど我が方が上回っている」

「敵の数は多けれど、ほとんどは小型艦。大火力をもってして蹴散らすのみです」

別の参謀も自信満々の様子でうなずく。カメヤマ提督はサングラスをかけなおすと不満そうにイスについた。

「それでは編成割りを発表します。第一分隊は第三艦隊司令のシンドウ提督、そして第二分隊はカキモト提督に指揮していただきます。二人とも孤立部隊救出の主役となります。よろしくお願いいたします」

「ぜひZ旗を掲げる気持ちで臨んでもらいたい」

大淀に続けてフルカワも激励する。中年の提督二人が心得たとばかりにうなずく。

「さて、敵を撃滅する打撃部隊の中となる第三分隊はタロタロ島泊地のトビウメ提督に指揮していただきます。先の海戦における提督のご活躍は大変見事でした。今回も、そのご武運を遺憾なく発揮されることをお祈りいたします」

大淀がトビウメ提督を一同に紹介すると、提督本人は厳しい表情で大きくうなずいた。

「必ず敵を撃滅し、陸軍を救出します」

トビウメ提督はいつになく毅然とそう宣言すると、散発的な拍手が起きた。らしくない振る舞いに、不知火は少し怪訝な表情で自分の提督の横顔を見上げる。

「おお、その意気だ。さて、最後の第四分隊は連合艦隊司令部が直接指揮し敵背後への上陸作戦を成功させる。作戦発動は三日後の一八○○。出港までに各分隊で作戦を読み合わせの上、必ずや、暁の水平線に勝利を刻んでもらいたい。以上、解散!」

フルカワ司令長官代理はそう宣言し、会議はおひらきとなった。

「準備がある、行こう」

トビウメ提督は不知火を伴って立ち上がった。第三分隊で打ち合わせが必要になるし、交戦直前まで継続的な情報収集が必要になる。

 二人は出入り口でちょうど退出しようとするカメヤマ提督と目が合うと、先方はサングラスをとってトビウメ提督のそばまでやってきた。

「活躍は聞いたよ。今度は分隊司令か。責任重大だな」

腫れ物にさわるようにカメヤマ提督は戸惑いがちに言った。

「カメヤマ提督もご無事でなによりでした。あの時のアドバイスのおかげで、無事に戻れました」

トビウメ提督が礼を述べると、カメヤマ提督は軽くうなずいた。

「今の秘書艦はそちらの駆逐艦のお嬢ちゃんか」

不知火は革靴のかかとを打ち合せ、背筋をピンと伸ばした。

「タロタロ島泊地所属、陽炎型二番艦の不知火です」

カメヤマ提督はよろしくなと不知火に挨拶してから、トビウメ提督を気遣うように言う。

「新しく扶桑型戦艦の指揮官に昇格した提督がいるって、ついさっき噂で聞いたが、君だったんだな。準備は済んでるか?」

トビウメ提督は弱りきった顔で大丈夫と答えたが、戦艦山城にはこれから初めて会うと言うと、カメヤマ提督は驚いて眉をひそめた。

「いろいろ状況の変化が急だったもので……仕方なく。で、でも作戦には全力で最善を尽くします」

「そうか……。そういや、ラボールで、たまたまあの妙高型の彼女に会った」

「え、那智さんに? その、彼女はどんな様子でしたか?」

「え、どんなって……、うーん、元気そうだったぞ」

二人の間になにがあったのか、想像を巡らすしかないカメヤマ提督は当たり障りのない嘘をついた。カメヤマ提督の目にあの艦娘がとても「元気そう」には見えなかった。

「そう、ですか……」

トビウメ提督は肩を落としてうなずいた。手前勝手なことと自覚しつつも、トビウメ提督にとっては、那智が今元気であっても、落ち込んでいても、どちらも面白くないことだった。

「あら? お二人はお知り合いだったんですか?」

立ち話に割って入ってきたのは先のメガネの学級委員長、連合艦隊旗艦の大淀だった。

「相変わらず大淀ちゃんはシャキシャキしてるな。そんな肩肘張ってると、作戦発動前に疲れちゃうぞ」

カメヤマ提督が気安く、からかう。さっき司令部に食ってかかった時とは別人のようだった。

「もう、茶化さないでください」

大淀はむくれたように頬をふくらませる。

「大淀ちゃん、ほんとのところ、こんな力押しの作戦が段取り通りいくと本気で思ってんの?」

カメヤマ提督が少しあきれたように問うと、大淀はメガネに手をあてて大きくうなずいた。

「当然です。私は連合艦隊司令部の皆さんを信じています。ブ島奪還は間違いありません!」

思わずビシッという効果音が聞こえそうなくらい、大淀は毅然と答えた。

「本当? 本気で、絶対? 百万パーセント? いやせめて五十パーくらいでも、うまくいくと思ってる?」

カメヤマ提督がしつこくたずねると、大淀は困ったような表情になり、視線が宙を泳ぎ始めた。

 二人のやりとりを見ていたトビウメ提督と不知火は思わず顔を見合わせた。

「うまくいったら素敵だなぁとは、思っていますよ……」

「ほらぁ、やっぱり」

「ち、違います!」

トビウメ提督には、二人がまるで職場の年輩のおっさんと、それにイジられてる新入社員みたいに見えてきた。

――やっぱり作戦を立案したのは、この艦娘じゃないんだ

二人のやりとりを聞き、トビウメ提督はそう想像を巡らした。

「ダメだよ。大淀ちゃんみたいに、いつも作戦の中枢にいる子は、いくら参謀だか長官代理だか、金モールのお偉いさんが相手でも、違うと思ったことは違うって言わないと……」

「そ、そんなことを言われましても。私は誠心誠意お仕えするのが職務ですし……」

「とにかく、あいつらが無茶やりだしたら、大淀ちゃんには体張って止めてもらわないと。これ以上の犠牲はまっぴらだよ」

「はい、わかっています。作戦の合理性を第一に考えています。カメヤマ提督はこれからどうされるのですか?」

大淀が問うと、カメヤマ提督は親指で廊下の奥を示す。そこには青い鯨がプリントされたエプロン姿の艦娘大鯨と水着姿にセーラー服を羽織った、小麦色に日焼けした少女が立っていた。

「もう出撃ですか?」

「明朝な。何かあったらすぐ知らせるから、通信のほうは頼んだぞ。さて明日からまた風呂なし生活だ……」

黙って聞いていたトビウメ提督は少し驚いた。

「え、潜水艦にはお風呂がないんですか?」

「無い無い、潜水艦は、お兄さんところの水上艦艇とは全然違うんだ。まぁ本来数十人乗りの艦に艦娘と二人だけだから、水の自由はある程度利くが、専用のシャワー室があるわけじゃないし、潜航中の潜水艦ってのはサウナみたいだからな」

トビウメ提督には、カメヤマ提督がなぜ香水の香りをまとっているのかわかった。

――この人はいろいろなことに気が回る人なんだな

大鯨はカメヤマ提督のそばまでやってくると、礼儀正しくトビウメ提督と不知火、大淀に向かってお辞儀した。不知火と提督も会釈を返す。

「提督、そろそろ準備にとりかかりませんと。それから、先ほど鳳翔さんが来て、間宮さんもあと一時間ほどで入港すると教えてくださいました」

大鯨がカメヤマ提督へそう伝えると、大淀も思い出したようにうなずいた。

「そういえば、出撃前に特別食の配給をすることになっていました。入港したらきっと大変な騒ぎになるでしょうね」

大淀はうれしさを隠さず言った。そばで聞いていたトビウメ提督と不知火の眼光が一瞬だけ鋭く光る。

――間宮さん、来るのか!

二人とも顔を見合わせ、うなずき合った。あまり大っぴらにしてはいないが、二人とも無類の甘い物好きだ。

 そんなところへふらりと加古が顔を出した。めんどくさがり屋で、真面目な仕事がらみの席にはまず顔を出さない加古だが、今日はどういう風のふきまわしだろうか。傍らには荒潮と初風を伴っている。

「あー、いたいた。提督、なんか戦艦山城が入港したってさー」

不知火には、トビウメ提督が緊張で体を強ばらせるのが、感じとれた。

 

 

 

 戦艦山城との顔合わせは港湾管理事務所のタグボート係留桟橋の横でおこなわれた。トビウメ艦隊の一同が出迎えるなか、どういうわけか山城は自分の内火艇ではなく、タロタロ島の作業用タグボートに便乗して陸へ上がってきた。聞けば、山城がいつも上陸用に使っている内火艇は、甲板から海面へおろす途中、吊っていたダビットが突然折れ、舷側にぶつかって壊れてしまったという。二艘目を下ろそうとしたが、それはしばらくエンジンをかけていなかったため始動せず、やむなく一番小さい手漕ぎのカッターを使おうとしたが、それには底に穴があいていたため、たちどころに沈んでしまい、やむなくタグボートに乗せてもらってきたという。

 巫女装束のような装いに赤いスカートのコントラスト、セミショートボブにした黒髪を海風に揺らせ、艦橋を模したトンガリコーンのような艤装が額に乗っている。内火艇を下ろす際にぶつけたのだろうか、その艦橋は変な方向へ曲がっている。

 戦艦娘は美しさと妖艶さを兼ね備えた者が多いと噂されていたが、山城は先日会った金剛とはまた違った雰囲気を醸し出す、美しい艦娘だった。

「あ、あの、タロタロ島遊撃打撃艦隊のトビウメです、よろしく。そして彼女が今秘書官をやってくれている陽炎型の不知火」

不知火は、よろしくですと頭を下げた。提督は艦隊の仲間を紹介すると、山城はジーと一同を眺め回した

「扶桑型戦艦、二番艦の山城です」

山城は威勢良く自己紹介し深くお辞儀をしてから、急に不安そうな表情でたずねる。

「……あの、扶桑姉様はどちらでしょう?」

「え? ああ、戦艦の扶桑さん? 扶桑さんは今度の作戦では同じ第三分隊で一緒に行くけど。艦隊はここじゃないんだけど……」

トビウメ提督がしどろもどろに説明していると、山城の不安げな顔は、徐々に青ざめた絶望のそれへと変わっていく。

「そんなぁ……、姉様と同じ艦隊と聞いて、この山城、はるばる絶海の孤島までやってきたというのに……。そうよ、きっと詐欺よ、また騙されたのよ……。不幸だわ……」

「いや、そんなこと……。た、確か戦艦扶桑は、お、同じ第三戦隊所属だから、今夜にも会えるから、それに、誰も騙すなんてことしないよ」

慌てふためいて必死に提督がなだめるも、まったく要領を得ない。不知火は露骨に舌打ちする。

――とんだメンヘラ戦艦ね

「お願いぬいぬい、怒らないで」

提督は周りに聞こえないように小声でなだめる。

 その他のメンバーも、悲劇のヒロインみたいになってしまった山城を前に、どうしてよいかわからず立ち尽くしている。

「戦艦扶桑は現在、連合艦隊司令部直轄で、本日付けで第三戦隊指揮下に配属されています。夕方、戦隊が集まって作戦の読み合わせをおこないます。一緒に来れば扶桑さんに会えますよ」

不知火が先に配布された編成割りを見ながら言うと、いじけていても、それはそれで憂いのなかに美しさを秘めた山城の顔にぱっと明かりが差した。

「本当? その集まりには私も一緒に行っていいのね?」

「当然です。今日から同じ艦隊の仲間ですから……」

不知火が笑みを浮かべて言った。不知火の作り笑みほど酷い表情もそうないなと、トビウメ提督は以前から思っていた。普段あまり笑顔を見せることがない不知火が無理に笑顔を作ろうとすると、それはまるで罰ゲームでニガウリのペーストを舌に山盛り乗せられたような顔になるのだ。それはもはや笑顔ではなく、怒りや忍耐、葛藤や理性といったものがムラだらけにちりばめたような顔だ。今の不知火はまさにそんな表情だった。

「山城さん、次の作戦では山城さんが戦隊旗艦になるんだ。あとで艦の様子を案内してくれないかな?」

「わたしが旗艦? 姉様を差し置いて、いいのでしょうか?」

「う、うん軍令部の意向でね」

「わかりました。扶桑姉様をお招きした後でしたら、いいですよ」

「そ、そう、ありがとう……」

――さっきから、お姉さんのことばっかりだな……

トビウメ提督は苦しい笑みを絶やさずうなずく。

「じゃ、じゃあ、せっかくだから親睦もかねて街の喫茶店にでも行こうか」

トビウメ提督は財布から軍票を取り出しながら言いかけたが、山城が首を振る。

「すみません。わたくし、まだ扶桑姉様にご挨拶をしていません。お茶はその後で……」

不知火がまた舌打ちするので、慌ててトビウメ提督はなんでもない様子で笑ってみせる。

「ははは……。そ、それは仕方ないね。あ、後にしようね。読み合わせは一七○○の港湾管理事務所前で待ち合わせだからね」

「はい、承知しました」

「山城? やっぱり山城なのね」

倉庫の角から姿を見せたのは、感娘の山城と同じ巫女装束に赤いスカート姿の艦娘だった。長さは腰に届くだろうかと思えるくらい長いストレートの黒髪が風に揺れ、頭についた斜塔のような艤装は山城とは反対に左にある。儚い微笑みを浮かべる白い細面の顔には若干の憂いの影が見られる。

「ふ、扶桑姉様!」

はっと振り返った山城はその艦娘に駆け寄る。

「姉様、この山城、姉様との再会を日夜心待ちにしておりました」

山城は扶桑の首に手を回し、涙を流す。

「山城、これからは一緒よ。次の作戦、一緒にがんばりましょう」

「はい姉様、この山城、姉様に一生ついて参ります」

山城は大粒の涙を流しながら言う。

「感動の姉妹再会ですね」

一同、呆気にとられるなか、不知火が冷ややかにつぶやいた。

 ひとしきり涙の再会を見せつけた後、扶桑が提督達へ向き直った。

「扶桑型一番艦の扶桑と申します。これから山城がお世話になります。わがままな妹ですが、今度の作戦では、どうかよろしくお願い申し上げますね」

「いえ、こちらこそ。戦艦の火力に期待しています。なんとかこの作戦、成功させましょう」

トビウメ提督がガラにもなく決然と言った。それを受け、扶桑もうなずく。

「そうね。山城、がんばりましょうね?」

「はい姉様、扶桑型戦艦の火力で、敵艦隊を必ずや粉砕して見せます!」

ついさっきまでの悲劇のヒロインは、いつのまにか闘志爛々の熱血淑女に変わっていた。

「じゃあ、一度解散にしましょう。作戦読み合わせまでは自由時間とする。それから、初風と長良ちゃんにはちょっと頼みごとがあるんだ」

トビウメ提督がそう宣言すると、扶桑と山城は会釈して去っていく。扶桑の艶のある黒くて長い後ろ髪が海風に吹かれ、毛先が軽やかに揺れた。その黒髪に一瞬目を奪われたトビウメ提督の心に鈍い痛みが走る。今思い出すべきでない別の黒髪の持ち主のことに思考が飛んだ。

「司令、司令……。司令?」

不知火に呼びかけられ、トビウメ提督ははっと我に返る。

「大丈夫ですか?」

「ああ、うん。なんでもない、大丈夫。えっと……」

不知火は怪訝そうな顔を見せながら言った。

「戦艦山城は扶桑と共同で運用するのが望ましいようですね。司令は扶桑を旗艦にしたほうが良いかもしれません」

「そうだね。ちょっと様子を見ないと。でも、戦艦扶桑はそもそも外南洋戦域の管轄じゃないから、山城に白羽の矢が立ったみたいなんだけど……」

トビウメ提督はそう答えながら、歩いていく扶桑の黒い髪から目を離せずにいた。

「ねー、ところで用事って何なのよ?」

そばで待っていた初風が口を尖らせる。トビウメ提督はようやく目が覚めたような顔をして初風と長良へと体を向ける。

「そうだった。実はさっき、極秘情報を聞いちゃった」

いつになく真剣な提督の様子に、初風と長良も息をのむ。

「よく聞いてね。実はもう間もなく、このタロタロ島に給糧艦間宮がやってくる。きっと湾内に入ってきた時点で大騒ぎになる。二人は先んじて内火艇で出ていって待ち伏せするんだ」

そう言ってトビウメ提督は財布からありったけの軍票を出して二人に渡す。長良と初風は驚愕の表情で顔を見合わせた。

「最中でも羊羹でもあんパンかラムネでもいい。買える物をありったけ買うんだ。せめて出撃前くらい、みんなで甘いものを好きなだけ食べよう」

鬼気迫る顔でそう指示する提督に、二人は真剣な顔でうなずく。

「それは確かに一大事だわ……」

「うん、こうなったらウォーミングアップ無しでいくよ、初風ちゃん」

「隊の士気に関わる重大な任務です。頼みましたよ」

不知火がそう言い添えると二人は内火艇桟橋へと走り出した。

「出撃前に間宮か、なんか幸先良さそうじゃん。ね、提督」

加古がうれしそうに言う。今はこの楽天的な加古の言うとおりになればいいなとトビウメ提督は思った。




前回の投稿からずいぶん時間が立ってしまいました。すいません。

多忙×モチベーションの低下という原因も大きのですが、別に3点ほど言い訳しておきます。

1.都合の良い作戦が思い浮かばなかった。
いよいよ始動した反攻作戦でしたが、言ってしまえばこんな作戦の行末など知れたものです。(本当は作者がこんなこと言ってしまってはいけないのですが)ですが、どんな作戦でもいいわけはない。一応最低限の戦術思想的合理性が必要になってくるわけで、都合の良い「舞台装置」を考えるところでつまづきました。

2.山城を書く難しさ。
山城ってつい出してしまいましたが、いざ書いてみるとかなり難しい。キャラクターとして最低限の魅力を担保しつつ、コマとして動かさなければいけないのですが、正直、扶桑姉さまのほうが好きで、山城はあまり得意なキャラクターではないので、キャラの魅力を壊さないで描くので余計時間がかかるあり様……。
アニメ版大井っちじゃないですけど、「ただの破綻キャラ」にならない、ちゃんと魅力のある役回りを描けるよう全力を尽くしたいところ。

3.資料が見つからない。
戦闘シーンとか飛行機の運用とか、当時のことを調べたい事柄がいくつかあるのですが、なかなかうまい資料が見つからない。考証は適当ぼやかして書いてもいいのですが、(←実際はそんなところばかりですが)、そんななかでいかに本物っぽく思わせるか、も創作の醍醐味なので、なおさら遅筆になる始末……。

次回は今月中にUPできそうです。それでは。

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